長くなっちゃったので、飛ばしたい人は飛ばしてね。
実況のくだりはノリノリで書きました。
読み直して恥ずかしくなりました。でも載せちゃう。
「足柄さんまで、何で大本営にいるんですか!?
というか、なんで秋津洲の案内係やってるんですか!?色々おかしいでしょう!?」
「佐世保の妙高姉さんから連絡があったのよ。アナタが大本営に召集された、ってね。
だから久しぶりに顔を見たくなって、会いに来たのよ。
あ、秋津洲ちゃんの案内役は、本当は羽黒だったんだけど、無理言って代わってもらったわ」
「会いたかっただけとか、そんな理由で大本営に侵入しないでください!
あと羽黒さんがかわいそうですから、あとで謝っといてくださいね!?」
「もう、お堅いわねぇ……
何度も裸のお付き合いをした仲なんだから、会いたくなるじゃない」
「言い方ァ! いやらしい意味に聞こえるからやめて下さい!
何度か一緒にお風呂入っただけでしょう!? 誤解を招くのでやめて下さい!」
鯉住君の自己弁護は的外れと言わざるを得ない。
何故なら普通に考えれば、何度も混浴してる時点で結構いやらしいことだからである。
それに違和感を感じない程度には、彼の感性は鈍っているようだ。
その証拠に、普通の感性を持つ4名は、彼のことを冷ややかな目で見ている。
・・・
……余談であるが、彼は何度かお風呂でのぼせ上って意識を失ったことがある。
将棋漬けの一日を過ごしたうえでの、お風呂での目隠し将棋は、想像以上に脳と肉体に負担がかかるのだ。
その度に彼は対局相手の艦娘に脱衣所で介抱されていた。
もちろん足柄にも介抱されたことがあり、彼女が言っている裸のお付き合いとは、ここまで含めてだったりする。
……さらなる余談ではあるが、鯉住君が倒れた際には、それを聞きつけた秋雲と青葉が、毎回野次馬に訪れていた。
ハァハァと喘ぎながら、腰に巻いた濡れタオル一枚でぶっ倒れている、引き締まったカラダの男性(加二倉中佐の研修で否応無しに肉体は鍛えられた)。それを優しく介抱する、濡れタオル一枚を体に巻いただけの、プロポーション抜群の女性。
この情景に何やら思うところがあったのだろう。
ふたりとも毎回鼻血をダラダラと流しながら、一心不乱にスケッチしたり写真を撮ったりしていたようだ。「はかどる……はかどる……」とうわごとのように繰り返していた模様。
この資料を基にしたふたりの作品群は、一定の層に大ウケであり、幅広く出回っている。
しかしこのお話にそれは関係ないので、掘り下げることはしない。あしからず。
・・・
「鯉住少佐……混浴だって十分いやらしいことですよ……」
「アンタってホントに……そういうとこよ……?」
「提督はもっと女の子の気持ちを分かってください……」
「提督って変態さんなの……?秋津洲ショックかも……」
「ち、違うんだみんな!誤解なんだって!
決していやらしいことなんかなかったんだ!信じて!トラストミー!」
別に誤解ではない。感覚がずれているだけである。
そしてそっちの方が深刻な問題である。
そしてそんなわちゃわちゃする面々にも動じず、何事もなかったかのように、平常運転な足柄。
随分とマイペースな性格のようだ。
「新しいところでもうまくやってるようで、お姉さん安心したわ。
それとね、アナタに会いたかったからだけじゃないのよ。ここまで来たのはね。
はい、大和さん、これ」
「あ、ええ、はい……これは……副業申請書?」
「ええ、そうよ。
今度発売することになったDVD、
『30回記念 横須賀第3鎮守府・隔月将棋大会 夏の陣 Special edition』
それの販売許可願いよ」
「ええと……その……ハイ……」
この申請は毎度のことであるが、相変わらず頭おかしい。そう思わざるをえない大和。
なんで一介の軍事施設が、将棋大会を開催し、自前でプロ級の編集を施し、DVD販売までする必要があるのだろうか。
その疑問は「趣味だから」の一言で片づけられてしまうというのは、わかりきっているが。
「鯉住君の歓迎会も兼ねていたから、とっても特別な大会だったのよ。
ファンクラブの皆様からの声もとっても好評だったんだから」
「ファ、ファンクラブって……あのファンクラブですか……」
あのファンクラブとは、日本の重鎮が数多く在籍している非公式ファンクラブである。
正式には『第3よこちん将棋会 ファンクラブ』。
ここには時の総理大臣、ベテラン官僚、経団連の重役、さらには皇室の方々も所属している模様。
「そうよ。なにせG7の全員と聡美ちゃんが頂上決戦した、初めての大会よ?
見てる私だってテンション上がり過ぎちゃったくらいなんだから」
「ジ、G7……? それは一体……?」
「あ、大和さん、G7というのはですね……」
納得しない部下の3名を、さらなる甘味提供で買収して黙らせた鯉住君が、通訳をしようとする。
「あ、鯉住君、説明はいいわ。説明するくらいなら、DVD見た方が早いし。
選手入場の時の映像見れば、よくわかるでしょ。
あと大和さんもDVDの内容検閲するでしょ?一緒に見ましょ」
「それは検閲官の仕事なので、私はDVDは見ていないのですが……」
「固いこと言わないの。そういうとこアナタ達そっくりねぇ」
「「 これが普通なんですよ…… 」」
足柄の指摘に対して、まったく同時に同様のツッコミを入れる鯉住君と大和。
ツッコミの内容はもっともだが、似た者同士というのも的を得た指摘のようだ。
ともあれ始まったDVD鑑賞会。
会議室には大型テレビとDVDプレーヤーが設置してあるため、準備は不要だった。
秋津洲は初めてのDVDにワクワクしながら、鯉住君の隣でニコニコしている。
対照的に、大和と秘書艦ふたりは、爆弾映像が飛び出さないか、ハラハラしている。
「最初の方は準備の場面だったりするから、早送りで流しちゃうわね。
青葉と秋雲が編集頑張ったのは選手入場部分らしいし、そこまで飛ばしちゃいましょ。
検閲者として、それでいいかしら?大和さん」
「あっはい……大丈夫です……」
どうせ検閲したところで、発売中止になんて持っていけないのだから、正直どうでもいい。
少し投げやりになっている大和である。
「じゃあ飛ばすわね~」
キュキュキュキュ……
「ん。この辺からかしら。それじゃ流すわ」
足柄が早送りを止めたタイミングで、テロップがドンと表示された。
ーーー
横須賀第3鎮守府 第30回 公開将棋大会
選手入場
ーーー
それと共に、実況担当の青葉と衣笠の声が聞こえてきた。
・・・
「それでは皆さん……大変長らく!お待たせしました!
ついに!ついに、本日の選手の発表ですッ!!
実況・解説はわたくし、横須賀第3鎮守府所属「第14席・青葉」とっ!」
「同鎮守府所属「第15席・衣笠」でお送りしますっ!!」
パチパチパチパチ!!
「ありがとうございます!ありがとうございます!
何やらいつもより、会場は盛り上がりを見せていますね!青葉さん!」
「そうですね、衣笠さん!
これはもう、皆さん噂で知っているのではないでしょうか!?
本日の大会がッ!いかに特別なメンバーで行われるのかということをッ!!」
知ってるーーーっ!
ウオォーーーーッ!
Fantasticoooooo!!
「やはりそのようです!ものすごい熱狂!これはもう、お待たせしてはいけませんねっ!!それでは青葉さん!お願いします!」
「わかりました衣笠さん!
それでは皆さん、準備はいいですか……!?」
ゴクリ……
「スウーッ……(息継ぎ)」
「本日の大会はッ!!過去最高ッ!特別ッ!特例ッ!天変地異ッ!
ええいっ!陳腐な言葉では言い表せないッ!!将棋史に残る、輝く歴史の1ページだッ!!
これまで皆さんが体験したことのない、未体験ゾーンに誘ってくれるッ!
そんなスペシャルなメンバーの紹介だッ!!」
ウオオオオオッッ!!!!!
「それではッ!!選手ッ!入・場オォーーーーッ!!」
ゾロゾロゾロ……
~~勇ましいBGM~~
「さらりと放つは奇怪な一手!誰の思考でも読み取れないッ!
思考の海に潜った相手を、さらなる深みへ突き落す!
なんでその手を打ったのか!?手が勝手に動いたから!
『シックスセンス』!「第7席・巻雲」オォーーーッ!」
ウオオオオオッッ!!!!!
「彼女の部屋を知っているか!?天まで届く棋譜の山ッ!
その頭には将棋の歴史が詰まっている!
彼女が潜るのは、ビッグデータの大海原だ!
『将棋図書館』!「第6席・伊8」イィーーーッ!」
ウオオオオオッッ!!!!!
「決して途切れぬ集中力ッ!決して揺るがぬ精神力ッ!
彼女の辞書にはミスという言葉は存在しない!
一度のベストより、途切れぬモアベター!
『艦娘スパコン』!「第5席・大淀」オォーーーッ!!」
ウオオオオオッッ!!!!!
「局地戦をことごとく制し、留まることなく領土を広げるッ!
相手を圧殺する様は、まさに王者の進軍だ!
名は体を表すとは彼女のためにある言葉!
『大帝国』!「第4席・ローマ」アァーーーッ!!」
ウオオオオオッッ!!!!!
「一の丸を突破!二の丸も突破!されど王将はまだ見えずッ!
気づけば囲いは元通り!半端な攻めは無意味と知れ!
真の守りは堅さよりも柔軟さ!
『無限城壁』!「第3席・香取」イィーーーッ!!」
ウオオオオオッッ!!!!!
「一瞬の判断を右手に乗せて、わずか2秒で駒を指すッ!
ためらいなどない!持ち時間など関係ない!
高速戦艦の本領、とくと見よ!
『マッハパンチ』!「第2席・霧島」アァーーーッ!!」
ウオオオオオッッ!!!!!
「頭脳の全てを攻めへと注ぎ、仕掛けられるは致命の地雷ッ!
どんな難解な展開も、彼女の計算の内にある!
不可視の爆弾!気づいた時には手遅れだ!
『キラークイーン』!「第1席・鳥海」イィーーーッ!!」
ウオオオオオッッ!!!!!
「言わずと知れた、われらが提督ッ!その実力はもはやプロ!
盤上で繰り広げられるは、踊るかのような駒さばき!
見るもの全てを惹き付ける、美しき将棋を見逃すな!
『才色兼備』!「殿堂入り・一ノ瀬聡美」イィーーーッ!」
ウオオオオオォォアアアァァァッッ!!!!!
「すごい……!これはすごい面々ですよ!青葉さんっ!!
横須賀第3鎮守府が誇る7強、G7が同時に会したことなど、今までにあったでしょうかっ!?」
「いえ!聡美提督まで出場して、うちの最強メンバーがそろい踏みするのなんて、これが初めてですっ!!
まさに頂上決定戦ッ!記念すべき30回にふさわしい内容と相成りましたッ!!」
ワアアアアアッッ!!!!!
「本日の試合は、総勢8名、全3戦のトーナメント形式です!
持ち時間はひとり60分の秒読み(持ち時間が切れたら、10秒で手を指さないと反則負け)ルールで行います!
タイムスケジュールは、以下の通りです!
初戦・8:00~11:00
昼食休憩・11:00~12:00
準決勝・12:00~15:00
決勝、3位決定戦・15:00~18:00
長丁場になりますので、ご気分のすぐれない方は遠慮なく申し出てください!」
「業務連絡ありがとうございます、衣笠さん!
それでは選手の皆さんも整列したところで……
皆さんこれまたお待ちかねッ!対戦カードの発表だッ!!」
ウオオオオオッッ!!!!!
「それでは機材担当の秋雲さん!
プロジェクタでスクリーンに、トーナメント表と抽選画面の投影をお願いします!」
「わかりました~!」
ブイイイィィィン……
「それでは行きますよ! 抽選機……スタートッ!」
ドゥルルルル……
バンッ!!
ワアアアアアアッッ!!!!!
「出ました!抽選結果!
A席! 伊8 VS ローマ !!
B席! 聡美提督 VS 大淀 !!
C席! 鳥海 VS 香取 !!
D席! 巻雲 VS 霧島 !!」
ウオオオオオッッ!!!!!
「盛り上がっているところ申し訳ありませんが、ここで注意事項の連絡です。
対局中は飲食は最低限にとどめていただくようお願いします。
特に音の出る行為は、対局者の集中を乱してしまう可能性がありますので、自重してください。
売店で販売しているペットボトル飲料も、飲む際には音を立てないようご注意願います。
そして同様の理由で、会話、独り言、表情の変化もご自重ください。
皆さんならご存知とは思いますが、対局者は非常に研ぎ澄まされた感覚を持っています。何がキッカケになって勝負が決するのかは本人たちにもわかりません。
外部刺激は最低限にとどめていただくよう、お願いします。
もし立っているのが疲れる、何か飲食をしたい、ということでしたら、別室にモニタールームを用意してありますので、そちらでご歓談、ご飲食いただくことも可能です。
皆様、ご理解いただけたでしょうか?」
……コクコク
「ご理解いただけたようで、ありがとうございます。
衣笠さんも注意事項の連絡、ありがとうございました。
それではついに開幕となります。選手の皆さんは指定された席についてください……」
・・・
ピッ
「ま、こんなとこかしらね。
G7っていうのは、今出てきたウチの7強のことよ。
あ、聡美ちゃんは殿堂入りだから7強には入ってないわ」
「「「 …… 」」」
「す……すっごーいっ! みんなすっごくかっこいいかも!」
「でしょ~。秋津洲ちゃんも将棋指してみる?」
「やっぱりG7と一ノ瀬さんは気迫が半端ないですね。袴姿も堂に入ってます」
「そりゃね。棋士の勝負服ですもの。ウチに和服を着こなせない子なんていないわ」
……なんだこれ。
大和と秘書艦ふたりの感想はこの一言に尽きる。
やたら高いテンションの実況。
雄たけびを上げ、大歓喜する、年齢も国籍も性別もバラバラな面々。
過剰気味な編集と、実に効果的なカメラワーク。
イベント海域出撃でもあそこまではいかないであろう、出場選手の気合の入り方。
これは地下格闘大会ではない。将棋の大会である。
そして会場はどうみても公民館とか体育館とかその類のものだ。地下格闘場などではない。
……この時点でツッコミどころしかないような状況だが、3人にとって見過ごせない部分が……
「私あの人たちテレビで見たことあるわ……前と今の総理大臣じゃない……?」
「間違いないと思いますよ……叢雲さん……
それよりも私は、肩を組んで楽しそうに笑っていたふたりが気になりました……
あれは多分、関東一円を縄張りとしている暴力団の組長と、警視総監ですよ……」
「陛下……護衛もつけずにそんなところに……」
そう。ギャラリーの中には、ちょっと居てはいけない大物の姿が目白押しであった。
いろんな方面での有名人が、立場に関係なく一緒になって熱狂していた。
「ああ、ファンクラブの皆さんが気になってたのね。
確かに普段の仕事では大役を担っている人も多いけど、ここでは関係ないわよ?」
「か、関係ないわけないでしょう!?もしも何かあったらどうするんですか!?
例えばもしこの会場に爆弾テロでも起ころうものなら、日本はおしまいですよ!?」
うろたえすぎて大声を出してしまった大和。
しかしそんな様子を見ても、足柄はしれっとしたものである。
「そんなことありえないから、安心なさいな」
「ありえないなんて、どうしてそう言い切れるんですか!?」
「会場には横須賀の生涯学習センターを借りたんだけどね、
護衛、索敵として、ウチの二航戦が臨戦態勢をとってたもの。
実力ある子たちだし、それで十分よ。問題ないわ。
それにね……」
「そ、それに……?」
「もし手を出したら、日本の表、裏の全勢力、そしてイタリア政府、シチリアンマフィア、さらにはEU各国も敵に回すことになるわ。
そんなことわかってて襲撃しないでしょ。普通」
「!!!???」
日本の各方面が敵に回るということは、大和にも予想がついていた。
しかしそこで何故イタリア政府やEUが絡んでくるのだろうか?
眉間にしわを寄せ、頭の上にクエスチョンマークを大量に出している大和に向かって、足柄が説明をする。
「あら? もしかして、大和さん知らなかったの?ウチとイタリアとのつながり」
「私が知っているのは、ローマさんと比叡さんが交換留学をしているということだけですが……」
「そうよ。何でウチの鎮守府の比叡さんが交換留学生に選ばれたか、もしかして知らない?」
「艦娘先進国である日本とイタリアの技術交換のためと聞いています……
交換留学生の選抜理由は、イタリアの象徴であるローマと、日本の御召艦(おめしかん)にも選ばれたことがある比叡なら、つり合いが取れるという理由では……?」
「あらら。大和さん、それは表向きの理由よ?
本当の理由はね、あちらの女性提督が、聡美ちゃんと仲良しだからよ」
「な、なかよしぃ……?」
「そうそう。それでローマと比叡さんが、ふたりとも違った環境で腕を磨きたいって言ってたから、交換留学しよっか、って話になったらしいの。
あ、ちなみにローマは向こうではチェスのタイトルホルダーよ?」
「た、たいとるほるだぁ……」
「これ以上同じ鎮守府にいても、チェスの腕がのび辛いからって言って、こっちに来ることになったのよ。比叡さんも同様ね。
彼女、カミカゼガールって呼ばれて、チェスの世界でも活躍してるらしいわ。誇らしいことよね」
「そうなんですかぁ……すごいや……」
「あとはそうね……
あちらの提督はヨーロッパ圏で広く尊敬を集めるチェスのグランドマスターの娘で、聡美ちゃん同様に美人だから、ファンも多いのよね~。
イタリア、EUが誇るチェスのグランドマスター。その娘は国防の要である鎮守府の提督で、しかも美人。その所属艦娘である、これまた美人なローマ。
地中海的な国民性のイタリアで、ファンクラブがない方がおかしいってものよね」
「そっかぁ……」
「だからウチのファンクラブの皆さんを攻撃するってことは、日本とイタリアと、チェス好きなすべてのヨーロッパ人を敵に回すのと同義なのよ。
もしそんなことしたら、この世に存在しなかったことにされるわね」
「わぁ……」
どうやらイタリアにも一ノ瀬中佐と同じような提督がおり、ふたりはとても仲良しのようだ。
これが学生とかなら、異文化交流となり微笑ましいのだが、ふたりは最高戦力を取り扱える人間である。大和としては全然微笑ましくない。
・・・
ちなみにファンクラブ内では暗黙の了解として、「本業は一切関与させないこと」という掟がある。
マスカレイド的であるが、こうでもしなければ大変なことになるのは、言わずもがなであろう。
だからここでは警視総監とやくざの組長が歓談をするし、日頃いがみ合っている政党の党首たちが、顔を合わせて感想戦をしていたりもする。
もしこの鉄の掟を破れば、大変なことになる。
まずは勧告。次はファンクラブ強制脱退。まだ直らないようなら、誰かによる自宅訪問。それでも迷惑がかかるというなら、この世から存在が消される。
そんな手順となっている。仏の顔も三度までというわけだ。これも暗黙の了解である。
……だからと言って閉鎖的なコミュニティというわけではない。
「仕事の話をしない」。この一点さえ守れば、非常に間口が広く、風通しの良いコミュニティなのだ。
老若男女国籍問わず会員数は非常に多い。
会員受付は将棋連盟のHPで行われている。もちろん例の掟の注意事項付きで。
非公式ファンクラブとは何だったのか、という気もするが、大元が日本海軍のいち部署である以上、公式化できないのは仕方ない。
非公式でも支障ないわけであるし、それで問題ない、というわけだ。
風通しが良い理由のひとつに、意見箱がある。
将棋連盟が取りまとめている意見箱には、この『第3よこちん将棋会 ファンクラブ』専用の受付窓口がある。
そして意見要望はここに連絡すれば、極端にひどいものは除いて、横須賀第3鎮守府まで連絡される。
さらに将棋連盟発刊の月刊誌には、Q&Aコーナーが設けられているので、次の号に質問と回答が載せられる。
このQ&Aが実に好評で、横須賀第3鎮守府からの丁寧な回答は、いつもアンケートで人気項目に挙げられるほど人気がある。
また、彼女たちのブロマイドは将棋連盟の公式HPで買うことができる。
1枚200円、10枚以上で送料無料というお値打ち価格。
しかも通販なので全国どこからでも注文できるというありがたさ。
このブロマイドもかなりの売り上げで、将棋連盟の収入の柱のひとつとなっている模様。
……こういったコミュニティなので、会員からの不満はほとんど出ていない。
唯一の不満といえば、公開将棋大会のチケット倍率が高すぎるというところか。
開催元がいつも、公民館とか生涯学習センターとか、市民センターとか、そういった場所で大会を開く以上、これはどうしようもないことである。
ちなみにチケットの転売は固く禁止されている。
これも鉄の掟で守られているので、いくら本業で権力を持つものであっても、チケットが取れなかったら、それはもうどうすることもできない。
実は今回の大会でも、チケットが取れず涙をのんだ大物には、伊勢神宮の宮司、イタリアの首相、日本海軍元帥、財務省高官、闇の武器ブローカーなんかがいたりする。
横須賀第3鎮守府がDVDを作ろうという話になったのも、そういう事実があったからだ。
どうしても日程が合わず参加できない、横須賀が遠すぎて参加できない、チケットが取れず参加できない、こういった声にお応えしましょう、ということである。
・・・
「まあ、こういった具合なのよ。
安全面については何の心配もいらないわ。安心してね、大和さん」
「……はひ……」
話が大きくなりすぎて、思考停止に陥ってしまった大和。
彼女は今「世界って大きいんだなぁ……私ってちっぽけなんだなぁ……」なんて現実逃避をしていたりする。
それにしても一ノ瀬中佐の要望は全通し、という対処をしていたのは正解だった。
大和が思っていた以上に話は大きく、その要件を突っぱねた暁には、大本営、もしかしたら日本海軍全体が吹っ飛んでいた可能性もある。
「それじゃ、このDVDは検閲オッケーってことでいいかしら?大和さん」
「はひ……それでいいです……」
「ありがとね。……それとあとひとつ話があるんだけど」
「これ以上……私にどうしろというのですか……」
「大和さん、それ妙高姉さんのセリフ。
……まあいいわ。転属願いよ。はい」
「えっ!?転属願いですか!?いったい誰が!?いったいどこに!?」
大和さんかわいそうだなぁ……なんて思いつつ、実情を知りつつも、口をはさめないでいた鯉住君。
しかしこの足柄の一言は、彼にとって聞き逃せないものであった。
横須賀第3鎮守府の面々は将棋ジャンキーである。
彼女たちがよその普通の鎮守府でうまくやっていけるとは、到底思えないからだ。
「他人事じゃないわよ?」
「え……ちょ……もしかして……」
「異動するのは私。異動先はアナタの鎮守府。いいわよね?」
「な、なんでぇっ!?」
まさかの申し出である。
横須賀第3鎮守府でもかなりの強者である足柄が、なぜ自分の弱小鎮守府に異動するつもりになったのか?
全く心当たりがない。
「足柄さんもあちらでの主力の一人でしょう!?
何でそんな急に異動だなんてするつもりになったんですかっ!?」
「なによ、つれないわねぇ。もっと喜んでくれてもいいのに。
だいたいあなたが呼んだんでしょう?」
「足柄さんを呼んだ覚えはありません!」
「私を名指ししたわけじゃないけど、以前高雄さんに言ったでしょ?
『給糧艦を赴任させてくれ』って」
「あ……まさか……」
「そうよ!料理の腕なら間宮クラスのこの私が、立候補したってわけ!」
「そういうことかぁ……」
この足柄、勝利に対して非常に貪欲である。
それは戦闘だけにはとどまらない。将棋でもそうだし、料理でもそうだ。
やるからには勝つ!ということをポリシーとしている。
そういう彼女なので、料理の腕は一流だ。
総勢20名以上の横須賀第3鎮守府で、ひとりで料理担当をしていた程度には腕が立つ。
本人が間宮クラス、と言っていたのは、嘘ではない。
「いや、でも、料理長の足柄さんがこっちに来てしまったら、一ノ瀬さんのところでの食事が大変なことになってしまうのでは……?」
「大丈夫よ。みんな料理ができないってわけじゃないし、持ち回りで担当することにしてもらったから。
それ以上にね「私も比叡さんみたいに、別の環境で修業したい」って言ったら、喜んでみんな送り出してくれたわ」
「へぇ……そっかぁ……」
送り出してもらった、というところを鑑みるに、もう異動することは確定しているらしい。
弱小提督である自分の意見がないがしろにされるのはまだいいが、大本営の決定もないがしろにしているのは、そこんとこどうなのだろうか……?
「ちなみに、その修行っていうのは……」
「? 将棋の修行以外に何があるの?」
「ですよねぇ……」
もはやツッコむのも疲れた鯉住君。
秘書艦ふたりも同様に非常に疲れた表情をしている。赤疲労だ。
彼女たちも、自分たちが何を言っても無駄、ということを理解してくれているのだろう。
「え? 係のお姉さん、うちの鎮守府に来るの?」
「そうよ、秋津洲ちゃん。これからよろしくね。
あと私は足柄よ。これからはそう呼んでちょうだい」
「わかったかも!足柄さん!」
「よしよし、いい子ね」
なんか……もう、いっぱいいっぱいですわ。
そんな様子の4人をしり目に、ニコニコしながら触れ合う足柄と秋津洲なのであった。
本編では深掘りできなかったですが、G7のGはGlassesのGです。眼鏡です。