実力派エリートの弟 作:唯一無二の緑刀使い
次話も遅くなると思いますが気長に待ってくれると嬉しいです。
とある休日のボーダー本部。
ただでさえ騒がしいというのに今日はいつもに増して騒がしかった。
「ちょっと太刀川さん、早く代わってくださいよ」
「そうだぞ太刀川。いい加減にしろ」
「よねやん先輩!俺が先!」
「はあ?俺の方が早かっただろ!」
普段はC級がほとんどの個人ランク戦ブースには正隊員のちょっとした列が出来ていた。
たった今出てきたのは太刀川だ。そこに出水と風間が文句を言う。そしてその後ろでは緑川と米屋が口喧嘩を繰り広げていた。
「でもさぁ風間さん、俺の前に荒船とか鋼とか」
「言い訳をするな」
「えー……」
その列にはA級隊員だけでなくB級隊員も多くいた。
そしてその列に並ぶ者達の頭上にあるモニターには異常な数の記号が表示されていた。⭕と✖が一列ずつ交互に並んだそれは合わせて100や200は優に超えている。
「二宮さんがこういうのに来るって珍しいですね」
「城戸司令から暇なら積極的に参加しろとのお達しだ。参加するしかないだろう」
「二宮さんなんか楽しそうだねぇ、辻ちゃん」
「そうですね」
コスプレ感を嫌ったために隊服をスーツにしたB級一位部隊二宮隊の隊員もその列に並んでいた。
因みに朝からずっと連続で隊員達の相手をしているのは悠紀である。ここで開催されているのは
“迅悠紀隊員とのポイント移動なしの模擬戦大会(A級B級問わず暇なら参加すること)”
である。
だが、これは悠紀が進んで開催したものではない。どちらかと言うと嫌々だ。ならば何故こんなものを開催する事になったのか。それは数日前に遡る。
◆◇◆◇◆◇
本部の精鋭部隊との戦闘を繰り広げた翌日。
悠紀は一人で城戸に呼び出されていた。
「何の用かな?城戸さん」
悠紀と二人しかいない部屋で城戸は左目にある傷痕を指でなぞりながら口を開いた。
「昨日の件で少し言いたい事がある」
それを聞いて悠紀はギクッと聞こえてきそうなぐらい冷や汗を流す。
昨日の戦いで悠紀は悠一に協力して本部の精鋭部隊とやりあった訳だが、その事は悠一以外誰も知らなかった事なので無断で戦った事になる。それは悠一も同じなのだが、悠一は会議室で幹部達と話をしている。それに対して悠紀は会議室の前で待っていたので何も話していないのだ。当然、弁解も何もしていない。
「遠征部隊や三輪隊は私が命令したのだから仕方ないとして、迅は風刃を差し出した。だが君はどうだ?ボーダーの規律を守るために君にも何かしてもらわなければ困る」
本格的に汗が止まらなくなる。風刃を差し出す事以外戦いの後の事は全く考えていなかったのだ。
「トリガーを取り上げる事も出来るがそれは酷かと思ったのでな。その内容は私が考えておいた」
城戸の顔は相変わらず無表情だ。その顔から内容を読み取るのは難しいだろう。
「その内容は……1000本ノックならぬ1000本模擬戦だ。君と戦ってみたいと言っている者も多い。ポイント移動なしの模擬戦ならば喜んで参加してくれる事だろう。分かっていると思うが戦いについてのアドバイスも忘れずにな。君には隊員達の成長に尽力してもらう。隊員達には私から連絡しておくから心配しなくても良い」
その時、城戸の口角が少し持ち上がったような気がした。普通の人間なら見逃すだろうが、悠紀は見逃さない。それが普段眉一つ動かさない城戸のものなら尚更だろう。
「笑いやがったこのオヤジ……あ、いや何でもないです」
「どうせなら私が参加しても良いんだが?」
「それは駄目じゃ…………すんません1000本模擬戦ですね分かりました」
オヤジと言われてもその表情を崩さない城戸に気圧されて悠紀は早々に立ち去った。
◆◇◆◇◆◇
このような経緯があって大量の模擬戦を行う事になったのだが、丁度昼の12時になるというところで悠紀はもう逃げようかと思い始めていた。というのも昨日正隊員達に城戸からの連絡が送られたのだが、そこに余計な一言──A級B級問わず暇なら参加すること──が付け加えられた事では普段あまり悠紀とランク戦をしたりしない隊員達も集まったのだ。
A級3バカと太刀川ぐらいなら休憩を挟みながらでも出来たのだが、かなりの数の隊員が集まったため休憩する暇はない。
「出水先輩、悪いけど今から昼休憩で」
出水が入ろうとした時、悠紀は若干疲れた顔で出てきた。
「えー?もうちょっと大丈夫だろ」
「そうだな、カツカレーでどうだ?」
出水と風間の反応は真逆だった。そして悠紀が反応したのは風間の方だった。
「もしかして風間さんの奢り?」
「仕方ないな。今回だけ特別だぞ」
「風間さん、なんか甘くないッスか?」
「何を言ってる。今倒れられたりしたら後で楽しめなくなるだろう?」
一瞬悠紀の中で風間の評価が急上昇したが、次の瞬間すぐに評価は元に戻った。昼飯を奢るのは自分が楽しむためらしい。この風間という男、普段は悠紀とあまり戦おうとしないが、好きなものが自己鍛練というだけあってアドバイスが貰えるなら喜んで模擬戦に参加するのだ。
並んでいる順番は覚えてもらって、もし喧嘩になったら城戸に言いつけるという事でその場は一旦解散となった。
「そういえば1対1じゃなくても良いと聞いたんだが」
カツカレーを半分ほど食べたところで思い出したように風間は言った。
「それって誰から聞いたの?」
「城戸司令からの連絡に書いてあったぞ」
「あー、だから奥寺先輩と小荒井先輩が当たり前のように二人揃って入ってきたのか……あのオヤジやってくれる」
余計な一言は一つだけではなかったようだ。悠紀にも思い当たった点があったようで城戸に文句を垂らす。更に本人がいないからか当たり前のように城戸の事をオヤジ呼ばわりしている。
「って、もしかして風間さん風間隊連れてくるつもり?」
「いや、聞いただけだ」
それだけ言うと風間はカツカレーの残りを食べ始めた。
◆◇◆◇◆◇
騒がしい個人戦ブースから少し離れた位置にあるベンチに腰掛けている人物が一人。その人物は個人戦ブースの方を一瞥すると手に持った空の紙コップを握り潰した。
「どうしたんだ?三輪」
「…………嵐山さん」
俯くその人物、三輪に声をかけたのは嵐山だった。
しかし、三輪はまだ顔を上げなかった。
「話は迅から聞いたよ。ネイバーを入隊させようとしている事も」
このタイミングでする話、それも悠一が絡んでいるような話など十中八九“あの夜”の話だろう。
「それを聞いても奴の味方をするんですか」
それというのはネイバーを入隊させるという事だ。ネイバーに姉を殺された三輪からすれば、憎む相手が同じボーダーに所属しようとしているのだ。しかもそれを許したのは尊敬している城戸だ。心境は穏やかではない。
「お前がネイバーを憎む理由は知ってる。恨みを捨てろとか言う気はない。けど迅は意味のない事をしない男だ。よっぽどの理由があるんだろう」
「そんな曖昧な理由で………!」
嵐山は三輪の隣に腰を下ろす。丁度個人戦ブースと三輪の間に入る形だ。
「迅は…………そして悠紀もネイバーに母親を殺されてるんだ」
「っ!?」
「五年前にはたくさんの仲間を亡くしている。親しい人を失う辛さはよく分かっているはずだ」
今まで知らなかった事実を次々と聞かされた三輪は何も言えなかった。
「あいつらもちゃんと考えて行動しているんだと俺は思う。だからそう邪険に扱わないでやってくれ」
それだけ言うと嵐山は立ち上がった。そして自動販売機の前に立つと、
「コーヒーで良いか?」
三輪は本日二杯目のコーヒーを嵐山と無言で飲む事になった。
◆◇◆◇◆◇
暗闇の警戒区域内をトボトボ歩く一つの影があった。
「あ~、疲れた。本当に1000本いくかと思ったし……」
結局時間の都合上1000本に届く事はなかったが、時間があれば確実に届いていたと言えるほど怒涛の模擬戦の連続だった。
「て言うか太刀川さん来過ぎ。アドバイスする事なんか同じような事しかないし、忍田さんっていう立派な師匠がいるんだからそんなに来なくても良いのに」
今日の模擬戦の中で一番戦う事になったのは太刀川であった。城戸に言われた通り毎回アドバイスをしなければならないのだが、何度もすると言う事がなくなってしまう。いっそのこと生活面に対してのアドバイスをした方が良かったかもしれない。
「太刀川さんの次は米屋先輩と緑川が多かったな。まあ、この二人はアドバイスするところがいっぱいあったから良かったけど」
毎度お馴染みのA級3バカの内の二人とも何度も戦った。この二人は日常生活はもちろんだが、戦闘時もたまにバカになる。故にアドバイスには困らなかった。しかし、バカと戦うのはアドバイス云々以前に疲れるものだ。
A級3バカの最後の一人出水とはあまり戦わなかったが、それは二人と比べてである。そして出水もまたバカの名を持つ一人だ。何度も言うがバカの相手をするのは疲れるのだ。
「修に何か頼まれてた気がするけど今日はもう帰ったらすぐ寝よ」
実は今日の夜は烏丸がバイトでいないため訓練に付き合うという約束をしていたのだ。
修の扱いが若干ひどいような気もするが仕方ないだろう。
「……レイジさんに迎え頼むんだったかな」
悠紀がちょっと寂しくなってしまった時、サイレンが響いた。
『門発生。門発生。座標誘導誤差7.54。近隣の住民は避難してください』
それを聞いた時、悠紀は溜め息を漏らした。
警戒区域内に門が発生する事自体は珍しい事ではない。だが、その場所が問題だった。その場所は悠紀から近い訳ではなかったが、遠い訳でもないという微妙な距離にあった。そして近くに隊員の気配はない。
まるでお前がやれと言っているようである。
「まさかこれもあのオヤジの策略なんじゃ……」
すっかり城戸のオヤジ呼びが定着した悠紀が愚痴を漏らす。
「って、近くに人いるし!なんで警戒区域内に!?」
その人間は武器を持っている素振りもなければ戦おうとする素振りもない。それは一般人だという証拠だった。
誰もいなければ放っておく事も出来たが、近くに一般人がいるならば話は別だ。防衛任務に就いている隊員が近くにいないのなら悠紀が倒しに行くしかないのだ。
「俺が行くしかないか」
悠紀はすぐにトリオン体に換装して駆け出した。
◆◇◆◇◆◇
数分前に戻れるなら今すぐ止めろと言いたい。今考えても軽率な行動だったと思う。あの時の自分は何故あんな事を思ったのだろう。
目の前に現れた大形のトリオン兵バムスターの前に立ち尽くす少女は己の軽率な行動を悔いていた。
少し近道をしようとしただけだった。市街地からも近い位置だから大丈夫だと思った。だがそれは間違いだった。
大きな足音を響かせて近づいてくる化け物に前髪が一房跳ねた猫目の少女は思わず尻餅をついた。
少女は家の事情で空手を修めていたが、そんな事は目の前の化け物には意味をなさない。 少女はただ震えるしかなかった。
化け物と自分の距離が5メートルを切った時、少女は無駄だと分かっていながらも自分の頭を腕で覆った。
「こちら……………付近で……バム……………収を………」
待っても待っても衝撃や痛みはない。それどころか誰かの声が聞こえる。
「大丈夫?お嬢さん」
それが自分へ向けた言葉だと理解した少女は恐る恐る顔を上げた。するとその声の主はすぐ目の前にいた。
目の前にいたのは自分と同じくらいの少年。少年は手を差し出し、少女はその手を取って立ち上がった。少年の後ろには化け物の残骸が転がっている。
「ここ警戒区域だから気をつけてね。じゃ、俺は急いでるから」
普通は警戒区域に一般人を置いていくのはあり得ないが、ここは市街地から近い。すぐに脱出出来るだろう。と、理由をつけてたった今少女を助けた少年悠紀は玉狛支部のある方向へ歩き出した。
何事もなかったかのように去って行った命の恩人の背中を見つめて少女はボソッと呟いた。
「あ、お礼言えなかった……」
少女は手を差し出してきた少年の顔を思い出して少し顔を赤くした。男っぽい性格のためあまり男っ気がなかった少女は自分の感情の正体を分かっていなかった。
「あの人……どっかで見たような」
少女はひとまず自分の感情の正体を考えるのを止め、少年に再び会う方法を考える事にした。
次の日は年三回行われるボーダー入隊試験の応募締め切り日だった。
若干城戸さんのキャラが崩壊してきていますが、これからもっとひどくなる予定です。
厳格な城戸さんが好きという方はご注意下さい(笑)
もう気付いている人もいると思いますが、最後に出てきたのは某男気爆発系少女です。