海鳴駅からそう遠くない高層マンションの一室。そこで休む二人の姿があった。一人は西洋人形のような可憐な少女。もう一人は17~18歳くらいだろうか。スタイルもよく、活発そうな女性。
「また食べてないじゃないか。ちゃんと食べなきゃ。あいつらだけじゃなくて管理局も相手にしなきゃならないんだよ?」
「うん。分かってるよ、アルフ」
アルフの不安は尤もだった。油断したとは言え、フェイトは白い砲撃魔導師に負けている。あれはまるでフェイトの手の内を全て知っているかのような動きだった。それにあの砲撃魔法の威力は脅威だ。
それから、もう一人。先日の動きを見る限り、氷結魔導師は手練れのよう。恐らく、白い魔導師を短期間でフェイトと互角以上に鍛えたのも彼女だろう。更には、管理局まで動き出してしまった。いくらフェイトでも、これ以上はジュエルシードを集められないかも知れない。そうしたら……あの鬼ババァ、プレシアがフェイトに何をするか分かったものじゃない。アルフは悪い方へ転がる一方のこの事態をどうすべきか悩んでいた。
「ねぇ、フェイト。二人で逃げようよ。もう充分頑張ったじゃないか。これ以上は無理だよ。プレシア……あの鬼ババァだって、ジュエルシードを持って行けなかったらフェイトに何するか分かったもんじゃないしさ?」
「母さんの事悪く言わないで?ジュエルシードを集めたら、きっと昔の優しい母さんに戻ってくれるから。そしたら3人で仲良く暮らせるよ?」
今のプレシアしか見たことのないアルフには、フェイトの言葉は信じ難かった。フェイトを信用していない訳ではないが、あれは文字通り『鬼ババァ』であって、フェイトの言う『優しさ』は欠片もない。プレシアを頑なに信じているフェイトにこれ以上は言っても無理だと判断し、別の道を考えるアルフ。
「分かったよ、フェイト。じゃあせめて、なるべく見つからないように動こうよ。あいつらと管理局の両方を相手にしてたら、いくら時間があっても足りないよ」
「うん。そうだね、アルフ。戦闘は必要最低限に抑えて行動しようか」
妥協案でようやく納得してくれたフェイトに安堵するアルフ。此れからは持久戦。フェイトに食欲が無いならせめて甘い物だけでも……と思って雑誌を開くと、この街には有名な喫茶店があるらしい。先の事は取り合えず、ここのシュークリームでも食べてから考えよう。アルフはそう考え、フェイトと買い物に出掛ける事にした。向かった先は幸か不幸か、『喫茶翠屋』…………
◆◇◆◇◆
「プレシア・テスタロッサさん?」
「そうだよ、なのはちゃん。フェイトちゃんのお母さんだよ」
「んで、そのアリシアってのがお姉さんって訳ね」
「うん。アリサちゃん。私の居た世界の話だけど」
なのは、すずか、アリサの三人は、翠屋のテラスで今後の対策について話し合っていた。時空管理局のリンディ提督との交渉はユーノがしている。
フェイトとアルフはこのまま引き下がるような二人ではない。ただ、あちらが二人では数的不利は明らかな為、今後は恐らくプレシアとアリシアも、それに此方の世界にも居ればだがリニスも出てくる、と予測しての作戦会議。
「多分だけど、三人ともかなりの魔導師だよ。私の居た世界では、みんな戦い方が上手かったから。特にプレシアさんは今の私やなのはちゃんだけじゃ勝てないくらい」
そう言って紅茶に口をつけるすずか。そのすずかの言葉に、アリサが溜め息をつく。
「ハァ。じゃあどうする?出来ればあのクロノとかいうロリコンはなのはに近付けたくないし、リンディさんに出てもらうとか?」
仮にリンディがすずかの世界と同等の力を持っているのなら出て欲しいのはやまやま。だが、『提督』という司令官である以上、リンディはそうそうは動けない筈。やはりなのはにレベルアップをしてもらうしかない。すずかはなのはに、あちらの世界のなのはの切り札の一つを習得させようと考えた。
「なのはちゃん。やっぱりなのはちゃんにはもっと強くなってもらおうと思ってるんだけど。これから一つ、強力な砲撃を覚えてもらいたいの」
「ふぇっ?ディバインバスターよりも?」
「うん。ハイペリオンスマッシャー。あっちの世界のなのはちゃんの切り札の一つだよ。超大威力砲撃なんだよ」
「で、でも」と躊躇するなのは。先日フェイトを撃ち抜き、撃墜したのを気にしているのだろうか。スターライトブレイカーはまだ無理でも、ハイペリオンスマッシャーなら、と思ったのだが、本人がやる気にならないのでは元も子もない。どうしたものかと悩んでいると、ユーノが戻ってきた。
「決まったよ、なのは、すずか、アリサ。これから暫く管理局に協力して一緒に行動する事になったよ。それから……」
「ユーノ君、ちょっと静かにして」
不意に、すずかはユーノの話を遮り、声を押し殺して静かに喋った。そのまま翠屋のカウンターの方を見ているすずかに、なのはが念話で訊ねた。
《どうしたの、すずかちゃん?》
《なのはちゃん、カウンターを見て》
疑問を浮かべたままなのはがカウンターの方を見ると、何処かで見たような後ろ姿。金髪のツインテールのそれは、もしや。
金髪のツインテールの少女は、並んでいるケーキを見てどれにしようかと真剣に悩んでいる。此方には全く気付いていないようだ。何処かで情報を仕入れて来たのだろうか、悩んだ挙げ句、シュークリームを選んだ少女。カウンターに居たなのはの姉、美由希に箱に詰めてもらって、代金を払い、嬉しそうな表情でその箱を大事そうに抱え帰ろうと180度向きを変えた所で、その少女は固まった。すずか達と目が合う。
「…………あ」
そう一言発したフェイトは、箱を抱えたまま全力で走り出した。文字通り逃げるように。
「ま、待ってフェイトちゃん!」
「待ちなさい、フェイト!」
それを見て追いかけるアリサとすずか。その遥か後ろを、「みんな待ってよ~」と息を切らせ走るなのは。すずかは一瞬なのはの方を振り向き、あの運動音痴はいつか何とかしないと、などと考え走る。
と、前を走るフェイトが転ぶ。ケーキの箱はバルディッシュに収納したから無事のようだが、フェイトはそうもいかなかったようだ。両方の膝を擦りむき、傷が痛々しい。その場に座り込んだままのフェイトのスカートが下着が見えそうな位置まで捲れあがっている。あれはせめて直してあげないと……と見ていたすずかは、そのフェイトの太股に、あるものを見付けた。
「フェイトちゃん、その傷は?」
「………」
前回対峙した時は気が付かなかったが、フェイトの太股には所謂、みみず腫れがあった。それも、一つや二つではない、かなりの数。もうかなり薄くなっていて目立つ程では無いにしろ、普通に過ごしていたら着くような傷ではないし、前回迄のなのはとの戦闘で着くような傷でもない。まるで何か細い物で何度も叩かれたような傷。しかも、こんな目立たない所に。そう言えば今の今までで、此方が確認しているのはフェイトとその使い魔のアルフだけ。プレシアは勿論だが、アリシアもリニスも見てはいない。すずかは一つの可能性を考えていた。まさか……
「フェイトちゃん、もしかして虐待……されてるの?悩みがあるなら私で良かったらお話ししてくれないかな」
「!! ちっ、違う!あれは私が上手く出来ないからで、母さんは虐待なんか……」
そこまで言ったフェイトは、しまった喋りすぎたと言わんばかりに口を両手で抑える。そのまま立ち上がると、周りに人が居ないのを確認して、転移魔法で逃げた。
まさか、フェイトが虐待されてるなんて。プレシアもアリシアもリニスも、フェイトだけにジュエルシードを押し付けて、失敗したら暴力で……。「フェイトちゃん……」と悲しそうな声で呟いたすずかに、息を切らせたアリサとなのはがようやく追い付いた。
「ハァ、ハァ、ハァ。すずかってば、やっぱり走るの早すぎ……」
「アリサちゃん、なのはちゃん。フェイトちゃんを助けなきゃ!」
◆◇◆◇◆
何とかすずか達から逃げたフェイト。ケーキはやっぱりアルフと一緒に晩御飯の買い物に行ってからにすれば良かった。そう考えた後に、先程のすずかの言葉を思い出す。
『虐待……されてるの?』
違う。母プレシアがそんな事を自分にする筈がない。ジュエルシードを集められない自分が悪いからであって、プレシアが虐待なんて……。そう言えば母さんが優しい態度を見せなくなったのは何時からだろう。
「虐待……なの?違うよね?母さん……」
一人呟いたフェイト。昔は優しかった。早くあの頃の母さんに戻って欲しい、と昔の事を思い出していると、ある言葉がフェイトに突き刺さる。記憶のなかで『アリシア』と言ってフェイトの事を呼ぶプレシア。あの時も、あの時も、あの時も。優しかった頃の思い出の中のプレシアは、何故か何時もフェイトの事をアリシアと呼んでいた。
(止めて!私はフェイトだよ!アリシアじゃない!もう止めて!)
頭を抱えてその場に座り込んだフェイトを、晩御飯の買い物から戻って来たアルフが見つける。
「フェイト!どうしたんだ!何かあったの!?」
心配するアルフの言葉は踞ったままのフェイトには暫く届かず。心労からかフェイトは次の日は熱を出して1日寝ている事になった。
頑張れフェイトさん。一番運動音痴ななのはさんがきっと現状から救ってぐれる筈。すずかが鬼ババァ(プレシアさん)に気づいた回でした。