所属艦娘数は、驚異の50名。他の中規模鎮守府の倍ほどはいます。
そのため通常業務で声がかからない艦娘も結構いるので、そういう子たちは暇を持て余すことも多々あります。
そういった実情があるため、第1基地からの異動希望は比較的通りやすいようです。
「えー……それでは現状の確認をしたいと思います」
目の前には初めましてな艦娘が4人。隣には心なしか生気を失った秘書艦がひとり。
今の状況を確かめるため、鯉住君は4人から聞いた話をまとめる。
「本当は、こちらへ連絡してもらったとおり、第10基地へは1名異動の予定だった」
「はい。私が異動するはずでした!」
いい笑顔で古鷹さんが口を開く。はいじゃないが……
何でそんなにこの状況を当たり前のように捉えているのだろうか……?
彼女の中では1と4は同じ数字なんだろうか……?
俺と叢雲さんの心は大破寸前だというのに……
「えー……本来その予定だったところ、
ウチで北上さんがドロップしたと聞きつけて、大井さんが名乗りを上げたと」
「はい。北上さんがひとりで寂しい思いをしていると聞いたら、居ても立っても居られません。当然のことではないですか?」
当然のことなのかなぁ……俺の常識にはその当然は入ってないなぁ……
そもそも北上さんはひとりではないし、寂しそうにしている様子もない。
まあそれを主張したところで、「何言ってんだこいつ?」みたいな反応をされそうな気がするので、そこには触れないでおく。
「あー、と……それでその異動の話をしている最中に、天龍さんと龍田さんが遠征から帰ってきた。
そして、小規模鎮守府なら戦闘で活躍できると思った天龍さんが、自分も異動したいと提案した」
「おう!第1基地は戦力が整ってるからな。俺たち姉妹は遠征任務ばかりなんだよ。
それじゃやっぱりつまらねえ!戦闘で華々しく活躍するのが艦ってもんよ!」
元気いいなあ……彼女……
その豪快な思考回路には「異動は1名限定」なんて、ささいな情報は流れていないに違いない。
しかしわざわざ戦闘のために、住み慣れた鎮守府から異動したいって……
遠征部隊で活躍していたんなら、それはそれでいいのでは、というのは、天職に恵まれている俺だから思うことなのか。
「……んで、天龍さんが行くと聞いた龍田さんも、一緒に行きたいと志願した、と」
「ふふ~ 天龍ちゃんひとりじゃ何かと心配だもの~」
姉妹仲がよろしいようで大変何よりです……
でもそれでホントに大丈夫なの?
人事異動って結構なイベントよ?そんな理由で決めちゃっていいの?
……いやなんというか、改めて確かめてみると、皆さんフリーダムすぎない?
軍紀的に大丈夫なの?今回の一件。
でもね。彼女たちの自由奔放さを超える真の問題があってね。
「それで、その提案を全部『面白そうだから』の一言で、白蓮大将は承認した、と……それであってるかい……?」
「「「「はい」」」」
はいじゃないが。はいじゃないが……
鼎大将がアレだったのは特別じゃなかった……白蓮大将も十分アレじゃないか……
薄っすらとそんな気はしてたけども……
もしかして海軍大将ってみんなアレな感じなのだろうか……
「面白そうだから」とかいう理由で、そんな一気に艦娘をこちらに寄こさないで下さい。
というか、そうならそうで、こっちに連絡寄こしてください……
こちらにもお出迎えの準備やらなにやらあるんですよ……
ホラ。隣で棒立ちしている秘書艦も遠い目をしている。
俺はちゃんと見てたぞ。キミが艦娘寮の準備なり、生活用品の準備なりしてたのを。
……もちろんひとり分の。
俺もいっぱいいっぱいだけど、彼女の方がいっぱいいっぱいなのは、火を見るより明らか。
一段落したらなんか言うこと聞いてあげるから、なんとか今は耐えてくれ……
「わ、わかった……状況はわかったよ……
それじゃ改めてよろしくな。キミたち。これから一緒に頑張っていこう……」
・・・
このまま呆然としていてもらちが明かないので、ひとまず挨拶もそこそこに、鎮守府に移動することにした鯉住君。
しかし元々艦娘1名といくつかの艤装を運ぶつもりで来ていたので、この人数+艤装を一往復で運ぶのは不可能だ。
そこで二往復することにしたのだが、メンバー分けに頭を使うことになった。
鯉住君が考える条件は以下の通り。
メンバー
鯉住君・叢雲・古鷹・大井・天龍・龍田
条件
一回に乗れる人数は、艤装を積む関係上、運転手の鯉住君除いて3人。
運転手は常に鯉住君。免許と自動車保険の関係で艦娘には任せられない。
古鷹はしっかり者っぽいので、お留守番の2人に状況説明できるだろう。
大井は一刻も早く北上に会いたいらしいので、第一陣で連れて行く。
龍田は天龍と一緒がよさそう。
叢雲は鯉住君と離れると、ストレスが限界突破して多分泣いちゃう。
大井・天龍は自由な精神を持っているので、艤装の運搬・管理は任せられない。
「えーと……なんだかややこしいけど、こうすれば解決かな?」
どこかの知能パズルで同じような問題を見た気がするが、現実に同じことに遭遇しようとは。
戸惑いながらも、なんとかうまく問題解決できる方法を見つけた鯉住君。
その方法は以下の通り。
まず第一陣は
鯉住君・叢雲・古鷹・大井
艤装は半分積んでいき、港に残していく艤装は龍田に管理してもらう。
鎮守府に着いたら、暴走するであろう大井の世話と、置いていく艤装の搬入と、お留守番の2人への現状報告を、全部古鷹にぶん投げる。
港への復路で、鯉住君が叢雲のメンタルケアをする。
そして第二陣で
鯉住君・叢雲・天龍・龍田を乗せ、残りの艤装を移動。
これで問題なく事を運べるはずだ。
古鷹さんの負担が尋常でなく多い気がするが、多分大丈夫だろう。
なんか真面目そうだし、色々任せられそうな安心感を醸し出している。
高校の生徒委員会の書記って感じ。
考えがひとまとまりしたので、鯉住君は今からの動きを説明することにした。
・・・
「これでいいはずだ……」
「どうです?提督。どうするか決まりました?」
にこやかに鯉住君に問いかける古鷹。
それを見て、これから彼女に無茶ぶりしようと思っていた鯉住君は、複雑な心境になる。
「えーと、すまないね、古鷹さん」
「え!? な、なんで何もしてないのに、私、謝られたんですか!?」
「まあなんだ……これからわかるよ。
今からの動きを説明します。みんな聞いてください」
・・・
説明中
・・・
「わかったぜ!」
「うふふ~ 私達のこと、わかってくださってるようで嬉しいわ~」
「決まったんですね?ではすぐに向かいましょう!
待っててください……北上さん!」
ふう。おおむね好評のようだ。
俺の見立ては間違っていなかったようで何より。
しかし今の説明を聞いていたひとりの艦娘が、不満そうな顔で右手を上げる。
「……提督」
「……はい。なんでしょう、古鷹さん」
「私だけ扱いが厳しくないですか?」
「まぁ、ねえ……」
「私もここでは新人なのに、この扱いの差はずるいと思いますっ!!」
むくれながら抗議してくる古鷹さん。
若干発光している彼女の左目は、チカチカと明滅を繰り返している。
どうやら怒るとそのようになるらしい。艦娘って不思議。
申し訳ないけど、彼女にはやってもらうしかない。
だから先に謝っといたんだよなぁ……だってこれしか思い浮かばないんだもん。
「命令ってことだしやりますけどぉ……
大井さんを抑えながら現状説明なんて、新任の私には荷が重いです……!」
頭を抱えてはいるが、なんだかんだ引き受けてくれるようだ。
やっぱりこの子はいい子であり、自分たちと同じタイプなのだろう。
詰まるところ苦労人気質だ。
ポンッ
必死でこちらに訴える古鷹の肩に、今まで存在感を消していた(存在感が消えるほど憔悴していた)叢雲の手が添えられる。
貧乏くじを引かされた彼女を見る叢雲は、とても穏やかな顔をしていた。
その目はまるで、今から出荷される子牛を送り出す牧場主のような目だ。
ドナドナがどこかから流れてきそうな悲壮感に溢れている。
やっぱり叢雲も、古鷹さんは同類だと理解したのだろう。
「な、なんですか? 叢雲さん」
「……大丈夫よ」
「何がですか!? なんでそんなに優しい目をしてるんですか!?」
「……仲間が増えて嬉しいんだよ」
「提督の言ってる仲間って、絶対同僚って意味じゃないでしょ!?」
「大丈夫。大丈夫よ……何があっても私達は仲間だから……」
「何ですかこの雰囲気!? お通夜みたいじゃないですか!
何があっても、ってどういうことなんですか!?」
「まあなんだ……一緒に頑張ろう。悩んだら相談してくれていいから……」
「なんですでに私が悩む前提なんですか!?」
「何をゴネているの、古鷹さん!
北上さんが待っているんですから、さっさと艤装を乗せて出発するわよ!」
「あぁーーーっ! もぅーーーっ!!」
いつも自分はこんなリアクションしてるんだなぁ、と、
なぜかこの混沌とした光景を見て和んでいる鯉住君と叢雲。
しかし流石に古鷹がかわいそうだと思ったのだろう。
これ以上は大井が我慢できなさそうということもあり、さっさと移動することにした。
ブロロロロ……
一往復目の車内、大井と古鷹(+叢雲)を乗せて、鎮守府への道を運転する。
落ち着いて話せるチャンスでもあるので、鯉住君は2人へ色々質問することにした。
「なんだかんだ面食らったけど、キミたちが来てくれて嬉しいよ。
戦力的にも助かるし、大勢で賑やかなほうが生活も楽しいし」
「そう言ってもらえると私も嬉しいです。
白蓮大将からは4人で赴任することは伝えてないって言われてたんで、正直不安だったんですよ」
古鷹が答えてくれた。
ちなみに大井は、窓の外を見ながら心ここにあらずといった様子である。
今の彼女に何か聞いても上の空だろう。
そう考えた鯉住君は、古鷹との会話に集中する。
「なんだ、こちらには伝わってないって、聞いてたのか……
こっちが動揺してるのを見ても普通にしてたのは、そのせいだったんだね」
「あはは……
申し訳ないとは思ってたんですが、上司の前で狼狽えるのもどうかと思いまして……」
「そうか。気を遣ってくれてたんだな。ありがとう」
「いえ。とんでもないです。むしろ白蓮大将が申し訳ありません……」
バックミラーを見るとばつが悪そうな顔をしている古鷹さんが見えた。
これはあれだな。あっちでも随分苦労してきたとかそういうのだな。
なんだか納得がいった鯉住君は、そのことについても聞いてみることにした。
「古鷹さん、もしかしてだけどキミ、かなり白蓮大将に振り回されてた?」
「あ、え!? なんでわかったんですか!?」
思ったとおりだったようだ。
それを聞いて、助手席の叢雲と目を見合わせる鯉住君。
そういう意味での仲間ができたのは、非常に大きな収穫だと言える。
「まあ、なんだ。
あっちにいた頃よりもそういう負担は減らせるよう、俺も努力するよ」
「あ、ありがとうございます」
・・・
当たり障りのない会話を続けているうちに、鎮守府に到着。
エンジン音を聞き付けたのか、お留守番の夕張と北上が出迎えにきた。
「提督、叢雲さん、お帰りなさい!」
「提督~、新しい子ってだれだったの~?」
ガララッ!
ダダダッ!
ガッシイィィッ!
「うごふっ!?」
「北上さぁぁぁんっ!会いたかったわぁぁぁっ!」
瞬間移動のようなスピードで、バンから下りて北上に抱き着いた大井。
北上は強烈なタックルを喰らい、変な声を出すことになった。
「な、何なのさ……って、大井っちじゃん。やっほ~」
「会いたかったわ!私、北上さんに会えるのをずっと待ってたのぉ!」
「も~、大げさだなぁ、大井っちは」
マイペースな北上に、感動で涙を流している大井。
あまりの光景に、当事者のふたり以外は、苦笑いを顔に浮かべている。
「あ、あの~、ししょ、じゃなかった。提督。大丈夫なんでしょうか……」
「ま、まあ仲がいい分にはいいんじゃないかな……夕張さんも仲良くしてあげてね……」
「そうですね……善処します……」
いつも元気な夕張さんも、彼女の奇行には面食らっているようである。
さもありなん。
「今は北上さんの事しか目に入ってないけど、港ではしっかりと受け答えしてくれたし、問題ない……はず。北上さんさえ絡まなければ……」
「そ、そうなんですか……それを聞いて少し安心です……
って……あ、あれ? そこにいるのは……もしかして、古鷹?
な、なんで古鷹までいるんですか!?異動はひとりだけじゃなかったんですか!?」
車から降りてきた古鷹に夕張が気づいたようだ。
「あ、うん。色々あってね……
本日付で異動してくる艦娘は4人になったんだ……」
「よ、よにんっ!?」
「そうなんだよ……まぁ、悪い子はいなさそうだし、大丈夫だと思う」
ビックリして目を丸くする夕張。
そうそう、こういうのが普通のリアクションだよ。
夕張と鯉住君が話していると、古鷹もこちらに気づいたようで話に入ってきた。
「あっ! 夕張先輩!よろしくお願いします!」
「あ、こっちこそよろしくね、古鷹」
ああ、いい……こういう普通の挨拶でいいんだよ……
さっきの大井北上コンビのアレはなかったことにしよう。うん。
……ん?夕張「先輩」? それに「さん」づけが普通の夕張さんが呼び捨て?
ふたりのやり取りに違和感を感じた鯉住君は、質問してみた。
「えと、夕張さん。古鷹さんのこと知ってるの?
建造されたばかりでも、そういうことってあるの?」
「あ、えっとですね、私達艦娘は艦の時の記憶があってですね。
姉妹艦の皆さんなんかは、生まれたてでもそういうのがわかるんです」
鯉住君の脳内に、神風型の皆さんや、初春型の皆さんが思い浮かぶ。
そういえば子日さんは、ひとりだけ大湊出身なのに、普通に姉さんって言われていた。
人間の感覚だとピンとこないけど、そういうものなのか。
やっぱり艦娘って不思議だ。
「……あれ?でも夕張さんと古鷹さんって別に姉妹艦じゃないでしょ?
艦だった時代に、どういう関係があったの?」
「それはですね、私達にとって親とも呼べる設計者が一緒だったんですよ」
今度は夕張さんの代わりに古鷹さんが説明してくれた。
「私達の設計者は平賀さんという方で、一言で言えば天才です。
世界的に見ても指折りの艦艇設計士でした」
「そうなんです!その平賀さんが設計した艦で、一番最初に有名になったのがこの私!夕張なんです!」
「へぇ、そんなにすごい人が設計者だったのか」
「それはもう!そして、私を設計した経験をベースにして、新たに設計されたのが、この古鷹ってわけです」
「はい。だから私は夕張さんとは姉妹艦ではありませんが、遠からぬ関係にあります。
人と同じ身を持った今の感覚だと、先輩後輩って感じなんですよね」
生みの親が一緒ならそれこそ姉妹ではないか、と思うが、そういうわけでもないらしい。
姉妹艦、というくくりがある以上、そっちに感覚が引っ張られるものなのかもしれないな。
「成程ねぇ。そういうことだったのか。
でもよかったじゃないか。2人とも。仲のいい相手が見つかって」
「「はい!」」
いやー、なんかいいな、こういうの。高校時代を思い出す。
親戚の下の子も今は高校生だし、会わせてやればいい友達になれるかもな。
今度ここまで招待してやろうかな?
「北上さーん!」
「大井っち、やーめーてーよー」
……いや、招くのは止そう。あっちの高校生が教育に悪すぎる。
「……それじゃ艤装を下ろしたら、俺は残りの2人を迎えに行ってくるよ。
古鷹さんは予定通り、2人に細かい事情説明をしてやってくれ」
「はい!お任せください!」
「頼んだよ」
艤装を下ろし、古鷹と夕張に後を任せ、港で待機している2人を迎えに行く鯉住君なのであった。
現在のラバウル第10基地戦力はこんな感じ。
重巡洋艦 古鷹改(Lv35
重雷装巡洋艦 大井改(Lv32
軽巡洋艦 夕張(Lv10 北上(Lv8 天竜改(Lv26 龍田改(Lv24
駆逐艦 叢雲(Lv12
異動組は最前線から来たので、やっぱり実力があります。