「いらっしゃい皆様方。錚々たるメンバーね」
「ふむ、短い間だが世話になる。事前に伝えておいたことだが、特別な歓待は必要ないのでな」
「そういうわけにはいかないわ、元帥殿。救国の英雄である一ノ瀬少佐に、精強と名高い歓待を育てた加二倉少佐、そして今の日本海軍の立役者である鼎大将までいるのよ? 相応のおもてなしもできないじゃ女が廃るというものよ」
「そうか。そういうことなら甘えさせてもらおう」
鯉住くんたちがトラック泊地に到着してから数時間後。当初の予定よりも随分と早く、本土からの作戦参加者たちが到着した。いつものメンツである元帥+鼎大将組だ。
本来の到着はだいたい1週間後だったので、だいぶ早い到着となる。数十名の唐突な受け入れなんて本格的な宿泊施設でも無理なものなので、結構な無茶ぶりと言える。
そんな無茶ぶりを受けている状況で、尼子中将は内心の動揺を隠しつつ対応している。平静を装っているが、実は彼女の心は穏やかではない。とんでもないVIPたちを相手に無理を通さなければいけないので、それはもう仕方ないことだ。個人的に元帥がだいぶ好みの男なので、女としての見栄を張りたいというのも多分にあったりはするが。
そんな彼女の内心のことを知ってか知らずか、鼎大将組の3名(鼎大将、一ノ瀬提督、加二倉提督)も緊張感のない様子で尼子中将に話しかける。
「すいません、尼子中将。到着が予定より早くなってしまって。どうにも嫌な予感がしまして……」
「一ノ瀬の勘は侮れない。これは何かあるだろうと踏んで動いたのだ。そちらには迷惑をかけるが受け入れてくれ」
「ホッホッホ、そういうことなんじゃよ尼子くん。まぁ尼子くんならこの程度じゃ動じないしええじゃろ?」
申し訳なさそうにしている一ノ瀬提督に対し、加二倉提督と鼎大将はいつも通りである。
普通に考えて提督4名と部下数十名を、予定より一週間近く早く受け入れろと言われたら『出来るわけねーだろ』となるのは普通である。普通の感性をしている尼子中将としてもその感覚は持ち合わせているので、あまりに傍若無人な男連中の発言で額に青筋を立てている。
「そう……勘だけでこれだけの人数の予定を大幅に変更した挙句、別に私なら気にしないからいいだろうって? ハァ……いいわ、貴方達のスタンスはよくわかったわ……」
「いやー、本当にすいませんね……」
「貴女はいいのよ一ノ瀬提督。悪いことをしたって顔してるもの。それに引き換えそっちの男ふたりは……」
「勘違いしないで欲しいが、自分もそちらに負担をかけている自覚はある。だが仕方ないであろう。緊急事態だ」
「ワシらには別にいい部屋とかなくてもええからのう。最悪船の上で生活してもこっちは気にしないぞい」
「だ・か・ら!! 言ったでしょう、どんな理由があっても貴方達ほどの相手、相応の待遇を用意できなきゃ顔が立たないって! 貴方達は客観的に自分たちの功績を見つめられるようになりなさいな! ……フゥ~~~、いけないわ、大声をあげるなんてはしたない真似……」
「カッカするとお肌に悪いぞい?」
「……! !……!!……!!!! …………ハァ~~~~~~~~~~~~~……駄目よ私、わかっていたはずよ、この人たちがこういう人たちだってこと……抑えなさい、抑えなさい……」
あまりのもあまりなマイペース&ノンデリな態度に、さしもの尼子中将もブチ切れ寸前だ。なにひとつこっちのペースで話が進められない。こっちが文句を言おうと思っても、この調子だと『もうやること決まっちゃってるから』とか言われて暖簾に腕押しだろう。
別に贅沢なことを言われて困っているわけでもなければ、無茶な要求を通そうとされているわけでもない。ほっといていいよと言われているだけだから、本当にそうするならば負担なんてこれっぽっちもない。
だからと言って本当にそうできるかと言えばそんなはずはない。こんな適当な連中だが、日本海軍に残した功績を考えると無下にできるはずがない。なんなら午前中に超性能浄水器を設置していった鯉住くんもこの一派だし、彼の功績だけで勲章2ケタは余裕である。
つまりは尼子中将がとるべき選択肢は『数十人分の宿泊態勢を今すぐ整える』というもの一択となる。これでも匙を投げようとしない尼子中将は間違いなく傑物であった。
こうして正当な怒りと女のプライドに板挟みになる尼子中将の額に、青筋がふたつみっつ増えてきたタイミング。宿舎の方から聞き覚えのある声が響いてきた。
「すいませーん、こっちに尼子中将がいるって聞いて……あれ!? どうして皆さんもう到着してるんです!?」
「……鯉住提督? あぁ、貴方には到着が早まったことは伝えていなかったわね」
「そういう感じですか。元帥に鼎大将に、皆さんお揃いで」
「久しいな。それはそうと急いでいるようだが」
「ほほ、こないだの新婚旅行ぶりじゃのう」
「ちょっと緊急事態があって……あー、尼子中将にまずは相談した方がいいです?」
「日本海軍のトップがいる場だから、私を優先しないでもいいわ。元帥殿に直接話を通してちょうだい」
「あー、その方がいろいろ助かります。ありがとうございます」
「なんじゃい。またなんかやらかしたのかの?」
「またやらかしたとか心外なんですが……」
「いいから元帥殿に報告しろ。鯉住が火急の報せというくらいなのだから、相当な事態なのだろう。何があったのだ?」
「それがですね……」
鯉住くん説明中……
「ふむ。それは確かに一大事だな」
「う~む、タイミングが良かったのか悪かったのか、イマイチわからんのう」
「あー、私が感じた悪い予感ってそのことね、たぶん。これはちょっと当初の予定通りとはいかなそうね」
「敵の侵攻か。さて、自分達はどう動くべきか」
「フゥ~……どうして本土の危機だというのに、そこまで冷静でいられるのかしら……というか艤装から聞いたってどういうことなのよ……?」
深海艤装くんの話では、深海棲艦の大戦力が人類の生存権に侵攻を始めたとのこと。そしてその侵攻対象はおそらく本土になりそうだということ。鯉住くんからの報告はそういったとんでもない内容だった。
そもそも深海艤装から聞いたってなんだよとなるので、普通に考えて荒唐無稽な話。尼子中将はその辺が引っ掛かって未だ実感を持てないでいる。
しかしそこは鯉住くんと付き合いの長い面々である。鯉住くんへのとんでもない信頼は、意味不明な状況への疑いを抱かないほどまで高まっていた。端的に言って、常識で考えても無駄だと認識していた。
そんな状況なので、話は滞りなく進んでいく。
「このままこちらに大戦力をそろえたままでは不味いな。戦力の分散は止む無しか」
「そうですのう。儂と元帥殿は本土に戻った方がよさそうじゃ」
「いえ、私が本土に戻りますよ。勘ですけど、私の艦隊で迎え撃つのが正解なんじゃないかなって」
「むむ。一ノ瀬くんが言うならそうなんじゃろう。時に鯉住くん、本土以外の東南アジア圏への侵攻はどうなんじゃ?」
「あー、そこまで話には出なかったですけど、人が住んでるんだし来ると思います」
「そちらへの備えも必要だな。とはいえ自分たちはハワイの強敵を相手取りたいので、他に任せたい。ようやく武蔵を外で暴れさせてやる機会が来たのだしな」
「お、ついに武蔵さんが遠征ですか! めでたいですねぇ。ずーっと外で戦いたがってましたし」
「そうだ。連絡船の中でも気炎万丈であった」
「それじゃせっかくだしハワイ行きたいですよね。どうします、元帥?」
「ふむ……横須賀第1(大本営)と横須賀第3(一ノ瀬提督のとこ)、そして呉第1(鼎大将のとこ)は本土防衛に回る。トラック泊地の面々(尼子中将と三鷹提督)は太平洋からの敵襲に備え同泊地を防衛。ラバウル第10(鯉住くんのとこ)と佐世保第4(加二倉提督のとこ)は当初の予定通り敵本拠地であるハワイへ遠征。パラオとタウイタウイは前作戦の被害も残っているので呉第1とラバウル第1(白蓮大将のとこ)から援軍を送る。これで行く」
いろいろと考えるところはあるが、元帥の鶴の一声で役割は決まった。当初は全員でハワイに攻め込む予定だったのだが、戦力の分散を余儀なくされてしまった。
とはいえそれは相手方も同じこと。手広く守らなければならない状況ではあるが、裏を返せば相手方の本拠地の守りも手薄になるということだ。加二倉提督と鯉住くんの部下たちが居れば、一点突破には申し分ない戦力である。
こうして3分もたたずにあっさりと方針転換は行われ、元帥の『それでは各自用意に入るように』の一言で、この井戸端会議みたいな現場は解散する運びとなった。
とはいえすぐに解散というわけではなく、思い思いにそれぞれ情報交換をすることにしたようだ。いくら緊急事態とはいえ、突然の方針転換でもあり、最低限の報連相は済ませたいということである。
そんな中でなにやらいつもよりも真剣な鼎大将を見て、鯉住くんは事情を聴いてみることにしたようだ。
「まったく、思うようにはいかんもんじゃのう。儂もハワイに行きたかったっちゅうのに」
「まあまあ、任せといてくださいよ。ウチはウチで準備万端だし、そもそも加二倉さん達がいるんだから戦力に不安とかないですし。ていうかあっちに知り合いもいますし」
「あっちに知り合いがいるの本当に草なんじゃが。……うむ、未練じゃったが、これでよいのかもしれんのう。儂のこれまでも全部託すから、思う通りにやっといで」
「……? なんか思うところありそうっすね? 事情あるなら代われるよう元帥に相談してみますが」
「よいよい。ひとりも欠けずに帰ってくるんじゃよ」
「それはまぁ、もちろんですよ」
そしてそんなふたりの様子を見て、元帥と一ノ瀬提督、加二倉提督も何やら話をしている。
「……鼎大将、すまないな」
「元帥、先生ってハワイに因縁があるんですか? 私はそういう話、聞いたことなくて」
「おい一ノ瀬、先生の過去を探るな。行儀が悪いぞ」
「まぁそうなんだけど、気になるじゃない」
「うむ……すまないが、私には話す資格がないことだ。すべて終わった後に本人から聞いてくれ」
「そうですか、わかりました」
他の面々からしても、鼎大将の様子は普段と違ったのだろう。彼の話題がこちらでも出ていた。元帥は鼎大将の過去を知っている様子だが、それを話すつもりはなさそうだ。
話の筋を逸らすためにも元帥は加二倉提督に水を向ける。
「……加二倉少将。鯉住少将との2鎮守府共同作戦になってしまうが、なんとか完遂させてほしい。負担が大きくて済まないとは思うが、貴官達であればよい結果を出してくれると信じている」
「無論です。自分たちだけであれば厳しいでしょうが、鯉住達がいる以上は不安はありません」
「ふぅん? 加二倉くんにしては珍しいじゃない。自分たちだけだと不安だなんて」
「戦って打ち勝つだけなら全く問題はない。が、今回の作戦はそういった単純なものではないことくらいは承知している」
「まぁそれはそうね。鯉住くんがいるならなんとかなるでしょうから、ちゃんと彼のこと守ってあげてよね」
「当然だ。尤も、その必要があるかはわからんが」
こちらはこちらで落ち着いたものだ。これから大きな戦いが各所で勃発するというのに、通常運転である。
「フゥ……揃いも揃って、大した役者たちね。大女優として名を馳せた私がまるで端役。……フフッ、頼もしいことね」
そんな感じでワイワイしている訪問者たちを見て、尼子中将は色々と受け入れることにしたようだ。
自分としてもトラック泊地を預かる中将という自負がある。今回の国難にも本腰を入れて対応しようと決めようとしたのだが……他の面々のテンションを見て気が抜けてしまった。
船頭多くして船山に上るともいう。今回の船頭は自分ではなかったと、そういうことなのだろう。そして、そんな彼ら彼女らのサポートを滞りなく行うのが、今回自分に求められる役割なのだろう。
そう結論付けた彼女は、もうひとりの傑物であり、ぶっちゃけかなり怖いと思っている部下でもある三鷹提督を呼びに、宿舎へと向かうのであった。