ですので、横須賀鎮守府は大本営直轄という雰囲気が強く、強豪の提督と艦娘が多く配置されています。
また、こんなご時世ですから、艦娘の元締めをしている大本営がある街、ということで、現実の横須賀よりもこのお話の横須賀は、人口が多く、発展しているようです。
妖精さんの要望で甘味を再度奢ったあと、一旦部屋に戻ってきた。
現在時刻は9時過ぎ。移動時間を考えるとちょうどいい時間となった。
「それじゃ出かけるか……お前らもついてくるか?」
(もちろんです)
(あこがれのあーばんらいふ)
(しゅつげきです!)
元々そこそこ都会の呉にいたのに、いまさらアーバンライフも何もないだろうに……
そんなことを考えつつ、外出用にショルダーバッグを身につける。
流石に普段ラバウルにいるときのような、気の抜けた格好で町に出るのははばかられる。
いつもの私服はジャージとか甚平とかだ。
近所の商店に行くくらいならそれでいいが、今回はそういうわけにもいくまい。
シンプルではあるが、白のワイシャツとモノクロTシャツ、黒のチノパンに革のサンダルと、それなりに様になる格好で出歩くことにした。
甘味処での伊良湖の反応はおかしなものではなかったし、ファッションセンスに問題はないはず。多分。
普段私用で外出することがあまりないので、そういうことが心配になってしまう鯉住君。
……部屋を出て宿舎の入り口に向かう途中、見慣れない格好の見慣れた人物と遭遇した。
「……あ、提督。おはようございます」
「ああ、古鷹か。おはよう。
……ずいぶんおしゃれな格好してるじゃないか」
「そういう提督こそ。お似合いですよ」
古鷹はハイネックの白ブラウスに、さわやかな青のフレアスカートといういで立ちだ。
鯉住君同様シンプルスタイルであるが、素材が良いおかげか、非常に優雅な印象を受ける。
「うん、ホント、よく似合っているよ。すごくいいと思う」
「そ、そうですか……? そう言ってもらえると嬉しいです……!」
あまりそういった気遣いができない提督から褒めてもらえたのが予想外で、照れて顔を赤くしている古鷹。
それを見た妖精さんたちは「またこのタラシは……」といいたげな顔をしている。
「ああ。普段の露出高い服装とは全然イメージ違うからね。
やっぱり女性はこういう格好の方が落ち着いてていいよねぇ」
「……」
やっぱりこの男、ダメであった。
普段の服装が露出高いとか、面と向かって女性に言っていい言葉ではない。
しかも本人が選り好みできず、常に着ていなければならない艤装についてだ。
さっきちょっと嬉しかった古鷹だったが、今は何とも言えない顔をしている。
妖精さんたちも、「ホントにダメだなこいつ……」と言いたげな顔をしている。
・・・
「古鷹も今日は外出かい?」
「……はい。 せっかくの町なんですから、遊びに行こうと思いまして……」
「そっか。叢雲は一緒じゃないのかい?」
「そうですね。叢雲さんも出かけるようですが、もう少し後から出るということで……
甘味処やコーヒーショップを見て回るつもりみたいです」
「へぇ。いいじゃないか。一緒に行けばよかったのに」
「それはちょっと思ったんですが、昨日の様子を見てると、邪魔しちゃいけないのかな、って……」
ふたりの頭の中には、昨日の甘味処での叢雲の姿が浮かんできた。
出撃時と同じくらい気合を入れて、メニューを凝視する姿だ。
「あー……確かに彼女のこだわりはすごかったからねぇ……
ひとりにしてあげて正解かもね」
「はい。私もそう思いまして……」
「それじゃ古鷹はどこに行くつもりなんだい?」
「私は……実は考えても、行きたいところが思い浮かばなくて……
ぶらぶらしながらウインドウショッピングでも楽しもうかと思ってるんです。
……ちなみに提督はどこに行こうとしてるんですか?」
「そりゃもちろん、熱帯魚ショップだよ」
「ね、熱帯魚ショップ……ですか?」
古鷹も彼が熱帯魚を飼っているのは知っているし、たまにフィールドワークに出ているのも知っている。
しかし鯉住君はあまり自身について語ることがないので、彼が熱帯魚に非常に熱心であることまでは知らなかった。
「そう。俺の趣味のひとつは熱帯魚だからさ。
せっかく町まで来たのなら、ショップで色々と情報収集しときたいと思うじゃない」
「提督がお魚好きなのは気づいてましたけど、そこまでお好きだったんですね……」
「そりゃもう、大好きだよ。艤装いじるのと同じくらい好き」
「そこまでですか……
なんだか意外です。提督はもっと仕事一筋な方だと思っていたので」
「そんな風に思われてたのか……そんなことないのに……
俺もっとフランクだよ?職人気質とかじゃないからね?」
彼がフランクというのは本当だが、職人気質なところはあったりする。
そうでもなければ、あんなに熱心に夕張を指導することはないだろう。
「だって提督、全然自分のこと話してくれないじゃないですか。
みんな結構気になってるんですよ?」
「いやいや、俺のプライベートなんて面白くもなんともないから……」
「そんなことありませんよ。私も夕張先輩も、提督の話をもっと聞きたいと思っています。
……そうだ。もしよろしければですが、私も提督について行ってもよろしいでしょうか?
提督がどんな方か知りたいですし」
いいことを思いついた、とでも言いたげな笑顔で、古鷹が提案する。
何故そこで夕張が?と思った鯉住君だが、それは置いておくことにした。
「……それはいいけど、あまり面白くないと思うよ?
熱帯魚に興味ないと、ただの魚がいっぱいいる店にしか感じないだろうし……」
「あ、いえ、実はですね、私も興味あるんです。熱帯魚」
「……マジで? こっちに気を遣ったりしてない?」
「ホントですよ? 何でそんなに懐疑的なんですか……?」
「だって……熱帯魚が趣味の人って全然いないし……
高校生あたりから楽しんでるんだけど、話題共有できる人なんて、今までいなかったし……」
悲しそうな顔をする鯉住君を見て、色々と察する古鷹。
彼は随分と孤独な趣味の楽しみ方をしてきたようだ。
「ふふ。そういうことでしたら、私が提督の初めての熱帯魚仲間ですね。
お魚を見ていると落ち着きますし、提督が飼っていると聞いて、いいなぁ、と思っていたんです。
一緒に器具を見繕っていただけませんか?」
「おお……! 俺、ちょっと感動してるよ……!!
ありがとな、古鷹。まさか熱帯魚仲間ができるなんて思わなかった。
感無量だよ……!!」
がしっ
あまりの感動で無意識に古鷹の両手を握ってしまう鯉住君。
いきなりのボディタッチにびっくりする古鷹。
「て、提督! 恥ずかしいですから!離してください!」
「あ、ああ、ゴメンよ。あんまり嬉しくて、つい……」
どうやら彼は理性を感情が上回ると、体が無意識に動いてしまうらしい。
しかも相手の性別に関係なく、ボディタッチを仕掛けてしまうようだ。
酔っぱらって艦娘に触られた時には、そんなに密着するなとか言っていたはずだが……
これには妖精さんたちも呆れ顔。
「もう……あまり女性に触れるのはよくないですよ……
ある程度親しい間柄でも、わきまえていただかないと……」
「そ、そうだな。気を付けるようにする」
「お願いしますね。
……それじゃ、気を取り直していきましょう。今日はよろしくお願いします」
「ああ。こっちこそ、付き合ってくれてありがとうな」
・・・
移動中
・・・
バスで町まで移動したふたり。
さらにそこから徒歩で、検索していた熱帯魚ショップへと足を運ぶ。
……ショップはなかなか趣ある装いで、老舗といったたたずまいだった。
こういうショップは結構貴重なはず。早速良さそうなところに当たってしまった。
「……なんだかこういったところは初めてなので、緊張しますね」
「そんな大したことじゃないから、気楽にしててよ」
緊張する古鷹をしり目に、ショップに入る鯉住君。
……ウィーン
「こんにちは~」
「いらっしゃーい」
「こ、こんにちは」
ショップに入ると、店主と思われるおじいさんが出迎えてくれた。
ラジオを聴きながら新聞を読んでいる。
大きなショップの態度良い接客もよいが、こういった雰囲気もレトロ感があってよい。
「わぁ……すごい……!」
ショップに入るなり、古鷹の目が輝きだした。
目の前には、店内に所狭しと並べられた水槽に入った、様々な熱帯魚。
小さな宝石のような小型魚から、日本人お馴染みのバリエーション豊かな金魚、迫力満点の大型魚から、ユニークなフォルムをした古代魚など、多種多様な魚が目白押しだ。。
「こんなに色んなお魚がいるなんて……! 私、感動してます!」
「フフフ。いいねぇ、その反応。
一緒に色々見てみようか?気になった魚が居たら解説するよ」
「はい、ありがとうございます!」
テンション高く店内散策を始めるふたり。
古鷹は初めてのショップで、鯉住君は初めての熱帯魚仲間とのひと時で、共に満面の笑顔となっている。
……あまりにも楽しそうにしているのを、しばらく眺めていた店主。
見慣れない若者が来店する事が珍しいこともあり、ふたりに話しかける。
「……兄さんたち、今日は何を探しに来たんだい?」
「あ、どうも。
今日は私の連れが熱帯魚を飼い始めたいと言ってたので、一式揃えようかな、と」
「へぇ。そうかね。
それじゃその彼女さんが新しくはじめようっての? いいじゃない」
「か、彼女……!?」
予期せぬ一言に困惑している古鷹。
「あはは。彼女なんて。そんなんじゃないですよ、この子は私の部下です」
「なんじゃ。そうなんか。てっきりわしは若いアベックかと」
「アベックって、また懐かしい言葉ですね……
そういう関係というよりは、兄妹みたいな関係ですね。よくできた妹というか」
「い、妹ぉ……!?」
さらなる一言に顔をしかめる古鷹。
「そう言われりゃそう見えるのう。……それで、どんな条件で飼いたいんじゃ?」
「テーブルの上で飼えるような、小型水槽がいいですね。30㎝キューブ水槽あたりかな……」
「わかった。それじゃ良さそうなもんを見繕うから、兄さんも一緒に見てくれい」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
・・・
その後、ショップの主人のおすすめセットを買い込み、店を後にしたふたり。
水質調整剤やカルキ抜きなど、周辺道具についても購入することにした。
ただし生体については購入を控えた。今からラバウルの鎮守府まで戻るのに、3日ほどかかる。
流石にその期間の輸送に耐えるのは、ちょっと不可能だろうということだ。
久しぶりのショップ訪問に、ホクホクしている鯉住君。
しかし彼とは対照的に、古鷹は頬を膨らませて少し不機嫌だ。
「やー、楽しかったねぇ! 帰ったら一緒に水槽のセッティングしよう!
生体は近所で採ってくるでもいいし、定期連絡船で郵送してもらってもいいし、まずは水槽だね!」
「……そうですね……すごく楽しみです」
「……あ、あれ? なんか楽しみって言う割には、機嫌悪くない?
もしかして気に入った熱帯魚がいたのに、買わずに店を出ちゃったから?」
「提督が私の事を、失礼な目で見てるってわかったからです……」
「……?? いや、そんな……んん?
悪い古鷹、どうにも思い当たらないんだけど……何が気に障ったか、教えてくれないか……?」
なかなか自分の不満を表に出さない古鷹にしては、これは珍しいことだ。
なんだか早めに解決しないといけない気がする。
……隣では妖精さんたちが彼に対して、やれやれというジェスチャーを送っている。
だからこういう時に口に出して教えてくれって、いつも言ってるでしょうが……
なんのために俺と話ができると思ってんだ。
その能力、ロクでもないことにしか使えんのかキミたちは。
「提督は私の事を、妹みたいって思ってたんですね……?
ガッカリですよ……カップルと言われるならまだしも……」
「あー……さっきの話か……
まあなんていうか、ご主人がアベックみたいとかいうから、そうじゃないって伝えただけなんだけど……」
「あのですね、提督……私はですね、重巡の一番のお姉さんなんですよ?
それを言うに事欠いて、妹なんて……失礼だとは思わないんですか?」
「いや、まあ、その……」
そんなこと言われても、とてもじゃないが古鷹はお姉さんという雰囲気ではない。
同じ重巡だったら、足柄さんの方が圧倒的にお姉さんだろう。
十人に聞いたら十人がそう言うだろう。
だって古鷹って高校生、もっと言えば中学生くらいにも見えるし……
軽巡の夕張を先輩って呼んでるし……
お姉さんなんてとてもとても……
「提督、頭の中で私と足柄さん比べてましたよね……?
それで、どう考えても私の方が年下に見える、とか思ってましたよね……?」
「そそそそんなことあるわけないじゃないですかやだなぁ」
なんだ古鷹のやつ、エスパーかよ……
さすがは考えていることが顔に出やすい鯉住君である。
これには妖精さんたちも呆れ顔。
「提督はホントに……ホントに提督は提督なんだから……!」
目からバチバチと何かがスパーキングしている古鷹。
なんかマズい気がする……
「ちょ、ちょっと古鷹さん……落ち着いて……
日本語がおかしくなっていますよ……?」
「……よし、決めました。
今日は失礼なことを考えてた埋め合わせに、一日付き合っていただきます。
私がちゃんと大人の女性だということを、提督には理解してもらわないといけません!」
「……なんかゴメンね」
「そういうのいいですから。認識を改めてもらうまで許しません!
というわけで、今から色んなショップをめぐって、大人らしい買い物しますから、提督はついてきてください」
「……はい」
なんだかいつもよりも迫力マシマシな古鷹に押し切られ、ショップめぐりとやらに付き合うことになった。
大人らしい買い物する、とか言ってプンスコしている姿は、どう見ても背伸びしたい中高生にしか見えない。
しかしそんなことを考えてるのがバレたら一大事だ。すぐに別の事を考える。
……そう言えば彼女、どこに行くつもりなんだろう?
今日だって、することなくてウインドウショッピングに行く、とか言ってたくらいなのに……
「何ボーっとしてるんですか提督。行きますよ!」
「……はい」
心なしかさっきよりもスパーキングしている古鷹を見て、なんだか不安になる鯉住君。
・・・
……だったのだが。
「わぁ……! かわいいお洋服……どれにしようか迷っちゃいますね……!」
「……」
「どうですか、このお洋服! 似合います!? 提督!」
「うん……古鷹はやっぱり大人だなぁ……なんでも似合うよ……」
「ようやく提督もわかってきたみたいですね!」
結局彼女が言っていたショップ巡りとは、アパレルのお店巡りということだったようだ。
彼女の中では、大人=おしゃれ、ということになっているらしい。
そういうわけで、あれから古鷹に引っ張られ、数店舗渡り歩き、今に至る。
……ラバウルと日本では、ショップの質、量ともに比べ物にならない。
そのグッドなセンスの商品群と、都会でのお買い物という高揚感で、彼女はテンションアゲアゲになってしまっていた。
自身の提督に感じていた怒りはどこへやら、である。
(はー……ぜろてん)
(おんなのこのほめかたをわかってない……)
(もっときのきいたことばないんですか?)
両肩と頭に乗った妖精さんたちから、辛口判定が入る。
仕方ないやん……
さっきまで怒ってた子が、ニコニコしながら話しかけてくんだよ?
それにさっきのやり取り、もう何度目かわからないくらいしてるし……
俺、もうどう対応したらいいか、よくわからないんや……
(はー、これだからへたれは……)
(あまりおおくをもとめちゃいけないんですねわかります)
(かわいそうなふるたかさん……)
お前らは基本みんな俺の敵なのな。なんでやねん。
せっかく俺の肩と頭っていう住まいの提供してやってんだから、もうちょっと俺に味方してくれても、バチは当たらないんじゃないの?
大家に対して辛口な住人とか、ちょっとおかしいと思いませんか?
(おかしいのはあなたのかえしです)
(「なんでもにあう」とか「なんでもいい」は、いってはいけないことば……)
(くいあらためて?)
ホント悪い意味でぶれないな、お前ら。
店内の椅子に腰かけながら、妖精さんとコントを繰り広げる鯉住君の目の前で、どんどん気に入った洋服を試着していく古鷹。
そして試着のたびに、彼に似合うかどうかを聞いていく。
その様子はまさに、田舎から上京してきたおのぼりさんと、その保護者であった。
・・・
古鷹が満足するまで、ひとしきり付き合った鯉住君。もうへとへとである。
今は帰りのバスから降り、大本営までの帰路を行く途中だ。
彼の両手には洋服が入ったいくつもの紙袋と、水槽セット一式。
テンションに任せて洋服を爆買いした古鷹の荷物である。
本当は鯉住君は手ぶらで帰ろうとしていたのだが、妖精さん達の怒りの総攻撃を受け、荷物持ちをすることとなった。
古鷹は「流石にそれは申し訳ない」と言って断ろうとしたのだが、
彼の「大人の女性は一緒にいる男性に頼るもの」という言葉を聞き、ならばということで承諾した。そんな経緯があったりする。
「ふふ、今日は一日楽しかったです!
つきあっていただいて、ありがとうございました!」
「いや、こっちこそありがとう。
熱帯魚仲間ができたのは、本当にうれしいよ」
「提督の私を見る目も正しいものになったようですし、とっても充実した一日でした!
私ひとりじゃここまで楽しめなかったです」
「俺もそうだよ。
ひとりだったら絶対に行かないショップに行けたし、とってもいい勉強になった。
また今度、機会があったら一緒に遊びに行こうな」
「はい!楽しみにしています!」
なんだかんだあったが、結局最後は仲直りできたようだ。
人が好い所も、似た者同士なふたりなのであった。
余談
もの凄い仲がよさそうに帰ってきたふたり。
それを見た大本営の面々は、彼らの事を恋人か仲のいい兄妹だと勘違いした模様。
愛宕に見つかった時には、「あらあら、まあまあ、うふふ♪」と非常にいい笑顔をしながら、ジロジロと熱い視線を注がれることとなった。
これにはふたりも困惑したという。
また、秋津洲からは非常に激しく追及されることとなった。
実は彼女、提督と遊びに行こうと思って、彼の部屋まで誘いに行っていたらしい。
しかしタイミング悪く、その時点で鯉住君は間宮へ行っていたため、入れ違いになってしまっていたのだ。
それで結局、足柄と料理関係のグッズを見に出かけることにしたらしい。
そんな感じで、ふたりにとっては、帰ってからの方が大変だったのである。
横須賀の街は海沿いですが、深海棲艦の脅威は全くありません。
艦娘の近海哨戒で、はぐれが偶に入ってきても、すぐに撃退されるためですね。
だから横須賀市民からしたら、艦娘様様という感じです。