「ほら、雫。見えてきたよ。もうすぐだからね?」
すずかがニコリと微笑む。キャッキャとはしゃぐ雫を抱っこし、フェイトと共にその道を歩く。
視界に映るのは、泣く子も笑うホビーショップ、T&H。
「お店も忙しかったし、プレシアさんに会うの久し振りだね」
「そうだね。母さんに雫紹介するの初めてだし。何だか緊張するなぁ」
入口を潜り、ブレイブデュエルスペースへと足を運ぶ。
「へぇ‥‥‥」
いつもながら、盛況である。今回は雫を連れているし、余り目立つ事はしたくはない。何せ‥‥‥すずかにくっついているこの雫は、クローンだけあってすずかと瓜二つ。大人になった今のすずかなら兎も角、雫の方は、居なくなった当時のすずかの面影があまりにも有り過ぎる。
無用な騒ぎは立てたくはない。
‥‥‥のだが。
「ままー!ままー!」
雫はすずかの手を引っ張り、フロア内を走り回る。一見すれば娘に振り回される母親に見えるが、それは『月村すずか』を知らない者の視点である。
《すずか、あんまり目立たないほうが‥‥‥》
フェイトの念話に《うん、そうなんだけど‥‥‥》と答えはするが、雫は収まらない。引っ張り走る雫が女の子にぶつかって、その子が尻餅をつく。
「いたた‥‥‥」
「ごめんね、大丈夫‥‥‥アリシアちゃん‥‥‥?」
ぶつかられたアリシアの方も気が付いたようで、「あ‥‥‥確かママのお友達の‥‥‥」と口にしている。
「うん。プレシアさんに会いに来たんだけど、ちょっと見学して行こうと思って」
◇◆◇◆◇
客室へと通され暫し待つ、すずか、フェイト、雫の3人。案内の最中、アリシアがチラチラと此方を見ていたのは少し気になるが、一先ずはプレシアに報告せねばならない。
「フェイト、すずかちゃん、お待たせ」
扉が開き、プレシアが現れる。何時ものように挨拶を交わそうとしたプレシアだが、すずかに抱かれている少女を見て停止する。
「‥‥‥その子、クローンね?」
流石はプレシア。雫を見て直ぐに分かったらしい。「はい。私の、クローンです」と雫の頭を優しく撫でながら微笑を浮かべるすずかを複雑な表情で見ているプレシアに、フェイトが事情を話す。
「母さん、この子‥‥‥雫はね?違法研究施設から保護したんだ。それで、すずかと私で育てよう、って」
「そう‥‥‥」と表情を変えずに答えたプレシア。自分の我が儘で始めた研究『プロジェクトF』の被害者がまた増えてしまった、と自責の念に駆られているのだろう。そんな様子のプレシアに、すずかは笑みを浮かべたまま話す。
「お義母さん。こういう言い方しか出来ませんが、私は、感謝しています。管理局からすれば確かに違法な研究かも知れませんし、取り締まる側に居た私が言うのは変なのかも知れません。けど、お義母さんが『プロジェクトF』を進めてくださったお陰で、私はフェイトちゃんとこうして一緒になれました。それに、この子にも」
「‥‥‥そう言って貰えると、助かるわ」
プレシアが漸く表情を崩す。ぎこちなくはあるが、彼女は笑みを見せている。
「私も、感謝してるよ。私を生んでくれてありがとう、母さん」
「フェイト‥‥‥」
今度はプレシアは涙ぐむ。そんな感動の場面に、「へいとままの、まま?」とやっと関係を理解して口を開いた雫。プレシアが涙を拭って、満面の笑みを向ける。
「そうでちゅよー、バーバでちゅよ、雫ちゃん」
ヴィヴィオの時とは全く別のリアクションを見せるプレシア。一瞬フェイトとすずかは驚いたが、直ぐに納得して笑顔になる。
「そっか。ヴィヴィオはなのはの一人娘だもんね。雫は、私とすずかの子。母さんにしたら孫だもんね」
「良かったね、雫。お義母さん、抱っこしてみますか?」
「ばーば!ばーば!」とはしゃぐ雫を、プレシアは恐る恐る抱きあげ頬ずりしている。そんな団欒のひとときに、コンコン、とノック音。
「アリシアね?どうしたの?」
ノック音だけで扉の向こうの人物がアリシアだと分かったプレシア、恐るべし。静かに扉を開けて、紅茶と菓子を持ったアリシアが入ってくる。
「ママ、お客様にお茶だよ。それから、えっと‥‥‥ゆっくりしていってください」
アリシアは紅茶と菓子の乗ったトレンチをテーブルに下ろして、紅茶を並べる。ただ、アリシアは何時もの営業スマイルではない。悩んでいるような、動揺しているような、そんな複雑な表情。
「アラ。アリシア?何かあったの?」
そんな様子にプレシアが気付かない訳はない。声を掛けられたアリシアは、「ううん、何でもない」と静かに答えただけ。ただ、視線は時々チラチラとすずか達の方に向けられている。確かに、アリシアはすずかやフェイトとは数回会ってはいる。すずかもフェイトも大人の姿なので、今までは『フェイトやすずかに似てる人』という程度の認識だったのだろう。ただ、今回はアリシアは雫を見てしまっている。少女時代のすずかと瓜二つのこの子が、すずかが突然居なくなった事と関連させずにはいられなかったのだろう。
《ねえ、すずか。姉さんには言っても良いんじゃないかな?此方の世界の私は知ってるんだし》
並行世界の存在は、なるべくならば知られないほうが良いに決まっている。それを知っているのは、此方の世界ではプレシアとその娘、フェイト・テスタロッサ少女の二人だけ。ただ‥‥‥このまま此方の親友の一人アリシアに嘘を突き通せる程、すずかは強くは無い。
フェイトの念話に、《‥‥‥うん》とだけ答える。
何処から説明したものか、と悩んでいるすずかとフェイトの様子を察したらしく、雫を抱っこしたままではあるが、プレシアが口を開いた。
「すずかちゃん、フェイト。アリシアには私が説明するわ」
プレシアが目の前の二人を『すずか』『フェイト』と呼んだ事に「‥‥‥‥‥‥え?」と驚き呆然とするアリシア。プレシアは静かに物語を語るような優しい口調で、アリシアに説明を始めた。
◇◆◇◆◇
「待って、待ってママ。今整理してるから待って」
「うーん、うーん」と唸りながら、聞いた話を必死に理解しようとしているアリシア。そもそも並行世界がある、等という話。信じろ、というのに無理がある。
「えっと、貴女が、その‥‥‥すずかで、隣の貴女が‥‥‥別の世界のフェイトで、この子は‥‥‥すずかのクローン‥‥‥?」
「そうだよ。今まで黙っててごめんね、アリシアちゃん」
やっと事態を理解しようとしているようで、アリシアも落ち着いてきたようだ。何か考え付いたらしく、「あのっ」と口を開いたアリシアに、「うん?」とすずかは首を傾げる。
「確かめても、良い?ブレイブデュエルで」
アリシアの提案は簡単だった。ブレイブデュエルのパーソナルデータは本人しか使えない事を利用した確認方法。もしすずかなら、此方の世界のすずかとしてログイン出来る、という事のようだ。
「あの‥‥‥出来たら、フェイト‥‥‥さんも」
「フェイトで良いよ、『姉さん』」
どうにも、歳上の大人のフェイトを呼び捨てにするのには抵抗があるらしい。すずかと違いフェイト少女がこの世界に存在しているのも理由のひとつなのかも知れないが。
◇◆◇◆◇
ログインし確認を終え、客室へと戻ってきた一同。改めてソファに座ったすずかに、アリシアが突進してきて抱き着く。
「アリシアちゃん‥‥‥?」
「バカッ!すずかのバカっ!!」
「‥‥‥うん、ごめんね」
堪えきれなくなって、すずかの胸で号泣し始めたアリシア。そっと抱き寄せたすずかに、アリシアは泣き声を一時堪えて必死に声を絞る。
「言うから‥‥‥ヒック、ヒック‥‥‥アリサとなのはにも‥‥‥ヒック‥‥‥言うから‥‥‥」
言い切って、アリシアが再び泣き出す。「うん、うん」と柔らかな笑みを向けるすずかを、フェイトとプレシアは笑顔で見つめる。
そうして、そのあとアリサとなのはが突撃してきて、T&Hエレメンツの5人は、真の意味での再会を果たしたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「へぇ、そうだったんだ。全然覚えて無いよ」
「そうだよね、あのとき雫はまだ3歳だもん」
夜。翠屋ミッドチルダ店兼自宅のリビング。やっと納得し立ち上がる雫と、昔を懐かしむすずか。
「あ、ママ。明日はヴィヴィオお姉ちゃんとショッピング行ってくるから」
「うん、気を付けてね」
すずかはあの時と変わらない笑顔を向ける。「大丈夫だよ、世界一のシルバーエースが一緒なんだよ?」と此方も笑顔を返す雫。
「それでも、だよ。じゃあ私は‥‥‥明日はフェイトちゃんとゆっくりしてるから」
「えっ!?フェイトママ明日休みなの!?聞いてない!!」
「フフフッ、言ってないもん。それじゃお休み、雫」
「もーうっ、ママったら!」という雫の怨み節を背中に聞きながら、すずかは悪戯な表情で自室へと歩いていく。
真に完結と言っておきながらですが、一話だけ。
雫を初めてプレシアの元に連れて行った時のお話。始めはR-18で書く予定だったのですが、R-18要素入れる場所が無かったので、此方へ。