ザザー……
ここは新艦娘寮(旅館)に備え付けの大浴場(入渠ドック)。
立派な旅館の外見をしているだけあって、浴場も非常に豪勢な造りだ。
床と壁は全面タイル張りで、壁一面にはモザイクアートの一富士二鷹三茄子が描かれている。
ライオンというか狛犬のような石像の口からは、少し熱めのお湯が湧き出ている。
浴槽はヒノキ造りで、入浴剤が入っていないというのに、落ち着く香りが漂っている。
……現在ここでは、演習を終えた大本営第1艦隊のメンバーが、ひとっぷろ浴びているところだ。
演習弾を使用していたので、小破中破が出たと言っても制服艤装のバリアには影響はない。つまり入渠の必要は無い。
そんな状況なのだが、『演習で疲れただろうから、カラダの疲れを癒して欲しい』という鯉住君の計らいで、全員入浴することになった。
鎮守府のいち施設ではあるが、どう捉えても高級旅館の大浴場である。
お風呂大好きな彼女たちからしたら、彼のこの提案は非常に魅力的。
『お心遣いに感謝します』なんてクールな反応をしつつ、内心ガッツポーズでウキウキしていた。
……ただ一人を除いて。
「……あー、もうっ!ホントにあり得ない!」
「少しは落ち着きなさい。五航戦のターキーが食べられない方」
「ハァ!?どういうこと!?
私がいつターキー食べられないって言ったのよ!?
ていうか加賀さんだって悔しいでしょ!?あんなに艦載機墜とされて!!」
「ちっとも。
……そんなことだから、五航戦の白い方から預かった天山村田隊を、全機墜とされてしまうのよ」
「ぐっ……!!
……扶桑さ~ん!!そこの表情筋ガチガチな人がいじめる~!」
「は? 頭にきました」
「け、喧嘩はダメよ、ふたりとも……
提督に怒られてしまいますよ……」
プンスコする瑞鶴に、それを煽る加賀。
そしてそれを仲裁する扶桑。
いつもの光景である。
「なぁ瑞鶴よ。何をそんなにイライラしてんだ?」
「だって木曾さん!私達はこの国を背負った艦隊なのよ!?
そんな簡単に負けちゃいけないの!
……なのに今回の結果……!!
こんなんじゃ、提督さんにも翔鶴姉にも、顔向けできないよ!!」
いきり立つ瑞鶴の様子を見て、木曾は目をつぶる。
作戦行動中は、艦時代同様の精強さと冷静さを見せる彼女だが、戦闘以外の部分ではまだまだ精神的に未熟なところが目立つ。
空母機動部隊の最後の艦として戦い続けた記憶も手伝って、今回の演習結果は到底許せず、感情が爆発しているようだ。
「今回俺たちは勝っただろ?
何がそんなに許せないんだ?」
「木曾さんだってわかってるでしょ!?
艤装も艦種も強力な私達が、制空権も取れず、射程も短い水雷戦隊に、あそこまで肉薄されたのよ!?
結果は確かに私達の勝利だけど、こんな情けない勝利なんて……!!」
タオルを体に巻くのも忘れ、湯船から立ち上がって声を上げる瑞鶴。
圧倒的有利な状況にもかかわらず、思った結果を出せなかったことに、自分が許せないのだろう。
……せっかく少佐が好意で用意してくれた場で、仲間をこのような状態にしておくことは出来ない。
頭にのせたタオルで顔を拭き、ため息をひとつ。
「んっ……ふぅ……
……ハァ。なぁ、瑞鶴、今回俺たちはヘマをうったか?」
「……そ、そんなことはないけど……!!」
「だったらわかるだろ?
俺たちは出来ることをした。相手も出来ることをした。
だから今回の結果は、実力がそのまま出たものだ。
つまり相手と俺たちの実力差はそこまで大きくない。
むしろこちらが少し、負けているまであるかもしれない。受け入れろ」
「でも……!!
出来て半年足らずの、新設鎮守府の艦隊なんだよ……!?」
「じゃあなにか?
元帥の指揮が悪かったから、俺たちは相手を圧倒できなかった。
そう言いたいのか?」
「そんなこと思ってないわ!」
「そうだろ?
だったら癇癪起こさず、冷静になれ。
俺たちはもっと強くなるため、盗むべきものは盗むべきだ。
相手の行動を思い返してみろ。学ぶことなんていくらでもある」
「……!!」
「とにかく今は風呂を楽しめ。
こんな広い浴場、有名な旅館にしかないぞ?」
「うー……! ブクブクブク……」
木曾の話を聞き、ぐうの音も出なくなってしまった瑞鶴は、湯船に口まで浸かってしまった。
頭ではわかっていても、気持ちがついていかないのだろう。
口からブクブク息を吐いて、むくれてしまった。
「ありがとうございます、木曾さん……
私では瑞鶴さんをなだめきれなくって……」
「いいさ。扶桑さんはそういうの向いてないしな」
「そ、そうハッキリ言われると、ちょっぴり傷つきます……うぅ……」
木曾にズバッと言われてしまった扶桑も、体育座りで湯船に口まで浸かってしまった。
彼女も瑞鶴同様、その実力は本物なのだが、元帥とは反対にメンタル弱者なのが玉に瑕だ。
……彼女の強さは、その応用力の高さ。
1部隊限定ではあるが、空母並みの水上機搭載数を誇るうえ、
その数を同時に操り、自由自在に空爆を決める姿は実に頼もしい。
20機を超える爆撃機を自由自在に操るだけでも十分に集中力を要するのだが、彼女はそれだけに留まらない。
それをしながら、正確な弾着観測射撃を決めることもできるし、主砲連撃で畳みかけることもできる。
精密さと突破力を兼ね備え、たったひとりで様々な場面に対応する彼女の姿は、実に勇壮である。
……普段の頼りない様子からは、まったく想像できない。
「あーあー、ふたりしてしょんぼりしちまって……
ゴーヤはどうだ?お前はそういうこと、あまり気にしないだろ?」
「そうでちね。大きな反省点はないから、悔しいとかは無いよ。
……ていうか、相手の龍田……アレはヤバいよ。ありえないでち」
「あぁ……あの龍田か……確かにありえねぇ。
俺の先制雷撃が爆雷で完全に止められたんだぜ?
こんなの初めてだよ。大和さんの主砲奇襲とタイミング合わせたってのによ」
「アレは驚きましたね……
私達の連携は完璧でした。
正直あそこで終わると思っていましたよ」
「大和さんもそう思うよな。
主砲奇襲と先制雷撃の2方面攻撃だけでも、十二分だったはずだ。
……しかし防がれた」
「ええ。
元帥から『手を抜くな』と言われていましたから、全力で臨みました。
過小評価していたつもりはなかったのですが……」
「ゴーヤもそのタイミングで、先制雷撃入れるつもりだったの。
でも、できなかったでち。ずっと動きを警戒されてたから……」
「水中からそれがわかるんだから、スゲェよなぁ」
遠い目をしているゴーヤ。随分消耗している。
この艦隊の中では、大和の次に高い練度とされる彼女。
対潜装備を完備した艦娘に対して、演習中一度も居場所を感じ取らせない程度には、その実力は高い。
そんな彼女がここまで追い込まれるとは……
「海の中から対潜艦の気配を読むのは、練習すればできなくはないよ。
水中からなら相手の動きが見えるし、なに考えてるか分かりやすいから。
それよりも、海上から水中の様子を探る方が、ずっとずっと難しいでち。
……しかもアレ、ソナー使ってなかったよ。
ソナーの音波を感じなかったから……」
「……は?
それでどうやって水中の様子なんてわかるんだよ……?
相手が深海棲艦なら、俺も何となく気配はわかるが……艦娘相手だぞ?」
普通の深海棲艦は人間や艦娘に対して悪意を向けるので、海上から見えない潜水艦でも、気配を感じることが出来る。
あくまでそれは、熟練者にのみできることであって、全員可能ということではないのだが。
当然木曾もその程度のことならできる。
……ただしそれは、相手が艦娘でない場合においての話だ。
今回は悪感情をぶつけてくることがない相手。
しかも、潜水艦としての実力は、恐らく国内イチのゴーヤである。
そんな相手にソナー無しで挑むなど、正気の沙汰ではない。
「気配は完全に消してたから、勘だと思うなぁ……
確かにソナーを使わなければ、潜水艦側から気づかれる危険は減るから、奇襲対潜攻撃は決まりやすくなるでち。
でもそんなの机上の空論。そんな不安定な戦法なんて論外でち」
「勘って……そんなもんで、潜水艦や海底の様子がわかるのか?」
「木曾の先制雷撃が防がれた後、ゴーヤが移動しようと思った先に、次から次へと爆雷が降ってきたでち。
アレは偶然じゃないよ。完全に海中の様子がわかってたとしか……」
「なんだそれ……意味わかんねぇ……」
「おかげでずっと、提督に教わった空の心で機を待つことになったでち……
少しでも逸(はや)って心を乱したら、目の前に爆雷が降ってくるし……
もうあんなヤバいの、相手したくないよぅ……」
「なんつーか、お疲れさまだな……」
「もういっぱいいっぱいでち……
気持ちを休めるためにも、存分にお風呂を楽しんでやるでち」
「しっかり疲れ落とせよ」
・・・
「加賀さんはどうだ?
なにか思うところはあったか?」
「どういうことかしら?
貴女も五航戦のブクブクしている方と同じことを聞くの?」
「そういうことじゃねえよ。
……あの天龍、どうだった?
そこまで対空に詳しくない俺でも、ヤバいやつだってことはわかったが」
「そう。そういうこと。
貴女の想像通りよ。あの練度の対空など、ひとりしか見たことがないわ」
「あー、リンガの摩耶か」
大規模鎮守府のひとつであるリンガ泊地。
そこの船越大将率いる艦隊は、大本営第1艦隊と同等の実力を有する猛者たちだ。
彼女たちが言う摩耶は、そこに所属しているひとりであり、とんでもない対空性能を誇っている。
「ええ。艤装の質を考慮すれば、彼女よりも練度が高いでしょう。
正直言って、驚いているわ」
「そこまでかよ……
鬼ヶ島帰りっつっても、限度があるだろ……」
「彼女もそうだけど、駆逐艦ふたりも大概ね。
対空機銃もなしに、あそこまで艦載機を墜とされるとは思っていませんでした。
天龍が頭みっつほど抜けているとはいえ、全員かなり高い練度と言えるでしょう。
随分と驚かされました」
今の加賀のセリフを聞きつけ、ふてくされていた瑞鶴が会話に割り込んできた。
「……なによ、加賀さんだって悔しいんじゃない」
「悔しいのではないわ。実力を認めているだけ。
貴女とは違うのよ。五航戦の沸点が低い方」
「むぐぐ……!!」
「はいはい。じゃれつくのはその辺にしとけ。
とにかくだ。あちらさんはよくわかんねぇほど練度が高い。
それがわかったんだから、それでいいだろ。視察任務達成ってやつだ」
「むぅ……!!
木曾さんまで私のことバカにして……!!」
「そんなんじゃねえよ。仲間のことバカにするわけねえだろ?」
「うー……ホントでしょうね……
……あ、そういえばさ、雷巡のふたりはどうだったの?
お姉さんなんでしょ?」
「姉さんたちか……
動きのキレで言や、俺の方がだいぶ上だな」
「雷撃性能は?
最後のアレ、偶然としか思えないんだけど……」
「明らかにアレは狙ってやってたし、それまで雷撃を放ってこなかったのは、最後の一撃を読まれないようにするためだ。
ただでさえクセが強い性格だってのに、あそこまで実力があるんじゃ、頭が上がんねえよ」
「つまり雷撃に関しては、木曾さんよりも上ってこと?」
「ああ。俺から見ても化け物級だ。
対空、回避性能も高い水準だったが、雷撃性能は飛びぬけて高いと言っていいだろう。
1㎞離れた場所から甲標的もなしに雷撃とか、そんなこと普通は不可能だ。やろうとも思わねぇ」
1㎞も距離が離れていれば、その間にいくつも海流が流れている。
それをすべて読み切り、人間大の標的に当ててきたのだ。
ゴルフで言えば、グリーンの遥か外からパターでチップインするようなもの。
そんなもの決められる方がおかしい。
……扶桑の機転で旗艦大破は免れたが、余波で大和が小破したところを見ると、まともに喰らっていたら敗北も十分にあり得た。
「……はぁ。私達、頑張ってきたと思ったんだけどなぁ……」
「そう腐るなよ。お前はよくやってるさ。
日ごろの訓練でも一番頑張ってるだろ?
元帥もそれを見てたからこそ、お前を第1艦隊に指名したんだ」
「でもさ、できてたった数か月の艦隊に、ここまでいいようにやられるなんてさ……」
「俺たちの練度とあちらさんの練度は、別の話だろ?
悔しいと思ったらもっと精進しろ。
まぁ、言われるまでもなく、お前はそうするだろうけどな」
「うー……ブクブクブク……」
「ま、細かいこと考えるのはいつでもできるさ。
せっかくの豪華な風呂だ。羽伸ばさせてもらおうぜ」
「そうね。このような浴場は初めてですから。
流石に気分が高揚します」
「大本営のお風呂も、これくらいの規模に出来ないものでしょうか……?」
「それは厳しいと思うでち」
「あはは……そうですね。
滅多にない機会。存分に楽しみましょう」
・・・
一方そのころ
・・・
客間ではひと勝負終えて、元帥と鯉住君が歓談していた。
「ご苦労だったな、少佐。
君の艦隊は想像を遥かに越える実力だった」
「ありがとうございます。
元帥にそう言ってもらえるとは、部下たちも喜びます」
「当然世辞ではないぞ。
こちらは一切手加減せず、演習に臨んだのだ。
同程度の艤装で、なおかつ、そちらのメンバーに大型艦である転化体がいれば、こちらの負けだったかもしれない」
「そんなことありません。
もしそういった布陣を敷いていれば、元帥も戦法を変えてきたでしょう?
そもそも、もしもの話をしても仕方ないですし」
「そうだな。
……とにかく、こちらの趣向に付き合ってもらって助かった」
「いえ、こちらこそ。おかげで良い経験が積めました。
私の指揮にも改善点が見つかりましたし」
「ふむ。それは重畳」
当たり障りのない話をしつつ、リラックスするふたり。
普段女性に囲まれているため、男性同士で話ができる機会は少ない。
相手はとんでもなく立場が上の元帥とはいえ、親戚のおじさん感覚で接することができる人柄である。
普段より気を張らなくて済み、ホッと一息な鯉住君。
そんな緩めの空気の中、元帥がある話を切り出す。
「……時に少佐。
君は艦娘を伴侶に選ぶつもりはないと言っていたな」
「えっ。
……そ、そうですが、なにか問題でも……?」
「問題はない。
ない、が、もし気が変わったら、連絡してほしい。
少し提案したい件があってな」
「ええとですね……先程も申し上げたように、あまりそういったことは考えていないんです。
ご厚意は嬉しいのですが……」
「そう言うとは思っていた。が、聞くだけ聞いてくれ。
実は少佐にしか任せられない案件があってな。
それを任せるには、『少佐』では階級が足らんのだ。
だから私の孫か大和君、もしくは鼎君の推薦でもある、一ノ瀬中佐辺りと婚姻を結んでくれれば、万事丸く収まると思ってな」
「……んん?」
「ああ、もちろん少佐の意見を無視しようとは思わん。安心したまえ。
あくまで君が納得してもらう前提での話だ。
様子を見る限り、大和君も一ノ瀬中佐も、君のことを好意的に見ているようだし、どう転ぶかは少佐次第だろう」
「……んんん???」
「手前味噌ではあるが、孫はなかなかの器量良しでな。
落ち着いた性格であり、少佐と相性もいいことだろう。
まあ、元帥という立場からすると、大和君の支えになってもらいたいという気持ちもあるが」
「ちょ……ちょっと元帥……???」
「ん?どうした?」
「ええと、その……それって……政略結婚的な……?」
「事が運べば、結果としてそうなるな。
とはいえ、少佐は自身の幸せを第一に考えてくれればよいし、こちらもそれを念頭に置いて話をしている。
先ほど話に出した相手は、誰にしても少佐と相性が良いはずだ。
浅井長政とお市の方のような、おしどり夫婦となれるであろう。安心してほしい」
「……ええと……」
例えが全然安心できないんですがそれは……
え、なに?
俺、元帥に反旗を翻して、頭を盃にされるの?
ふつーに嫌なんだけど……
というか……俺に対して政略結婚とか、メリット薄すぎない?
もっと適役がいっぱいいるはずなのに、なんで俺なの?
全然わかんないんだけど……
えっと……何から考えたら……?
何がどうなって、こんなことに……??
というかいったい、何が起こってるの……???
鯉住君が混乱して、おめめグルグルになっていると、そこに乱入者が。
ガララッ!!
「話は聞かせてもらったわっ!!」
「うおおっ!?……あ、足柄さんっ!?」
「お茶を淹れてきたんだけど、ナイスタイミングね!
ハイ!元帥!提督!お茶をどうぞ!粗茶ですが!」
「うむ。すまない」
「は、はい……」
ずずずっ
差し出されたお茶をすする元帥。
「……ふぅ。うまいな」
「お褒めに預かり光栄です!
それはそうと鯉住君!!アナタ、聡美ちゃんと結婚するの!?」
「え、ええと……」
「それは良いわね……みなぎってきたわ……!
ねえ!もちろん聡美ちゃんと結婚するのよね!?」
「お、落ち着いて……」
「重巡足柄よ!式場選びなら私に任せて! 一緒に勝利を掴み取りましょう!」
「ホントに落ち着いて!?
俺そんなこと言ってないから!!」
なんか演習前にも、こんな感じのやり取りしてた気がする……
天ぷら特盛レベルの天丼に胸やけを起こしながらも、なんとか足柄を落ち着かせる鯉住君なのであった。
瑞鶴のサービスシーン、ご堪能いただけましたでしょうか?
(すっぽんぽんで仁王立ち)
元帥のお孫さんは、大学2年生の20歳です。
見た目と雰囲気としては、岸波がそれくらいの年齢になったような感じです。