蒸気で動く機械人形だけの街で、石炭をうる貧民層の少女が主人公となっています。
ブリテン島の東、ロンドンの港より出帆し寒風と波高い北海を過ぎた先に一つの島が浮かんでいた。
赤茶けた大地にはわずかな草木と小動物の姿があるのみだったが、この島の利用価値はその地下にあった。
大地は採掘機械によってえぐられた穴があちこちにうがたれ、地下より運び出された石炭が船に乗せられブリテン島での人々の生活を潤していった。
採掘と運搬は効率化され、やがて一つの塔を形作り、いつしか人々から“蒸気塔”と呼ばれるようになった。
蒸気塔は管理者たちが住まう上層、物資の流通を担う中層、そして地下の石炭を掘り続ける下層に分かれていた。
頭上に塔をいただき日の当たらぬ下層では、ツルハシが地面を穿つ音と、掘り出した石炭を乗せたトロッコが動く音が絶えず響いていた。
採掘場では人間の姿はなく、つるりとした凹凸のない真鍮の顔を持つ人形たちのみが作業に従事していた。
土埃と煤煙にまみれもとの色がわからない薄汚れた作業着に身をつつみ、油の切れかけた関節を軋ませながら、それ以外のやることがないとばかりに同じ作業を繰り返していた。
やがて、鉦を3度鳴らす甲高い音が鳴り響くと、作業の手を止めてゾロゾロと採掘場から離れていった。
岩と土くれだらけ場所から作業員が自分たちの住居に戻る途中、初めて人の声が響いていた。
それは少女の声のようだったが、作り物めいた安っぽい響きがあり、人工の明りしか照らさない地底の底に合っていた。
「石炭~、採れたての石炭はいかがですか~。不純物なしの蒸留水もご一緒にどうぞ~」
作業員たちよりも一回り小さく華奢なつくりの少女人形は、肩に白いケープをまき石炭のつまったバスケットを片手に、道を行き交う人々に声をかけていた。
蒸気塔で働く真鍮の人形にとって石炭が動く糧であり、往来で石炭をうるものたちの姿は珍しいものではなかった。
作業員たちは言葉を発することなく少女に近づくと、懐から赤錆びたコインを取り出した。
「ありがとうございます!! 作業おつかれさまでした」
少女は真鍮で鈍く輝く手で、バスケットの中から不揃いで小粒な石炭を取り出した。
顔パーツに丸い空洞のみが二つついただけの作業員に石炭を手渡すと、少女は硬質な顔パーツを変形させて、人間のような笑顔を作った。
蒸気塔には人間はいない、存在するのは真鍮で形づくられ歯車を筋肉とし、蒸気で動く人形たちだけだった。
人形はなぜ自分たちが石炭を掘り続けるのかという意味を考えることもなく働き続け、壊れればジャンクとして回収され、また新たな人形の部品として流用される。
それが、ここに作り出された者達にとってのルールであり常識であった。
「ふぅ、今日はあまり売れませんでした。屑石炭の仕入れ値も上がって値上げしたせいかもしれませんね」
点在するガス灯が照らす薄暗い道を、石炭売りの少女人形が歩いていた。手に提げているバスケットの中身はあまり減っておらず、元は白かったであろう汚れた前掛けに入れた売り上げ金もわずかしかなかった。
「なんだか、最近、採掘場からも石炭があまり出てこないようですし、大丈夫なんでしょうか……」
物言う機能がない作業員たちを相手にしているせいか、少女人形にとって独り言がクセになっていた。
やがて少女は家ともよべないような適当な廃材を組み合わせて作ったあばら家が乱雑に並ぶ中を通り、自らの住処に戻ってきた。
入口の前に恰幅のよい中年女性の姿を模した人形が、帰ってきた少女人形を仁王立ちで待ち構えていた。
「もどったね。なんだい、今日も売り上げほとんどないじゃないの」
「今日は3人に買っていただけましたよ。ほら、これが売り上げです」
女性人形の嫌味な物言いに対して、少女人形は自慢げにコインを数枚手の平にのせて見せた。
「のんきなもんだね。まあいいわ、今月の売り上げ足りなかったら、役立たずとしてジャンク品として回収させるからね」
「大丈夫ですよ、お預かりした石炭の残りももう少しですから。もしかしたら明日にも売れちゃってるかも知れません」
ニコニコと笑顔を少女人形をうろんな目つきでにらんだあと、ふんっと鼻を鳴らして女性人形は立ち去っていった。
その姿がなくなったあと、少女人形は薄い扉を開けて自宅へと頭をかがめながら入っていった。
収納用の小さな棚が一つそれだけで一杯の家の中には、もう一つ一抱えほどある木箱が置かれていた。
少女人形がフタをあけると、中にはバスケットの中に入っていたものと同じ小粒で不揃いな石炭が半分以上残っていた。
「あと2週間もあるし、大丈夫だよね。うん、明日もがんばろー」
自らを元気付けるように勢いよく手を掲げると低い天井にゴンとぶつかり、ぱらぱらとほこりが舞い、少女人形は目を白黒させた。
次の日、少女がいつものように帰路につく作業員たちに声をかけるが、まったく売れる気配がなかった。
その後、数日間売り上げがないまま、トボトボと重い足取りで歩く少女の頭には、売掛金の集金にやってくる元締めの姿を思い出していた。
「どうしよう、どうしよう……、今月分足りない。売れなきゃジャンクの部品にされちゃう……。でも、それでみんなの役にたてるんだから、いいのかな」
役立たずは即分解され再利用されるというのがこの最下層におけるルールであり、そこに人間のような温情は存在しなかった。
手や足のパーツを切り取られ、頭だけになった自分がなにもできないまま溶鉱炉でドロドロにされるシーンが、少女人形の頭に浮かんでいた。
薄暗がりの道をうつむき気味に歩く少女人形の目線の先に、よく手入れのされて光沢を放つ革靴が見えた。
この掃き溜めのような場所にあまりに不似合いな品を見て立ち止まり、目線をあげるとそこには仕立てのいいスーツを着込み白髪を後ろに撫で付けた紳士の姿をした人形が立っていた。
顔には人間の肌質のようなラバーが張られ、一目で高級機体だというのが見て取れた。
「え、
下層で作業要因として使い捨てにされる
「私はこの採掘場の指揮をとっているものの一人です。現場の声を聞きたいと思いましてね。発声機能を持つあなたに声をかけたのですよ」
「で、でしたら、あのあの、最近石炭の産出が減っててですね!! 石炭の価格も上がっちゃってて!!」
少女人形は紳士に自らの窮状を訴えるように早口でまくしたてながら詰め寄った。
「まあまあ、ちょっと落ち着いてください。そこの喫茶店でも腰を落ち着けませんか?」
「でも、あそこは……」
紳士が指さす先には、煤煙避けと防音が施され少女では一生縁がないレンガ造りの重厚な門構えをした高級店があった。
おごりますからという一言を聞くと、少女人形はパッと表情を明るくさせて軽い足取りでついていった。
「すごいですね、これが高級ブレンドオイルですか。全然色が濁ってないです」
少女人形は高級茶器に入れられたオイルをツツッと口に含み、その滑らかさを堪能していた。
オイルを含んだおかげか、真鍮の紳士の質問にたいしても滑らかに答えを返すことができていた。
「なるほど、石炭の産出量の減少ですか」
「はい、作業員のおじさんたちも一日で消費する石炭を節約しているそうです。中には、それでも足りなくてジャンクにされてしまった方々もいました。わたしもできたら安く提供できたら、あの人も……」
膝の上においた手をギュッと握る少女人形を見ながら、紳士は顎に優しげに目を細めた。
「貴女は最下層の中で生きるには優しすぎる。皆、いつ自分がジャンクにされるかという恐怖で、いつもでも他人を蹴落とせるように生きているというのに」
「だって、わたしの体も前にここで働いていたひとたちのパーツを使って作られてて、他のひともそうやって生まれてきて、それって……、なんか家族みたいじゃないですか」
「……家族、か。ふふっ、おもしろいことをいいますね、あなたは」
「えっと、あれ、変でしたか」
照れて焦る少女人形に、紳士は柔らかな微笑を向けていた。
「あなたに興味を持ちました。私の方からちょっとした伝手で、あなたに石炭を融通しましょう」
「えっ!? い、いいんですか!!」
「本当ですよ、
少女は偶然拾った幸運を、紳士に向かって何度も頭を下げていた。
翌日、少女は真鍮人形の使いだと名乗るラフな格好をしパーマのかかった黒髪の大柄な男の姿をした
「あの? こんなにいいんですか?」
「問題ない、旦那様からそちらの好きにしていいとおおせつかっている。自分で使うなり売るなり自由にしろ」
男は無愛想な声でまた来週来るというと、その場を立ち去っていった。
少女人形は、木箱の中から一つを取り出し石炭の具合を確かめていた。
「いつもの屑石炭よりも大きいし、ずっしりしてて質もいいみたい。すこし黒っぽいような紫みたいな色してるのかな? でも、ほんとに、こんないいのもらっちゃってよかったのかな。代金もあれだけなんて……」
少女人形は数秒悩むが、紳士からの好意と受け止めることにして、いそいそとバスケットに石炭をつめていった。
採掘場からの通路で少女人形の声が響いていた。
「石炭~、石炭はいかがですか~。質よし味よしでしかもお安く提供しています~」
常連の何人かが近づくと、少女人形は笑顔でバスケットの中身を見せた。
作業員たちは新しい石炭を見た途端、財布を取り出し購入を決めていった。
その様子を見ていたほかの作業員たちも群がり始め、いつにない盛況さを見せていた。
帰り道を歩く少女人形の足取りは軽かった。
「今日は~たぁっくさん売れたぞ~。おじさんたちも喜んでくれたし~」
少女は空っぽのバスケットをぶんぶんと振り回し、外灯の下でくるくると踊っていた。
「そういえば、余った屑石炭の方はどうしよ? もう十分お金は集まったんだよね……。まあいっか、自分で使えばいいよね」
少女は独り言をつぶやくと、一人で納得したようにうなずいていた。
やがて一週間が過ぎた頃、少女の家にまた男が木箱を持って現れた。
「えっと、まだ、前回の分が残ってるんですけど……」
「オレは旦那様の言いつけどおり持ってきてるだけだ。言っただろう、お前の好きにしていいと。いらないなら、その辺のやつらにでも配ってやればいい」
男がくいと顎をしゃくりと、その先には片腕をなくし力なく路上の隅に横たわる作業員の姿があった。
「それじゃあな。また一週間後にくる」
男が去っていくと少女人形は余った分の石炭を持って、路上に横たわる作業員に近づいていった。
さらに一週間後、少女の家にまた男がやってきた。
「今週の分だ。なんだ、今回は使い切ったのか」
「動けずジャンクになるだけのひとたちに配ったら、とっても喜んでくれました!!」
「……そうか、それじゃあな」
男は喜ぶ少女人形に無愛想な返事をしただけで、すぐにその場を後にした。
一週間後、男が少女の家に来ると
「あっ、待ってたんですよ!! よかった!!」
少女は空になった木箱を持って困った顔をしていた。
「なんだ、どこまで配り歩いたんだ。しょうのないやつだな。少しはもうけようとは思わんのか」
「ちがいます……。作業員のおじさんたちが石炭をもっとくれっていってきて、食べすぎなはずなのに、もっともっとって……」
「……そうか、また一週間後に来る」
「あの!! できたら次はもっとたくさんもってきていただけると助かるのですが、だめ、でしょうか?」
「悪いが、木箱一つ分というのが旦那様からの指示だからな」
「そう、ですか……。すいません、無理を言ってしまって」
にべもない返答をする男に少女人形は落胆しながら、その背を見送った。
一週間後、男が少女の家に木箱を届けるために薄暗い道を進んでいた。
前方の暗がりの先で寝そべっている人影に違和感を感じた男は立ち止まった。
「作業用の
上位の
その顔に開く二つの空洞からは、奇妙な赤い光がもれていた。
「命令だ。止まれ」
男の言葉など聞こえないように作業員は近づき、やがてその手を振り上げた。
しかし、男が手を一閃させると、あとには鋭利な断面をみせて立つだけの脚部パーツが残り、遅れるようにガシャンと音を立てて上半身パーツが地面に転がった。
「1335時、暴走を確認、強制停止処分を実行」
男は手から伸びた剃刀のごとき刃を腕部に収納すると、転がった金属塊には一瞥もくれずにまた前を進み始めた。
やがて、男が少女人形の家にたどりつき中をのぞいた。
「む? いないのか……、それに荒らされているようだな」
わずかばかりあった家具は叩き壊されるようにあらされ、とくに石炭が入っていた木箱は一枚一枚木をはがすように念入りに分解されていた。
「す、すいません!! ちょっと留守にしていたもので」
背後から聞こえた声に男が振り返ると、済まなそうに頭を下げる少女人形の姿があった。
「いや、いい。それよりも、一体何があったんだ?」
「え? あ、あああああ~~~」
家の中をのぞいて初めて我が家の惨状を知った少女人形は大声を上げた。
「はあ、たまにあるんですよ。こんななにもない場所に泥棒に入ってもしょうがないのに。困っちゃいますよね」
「それよりも今週分だ」
「ありがとうございます!! これでまたおじさんたちに石炭を売りにいけます」
男が抱えていた石炭の詰まった木箱を置くと、少女は顔をぱっと明るくさせた。
「ところで、ここに来る途中の路上で暴走状態の
「え!? 暴走状態!! だ、大丈夫だったんですか。どこか欠損とかはないですか!!」
「問題ない」
「はあ、よかったです~。この前採掘場でも出たらしくて、そのときはおじさんたちにたくさん被害がでてしまったそうで、ほんと怖いですよね。暴走なんて滅多にあることじゃないのに、最近色んなところで聞くようになりましたよ」
「そうか、採掘場でも発生していたか」
動かない男の表情を見ながら、少女人形は自らが心配されていると勘違いした。
「でもでも、石炭を売らないとおじさんたちが動けなくなっちゃいますので、わたし、がんばります!! わたしってば、逃げ足だけは自信があるんですよ」
「そうか、その調子でいくといい」
男は少女人形の行く末についてふと頭に浮かべるが、特に気にした様子もなく、外灯に照らされた薄暗い道の中に姿を消していった。
少女人形は笑顔を浮かべながら、新しく届いた石炭をバスケットにつめて、油の切れ掛かった脚部を軋ませながら採掘場に向かって行った。