サトシに憑依したので冒険してみようと思う(改題) 作:エキバン
もっと執筆速度を速くできるようになりたいです。
道路をしばらく歩くと大きな門が見えた。門の一番上の看板には『ようこそニビシティへ』と書いてあった。
俺たちはニビシティに到着したのだ。
門から見下ろす町は静かだった。
ニビシティは石の町としてかつては有名だったそうだ。
昔は宝石や大理石がよく採れたため、宝石を掘って一攫千金を狙おうとしたり、自分の装飾品や意中の人へのプレゼントのために宝石を求めてこの町に訪れる人が多かったらしいが、今は石も掘り尽くされて昔のような活気はない。
ポケモンジムのある町としてほかの町から来たトレーナーたちが時々訪れることがあるくらい。
それがニビシティの現状だ。
ネットで調べたニビシティの情報を一通り閲覧し終えると、俺たちの中には微妙な空気が流れてた。
「なんだか寂しいね」
「……今のカントーの町はそんな状況が多いのよ。今は子供の数が少なくなってるの。そうなると町から人が減ってどこも不景気になるのよ。町はそれぞれ持ち味を生かして人を集めようとしているけど、上手くいかない……」
リカの言葉にカスミはどこか悔しそうに語る。
そして、続ける。
「聞いた話だと、このニビシティでは石売りしてる人が結構いるみたいよ」
宝石は無いけれどかつて良い石が取れた夢の町をお土産にどうぞということか。
「石売り……ね。なんつーか、きっとまだまだ夢を追ってるんだろうな。それが自分のためなのか町のためなのかわからんけど、
「ははは、なかなか鋭いじゃないか」
「「「わっ!?」」」
いきなり知らない声が後ろから聞こえたことで俺たちは同時に驚きの声を上げた。
振り返ると、そこにいたのは帽子を目深にかぶり、髭をたくわえた壮年と思しき男がいた。
「儂がここの石売りのムノーというものだ」
老いているが重く太い声でムノーさんは名乗った。
俺は先程の話を聞かれてたと思うと申し訳なくなった。
「あの……生意気言ってごめんなさい」
しかし、ムノーさんは快活に笑った。
「ははは、構わんさ。本当のことだ……あのころは良かった。皆が明日に夢を見ていた。儂も夢を追ってずっと生きている。それでしがない石売りに成り果てているがな」
そう語るムノーさんの声はだんだん寂しそうになっているように思えた。
「それでも特色が無いわけではない。例えば化石だ」
「化石?」
ムノーさんは声の張りを戻し、まるで観光案内をするように話し出し、リカが反応した。
「そう、古代ポケモンの化石。最近ではそれが見つかって博物館ができている。古代にはロマンがある。そのロマンを売りにしているのだよ。それに噂では遠くで化石を復元ができているという話だ」
「なるほど」
思わず俺は返事をした。
たしかに古代にはどんな生き物がいたのかとか、どんな文明があったのかとか夢が溢れている。
化石を復元することで古代のことが少しでも分かればとても面白いことだろう。
「そしてもう一つは進化の石だ。これは聞いたことがあるのではないか?」
「一部のポケモンを進化させる石ですよね?」
次はカスミが返事をした。
「そう、特殊は波長を持つ石は特定のポケモンを進化させる。宝石は見つからなくなったがこれらの進化の石は見つかることがあるのだよ。それらを他の町に売ることでニビシティは昔ほどではないが潤ってはいるのだ」
「進化の石ってニビシティが原産だったの!? 初めて聞いたわ」
カスミは目を見開いて驚いていた。
「まあ、多くのトレーナーは進化の石の効力が目当てだからな。それがどこで取れるなんてさして興味がないのだろう」
たしかにそうだ。
それを聞いて少々バツが悪くなる。
カスミもリカもギクリとした表情だった。
「ああ、責めているわけではないから気にしないでくれ。このニビシティ原産のものが役に立てばそれだけで嬉しい。それから進化の石は独特の輝きがある。それらを加工して装飾品にしている店もある。どういう訳か加工したら進化の石としての効果を失うが、まあ、装飾品としてならさして気にはなるまい」
一通り説明を終えたムノーさんは首からぶら下げた水筒に口をつけた。
最初は驚いたが、良い話が聞けたと思う。町の新しいことを知ることができて、なんだかニビシティに対して愛着のようなものが湧いた気がする。
「えっと、いろいろありがとうございます」
「いやいや、暇な石売りのただの一人語りだ。気にせんでくれ。ところで君たちはポケモントレーナーのようだが、もしやニビジムのジムリーダータケシに挑戦しに来たのか?」
「はい、あ、挑戦するのは私とサトシだけなんですけどね」
「ふむ、そうか。ではまた暇な石売りの一人語りだ。ニビジムのタケシはこの石の町であるニビシティを象徴するように、いわタイプのポケモンを使う。いわタイプは硬く強い。それらを打ち壊すだけの力が君たちにはあるのかね?」
リカの返事にムノーさんの口調がより圧力のあるものになった。
だが、俺たちは臆さない。
「俺たちはポケモントレーナーとしてもっと強くなりたい。相手がどんな強敵でも逃げたくないんです」
そう力強く答えることができた。
「そうか。では頑張りたまえ。しかし、ただがむしゃらに突っ込むだけで上手くいくほどジム戦は甘くはないぞ」
「ええ、わかっています。いろいろありがとうございました」
3人でお辞儀をすると、そのままニビシティに入ろうとした。
「ああ、最後に一ついいかね?」
「……はい」
急に呼び止められて驚いたが、きっと大事なことなのだろうと真剣な気持ちで振り返った。
そして、俺たちはムノーさんの言葉を待った。
「情報料として、1人100円いただき」
俺たちはずっこけた。
***
俺たちはニビシティのポケモンセンターでポケモンを預けて休んでいた。
「まったくなんなのよあのおじさんは!!」
カスミの声はセンター内に響かんばかりだった。
リカはおろおろしながらカスミを宥めている。
「お、落ち着いてカスミ、私はとっても良い話だったと思うよ? 100円なら安いんじゃないかな?」
「話した後に請求するのが気に入らないのよ!! ほとんど詐欺じゃない!!」
あのあと俺たちはムノーさんに合計300円を払った。
情報料に関してカスミは未だに納得いってないようでここに来るまでずっと不機嫌だ。
『テンテンテレレーン』
「はい、皆さんのポケモンは元気になりましたよ」
回復終了の音楽が流れるとジョーイさんが現れ、俺たちのモンスターボールを持ってきた。
カウンターに集まった俺たちはモンスターボールを受け取った。
しかし、この人はトキワシティのジョーイさんに瓜二つだな。
思わず聞いてしまった。
「あの、ジョーイさんはトキワシティのジョーイさんの……その、ご家族の方ですか?」
俺の疑問にジョーイさんは笑顔で答えてくれた。
「私たちは姉妹なの。それにカントーのポケモンセンターで勤務してるジョーイさんはみんな家族なのよ」
「似てるからよく間違われるんだけどね」
「もしかしてあなた、何日か前にトキワシティの事件を解決した……えと、サトシ君?」
「え? はい、マサラタウンのサトシです」
「やっぱり! トキワシティのジョーイから聞いてるわ。子供なのにすごいトレーナーだって」
「え、そうですか? なんだか照れますね」
「可愛い女の子たちと両手に花の旅をして、無茶なことして大怪我する子だって」
「あ……そうすか……」
なんという不名誉な伝わり方だ。
しかし、反省しなさいと言われただけに反論できない。
「私はあなたみたいな元気な子は嫌いじゃないわよ」
ジョーイさんは綺麗な笑顔でそう褒めてくれた。
ふむ、やはり美人の笑顔とお褒めの言葉は元気が出ますな。
「いやー」
自分でも分かるくらいにデレデレとしてしまった。
恥ずかしい恥ずかしい。
すると、腕を何かに掴まれる。
「ほらサトシ、食堂に行くわよ!」
「ポケモンたちもお腹空いてるよ。それじゃあジョーイさん失礼します」
カスミに腕を引かれ、リカに咎められる俺。
「あらあら、仲良しなのね」
「あはは……じゃあ失礼しまーす」
ジョーイさんは手を振ってくれたので俺も応えて手を振った。
俺はリカとカスミと食堂の席に向かった。
***
リカとカスミは窓際で一列になっている席にいた。テーブルの上には3人分の食事が並べられていた。カスミは席に座るとショートパンツから伸びる長い脚を組んだ。それに続ようにリカも席に着き、ピタリと合わせた太ももの上の乱れたスカートを直していた。
「みんなーご飯だよー」
リカの言葉を合図に俺たち3人はモンスターボールからポケモンを出す。
ピカチュウ、ニドラン♂、スピアー
フシギダネ、ニドラン♀、バタフリー
ヒトデマン、スターミー、トサキント
全員の前にはポケモンフーズの入ったトレイがあった。
「それじゃあみんなで……」
「「「いただきます!!!」」」
元気に食事の合図をすると、ポケモンたちも続きみんなで食事を始めた。
ふと気付いたことがある。
「そういえば、カスミのスターミーとトサキントは初めましてか?」
俺の声に反応したのか、カスミのスターミーとトサキントが俺の方を向いた。
スターミーは紫の星型でヒトデマンと似ているが違いは背中に同じ色の星型がくっついていることと中心のコアの形だ。
トサキントは白ベースの小さな体に優雅なヒレに切れ長の目の魚ポケモンだ。
「そういえばそうね」
「ヒトデマンもスターミーも見れば見るほど不思議なポケモンだよな。表情読めないし」
「私はわかるわよ」
「マジで?」
それはヒトデマンとスターミーのトレーナーだからわかるのか? それともカスミが特別なのか?
「ほら、今は2人ともサトシに笑顔を向けてるわよ」
「あ、そうなの? ど、どうもー」
「ヘアッ!」
「フゥー」
……うん、俺にはどんな表情なのかわからん。それにしても声はどこから出てるんだ? だがこれ以上考えてはいけない気がする。
俺は考えを振り払うように話題を変える。
「そ、そういえばトサキントは魚ポケモンなのに水の中じゃなくて大丈夫なのか?」
「ええ、たしかに水中の方が速く動けるけど、陸上でも呼吸はできるし動けるのよ」
「トサキ〜ント」
ピチピチと跳ねながらどことなく色気のある声を出すトサキント。
この子も笑ってるのか?
なかなか美味しいポケモンセンターの食事に舌鼓をうっていると、ふと、リカの綺麗なおみ足……ではなくリカの足元のフシギダネを見ると見慣れないものが彼女の頭にあった。
「リカ、フシギダネの頭にあるのは?」
まるで人間の頭に付ける飾りのごとく、フシギダネの頭の左耳寄りに綺麗な花飾り……ではなく本当に綺麗な花があった。
「あ、これ? 実はね、トキワの森で可愛い花があったから。フシギダネに付けてあげたんだ。そしたらフシギダネったらすっかり気に入ったみたい。ねー」
「ダネー」
リカの言葉に同意するように可愛く返事をするフシギダネ。
微笑ましく思いながらフシギダネの花をよく見る。
するとおかしなことに気づく。
「……なあ、その花、フシギダネに直接生えてないか?」
花の後ろはフシギダネに根をはっているように見えた。
「うん。なんだか、フシギダネにくっついちゃたみたい。フシギダネが元気ならこうして綺麗に咲いてくれるみたいだよ」
なるほど、フシギダネの体にくっついて栄養を貰って咲くことができるわけだ。
……それってなんか怖くね?
「寄生してるのとは違うよな?」
「違うよーこんなに綺麗なお花なんだから、ねー」
「ダネー」
「まあ、リカとフシギダネが満足してるならいいけど……」
嬉しそうに笑うリカとフシギダネを見るともう何も言えないな。
あまり深く考えないようにして食事を再開した時だ。
「ねえ、サトシ。ニビジム対策はどうするの?」
食事の途中、カスミは切り出した。
俺はカスミに顔を向ける。
「ニビジムのタケシはいわタイプ使い、フシギダネがいるリカはともかく、サトシは今の手持ちだけじゃ厳しいかもしれないわ」
「そっか、いわタイプはじめんタイプを兼ね備えているポケモンも多いから、でんきタイプの技が効かないこともあるんだね」
カスミの意見にリカは納得しながら困った顔をした。
「ニドランがかくとうタイプの『にどげり』を使えるけど、それだけで攻略できるほどジム戦は甘くないわ」
たしかにそうだ。ニドランはともかく、ピカチュウもスピアーもいわタイプとじめんタイプは天敵だ。
普通なら勝つことは不可能だろう。
俺は皿に目を落として思案する。
「……ねえ、サトシ」
呼ばれてカスミの方に視線を向けると、カスミはどこか落ち着きがなく、期待を込めたような目で俺を見ていた。
「よかったらあたしの水ポケモン使わない? みずタイプなら相手がいわでもじめんでも有利に戦えるわ」
「それならフシギダネも貸してあげる。くさタイプもいわにもじめんにも強いから」
リカもカスミに続いて提案してきた。
「「どうかなサトシ?」」
カスミとリカの提案はとても魅力的だ。
確かに有利なタイプを使えば攻略も容易だろう。
けどーー
「気持ちは嬉しいけど、遠慮しておく」
「どうして?」
リカとカスミは怪訝な顔をする。
まあ、普通そう思うよな。
「俺は自分のポケモンの力で勝ちたいんだ。それはピカチュウたちも一緒だ。自分の力で勝ちたいって思ってる」
「ピカ!」
「ニド!」
「スピ!」
ピカチュウ、ニドラン、スピアーは力強く俺の言葉に同意してくれた。
その顔はやる気に満ちていてとても心強い。
「そっか、そうよね」
リカもカスミも納得してくれたようだ。
「それに、もし俺がフシギダネを使ったら連戦できついだろ。リカもジム戦あるんだし」
「あーそっか」
「ニビジムがいわタイプのジムだってことは前から知っていたからな。俺も対策はしてあるし、問題ない。まあ見ててくれよ」
俺の言葉にカスミはニヤリと面白そうに笑い。
リカは嬉しそうに笑った。
「そこまで言うならお手並み拝見よ。情けないバトルしたら承知しないんだから!」
「頑張ってねサトシ! 私も頑張るから!」
2人にここまで言われたら男として恥ずかしいバトルはできないな。
***
みんなで食事を終えポケモンセンターを出るとニビジムに向かった。
「ここがポケモンジムか。なかなか立派な建物……」
と言いたいが建物のところどころが汚れていて、看板の文字も少し薄くてなってる部分もある。
そんな俺の反応を見てカスミが口を開く。
「ジムも経営難なところが多いのよね。ポケモンジムは町の看板なのに、これじゃあ来たトレーナーはがっかりしちゃうわね。まあ、ジムリーダーとしての仕事だけじゃ食べていけないから。ついでみたいになるのは仕方ないのかもしれないけどね」
どこか自嘲気味なように見えた。
「……カスミ、ジムについて詳しいんだな」
「へ? まあ、ね、私もトレーナーだから、ある程度は……ね」
どこか歯切れが悪いが本人が言いづらいのなら追求しない方がいいのだろう。
すると、ジムの扉が開いて人が出て来た。
俺たちと同年代の少年は肩を落として俺たちの横を通り過ぎて去っていった。
「……挑戦者かな?」
「みたいね。あの様子だとジムリーダーに負けたのね」
やはりジムリーダーというのは一筋縄ではいかないようだな。
「ジムリーダー……ようし、俄然燃えて来た! 俺は勝ってバッジをゲットする!」
「うん、私も!」
「今日は来客が多い日だ」
「「「わっ!!!」」」
後ろから急に声をかけられまたまた揃って声を上げた。俺たちが振り返るとそこには俺たちより背の高い男がいた。
がっしりした体格に健康的に焼けた肌、糸目の顔は穏やかな雰囲気を出している。
「えと、もしかしてジムリーダー……ですか?」
「そうだ。俺がこのニビジムのジムリーダータケシ。君たちは挑戦者かな?」
「はい、挑戦するのは俺とこちらのリカの2人ですが、よろしくお願いします!」
「お願いします! あ、私たちはマサラタウンから旅をして、このニビジムに挑戦しに来ました」
「なに? マサラタウン?」
タケシさんはマサラタウンという言葉に反応を示した。
「あの、どうしました?」
リカがおずおずと尋ねる。
「ああ、いやなんでもないよ。気にしないでくれ。元気な少年とお嬢さん。君たちはトレーナーとして情熱に溢れているのは素晴らしいし、ジムに挑戦しに来たことを嬉しく思う。だが今は挑戦を受けられないんだ」
なに? 受けられない?
「え、どうして?」
「俺はたった今ジムの挑戦者とバトルをしたばかり、俺もポケモンたちも疲弊している。このままではベストなバトルはできない。だから休息が必要なのだ」
「あ、そうですね。すいません気づかなくて」
「いやいや、いいんだ。それからジム戦は基本的に予約制だから挑戦の前に電話連絡などで予約をしてほしい。それから向こうに看板があるだろう? あそこにはジムの主な予定が書いてある。
なになに……開業時間、朝9時から夕方5時まで、お昼の12時から1時までお昼休み、3時から4時までお茶の時間……週に2日は休み。臨時休業有り。
……なんというか、ポケモンジムが一般のお店みたいに開業時間や休み時間があるのはなんともおかしな感覚だ。夢が壊されたというか……
いや、たしかにジム経営の中心であるジムリーダーとポケモンにも休息が必要なのは当たり前のことだ。
それにトレーナーとしての訓練時間も必要だろう。
前の世界の変なイメージを持っていた俺が悪い。反省反省。
「バトルの時間やポケモンたちの休息時間。看板に書いてある休み時間を考えるとどうしても、1日に相手にできるのは2人から3人が限度なんだ。それに今からお昼休憩に入る。また午後来てもらいたい」
俺とリカは頷く。
「わかりました。ではまた後で」
「うむ、挑戦を待ってる」
そして、タケシはジムの奥まで去って行った。
「せっかく来たのに残念だったね」
「ジムリーダーにも都合があるものね」
「まあ、またあとで来ればいいさ」
さて、そうなるとジム戦の時間まで暇になるのだが。
「どこかで時間を潰すか?」
「いろいろお店を回ってみない?」
「いいね。アクセサリーとか見てみたいし」
カスミとリカは女の子らしく綺麗なアクセサリーが気になるようだ。
確かに進化の石を加工したアクセサリーというのは俺も興味がある。
「よし、じゃあ土産物屋やアクセサリーショップまで行くか。
「「うん」」
俺たちはジムを離れて目的のアクセサリーの売ってるお店に向かった。
その途中で住宅街に入るとふと視界に入る人がいた。
「ん、あれって?」
そこにいたのはさっき会ったばかりのジムリーダーのタケシさんだ。
彼はそのまま一軒家に入ってしまった。
ということはこの家は――
「ここ、タケシさんのお家なのかな?」
「うむ、その通りだ」
「「「わっ!!!」」」
今日はどうも後ろから話しかけられることが多いな!
そこにいたのは見知った男性だった。
「ムノーさん?」
「また会ったな少年少女たち。ジムは今は休憩時間だったな」
「ええ、だから時間まで時間を潰そうと思って」
「そしたらタケシさんを見かけたんです」
「……そうか」
どこか悲しそうな顔のムノーさんはタケシの家を見つめていた。
「ついて来たまえ。少しタケシという男について教えよう」
いきなりついて来いと言われて俺たちはよくわからなかったが、言われた通りにすることにした。
おい、これって覗きじゃ……
家の中にはたくさんの子供達がいた。
子供達は遊んだり、机に座っている子は勉強しているのだろうか、とにかく窓から見える範囲で動き回っていた。
すると1人の女の子が台所に立つ背の高い人物の裾を引っ張る。
その人物が振り返ったことで驚いた。
そこにいたのは割烹着を着たタケシだった。
台所に立っていたタケシはおそらく料理をしていたのだろう。
鍋の中に出来上がった料理を皿に家の中にいる人数分盛ると食事を始めた。
「あの、あの子たちはもしかして……」
「そう、タケシの弟妹たちだ」
予想通りだが俺たちは驚いた。
まるで主婦のようなことをタケシさんがしているなんて。
真面目で厳しそうなジムリーダーのイメージだったのにすっかり崩れてしまった。
「えと、タケシさんのご両親はお出かけしているのですか?」
「いや、彼の両親は家出したのだ」
「「「えっ!?」」」
それは予想外の答えだった。
そして内側から熱いものが湧き上がる。
この気持ちは怒りだ。
自分の子供達を家に残して家出なんてその親達はどういうつもりだ!
俺と同じ気持ちなのか、リカは悲しそうな顔をし、カスミは拳を握り歯を食いしばっている。
そんな俺たちに構わずムノーさんは話を続ける。
「元々ニビジムは彼の父親のジムだったのだ。だが彼の父親はポケモントレーナーとして大成する夢を諦めきれず、家族を置いて旅に出てしまったのだ。そんな父親に彼の母親は愛想を尽かして出て行ってしまった」
ふざけんな、そんな身勝手な話があるか!
父親なら家族を支えろよ! 母親も愛想を尽かしても子供をほったらかすなんてやっていいわけないだろ!
ムノーさんの話はあまりにも衝撃的で何も言えなかった。
ふとカスミを見ると、彼女は目を見開いて何かを堪えているようだった。
「残された幼い子供をタケシはジムを守りながら養っているのだ。自分の夢も諦めてな……」
「タケシさんの夢?」
「ポケモンブリーダーになりたいと彼は言っていた。悲しいことだ。親がまともなら立派なポケモンブリーダーになれてただろうに……」
家には残された幼い弟妹たちがいる。
親が居ないなら彼等を守るために一番上の兄貴が必死になって頑張るしかないじゃないか!
どんなに夢を持ったってそうするしかない……
「それがタケシだ。くだらない親のワガママでこの町に縛り付けられた哀れな青年だ」
そう言ってムノーさんは立ち去る。
俺たちにはなんとも言いようの無い空気が流れた。
もう馬鹿親に怒っていいのか、タケシとその家族の境遇を哀れめばいいのか。
そして、一番最初に口を開いたのはカスミだった。
「……どうして、そんなに簡単に捨てられるのかな……親にとって子供ってそんなものなの……?」
それは今まで聞いたことないほど悲しそうで悔しそうなカスミの声だった。
俯く彼女の表情は伺えない。
だが、その憂いを帯びた雰囲気はただ事ではないとわかった。
「カスミ?」
俺の言葉にカスミは顔を上げる。
「ううん、なんでもない! サトシ、リカ、彼の事情は大変そうだけど、それとジム戦は別よ。ガンガン全力でバトルしなさい!」
カスミは笑顔で明るい声で俺たちにそう言った。
「あ、ああ」
「うん……」
俺とリカの返事にカスミは頷き、俺とリカの片腕に自分の腕を絡める。
「さあ、お店にゴーよ!」
明らかなカスミの空元気だが、俺たちは何も言えなかった。カスミにどんな事情があるのだろう。それを俺たちが聞いて、彼女を慰められるのだろうか。
その後、俺たちは各自自由行動としていろいろな店を回った。
***
約束のジム戦の時間が近づいてきた。
しかし、俺はまだジムの元までついていない。
はい、そうです私サトシは遅刻をしてしまいました。
しかも、リカとカスミはもうジムの前にいると連絡があり、待たせてしまっている。
走っているとようやくジムが見えてきた。
リカとカスミがジムの前に立っていた。
2人は腰に手を当て厳しい目つきで俺を見ていた。
「こら! なんでこんなギリギリになるのよ!! あんたのジム戦でしょ!!」
「ごめん! 本当にごめん!」
「もう! ポケモン貰った日は一番最初に来てたのにどうして今日は遅れるの!?」
「ごめんなさい!!」
やっぱり女の子を怒らせると恐ろしい。
けど怒った顔も可愛らしい……あ、すいません、反省してます。
すると「しょうがないわね」と言ったカスミからは怒気が消え、リカも「反省してよ」と口元を緩ませた。
「まあいいわ。ほら、あんたが先頭になって行くわよ」
「サトシ、頑張ってね」
「よっしゃ、任せとけ!」
俺たちはニビジムの扉の前に来た。
人生初のジム戦が始まる。
自分の心臓が激しく動いているのが、手が震えているのがわかる。
だが心は高揚し、早くバトルがしたいと叫んでいた。
ほかのトレーナーよりも強いジムリーダーとのバトル。それはトレーナーとして進化するための一歩。
自分の大事なポケモンたちとのこれまでの日々を全力でぶつけていく。
そして勝つ!
俺は前を向き、大きな扉を開いた。
「たのもー!!」
ジム戦は次回です。
・進化の石について
完全に捏造です。
アニメでは確かイーブイの話で進化の石がたくさん採れる町の話がありましたよね。
・サトシたちの連絡について
映画「君に決めた」でマコトがスマホのようなものを持っていたので、サトシたちもスマホを持っています。
パソコンから連絡するのは、間違いなくその町にいると証明して親を安心させることと、トレーナーの間では旅の醍醐味になっている、ということにします(いつもながらご都合主義で申し訳ないです)
・タケシについて
タケシは苦労人ですよね。
タケシの家族の件は小説とアニメを比べたら、アニメの方が遥かにマイルドなのだなと思いました。
これからも執筆頑張ります。