ミッド郊外のとある展示場。keep outのテープを潜り、ティアナは現場に足を踏み入れた。
「お疲れ様です、執務官。手口からして、恐らく例のマリアージュの犯行かと思われます」
ティアナは挨拶をくれた現場の局員に「ありがとう。お疲れ様です」と返し、その殺人現場を確認する。
「これは‥‥‥?」
遺体の有った場所のすぐ上に、血文字で書かれた古代ベルカ語の文章。
「はい、執務官。犯人が残したものと思われますが、解読のほうは、まだ‥‥‥」
ティアナは徐に愛機を取り出し、それをデータに収め始める。
「クロスミラージュ、撮影お願い。出来る限り精密にね」
《Yes,ma'am》
一通りの角度から撮影し、改めて文章を見るティアナ。その血文字を睨みながら、彼女はゆっくりと解読していく。
「『詩篇の六。
かくして王の帰還は成される事無く、大いなる王とその僕達は闇の狭間で眠りについた。
逃げ延びた僕は王とその軍勢を探しさ迷い歩く』‥‥‥どういう意味かしら。何かからの引用?」
顎に手を当てて考え込むティアナ。引用だとすれば何かのヒントになるかもと、無限書庫に通信を繋ぐ。
《やあ、ティアナ。どうかした?》
「お久し振りです、司書長。実は事件絡みで調べて頂きたいものが有りまして」
ティアナは先程撮影したデータを送る。血文字で書かれたそれにただならぬものを感じたユーノは、顔を顰める。
《何かの引用かな?分かった。調べてみよう》
「ありがとうございます。犯人に繋がるかも知れませんので、出来れば早めにお願いします。それから、一応司書長も気を付けて下さい」
ユーノは険しい表情のまま、《例の連続殺人の?ありがとう、気を付けるよ》と答え、通信を切った。
◆◇◆◇◆
昼過ぎ。雫は聖王教会傍にあるアコース邸を訪れていた。
それなりに大きな家だが、周りの自然に溶け込むように作られており、派手さはない。なんでも、建てる時に『周りの自然に合った落ち着いた普通の家』と主張するアリサと、『バニングス家の娘の家として相応しいものを』と主張する彼女の父親デビット・バニングスの意見が対立した結果の妥協点らしい。
長女の忍が家を継いだ月村家と違い、バニングス家の後継ぎはアリサのみ。最近ではヴェロッサはバニングスグループの仕事の勉強をし始めたらしく、ちょくちょく97管理外世界に出向いている(デビットに連れ回されている)そうだ。
「こんにちは、アリサさん」
「雫ちゃん、いらっしゃい。雫ちゃんはほんと、すずかソックリよね」
座って紅茶を飲みながら話す二人。美人と呼んで間違いないすずかにソックリと言われるのは、一般的に言えば誉め言葉。だが、「ありがとうございます」と答えた雫のその反応が少しだけ鈍かった事を感じ取ったアリサは、すぐさま話題を変える。
「それでね、雫ちゃん。今日はちょっと試して欲しい事があってさ」
「試して欲しい事、ですか?」
首を傾げる雫の右の掌に、ヘッドフォンを方耳だけにしたような、左耳装着型のデバイスらしき物を握らせるアリサ。
「へっ?アリサさん、私魔法できませんし、デバイスなんて使えませんよ?」
雫の尤もな疑問に、アリサは「ああ、それデバイスじゃないのよ」と笑う。
「通信機、って言った方が正しいわ。魔力データを登録しておけば、特定の人間の念話を拾える。コッチの音声を変換してその相手に念話として送る事も出来るわよ。ま、コッチは声出してマイクで話さなきゃならないけどね」
要するに、携帯電話の電波を念話に置き換えた、と言ったところか。「まだまだ改良の余地ありね」と苦笑いしながら話すアリサ。
それでも雫は「いいんですか!?ありがとうございます!」と瞳を輝かせる。
「気にしないで。元々ウチの親が作れって言ってた物だし」
元々は、デビットがヴェロッサの念話を聞き取る為にアリサに開発を依頼したもの。魔力の無いものが完全に念話を使えるようにする機器は、アリサでもまだ流石に出来ないらしい。
「それでも、嬉しいです!」
満面の笑みを湛える雫に、アリサも安堵の表情を浮かべた。
◆◇◆◇◆
ベルウィードホテルの15階の一室。
「助けてくれ‥‥‥頼む‥‥‥」
《トレディアは何処にいる?》
「知らねえよ!ホントに知らねぇ!メールでやり取りしてただけで会った事はねぇんだ!本当だよ!」
《何処にいる?》
「本当だって!‥‥‥そうだ!確か‥‥‥」
◆◇◆◇◆
その日の午後。雫はベルウィードホテルに居た。手にはストレージデバイス。裏口へ回り、『翠屋からの配達』と言えば入れてくれるという。デバイスの中には注文のケーキ。『ごめんね、急な注文で誰も配達に出られなくって』とはすずかの談。アリサにプレゼントを貰い機嫌が良かった事もあり、雫は快諾して配達に出て、今はホテルの事務所へ向かうエレベーターの中。
‥‥‥と、エレベーターの電気が消えると同時に、上方からの爆発音。エレベーター内が揺れて、雫は恐怖でその場にしゃがみ込んだ。
(なっ、何が起きたの!?)
すぐに非常灯に切り替わり、暗闇からは解放されたが、エレベーターが動く気配は一向にない。
「だっ、誰か助けて!」
非常通話ボタンを押して、必死に叫ぶも応答はなし。先程の爆発で冷房が切れたせいか、中は徐々に高温になっていく。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ‥‥‥助けて‥‥‥誰‥‥‥か‥‥‥」
大量の汗。高温高湿度の狭い空間。徐々に奪われる水分と、少しずつ遠退く意識‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
◆◇◆◇◆
現場は混乱していた。
《司令、こちらソードフィッシュ01!10m先に生体反応があります!》
15階に着いたヴィヴィオの声が響く。ベルウィードホテルは、燃えていた。防災課の面々も迅速に行動してはいるが、火の回りが速すぎる。それに、シーズンのせいもあり、ホテルには多数の人が取り残されていた。ヴィヴィオ達特救もかなりの人数を救助したが、全員には至らない。
「急げソードフィッシュ01!もう余り時間がない!建物が持たねぇぞ!」
現場で隊員達に指示を飛ばすヴォルツも思わず「クソッ」と声を洩らす。
《ソードフィッシュ01、部屋へ侵入します!‥‥‥生存者発見しました!》
「よしっ!そのまま生存者を‥‥‥」
そう言いかけたヴォルツの言葉を遮り、ヴィヴィオは《生存者が、私の目の前で、自分の首を‥‥‥》と、不可解な言葉を発した。
「何だと!?ソードフィッシュ01、どういう事だ!」
《私の目の前で‥‥‥自害しました》
◆◇◆◇◆
ベルウィードホテルの入口から出て直ぐの敷地内。ルネッサを迎えるために近くに来ていたティアナは、ある人物にクロスミラージュを向けていた。
「マリアージュ、貴女を、逮捕します」
ティアナの目の前には、全身ボディスーツにバイザーの背の高い女性。ティアナのバインドで拘束されていて、身動きは取れないようだ。
《私に脱出の手段は有りませんね》
そう答えたマリアージュにゆっくりと近付くティアナ。深く被ったバイザーのせいで表情は伺い知れないが、全く調子を変える事なく、マリアージュが再び口を開く。
《トレディアとイクスに向かう手がかりは突き止めました。私がここで朽ちても、量機達が探し当てます》
そう言うと、マリアージュの右腕が不気味に動き、形が崩れ、液体に変化していく。微かに嫌な臭いがティアナの鼻を刺激する。
「この臭い‥‥‥!!」
ティアナがその臭いが燃焼液である事に気付いたのと同時に、マリアージュが爆発。ティアナは咄嗟に後退しながらシールドを張り、何とか難を逃れる。
「大丈夫ですか!?執務官!」
「ええ、ルネ。危なかったけど、何とか生き延びたわ」
肩で息をしているティアナは、漸く現れたルネッサに起こしてもらう。
「直ぐに鑑識に連絡して。目の前で燃えてるコレを分析してもらわないと」
「はい。分かりました、執務官」
今もブスブスと音を立てながら燃える、バラバラに飛び散ったマリアージュの遺体。マリアージュの『量機』という言葉に、ティアナはこの事件が只の連続殺人では終わらない事を確信していた。
◆◇◆◇◆
「ーーー!ーーー!」
誰かの声。雫は意識を取り戻すが、まだ朦朧としている。
「ーーー!ーーーーすか、ーーー!」
再び誰かの声。瞼が重く、開かない。
(誰‥‥‥?聞いたこと、ある声‥‥‥)
「ーさん!大ーーですー!」
少しずつ意識がハッキリしてくる。頭が重く、身体が上手く動かせないが、先程迄の様な燃えるような暑さはない。雫は漸く「だ‥‥‥れ‥‥‥?」と一言絞り出して、重い瞼を微かに開く。
「良かった!大丈夫ですか?雫さん」
「‥‥‥アイン‥‥‥ハルト‥‥‥さん?」
気が付けば、アインハルトに抱かれて空を飛んでいた。ホテルはすっかり炎に包まれている。脱水症状に陥っているものの、外傷もなく、無事。
「もう大丈夫ですよ、雫さん」
雫を救ったのは、翠屋の配達用デバイスの信号。ティオがいち早くその信号に気付き、アインハルトが救い出す事となった。
天然ドジっ‥‥‥じゃなかった、麗しの覇王、アインハルトさんがafter storyまで来て漸く初登場。
事件も佳境へ。