ひとりは大学生で、もうひとりは高校生。小さいころからよく一緒に遊んでいました。
ちなみに鯉住君含め外見は良い方で、異性人気は高いようです。
そのおかげか彼は女児の扱いに慣れており、その経験は提督業に活きているようです。
「さてと……今日最後の仕事だ……」
密度が濃すぎる一日で、既にフラフラしている鯉住君。
叢雲が不貞腐れているので、今日提出すべき書類を全て1人で処理しなければならなかった。それが疲労の一番の原因だ。
白蓮大将に電話したあと、事務作業に翻弄され、気づけば3時間も経ってしまっていた。
正直もう横になりたいのだが、もう1つだけやることが残っている。
出撃前に夕張と約束した、艤装メンテのレクチャーだ。
夕張に北上を預けて暫く経っているし、書類仕事も鎮守府説明もすでに終わっているはず。
そう考えて艦娘寮の方に足を延ばす。
トントンッ
(はーい)
「夕張さん、今大丈夫かい?」
(あ、提督。少し待ってくださいねー)
ガサゴソ……
ガラッ
「お待たせしました!何のご用でしょうか?」
「頼んでおいた書類と、北上さんへの案内はどうなったかと思ってね」
「あ、はい、どちらもすでに終わっています!
すいません、すぐに報告に伺わなくて……」
夕張は申し訳なく思っているようだ。
鯉住君は仕事を急かすつもりで来たわけではないので、それを伝える。
「ああ、そういうつもりじゃないんだ。
俺の方の仕事が終わったから、気になってきてみただけだよ。気にしないでいい」
「そ、そうなんですか。
でも業務完了はすぐに報告すべきでしたから、やっぱりよくなかったです!
すいませんでした!」
謝罪と共に頭を下げる夕張。
叢雲とは毛色が違うが、この子も真面目で真っすぐな性格だと実感する。
どこかで根を詰めすぎないか心配になる鯉住君。
「そんな大したことじゃないから、頭を上げて。
それよりも北上さんの反応はどうだった?うまくやっていけそうかい?」
「あ、それでしたら本人に聞いてみてください!」
そう言って部屋へ提督を招く夕張。
女性の部屋に入るのはどうか、と一瞬迷った鯉住君だが、
昨日から住み始めた部屋であることを思い出し、気にしないことにした。
「やっほ~。提督じゃん」
部屋の中心に置かれたちゃぶ台のところで、座布団に座りながら北上が出迎えてくれた。
手をひらひらさせて、こちらに笑顔を向けてくれている。
「さっきぶりだね、北上さん。夕張さんの説明はわかりやすかったかな?」
「まぁ、そうねぇ。
そんなに施設が大きいわけでもないし、大体わかったって感じ~」
「そっか、それはよかった。夕張さんもありがとね」
「とんでもないです!
あ、あとこれ、頼まれていた書類です」
「ん、どれどれ。……内容は大丈夫そうだ。よくやってくれた」
「えへへ……これからも色々と頼ってください!」
「ありがとな。いい部下を持ててよかったよ」
「そ、そんな……ありがとうございます!」
まさか褒められるとは思っていなかったのだろう。
とても嬉しそうにお礼を言っている。
「あ、そうだ。北上さん。
さっき白蓮大将に連絡を取ったんだけどね、ウチの所属でオーケーってことになった。
それでよかったかな?」
「あ、もう決まったんだ。早いじゃん」
「細かいことは気にしない人だからね。ウチでドロップしたんだから、うちの所属でいいだろってことで」
「ふ~ん。それじゃ、これからよろしくね~。提督」
「こっちこそよろしく」
・・・
「それで夕張さん、これからやることあるかい?」
「え、私ですか? 別にありませんが」
お仕事の話も一段落したので、ここに来た本当の目的を切り出す。
「それだったらさ、今朝約束してた、艤装メンテのレクチャーしようか?」
「!!!」
夕張の目がキラリと光る。
「初出撃で疲れてるって言うなら、後日でもいいんだけど……」
「いえ!私は大丈夫です!すぐに工廠に行きましょう!今すぐ行きましょう!
何持ってけばいい!?」
「え、えーと……」
テンションの急上昇にたじろぐ鯉住君。
普段は真面目な優等生タイプだが、スイッチが入るとこういうキャラになることを失念していた。
「お、落ち着いて。書類出さなきゃいけないし、俺にも準備があるし……」
「あ、うん!そうよね!それじゃ先に工廠に行ってるから!」
「お、おう……
それじゃ準備でき次第工廠に向かうから、そっちで待っててもらっていいかな……?」
「お任せください! 夕張、抜錨しまぁすっ!!」
ダダダッ!
メモ帳やら工具箱(どこから用意したかは不明)やらをかき集めて、すごい勢いで部屋を飛び出していってしまった。
出撃時よりも勢いがすごい。鬼気迫るといった感じ。
「相変わらずスイッチ入った夕張さんはすごいなぁ……」
「そだねぇ、すごい勢いだったねえ」
「いい子ではあるんだけど、あのテンションには気圧されちゃうなぁ……」
これから彼女とどう接していったものか、と頭をひねっていたところ、
北上から予期しない提案が。
「あ、提督~。アタシも見に行っていい?」
「え?北上さんも来るの? あんまり見てて面白いものじゃないと思うよ?」
「んー、アタシってば、実は工作艦経験があるんだよね~。
だから正直艤装メンテって、興味があるっていうか、好きっていうか、そんな感じ」
「マジか……工作艦……」
鯉住君の脳裏に、彼が唯一知っている工作艦が思い浮かぶ。
いや、北上さんはアイツみたいな厄介な艦娘じゃない……そうに決まってる……
「ん? どったの?提督。辛気臭い顔してるよ~?」
「あ、ああ……すまない、ちょっと昔を思い出しちゃってな。何でもないよ」
「そうなの? 別にいいけどさ~」
「まぁキミが興味あるって言うなら、見ていってもらう分には全然かまわないよ。
今から書類仕上げて着替えたら工廠に向かうから、ちょっと待っててもらうことになるけど」
「おっけー。 それじゃ先に行って夕張っちと合流してるよ~」
「わかった。なるたけ早く行くよ」
・・・
夕張の部屋を後にし、執務室へと戻った鯉住君。
暫く書類仕事をし、回収した戦闘報告書の仕上げを終える。
「本日の書類仕事はこれでおしまい、っと」
大本営とラバウル第1基地へのFAXも済ませ、やり切った解放感に満たされる。
慣れない仕事だったが、その分終わったときのカタルシスも大きい。
「フフフ……ここからはお楽しみの時間だ……やるぞお前ら。準備はいいか?」
ストレスから解放されたせいだろうか。
なんだか柄にもないセリフを口にしている鯉住君。
(ひさしぶりにめんてするです!)
(われらこいずみめんてはん)
(びっくりさせたるー!)
鯉住君の研修中はあまり艤装メンテをすることがなかった。
久しぶりの仕事に、妖精さんたちもテンションアゲアゲである。
ちなみに各鎮守府での研修中にも、鯉住君は何度か許可をもらって、
艤装メンテをさせてもらっていた。
3年間も第一線である呉第1鎮守府で働き続けていた鯉住君にとって、もはやメンテはライフワークの一部となっている。
職業病というかなんというか、たまに艤装をいじってないと落ち着かない体になってしまったのだ。
そういった事情があり、彼もお供の妖精さんも、久しぶりのメンテでは、恐ろしいスピードと信じられない精度で艤装を直していった。
まるで水を得た魚。いや、水を得た鯉。それはそれはキラキラしていたそうな。
あまりの働きぶりから、所属している技術班の人たちからは、尊敬を通り越して畏怖の目で見られていた。
横須賀第3鎮守府(一ノ瀬中佐のとこ)所属の明石に至っては、工作艦としてのプライドを打ち砕かれて涙を流していた。
そんな彼らを見て誰もが『アカシック鯉住』という言葉を連想したことで、本人が望まないその二つ名が幅広く浸透していったのは、もはや自然な流れといえる。
そんな鯉住君とお供妖精さんたちである。
やるべき仕事から解放されて、久しぶりに艤装メンテができるとあれば、否応なしにテンションも上がってしまうというものだろう。
今も心なしかキラキラしている。
さっきは夕張が変わった奴とか言っていた鯉住君だが、彼はそんなこと口が裂けても言ってはいけない人間なのだ。
本人が気づいてないだけで、完全に同類なのだから。
「うっし、作業着に着替えて工廠に向かうぞ。ついてこい!」
(((がってんだー!!)))
・・・
自室で作業着に着替え、工廠にやってきた鯉住君一行。
そこにはすでに準備万端の夕張と北上が待機していた。
「あ、提督! 待ってたわ!今すぐに始めましょう!」
「待たせたな2人とも。今日のターゲットは決まってるか?」
「抜かり無しよ!私の開発した15.2cm連装砲を使って!」
「わかっているじゃないか。いいチョイスだ。 フフ……胸が熱いな……!」
(((ひゃっはー!)))
「いいね~! 痺れるねぇ~!」
どうやら3人とも同じ穴の狢だった模様。これはひどい。
ツッコミ役不在の中カオスな会話が続いている様子は、飲み会3次会のノリに近い。
この場に叢雲が同席していなかったのは幸いだろう。
もし居たとしたら、ツッコミの負担から、体調を崩して寝込む羽目になっていたに違いない。
……無駄に高いテンションから若干の落ち着きを取り戻し、メンテに入る3人。
「よし、それじゃ早速始めよう。まずは作業場を整える。これは基本だな。
……この作業台が空いてるから、ここでメンテしよう」
「あ、工具は私が用意しといたから、これを使って」
夕張は作業台の上に工具箱を乗せる。
ホントに彼女はどこから工具を用意したのだろうか?
今の3人にとっては、そんな些細な疑問などどうでもいいようだが。
「ふんふん……うん、中身も一通りそろってるな。
これだけあれば大規模作戦中の繫忙期でも対応できる。いい具合だ」
「えへへ……」
「やるね~。夕張っち」
「そんなに褒められると照れちゃうわ……
あ、そうだ、北上さん。そういえば私、提督が元艤装メンテ技師だって言ってなかったわよね?」
「ん? 聞いてないよ? でも何となくそんな気はしてたね~。
ちなみに提督はさ、どこで働いてたの?
大規模作戦とか言ってたから、そこそこおっきい鎮守府だったんだろうけど」
「呉第1鎮守府だね。3年ほど艤装メンテ技師をやってた」
それを聞いて、昨日の夕張と同じように目を丸くする北上。
「うえぇ!? 呉第1とかマジ!? エリートじゃん!」
「そうよ! 提督はすごいんだから!」
「いやいやいや……そんなことないって……うん、油のさし具合もいい感じだ……」
ビックリする北上と、何故か鼻高々の夕張に対し、
鯉住君は話半分で、メンテ道具の調整に神経を集中している。
会話よりもそちらを優先するあたり、よっぽどメンテに飢えていたのだろう。
夕張から借りたメンテ道具を作業台に展開し終わり、準備を完了する。
「それじゃ始めようか。夕張さん、15.2cm連装砲をかしてくれ」
「はい。気を付けて」
「ん。サンキュ」
ずしりとした重みと、ひんやりとした感触が、鯉住君の手に伝わる。
これは呉で働いていた時の感触だ。
当時を思い出し、自然と仕事モードに入る鯉住君。
「よし……」
「「……??」」
鯉住君を見て、首をかしげる2人。
それもそのはず。
すぐにメンテに入るかと思われた彼らは、奇妙な行動をとり始めたのだ。
「……」
(((……)))
目をつぶり、胸の前で手を合わせ、静かに瞑想する4人。
それだけ見れば、先ほどまで浮かれておかしな発言を連発していた人間とは思えない。
「ふぅ……うし。やるか」
(((やるかー)))
瞑想が終わったらしく、何事もなかったかのように作業を開始しようとする。
行動の真意がわからず頭に?マークを浮かべる2人は、疑問を口にする。
「あ、あのー……提督? 今のは一体……?」
「そうだよ提督。何なのさ今の?なんか意味ありげだったよ?」
「……今のはあれだ。習慣みたいなもんだよ」
「習慣?」
「そう。俺が学生の時からやってる習慣だよ。大したものじゃない。
……それじゃ今からメンテナンスに入るから、2人ともわかんないところがあったら、その都度聞いてね」
「あ、う、うん」
2人の疑問は、大したものじゃない、の一言で片づけられ、メンテが始まってしまった。
こうなってしまうと作業者に話しかけるのはご法度というものだ。
そんなことをすれば集中が切れるし、不慮の事故へともつながりかねない。
鯉住君はいつでも聞いていい、といっていたが、そうもいかない。
夕張も北上も、作業者としての基本的な心得は持ち合わせているのだ。
・・・
「……ん」
(はい)
サッ
……キュッキュッ
「……ん」
(はい)
サッ
……グイグイ
(しあげよろしく)
「オーケー」
サッ
グリグリ
・・・
ほとんど何の会話もせずにメンテを進める鯉住君と妖精さんたち。
鯉住君が手を出せば、妖精さんが工具を渡す。
妖精さんがパーツを組み立てて渡せば、鯉住君が仕上げをする。
正に阿吽の呼吸というやつだ。伊達に何年も一緒に働いてきたわけではない。
「……はー」
「……すげー」
その様子を見て、ただただ感心する夕張と北上。
基本的な艤装のメンテは、
まず分解して、部品に摩耗がないか確かめて、変形した部品があれば修正・交換して、油をさして、動作確認しながら組み立てる。
ざっくり言えばこの順番で作業を行う。
今回の夕張の15.2㎝連装砲は大した痛みがなかったが、
それでも人間がこれだけの仕事をするのには、どれだけ早くとも30分はかかる。
だというのに、目の前のこの男(+妖精さん3人)は、ものの10分足らずで終わらせてしまった。
妖精さんの手を借りているのを差し引いても、とんでもない早さだ。
しかもひとつひとつの仕事がとても丁寧。
分解した部品はネジの一本に至るまで、非常に優しく取り扱っていた。
どんな細かな傷であろうとも、絶対につけるわけにはいかない、という心構えが感じられる。
「……はい。これで終わり。ご苦労さん」
(いいあせかいたー)
(ひさしぶりでたのしかったです)
(なかなかのしあがり)
「そうだな。俺も腕がなまってなかったみたいで安心したよ」
・・・
「はい。完成品だよ。大分いい感じに仕上がったと思うけど、2人も確認してみて」
「は、はい」
メンテが終わった艤装を夕張に手渡す鯉住君。
それを受け取った夕張と北上は、しげしげと完成品を眺めたあと、
順々に装備して動作チェックをする。
ガチャン、ガチャン
「うわ、なにこれ……めっちゃ動作が滑らかなんですけど……」
「すごいわこれ……艤装ってこんなに扱いやすくなるのね……」
あまりの完成度の高さに驚く2人。
それを見て満足そうにする鯉住君と妖精さんたち。
「いやー、提督すごいわ。プロの仕事ってやつだねこりゃ」
「お褒めの言葉どうも。
まあ今日は無傷の連装砲ひとつだけだったし、だいぶ丁寧にやったからね。
忙しいときはこうはいかないよ」
「……」
「あれ?どしたの?夕張さん」
夕張は真剣な顔で、右手でこぶしを作って口元にあてている。
何か思案しているようだ。
……なんだか嫌な予感をひしひしと感じる鯉住君。
「……よし! 決めたわ! 提督……いや、師匠!!」
「……ん゛んっ!? 師匠!?」
「私をあなたの弟子にしてください! お願いします!!」
勢いよく頭を下げ、右手を突き出す夕張。
これはあれだ。握手をしてしまうと弟子をとってしまうやつだ。
いくらメンテに慣れてるからって、師匠づらをしていいほど俺は立派じゃないよ。
悪いけどここは断って……
鯉住君が戸惑いながらも、お断りを入れようかと考えていたところ……
スッ
「ちょ」
北上が、動きの止まった鯉住君の右手を、夕張の右手に持っていった!
ガシイッ!
「ありがとうございます!! 提督……じゃない、師匠!!」
「あ、うん、えー……その……こちらこそよろしくお願いします……」
「ダメだよ、提督~。女の子の誘いを断っちゃーさぁ」
「北上さぁん……なんちゅーことを……」
憧れのプロに弟子入りできて、満面の笑みを浮かべる夕張。
そしてドヤ顔でニヤニヤしながら鯉住君に視線を向ける北上。
こんなはずではなかったのに……そう思っても後の祭り。
26の若さにして、弟子を一人もつことになった鯉住君なのであった。
怒涛の着任2日目はこれにて終了。
すでに提督と秘書官の心はだいぶ磨り減っているようです。