艦これ がんばれ鯉住くん   作:tamino

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年末投稿ラッシュ第3弾。


こうやって連続投稿してると、年初めのドラマ一挙放送を思い出しますね。


みなさま、今年はお話を読んでいただいてありがとうございました。
来年も引き続きよろしくお願いします。


年明けにはたくさんお餅食べると思いますので、皆さんの健康のために、口から糖分を排出できるお話を目指してみました。




第94話

カリカリ……

 

 

執務室にはペンが走る音だけが聞こえる。

窓からはオレンジの陽が差し込み、長い影が伸びている。

もうそろそろ夜のとばりが下りてくる時間帯だ。執務ももう終わる。

 

 

「……よし。これで終わりだな」

 

「はい。ご苦労様。

それじゃ今日はここまでね」

 

 

本日の秘書艦は叢雲である。

実は秘書艦交代制度を取っているとはいえ、古鷹よりも叢雲と一緒に執務することの方が多いのだ。

最初のうちは日替わり制度をとっていたが、最近はそうでもない。

 

それというのも、シフトは秘書艦達で相談して作っているのだが……

 

「アイツは事務仕事がてんでダメだから、古鷹にそんなに世話させるわけにはいかないわ。気乗りしないけど私が見てあげないと」

 

なんて言いながら、叢雲が苦笑いする古鷹を説得した模様。

 

提督である鯉住君はふたりの仕事割り当てには口を挟まないでいるので、こんな微笑ましいやり取りがあったことは知らないが。

 

 

「さ、思ったよりも遅くなっちゃったし、さっさと片づけちゃうわよ」

 

「そうだな。明日は朝早いし」

 

「アンタがもう少し仕事できるようになってくれれば、もっと早く終われるんだけどね」

 

「はは……頼りにしてるよ。キミには世話をかけるね」

 

「まったく、仕方ないわねぇ」

 

 

セリフに反して嬉しそうにしている叢雲と、平常運転の鯉住君。

 

最初のうちは彼女の性格に振り回されていた鯉住君だが、半年間ほぼ毎日一緒に居るだけあって、いい加減慣れてしまったようだ。

 

最近は彼女のセリフは真に受けず、表情や雰囲気で判断できるようになってきた。ツーカーの仲と言ってもいいかもしれない。

そもそもの話、彼女の電探ユニットを見れば感情など一目瞭然なのだが。

 

 

ぽつりぽつりと他愛のない会話をしながら片づけをしていたのだが、ここで提督の口から少し珍しい言葉が出てきた。

 

 

「……なぁ叢雲、1週間後のこの日って空いてるかい?」

 

「……どうしたのよ、藪から棒に。

アンタがそんなこと気にするなんて珍しいわね。

なに?私にして欲しい事でもあるわけ?」

 

「して欲しいことがあるわけじゃないんけどさ。

俺の非番と被ってないかなぁって」

 

「? ますますわからないわ。

アンタの非番と私の非番がかぶってたら、なんだってのよ?

まさか一緒にどこかに行きたいっていうの?

街とか普段行かないとこに」

 

「うん、そう」

 

「いや、そんなことありえないわよね。

そんな用事なんてなかったし、アンタが自分の用事で部下を誘うなんて、一度も無かっ……え?」

 

「いや、だから。一緒に街まで行かないか?」

 

「ちょ、ちょっと待って!

買い物してこないと足りないものなんてあった!?

なんで街まで一緒に!?」

 

「何か必要なものがあるとか、そういうわけじゃないんだよ。

絶対必要な用事ってわけでもないし、仕事じゃなくてプライベートなことだし。

ただ、俺ひとりで出かけちゃ意味がないから」

 

「そ、それって……!!」

 

 

ひとりで出かけちゃ意味がない……つまり、私と一緒じゃないと意味がない!?

ってことは……もしかして……!?

この唐変木なおかつ草食系通り越してもはや草レベルの男がそんなまさか……!?

 

 

「別に叢雲の予定が合わなければいいんだ。

無理して付き合ってもらうほどの」「行くわっ!!」

 

「うえっ!?」

 

 

だいぶ食い気味に返答してきた叢雲に面喰う鯉住君。

 

 

「お、おう……でも……いいのかい?

非番だったとしても予定があっただろうし、無理することなんてないぞ?」

 

「誰が予定があるって言った話よ!?

行くって言ったの聞いてなかったの!?この無責任男ッ!!」

 

「ちょっとキミどうしたの!?

言葉がおかしくなるくらい動揺してない!?」

 

「うるさいわね!それじゃ私は準備してくるから!それじゃっ!!」

 

 

バタバタバタッ!!

 

 

すごい勢いで叢雲は執務室から出て行ってしまった……

 

 

「おーい……片付け……」

 

 

 

・・・

 

 

叢雲・自室にて

 

 

・・・

 

 

 

「うふ……ウフフ……」

 

「ど、どうしたんですか?叢雲さん。

随分と機嫌がいいようですけど……」

 

「なんでもない、なんでもないわ……ウフフ……」

 

「??? そうですか……?」

 

 

普段はまったく着ないようなオシャレな服を、タンスからガサゴソとひっぱり出す叢雲。

彼女にしてはとても珍しい落ち着きの無さに、同室の古鷹はなにがなにやらわからないといった様子である。

 

それでもどう見ても浮かれているし、頭の電探ユニットがものすごい勢いでピンク色にチカチカしているしで、彼女にとても嬉しい出来事があったのだろうという察しはついているのだが。

 

 

「ウフフ……

万が一に備えて、ちゃんとした服を通販で買っておいて正解だったわね……!」

 

「ゴキゲンだなぁ……」

 

「! そうだ古鷹!少しいいかしら!?」

 

「……は、はひっ!? なんでしょう!?」

 

「1週間後のこの日、確か古鷹って非番だったわよね!?」

 

「そ、そうですけど……」

 

「私の非番と交換してほしいの!お願い!」

 

 

パァンッ!

 

すごい勢いで目の前で両手を合わせ、古鷹を拝み倒す叢雲。

 

 

「うっ……そ、それは構いませんが……

その日に何かあるんですか……?」

 

「な、何もないわ!

ただ偶然何となくその日に休みたくなる気がしないでもないのよっ!」

 

「は、はぁ……」

 

 

だいぶテンパっている秘書艦仲間に、何も言うことができない古鷹である。

言葉がおかしくなるほどの勢いと、なにか嬉しいことがあるのがバレバレな様子を見てたら、誰であってもお願いを断ることなんてできないだろう。

 

 

「わかりました。

別にお休みがそこまで欲しいわけじゃありませんし、その日は叢雲さんの代わりに私がお仕事に入りますよ。

もちろん非番を変わっていただく必要もありません。

何があるのかはわからないですが、ゆっくり楽しんできてくださいね」

 

「!! さすがは古鷹ね!やさしさの固まりよね!ありがとう!」

 

「なんなんですか、やさしさの固まりって……」

 

 

そのあとも叢雲は、鼻歌交じりでコーディネートを続けるのであった。

 

その様子を見ていた古鷹は、

「幸せオーラが全身からにじみ出ていて、直視できないレベルだった」

そう後に語ったという。

 

 

 

・・・

 

 

約1週間後・例の日

 

 

・・・

 

 

 

「これは別に今日やらないでも大丈夫か……

こっちも問題なし、と」

 

 

今日は提督と筆頭秘書艦のふたりがお休みなので、鯉住君は本日の仕事に問題がないか確認している。

古鷹は頼りになるし、抜かりもないしっかり者なので、丸投げしても問題はないだろう。

それでも一応念のため、だ。

 

 

「うん。大丈夫だろう。特に面倒な仕事もないし。

……それじゃ暫くのんびりするか」

 

 

今日は叢雲とふたりで街まで出かける予定となっている。

というわけで、一旦執務室に集合して、そこから車で向かおうということにしたのだ。

 

 

(ついにやまがうごくんですね……!!)

 

(われらがまちにまったこのひが、ついに……!!)

 

(ばっちりきめてくださいね?)

 

 

「お前らなぁ……煽るんじゃないよ……

確かに慣れないことしようとしてる自覚はあるけど……」

 

 

(むらくもさんならだいじょーぶ!)

 

(なんだかんだいって、うけいれてくれるはず!)

 

(あにきにもついに、はるがくるですね……!!)

 

 

「お前らなんか勘違いしてない?それに……あの叢雲だよ?

受け入れてくれるか結構心配なんだよなぁ……」

 

 

いつもの通り妖精さんたちに煽られていると、執務室の扉が開く。

 

 

ガララッ!

 

 

「お、おま、おまたしぇっ!」

 

「お、おう……」

 

 

ガッチガチに緊張して、たった一言の挨拶ですら噛んでしまった叢雲に、複雑な表情をする鯉住君。

いつもの彼女ではありえない状態なので、そういった反応になるのもやむなしといったところ。

 

そんな彼女であるが、服装も普段とは全く違っており……

いつもの動きやすさ重視の装いではなく、女性らしさを全面に押し出したようなコーディネートとなっている。

 

 

具体的には……

ノースリーブの白色ワンピースに、腰には細めのベルト。

頭には麦わら帽子をかぶっており、胸元にはかわいいピンクのリボンタイが。

 

……なんとリボンである。あの叢雲が。

 

 

ちなみに鯉住君の服装は、以前大本営で自由行動した時とほとんど一緒である。

あの時に周りの女性陣からおかしな反応がなかったので、本日も同じ服をチョイスしたらしい。

流石にサンダルはやめたようだが。

 

女性とふたりで出かけようということなのだから、自分のおかしなファッションで相手に迷惑かけてはいけない。そんな気遣いからである。

 

 

「叢雲もこんなかわいい服、持ってたんだなぁ……

……すごくよく似合ってるよ。銀色の髪の毛とすごく合ってる。

いつもの格好も元気良くていいと思うけど、今日みたいに女の子らしい恰好も似合うんだねぇ。

やっぱり元がキレイだから、何着ても似合うんだなぁ」

 

「キ、キレイっ……!?

……う、うるさいわねっ!余計なお世話よっ!!」

 

「す、すまん。

でもさ、正直言ってキミがこんな格好するなんて意外で……」

 

「なによ!普段の私が女らしくないとでも言いたいわけっ!?」

 

 

言いたいです。

 

……という言葉を飲み込んで「そんなことないです……」という言葉をひりだす鯉住君。

 

 

「ああもう、調子狂うわっ!さっさと出かけるわよ!運転お願いッ!」

 

「はい……」

 

 

女心を読み取る気のない提督によって心乱されてしまった叢雲は、プンスコしながら執務室から出て行ってしまった。

 

誰がどう見てもさっきの殺し文句への照れ隠しである。

本日は私服なので頭の電探ユニットはついていないが、もしついていたならピンク色でチッカチカしていただろう。

 

……しかし言葉で殺しに来た本人には、幸か不幸かそれは気づかれていない。

そもそも彼としては「思ったこと言っただけ」であり、それ以上の意味は込めていないからだ。

現に今も「出かける前から不機嫌にさせちゃったよ……」なんて考えている。

どうしようもない男である。

 

 

「まったく……なんなのよもう……ブツブツ……」

 

「はぁ……こんな調子で、本当に今日大丈夫かなぁ……」

 

 

 

・・・

 

 

移動中……

 

 

・・・

 

 

 

ブロロロ……

 

 

 

「しかし叢雲……街に行くだけなのに、緊張しすぎじゃない……?

なんかぎこちないよ?」

 

「う……そ、それはしょうがないでしょ!

こういうのには慣れてないのよ!

逆にアンタはなんでそんな落ち着いてるワケ!?」

 

「いや、まあ、そんなことはないんだけど……

そう見えるかな?」

 

「……まさか……」

 

 

このヘタレが、これから女性とデートするというのに堂々としていられるはずがない。

 

もしかして……私の勘違い……?

いや、でも……もしそうだとしたら、なんでわざわざ「ふたりで出かけたい」なんて言ったかわからないわ……

 

聞くのが怖いけど、確かめてみないと……

 

 

「もしかして、その……今日街に行く目的って……」

 

「ん? ああ……なんて言うかだな……その時になったら話すよ……」

 

「……何よ。今話せない理由でもあるっていうの?」

 

「いや、後ろめたいことがあるとかじゃないんだけど……」

 

「歯切れが悪いわね」

 

「まぁ、ちょっとね……

とにかく今日は俺に任せてもらえないか?

なんとか退屈させないようにしてみせるから」

 

「そ、そういうことなら仕方ないわね」

 

 

なんだか妙に男らしい提督に、まんまと言いくるめられてしまう叢雲。

 

さっきの疑問はどこへやら、である。

普段とのギャップにころっとやられてしまうあたり、彼女も相当ちょろいと言えるかもしれない。

 

 

 

・・・

 

 

港町に到着

 

 

・・・

 

 

 

車を駐車場に止め、車から降りるふたり。

わざわざふたりで街に来た目的を聞いていない叢雲は、これからどこに行くのかもわからない。

彼女が若干戸惑っている様子を見て、鯉住君が話しかける。

 

 

「叢雲って今日朝ごはん食べてきた?」

 

「は……?あ、朝ごはん……?

いや、食べてないけど……」

 

「それじゃまだちょっと時間あるし、どこかで早めのお昼でも食べようか」

 

「え、ええ……(まだちょっと時間がある……?)」

 

「それじゃどんな店がいいかな?

何か食べたいものはある?」

 

「ええと、別になんでもいいわ。

……ていうか、その……アンタ……ひとつ聞きたいんだけど……」

 

「ん? 何かな?」

 

 

 

「今日って、その……なんていうか……

世間で言う……デートってやつじゃないの……?」

 

 

 

どうしてもモヤモヤした状態に耐えられなくなり、ついに核心に切り込んだ叢雲。

 

彼の返答やいかに。

 

 

 

 

 

「デート? いや、そんなつもりじゃないけど」

 

 

 

 

 

「……」

 

「あ、もしかして、その……」

 

 

 

「ウラァッ!!」

 

 

 

ドゴオッ!!

 

 

 

「ぬわーーーっ!!」

 

 

 

顔を真っ赤にした叢雲のタイキックには、提督を弓のようにしならせるほどの威力があった。

 

 

「ぬおおっ……!!効くぅ……!!背骨ぇっ……!!」

 

「あ゛ーーーっっっ!!!

分かってたことじゃない!コイツがこんなに落ち着いてた時点でぇぇっ!!

私のバカアァァッッ!!!」

 

「す、すまん……なんていうか……すまん……」

 

「黙れええっっ!!」

 

 

orzみたいになってうずくまりながら謝罪する提督と、こちらもうずくまりながら頭を抱える秘書艦。

 

当然ながら周りの人たちからは、危ないものを見るような目で見られている。

 

 

「すまんかった……!

まさかキミがそんなつもりだったとはっ……!!」

 

「喧しいっ!!」

 

「すいませんっ!!」

 

 

 

・・・

 

 

 

「ふーっ……ふーっ……

それでっ……!なんで今日は私のこと誘ったのよっ!」

 

「す、すまんっ……!

まさか叢雲がそんな勘違いをしているとは……!」

 

「そういうのいいから答えるっ!!

返答によっちゃ、ただじゃおかないからっ!!」

 

「重ね重ね申し訳ないけど、もう少ししたらわかるから、ちょっとだけ待ってくれ……」

 

「なんなのよもうっ!!

そこまで口を割らないならいいわっ!待っててあげようじゃないっ!

こうなったらヤケ食いしてやるっ!スイーツをお腹いっぱい食べてやるっ!

散々もてなしなさいっ!死ぬほどもてなしなさいっ!!」

 

「はい……」

 

 

 

 

 

それからなんとか気を持ち直したふたりは、街でもけっこう有名なスイーツが出てくるお店に向かった。

 

今の叢雲はさながら阿修羅である。

食べることに全身全霊をかけるつもりのようだ。

 

実際お店に入ってどうなったかというと……

 

 

「バクバクバクッ!!ムシャムシャムシャ!!」

 

「叢雲さん……もう少しペース落としません……?」

 

「うるさいわね!私がこうなったのも、アンタのせいでしょ!

店員さーん!追加でこれもお願いっ!!」

 

「……」

 

 

物凄い勢いでスイーツを注文しては消化していく叢雲。

駆逐艦とは思えないペースである。

 

別にお会計の心配はないが、彼女の体調が心配な鯉住君。

 

 

「なぁ、そんなに食べて大丈夫?」

 

「うるひゃいわね……!ムシャ……!

アンタが変な誤解ひゃひぇたせいで……モグ……!

こんなことになってんでしょ……パクパク……!」

 

「それは本当にすまなかった……

まさか叢雲が……なんて言うか……そういうつもりだったなんて……」

 

「……悪かったわね!普段からそういう風に見えなくて……!」

 

「どうも俺は艦娘のみんなのことを、そういう対象として見たくないからさ……それはキミに対しても同じで……なんかゴメンな……」

 

「……知ってるわよ。

今回は私がそういうシチュエーションに憧れてたから、勝手に舞い上がっちゃっただけ……アンタがどうとか、そういうのじゃないから……」

 

「いやホント、申し訳ない……」

 

 

スイーツを食べる手は止まらないものの、目に見えて落ち込んでしまった叢雲。

鯉住君の方も、いくら鈍感といえど叢雲を傷つけてしまった事には気づいているため、とても落ち込んでしまっている。

 

 

 

……こんなつもりじゃなかったのに……

 

浮かれてた自分がバカみたいだわ……

勝手にデートだなんて盛り上がって、勝手に今日を楽しみにして舞い上がって、

勝手に……好かれてるなんて……思っちゃって……

 

溢れそうになる涙をスイーツを食べることでごまかす。

グッとこらえる。

 

……何の用事があったのかは知らないけど、こっちの都合でこれ以上提督に迷惑かけるなんて、秘書艦失格よ。

もしここで泣いてしまったら、提督は周りから白い目で見られてしまう。

そんなことになったら、女を泣かせるクソ提督だって、街で噂になっちゃう。

 

そんなのダメ。

いくら辛くても、私がどう思われようとも、提督の評判を落とすような真似だけはしちゃダメなの。

 

だって私は……彼の秘書艦なんだから……

ただの秘書艦……職務上の同僚……それ以上でもそれ以下でもないんだから……

 

 

 

できるだけ平常に努めようと、それから叢雲は10分間も無心でスイーツを食べ続けた。

それを提督はずっと、真剣な顔をして眺めていた。

 

 

 

「……なぁ叢雲、そろそろ満足したかい?」

 

「……ふん。いいわ。勘弁してあげる」

 

「ゴメンな」

 

「もういいのよ。

……それじゃさっさと、アンタの用事とやらを済ませに行きましょう」

 

「ん。……店員さーん。お会計お願いします」

 

「私は先に店の外に出てるから」

 

「わかった。待っててくれ」

 

 

 

・・・

 

 

 

それからスイーツのお店を出た提督は、先に出て待っていた叢雲を連れ、どこかへ向かって歩き出した。

 

叢雲が「どこ行くのよ?」と聞いても「もうすぐ着くから」としか答えない。

いったいなんだというのだろうか?

 

 

 

そして数分後……

 

 

 

「さぁ、着いたよ。ここだ」

 

「ここって……ジュエリーショップ?」

 

「入ろう」

 

「え……ここに……?

よ、用事っていったい……ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

 

 

 

ウィーン……

 

 

 

わけがわからないという様子の叢雲に構わず、店内に入っていく鯉住君。

そして「いらっしゃいませ」と出迎えてくれた感じのいい女性店員さんと、何やら話し出した。

 

 

「鯉住様でございますね?」

 

「ええ。頼んでいたものは届きました?」

 

「はい。つい先ほど」

 

「それはよかった。出来はどうでした?」

 

「手前味噌ですが、かなりの仕上がりとなっていますよ」

 

「なによりです。ありがとうございます」

 

「いえいえ。とんでもございません」

 

 

完全に置いてけぼりとなってしまった叢雲は、まったく状況が掴めない。

このままではワケが分からないままなので、なんとか会話に参加していく。

 

 

「ちょ、ちょっと……一体どういうことなの?

説明しなさいよ……」

 

「あら。こちらの方への贈り物ですか?

話に聞いてた通り、ステキな銀髪に端正なお顔立ち。

きっとお似合いになりますわ」

 

「えっ?えっ?」

 

「日頃から彼女には世話になりっぱなしなので、少しでも恩返しがしたくて」

 

「うふふ。ステキなことですね!」

 

「ちょっと待って!いいかげん説明してちょうだい!

いったいなんのために、こんな高級そうなお店に来たのよ!?」

 

「それはな叢雲……今日は何の日か覚えてるかい?」

 

「な、何の日……?」

 

 

 

 

 

 

 

「今日はな……

俺とキミが今の鎮守府に着任してから、ちょうど半年になる日だ」

 

 

 

 

 

 

 

「あっ……」

 

 

そうだ。色々忙しかったから忘れてた。

確かに今日は、私達がラバウル第10基地に配属されて……

今の鎮守府に初めてやってきた日……そこからちょうど半年だ。

 

 

 

「こちらの鯉住様はですね……

ずっと大変なお仕事ばかりだったのに、弱音も吐かずについて来てくれた貴女に、贈り物をなさりたいということで……わたくし達の店に相談に来てくださったのです。

こちらと致しましても、そこまで大事に想われている方への贈り物なのですから、普段以上に真剣に考えさせていただきました」

 

「て、店員さん……恥ずかしいので、そのくらいで……」

 

「うふふ。いいじゃありませんか。ステキなお話なんですから」

 

「そ、そうですか……?

それになんて言うか、1か月でも1年でもなく半年の記念ですので……中途半端じゃないかな、と……」

 

「こういった贈り物は、贈りたいと思った時が正解なんですよ。

それにいいじゃないですか。半年の記念だって。

貰った側からすれば、大事な日を覚えていてくれたことが重要なんですから」

 

「……」

 

 

プレゼント……?

着任して半年の記念に……?

その……私に対して……?

 

考えがまとまらない叢雲は、現在放心中である。

 

 

「というわけで……これが俺の気持ちだと思って受け取ってほしい」

 

「あ、うん……」

 

 

提督から渡された小箱を開けると……

そこには銀色に輝くチェーンと、その先についている小さなペンダントが。

 

このペンダントの石……これってもしかして、ダイヤモンド……?

かなりピンク色だけど……

 

 

「店員さんとキミに合うようなアクセサリを相談させてもらってね。

首につけるチョーカーを選んだんだ」

 

「プラチナの上品なチェーンも素晴らしいですが……

先についているペンダントには、非常に希少で、尚且つ、これ以上ない美しさのピンクダイヤモンドを使用しております。

わたくし共の系列店でも滅多に見られない、ファンシーインテンスカラーのピンクダイヤですよ」

 

 

「え……あ……ホントに、これを私に……?」

 

 

「ああ。

さっきも言ったように、そういう関係にはなれないけど……

キミとはイチからやってきた仲だし、その……一番特別な部下だとも思ってる。

だからずっと、これからも、俺の隣で一緒に頑張ってほしい」

 

「あ……あう……」

 

「今までありがとう。そして……これからもよろしく頼む」

 

 

 

「う゛……う゛え゛え゛ええんっ!!」

 

 

 

「ちょ、ちょっと叢雲!ここお店!泣き止んで!」

 

「だっで……だっでぇっ……ヒック……!!」

 

「まぁ……なんて素敵なんでしょう……!」

 

「店員さんも感心してないで、なんとかしてください!!」

 

 

 

・・・

 

 

クールダウン

 

 

・・・

 

 

 

「……つまり、私に目的を話さなかったのは、サプライズにしたかったからなのね」

 

「うん、そう……

おかげでキミの事、傷つけちゃったけどさ……本当にゴメンな……」

 

「フフ……ホントにアンタはしょうがないわね」

 

「もしかしたら受け取ってもらえないかと思って、気が気じゃなかったよ……

かなり前から準備してたからさ……」

 

「ま、受け取らないでアンタを困らせるでもよかったかもね」

 

「勘弁してください……」

 

 

なんとか落ち着いた叢雲は、普段通り提督と話ができるまで回復した。

 

……いや、普段通りではない。あまりにもキラキラしている。

そのキラキラ具合は、店員さんが現在進行形で胸焼けを起こし続けているレベルである。

 

 

「あの……よろしいでしょうか?」

 

「あ、はい、すみません。なんでしょうか?」

 

「最終調整をさせていただきたいので、叢雲様に試着してもらいたく」

 

「あ、そうでした。

それじゃ叢雲、せっかくリボンタイをつけてきてくれたけど、一旦外してもらっていいかな?」

 

「うん」

 

 

スルッとピンク色のリボンタイを外す叢雲。

 

 

「もしかして私を連れてきたのって、このため?」

 

「そうそう。

調整はいつでもしてくれるってことだったけど、せっかくなら受け取ったその日に済ませたかったから」

 

「そういうことだったのね……

それでどっちでもいいみたいなことを言ってたの」

 

 

 

「それでは鯉住様、叢雲様の首にチョーカーをつけてあげてください」

 

「……え?」

 

「試着とはいえ、初めて贈り物を身につけるのですから。

こういった事も記念となるものですよ?」

 

「そ、そうなんですね。

……それじゃ首に手を回すけど……いいかい?叢雲」

 

「う、うん」

 

 

鯉住君はだいぶ緊張しながらも、腰かける叢雲の後ろに回り込み、チョーカーを着けてあげる。

お互いガチガチに緊張している。初々しいというレベルではない。

周囲に幸せオーラが満ち溢れている。

 

空間が甘い。店員さんの胸焼けが加速する。

 

 

「あ、ありがと……」

 

「ど、どういたしまして……」

 

「そ、それでは調整に入らせていただきますね……」

 

 

・・・

 

 

調整中

 

 

・・・

 

 

「……はい。これで大丈夫です。

叢雲様、身につけてみて、何か違和感のようなものはありますか?」

 

「いえ、大丈夫です」

 

「それはよかった。

……それではこれで以上となります。

本日はご来店ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

 

「こちらこそ。色々とありがとうございました」

 

 

 

ウィーン……

 

 

 

「……ハァ……私にもあんなステキな彼氏、できないものかしら……?

もう今日は飲むしかないわね……」

 

 

 

・・・

 

 

 

そのあとふたりは映画館に行ったり、ブティックで洋服を買ったり、海が見えるレストランでディナーと洒落込んだり、とにかく1日を楽しみつくした。

 

叢雲はスイーツショップでのテンションの低さが嘘のように、幸せオーラをこれでもかというくらい振りまきながらデートを楽しんでいた模様。

 

鯉住君も彼女の様子を見て、一旦は悲しい思いをさせてしまった事への償いは出来たかな、なんて思っていた。

 

 

 

男女の仲だけが信頼の形ではない。

叢雲はそれを心で感じることができたのだった。

 

 

 

 




例のチョーカーは約250万円でした。
給料2か月分ですね!



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