またもや忙しく鯉住君がやられていく展開にしようかとも思いましたが、ちょっとくらい休んでもらってもいいか、と思ったので、日常回多めの章にする予定。
普段彼らがどんな生活してるか、その辺がわかるような話を入れていくつもりです。
なんだかんだ言っても予定は未定なので、方針程度のものですけどね。
第84話
研修組が帰ってきてからは、怒涛の一週間と言ってもよい濃密な日々だった。
旅館建設、重婚事件、欧州組の転化、ストレス発散による鎮守府土地改革……
そしてそのグランドフィナーレである、嵐のような元帥の視察。
そんな一連のイベントラッシュが終わり、さらに一週間ほどたった頃……
正式に昇進手続きの書類が届いた。
あまりにサラッとした伝え方だったうえ、しばらく音沙汰がなかったので、元帥の冗談かと少し疑っていたのだが、そういうことではなかったらしい。
ちゃんと書類には『中佐昇進手続き書類』と書かれていた。
なんか実感がわかなかったし、昇進したからと言って何かが変わるわけでもない。
そのため部下に対してその件の告知をしていなかったのだが、そのせいで叢雲にこっぴどく叱られてしまった。
悪かったとは思うけど、『偉い人が言ってたから』とかいう小学生のような根拠で、このような重要な話をする度胸は無かったのだ。
「間違いでした」なんて軽い感じで訂正が効くことではない。
正式に書類が来るまで秘密にしていても、それは許してほしいところ。
そう叢雲に伝えたら、さらに怒られてしまった。
本人曰く、「秘書艦の私に相談するくらいしなさい!」とのこと。
「アンタそういうところよ!」とも。
その時にお見舞いされたタイキックはとても痛かった。
・・・
ちなみにその中佐昇進届にくっついていた別の書類がある。
その表紙には「大佐昇進手順」と書かれていた。
……昇進に手順とかあるんだろうか?
いや、書類手続きとかはあるんだろうけど、そういうことじゃないよなぁ……
そんな感じで心の中でツッコミを入れながら、その書類を開くと、様々な功績の立て方……
昇進につながる功績の立て方が、ずらりと書かれていた。
それによると、そもそも佐官内での昇進は、そこまで大きな壁があるものでもないようだ。
順当に功績を積めば、どんな出自だろうと、普通は大佐までならいけるものらしい。
それじゃあ例の先輩3人は、なんで少佐と中佐なのかということになるが……
それはあの人たちが普通じゃなさ過ぎて、警戒されまくっているからである。
提督養成学校組から見れば外様だし、そういうものなんだろう。
本人たちが昇進にまるで興味なしなのも、大きな要因である。
あの人たちに比べれば、まだ自分は全然警戒されていないということで、大佐まで昇進すること自体はすごく簡単らしい。そう書かれていた。
いや、本当は全然簡単じゃないらしいけど、ウチの戦力なら全く問題ないとのこと。
具体的に何をすればよいかというと……
『割り当て海域の特務エリア含む全開放及び、大規模作戦における一定以上の活躍』
……これのどこがすごく簡単なのだろうか?
常識をポイした面々とばかり付き合って、常識が若干おかしくなっているとはいえ、さすがの自分でもこれが簡単じゃないことくらいはわかる。
……しかしその一方で、ウチのメンバーならこれくらい、結構簡単に達成できるということもわかっている。
なにせ研修組……地獄帰りの天龍龍田姉妹に、将棋の国でしごかれた北上大井姉妹、ハイレベル何でも屋として大成した秘書艦ズが居るのだ。
さらに言うと、そもそも実力者である足柄さん、元北海の覇者であるアークロイヤル、元ジブラルタル海峡の主である天城まで居る。
戦闘力については5-5だろうが、6-5だろうが、まるで問題ない。
むしろこのメンツの仲を取り持つ方が、高難易度ミッションだったりする。
それにバックアップ部隊も、自分で言うのもなんだが充実している。
性格に難ありだが実力ある明石を筆頭に、弟子の夕張と秋津洲も優秀だ。
いざとなれば北上も頼れるし、もちろん自分も頑張る。
このような布陣のため、ぶっちゃけ戦闘に関しては何の不安もない。
追記として「貴鎮守府の出撃海域制限を解放する」ともあったので、まだ1-3までしか海域開放できていないにもかかわらず、いきなりレベル5海域とかレベル6海域に出向くことも可能だ。
悪天候で出撃中止などのケースも避けられるため、想像以上にスムーズにいくと思う。
「大規模作戦での活躍」についても、対策が記載されていた。
対策というよりは決定事項に近いのだが、
『欧州救援作戦に何らかの形で一枚噛むように』とのこと。
一介の少佐……じゃなかった。今は中佐だ。
ともかく、中佐程度で国際的作戦に噛んじゃってもいいのだろうか、という疑問はある。
しかしそこはさすがの元帥。
大本営内で行われる会議で、ウチの参加を承認させてくれたようだ。
どうやら大本営内では欧州救援に積極的でない意見が多いらしく、自分の鎮守府の戦力を割きたくないという流れがあるらしい。
そのおかげか、自分の参戦は思うよりもすんなりと認められたとのこと。
中佐程度の戦力が所属鎮守府から席を外したところで、なんのデメリットもない。
しかもそれが元帥に発言責任があるともなれば、役に立たなくても周りに非はないし、うまく活躍すれば欧州からの褒賞を労せずゲット。
棚ぼたが狙えるということだろう。
はなから期待されていないというのは、こちらとしてはストレスフリーでありがたいところ。
都合良いコマ扱いにムカッとしないわけではないが、そもそもただの中佐がそのような作戦に噛むことなど普通はない。
まあ、妥当なところだろうと納得する。
つまりこれからの動きは、
担当海域を片っ端から解放すること。
そして、きたる欧州救援に備えて、準備をしておくこと。
この2点……だけではない。
そもそもラバウル基地エリア含めて、西太平洋で深海棲艦の不穏な動きがある。
つまりは日本海軍統治エリアでの大規模作戦の兆しだ。
欧州救援に出向いている際に、拠点の目と鼻の先で大規模侵攻が起こる可能性もあるのだ。
その可能性は結構濃厚なので、それに備える必要もある。
ちなみにさらにその先の、大佐から少将への昇進については、またその時に説明するとのこと。
確かに捕らぬ狸の皮算用をしていてもしょうがない。今は目の前の課題をやっつけることだけ考える。
・・・
……なんというかよく考えると、非常に無理なことを言われていることに気づいた。
20名もいない小中規模鎮守府が、2方面の大規模作戦に備えるとかいう、わけわかんない状況となっているのだ。
普通の提督なら、よく考えなくても相当おかしい話だと気づくだろう。
よく考えなきゃおかしいと分からなくなっているあたり、常識の欠如がはなはだしい。
このままいくと戻ってこれない気がするので、気を付けることにする。
欧州救援アシストだけでもアレなのに、もうひとつの大規模作戦でもバックアップ頑張って、という話。
流石にこの状況はどうかと思ったので、連絡先を知ってる各方面に相談してみたところ、こんな反応が返ってきた。
鼎大将「鯉住君ならなんとかなるじゃろ」
一ノ瀬さん「鯉住君なら大丈夫よ。そんな気がするわ」
加二倉さん「貴様なら問題あるまい」
三鷹さん「ハハハ!龍太君のことだから、なんとかしちゃうんでしょ?僕よりよっぽど凄いんだからさ!」
白蓮大将「俺なら無理だが、鯉住ならいけるだろ?根拠はねぇけど」
高雄さん「元帥閣下と大和さんが通した案件なら、私に言えることはありません。なんというか、その……頑張ってください……」
伊郷元帥「中佐とその部下たちなら問題ないはずだ。期待しているぞ」
大和さん「大丈夫ですよ!龍太さんたちは私達に実質勝ったようなものなんですから!自信を持ってください!」
木曾さん「まあ義兄さんの言う通りだと思うぜ。だけど何とかしてくれるんだろ?期待してるぜ。一緒に頑張ろうな」
……前々から思ってたけど……自分の扱いって、なんでこんなに雑なの?
とりあえずアイツならやってくれるでしょ!大丈夫大丈夫!みんなして見物しようぜ!
そんな反応しか返ってこないでやんの。そういうのどうかと思います。
私だってプレッシャーとか感じるんですよ?ご存知でない?
というか既に全員、こちらの受けた昇進指令について把握してるようだった。
電話したら「ああ、あの件でしょ?」みたいな反応してたもの。間違いないねこれは。
なんで当事者より先に情報が知れ渡ってるんですかねぇ?なんなの?みんな俺で遊んでるの?
そんなこんなで「はい」か「YES」かの選択肢しか与えられていないことが分かったので、開き直っていくことにした。
無茶ぶりも極まると、好きにしてくれと言いたくなるというものだ。
圧し掛かり過ぎて逆にプレッシャーも吹っ飛んだので、ここまで色々ぶん投げられたのはラッキーだったともいえる。
そう。プラス思考が大事なのだ。特にヤバい人たちと関わる時にはそれが欠かせない。経験則である。
・・・
愚痴っていてもどうしようもないので、まずは海域開放に集中することにした。
そもそも欧州救援の準備と言っても、いつそれが始まるかわからない以上、備蓄くらいしかすることがない。
西太平洋大規模侵攻も同様だ。
相手の考えが掴めない以上、こちらもいつ起こるのかわからない。
そういうことなので、ここ最近はちまちまと海域開放を進めている。
目標は『無理せず一日一海域』。一日一善みたいな感じだ。
今現在は以前から解放していた1-3までに加え、第一海域エリアの残りをすべて解放。
それに加えて、第2エリアの3まで、第3エリアの2まで、第4は飛ばして、第5エリアの1を解放した状態。
非常にいいペースだと言えるだろう。
部下のやる気も高く、とても頼りになる。ありがたいことだ。
無理なくメンバーのローテーションも出来ているので、出撃組は隔日出撃というホワイト体制。
遠征を含めても、少なくとも週2でお休みがある。
裏方も常にふたりで回すようにしているため、こちらも隔日で休みが来る体制。
羅針盤に従えば命の危険もないし、普通の企業よりもよっぽどホワイトである。
みんな無理せずやりたいことをする、これがウチの基本姿勢だ。
この体制なら、それを守れていると言ってもいいのではないだろうか?
どんなもんだい、ってなものだ。
そんなこんなで、出された課題とは裏腹に、のんびりした日々を送っている。
心が致命傷を受け続ける日々から解放され、ようやく色々と趣味に精を出せる環境ができた。
秘書艦のふたりも「仕事をしてくれれば何も言わない」と、理解を示してくれているのが嬉しいところ。
なんか嫁に遊ぶ許可もらった旦那みたいだな……なんて一瞬思ったが、ちょっと精神衛生上よろしくなかったので、深くは考えないことにした。
みんな薬指に指輪してるって?ハハハ。気にしたら負けですよ?
・・・
……というわけで今日も今日とて事務仕事を終え、遠征の出迎えがてら波止場で釣りをしている。
他の釣り人がいないため、魚がスレていないのが嬉しい。たくさん釣れて楽しい。
今もクーラーボックスの3分の1が埋まるほど、カラフルな魚が入っている。
あとで足柄さんに頼んで煮込んでもらおう。
餌(昨日のおかずの残り)をつけ終わって、海に投げ込んだところ、後ろから声をかけられた。
「あら~ お仕事は終わったの~?」
「誰かと思ったら龍田か。
今日は非番だったはずだけど……ああ、天龍の出迎えか」
「そういうこと~」
今日は天龍には遠征に出てもらっている。
というか朝イチで3-3攻略に出向いてもらったあと、返す刀で遠征に出て行ったのだ。
本人たっての希望だったので、こちらもそれを承認。
どうやら遠征で戦闘にならないか期待しているらしい。
商船護衛任務なので、会敵しないに越したことはないのだが、人間が乗り込んでいる以上そうもいかない。
天龍は研修を経て、以前からのバトルジャンキーっぷりに拍車がかかった気がしないでもない。
まかり間違って神通さんのような破壊神になってしまわないか、ちょっと提督心配です。
……そんなことを考えていると、龍田がお姉さん座りで、隣に腰かけてきた。
顔にかかる髪を右手で払っている。相変わらずとんでもない美人だ。
あまり顔や胸を見ないようにしよう。やましいこと考えてるのがバレたら、色々斬り落とされかねない。
「……そういえば、龍田は一緒じゃなくてよかったのか?
いつも天龍と一緒に居たがるだろう?」
「出撃で一緒だったから、天龍ちゃん成分は補充できてるわ~。
だから今は、こうやって提督成分を補充してるところ~」
「提督成分って何なの……
まあ、それはともかく、適度に姉離れできればそれに越したことないか」
「天龍ちゃんと離れる必要なんてあるのかしら~?」
「もしかしたらってこともあるだろ?」
「あら~?
その『もしかしたら』を起こしちゃうつもりかしらぁ?」
「い、いや、そうならないように気を付けてるよ」
フフ、怖い。
やっぱり龍田に天龍の話するときは、ある程度気を張ってないといけないみたい。
とはいえ、天龍にべったりで何をするのも一緒、というのも不健康な気がする。
ここはひとつ、気になったことを聞いてみるとしよう。
「そういえば龍田は、なんか趣味とかあるのか?
やりたいことがあるなら、ある程度は融通利かせるけど」
「ん~ ……特にないわぁ」
「なんにも?
ほら、龍田みたいに落ち着いた大人の女性なら、化粧とかファッションとか、興味ありそうなものじゃない?」
「うふふ~。
それはぁ、私の化粧やファッションが、いまひとつってことなのかなぁ?
提督も案外辛口意見を言うのね~?」
「ご、ゴメン……そういうつもりじゃないから……!笑顔が怖い!」
「提督はぁ、デリカシーって言葉を辞書に加えといた方がいいわぁ」
「そんなに今の、デリカシーなかったか……?」
「そうね~。控えめに言って最低かしら~」
「控えめでそれなの?マジ?」
「マジよぉ。悔い改めて?」
「そっかぁ……」
自覚できないものを、どう直せばいいのだろうか……
こちらが悩んでいると、龍田はクスクス笑っていた。
幸いにもそこまで気にしているわけではないようだ。相変わらず掴めない人である。
「ま、まぁ、それはそれとして……
何かやりたいことがあるなら、できる限り援助するから」
「そうねぇ……
今は思いつかないから、思いついたら言うわぁ。
……あ、それじゃひとつお願いがあるんだけど……」
「お、なにかな?」
「艦娘用のファッションカタログが、娯楽室に置いてあるじゃない?」
「ああ。海軍支給の通販カタログな」
艦娘用の通販カタログは、基本物品として大本営より支給されることになっている。
理由は単純で、艦娘の士気高揚につながるからだ。
艦娘は基本的に、人間の女子と似た趣味嗜好をしている。
そのためオシャレ好きな艦娘も多くいる……というか、むしろそっちが多数派なのだ。
しかし彼女たちは皆軍属であるため、鎮守府から外に出る機会は極端に少ない。
つまり運営に必要な備品以外の、嗜好品の買い物をするタイミングが全くと言ってよいほどないのだ。
そこで大本営は少しでも艦娘のストレスを解消するために、艦娘用通販システムを立ち上げた。
これにより艦娘の満足度は一気に向上。
好きな服やアクセサリを買うことができるようになり、今やその通販利用率は、全鎮守府の90%にもなっている。
ちなみに現在スマホで見られるサイトの立ち上げが進んでいて、近い将来ネットショッピングが可能になるらしい。
実はこれは大和の案が採用されたものだったりする。
「あのカタログなんだけど、新しいものを取り寄せてくれないかしらぁ?」
「最新版ってこと?確か今あるやつがそうだったと思うけど……」
「違うわぁ。
ファッションカタログなんだけど、駆逐・軽巡用しか置いてないじゃない?」
「……あ。
そうか、そういえば大型艦用のカタログはなかったか。
そこまで考えがいかなかったなぁ……」
艦娘用ファッションカタログは、小型艦用、大型艦用の2種類があり、娯楽室に置いてあるのは小型艦用のみだ。
今まではメンツ的にそれで良かったのだが、アークロイヤルと天城が加わったので、それでは足りなくなったということだろう。
「あのふたりのために気を利かせてくれたのか。
ありがとう、龍田」
「それもあるけど、それだけじゃないわぁ」
「……ん? どういうこと?」
「私と天龍ちゃんはぁ、小型艦向けの服じゃ入らないのよ~?」
「あっ……(察し」
ウフフとニヤニヤしながら笑う龍田。
そうか、そういうことですか……
BWHのBが軽巡級じゃないですもんね……
「その、なんだ……気づいてやれなくてすまなかったな……」
「提督は気を抜くとすぐに胸を見てくるからぁ。
とっくに気づいてると思ったんだけどな~?」
「なんか、その……すいませんでした……
……そんなに俺の視線わかりやすい?」
「むしろあれで隠してるつもりだったのかしらぁ?」
「そんなにですか……善処します……」
「私は奥さんなんだから、もっと堂々と見てくれてもいいのよ~?」
「勘弁してください……」
天龍をからかうのが大好きな龍田だが、最近は俺のこともからかうようになってきた。
結構疲れるが、距離感を以前より縮めてくれている証だろう。
それはそれで嬉しいことだ。
ビビビッ!
「……おっ!」
「あら~?かかったのかな~?」
「そうだな。……よっと!」
釣り竿にアタリがあったと感じたら、その感覚通り魚がかかっていた。
特にファイトすることもなく、さらっと竿を上げる。
釣れたのは南国特有のカラフルな魚だ。
そのまま刺身で食べる気にはならないが、煮物にすればそこそこうまい。
「今日の晩は魚料理だな。
アークロイヤルにも知らせておかないと」
「足柄さんに美味しいごはん、作ってもらいましょ~」
……最近はこんな感じでのんびりとした日々を送れている。
元々こういうペースで運営したかったので、半年来の目標が叶ったといったところ。
色々と忙しくなるまで、暫くはこの平穏な生活を送らせてもらおう。
そのくらい許されてもいいはずだよな。
元々ラバウル第10基地には小型艦しかいなかったので、カタログは小型艦用しか用意されていなかったみたいですね。
それまで天龍龍田姉妹は、持参した私服をローテすることで凌いでいたようです。
え?古鷹はどうなのかって?
特に問題なかったみたいですよ。
鯉住君と買い物デート(両者無自覚)したおかげで、服はたくさん持ってるから大丈夫だったんじゃないですかね?
下着とかは買ってなかったみたいですけど、なぜか何とかなってたみたいです。なぜか。