このお話では、ゲームとは違って、一旦解放した海域では敵艦隊は明らかに弱体化します。
哨戒任務が遠征扱いなのは、こういった理由からです。
大した敵がいなくなるので、ガチ装備でなくとも問題なしというわけです。
わざわざ哨戒する理由は単純で、そうしていないといつの間にかボスが復活するからです。
そうなると未解放海域に逆戻りしてしまい、苦労が水の泡。
それだけは避けたいというのが共通認識です。
しかし哨戒任務といえど、6-5は6-5なので、弱体化後の海域でも、
戦艦タ級フラッグシップ
軽空母ヌ級エリート
軽巡ヘ級エリート
駆逐イ級後期型エリート×3
みたいな艦隊には普通に遭遇します。
はぐれ艦隊や潜水艦も多いため、哨戒といえど、かなりの戦力を投入せざるをえません。
第2艦隊がわざわざ出張ったのも、そういった理由からですね。
時は少し遡り、第10基地の面々が出撃した少し後。
諸島に避難した第1基地の第2艦隊の面々は、緊迫した濃密な時間を過ごしていた。
そんなギリギリの状況の中、ひとつの転機が発生した。
「……!! こちらからの通信に反応アリ!」
「!? ホントですか!?」
「ど、どこからだい!? 能代!」
通信機器を使って救援要請信号を送っていた能代が、突然大きな声を出す。
皆半ば諦めていた救援が来るというのだ。喜びよりも、戸惑いを隠せない。
「待ってください!暗号解読します!!」
……
「……わかりました! ラバウル第10基地から、『こちらに小型艇で向かう』とのことです!」
「だ、第10基地……!?
能代、それは間違いではないのね……?」
「ええ、間違いありません!」
「そんな……どういうこと……?」
能代からの暗号解読結果を受け、驚きとともに疑いの言葉を発する高雄。
それは無理からぬこと。
ラバウル第10基地は、設立してから半年ほどしか経っていない、小規模な鎮守府だ。
最初に気になった点は、あそこには空母が1隻も在籍していないということ。
こちらからの救援要請に添えた戦況報告には、『超特大級の航空戦力を有する深海棲艦により、艦隊半壊』という情報を入れてあった。
あの真面目な鯉住少佐が、そんな重大な情報を見過ごすはずがない。
そしてそれがわかっていて、制空権を喪失した状態で戦わざるを得ないと知っていて、義侠心に駆られて出撃指示するほど無謀でもないはず。
……さらに言えば、第10基地のメンバーは高雄も知る艦娘ばかりだ。
初期艦として着任した叢雲は、ラバウル第1基地で建造された艦娘だし、
古鷹、大井、天龍、龍田の4名は、鎮守府設立当初に、第1基地から異動した面々。
彼女たちの実力では、とてもではないが、目の前の未知の強敵には叶わない。
大規模作戦の度に声がかかる、自分たち第2艦隊のメンバーですら、この有様なのだ。
どこをどう考えても、勝機があるとは思えない。
だからこそ高雄には全く分からなかった。
何故、不可能だと分かって救援に来ると言うのか?
しかも提督自ら小型艇に乗って、この危険な海に……
「……申し出はありがたいですが、第10基地の艦隊の実力では、死にに来るようなものです。
能代。再度現状を添えて、連絡を入れなさい。来てはいけない、と」
「……はい。承知しました」
落胆が隠せない能代に申し訳なさを感じながらも、高雄は冷静に指示を下す。
こちらの都合で、新たな被害を出すなど以ての外だ。
高雄には鯉住少佐の意図は読めなかったが、自身の知る情報を踏まえて、彼らの救援は失敗に終わると判断した。
照月の容態を考えると、藁にもすがりたい状況であるのはよくわかる。
しかしそのような感情で、作戦の成否判断を曇らせてはいけない。
電文を送る能代の後姿を見ながら、これでよかったんだ、と自身を納得させる高雄。
……
「……!? た、高雄さん! 第10基地から返答がありました!!」
「……内容はどのようなものですか?」
「『極力戦闘は避けて向かうので、燃料弾薬については心配ない。位置把握のために継続的な通信を要請する』だそうです……」
「な、何を言っているの……!?
そういう問題ではないことくらい、分かるでしょう……!?」
「私もそう思うんですが……
噂の鯉住少佐というのは、どういった方なんですか……?大丈夫なんですか……?」
「ストレス耐性が高いとは言えないけど、信頼できる人物よ……
だからこそ、この連絡は理解できないわ……
第10基地には航空戦力は配備されていないというのに……」
冷静であるように務めていた高雄であるが、この返答による動揺は隠せなかった。
それも当然。こちらの意図は伝わっているはずなのに、見当外れな物資の報告である。
まるで『戦いになっても問題はない』と言っているように取れる反応。
どう考えても、そんなはずはないのに。
「ねぇ高雄。私思うんだけど、何か作戦があるんじゃない……?
いくらなんでも6-5に、航空戦力も無しで無策で突入なんて、信じられないわ……」
「私も飛鷹と同意見だよ。
そこまで自信ありげに連絡してきたんだし、何かあるはずじゃないかい……?
当たり前だけど、命欲しさに言ってるんじゃないよ……」
「わかっているわ。けど……
航空戦力も無し、実力も不足、それに加えて提督自ら出撃……
この状況で、一体どんな秘策があると言うの……?わからない……!」
引き返すように改めて現状を伝えるも、見当はずれな返答。
どうやら多大な自信がある様子だ。
軽空母のふたりが言うように、何か秘策があるというのだろうか……?
非常に頭脳明晰な高雄だが、今回の件に関しては、どう考えても納得いく答えが出ない。
……高雄は気持ちを切り替え、これ以上彼らの意図について考えるのを止めた。
考えてもわからないものはどうしようもないし、そもそも相手に引き返す気がない。
そこで思考の方向性を変更し、これから起こりうる結果についての対策を考えることにしたのだ。
まず最悪のケース。
それは、第10基地の面々が道中で深海棲艦に敗れ、全滅すること。
これはもうどうしようもない。そうならないように祈るのみだ。
そして最善のケース。
それは、無事にここまで第10基地の面々が到着し、姫級に捕捉されず、全員でつつがなく撤退できること。
これについても考えることはない。そうなってほしいものだ。
最後に一番ありそうなケース。
それは、ここまで第10基地の面々が辿り着くも、敵の姫級に捕捉され、再度猛攻を受けること。これは絶対に避けなければならない。
そのためには、小型艇の接近を敵に気づかれないようにする必要がある。
予想できる、様々な要素を考えてみる。
姫級に捕捉されないためには、今いる島を盾にして、姫級がいる方向の反対方向から接近してもらうべきだ。
そのために自分たちは、島内を移動しなければならない。
そして、通信も最低限にした方がいいだろう。
深海棲艦に通信傍受機能が備わっているのは、5年前の本土大襲撃の際に発覚している。
過剰な通信はこちらの位置を捕捉される原因となりかねない。
あちらからの連絡は控えてもらい、こちらからの連絡も、姫級に捕捉された時などの緊急時に絞った方がよいだろう。
そして、シンプルであるが、モーター音。
深海棲艦にも五感は当然存在するはず。音は自分の位置を相手に伝えてしまう、大きな要因だ。
ここにたどり着くしばらく前には、船速を落としてもらうべきだろう。
さらに、まだ考えられる要因はある。それは敵の哨戒にかち合うことだ。
この海域では常に海底に潜水艦が蠢いていて、その全てに対処するのは、歴戦の艦でも不可能に近い。
その潜水艦に見つかってしまったら、戦闘が発生する。
そしてその気配は、当然姫級も察知するところとなるだろう。
それを避けるには、ソナーによる索敵を厳とし、敵潜水艦の察知範囲に入らないことが必要だ。
第10基地の面々がソナーを装備してきていればよいのだが……
「……能代。第10基地の皆さんに、電文を送ってちょうだい」
「は、はい。内容はどのようなものに……?」
「それはね……」
事態の悪化を避けるため、先ほどまでに考えていた内容を伝える高雄。
それを受け、能代は、注意喚起の電文を送る。
「……それでは今から私達は、姫級のいる方角から見て、島の反対に移動します。
鯉住少佐が何を考えているかはわかりませんが、私達にできることは限られています。
人事を尽くして天命を待ちましょう」
「はい!わかりました!
照月ちゃん、大丈夫? 苦しいと思うけど、頑張りましょう!」
「は、はい……ありがとうございます……榛名さん……」
榛名は安静にしている照月に肩を貸し、移動を始める。
他の者もそれに続き、歩き始めた。
現状が全くつかめない不安はあるが、できることをするしかないのだ……
・・・
そこから不安な時間が数時間流れた。
第10基地の面々との通信は暫く前に禁止とし、自分たちのいる島内の細かい位置は伝達済み。
暫く前まで問題なく通信できていたことから、
幸いなことに、最悪のケースである『道中で全滅』の危険は回避できたようだ。
ひとまずは安心といったところ。
……やれることはやった。
もしも姫級に補足された際に、殿となって命を張る覚悟もできている。
あとは救援を待つのみである。
・・・
そして……
・・・
複雑な心持ちでいる面々の視線の先、水平線の彼方から、ついに小型艇が現れた!
「あぁ……本当に、来てくれたんですね……!
榛名、感激です……!」
「信じられないよ……!
小規模鎮守府だってのに、よくあの潜水艦の巣を超えてこれたもんだねぇ……!」
「照月!見える!?私達、助かるかもしれないわ!」
「あぁ……これでまた……秋月姉ぇに……会えるの?」
「みんな、気を緩めるのは早いわ。むしろここからが正念場よ。
大きな動きをする以上、敵に捕捉される確率も跳ね上がるわ。
事は慎重に運ぶように」
「わ、わかったわ。高雄の言う通りね……」
誰かが犠牲になることを覚悟していたところに、まさかの救援。
歴戦のメンバーでも、どうしても喜びは抑えられない。
そんな中でも高雄は冷静であり、警戒を怠ってはいなかった。
先刻も考えていたように、今から訪れる瞬間が一番危険なのだ。気を抜けるはずもない。
……そんな状態で第10基地の面々を迎えたのだが……
「おお!久しぶりだなぁ!お前ら! 元気してたか~?」
「あらあらぁ。 知ってる顔がいっぱ~い」
「随分派手にやられたわねぇ。
栄光のラバウル第1基地・第2艦隊の名が泣くわよ?」
「コラ、叢雲。ケガ人に対していつもの調子で接するのはやめなさい。
……いつもお世話になっております。高雄さん。
怪我を負っている方もいるようですので、古鷹に手当てしてもらってください。
それじゃ応急処置を頼んだよ。古鷹」
「任せてください!提督!
それじゃ照月ちゃん。こっちに来てください!」
「「「 …… 」」」
あれ……?なんなのこれ……?
ここって難関海域で、提督が出張るほどの緊急事態なのよね……?
なに? この……なに……???
あまりのテンションのギャップに、フリーズする第2艦隊の面々。
「あ~あ。 皆さん固まっちゃってるよ。
よっぽどピンチだったみたいだし、アタシたちが来て、喜んでくれると思ったんだけどね~」
「そうですね、北上さん。お礼のひとつもないのはどうかと思いますね」
「あれ?この人たちって大井っちの元同僚でしょ?
なんか感慨深いとか、そういうの無いの?」
「元同僚といっても、それ以上の関係ではありませんでしたので、特には」
「ひゅ~。クールだねぇ」
「「「 …… 」」」
ツッコミどころが多すぎて、言葉が出てこない高雄とその他メンバー。
言葉は出なくとも、根が真面目で几帳面な高雄は、心の中で怒涛のツッコミを入れる。
半年前に送り出した時の姿から、全員様変わりしているじゃない……
大井と古鷹はわかるわ。ふたりとも改二になったのよね……?
いや、半年前は全然そこまで練度が高くなかったのに、なんで改二になってるの?っていう話だけど……
問題は、天龍と龍田、そして叢雲……アナタ達よ……
アナタ達のその格好、もしかしなくても改二よね……?
私、アナタ達に改二があるなんて知らないんだけど……世界初なんじゃないの……?
ていうか叢雲……アナタ、半年前は新兵だったじゃないの……
なんでしれっと改二になってるの……?
そして大井の隣のアナタは北上よね……?
鯉住少佐が着任してすぐにドロップしたっていう……
なんでもう改二になってるの……?おかしいじゃない……
そしてなんでそんなに全員余裕なの……?
緊張感をどこかに忘れてきてしまったの……?
近所の商店に行くときみたいな感じじゃない……ここって6-5なのよ……?
なんなの……?
救援に来てくれたのは嬉しいけど、どうしたらいいの……?
よくわからない……わからないわ……!
私には鯉住少佐がよくわからない……!!
高雄が混乱して、おめめグルグルになっているのを見て、鯉住君が声をかける。
「まぁまぁ、皆さん大変だったでしょうから、ひとまずくつろぎましょうか。
中にお茶とお茶請けを用意してあるので、一服して気持ちを落ち着かせた方がいいですよね。
……と、すみません。皆さん制服がボロボロでしたね。
北上と大井は皆さんに浴衣を用意してあげて。天龍と龍田は引き続き見張りお願い。
叢雲は皆さんと一緒に、敵についての情報共有しよう」
「おっけ~」
「承知しました」
「おう。バッチリ見張るぜ!」
「わかったよ~」
「任せなさい」
お茶……? 浴衣……?
「さぁさぁ、皆さん。どうぞ遠慮なさらず入ってください。
私は着替え終わるまで、外で待機してますので」
「「「 はい…… 」」」
人間よくわからないものに出会うと、考えることやめてしまうものである。
それは艦娘についても同様なようだ。
あまりにも理解できず、飲み込めない状況を前に、
言われるがままにするしかない第2艦隊のメンバーなのであった。
キリがつくまでは、さささっと投稿したいですねー。
勢いは大事。