艦これ がんばれ鯉住くん   作:tamino

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基本的に提督着任までのプロセスは、以下の通りです。

 妖精が見えるかどうか全国民対象試験(年1回実施)
→提督適性ありの対象者に対し、個別適正審査と本人の意思確認
→選抜者は海軍の提督養成学校へと入学(給金支給アリ)
→全カリキュラムを最短2年、最長5年でこなし、全てで良以上の判定をもらう
→各鎮守府に少佐として着任

こんな感じです。
だから鼎大将一派は、イレギュラー中のイレギュラーということになります。

一応提督養成学校入学は任意ではあるのですが、適正高しと判断されると自由意志の尊重は怪しくなるようです。

また、このプロセスを経て着任した提督は、高いエリート意識を持つに至ります。
実際選りすぐりの人材であり、カリキュラムを通してハイスペックな能力を身につけることになるので、これは避けられないことでもあります。
ハッキリ言うと天狗になります。

だから提督の手綱を握り、指示を出すのは、かなり大変です。
各大将は色々な方法で担当エリアの提督をまとめており、派閥も大きなものから小さなものまでたくさんあるようです。


第24話

「……」

 

「……」

 

 

ブロロロロ……

 

 

第10基地で古鷹・大井(+艤装)を降ろし、港まで天龍と龍田を迎えに出発した鯉住君と叢雲。

ふたりの間には今、気まずい沈黙が流れている。

 

別に喧嘩をしたとか、仲が悪いとかではない。

鯉住君が黙っているのは、怒涛の展開で心が弱っている叢雲を、どうにかしてメンタルケアできないかと思考を巡らせているからだ。

 

想定外の建造成功に、想定外のドロップ、さらに慣れない新生活に、事務仕事と出撃。そしてダメ押しに、本日の新人大増員。

彼女がここに来てから今までの一週間、とてもではないが気が休まる状況ではなかった。

上司としても、個人的にも、そこまで精一杯頑張ってくれている秘書艦を、放っておくことなどできない。

 

しかし気持ちとは裏腹に、鯉住君自身もダメージを受けている身である以上、気の利いた言葉など浮かんでくるはずもない。

 

話したくても話せないという状態が、この気まずい沈黙を生み出していた。

 

 

「えーと……その、叢雲さん」

 

「……なによ」

 

「なんて言ったらいいのか……」

 

「……ハァ」

 

 

とりあえず声をかけてみたものの、なにも言葉が浮かんでこなかった。

小説の主人公ならここでかっこいいセリフでも出そうなものだが、あいにく鯉住君はそういった類の人間ではない。

技術屋にそういったトークスキルを求めてはいけないのだ。

 

 

「……そんなに私に気を遣わないでいいわよ」

 

「あー……バレてたか」

 

 

どうやら察しのいい秘書艦には、彼の考えていることなど筒抜けだったらしい。

 

 

「どうせアンタの事だから、私のフォローしなきゃとか思ってたんでしょ?

いいわよそんなことしなくて……」

 

「いいってことはないだろう。かなり憔悴してるじゃないか」

 

「余計なお世話よ……大体ね、フォローなんていうのは秘書艦の仕事なのよ。

それなのに私が提督であるアンタにフォローされるなんて、本末転倒なのよ」

 

「……そうか」

 

 

どうやら叢雲は、秘書艦という立場を重く捉えすぎているようだ。

根が真面目なので仕方ないことではあるが、これではいつ潰れてしまうかわからない。

 

鯉住君からすれば、秘書艦という立場でも、他の艦娘と同じ大事な部下。

彼女ひとりに負担を集中する気はないし、明らかに弱っているのを見過ごす気もない。

 

そこで鯉住君は少し考え、ひとつの提案をすることにした。

 

 

「……わかった。それじゃこうしよう」

 

「またロクでもないこと思いついたの?」

 

 

訝し気に鯉住君を見上げる叢雲。

 

 

「……キミを秘書艦から外そうと思う」

 

「……ハァ!?」

 

 

予想外の一言に、つい大声が出てしまった叢雲。

頭の謎ユニットが赤く点滅している。どうやら怒っているようだ。

 

 

「なんでなのよ!私には秘書艦なんてできないって言いたいの!?

私の仕事のどこに不満があったっていうのよ!?そんなに私じゃ不安だっていうの!?」

 

 

ブンブン!

 

 

「ちょ、やめ、運転中!運転中だから!」

 

 

取り乱した叢雲は、運転中だということも忘れ、鯉住君の肩を全力で揺する。

鯉住君は必死でハンドルを制御しているが、心なしか車はフラフラ走っている。

早く彼女を鎮めないと、エラいことになってしまうだろう。

 

 

「違うって!キミが思っているような理由じゃないから!」

 

「何が違うってのよ!この艤装メンテ馬鹿!」

 

「その言い方ひどくない!?

……それはそうと、キミの能力が不満なんじゃないって。

俺は叢雲さんが初期艦で良かったと思ってるし」

 

「気休め言わないでよ!だったら私を外すなんて言うわけないでしょ!?」

 

「そういうことじゃないんだってば。

これからは秘書艦を交代制度にしようと思ったんだよ」

 

「……交代制度ぉ?」

 

 

交代制度の一言で、叢雲はなんとか落ち着きを取り戻してくれた。

しかし彼女の表情はまだ不満を訴えており、細かく説明しなさいよ、とメッセージを発している。

 

 

「毎日キミに任せっぱなしじゃ、いざという時に困るだろう?

叢雲さんには出撃でも遠征でも活躍してもらうつもりなんだから、そういう日に秘書艦がいないと仕事が回らないかもしれない」

 

「そのくらいアンタが頑張ればいいじゃない。甘えてんじゃないわよ」

 

「……確かに俺がカバーできるならそれが一番いいさ。

でもここ一週間、一緒に過ごして分かっただろう?俺は書類仕事が得意じゃない」

 

「確かにそうね。アンタの作った書類はちょっとお粗末すぎて、そのまま上には上げられないわ」

 

「ぐぬぬ……ハッキリ言いすぎじゃないですかねぇ……

……ともかく、そういうことだ。それにもし俺の出張が秘書艦不在に重なっていたら、物理的に仕事が回らなくなる」

 

「まぁ、それはそうね」

 

「わかってくれた?

だから秘書艦を数名でローテーションさせることで、不測の事態に対応しつつ、個人の負担も減らせるような体制にしようと思ったんだよ。

現に大規模な鎮守府では秘書艦が複数なんて当然なんだし」

 

「まぁ、筋は通ってるわね」

 

「ふう……納得してもらえたようでよかったよ」

 

 

実は鯉住君は秘書艦交代制度については、遠くない未来に導入するつもりだった。

具体的には鎮守府が本格稼働する予定だった1か月を過ぎたあたりからだ。

 

しかし今回、謎の大増員が行われた結果、一気に環境が変わってしまった。

そこでこの話を出すことにしたのだ。

 

叢雲の負担は減り、鯉住君は好き勝手楽しめる時間も増える。

一挙両得な作戦である。

 

 

 

……ただ問題は……

 

 

 

 

 

「でも断るわ」

 

「えぇ……」

 

 

この秘書艦、結構頑固なのである。変なところで子供っぽいのだ。

 

 

「今ちゃんと理由も話したじゃない……

何が気にかかるのさ?俺のこと困らせたいとか?」

 

「別に私は、話がまとまりそうで安心してる奴にNOと言ってやるのが好き、なんていう変人じゃないわよ」

 

「それじゃなんで反対するのさ」

 

 

 

「別に今のままでいいと思ってるからよ。

アンタが言ったようなケースは、事前に予定が分かってれば簡単に回避できるし、秘書艦交代制度を採用してる鎮守府なんて、本当に一部だけだし」

 

「まあねえ……」

 

「それ以上にデメリットもあるわ。

秘書艦が複数人いると、業務引継ぎをその都度しないといけなくなるじゃない。

それってかなり大変な仕事なのよ?」

 

「それはまぁ、そういうこともあるねぇ……」

 

「結局書類仕事なんて、そこまで大変じゃないんだから、今まで通り私がやればいいのよ」

 

「いやいや、出撃とか遠征とかあるでしょ」

 

「それが終わってから秘書艦の仕事すればいいだけじゃない。

他の鎮守府では大体がそうしてるわ。私だけそれができないなんて、そんなのあり得ない」

 

 

どうやら叢雲は、他の子にできて自分にはできない、というのがお気に召さないようだ。

 

実際は他の鎮守府では、提督が概ねの事務仕事を担うため、秘書艦の負担は叢雲が考えるほど重くない。

だから実を言うと、事務仕事が不得意な鯉住君にも、結構な非があったりする。

 

 

 

しかし今回の鯉住君の提案のポイントは、そこではない。

叢雲の言うような肉体面での疲労の話ではなく、精神面での疲労の話なのだ。

 

提督も秘書艦も、どちらも管理職である。

物理的な負担も精神的な負担も軽くない立場だ。

体と心の問題を取り違えてしまうと、取り返しのつかないことになるのは、普通の企業と同じ。

 

叢雲はこの部分に気づいておらず、それが鯉住君が彼女に対して感じる不安感の正体だったりする。

鯉住君はそのことにハッキリ気付いているわけではないが、このまま叢雲に今までのような仕事をさせてはならない、と感じるほどには危機感を抱いている。

 

 

・・・

 

 

……叢雲は今、彼女が考える『秘書艦がひとりでも良い理由』を答えてくれた。

それならば鯉住君が聞くべきは『秘書艦がひとりでないといけない理由』だろう。

 

 

「……どうしても秘書艦をひとりで続けるつもりかい?」

 

「そうよ」

 

「何でそんなにこだわるのさ?

別にキミが秘書艦じゃなくても、キミの能力が足りないなんて、誰も思わないよ」

 

「……そんなことないわよ。

私は生まれたてで練度が低いし、駆逐艦だから戦うチカラも弱いわ。

その上秘書艦までひとりでできないなんて、情けなさすぎるじゃない……」

 

「……そういうことか」

 

 

叢雲の頑固さの裏にある本音がようやく見えた。

駆逐艦としての戦闘力の低さ、周りとの経験の差に対する焦り、真面目ゆえの責任感の強さ。

……どうやら彼女は、自分の存在価値の多くが『秘書艦がうまくできること』だと思っているらしい。

だからその立場を何とか守ろうとし、意固地になってしまっている。

まずはその部分をしっかり解決してやらねば。

 

 

 

 

 

「まずはっきりしておくとね。

キミがどういう立場になっても、俺はキミの意見を尊重します」

 

「……何なのよ藪から棒に」

 

「大切な初期艦だからね。当然と言えば当然だけど。

もしキミが何らかの事情で、戦えなくなったり、仕事ができなくなったりしても、絶対に見捨てないからさ」

 

「……話が見えないんだけど。

私がそんな腑抜けになるかもって思ってるの?アンタ。それは許せないんだけど」

 

「あーと、なんて言うかな……そうじゃなくてね。

少なくとも俺はキミのことを大切に思ってて、それはキミが役に立つからとか、そういうのじゃないってこと」

 

「……なに真顔で恥ずかしいこと言ってんのよ」

 

「恥ずかしいとかいう理由で大事なことを伝えないのは、よくないことでしょ。

それよりもね、叢雲さん。キミが思ってるほど、周りのみんなは薄情じゃないよ。

夕張さんも北上さんも、キミのことは能力とは関係なく信頼してるさ。もちろん俺もね。俺達はみんなでひとつのチームなんだから」

 

「……そう」

 

「だからキミはもっとやりたいようにやっていいし、思ったことがあったら言ってくれていい。

俺が目指す鎮守府は、そういう場所だよ」

 

「ふん……半人前のくせに偉そうにして……」

 

「まあねぇ。実際そうだから強くは言えないけどさ……

やりたいことを自重するつもりはないし、キミたちのやりたいことも極力やらせたい。

偉そうかもしれないけど、そういう場所じゃないと、働いててもつまらないでしょ?」

 

「……呆れたわね。やっぱりアンタ、私がいないとダメみたいね。

いいわ、今回は私が折れてあげる。秘書艦交代制度も認めてあげるわ」

 

「……そうか。苦労かけるねぇ」

 

 

ちらっと横目で叢雲を見ると、口角が薄っすらだが上がっていた。

どうやらある程度は気を楽にしてくれたようだ。

 

とりあえず今はこれでいいとしよう。というかこれが限界。これ以上は頭が回らない。

つくづく上司って大変だと感じる鯉住君。

 

安堵のため息をつきながら、最後にひとつ叢雲に提案する。

付き合ってくれたご褒美も兼ねた提案だ。

 

 

「あ、そうだ。叢雲さん。

日頃からうまいことフォローしてくれてるお礼に、何か希望を聞いてあげようかと思うんだけど、何か欲しいものとかってある?」

 

「ふぅん……それってなんでもいいのよね?」

 

「まあ、その、できる範囲なら」

 

「それじゃ私達を『さん』付けで呼ぶの、やめてちょうだい」

 

「……んん?」

 

 

てっきり新しい艤装が欲しいだとか、ちょっとお高めの生活用品が欲しいとか、そんな類のお願いをされると思っていた鯉住君。

予想外の提案に戸惑い、眉をしかめる。

 

 

「あんたのその呼び方、丁寧にしようかと思ってるのかもしれないけど、気色悪いのよ。

私達はチームなんでしょ?だったらもっと距離感縮めなさいよ」

 

「う……そんなふうに思われてたのか……」

 

「そうよ。夕張や北上も落ち着かないって言ってたわ」

 

「マジか……マジかぁ……」

 

 

良かれと思ってやっていたことが裏目だったときほど、ショックを感じることはない。

鯉住君の心は轟沈寸前である。

 

 

「わかった……これからはみんなの呼び方を改めよう……

それでいいかな?叢雲さん……いや、叢雲」

 

「ん。それでいいわ」

 

 

叢雲は鯉住君が苦い顔をしているのを見て、ニヤニヤ笑っている。

大分いつもの調子に戻ったようだ。

鯉住君は、心の傷と引き換えに部下の笑顔を取り戻すことに成功した。

 

 

「しかしそれじゃご褒美にならないだろう……俺の勘違いを直してくれたわけだし。

それとは別に何かひとつ言うこと聞いてあげるよ」

 

「……今はいいわ。貸しにしとく。

アンタが大物になった時に、たんまり返してもらうわ」

 

「なかなか恐ろしいことを言うね……それじゃ俺も頑張らないとなぁ」

 

「せいぜい精進なさい。私も手伝ってあげるわ」

 

「すまないねぇ」

 

 

出発した時とはうってかわって、車内には穏やかな空気が流れている。

雨降って地固まる。少しだけ仲良くなったふたりなのであった。

 

 

 




夕張も北上も上司から『さん』付けされるのに違和感があったようです。
一般人ならそういうこともないでしょうが、そう感じるのは軍属特有の感覚ですかね。

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