必死の懇願の末、なんとか狭霧からの熱烈なハグを緩めてもらった鯉住くんは、電と翔鶴のふたりとテーブル越しに対談していた。
ちなみに3人とも大きめな椅子に座っているのだが、鯉住くんは自身の前後に駆逐艦バルジを装備したままだ。
多少のことでは動揺しなくなった鯉住くんでも、さすがにふたりと密着したままなのは色々とよろしくないと判断して『今からお話ししたいから離れてほしい』と頼んだのだが、にべもなく却下された。
山風は『この椅子大きいんだから、山風ひとりくらいなら挟まれるでしょ……』と言って話を聞いてくれず、狭霧は『私はずっと、ずっとこうしたかったんです……!』と言って話を聞いてくれなかった。なんかもう何言っても無理だと確信した鯉住くんは、いろいろ諦めてそのまま座ることにした。
鯉住くんから見て前後のふたりは保護対象であって性欲の対象ではないのだが、それはそれとしてカラダは正直なもので、なんかこう反応してしまいかけていた。もちろんそんなことになると、前からぺたん座りで鯉住くんに抱き着いている狭霧に対してモロにバレてしまう上に、致命的によろしくないポジショニングになる。鯉住くんは愚息を必死でなだめることになっていた。
鯉住くんの頭の中では、サケの産卵やヌーの大移動、大海原を征くマッコウクジラの群れなどのネイチャー映像が絶賛放映中である。後ろから聞こえてくる『すごい……圧迫されてると龍ちゃんとすごくくっつける……! もっと圧迫して……!』とかいう謎のリクエストや、耳元から聞こえてくる『あぁ、こんなにも龍太さんの心臓の鼓動が伝わってきて……狭霧の心も龍太さんの鼓動に重ねて、ハァ、ハァ』とかいう謎の興奮した声に負けないように、ドラマチックなナレーション入りのネイチャー映像傑作選をエンドレス放映中である。
そんな状態で気もそぞろであるが、似たような状況は秋津洲や初春によってそれなりに慣れているため、かろうじて平静を保った状態で対談に臨む鯉住くん。
普通であれば女の子ふたりに挟まれて座っている男性など通報待ったなしだが、そこは色々規格外な三鷹提督の部下である翔鶴と電。この程度など問題ではないといわんばかりに、特に気にせず普通に世間話に興じていた。
「龍太さんには感謝してもしきれないですね。こうやって狭霧ちゃんの支えになってくれているし、大本営の瑞鶴がとてもお世話になりましたし」
「いえいえ、狭霧ちゃんの相手は俺が好きでしたことですし、瑞鶴さんは本人と部下のアークロイヤルの頑張りですし、お礼を言われるようなことは何も」
「そんなことありません、みんなその優しさに助けられたんですから。もちろん私も、龍太さんのおかげで前向きになって行くみんなを見て、勇気づけられていました」
「翔鶴さんにそう言ってもらえると嬉しいです。ところで、翔鶴さんは出撃ってできるようには……」
「ええ、私も瑞鶴に負けないよう頑張らないとと思って、以前よりも訓練の強度を高くしたわ。おかげで北方海域程度までならなんとか……」
「翔鶴さんはものすごく頑張ってるのです! 電のお墨付きなのです!」
「すごい、それは頼もしいですね!」
……
三鷹提督のところの翔鶴は、何故だか深海棲艦から狙われやすすぎるという特徴を持ってしまっている。
そのせいで出撃しては大破して帰ってくるため、いくつもの鎮守府で『役立たず空母』のレッテルを張られて左遷を繰り返されてきたのだ。空母艦娘というだけで貴重な大戦力なので、それを期待して翔鶴の引く手は数多だったのだが、その実態を知るとどの提督も落胆の色を隠さなかった。
そんな過去があるので、翔鶴は出撃に対してトラウマを抱えてしまった。必死で戦っても敵の総攻撃にさらされては抗えず大破してしまい、帰ってきては提督にまた大破かとため息をつかれ、ついには大飯ぐらいの穀潰しと陰で言われているのを偶然耳にしてしまい、翔鶴の心はポッキリと折れてしまった。
何度も何度も似たような経験をしてしまっては、決して心が弱くない翔鶴といえど参ってしまったのだ。自分自身は艦娘の恥だとまで自分を追い詰めてしまったこともあった。
しかしそんな彼女も三鷹提督に引き取られてからは心穏やかな日々を送ることができた。無理に出撃しなくてよいというのは、翔鶴の心を癒すために必要なことだったのだ。
そうしてゆっくりと心身を休められた翔鶴が次に思ったのは、みんなの役に立ちたいということだった。同艦隊の大鳳が艦載機の謎の不調を乗り超えて戦うのを見て、妹であり日本海軍きってのエリートでもある大本営の瑞鶴の頑張りを聞いて、私でもまだできることがあると奮起したのだ。自分とまったく同じように追い込まれていたにも関わらず、鯉住くんの尽力もあって活動できるようになっていた狭霧の存在も、翔鶴の中では大きなものだった。
そうして翔鶴は訓練に今までよりも励むようになった。敵から絶え間なく狙われるのであれば、回避能力をとにかく高めるしかない。その思いでなんと翔鶴は、提督の伝手を頼って鬼ヶ島(加二倉提督のところ。魔境)の那珂に回避の訓練方法を相談したのだ。
加二倉提督のところの那珂は、夜偵に括り付けた探照灯で自身をライトアップしながら、照明弾を頭上高く打ち上げ、夜戦の最中に那珂ちゃんオンステージする突き抜けた狂人である。当然敵艦隊のヘイトはすべて彼女に向かうのだが、信じられないレベルの戦闘センスと体幹で一度も被弾せずに歌って踊ってかわしながら戦闘を終える、突き抜けた狂人である。そんなことしてるのに在籍以来無被弾記録を今なお更新し続ける、突き抜けた狂人である。
そんな彼女の『ドキドキ☆アイドルレッスン』と銘打たれた拷問マニュアルもとい訓練指南書を基にして、翔鶴は自分をよく追い込んだ。電が言うようにそれはもう頑張った。あのカラダが弱くてまともに動くことすらできない狭霧でも頑張っているのだ。五体満足な自分にできないなんて言い訳は許されないと、血を吐く様な鍛錬を真面目にこなし続けた。指南書に書いてあった『かわいいアイドル衣装で魅力アップ☆』とかいう謎の文言も、何か意味があるのだろうと指示通り実行するほど真剣に取り組んだ(アイドル衣装は三鷹さんが快く手配してくれた)。
そのおかげで、以前は鎮守府前面海域でも厳しかった彼女の回避力は、北方海域の精強な敵艦隊からの猛攻にも通用するくらいには成長した。さすがにそれ以上の練度の敵はまだ厳しいが、それだけできれば大幅に活動できる範囲は広がる。
三鷹提督率いるトラック第5泊地において、決戦空母として一点突破能力の高い大鳳、近海哨戒や民間護衛で抜群の安定感を誇る翔鶴と、艦隊の二枚看板と言える立場になることができたのだ。
……
「だから龍太さん、私がここまで頑張れたのは、あなたが狭霧ちゃんを救ってくれたおかげでもあるんですよ?」
「いやですよ翔鶴さん、それこそ貴女の頑張りじゃないですか」
「ふふ、そういうことにしておきましょうか」
「翔鶴さんが元気になってくれて、電もとっても嬉しいのです!」
うふふあははと和やかな空気となる部屋。鯉住くんの前後でなんか息遣いが荒くなってるふたりの存在から目を背ければ、優雅な昼下がりのティータイムと言っても遜色ない光景だ。
そんな穏やかな時間が過ぎる中、窓ガラスからコンコンと音がした。
「あら? なにかしら……!?」
「し、深海棲艦の艦載機! 敵襲なのです!?」
「……? あの艦載機って、もしかして」
なんと。窓ガラスを叩いていたのは、深海棲艦の艦載機艤装だった。よく見る鳥型ではない、丸いボディの左右に両翼とジェット噴射口を備えた機動力特化の艤装だ。
「電さん、窓を開けてもらっていいです? ちょっと今俺動けないので」
「そ、そんなことしたら龍太さんが危険なのです!!」
「大丈夫ですよ。あの子多分知り合いですから」
「「 し、知り合い? 」」
「はい。もし敵だったら索敵してる天城が教えてくれてるはずですし、間違いなく俺が知ってる艤装です。久しぶり~」
「ピーッ!!」
警戒体勢をとるふたりとは対照的に、鯉住くんは深海艤装に対して和やかに手を振る。そしてそれに応えるようにピーピー鳴く深海艤装。
生身の人間の目の前に深海艤装を招いていいのかという常識と、鯉住くんの今までの尋常ならざる実績を天秤にかけ、『まぁ龍太さんほどの人がそう言うなら……』と最終的な判断を下した電は、警戒を解かないように気を張りつつも窓を開ける。
そうして障害がなくなった瞬間に、待ってましたとばかりに艦載機艤装は部屋に突入、鯉住くんの頭の上に着陸した。
「ピー、ピピーッ!」
「んん? もしかして、けっこう緊急事態?」
「ピー!」
「すぐに来てほしい感じかぁ。……そんなに猶予ないの?」
「ピィ」
「できたら早くした方がよさそうだね。わかった。俺もそのつもりで動くから」
「ピィピピィ」
「なに、こっちも結構危ないの? ……この辺っていうより本土の方っぽいな、それで合ってる?」
「ピ!」
「OK。ちょっとそれはマズそうだ。教えてくれてありがとうね。はい飴ちゃん。ご主人様にも教えてくれたお礼にもってかえってね」
「ピピーッ!!」
鯉住くんはなにやら深海艤装と会話……会話? を通して情報交換をしたようだ。先ほどまでの緩んだ表情から一転、キリっとした顔になっている。
顔を見ればそこそこに緊急事態とわかるのだが、おもむろに懐から取り出した飴ちゃんをお土産に持たせていたり、なんかもじもじ動き始めた前後の駆逐艦バルジがノイズ過ぎたりで、シュールな空間が展開されてしまっている。どうにも締まらない。
一仕事終えた上に嬉しいお土産までもらっちゃって、なんだかホクホク顔してる深海艤装が飛んで行った後、鯉住くんは目の前のふたりにこれからの動きを伝えることにした。
「電さん、翔鶴さん。ちょっとした緊急事態っぽいです。俺は今から尼子中将に今の話を連絡してきますので、三鷹さんにはスイマセンが、代わりに挨拶しておいてもらっていいですか?」
「ええと、その、よくわかりませんが、おっしゃる通りにしますね……」
「司令官さんへは電から連絡入れておくのです! 龍太さんは尼子中将への連絡よろしくお願いするのです!」
「助かるよ電ちゃん。さぁ、急なことで驚いたけど、気合入れないとな……!!」
「なのです!」
いつだって鯉住くんは謎の緊急事態に苦しまされてきたので、こういった場合の対処はお手の物だ。それをよく知っている電は『やっぱり龍太さんはすごいのです!』と心の中で称賛する。
なお、そこまで鯉住くんの動向を追っていなかった翔鶴は事態の展開についてこられず宇宙猫顔をしているし、緊急事態ということで四の五の言わずパージされた駆逐艦バルジのふたりは、理由はなんとなく理解できるけど離れたくないのか不服そうな顔をしていた。
緊急事態のクセになんか実感が沸かないメンバーがいっぱいいるのも、悲しいことにいつも通りなのだった。
復帰勢なので見たことない艦が一杯増えててビックリしたんですが、
なんか三隈が水母になってたり、激突で有名な深雪に改二が実装されてたり、かなりビックリ要素が多くて楽しいですね。
なんやあのWahooって潜水艦……その角度はいかんでしょ……