アースラ内の一室。ベッドの上に座るフェイトの心は沈んでいた。テーブルの上には、待機モードのスノーホワイト。フェイトは両手を握り締め、下を向いたまま。泣きたいのを必死に我慢して、スノーホワイトの言葉に聞き入っている。目は合わせずに。
《何故ですの?何故その切り札2枚を使いませんでしたの?あの内容なら押しきれるだけの力は有りましたのに!》
「‥‥‥出来なかったんだ」
《私個人での解析は進んでますの。すずかを取り戻すにはU-Dを1度停止させる事が大前提ですのよ?他でもないフェイトが手を抜いてどうするんです!》
なのはユニゾンで力差を確認。行けそうなら少女プレシアのカードをリライズ、魔力差を無視できるもう一枚の切り札をロードして力押し。それが、スノーホワイトと立てた作戦。
「出来なかった。あの子は今は確かにU-Dだけど、すずかなんだよ?すずかを傷付けるなんて、私には出来ないよ」
フェイトは使わなかった。ロード出来なかった。『物理的な直接攻撃』を伴うそのカードを使えば、すずかの身体は間違いなく傷付く。目の前に居るのはU-Dだが、すずかの身体なのだ。そう考えたら、怖くて最後まで使えなかった。
《全然分かっていませんわね。いいですか?どうしてすずかが、なのはにブラスターを、貴女にその2枚を残したか分かっていまして?》
フェイトは力無くフルフルッ、と首を横に振る。その首元に掛かっている三日月のトップの付いたペンダントが、微かに揺れる。
《すずかは‥‥‥すずかは、もし自分が闇に飲まれて取り返しのつかない事になったら‥‥‥親友のなのはと、他でもないフェイトに止めてもらう為に‥‥‥せめて貴女達に殺して貰う為に渡したんですのよ!勿論そんな事私は認めませんわ!ですけど、フェイトにその程度の覚悟しか無かったんだとしたら、助けられるものも助けられませんのよ!》
スノーホワイトの言葉に、フェイトは狼狽した。ブラスターシステムという力を手に闇の書と戦うなのはを見ていただけに、それもこれもすずかが対闇の書用に準備していたものだと思っていたのだから。まさか、すずかが自分自身を、U-Dを止める為に準備していたなんて‥‥‥‥‥‥。
「そんな‥‥‥でも!」
《でもじゃありません!今はやれる事をやるしかありませんのよ!先ずはU-Dを止める。それしか先に進む方法はありませんわ!》
「うん‥‥‥」
フェイトは力無く頷いた。過程は兎も角、U-Dを止めなくては先はない。すずかに多少怪我があったとしても、アルカンシェルでU-Dごと消されるよりは遥かにマシ。そう割り切るしかない。今のフェイトに割り切れれば、だが。
そうしてフェイトが顔をあげた時。突然目の前が真っ白になり、フェイトの意識が薄らいでいく。「えっ!?」という弱々しい声を残して、フェイトは意識を失った。
◆◇◆◇◆
「う‥‥‥ん‥‥‥?」
アインハルトがゆっくりと瞳を開くと、自身を覗き込んでいるヴィヴィオの姿。
「アインハルトさん!よかった!」
アースラ医務室のベッドの上。自身の胸から腹部にかけて包帯の巻かれた身体。まだ意識のハッキリしないアインハルトは、辺りを見回す。
「ヴィヴィオさん‥‥‥?ここは?‥‥‥ハッ!?U-Dは!?皆さんは無事ですか!?」
U-Dのエンシェントマトリクスをまともに食らい、意識を失ったのをようやく思い出したアインハルトは、現状をヴィヴィオから聞かされると、唇を噛み締めた。自身の力の無さが歯痒い。なのはとすずかの事を話す辛そうなヴィヴィオに、せめて精一杯の励ましの声をかける。
「そうだったんですか。ヴィヴィオさん、気を落とさないで下さい。怪我は酷いかも知れませんがお母様は生きておられる訳ですし、すずかさんだって」
「はい。ありがとうございます、アインハルトさん。すずかママ、絶対助けましょう!」
アインハルトが目覚めたからか、先程よりも生気を取り戻し、笑顔を見せるヴィヴィオ。そんなヴィヴィオの姿が、アインハルトの中のクラウスの記憶のオリヴィエの笑顔と重なる。思わず笑みを溢したアインハルトはその拳を握り締め、「ハイ!」と一言答えた。
暫しの沈黙が続き、その空気に耐えられなくなったアインハルトは、部屋の中を見回す。
(何か、ヴィヴィオさんとの話題になりそうなものは‥‥‥)
アインハルトの目に、壁に掛かっているカレンダーが目に入った。新暦66年3月。自分達の時代から遡る事、13年前の時間。今更だが、どうやってこの時代から戻ればいいのだろうか。インターミドルの試合も控えている。練習だってしないと‥‥‥。
「でも、ヴィヴィオさん。私達、どうやって元の時代に戻ったらいいんでしょうね」
その言葉に、ヴィヴィオの表情が曇る。時間移動などという、常識を越えた手段を用いないと帰還出来ない現状を再確認させられ、再び沈黙。
(よりにもよってどうして暗い話題に‥‥‥私の馬鹿!)
自身のコミュニケーション能力の不甲斐なさに落ち込むアインハルトを他所に、ヴィヴィオは口を開いた。
「そうですね。どうやって‥‥‥そうだ、アミタさんなら何か分かるかも知れませんよ!お話聞かせてもらいに行きましょう!」
そう言ってアインハルトをベッドがら起こし、その手を引いて部屋を出る。期せずしてヴィヴィオと手を繋ぐ形となったアインハルトは、少し顔を赤らめながら走る。
「確かに私達は未来から来ました。お二人を巻き込んでしまって申し訳ありませんでした」
アミタの休む部屋に入るなり、そのアミタに謝られた二人。「そんなつもりでは」と慌てているアインハルトの隣で、ヴィヴィオは本題を切り出した。
「私達、未来へ帰れるんでしょうか?」
「正直に言って、私一人だけでは難しいです。タイムワープに使ったマシンは、博士が見つけたオーパーツ。妹と私で一回ずつ使用していますから、後一回使えるかどうかなんです。キリエと協力出来れば、何とかなるとは思うんですが」
「そうなんですか」と落ち込むヴィヴィオ。そう簡単にはいかないとは思っていたものの、時間移動を行った張本人に難しいと言われ、流石に堪えた。もう帰れないかもしれない、という不安が顔にも表れていた。それを見て、アミタは慌ててフォローする。
「大丈夫です!せめてお二人だけでも帰れるように、私がきっと何とかしますから!それに、私はこの時代に残っても、執務官が居てくれれば‥‥‥」
「この時代に残っても」辺りから最後のほうは小さな声でゴニョゴニョと何を言っているのか分からなかった。頬を少し紅くして黙ってしまったアミタに、「アミタさん?」とアインハルトが声をかける。アミタは何故か少し焦ってそれに答えた。
「とっ、兎に角、何とかキリエと合流出来ればいいんですが、私の話を聞いてもらえるかどうか。この間だって‥‥‥」
今度は悲しそうに俯く。そんなアミタに、ヴィヴィオはやさしく言葉をかけた。
「キリエさん、妹さんなんですよね?ならきっと分かってもらえますよ」
「だといいんですが」
◆◇◆◇◆
「ねぇ、エイミィさん、あれ」
アリサはモニターに映る、見覚えのある姿をした、ブルーの魔力光の人物を見て驚く。
「ちょっと、まさかあの子もマテリアル?あれって‥‥‥クロノ君」
振られたエイミィも、驚きを隠せずにいた。マテリアルにとって、言わば敵の本陣へ、たった一人で乗り込んできたのだ。何らかの意図が有るのかも知れないと踏んだクロノは、執務官として、確認するために一人で出る事にした。
「そうだな。僕が行こう」
アースラの入り口付近で浮遊しているレヴィは、特に動きのない事に痺れを切らして、大声で叫ぶ。
「ボクが態々会いに来たぞ~!誰かいないのか~?」
クロノはそこに現れ、目の前の人物に話しかけた。
「君もマテリアルだな?管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ」
「僕は力のマテリアル、強くて凄くてカッコいい!レヴィ・ザ・スラッシャーだ!シュテルんが君達と交渉してこいって」
「シュテル‥‥‥?ああ、あのなのはとソックリの?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
惑星エルトリア。そこで進んだ死蝕と日々格闘している、マテリアル一家とフローリアン姉妹。彼女達のその拠点となっているグランツ研究所の一室。漂ってくる、香辛料の芳しい香り。待ちきれないレヴィは、既にスプーンを手に持っていた。
「わーい♪王様のカレースープ♪」
「ウム。心して食すがよいぞ」
其れを料理した張本人、ディアーチェはふんぞり返って言った。それを合図にしたのか、シュテルとユーリは手を合わせ、口を開く。
「では、王、いただきます」
「ディアーチェ、いただきます」
全員でテーブルを囲み、夕飯を食す面々。ディアーチェはユーリの口元を確認すると、ハンカチを手にして口の周りに付いたものを丁寧に拭き取る。
「これユーリ、カレーが口の周りに付いておるぞ」
「はい、ありがとう、ディアーチェ」
笑顔でかえすユーリを見て、ディアーチェにも笑顔が溢れる。アミタが「皆さん、紅茶がはいりましたよ」と人数分の紅茶を持ってきた所へ、慌ててキリエが駆け込んで来た。
「大変よ、王様、みんな!また何か落下してくるわよ!」
「まただと?レヴィ!お主、あの機械まだ止めておらぬのか!昼間のなのはとフェイトといい、全く今日は良く落ちてくる日よ」
その日の昼間。異世界からなのはとフェイトが飛ばされてきて、その二人を無事元の世界へと送り届けたばかり。原因は、レヴィがダンジョンの深層から拾ってきた謎の機械。
「ともあれ、ディアーチェ。落下地点へと急ぎましょう」
シュテルの言葉に、全員が落下予測地点へと急ぐ。程無くして到着すると、確かに人が降ってくる。それも、身に覚えのある魔力を感じる。
「今度は‥‥‥この魔力は、フェイトか?やれやれだのう」
「一人のようですね」とシュテルが呟いたのとほぼ同時に目を覚ましたフェイトは、自身に起きた事を全く理解出来なかったが、その瞳に飛び込んできたディアーチェとシュテルの姿に、咄嗟に身構えた。
「君達は!」
そう言って距離を取ろうとしたフェイトに、レヴィが軽~い口調で話しかけた。
「オリジナル、オイーッス!」
「落ち着いてください、フェイト。我々に敵対する意思はありません。先ずは状況の確認を」
攻撃を仕掛けるでもなく、敵意も見せないシュテル達に、フェイトは「う、うん」と答え、その話を聞く事にした。
◇◆◇◆◇
「どう思います?ディアーチェ」
互いの状況を確認し、腕を組んで考えているシュテルとディアーチェ。
「フゥム‥‥‥イレギュラーか。ユーリにどういった影響が出ているのか分からぬが、中々厄介よのう」
ユーリもフェイトの話を聞き、申し訳無さそうに謝る。並行世界とは言え、自身が迷惑をかけていると自責の念に駆られたから。
「ごめんなさい。私のせいで‥‥‥」
目の前の人物は、フェイトの世界のすずかを侵食している人物とは違う。フェイトは謝るユーリに穏やかに答えた。
「ユーリのせいじゃないよ。世界線も違うみたいだし」
フェイトの現状を理解したシュテルは、起こるであろうこれからの事に、話過ぎないよう慎重にアドバイスを送る。
「我々側から交渉を持ち掛けて来る事が有ったら、それに乗れば、後は流れのままでどうにかできる筈ですが‥‥‥問題はユーリとの分離方法ですね」
「うん。私、どうしたらいいんだろう」
心底悩むフェイトを見て、ディアーチェはその口を開く。
「‥‥‥‥‥‥フェイト、お主、闇の書事件で融合騎との融合状態で子鴉が意識を取り戻したのを覚えておるか?」
「うん、王様。覚えてるよ」
「それなら、分かるであろう?後はお主がすずかの意識を覚醒させるだけよ」
「でも、どうやって?」
「阿呆!そんなもの、知らぬわ!自分で何とかせい!」
そう言って突っぱねたディアーチェを見たからか、シュテルは落ち込むフェイトに再度アドバイスを送った。
「フェイト。貴女が本当にその子の事を想っているのなら、貴女にしか出来ない方法がある筈です」
「私にしか、出来ない?」
そんな会話をしていた所へ、キリエが戻ってきた。どうやら調整が終わったらしい。
「フェイトちゃーん?帰る準備、できたわよーん?」
「では、フェイト。頑張って下さい」
「頑張って下さいね。そちらの私も、出来たら助けてあげて下さい」
シュテルとユーリの励ましに、気持ちを新たにしたフェイトは、真っ直ぐ先を見据えて答えた。
「みんな、ありがとう。頑張ってみる」
そうしてフェイトを見送ったあと、ユーリは呟くように話し、ディアーチェが答える。
「行っちゃいましたね、ディアーチェ」
「フム。些か不安ではあるが、フェイトの事。何とかするであろうよ。まぁ、此方での事は覚えておらぬだろうが」
隣に立っていたキリエが、興味を引かれたのか、口を開いた。
「でも、フェイトちゃんが女の子を好きに、ねぇ」
見た目には分からないが、それに苦笑いをしながらシュテルが答えた。
「まあ‥‥‥我々の世界線でもナノハとの仲は怪しいものでしたから」
クロノは知らず知らずのうちにアミタさん落としちゃってました、回。
クロノ爆発してしまえ!
エルトリアの面々は、サウンドステージM「エルトリアの空の下から」の、劇場版なのフェイを送り届けた直後です。ディアーチェとシュテルんが重要なアドバイス送ってます。まぁ、記憶封鎖でフェイトちゃんは覚えてませんが。