その日は大変だった。雫は助け出されて病院に搬送されて。フェイトは急遽仕事を中断して飛んで来て雫の手を握ったまま泣きじゃくるし、すずかは責任を感じて涙目で「ごめんね」と繰り返す。
幸い1日で回復して退院出来たのだが、その退院時も心配性な母親二人に抱き付かれて歩き、雫は「もう!二人とも恥ずかしいよ」と口では言っていたものの、内心は二人の愛情を改めて感じる事が出来て嬉しかった。
そんな母娘はさておき。ベルウィードホテルの一件でマリアージュの口から出た『トレディア』『イクス』という新たなワード、それに『量機』。これらの意味する所を求め、再び無限書庫へと通信を繋ぐティアナ。
「何度もすいません、司書長」
《構わないさ。何処かの提督の依頼に比べたら、そこまでじゃないしね。そうそう、この間の詩だけど、引用じゃないみたいだ》
「オリジナルって事ですか?」という問いに、《そうだね》と頷くユーノ。元々使い慣れているのか、意図があって使ったのか、若しくはミスリードか。ティアナが思考を巡らせている所で、先程から何かを考えていたアインハルトが口を開いた。
「あの、ティアナさん。『マリアージュ』の事なんですが」
「どうしたの?アインハルト」
「何処かで聞いたような気がしていたのですが、思い出しました。両腕の武装と、液化による自爆。相手の死体にコアを埋め込み、無限に増殖していく、ガレアの死体兵器。それが、マリアージュ」
眉間に皺を寄せて「てことはやっぱり古代ベルカ関連か‥‥‥」と悩むティアナと、その脇でピクッ、と微かに眉を動かし反応するルネッサ。
「『トレディア』なら、知っている」
遅れて合流してきたチンクが、今度はトレディアについて語りだした。
「トレディア・グラーゼ。13年前、JS事件でドクターに合流する予定だったオルセアの活動家だ。事件の1年前に亡くなって、実際には参加しなかったがな」
「厄介な事件になりそうね‥‥‥」
話を聞いて顔を顰めるティアナ。トレディアが死亡しているとなると‥‥‥。ティアナが考えあぐねていると、再び無限書庫からの通信。
《ティアナ、いいかい?》
「司書長?」
《イクスとマリアージュなんだけど、直ぐに見つかったよ。『冥府の炎王イクスヴェリア』》
冥王について語るユーノ。そのモニターに気を取られていた一同は、ルネッサが密かに唇を噛んだ事には気が付かなかった。
◆◇◆◇◆
2日後、朝。すっかり元気になった雫は、宿題の続き、職場体験の準備をしていた。
(今日は楽しみだな♪)
ヴィヴィオが話を通してくれたお陰で、今度はマリン・ガーデンに行ける事になったのだ。またあの幻想的な海底トンネルを見れるとあって、雫も御機嫌。
(あ、そうだ)
雫はアリサから貰った、通信器をバッグに仕舞う。終わってヴィヴィオに迎えに来てもらう時に使ってみようと思ったのだ。「雫、朝ご飯だよー」というすずかが呼ぶ声に「はーい、今行くー」と答え、パタパタと部屋を出た。
すずかに「お仕事の邪魔にならないようにね?」と言われて家を出た雫。親切な職員にオープン前のガーデン内を案内されながらメモを取る。途中、海底トンネル内も通った。その日はどうしてかは分からないが、張られたクリスタル越しに見える海底遺跡が気になって仕方がない。
オープンの時間も近付き、その日は一先ず職場体験は終了。
ヴィヴィオが迎えに来るのは午後。それまではガーデン内で待っていようと、雫が入口方面へと歩き始めた所で、事件は起きた。
雫の正面、入口付近で轟音と共に爆発。舞い上がる土埃の中に浮かぶ人影に足が竦みそうになりつつも、雫はガーデンの奥へと走り逃げる。
(何あれ‥‥‥と、兎に角逃げなきゃ‥‥‥!)
◆◇◆◇◆
《火災規模はコンディション7!消火剤、消火弾急げ!各員はセンサーと目視で人命救助を最優先しろ!》
現場ではヴォルツの怒号と、慌ただしく動く局員。これがオープン時間中だったら、大惨事となっていたに違いない。今もあちこちで爆発の起きるマリン・ガーデンの職員を救助しつつ、消化活動に当たっていた。
《こちらソードフィッシュ01。現在、東アクアラインを進行中!》
《何時崩れるか分からない。くれぐれも無理はするなよ!》
《ソードフィッシュ01、了解!》
ヴィヴィオは逃げ遅れた人が居ないかを確認しながら、最深部へと進んでいた。
一方の雫は、マリアージュから逃げる為、奥へ奥へと入っていた。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ‥‥‥」
乱れた呼吸。何故か自分の逃げる方向へと来るマリアージュ。かなり距離は離したようだが、雫は最深部、海底トンネルまで来ていた。
(どうして追ってくるの!?怖いよ‥‥‥暑いよ‥‥‥助けて、ママ)
気付けば炎で退路を塞がれ、トンネル内から脱出不可能となっていた。度重なる爆発の衝撃と、炎。ヒビの入り始めたトンネルが崩れるのは、最早時間の問題。
雫はアリサから貰った通信器の存在を漸く思い出し、藁にも縋る思いで電源をONにして叫ぶ。
「助けて!誰か!助けて!」
次の瞬間。トンネルは崩壊。水が流れ込むが、それも直ぐに収まる。崩れた瓦礫が蓋の役目をして、海水の流入を上手く防いだのだ。流れ込んだ水が緩衝材の役割を果たし、雫は奇跡的にも無事だった。‥‥‥左足を負傷した以外は。
(痛い‥‥‥!!痛いよ!)
流された時に何処かにぶつけたのか、雫の左足は脛の骨が折れていた。その場で座り込んだまま、痛みに耐えられずに大粒の涙を流す。
泣きながらも雫は辺りを見回す。兎に角、何とかして逃げなくてはならない。
雫はスカートの裾を指2本分の太さで一周分器用に破く。手の届く所に運良く落ちていた手摺の一部を掴み、それを折れた脛部分に当てて、破った布を巻いて固定する。これでも元レスキューだったすずかの娘だ。最低限の知識くらいはある。
止めどなく溢れる涙を拭いながら、再び辺りを見回す雫。そこで漸く、自分以外の人物の存在に気が付き、声をかけた。
「貴女も、逃げ遅れたの?」
そこには雫よりも少し年下であろう少女が居た。碧色の綺麗な瞳の、優しそうな少女。少女は真剣な眼差しで雫に訴える。
「ここに居てはいけません。早く、逃げて」
「逃げたいけど、怪我しちゃって動けないの。私、雫。貴女は?」
一人ではない事に少し落ち着きを取り戻した雫。その雫の問いに少女は戸惑い、少しの間を置いた後、答えた。
「‥‥‥‥‥‥イクスヴェリア」
雫が少女と握手をしようと手を伸ばしたその時。奥の壁が崩れ、マリアージュが現れる。丁度雫はマリアージュからイクスを隠すような位置に座り込んでいた。
《見つけました。イクスを渡しなさい》
イクスは「逃げてください、早く」と急かすが、雫は恐怖でその場から動けない。そうしている間にも、マリアージュは二人に少しずつ近付く。
マリアージュの右腕が刀に変化し、雫がもう駄目だ、と諦めてかけた瞬間だった。微かに聞こえた「『バスター!』」という声と、二人の目の前を走る虹色の魔力砲。
「お姉ちゃん!」
「ごめんね、雫ちゃん。遅くなっちゃった」
砲撃で出来た穴から飛び出し、マリアージュから二人を庇うように立ったシルバーのエース、ヴィヴィオ。マリアージュを警戒しつつも、抱き付いてきた雫の頭を優しく撫でる。
「雫ちゃん。もう大丈夫だから」
「怖かったよ、お姉ちゃん‥‥‥」
そんなヴィヴィオの表情を見たイクス。紅と碧の瞳、虹色の魔力光のヴィヴィオに驚いた様子で呟いた。
「そんな、まさか‥‥‥聖王‥‥‥?」
イクスたん登場。
冥王と聖王初顔合わせの回。
次回はもうクライマックスですねぇ