かわいがっている艦載機の『マンタ』を、天龍の機転で撃ち落とされてしまった、ドレスの深海棲艦。
彼女の心境は如何ばかりか。
「とにかくこれで、お前に近づけるチャンスが増えたぜ!
残りのこいつ等も同じように撃ち落してやるよ!」
「……」
「オイ!なに黙って……んん?」
すぅーっ……
艦載機が5機から3機になったところで、まだまだ戦況は圧倒的にドレスの深海棲艦に有利。
しかし彼女は、何を思ったのか、艦載機を回収。艤装の口内に戻した。
「……ドウヤラ私ハ、オ前ノコトヲ、心ノ底デ舐メテイタヨウダ……
慢心ナド、強者ノスルコトデハナイノヨ……!!
私ハナニヨリモ、自分ガ許セナイ……!!」
「……反省するのは結構だがよ、そのボウガンだけで戦おうってのか?
いくらなんでも当たらねぇぜ?」
「自戒ノ意味モコメテ……!オ前ノ土俵デ戦ウワ……!」
そう言うとドレスの深海棲艦は、またもや艤装の口に手を突っ込み、150cmに迫ろうかという幅広の刀を取り出す!
ズルリ……!
「私ノ愛刀……『太刀魚 ※ 』ッ!!」
違った。刀じゃなかった。魚だった。
「もうツッコまねぇからなぁ!!」
※太刀魚(たちうお)……サーベルフィッシュとも。刀身を想起する形状からその名がついた。立ち泳ぎするからという説もある。ムニエルや塩焼きが美味。
「オ前ノ名ハ『天龍』ト言ッタナッ!!英語デ言ウ『どらごん』ッ!!
コノ『太刀魚』ハ、奇シクモオ前ト同ジ『どらごん ※ 』サイズッ!
オ前ヲ切リ刻ムノニハ、ウッテツケナノヨォッ!!」
※ドラゴン(太刀魚)……釣り人業界では、特大サイズの太刀魚をドラゴンと呼ぶ。
「ちょっと何言ってっかわかんねぇけどよ!
接近戦で勝負ってことだな!?こっちの望むところだッ!後悔すんなよっ!?」
「オ前コソッ!!今カラ起コル絶望ニ備エテオクノネッ!!」
「「 ウオオオォォッ!! 」」
ダダッ!!
近接戦を始めるため、一気に間合いを詰めるふたり。
お互いを好敵手と見定め、気迫と闘志に溢れるふたりの表情には、うっすらと笑顔が滲んでいる。
ギィンッ!!
・・・
「ねー大井っち。今日の晩御飯何がいい?」
「そうですね。私はサバの味噌煮が食べたいですね。
北上さんは何を食べたいんですか?」
「アタシはね~、サケの塩焼きがいいかなー。
足柄さんにどっちか頼んでみようか?」
「ムニャ……さけッテさーもんノコト……?」
「あ、起きたの? おはよ~。
そだよ。サーモン。塩焼きにするとうまいんだよね~」
「フゥン。ナンダカ美味シソウジャナイ……私モ食ベテミタイワネェ。
ソノ『さばノ味噌煮』トカイウノモ気ニナルシ……」
「足柄さんの料理の腕はすんごいからね~
食べたかったらさ、連れてってもらえないか、自分で提督に交渉してよ」
「エー……面倒クサイ……」
「アンタ達、もうちょっと応援してやりなさいよ……
あと北上は、なんでそいつと仲良くなってんのよ……」
「天龍ちゃ~ん ファイト~」
ギャラリーは、一部を除き、もう、なんか飽きてきたようだ。
・・・
ギィンッ!!
ガギイッ!!
ガギギギッ!!
刀身での壮絶な打ち合いが続く、ふたりの接近戦。
しかしチカラが拮抗しているわけではない。
あくまで純粋なチカラで言えば、ドレスの深海棲艦の方が圧倒的に上だ。
おそらくまともに打ち合えば、天龍は一瞬で吹き飛ばされてしまうだろう。
ではなぜこのように、拮抗した打ち合いを続けることができているのか?
それは天龍が、相手のチカラをうまく受け流すように立ちまわっているからだ。
斬撃の方向を刀で若干逸らす。
横薙ぎをされれば同じ方向に跳躍し、勢いを殺す。
相手がチカラを発揮できない攻撃の初動に、こちらの攻撃を打ち込む。
この数々の技術は、神通の教育(スパルタ)により、生か死かの瀬戸際で身につけたものだ。
天龍が現在、遥か格上の相手と互角に戦えているのは、その技術があるおかげと言ってよい。
「クソッ……!! 何故オ前は倒レナイノッ!?
ぱわーモッ!すぴーどモッ!りーちモッ!
全テ私ガ上回ッテイルトイウノニィッ!!」
「お前にはテクニックが足んねーんだよ!
そんな分かりやすい動きで俺に勝とうなんざ、甘ぇーんだよっ!!」
「てくにっくダトッ!? ソンナモノ、王者デアル私ニハ不要ッ!!
コノ圧倒的ナすぺっくデ、オ前ヲ這イツクバラセテクレルワッ!!」
「何がスペックだっ!!
テクニックがどんだけ戦闘に重要か、思い知らせてやるぜぇッ!!」
「ヌカセェッ!!艦娘ゴトキガァッ!!」
ギィンッ!!
・・・
「そういえばアンタたちって、いつも何食べてんのよ?
海女さんみたいに海に潜って、カニとかウニとか獲ってくるの?」
「頭悪イ奴ラハ、大体ソンナ感ジヨ……
私ハ面倒クサイカラ、部下ニ魚獲ッテコサセルワ……」
「へ~。そんな感じなんだ。
っていうかさ、魚ったって生魚でしょ?そのまんま食べんの?生臭いっしょ?」
「別ニ気ニナラナイワヨ……
栄養ハ問題ナクトレルシ……食ベ物ニコダワルヨリモ、だらだらスルホウガイイワ……」
「えー、もったないじゃん」
「ですね。せっかく味覚があるなら、料理をすればいいと思います」
「ダッタラあんたタチガ作ッテヨ……
ソノママ食べラレルノニ、ワザワザ加工スルナンテ、面倒臭スギルワ……
今カラ部下呼ンデ、魚獲ッテコサセルカラ、作ッテミナサイ……」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。
流石に海上で料理は無理よ。道具もないし」
「ナンナノヨ……今ノ全部、無駄ナヤリトリッテコト……?
ハァ……面倒クサイワ……」
「鎮守府に来れば、ご馳走してあげるけどね~」
「フゥン……人間ハ鬱陶シイケド、行ッテモイイワ……気ガ向イタラネ……zzz……」
「あ、また寝ましたね」
「天龍ちゃ~ん 素敵よ~」
もうすでに龍田以外戦闘を見ていない。
ギャラリーといっていいのかわからない面々である。
最後のツッコミの砦だった叢雲も陥落し、ついに無秩序状態になってしまった。
随分と平和なものである。
・・・
打ち合いは実に5分間にも及んでいる。
圧倒的なスペックの差にもかかわらず、ドレスの深海棲艦は、天龍に傷ひとつつけられずにいた。
逆に天龍は彼女の動きに慣れ、かすり傷程度ではあるが、徐々にダメージが入るようになってきている。
「クソッ……!クソォ!!
何故ダ!一撃当タレバ終ワルトイウノニッ!!
今マデノ奴ラハ早々ニ潰セタトイウノニッ!!
サッサトクタバルンダヨオオッ!!」
ギィンッ!!
「勝負を焦るのは、負ける奴のすることだぜっ!!
……そこだぁッ!!」
スッ……
「ナニッ!!?」
思い通りに攻撃が決まらず、激昂するドレスの深海棲艦。
怒りは相手への集中が逸れることにつながり、一瞬の隙ができる!!
ズバァッ!
「キャアアッ!!」
天龍の一撃がクリティカルヒット!
小破にも届かないが、これまでで一番のダメージが入る!
「どうだぁっ!」
「グ……ナンテコトッ……!!
欧州デ無敗、今マデニ一度シカ敗北シタコトノナイ、コノ私ガッ!!」
「負けの数が少ないのなんて、何の自慢にもならねぇんだよ!
俺が何百回神通さんに、たたっ斬られたと思ってんだ!」
「ググ……悔シイガ……オ前ノ実力、認メザルヲエナイヨウネ……!!」
激昂していたドレスの深海棲艦から、怒りの感情が消えていく。
その代わりに、静かで、落ち着いた殺意がにじみ出る。
「オ前……イヤ、アナタニハ最大級ノ敬意ヲ持ッテ、全力デ相手サセテイタダキマショウ。
フフ……マサカ、コンナトコロデ、コレヲ使ウコトニナルトハ思ワナカッタワッ……!!」
静かにそう言うと、ドレスの深海棲艦は、愛刀『太刀魚(生魚)』を艤装の口内に収納し、別の武器を引っ張り出した!!
ズルリ……!
……バッシャアアッッ!!
超巨大な鈍器が海面に振り下ろされ、身長を遥かに超える水柱が上がる。
今までの武器とは格が違う大きさであり、そのサイズは驚きの250cm、重量は400kg。
これで攻撃されれば、テクニックどうこうで何とかなる話ではない。
かわし切るには大きすぎ、受け流すには重過ぎる。
「なん……だと……!?」
「私ノ近接戦闘用最終兵器……『そーどふぃっしゅ ※ 』ッ!!!」
当然魚である。
※ソードフィッシュ……カジキのこと。温帯・熱帯域の外洋に単独で生息する。凶暴な性格。名前通り、硬質で鋭利に尖った吻をもつ。
「……ッ!!
流石にちょっとマズいかもな……!!」
「コレヲ引キ出セタコト、誇ラシク思ウノネ……!!
『そーどふぃっしゅ』ガ出タ時点デ、戦闘ハ終ワリヨ。
イイ試合ダッタワ」
「……へっ!もう勝ったつもりかよ!」
「ツモリ……?
戦イハコレデオ終イ。ソレハ事実ヨ。楽シカッタワ。
……ソレッ!!」
ブオゥンッ!!!
「……ッ!!」
バッ!!
ドレスの深海棲艦がカジキを振り下ろす!
それを間一髪かわす天龍!
バッシャアアッッ!!
驚くべきことに、天龍の立っていた場所の海面が『えぐれて』いる。
水が形を変えるより速く、重く、あれほど巨大な物体を振り下ろしたのだ。
まともに喰らえば艤装のバリアなど役に立たず、一発轟沈だろう。
(なんつー威力……!!こりゃあ長期戦は無理だな……!!)
「ヘェ……流石。ヨクカワシタワネ。
デモ、ズットハ無理。ソウデショウ?」
「……どうだかな……!」
(一撃で決めるしかねぇ!
するとやっぱり……アレしかねぇよな!!)
「教官……借りるぜ、アンタの技……!!」
バシュッ!!
天龍は何かを狙って、ドレスの深海棲艦に正面から突撃する!!
「ナンノツモリ……!? ソンナ分カリヤスイ攻撃……
……マァイイワ。今度コソオシマイヨッ!!」
天龍の攻撃に合わせて、カジキを振り下ろそうとした、ドレスの深海棲艦。
しかし……!!
カッ!!
「!!!??」
ドレスの深海棲艦の視界が白く染まる!!
なんだ!?何が起こったッ!?なんだこの痛みはッ!?
この私が、耐えられないほどの痛みッ!!?
分からないッ!!いったい、何がッ!!??
あまりの激痛にカジキを振り下ろす手が止まる!
その瞬間!
「喰らえええっ!!」
ズドォンッ!!
「グ……ア゛ァッ!!」
突撃の勢いを完全に乗せた突きが、人体急所のひとつ、喉に炸裂!
天龍の全身全霊を込めた一撃に、ドレスの深海棲艦のバリアはダメージを受け、中破することとなった!!
・・・
「グ……ガアッ……
一体……何ガ起コッタノ……!? アノ痛ミハ……!?」
「フゥーッ……これだけやって中破とか、やっぱお前、とんでもねぇな……
ル級フラグシップ程度なら、一発轟沈できる威力だぜ……?
まだ眼ぇ見えねえだろ?まだやるか……?
やるなら続けるけどよ……ハァ……ハァ……」
「……イイエ。
コノ私ガ、アナタミタイナ奴ニ中破ニマデサセラレタノヨ……
コノ勝負、私ノ負ケ……ソレデイイワ……悔シイケドネ……」
「そうか……それじゃこれで戦いは終いだ。
いい勝負だったぜ」
「フフ……ソウネ……本当ニ、イイ勝負……
……ソウダ、最後ノアレ、何ダッタノカシラ?
視界ガ白ク染マッテ、次ノ瞬間、激痛ガ走ッタワ……」
「ん?ああ。あれは探照灯でお前の視界を奪ったんだよ。
とびきり光量の多い、96式150cm探照灯でな」
「視界……ソウカ、ソレデ……
シカシ、コノ痛ミハ……」
「視覚神経は脳に直接つながってる中枢神経の一部だから、視覚への急激なダメージは、そのまま痛みに変換されるとかいう話だぜ?
ま、教官から聞いた話だから、詳しくは知らないんだけどよ」
「ソウイウコトナノネ……ソコマデ考エテイタトハ、恐レ入ッタワ……
ソレジャ、私ノカワイイ『まんた』や『だつ』を『魚』呼バワリシテ、激怒サセタノモ、作戦ノ一部ナノネ……
ソンナ誰デモ怒リ狂ウヨウナ発言デ、感情ヲ乱ストハ……私モマダマダダワ……」
「いや、魚云々は本気で思っただけ……」
「イイノヨ……言ワズトモワカルワ。……トモカク、イイ勝負ダッタワ!」
「……ああ、そうだな!」
ガシッ!!
ひと勝負終えて、友情の握手を交わすふたり。
今回の決闘(デュエル)は、ギリギリのところで天龍が勝利。
こぶしで分かり合う系の結末となったのであった。
「天龍ちゃ~ん お疲れ様~」
「zzz……んぁ? あ~……勝負終わった?」
「はい。おはようございます。北上さん」
「ムニャムニャ……赤身ヨリ……白身……」
「あぁ、もう……どうやって報告したらいいのよ、これ……」
例のふたりのシリアス面
・空母棲姫(気分で空母棲鬼だったり空母夏姫だったりする)
実は深海棲艦出現初期に顕現した古豪。
実力も非常に高く、索敵能力はやる気を出せば驚異の半径50㎞(FuMOレーダーが15~20km)。
搭載艦載機はこれまた驚異の150機越え(部隊数は10。10スロットと同義)。
空母棲姫フラグシップみたいな感じ。
欧州ではジブラルタル海峡に陣取り、スペイン、モロッコにある基地を全て壊滅させ、近隣の人類を殲滅した経歴を持つ。
おかげで彼女が地中海と大西洋の蓋となる形となっている。
彼女の索敵範囲に侵入した人類、艦娘は悉く空襲されるため、海峡一帯は陸海ともに完全進入禁止となっている。
本体に近寄る前に、とんでもない数の艦載機で無慈悲な空襲が行われるので、彼女の本体を見た者はほとんどいない。
空襲の様子から、聖書に登場する飛蝗が神格化した悪魔になぞらえ、『アポリオン』と呼ばれ、恐れられていた。
でも本人的にはそんなこと知ったこっちゃない。
ジブラルタル海峡に陣取った理由は、風が吹いてて気分がよく、食料の魚もよく獲れるから(配下のイ級とかに追い込み漁をさせてた)。
索敵範囲に人間の存在を許さないのは、自分の部屋から蚊を追い出す感覚。
空襲が強力なのは、砲雷撃戦(やろうと思えばできる)がめんどくさくて、能力の大半をそちらに割いているから。
・欧州棲姫(テンションが上がると壊になる)
こちらも深海棲艦出現初期に顕現した古豪。
空母棲姫同様実力は海域一。
航空戦艦としても深海棲艦としても破格の性能で、北海周辺の国々を恐怖のどん底に陥れていた。
北海の支配者であり、人間に激しい嫌悪感を持つ。
おかげで北海周辺の港町で現在人間が住んでいるのは、内湾の奥に位置するイギリスのロンドンのみ。
他はすべて彼女の手で壊滅した。
人類もしくは艦娘の存在を確認した際は、基本的には部下の戦艦棲姫や、無理やり引っ張って来た、友だちの空母棲姫(上述の個体)とともに攻撃を行う。
深海棲艦出現初期に、彼女を討伐しようと、人類の技術を駆使した総攻撃が行われたが(戦術核まで使用された)、まったく効果がなかった。
さらに艦娘出現以降、EU各国合同の、精鋭艦娘部隊による討伐作戦が展開された。
しかし、部隊所属艦娘のすべてが中破以上の被害を受けてなお、彼女を小破させることすらできなかった。
このことから無敵を意味する『インビンシブル』という呼び名で恐れられており、彼女の支配海域である北海は、完全に人類立ち入り禁止エリアとなっている。
実のところ彼女の人類嫌いは、『魚類の崇高さを理解しないサルども』とか思っているのが原因。
北海に陣取る理由も、『人類は油田開発とかいうふざけた名目で、魚礁をひとつ破壊したから、これ以上の魚類に対する横暴を許さないため』とかいう、ささいなことだったりする。
港町の存在を許さない理由は、『魚類の大量虐殺を行う漁師の存在は、この世の悪そのものである』とかいう謎の思考回路によるもの。