艦これ がんばれ鯉住くん   作:tamino

9 / 185
この世界では深海棲艦の生息分布に大きな偏りがあります。
かつて血が多く流れた海では生息密度が濃く、人間の干渉が少なかった海ではその逆、と言った感じです。
もちろんこの分布密度は、彼女たちの個体の戦闘力にも大きく関係します。
これが原因で、艦娘を多数抱える国でも、身近な海の危険度が高いことが多いんですよね。一国だけが他の国から抜きんでることは難しいようです。


第9話

「ふう……ただいま、っと」

 

誰も待っている者はいないが、いつもの癖で挨拶をする。

今日もまた一日が終わった。寮に帰ってきて、まずは一息つく。

四畳一間にキッチンと、よくある一人暮らしの下宿先。

大して帰りたくなるような立派な部屋ではないけども、やはり自分の空間というのは落ち着く。

 

パチッ

 

電気をつけると、部屋の隅々まで光で照らされる。

部屋の半分を占拠する本棚に、その向かいの壁沿いには、2段2列に並んだ4つの水槽。水槽の中には1匹づつ魚が泳いでいる。

 

「昨日はエサあげられなくて悪かったね。今日はごちそうあげるからたっぷり食べるんだぞ」

 

ラックからちょっと特別なエサを選び、ペットのフグにあげる。

エビを乾燥させたクリルというものだ。いつものエサよりも上等品。

 

パクパク

 

「よしよし。みんなよく食べてるな」

 

1人暮らしを続けていると、なんだかんだで寂しさは募る。

ペットはそれを和らげてくれる大事な存在だ。

 

(あいかわらずさびしいかんがえ)

 

(かのじょをつくるべき)

 

(いいひといるじゃないですか)

 

いや、1人じゃなかったわ。悪い意味で。

 

最近こいつらは、職場を離れても俺についてくるようになった。

仕事の時には頼りになるが、私生活にまで干渉されるのは、ちょっといただけない。

俺は1人の時間が必要な人間なんだけどなあ……なんでこんなに気に入られてしまったんだか。

 

「はいはい。俺は今日も色々と疲れてんの。おとなしくしてるように。

お前らだって一日働いて疲れただろ?」

 

(まったくぜんぜん)

 

(むしろげんきいっぱい)

 

「なんでやねん。今日は結構メンテ大変だったじゃないか」

 

午前中はいつも通りに終わったのだが、午後からの仕事はなかなか骨が折れるものだった。

初春型の皆さんの艤装メンテをしたのだが、遠征中に深海棲艦と出くわしてしまったらしく、艤装は大きく傷ついていた。

 

艤装が運ばれてきたときは肝が冷えたものだ。

今までならそんな状態の艤装を見ても、「大変だったんだな」くらいにしか思わなかったが、今日はそうではなかった。

つい昨日楽しく遊んだだけに、どうも余計な心配までしてしまった。

艤装と同じように、本人も大ケガをしてしまったんじゃないか、なんて不吉なことを考えてしまったのだ。

シフトの都合上、初春型の皆さんに顔を合わせられなかったのも、不安を煽られた一因である。正直ものすごく心配で、気が気じゃなかった。

 

艦娘と仲良くなるのも大変だなあ、と感じたし、

毎日責任もって指揮を執る提督ってのは、よっぽどすごい神経なんだろうなあ、とも思った。

 

「……なあ、お前ら。自分の大事にしてる人が戦場に行くって言ったら、どう思う?」

 

(うーん)

 

(よくわかんない)

 

(せんたくにいくですか?)

 

「戦場って戦う場所の事な。お前が言ってるのは物を洗う方の洗浄」

 

(おんなのたたかい)

 

(あかしまーとのたいむせーるですか?)

 

「……いや、いい。何でもない。忘れてくれ」

 

どうも1人になると、考えても仕方ないことまで考えてしまう。

俺は技術屋で、心を込めて艤装メンテをするのが仕事。

適材適所というやつだ。自分の裁量を越えて何かしようとしても、それはうまくいかない。

 

(こいずみさんのてきしょはていとく)

 

(わたしたちのてきしょはちんじゅふ)

 

(さいきょうのあいぼう)

 

「……そうかい。頼りにしてるよ」

 

妖精さんをいなして、風呂と晩飯の準備をする。

さっさと済ませることは済ませて、ゆっくりしよう。

 

 

……食事&風呂を堪能中

 

 

「……まだ時間はあるな」

 

今日は朝勤だったが、明日は通常出勤だ。もうちょっとのんびりする時間はある。

では何をするかと言えば、当然読書だ。

こういうまとまった時間でなければ、本の世界に没頭することは難しい。

 

「……やっぱり気になるよなあ。この本」

 

本を読みながらくつろぐにはベッドの上だ。

今日の午前中に朝風さん経由で大将からもらった本を手に取り、ベッドにあおむけになる。

非常に癪だが、この本はとても面白い。

 

「……さてと、じっくり読まさせていただきますか」

 

読書中

 

「……へぇ」

 

この本には大量の情報が詰まっている。まるで宝箱。

世の中に出回っている艦娘に関する情報量なんて、この本の中身に比べたら、あってないようなものだ。

 

まず驚いたのが、艦娘の種類によって顕現数が全然違うこと。

多数顕現している艦もいれば、たった1隻しか顕現が確認されていない艦もいるらしい。

例えば駆逐艦『吹雪』は25隻の顕現が確認されているのに対し、戦艦『大和』は大本営所属の1隻しか確認されていないようだ。

 

そして明らかに艦種による違いが見られるとのこと。

比較的顕現数が多いのは駆逐艦。1隻の顕現数は大体20~30隻ほど。

最も顕現数が少ない艦種は戦艦。こちらの1隻の顕現数は、多くとも5隻ほどらしい。

 

「全く……世の中の何人がこれを知ってるんだか……」

 

半ば呆れながらページをめくる。

軍事機密がどうのというのは、もう気にしないことにした。

鎮守府のトップ自らこんなものを渡してくるんだから、こちらがあれこれ考えるだけ無駄だ。

俺知らないもんね。

 

「……」

 

まだまだ面白い情報はてんこ盛りだ。

 

今から10年前、艦娘が現れた当初は、艦娘の数を増やす方法は主に『建造』だった。

妖精さんの謎技術をふんだんに使った建造炉。ここから艦娘は生まれていたとのこと。

しかし近年では、この建造炉を動かしても、ほとんどの場合、艤装しか生まれなくなってしまったようなのだ。

大将の注釈だと、すべての艦が存在上限に達してしまったため、これ以上の数の増加が見込めなくなったからでは、と書いてあった。

上限ってなんだよ、そんなん決まってるのか、と思ったが、元から艦娘は不思議な存在だ。そんな感想を持つのも今更な話だった。

 

そして艦娘を増やす方法は、今の『建造』のほかに、あと2つあるようだ。

そのうちの一つが『ドロップ』。10年前、一番最初に出現した艦娘は、このドロップに当たる。出撃などで深海棲艦支配海域を攻略すると、たまに戦闘後、艦娘が浮かんでいることがあるようだ。これも不思議な話だが、やっぱりそれも今更な話だ。

 

そして最後の一つは……書いていない。

 

『建造』と『ドロップ』の説明のあとに、

[艦娘を手に入れるにはもう一つ方法があるぞ!それはキミの目で確かめてくれ!]

と書いてあった。

その煽り文、俺見たことあるよ。子供のころにゲームの攻略本で。

 

 

……このままだといつまでも読んでしまうな。

いつの間にかいい時間だ。そろそろ寝ないと明日の仕事に支障が出る。

 

「……そろそろ終わりにしようか」

 

パタン

 

本を閉じ、仰向けに寝転がっていた胸の上を見ると、妖精さん達がぐっすりと寝ていた。

 

「こいつらも黙ってればかわいいのになあ……」

 

よだれを垂らしながら幸せそうに寝ている姿を見ると、ちょっとくらいのわがままなら許してもいいかな、という気分になる。

 

……ん?よだれ?

 

「……あーあ。ばっちぃ…」

 

パジャマが幾分湿ってしまったが、まあ少しくらいいいか。

手のひらサイズの彼女たちを座布団の上に移し、布団をかぶる。

 

「それではおやすみ、っと」

 

電気を消し、今日1日にさよならを告げる……

 

 

・・・

 

 

翌日……

 

少し早めに寝たことで、寝覚めのいい朝を迎えることができた。

朝の準備をささっと済ませ、いつも通りチャリで出勤。

タイムカードも押して、業務に入った。

 

今現在は、午前の仕事が終わったところだ。

 

今日の仕事は少し特別なやつだったりする。

午前中はいつも通り神風型の皆さんの艤装メンテだったが、午後には他の艦種の皆さんの艤装メンテの手伝いだ。今日は初春型の皆さんのお仕事がないため、空いた時間に他の仕事の手伝い、というわけ。シフトの関係でこういう仕事が入ることは、ままある。

 

「さて、昼飯に行きますかね。何か食べたいのあるか?」

 

(さばをたべたい)

 

(ころっけがいいです)

 

(なっとう)

 

「納豆てお前……べたべたにならない自信あるのか?」

 

(ばかにしてはいけない)

 

「そこまで言うならいいけど、気をつけろよな」

 

今日は3人とも違うおかずか。まあいつもの事だが。

毎日昼飯をおごってると、結構出費がかさむ。

なんか特別手当とか出してもらえないかなぁ……

 

例によって食券を手に入れると、聞きなれた声が耳に入る。

 

「やあやあ、ゴキゲンかね?鯉住君」

 

「その声は……大将ですか」

 

振り返るとそこには大将が座っていた。

2,3日前にも同じようなシチュエーションがあった気がする。

今回は秘書官はいないようだ。1人で座っている。

 

「えー、とりあえず、昼飯もらってきます。

ちょっと待っててくださいね」

 

「ああ。別に急かさないから、ゆっくりとってきたまえ」

 

「はい」

 

食券を昼食と交換し、大将の目の前に座る。

ちなみに俺の今日の昼食は、エビフライ定食だ。

 

「よいしょっと。お待たせしました」

 

「うむうむ」

 

「それで、今日もまた勧誘ですか?」

 

「いや、今日はそれとは別件で呼んだんじゃよ。まあ、勧誘もするが」

 

するんかい。

 

「あー、ていうと、昨日いただいた本の事ですか?

あれすごい面白いです。ありがとうございます」

 

「あ、もう読んでもらえたのか。さすが読書家。行動が早いのう」

 

「もちろん全部は読めてないですよ」

 

「そりゃそうじゃろう。

あの一冊には新米提督教育課程の内容全部詰まってるから」

 

「ファッ!?」

 

「おや?どうした?」

 

「なんとなく察してましたけど、やっぱりそういうものじゃないですか!

提督やらないって言ってるでしょ!?」

 

「えー?知識をつけるのは大事じゃよ?」

 

「いやまあそうなんですけど!言いたいのはそういうことじゃなくて!

そんな重要なものをホイホイ技術屋なんかに渡さないで下さい!」

 

「えー?いいじゃない、別に。キミ情報漏洩とかしないでしょ?」

 

「しないですけどぉ!」

 

初春さんのガバガバ情報保持認識は仕方なかったことが判明しました。

目の前のクソ提督からしてこの有様だもの!

この親にしてこの子ありってか!?この鎮守府大丈夫!?

 

……あ、初春さんで思い出した。

 

「あー、そういえば大将。昨日初春さん達って大丈夫だったんですか?

艤装は大分傷ついてましたけど……」

 

「ん?ああ。大丈夫じゃよ。艦娘のダメージは、艤装の一部でもある制服にいく。

砲弾が直撃しても、彼女たちのカラダには傷一つ付かんよ。

あまりにも大きいダメージを負ってしまえば、その限りではないが……」

 

「……怖いこと言いますね。

……まあともかく、怪我が無いようで何よりです」

 

「ふむ。やはり婚約者の安否は気になるだろうな」

 

……???

 

「……???」

 

何言ってんだこいつ

 

「本人たちから聞いたぞ?これから苦楽を共にする誓約を姉妹の前で交わしたと」

 

何言ってんだあいつ

 

「いやー、部下からそんな報告受けたの初めてだったから、わし驚いちゃったよ」

 

俺も驚いてます

 

「もちろんわし応援するよ?

初春君がいなくなってしまうのは痛いけど、それでキミの提督ライフが充実するなら、喜んで送り出すよ」

 

ええと……

 

「……どうしたのかね?またもや押し黙って」

 

「……なんて言ったらよいのか……」

 

(((ごせいこんおめでとう)))

 

ビークワイエット。

キミたちは黙っておかず食べてなさい。

ていうか器用だな。納豆ケースの縁に立って、うまく箸でかき回してるよ。

 

「大将……初春さんがなんて言ったかは詳しくわかりませんが、

そのような事実はないということだけ、強くお伝えしておきますね……」

 

「そんなに恥ずかしがらんでもよいのに。

駆逐艦とケッコンする提督も一定数おるんじゃよ?

まあキミに幼女趣味があったというのは知らなかったが……」

 

俺に幼女趣味があるとか、俺も初めて聞きました。

 

「大将……大将……

お願いです……俺の話を聞いてください……」

 

「朝風君も興奮しながらそのことを伝えてきたし、

少なくとも駆逐艦の間ではお祝いムードじゃよ?」

 

あんのデコアゲハ……

 

「大将……俺はね、初春型の皆さんと楽しく遊んだだけなんです。

それは親戚の子供と遊ぶようなものだったんです……

決してお話していただいたような事実はなかったんですよ……」

 

「大丈夫?キミなんか目がうつろだよ?」

 

「鯉住は……大丈夫じゃないです……」

 

「う、うむ。まあ食べながら話そうか。ほら、箸をとり給え」

 

「はい……」

 

光の宿っていないであろう目をしながら、エビフライ定食を食べる。

正直味も素っ気も感じないが、養分補給はしないと……

 

「それでな、鯉住君。今日キミに会いに来たのは別の用件なんじゃよ」

 

「え……これ以上いじめられるんですか……?」

 

「いじめてないからね?わし」

 

「俺の心はもうギリギリなんですよ……?」

 

「まあまあ、そんな簡単に人間ダメにならんから安心せい」

 

「あ、やっぱり……追い込まれるような内容なんですね……?」

 

「そんな大したことないから大丈夫大丈夫」

 

「大将の大丈夫は大丈夫じゃないんですよ……」

 

「なんかワシ信用されてないのかのう?」

 

「俺に対するご自身の言動を思い返していただきたい」

 

はぁ……こんな不毛な会話を繰り返してるわけにもいかない。

大将の申し出を聞くのは、嫌というか、やだというか、逃げられるなら逃げたいのだけども、すでに聞かなきゃいけない段階まで話は進んでいるんだろう。

腹をくくらないとな……

 

「ハア……それで、大将。いったい何の案件なんですか?」

 

「お、聞く気になったのかね?」

 

「聞きたくはないですがね……」

 

「まま、気を楽にしなさい。

今回キミのためにね。わしの教え子3人を呼び寄せたんじゃよ」

 

「お、教え子……?」

 

「そう。皆現役の提督じゃよ」

 

「え……と。俺のためってことでしたけど……

具体的には何をしにいらっしゃるんですか?その大将の教え子の皆さんは」

 

「いやなに、キミ、何回呼び掛けても提督になろうとしないじゃろ?」

 

「ええ、まあ、向いていないと思うので」

 

「それって結局、提督が普段何してるか知らないせいだ、って、わし思ったのよ」

 

「……まあ、そういう側面もあるにはありますけど……」

 

「だから今回はキミの疑問を解決するために、3人を呼び寄せたんじゃよ。

キミには好きなだけ気になったことを質問してもらって、それに現役の提督が答える、という形になる。

幸い3人ともタイプが全然違う提督だし、わしも当然質問に答えるし、ここで完全に提督に対する不安をなくしてもらって、安心して提督になってもらおうという算段じゃ」

 

「……」

 

……予想はしてたけど、やっぱりアカンやつですわ。

要はあれでしょ?1対4の質疑応答ってことでしょ?しかも相手は全員現役提督。

なんで一介の技術屋ひとりに対して、多忙極める提督が4人も揃わなくちゃならないのだろうか?

これは胃薬の用意が必須なのではないでしょうか……

 

「……ハァ……もうその3人には声をかけてあるんでしょう?

一体その面会はいつの話なんですか……?」

 

「明日」

 

「……ん?」

 

「明日の朝から」

 

……え?急すぎない?

 

「え、あと、その……明日の業務は……?」

 

「明石君が引き受けてくれるって」

 

「あのピンク……そういう時だけ本気出しやがって……」

 

「というわけで、明日は朝の0900……9時から提督室に集合ってことで」

 

「アッハイ」

 

「それじゃよろしくのう。遅刻せんように」

 

「アッハイ」

 

……行ってしまった。

 

「胃薬……買っておかないとなぁ……」

 

・・・

 

そのあとの午後の業務は、いっぱいいっぱいだった。

 

魂の抜けた表情で手伝いに行った時には、先輩にマジで心配されたし、明石には「ロリコン鯉住」だの、「苦労人鯉住」だの、好き勝手あだ名を増やされた。散々だった。

明日になる前に胃薬が必要な事態となるとは……

 

というか明石の奴、俺の話を聞いてゲラゲラ笑っていやがった。絶許。

アイツだけは艦娘の中でも唯一俺が尊敬していない対象だ。同僚だというのもあるが、女子高生のようなノリでこっちに絡んでくるのがうざい。

もっと人の気持ちを考えるように。少なくとも、あれほど弱ってる人間に対して、ゲラゲラ笑うような真似をするのはやめるように。

 

それと俺の憔悴っぷりは相当なものだったらしい。

なんとあの唯我独尊な振る舞いばかりする妖精さんたちが、こちらのことを心配してきたほどだった。これには俺もビックリ。

 

そんなこんなで発狂寸前までSAN値をすり減らしつつ、明日の圧迫面接に向けて心を整える鯉住くんだった。




心優しい鯉住くんにつけ込む大将の魔の手!逃げ場を失った鯉住くんの明日はどっちだ!?

次回「無事に戻ったら一緒に間宮羊羹を食べよう」!

お楽しみに!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。