艦これ がんばれ鯉住くん   作:tamino

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艤装について

艦娘の艤装は3部位に分けられます。
ひとつは元々艦娘が背負っている部分(カードイラストに描かれている機械部分)
ひとつは後付けの部分(12.7㎝連装砲とか7.7㎜機銃とかスロットの部分)
ひとつは制服部分(謎技術により入渠すると修繕される装甲部分)


なんにもスロットに装備してなくても一通りの攻撃ができるのは、元々の艤装のおかげ、というわけですね。あくまで後付け艤装は強化装備扱いです。

大破した時に一番困るのがこの元々艤装で、部品を差し替えることでしか修繕することはできません。その間艦娘はお休みとなります。

だから重要度で言えば、

制服の艤装<<<<<後付け艤装<<元々の艤装

といった感じです。

このため艤装の機械部分を守るために、わざと肉体部分に被弾させ、ダメージを制服の艤装で受ける、といった作戦が展開されているところも少なくありません。

制服がダメージを肩代わりしてくれるので艦娘に怪我はありませんし、機械部分の破損に比べて復帰時間も短いので、効率的な作戦ではあります。

しかし自身の身の安全よりも、機械部分の保護を優先される艦娘たちの気持ちは、どういったものなのでしょうか。




第27話

 

 

新たに第10基地に4人の艦娘を加えてから、さらに1週間が過ぎた。

新メンバーも完全にここの雰囲気に慣れ、悠々自適な生活を送っている。

 

鎮守府の運営も順調に進んでいて、無事に1-2、1-3海域を解放することもできた。

これには新メンバーの古鷹・大井が非常によい働きをしてくれた。

夜戦まで粘って、敵主力部隊の戦艦・雷巡をそれぞれ仕留めてくれたのだ。

流石に第一線で活躍してきた艦娘だけはある。頼りになる。

 

無事に秘書艦交代制度も施行することができ、叢雲の負担も大きく減ることになった。

第2秘書艦は古鷹に頼むことで、物理的にも精神的にも叢雲は余裕が出てきた。

古鷹もそういった仕事は性に合っているらしく、喜んで引き受けてくれた。

今ではふたりとも大の仲良しだ。よく一緒にいるところを見かける。

 

天龍・龍田姉妹も活躍してくれている。

日々の近海哨戒で、近海の安全を確保してくれているのだ。

天龍はもっと出撃したいとよくゴネているが、出撃の時は必ず声をかけるから、と伝えることで、なだめている。

その際に褒めてやることも忘れない。褒めてやると天龍は気をよくしてくれるのだ。

日ごろから思っている感謝を口にしているので、別におべっかというわけではない。

だから天龍大好きな龍田も、このごまかしは大目に見てくれている。

 

 

・・・

 

 

提督である鯉住君も、わりかし自由に過ごしている。

趣味の熱帯魚採取をしたり、艤装いじりをしたりと、なかなか充実した日々といえる。

 

そんな自由人らしい生活を送っている鯉住君は、今現在工廠に向かっている。

 

 

「今日は久しぶりに夕張を見るけど、上達したかなぁ」

 

 

そう。今日は師弟関係を結んだ夕張を見てやる約束をしているのだ。

夕張が弟子入りしてからしばらく経つが、彼女は事あるごとに工廠に籠り、メンテの自主練をしている。

 

 

(あやつはやるやつですぞ)

 

(まいにちがんばってるよ)

 

(ししょうづらしてると、すぐにおいぬかれる)

 

 

「……そうだな。俺も気を抜かないで、夕張に負けないよう頑張らないとな」

 

 

普段は鯉住君にロクでもないことばっかり言ってる妖精さんたちだが、艦娘に対しては素直でポジティブな発言をする。

扱いの差に対して一言モノ申してもいい程度には差があるが、それでも怒ったりしないでツッコミを入れる程度に済ませているのが、彼の人がいいところだ。

 

 

「それもあるけど、建造炉を久しぶりに動かすのも楽しみなんだよなぁ」

 

 

彼が工廠に行く理由はもうひとつある。

それが最初に動かして以来の、建造炉の稼働である。

 

いい加減2週間も経てば資材もたまってくる。

燃費の良い軽巡が中心の鎮守府では、出撃を連日行っていても、遠征による資源確保の収入が支出を上回るのだ。

さらに艤装を第1基地から大量に譲り受けたし、幸いにしてまだ大破者は出ておらず、艤装を廃棄することもしていないので、当面の間は艤装に困ることはないだろう。

 

つまりは今現在、非常にエコな鎮守府運営ができており、その結果として資材が大量に有り余っている。

そこで秘書艦のふたりとも相談し、久しぶりに建造炉を動かしてみようという話となったのだ。

 

 

「お前らも久しぶりの建造炉だ。楽しみだろ?」

 

 

(いえーい!)

 

(うでがなるぜー!)

 

(ごきたいにこたえます!)

 

 

「うん。思った以上にノリノリだな、キミら。

今日は秘書艦のふたりも覚悟できてるから、ある程度なら好きにやっていいぞ」

 

 

(((ひゅーっ!)))

 

 

テンションアゲアゲな妖精さんたちを装備しながら、歩を進める鯉住君であった。

 

 

 

・・・

 

 

 

「あ、師匠! 待ってました!」

 

「待たせちゃったかな? 遅くなってすまなかったね」

 

 

鯉住君が工廠に到着すると、夕張がすでに準備を終えて待機していた。

久しぶりだけあって、相当楽しみにしていたようだ。目が輝いている。

 

 

「まずは師匠にこれを見てもらいたいんです!」

 

「これって……夕張の艤装じゃないか」

 

 

作業机の上には、夕張がいつも背負っている艤装が置かれていた。

パッと見でもわかる、なかなかに良い整備具合。

 

 

「これは夕張が自分でメンテしたのかい?」

 

「は、はい!……なかなかよくできたと思うんですけど、どうでしょうか……」

 

「そうか。それじゃ確かめてみよう」

 

 

そう言うと鯉住君は、夕張の艤装の動作チェックを始める。

関節部分の稼働具合、ネジの締まり、油のさし具合などなど、一通り見ていく。

 

その様子を不安げに見つめる夕張。

どうやら自分の仕事の出来がどう評価されるのか、気が気でないようだ。

 

 

「うん。いいんじゃないかな。よく仕上がってるよ」

 

「ほ、ホントですか!?ありがとうございます!」

 

 

仕事が褒められて満面の笑みを浮かべる夕張。

この反応には鯉住君もニッコリ。

 

 

「よく頑張ったね。これくらいうまく整備できてれば、艤装メンテ技師として何の問題もなく働けるよ。それくらい高いレベルだね」

 

「そうですか?……えへへ」

 

 

嬉しくてしょうがないといった様子の夕張。

 

 

「あ、そうだ。師匠から見て、このメンテ具合は百点満点中何点くらいになりますか?」

 

「これだけできてるんなら、そんなこと気にしなくてもいいと思うけど……」

 

「いいじゃないですか!教えてくださいよ!」

 

「うーん……そうだねぇ。そんな点数なんて付けられるほど偉くないからなぁ……」

 

「そんなこと言わず!さあさあ!」

 

「わかったわかった。そうだな……」

 

「(ドキドキ)」

 

 

 

 

 

 

 

「50点かな」

 

 

 

 

 

「……はい?」

 

 

「50点」

 

 

予想外の採点に、表情が曇る夕張。

先ほどの高評価と鯉住君の採点結果があまりにもかけ離れていたので、面食らってしまったようだ。

 

 

「え……ウソ? さっき十分よくできてるって言ってくれてたじゃないですか!?」

 

「あ、うん。全然普通に使う分には問題ないよ?すごいと思う」

 

「じゃあ何でそんなに低い点数なんですか!?」

 

「なんて言うかなぁ……及第点は十分満たしてるよ?」

 

「つまりそれって、赤点はクリアしてるからOKってことですか……?」

 

「言い方は悪いけど、そんな感じ」

 

「うぅ……そんなぁ……」

 

 

鯉住君の言う通り、夕張の技術は、艤装メンテ技師のそれと比べても遜色ないレベルにまで高められている。

 

しかしそれはあくまで、最低限のレベルはクリアできている、ということである。

部品の取り違えがないか、とか、使用中に不具合が発生しないか、とか、そういった基準で見ればよくできている、ということだ。

他の人よりも頭ひとつ抜けた仕事ができているか、と問われれば、まだまだといったところなのだ。

 

 

夕張は上げて落とされ、若干涙目になっている。

 

鯉住君的には、夕張が2週間でここまで仕上げてきたことに対して、良い評価を下したつもりだ。

夕張はそれを、鯉住君基準で良い仕事ができているから良い評価がもらえた、と勘違いしてしまった。

 

 

ちなみに鯉住君の基準は本人の能力も相まって、べらぼうに高い。

呉第1鎮守府の、元同僚の明石(実は日本で一番能力が高い明石だったりする)の能力をもってして、ようやく100点を出す程度には基準が高い。

その辺の一山いくらの艤装メンテ技師に点数をつければ、普通は30点、よくて40~50点だろう。

 

だから鯉住君としては、メンテを始めて2週間、しかも隙間時間を利用した練習だけで50点の仕事ができるなんて、本当にすごいと思っている。

しかし夕張はそんな基準など知らないので、大きな意識のずれができてしまったというわけだ。

 

 

「うぅ……一体どこが良くなかったんでしょうかぁ……グスッ……」

 

「あ、ちょ、夕張さん!どしたの!?泣かないで!」

 

 

(あーあ……)

 

(またおんなのこなかせて……)

 

(ほんとにこのおとこは……)

 

 

やめろぉ!煽るんじゃない!こんな時にぃ!

一体何が悪かったんだ!?こんなに短期間で頑張ったんだから、しっかり褒めたってのに……

たったの2週間で、専門教育何年も受けた人間と同じ仕事ができるなんて、とんでもないことよ!?

やっぱり艦娘ってとんでもないなって思ったくらいだよ!?

なんで泣いちゃったんだ!?伝え方が悪かったのか!?

 

 

(はやくふぉろーして)

 

(おんなのこのあつかいうまいんでしょ?)

 

(はりーはりー)

 

 

煽るなって言ってんだろ! この1.5頭身饅頭ども!

だがまぁ、お前たちの言う通りだ……!俺にはいとこのチビふたりをあやしてきた経験がある!

こういう時は安心させてやれば、落ち着きを取り戻すのだ!

 

 

「すまなかったな、夕張。俺の言葉が足りてなかったみたいだ。

キミは本当によく頑張っているよ。こんな短期間でここまでいい仕事ができるなんて思ってなかった。

これからこの調子で頑張っていけば、ラバウルで一番いい技師にだってすぐになれるさ。

俺も全力でキミの事応援するから、一緒に頑張ろう。な?」

 

 

……なでなで

 

 

「ふえぇ……」

 

 

ホラ泣き止んだ!

こういう時は、できるだけ優しく、相手の頑張りを認めてやること。

そして頭をなでてやることで体温と共に安心感を与えること。

いとこのチビふたりは、いつもこれで泣き止んでたんだ。これがベストアンサー!

本当は抱っこかおんぶしながら散歩してやると、さらに効果的だが、夕張相手ではそれはセクハラになりかねない。それはやめておく。

 

 

(うわぁ……)

 

(またこのおとこは……)

 

(このたらし)

 

 

鯉住君は現在テンパっているので、思考回路がおかしくなっている。

 

まず夕張は高校生もしくはそれよりちょっと上程度の精神年齢である。鯉住君の考えた、幼児をあやす方法を適用していい年齢ではない。

そして夕張を抱っこしたりおんぶしたりがセクハラだと考えているようだが、それ以前に乙女の髪をなでている時点で立派なセクハラである。

 

あげられて落とされて、さらにまた極端にあげられた夕張。

まっすぐ見つめられて、こんな恥ずかしい言葉をかけられ、ついでにやさしく頭も撫でられた。

こんなショッキングなことをされたら、とてもじゃないが泣いている場合ではない。

恥ずかしいやら嬉しいやら、頭の中がごちゃごちゃになり、よくわからない声が口から漏れてしまった。

 

叢雲がここに居たら、間違いなくキレのあるローキックが炸裂していただろう。

鯉住君にとって彼女が不在だったのは、幸か不幸か微妙なところだ。

 

 

「それじゃ俺もキミの艤装のメンテをやってみるよ。

自分のメンテとどう違うか見ているといい。よくわからなかったらすぐに聞いてね。いいかい?」

 

「は、はひぃ……」

 

 

 

・・・

 

 

 

いつもの精神統一の後、夕張の艤装メンテに入る鯉住君とお供妖精さんたち。

てきぱきと艤装をバラしていく。

 

本来は作業中に話しかけるのはご法度だが、本人がそうしてくれと言っているのだから、構わないだろう。

そう考えて疑問を口にする夕張。

 

 

「あ、あの、師匠」

 

「……どうした?」

 

「いつもメンテ前に、手を合わせて祈ってるじゃないですか。

それはどういう考えでそうしているんですか?」

 

「……そうだな」

 

 

鯉住君は艤装をいじる手を止めず、スピードも変えず、あくまでメンテに集中しながら夕張の疑問に答える。

 

 

「キミたち艦娘もご飯を食べるだろう……その時にいただきますってやるよな?」

 

「あ、はい。確かに師匠の様子はそれと似てましたが……」

 

「そう。それと一緒」

 

「いただきますと一緒……?」

 

「……」

 

「……」

 

 

メンテに集中しているせいで、受け答えが雑になっている鯉住君。

流石にこれだけでは何が何やらわからない。

申し訳ないと思いつつも、踏み込んだ質問をしてみる夕張。

 

 

「すいません……私にはそれだけではよくわかりません……

もう少し詳しく教えていただけないでしょうか……?」

 

「……そうだな……感謝というか、覚悟というか……」

 

「感謝、覚悟……?」

 

 

 

「キミたちは俺たちの命を守ってくれている……俺たちはいつも守られる立場……

それは、生活していると、当然になっていく……特別ではなく。

それではいけない。忘れてはいけない。

そういう……つもりだ」

 

「……」

 

 

メンテに集中していて、口調までひとりごとのようになっている鯉住君。

しかしその言葉は飾らない彼の本心であり、夕張もそれには気づいている。

その証拠に彼女も、彼の口から洩れる言葉を聞き洩らさないよう、集中して聞いている。

 

 

「いくら技術があったって、気持ちが入ってなければ大量生産品と同じだ……

戦場に向かうキミたちを……心の入ってない艤装で送り出す? それは恥知らずだ。

キミたちは兵士じゃない……尊敬すべき隣人だ……決して、忘れてはいけない。

キミたちに俺ができること……それはこれしかない……なら全力でやらないと、嘘だ」

 

「俺はこの仕事に持てる全力で向かうと……そういう覚悟とか、そういうことだよ……

選手宣誓とかと一緒だ……『いつも守ってくれてありがとう。俺は今から全力を尽くします』って、誓うんだ……

大きなもの……なんていうか、そう、自分自身と、キミたちと、それと大きなものに……」

 

「うまく説明できた気がしないけど、そんな感じかな……

俺が普段勝手に思っていることだから、そんなに他の人にとっては重要じゃない、かもしれないし、そうかもしれない……

俺にとっては、一番重要だけどね……」

 

「……」

 

 

鯉住君は、頭の中身をそのまま口に出しているようで、最早文法すらぐちゃぐちゃになっている。

しかし、だからこそ、本当に大事にしていることは夕張には伝わったようだ。

それは妖精さんたちも同じようで、一緒に作業している彼女たちも、心なしか嬉しそうにしている。

 

 

その後も艤装の解体、組み立てと、メンテを続けていく鯉住君。

それを見つめる夕張は、とても真剣なまなざしをしていた。

 

 

 

・・・

 

 

 

「ふぅ、これで完成だ。自分でメンテした時と比べてごらん」

 

「……あ、はい! わかりました!」

 

 

鯉住君の鮮やかな手並みに見とれていた夕張は、彼の一言で正気に戻る。

 

 

「それでは……」

 

 

艤装を装着し、稼働確認をする。

 

 

クイックイツ

 

カチャンカチャン

 

 

「うん……やっぱり全然違うわ……」

 

 

 

 

 

「使用感はどうだった?」

 

「全く別物と言っていいくらいです。

私がメンテした時は、『艤装を動かしている』って感覚でした。

でも師匠がメンテしたこの艤装は……なんといいますか……『自分の手足のように艤装から勝手に動いてくれる』という感覚です」

 

「へぇ、そんなに違うんだねぇ。

あまり他の人がメンテした艤装との使用感の違いなんて、聞く機会ないからなぁ」

 

「えぇ……? もしかして師匠、自分がどれだけすごい方なのかわかってないんですか……?」

 

「いやいや、そんなにすごい人じゃないから……

ちょっとメンテがうまいだけの普通の男だよ。俺は」

 

「……ふーん。そっかぁ……そうなんですね……」

 

 

自身のすごいところをまったく気にしていない鯉住君をみて、複雑な心境の夕張。

 

もっともっと他の人にも、師匠の凄さを知ってもらいたい、という気持ちがある半面、

自慢の師匠のすごいところを知ってるのは自分だけ、という優越感も感じている。

 

他のみんなも一緒に過ごしていれば、いずれは気づいていくだろう。

でも今は、この瞬間は、彼のいいところを知っているのは自分だけなのだ。

そう思うと自然と顔がにやけてしまう。

 

 

「ん? どうした夕張、嬉しそうにして。そんなに艤装の調子いいのか?」

 

「へ……? あ、ああ!そうですね!

あんまり艤装の動きがすごいもんだから、顔に出ちゃいました!あはは……」

 

「そう言ってもらえると嬉しいね。

でも大丈夫。夕張もこれくらいできるようになるさ。今から他の艤装で練習しよう」

 

「は、はい! よろしくお願いします!」

 

 

 

・・・

 

 

それから約2時間ほど、メンテ指導は続いた。

鯉住君はあまり多くを語らず、それ故になかなか厳しい指導を行った。

例えば、うまく組み立てられなかったら、及第点に到達するまで何度でもやり直させたり、夕張に頻繁に行動の理由を問いかけたり。

 

それは決して悪気があったからではなく、夕張の向上心を見込んでのものだった。

夕張もそれは重々承知しており、泣き言ひとつ言わず頑張って付いていった。

 

 

 

コトンッ

 

 

 

「さて、キリもいいし、この辺で終わりにしようか」

 

「は、はいぃ……ありがとうございましたぁ……」

 

 

2時間も自分の能力を超えて集中していた夕張は、作業台に突っ伏してぐったりしている。

普段の出撃でもこんなに疲れることはない。どれだけ彼の指導が濃厚だったのかがわかる。

 

 

「よく頑張ったね。今日だけで一気に腕が上がったよ」

 

「ホ、ホントですか……? えへへ……」

 

「ホントだよ。これからも自主練、頑張ってね。

わからないことがあれば、いつでも俺に聞いてくれていいから」

 

「ありがとうございます……!」

 

 

 

・・・

 

 

 

「よし、それじゃ俺もひと仕事しようかな……よいしょっと」

 

「え? まだお仕事残ってたんですか?師匠」

 

 

夕張が少し落ち着いたところで、鯉住君が席を立つ。

 

 

「お仕事って程じゃないさ。建造炉を動かそうと思って」

 

「あ、そうなんですか!

建造炉を動かすなんて、なんだか久しぶりですね!あの時以来じゃないですか?」

 

「そうなんだよ。資材に余裕が出たから、秘書艦のふたりに許可もらったんだよね」

 

「へぇ。それで今回は一体何を狙うんです?」

 

「狙って出るものじゃないけどね。できれば今回は艦載機を狙おうと思うんだ」

 

「か、艦載機……?」

 

 

何を言っているのかよくわからない、という様子の夕張。困惑した顔をしている。

 

それもそのはず。この基地には艦載機を扱える艦娘がいないのだ。

わざわざ艦載機を狙う意味など何一つ無いように思える。

 

 

「な、なんで艦載機なんですか? うちには空母がいないのに……

それ以外にもいくらでも欲しいものなんてあるじゃないですか」

 

「ま、それはそうなんだけどね。

艦載機が欲しい理由はね、俺の艤装メンテの腕が物足りないからなんだよ」

 

 

怪訝な表情で首をかしげる夕張。

自分の師匠であり、おそらく日本でもトップ3に入っているほどメンテの腕がいい鯉住君から、メンテの腕が不安という言葉が出てきたのだ。

 

 

「実は俺はね、今まで空母系の艦娘をあまり担当してこなかったんだよ。

最近担当してたのは駆逐艦だし、その前は戦艦だったし。

だからもしこの基地に空母系の艦娘が赴任することになった時のために、艦載機の整備もできるようにしておかないと、と思ったんだよね」

 

「はぁー……そこまで考えていらしたんですね」

 

「曲がりなりにもここのトップだしね。それくらいは考えてるさ。

それにわざわざこんな小規模な鎮守府に来てくれた艦娘を、中途半端な艤装で戦場に送り出すわけにはいかない」

 

「うふふ、師匠らしいですね。そういうことなら納得です」

 

「ま、そんなこと言っても、本当に艦載機を出せるかどうかわからないしね。

コイツらが自信満々だから、ちょっと期待しちゃってるけども」

 

 

鯉住君の両肩と頭、いつもの位置で、妖精さんたちが鼻息荒くドヤ顔をしている。

任せてくれ、と言わんばかり。気合満々だ。

 

 

「それじゃ私も着いて行きます!何が出るかな~?」

 

「そうだね。一緒に行こうか。

折角だから、できれば高性能な艦載機が出るといいな」

 

 

(((かしこまりー!)))

 

 

ワクワクしながら建造炉へと向かう2人+3人。

高望みしすぎてもいけないが、妖精さんの様子を見るに、なかなかいい艤装が期待できそうだ。

 

 

・・・

 

 

移動中

 

 

・・・

 

 

「よし。それじゃ動かそう。

いいか、お前ら。艦載機を頼んだぞ。できるだけ高性能なものなら、尚よし。

うまくいった暁には、ご褒美に明日のおやつにマシュマロをつけよう」

 

 

(ま、ましゅまろ……!!)

 

(さすがにきぶんがこうようします……!)

 

(まんしんしてはだめ……ぜんりょくでまいりましょう……!!)

 

 

どうやらおやつで釣る効果は抜群のようだ。

それに艦載機を開発する気満々なのだろう。

口から出るセリフも、何やら某空母っぽいものになっている。

 

 

(((のりこめーっ!!)))

 

 

建造炉に妖精さんたちが突撃していったのを見て、鯉住君は稼働ボタンを押す。

 

 

「頼んだぞ。できるだけいい艦載機を……」

 

「何ができるんでしょうか……!楽しみです!」

 

 

ポチッ

 

 

ウィーン……

 

 

例によって青白い光を放つ建造炉。

その周りでは、妖精さんたちがあわただしく何かしている。

 

 

プシュー……

 

 

数十秒経って、その扉が開く。中から出てきたのは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「水上機母艦、『秋津洲』よ! この大艇ちゃんと一緒に覚えてよね!」

 

 

 

 

 

「「……」」

 

 

(あちゃー、やりすぎた)

 

(ひこうきだけだそうとおもったのにー)

 

(こうせいのうひこうきもいっしょだし、ちゅうもんどおりです)

 

(そっかー)

 

(それじゃだいせいこうですー)

 

(いわえいわえー)

 

 

やんややんやしている妖精さんたちを尻目に、その場に立ち尽くす鯉住君と夕張。

 

 

「……ねぇ、師匠」

 

「……どうした、夕張?」

 

「私が建造されたときも、こんな気持ちだったんですね……」

 

「あぁ、うん……懐かしいなぁ……」

 

 

ふたりは遠い目をしながら、ぼそぼそとした声で会話している。

艦載機が出ればいいなぁ、と思っていたら、まさかの建造成功である。

一体どういうことなのだろうか。妖精さんたちを小一時間問い詰めたい。

 

そして主に鯉住君にダメージを与えている原因はそれだけではない。

 

もっと大きな問題がある。

 

 

「ちょっとちょっとー!!秋津洲のこと無視しちゃ嫌かも!」

 

「あ、あぁ……ええと……あきつ丸さんではなく……?」

 

「もー!どうしたらそういう間違いになるのか理解できないかも!!

私の名前は『あきつしま』!『あきつまる』じゃ、陸軍さんの船になっちゃうかも!!」

 

「そ、そうなんだ……秋津洲さんね……

ところでさ、俺、キミの話を聞いたこともないし、見たこともないんだけど……」

 

 

 

そうなのだ。鯉住君は今まで、秋津洲という艦娘の存在を知らなかった。

 

鼎大将にもらった

『しょうがくせいでもわかる! かんむす・しんかいせいかん とらのまき』にも、

彼女、秋津洲などという艦娘は書かれていなかったのだ。

 

彼が知る水上機母艦とは、千歳千代田姉妹に、瑞穂、それに神威のみである。

海外艦娘にはそれ以外にも居ると聞いているが、日本に在籍するのはその4種類のみ。

そしてどう見ても目の前の艦娘は日本籍であり、海外艦ではない。

 

 

 

つまりどういうことかというと、秋津洲という艦娘は、今この瞬間に、初めて現代に出現したのではないか、ということである。

言い換えれば初邂逅だ。

 

 

 

「見たことも聞いたこともない?それは当然かも!

秋津洲は提督に呼ばれて、初めてこの世界に生まれてきたんだから!」

 

「あっ……そっかぁ……やっぱりぃ……」

 

「し、師匠!ほら、元気出してください!

艦娘と初邂逅なんて、願ってもかなわないことなんですよ!

良い方にとらえましょう!ほら、ポジティブシンキングですっ!」

 

「ありがとう、夕張は優しいなぁ……

植物の心のような人生を……そんな平穏な生活こそ、俺の目標だったのに……

どうしてこうなっちゃうんだろうなぁ……」

 

「て、提督どうしちゃったの!?

なんだか生気が抜けてゾンビみたいになっちゃってるかもっ!!」

 

「あ、大丈夫……のはずです。秋津洲?さん。

ちょっと思ってたことと違って、ショックを受けちゃってるだけなので……」

 

「ホントに大丈夫なの?

ちょっと不安かも……大艇ちゃんも心配してるかも……」

 

「だ、大艇ちゃん……?」

 

「そう!二式大艇ちゃん!秋津洲のパートナーかも!」

 

 

そう言って秋津洲は、大事そうに抱きかかえる飛行機をこちらに向ける。

 

 

「二式大艇ちゃんはね!と~ってもすごい飛行艇かも!!

すっごい遠くまで飛んでいけるし、敵の飛行機への攻撃もできちゃうかも!

防御力だってとっても高いのよ!

世界からもすごいって言われてて、恐るべき機体って意味の『フォーミダブル』なんて呼ばれ方もしてたの!!」

 

「あぁ……そういう……俺のリクエストに沿った結果がこれなのね……

確かに俺、高性能な艦載機欲しいって言ったなぁ……」

 

「し、師匠……」

 

 

どうやら妖精さんたちは鯉住君の希望をフルパワーで叶えてしまったようだ。

確かに二式大艇は日本が誇る優秀な飛行艇だったようだし、リクエストからそんなに離れたものではない。

この際、艦載機と飛行艇はかなりの別物だという事実は棚上げしておく。

 

一番の問題は、おまけとして、人類初邂逅となる水上機母艦秋津洲がついていたことだ。

駄菓子屋に置いてある、ラムネがついてるおもちゃのようだと感じる鯉住君。おまけが本命的な意味で。

 

 

 

意識が飛びそうなくらいフリーズしていた鯉住君だが、提督の自分が指示を出さないと、という一心で正気に戻り、指示を下す。

 

 

「あ―……よろしくね。秋津洲。

キミの処遇は……ちょっと特例っぽいから、また後日改めて連絡するよ」

 

「あ、提督!正気に戻ったの? よかったかも!」

 

「うん……心配してくれてありがとうね……

それじゃこの後なんだけど、ひとまず住まいを何とかするべきだね……

疲れてるとこ申し訳ないけど、案内頼めるかい?夕張」

 

「もちろんです、師匠!私にお任せください!」

 

「ホントにキミがいてくれて助かったよ……

それじゃ秋津洲、この夕張に着いて行って。あとは彼女が説明してくれるから……」

 

「わかったかも!」

 

 

・・・

 

 

工廠から出ていく二人を眺めながら、近くにあった椅子にドカッと腰かける鯉住君。

 

 

「あ―……これからどうしようかなぁ……」

 

 

本当だったらこの後、開発された艦載機を使って艤装メンテの練習をするつもりだった。

もし開発で別の艤装が出たとしても、その艤装で夕張にメンテを教えればいいかな、なんて思っていた。

 

しかし特例ガン積みの艦娘建造が成功するなんて、想定外中の想定外だ。

夕張の建造に成功した時や、北上がドロップした時も、相当に堪えたのだが、今回はそのさらに上をいく事態となった。

 

 

「まずは叢雲と古鷹に報告して……使われた資材量の確認もして……

白蓮大将への報告は……もう明日でいいや……」

 

 

口から魂が出ているのが見えるほど虚ろな表情で、これからのことを考える鯉住君なのであった。

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

余談

 

 

 

この後鯉住君は、半ば死に体で秘書艦のふたりへ事のあらましを報告した。

 

その報告を受けたふたりも、鯉住君と同じ程度の衝撃を受けた。

古鷹は頭を抱えてうめき声を上げ、叢雲は半べそをかきながら、ローキックを鯉住君に喰らわせた。

 

 

さらに資材の減少量を確認したら、

 

燃料4000・弾薬2000・鋼材5000・ボーキ6000 と、

 

信じられない量の資材が消費されていることが分かり、

3人で地面に崩れ落ちることとなった。

 

ちなみに元々蓄えていた資材は、

 

燃料8000・弾薬5000・鋼材6000・ボーキ7000 程度である。

 

ここ2週間の備蓄は一瞬で消し飛んでしまったのだ。南無。

 

 

次の日の3人は生気がなく、まともに仕事にならなかった。

 

その光景を見た天龍が「怖えぇよ!」とツッコミを入れる程度には、3人とも憔悴していたのだという。

 

 

 

 




祝 !  大 型 艦 建 造 成 功 !


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