ホテル・アグスタの襲撃事件から数日後。早朝。フィアッセはふと目を覚ました。
(‥‥‥トイレ)
今までならば、一度車椅子に乗って、それから移動という行程を踏んでいたフィアッセだが、今は違う。薄暗い中、微かに桜色の光に包まれてフワフワと宙を浮いて移動する。他の場合は兎も角、少なくともトイレに行くには車椅子よりは効率が良い。そうしてトイレまで移動し、フィアッセは扉を開き、中へ。
用を済まし、ベッドへと戻ろうとしたフィアッセが何気なく窓から外を覗くと、こんな時間にも関わらず、動く人影を見つけた。
(ティアナさん‥‥‥?こんな朝早くに?)
どうにも気になったフィアッセは、ギンガを起こさないよう静かに車椅子に乗り込むと、外のティアナの所へと向かった。
「ティアナさん、こんな時間にどうしたんですか?」
ティアナはフィアッセの問い掛けに一度視線を向け、再び戻して、事を再開し始める。もうかなりの時間動いているのか、ティアナの額には汗が滲み、全身も汗で濡れていた。
「見ての通り、特訓よ。私はみんなみたいに才能ないから、少しくらい無茶しないと強くなれないから」
「そう‥‥‥ですか。あんまり無茶はしないで頑張ってくださいね」
言葉に詰まり、迷った挙げ句にそう口にしたフィアッセは少しの間、クロスミラージュを手に特訓するティアナを静かに見ていた。
◆◇◆◇◆
ギンガももうすぐ起きる頃。心配させてはいけないと思い、部屋へと戻ったフィアッセ。先程のティアナの事を思いだし、窓から覗く。
(まだ特訓してる。あんまり無茶して身体でも壊したらギンガさんもスバルさんも心配して‥‥‥)
そう考えていたフィアッセの脳裏に、いつかのようにイメージが浮かんでくる。
ベッドの上に寝ていて、全身包帯。身体が重く、腹部が痛い。横にある椅子に座る、シャマル。
『ーーーちゃん、具合はどう?』
『はい、何とか。シャマル先生、その‥‥‥‥‥‥無茶してこんな大怪我して‥‥‥みんなに迷惑かけて、ごめんなさい』
悲しげな表情のシャマルは、『ーーーちゃん‥‥‥』と口にして、黙る。
泣きたいのを必死に我慢し、表情を偽り、笑顔を作る自分。
気付いた時には、フィアッセは両方の瞳から涙を流していた。底から込み上げる辛さ、悲しみ。
(今のも、私の記憶‥‥‥?どうして、どうしてこんなに辛いんだろう)
フィアッセが涙を拭おうとしていた所へ、ギンガが起きて来る。
「フィアッセおはよう‥‥‥泣いてるの?」
「何でも、何でもありませんから」
涙を拭い、フィアッセは顔を洗い誤魔化す為に車椅子で移動を始めた。
◆◇◆◇◆
朝。訓練場へと向かう、なのはとヴィータ。歩きながら話す、二人。
「なぁ、なのは。ティアナの事だけどよ」
「うん、分かってる。今はまだ、様子を見ておこう?ティアナだって考えは有るんだろうし」
「でもなぁ」と腕を組むヴィータに、なのはは静かに話す。
「あんまり無茶するようだったら、その時は注意すればいいんだし。頑張ってるのを頭から否定しちゃうのは、良くないよ」
「お前がそう言うんなら、まぁ、良いけどな」と、多少不満そうではあるものの、その場は納得するヴィータ。話しながら、二人は歩みを進める。
◆◇◆◇◆
それから、数日後。ティアナは何時ものように早朝に特訓をしていた。何時もと違ったのは、それを遠くから眺めていた人物が居たこと。
「ちょっと‥‥‥言った方がいいかな」
「そうですね、部隊長」
ティアナと、共に特訓をしているスバル。その二人のもとへ歩み寄る、すずかとシャーリー。
「部隊長に、シャーリーさん?」
ティアナの声にスバルも手を止め、二人を見る。何時ものように穏やかな表情のすずかと、対照的に心配そうな表情のシャーリー。
「ティアナ、少し、いいかな?今の連携見させてもらったんだけど」
すずかの何か言いたげな表情を見て察しがついたのか、ティアナは怪訝そうな顔をし、少し強めの口調で話し始めた。
「分かってます。けど、私は‥‥‥私は部隊長みたいに、みんなみたいに才能ないから。少しくらい無茶しなきゃ、強くなれないんです。なのはさんの教導が悪いとは思ってません。でも、私はみんなみたいに強くなってる実感がない。駄目なんです。もっと強くならないと‥‥‥今のままじゃ‥‥‥だから!」
すずかは少し悲しげな表情を浮かべ、静かに口を開く。
「ティアナ。そうじゃないの。そうじゃなくて、なのはちゃんは‥‥‥」
すずかが言葉を言い終わらないうちに、ティアナは更にその口調を強いものにして訴えかける。
「でも!‥‥‥部隊長には分からないんですよ!私と違って順風満帆で、才能も、キャリアもある部隊長にも、なのはさんにも!!」
すずかは表情を変えず。「ティアナ‥‥‥‥‥‥あのね」と再び切り出そうと口を開く。しかし今度はシャーリーがそれを遮り、話し始めた。
「いい加減にしなさい、ティアナ。違うんだよ?教えてあげるから。すずかさんの事も、なのはさんの事も、なのはさんの教導の意味も」
◆◇◆◇◆
すずかと、起きてきたシャマルも交えて、ティアナ、スバル、エリオ、キャロの四人を集め、モニターに映る映像を交えながら、シャーリーは話し始めた。
なのはは魔法など存在しない世界の、普通の子供だった事。ほんの僅かな偶然が、なのはをこの世界に巻き込んだ事。友達を、みんなを守る為に、無茶をし続けて戦っていた事。その無茶を続けた結果、2度も生死の境をさ迷い、2度目は、復帰絶望視されていた事。
すずかは魔法とは縁がなかったばかりか、異世界からの次元漂流者だった事や、闇の書事件、その後に起きたあの砕け得ぬ闇事件まで。
すずかはシャーリーが話す間は一切口を開かず、ずっと俯いたまま。
エリオを除いたフォワード3人は、驚き固まっている。
「当時、お医者様からは『復帰は絶望的。恐らく今までのようには飛べないし、魔法も今まで通り、という訳にはいかないだろう』って宣告されて‥‥‥辛かった筈なのに、なのはちゃん、私達の前ではそんな素振り一切見せなくて。
精一杯の笑顔で『無茶してこんな大怪我して‥‥‥みんなに迷惑かけて、ごめんなさい』って」
映像を見ながらシャーリーの後に語ったシャマルの言葉に声も出ない一同。
シャーリーがシャマルの言葉の後に続ける。
「なのはさん、みんなに自分と同じ思いして欲しくないんだよ。みんなが怪我しないで済むように、無事に帰ってこれるようにって‥‥‥‥‥‥」
◆◇◆◇◆
それを運良くか、はたまた悪くか。フィアッセは影から見ていた。
(えっ‥‥‥この間と同じ映像‥‥‥同じ、言葉‥‥‥‥‥‥)
その刹那。フィアッセの頭の中を走馬灯のように駆け巡る、記憶の奔流。
『ねえ、なのは。覚えてる?あのときの事』
『チクショウ!よくもなのはを!やるぞ、アイゼン!!』
『なのはちゃん、具合はどう?』
『なのは』『なのはちゃん』『なのはちゃん』『なのは』‥‥‥‥‥‥
『なのはちゃんだって物思いに耽りたい時だってあるよ、ね?』
『なのは、ミッドで一緒に暮らさないかい?無限書庫の司書長になったんだ。なのはを幸せにしてみせるから。だから、一緒に暮らそう、なのは』
(!!‥‥‥‥‥‥ユーノ君、私‥‥‥!)
思い出した。何もかも。『高町なのは』としての自分も、リハビリから逃げた自分も、そして‥‥‥ユーノからのプロポーズの言葉も。
フィアッセ、もとい高町なのははその場で泣き崩れた。あのときリハビリから逃げさえしなければ、この世界のもう一人の自分と同じように復帰できたかも知れない事実と、あり得ない次元の壁を越えてしまい、もう二度と友人達に、愛しいユーノに会えないかも知れない現実に。
大粒の涙を流して泣きじゃくる彼女は、想いに耐えきれずに言葉を洩らす。
「もう私なんか何て思わない。だからお願い‥‥‥帰りたいよ、ユーノ君‥‥‥」
思い出してしまったフィアッセ、もといなのは。
これから辛い現実と戦わなければなりません。
‥‥‥‥‥‥魔王降臨?有りはしません。すずかの世界には。