現アークロイヤル(元欧州棲姫)や、現天城(元空母棲姫)のように、知性ある深海棲艦とは会話することができます。
ただし言葉が通じるというだけで常識が全然違う(人間は生かしておくことは出来ないと思ってる)ため、普通だったら一方的に攻撃されておしまいです。
だから彼女たちが転化するというのは、超激レア現象なのです。
本能以上の願望を持っている個体に対してのみ、常識以外の通じる部分で通じるしかないです。
この関係性は、ウルトラマンティガのガゾートのお話とよく似ています。
分かる人にしか分からなくて申し訳ないですが。
足柄さんに注文したカツ丼は、食堂に到着して5分と経たずに出てきた。
豪華な昼食に舌鼓を打ちながら、楽しく世間話をする一行。
木曾も加えての話であるので、大本営の話題で盛り上がることもできた。
ちなみに北上と大井に関しては、研修から帰ってきてからまともに世間話をできたのは、実はこれが初めてである。
「大本営第1艦隊ともなると、色々大変なのねぇ……」
「そうだな。叢雲の言う通りだ。
俺たちの仕事は戦闘だけじゃねぇ。数多くいる半人前たちを指導してやらなきゃならないんだ」
「大本営は所属艦娘の数が、全鎮守府で一番多いんでしたっけ?」
「ああ。大体120人くらいだな。
とはいえ、前線でやってくのも、後方で支援するのもおぼつかねえ、まだまだ未熟なひよっこばかりだけどな。
それに8割は駆逐艦だから、学校みたいな感じでもある」
「なに?キッソーって先生やってんの?
このちんちくりんがね~」
「や、やめてくれ、北上姉さん……
マントを引っ張らないでくれ」
昨日が初顔合わせだというのに、すでに長年の付き合いがある姉妹のような距離感である。
北上は積極的に絡みたがるし、大井は他に対してよりも彼女に辛辣である。
ふたりなりに距離感を縮めている証拠だろう。
「流石は北上さん!
木曾に任せておいたら、いつまで経っても新兵が育たないですよね!」
「大井姉さんも勘弁してくれよ……
昨日色々気に障ること言ったのは悪かったって……」
「……」
「真顔でこっち見ないでくれ!怖すぎるだろ!」
昨日なんかあったらしい。
なんかあったのが、自分が元帥と話している時か、会食の時かはわからないが。
「まあまあ……
私は木曾さん、教師に向いてると思いますよ。
ワイルドな見た目してますが、面倒見良さそうですし」
「すまない少佐……助かったぜ……」
「別にキッソーにおべっか使わなくてもいいんだよ?」
「ホントに思ってるんだって。
木曾さんもそうだし、なんなら北上と大井も向いてるんじゃないか?」
「アタシが~?むりむり。
駆逐艦の世話とかめんどくせ~。
わいのわいの言いながらまとわりつかれるんでしょ?
考えただけでうざい」
「天衣無縫な北上さんに子守させようだなんて、提督はどういう神経してるんですか?」
「そうかなぁ……
なんだかんだサマになると思うんだけどなぁ……
北上はともかく、大井なんて適任だと思うけど」
「は? なに北上さんに、ともかくとか言ってるんですか?
それに私が小さい子の世話なんて向いてるはずないでしょうに。
節穴もいいところです」
「キミ辛辣過ぎない?
……ま、キミたちが教導艦みたいなことすることはないだろうし、もしも、って話だからね」
「提督はもっと見る目を養ってください。色々と」
「善処します……」
研修から帰ってきて、一段と態度が厳しくなった気がする……
多分それは気のせいじゃないだろう。
「悪いな、かばってもらったのに、飛び火しちまって……」
「いえ、いつものことですから……」
「ええ……?いつもこれって……
それはそれで心配なんだが……」
「そっとしておいてください……」
・・・
球磨型3姉妹と賑やかにしていると、右腕にもたれかかりつつ器用にカツ丼を食べている秋津洲が、話に参加してきた。
「ねー、木曾さん。
北上と大井と同じところで研修受けたって聞いたよ?
どんな感じだったの?私知りたいかも」
「あ、それ私も気になるわ。
この間の宴会でサラッと聞いたけど、詳しく聞いてみたいわね」
叢雲も一緒になって話に入ってきた。
やはり研修組のひとりとして、自分が経験した以外の研修についても知りたいのだろう。
「え……ええと……
そ、そんな面白い話じゃないから、聞いてもつまらないぞ……?」
「あ、なーにー?
キッソーってば、トラウマ抱えちゃってる?」
「トラウマっつうか、なんつうか……マジで拷問だったからな、アレ……
むしろよく姉さんたちは平気だよな……」
「まー私達はねー。ふたりだったからさー」
「俺も加賀さんと一緒だったけど、そんなに余裕なかったぞ……」
「これだから木曾は……
私達を壊そうというのではなかったのだから、そんなに怯えることなどないでしょうに……」
「いや、あれ、壊そうとしてたろ……
1日10分でも仮眠できれば御の字って、拷問以外の何物でもないだろ……」
「気絶すれば、暫く休めたじゃん?」
「それは世間では休むって言わねぇよ……」
北上と大井からは、その地獄の内容を聞いていたが、改めて聞くとヤバい。
木曾さんがトラウマを抱えてしまうのもしょうがない気がする。
「なんといいますか、お疲れさまでした……
ちなみに木曾さんは、誰の元で研修を受けていたんですか?」
「それは主導教官のことか……?」
「ええ」
少しの溜めの後、木曾は重い口を開く。
「……霧島教官……」
「「「 ああ…… 」」」
同時に同じことを察する、内情を知る3人。
横須賀第3鎮守府の霧島といえば、第2席の強者。
しかもその性格は竹を割ったような物であり、やるかやらないか、達成するか倒れるか、生か死か、といった具合である。
本人の頭脳は決して第2席の肩書に恥じないものなのだが、最大効率を考えて行動した結果、すべての作戦が脳筋めいたものになることで有名だ。
彼女の名言をいくつか例に出すと……
「敵陣のど真ん中を突っ切って、ボス艦隊を撃破しましょう」
「沈むまで撃ち込むつもりで訓練するように。砲撃は質より量です」
「至近距離(5m以内)でのやりとりなら、攻撃力増加により弾薬を無駄に消費せずに済みます。だからマーシャルアーツを鍛えましょう」
「敵影が最も濃いところに突撃しましょう。
防衛と撃滅が同時にできる、効率的な作戦かと」
なんてものがある。
「それはそれは……」
「ご愁傷さまってやつ?」
「日頃の行いです」
「……あの人、加減ってモンを知らねぇんだよ……」
そんな霧島に師事したふたりが、どのような研修期間を過ごしたのか。
それは目の前で遠い目をしている木曾を見れば、察しても余りあるだろう。
「むー!わかる人だけで話さないでほしいかも!
私にもわかるように話して!」
「私も秋津洲の意見に賛成よ。
そこの霧島ってそんなにヤバい人なの?」
「あー……
ヤバいっていうか、木曾さんが言ってるように、加減しない人なんだよ。
俺も研修受けてた時、霧島さんの担当日には覚悟決めてたくらい」
「覚悟って……」
「その日は気を失って倒れる覚悟」
「やっぱりそれ、拷問かも」
このあと、眼から光を失った木曾による、研修話で盛り上がることになった。
内容は概ね自分が受けたものと変わらなかったが、そこに艦娘補正として、演習と不眠不休が加わった模様。
あそこの面々、特に実力者集団である上位陣は『艦娘は超人みたいなものだから、寝ないでも平気だよね?』という発想をしているようだ。フフ、怖い。
ちなみに3人が受けた研修は『飛車角コース』。
上から2番目の難易度だ。
一番上の『王将コース』は、今までひとりしか達成したことがない。
転化体である、第一席の鳥海さんである。
木曾さんの話によると、『王将コース』の内容は常軌を逸していた。
最初の一か月は将棋に慣れるために『飛車角コース』と同じメニューらしいが、残りの1か月が鬼畜極まりない。
なんとその驚愕のプランは、1か月、30日、720時間、休憩なし無限対局とのこと。
一局一局変わる対局相手に対し、トイレ休憩のみで1か月間過ごし切る。
食事は対局しながら。睡眠は当然不可。
……ちょっと理解できなかったので、2回くらい聞き直してしまったが、同じ答えが返ってくるところを鑑みるに、事実であるらしい。
なんでこんな生命の限界に挑戦みたいな発想が出てくるのだろうか?
そしてなんでその無茶ぶりを達成できてしまったのか?
やっぱりあそこも、佐世保第4鎮守府と同じで魔境だと言わざるを得ない。
・・・
そんな話をしている間に、全員昼食を食べ終わり、お開きとなった。
自分と叢雲は今日しなければいけない仕事はないし、球磨型3姉妹は自由行動。
本日の予定は特にないため、随分ゆっくりと世間話に花を咲かせてしまった。
秋津洲も特に急いでいる様子は無かったし、そこまで忙しくはないのだろう。
「……いつまでもここに居ては、片付けができませんね。
私達はそろそろ失礼します」
「そだね、大井っち。
それじゃみんな、まったね~」
「バイバイかも!
片付けはやっておくからね!」
「サンキュー、アッキー!」
「それじゃ私もそろそろ執務室に戻るわ。
アンタはどうするの?」
「そうだな……」
これからの予定を特に決めていたわけではない。
どうしようか決めかねていると……
「すまねぇ、姉さんたち。先に行っててくれ。
少し少佐と話したいことがあるんだ」
何か用があるらしく、木曾さんから声がかかった。
「木曾……なにかおかしなこと考えてないでしょうね……?」
「だ、大丈夫だって」
「だってさ。大井っち。
もしキッソーがなんか変なこと言ったとしても、別に提督だし、どうにかなるっしょ。
てなわけで、行きましょうかね~」
「あ!待ってください!北上さぁん!」
仲良く食堂を後にするふたり。
「私も失礼するわ。
アンタ、くれぐれも木曾さんに失礼のないようにね」
「大丈夫だって」
叢雲もワンテンポ遅れて退室する。
「それじゃ私は、足柄さんと片付けしてくるかも!
提督と木曾さんは食堂、まだ使っててもいいからね!」
「ありがとね。気を遣ってもらって」
厨房の方へ引っ込む秋津洲。
……ついに賑やかだったテーブルに座るのは、自分と木曾さんだけとなった。
わざわざ人払いしての話だなんて……
いったい何があるんだろうか……?
「すまねえな。
執務もあるってのに付き合ってもらっちまって」
「いえ、そっちは大丈夫です。急な仕事は終わってますので。
それで……私にどういった話があるんでしょうか?」
「ああ。昨日の話、元帥から聞いたんだ。
それで俺もその件については興味があるから、本人と話したいと思ってな」
昨日の話とは縁談……ではなく、ハワイ遠征についてだろう。
人払いをしたのは、当然その件が最重要機密なため。
厨房の秋津洲については、足柄さんが気を利かせて対応してくれるはずだし、問題ない。
あの人はこういう時にも頼りになる。
「その件については、寝耳に水だったので、まだ頭の中でまとまっていないんですよ。
知らされている情報も少ないし、実感がわかないと言いますか」
「それは仕方ねえだろ。いきなりもいきなりだったんだ。
それで……少佐としては乗り気なのか?
あんな重要な話なんだから、答えづらいかもしれねえが」
「そうですね……
元帥があそこまで推す案件なんです。
こちらの将来にも関わることですし、私としても断る理由がありません」
「……へえ。とんでもない話だからもっと動揺すると思ってたが……
なかなか肝が据わってるじゃねえか。
見直したぜ。やっぱり男はそうじゃなきゃな。姉さんたちが選んだだけはあるぜ」
「恐縮です」
結構木曾さんは驚いている様子で、声のトーンが高くなっている。
確かに昨日の話を聞くに、ハワイ遠征は日本海軍どころか人類のこれからを決める一大作戦だ。
非常に敵影の濃いエリアに飛び込むことになるとも聞いている。
普段は割と消極的にしているし、それを自覚してもいるのだが、そんな態度の自分が乗り気だったのが意外だったのだろう。
ヘタレることが多い俺だって、何が大切かは分かっているつもりだ。
人としてスゴイ元帥が、あそこまで本気で決行しようとしている作戦が、悪い方向へ転がるはずがない。
みんなが納得して生きられる世界のために頑張るのは当然だ。
「その時がいつになるかは俺にもよくわからねえがよ。
もしその時が来たら、俺も協力させてもらうぜ」
「ありがとうございます。
木曾さんが協力してくれるなんて、本当に頼もしいですよ。
大丈夫だとは思いますが、部下の説得などもしないといけませんからね。
同じ艦娘で実力者の木曾さんを頼れるとなると、ずいぶん気が楽になります」
「まぁ、そうだな。説得の必要はあるだろうから、協力はするぜ。
……とはいえ、北上姉さんはともかく、大井姉さんの説得は……
その、なんだ……正直自信が無いというか……」
「大丈夫ですよ。
大井は少し……いや、結構怖いところがありますが、大切なところは見極められる子です。
木曾さんが相性的に敵わないのはなんとなくわかりますし、私が話をしますから」
「マジか……すげえ自信だ……
流石に旦那様は違うな」
「ちょ……からかわないで下さいよ……」
大井の説得と聞いて、自身なさげにしていた木曾さんだったが、こっちがなんとかすると聞いて心底驚いた様子だった。
木曾さんは大井に頭が上がらない様子だったし、そこは提督であり上司である自分が、責任もって話をつけるべきだろう。
「ま、その時を楽しみにしてるさ。
少佐ならうまく事を収められるだろ」
「気を遣っていただいて、ありがとうございます」
・・・
こちらの意気込みを聞いて満足げな木曾さん。
話題が一段落した雰囲気を感じ、どちらともなく食後のお茶をすする。
……しかし木曾さんの緊張が解けた様子はない。
まだなにかあるのだろうか……
「それで少佐、俺が本当に聞きたかったことは、その話じゃねえんだ」
「……と、言いますと?」
「ここから先は大本営第1艦隊の一員である、雷巡『木曾』の言葉だと思ってほしい。
俺の個人的な考えというよりは、俺の立場からくる言葉だ」
「……わかりました」
やはり本題は別にあったようだ。
先ほどよりも真剣な態度。
わざわざこんな前置きをするなんて、いったいどんな話なんだろうか……
「その、な。
部下の異動を考えてみる気はないか?」
「部下の……異動……」
木曾さんの口から出てきたのは、それこそ寝耳に水な案件だった。
「ああ。具体的には北上と大井の異動。
現在日本海軍全体を見ると、重雷装巡洋艦の数は圧倒的に足りていないんだ。
北上、大井、木曾の艦数はそこそこいても、実戦で深海棲艦を圧倒できるほどの練度……改二練度まで至っている艦は、両手で収まるほどしかいない。
練度を高めようとしても、木曾はともかく、北上と大井はクセが強すぎて信用関係が築ける提督がほぼおらず、思うように育成が進まない。
……そういう実情があり、即戦力の改二雷巡の配備を望む前線基地は多い」
「……」
「俺クラスの雷巡ともなればなおさらだ。
どんな作戦でも、どれだけ激しい前線でも戦える艦娘。
こんな後方基地で眠らせておくには惜しすぎる戦力だ」
「……成程」
「だから俺は北上と大井の異動を提案する。
もちろん異動後のふたりの待遇については、俺と元帥の名にかけて保証するし、この鎮守府にも相応の見返りを用意させてもらう。
少しズルい言い方になるが、日本海軍の未来を考えるのなら、それがベストだ。
……どうする?」
「……そうですね……」
元帥からはそういった話は無かったが、確かにこの鎮守府は、後方支援というには過剰な戦力を抱えている。
正直言って今回の演習メンバーだけでも、大規模作戦の最前線で通用する実力だろうし、それに加えて足柄さんも転化体のふたりもいる。
木曾さんの提案は尤も。
3種しか確認されていない雷巡の、高練度艦娘。
配属を待ち望んでいる鎮守府が多いのも当然だ。
……しかし……
「……ウチの部下に対しての高い評価、ありがとうございます」
「では」
「しかしこの話、申し訳ありませんが、お断りさせてください」
「……その理由は?」
「大井については、精神的に非常に不安定なところがあります。
確かに実力は素晴らしい。
ですが彼女は、過酷な最前線で実力を発揮していくのは厳しいと思います。
実力にムラができる者に、常在戦場となる場所を任せることは出来ないでしょう」
「……」
「北上についても、大井と似たようなものです。
そもそも彼女が顕現してから、まだ半年と経っていない。
実力の高さに対して精神はまだまだ未熟なのです。
ふたりとも表向きは従順に命令に従うはずですが、いつガタが来るかはわかりませんし、それが危険なタイミングで来るとも限らない。
……とてもではありませんが、不安定過ぎて戦場には送り出せません」
遥かに身分が上の木曾さんの提案を断るのは怖いけど……
ここは引くことは出来ない。
「少佐、表情が硬いぜ。……嘘が下手だな」
「……そんなことは無いです。私は本心を口にしただけです」
「……フフ。そうか」
一貫して真剣な表情をしていた木曾さんだったが、フッと微笑み、緊張を解いてくれたようだ。
場の空気が弛緩していくのがわかる。
「すまなかったな、意地悪いこと言っちまって。
今の話はナシだ。忘れてくれ」
「……そうですか」
「あくまで今のは俺のイチ意見だからな。
姉さんたちと一緒に戦ってみたかったのもあるが、少佐が面倒見ると言うのなら、そうするのが正解なんだろう」
「正直言って、あのふたりをうまく活躍させられるか不安もありますけどね……」
「オイオイ……そこでヘタレてくれるなよ……」
「すいません……」
呆れられてしまったようだ。
ハァとため息を吐かれてしまった。ちょっと凹む。
「俺の話はここで終わりだ。
つきあってもらって悪かったな。義兄さん」
「いえ、こちらこそご期待に応えられず申し訳……
……ニーサン!?」
なんか聞きなれない言葉が聞こえてきた。
思わず聞き返してしまう。
「姉さんたちとケッコンしてるし、これからも責任もって面倒見てくれるんだろ?
だったら義兄さんで問題ないじゃねえか」
「にい……義兄さんって……!
俺は一人っ子です!兄弟姉妹なんて居ません!
そういう相手なんて、親戚の妹分ふたりしか居ませんから!」
「つれないこと言ってくれるなよ。
少佐が義兄さんだったら、俺も納得なんだから。
姉さんばかりだし、全員マイペースだから、普通に話せる男の兄弟が前から欲しかったんだよ」
「そういう問題ですか!?
というか、結婚とは言ってもそういうことじゃなくて、あくまで指輪はチームメンバーの証みたいなもので……!!」
「はいはい。もうそれでいいから。
連絡先交換するぞ」
「何ニヤニヤしてんですかぁ!!」
結局このあと木曾さんに押し切られ、連絡先交換することになった。
ハワイ遠征のアシストをしてくれると言ってくれたし、それ自体には文句はない。
……しかし、義兄さんとはどういうことなのか……
そんなこと言いだしたら、恐ろしい数の義理の姉さんと妹が誕生してしまう……
(そうやって、ふらぐをらんりつさせるんですね)
(ねずみざんしきですね)
(よめがふえるよ!やったね!)
おい、やめろ!
奥さんって鼠算式に増えていいもんじゃないから!
そもそもなんでお前らの中では、まだ見ぬ姉妹艦まで嫁認定されてんの!?
ありえないから!
・・・
そんなこんなでげっそりすることもあったが、無事にその日は何事もなく過ごすことができた。
大本営第1艦隊の皆さんも、ウチのメンバーと交流したり、畑とか水族館(まだ生体は未納入)とかの施設を見物したり、羽を伸ばしてくれたようだ。
……というわけで、義理の妹ができてしまう事件から一晩明け、定期連絡船が出発する日の朝となった。
先日ラバウル第1基地第2艦隊のメンバーを送り出した時と同様、中型タクシーを呼んで見送りをする態勢となっている。
「では少佐、この数日、世話になったな。
実に有意義な視察となった」
「そう言ってもらえて光栄です。
むしろこちらこそ、色々とやらかしたことに対してお許しをいただきありがとうございました」
「うむ。それではまた何かあれば、直接連絡する。
その方がラバウル第1基地の手を煩わせることがないだろう。
そちらにもそのように通達しておく」
「い、いいんでしょうか……?」
「普通はありえん、が、少佐に関してはそれが最善だろう」
「は、はい」
「では出発の前に……最後にちょっとした通達をする」
「え……?つ、通達……?」
「少佐はこの瞬間より中佐だ。書面は後程送る。
あと指令として、これより1年以内に少将まで昇進するように」
「……はへぇ?」
「ありえんと思うが、もし、万が一、昇進が間に合わねば、例の話も真剣に考えてもらうことになるだろう。よろしく頼む」
「え、ちょ……」
「それでは世話になった。
また顔を合わせる機会を楽しみにしているぞ」
軽く会釈する大本営一行。
「あ、えと……こ、こちらこそ、楽しみにしております……」
ツッコミを入れられない空気に流され、会釈を返す鯉住君。
……そしてその流れのまま、大本営一行は、タクシーに乗り込んで帰って行ってしまった……
「……」
(やったね!もくひょうができたよ!)
(えらくなれるよ!)
(げんすいにみとめられるほど、そのうつわはでかかった!)
おい……ヤメロぉ……
嬉しそうに踊ってるんじゃないよ……
俺それどころじゃないんだよ……?
今から中佐……?
1年以内に……少将……?
1階級特進に加えて、2階級特進……??
あれかい……?
華々しく戦場で散って、英雄になれって事かい……?
元帥が去り際に残した爆弾に、状況がまったく飲み込めない鯉住君なのであった。
おまけ・大本営の皆さんの帰路にて
「そういえば提督、少佐との去り際に言っていた『例の件』とは、なんだったのですか?」
「あ、大和さんも気になってたのね。
私も気になる!ねぇ提督さん!どんな話があったの!?」
「ああ、そのことか。
少佐……今はもう中佐か。彼の縁談についてだ」
「「 !!?? 」」
「て、提督っ!!
その話は少佐……中佐から断られていたじゃないですか!!」
「ああ、大和君には話していなかったな。
あの後またもう一度話をしたのだ。ハワイ遠征に参加してほしいと思ったので、彼の昇進のためにも必要と思ってな」
「そんなの……政略結婚じゃないですか!!
ダメです!もうケッコンしてるじゃないですか!!」
「そのあたりまで含めたうえで、詳しい話をしたのだ」
「俺は元帥から聞いてたぜ?」
「え、えぇっ!?
木曾さんは知ってたの!?そんな面白……重要な話!!」
「瑞鶴……ひとの縁談に『面白い』はひどいと思うんだが……
……ともかく、昨日確認したら、本人は乗り気だったぜ?」
「ほう。そうなのか」
「そ、そんなバカな!
あの時はあれだけ拒否してたのに!」
「実際どういう話してたかは、元帥から聞いただけだからわかんねえけどよ。
昨日食堂で確認したら、前向きに受け入れてる様子だったな。部下の説得まで視野に入れてたからな。
義兄さんはヘタレてるが、強い芯を持った奴だ。
全体の未来も考えて、受け入れる気になったんだろうよ。大した奴だぜ」
「し、信じられないわ……」
「……ん?
木曾さん今、義兄さんって……」
「中佐は姉さんたちの夫なんだから、俺からしたら義兄さんだろ?」
「そういうもんなの……?」
「ま、俺も適当な奴ならそんな呼び方しねえよ。
中佐なら姉さんたちを、艦としても女性としても幸せにしてくれると思ってな」
「ふむ。木曾君がそこまで言うとは。
何かあったのか?」
「フフッ。なんでもねえよ。たいしたことじゃねえ」
「ふむ。そうか」
こうして鯉住君本人の思うところと、周囲の認識は徐々にズレていくのであった。
これから彼らには、どのような出来事が待っているのだろうか?
彼は何をやらかしてくれるのだろうか?
それはまだ誰にもわからないのだった。
悲報 木曾と鯉住君、すれ違っていた模様
ちなみに元帥が少将まで昇進するよう指示したのは、諸々考えると政略結婚無しでも十分可能だと判断したからです。
現在の日本海軍は、できてまだ10年の組織なので、皆さんが思うよりもはるかに昇進が簡単というのもあります。
それではキリがいいので、これにて第3章終了ということにします。
次回からは鯉住君昇進編ですかね。
それ以外にも色々あるとは思いますが。
のんびりお付き合いいただければ嬉しいです。