サトシに憑依したので冒険してみようと思う(改題) 作:エキバン
ニビジムを発ってから途中の森や原っぱで野生のポケモンやトレーナーとバトルしたり野宿したりで旅は続いていた。
「次の町はどこが近いかな?」
「えーと……ハナダシティだね。この先にあるオツキミ山を越えるのが一番早いみたいだよ」
「よっし、じゃあ次はハナダシティで決まりだな」
にしてもオツキミ山とは風流な名前だよな。そこにいたら心が安らいだりするのかな?
そんな益体のないことを考えていると、カスミの顔がどこか暗いことに気づいた。
「どうしたんだカスミ?」
「えっ? ううん、なんでもないわ。あ、そうだハナダシティにもポケモンジムがあるわよ。挑戦する?」
そいつは朗報。
「そうなのか! じゃあ、ハナダシティでもバッジをゲットしようぜ!」
「うん、次も勝とうね」
「……そっか、そうよね」
明るいリカとは対照的にカスミは暗い、しかも本人はそれを隠そうと必死になっているような気がする。
仲間だから悩みがあるなら聞きたい。
けれど、本人からしたらあまり干渉してほしくないかもしれないし、女性のそういった複雑さは苦手であるため、『相談にのるぜ』の一言が言えずにいた。
俺一応中身は大人なのに情けないよな……
そう思って前を見るとポケモンセンターが見えた。
ラッキーだあそこで休もう。
そう思っているとあの辺り一帯が何やら騒がしい。
「お、なんだあの人だかりは?」
「あ、ポケモンバトルしてるみたい」
「『かえんほうしゃ』!」
「ブヒャ!?」
「マンキー戦闘不能、ヒトカゲの勝ち!」
ヒトカゲから放たれた強烈な勢いの炎がぶたざるポケモンのマンキーに直撃し、丸焦げになってマンキーは倒れた。
焼き豚の匂いはしないな。豚なのに、それとも猿要素が主なのか?
「すげえ、これで10連勝だ!」
「え、すごい……」
いやホントそれはすごい。俺はこないだ5連勝だったのにな。
ヒトカゲのトレーナーはどんな奴だ?
「もっと鍛えるんだな!」
負けたマンキーのトレーナーに対し、ヒトカゲのトレーナーは強くそう言い放った。
あのヤンキーはナオキ!?
「おーいナオキー!」
「あん?」
ナオキは怪訝そうな顔で名前を呼んだ俺を見た。
「ナオキー! 俺だよ! サトシだよー!」
「サトシ!?」
俺の顔を認識するとナオキは目を見開いた。
そして、俺はナオキの元まで近づく。
「よう久しぶりだな」
「お前もここまで来てたのか。お、リカもいたのか」
ナオキは俺の後ろから来たリカに声をかける。
「久しぶりだね」
「2人一緒なんてどうしたんだよ?」
「あのね、私今サトシと一緒に旅してるんだ」
「そりゃ意外だな。ライバルじゃねえのか?」
「うーん、ライバルに……なるのかな? うん、たとえライバルでもサトシと一緒ならもっと面白い旅になると思ったんだよ」
そんなに褒められると照れるよリカさん。むふふ。
「まあ、好きにしたらいいと思うがな……ん? そっちの女は初めて見るな、誰だ?」
「ちょっと、人に名前を聞くならまず自分から名乗りなさい!」
カスミは眉間に皺を寄せてナオキに一喝した。
ナオキはたじろいだ。
うん、俺も怖い。
「お、おう……わりぃ……俺はマサラタウンのナオキだ。サトシやリカと同じ日に旅に出たんだ」
「そう、よろしく。私はカスミ。水ポケモンを極める女よ」
喧嘩になるかなと思ったが何事もなく自己紹介が住んで良かった。
するとナオキは引いたような顔で俺に近づき小さな声で言った。
「なんだこのキツそうな女は」
「良いやつだからそんなに警戒しなくていいよ」
「何コソコソしてんの?」
「いやいやなんでもないよ」
怪訝な顔のカスミに俺は慌てて誤魔化した。
カスミはそこまで興味は無かったのかそれ以上追求はしてこなかった。助かったあ……
「なあサトシ、リカ。お前たちニビジムはどうだったんだ? ここにいるってことはニビシティにも行ったんだろ?」
顔を引き締めたナオキが尋ねて来た。
同じ日に旅立ったライバルの動向は気になるよな。
俺は懐から勝ち取ったバッジを取り出す。
リカも同様に取り出した。
「ああ、ほらグレーバッジだ」
「えへへ、私もだよ」
「ほーやるじゃねえか。俺もこの通りだ」
ナオキも自慢げにグレーバッジを示した。
「ああ、ジムリーダーから聞いたよ。相性悪いのに強かったって」
「まあ、俺にかかればこんなもんよ」
ニヤリと笑うナオキは旅立つ日と同様に自信たっぷりだ。その顔は第一印象の嫌味さは無く、見ていて気持ちの良い顔だ。
そしてバッジを直したナオキはその笑みをさらに深して言う。
「ところでサトシ。ここで会ったんだからただ話すだけで終わったりしねえよな?」
空気がピリッとした、ような気がした。
ナオキから発せられるそれが空気を変えたからだ。
『それ』の正体はわかる。
俺もニヤリと笑いながらナオキに返す。
「んー? 何が言いたいのかな、ナオキ?」
「はん! 決まってるだろ。ポケモンバトルだよ!」
『それ』は『闘志』だ。
目の前にいる相手と戦いたいという気持ち、俺はナオキから明確にぶつけられた。
だから俺は『闘志』を持って応える。
「よっしゃきた! いいぜバトルだ!」
***
「おい、あの10連勝の男がバトルするってよ!」
「ほんとか!? 見ようぜ!」
向き合うサトシとナオキの周りには多くの野次馬がいた。この近くを通ったトレーナー、先程ナオキとのバトルで負けたトレーナー、最初からナオキのバトルを観戦していた人々などだ。
この辺りのトレーナーに10連勝したナオキが連勝を重ねるのか、それとも今回の相手がそれにストップをかけるのか、いずれにしても見ものだ。
サトシとナオキは同時にボールを投げた。
「行けピカチュウ!」
「行けヒトカゲ!」
「ピカ!」
「カゲ!」
ピカチュウとヒトカゲは顔を見合すと一瞬驚くと真剣な顔になる。
闘志は充分、それを示すようにピカチュウの頬は帯電し、ヒトカゲの尻尾の炎は大きくなる。
「カゲェ……」
「ピカ……」
ヒトカゲは「今度は負けない。俺も強くなった」
ピカチュウは「僕も負けない」
そう言っているように見えた。
「ヒトカゲ、『かえんほうしゃ』!」
「ピカチュウ、『10まんボルト』!」
「カゲエエエエエエエエ!!」
「ピィカチュウウウウウ!!」
以前見た『ひのこ』『ほのおのうず』とは比べものにならないほどの膨大な火炎がヒトカゲから発射される。
ピカチュウの極大の電撃とぶつかり爆発を起こした。
砂煙が止むとサトシとピカチュウ、ナオキとヒトカゲは最初の位置から動いていなかった。
「……強くなってんじゃねえか」
「……そっちも腕を上げたみたいだな」
面白そうに笑うナオキにサトシもまたニヤリと笑い返す。
そして、動いたのは同時だ。
「『でんこうせっか』!」
「かわして『つるぎのまい』
ピカチュウが高速で突進する、ヒトカゲは対応してかわしながら両腕に力を溜め攻撃力を上げる。
「『メタルクロー』!」
「カゲェ!」
ヒトカゲの両手の爪に鋼鉄になると、ピカチュウに対し振るわれる。そう、『メタルクロー』は鋼タイプの技だ。
「かわせ!」
「ピカ!」
ピカチュウもまた、ヒトカゲの攻撃を素早くかわす。
サトシはヒトカゲの技に合点がいく。
「それがお前のニビジム対策か!」
「そうだ、こいつの爪の破壊力は並外れてるぜ!」
ーー望むところだ!
サトシも自分のピカチュウも負けていないと果敢に攻めていく。
「『でんこうせっか』!」
ピカチュウは最高速度でヒトカゲに強襲する。
「迎え撃て『メタルクロー』!」
衝突するとピカチュウとヒトカゲは瞬時にバックステップをする。
そして、サトシは指示する。
「いっけえ『アイアンテール』!」
ピカチュウの尻尾が鋼となり振るう。
ヒトカゲは鋼鉄の爪で受け止める。
「お前も鋼技を覚えさせていたか! 面白え!!」
ピカチュウとヒトカゲ、『アイアンテール』と『メタルクロー』の打ち合いとなる。
そしてピカチュウが上から『アイアンテール』を叩きつける。
ヒトカゲは『メタルクロー』で受け止めるが、次第に押し切られそうになる。
「ピカピカ!!」
「カゲカゲ!!」
「負けるなヒトカゲ、弾き返せ!」
ナオキの指示にヒトカゲは両脚に力を込めて腕の力を増大させる。
ヒトカゲの『メタルクロー』が『アイアンテール』を弾き、ピカチュウは吹き飛ぶ。
「追撃の『かえんほうしゃ』だ!」
「カゲエエエエエ!!」
無防備なピカチュウに向かって強力な火炎を吐き出す。
『かえんほうしゃ』はピカチュウに直撃しダメージを与える
しかし、ピカチュウは態勢を立て直し、大地に降り立つ
「ピカ!!」
「やるな」
「『でんこうせっか』!」
「ピカァ!!」
「これならどうだ! 『ニトロチャージ』!」
「カ……ゲェ!!」
ピカチュウの『でんこうせっか』に対し、ヒトカゲは炎を身にまといピカチュウに突進する。
『でんこうせっか』と『ニトロチャージ』が衝突する。ピカチュウとヒトカゲは互いにダメージを負いながら後方に跳び距離を取る。
「もう一度『ニトロチャージ』!」
ヒトカゲは再び炎を纏いピカチュウを強襲する。
「カゲ!!」
「なっ!?」
「ピカ!?」
予測よりも速くヒトカゲはピカチュウに接近していた。
想定外のスピードにサトシとピカチュウは反応が遅れる。
そして、ピカチュウは炎をまともに喰らう。
「な、なんだこのスピードは!?」
サトシの驚愕に応えたのは相対するナオキだ。
「この技は使えば使うほど素早さを上げる。スピードが得意なお前のピカチュウ対策だ!」
吹き飛ばされたピカチュウはなんとか立ち上がる。
そして、サトシは焦る。
もはやヒトカゲの素早さはピカチュウに匹敵していた。
さらに使えば使うほど素早さが上がるとなればヒトカゲはピカチュウでは手が付けられないほどの力を得ることになる。
バトルは続いている。ナオキはヒトカゲに追撃を指示する。
「もう一度行けえ! 『ニトロチャージ』!」
「カゲェ!!」
圧倒的なスピードを得たヒトカゲはもはや真っ赤な閃光になっていた。
一呼吸するうちにピカチュウを直撃してしまうだろう。
だから――
「今だ、『こうそくいどう』!」
「ピカピカピカ!!」
当たる寸前、呼吸する間もなくピカチュウは自身の素早さを高めた。
それにより三度の『ニトロチャージ』で素早さを高めたヒトカゲを僅かに上回る。
「なに!?」
「そっちがスピードを上げるなら、こっちはさらにスピードを上げるまでだ!」
ヒトカゲの『ニトロチャージ』は空振りとなる。
一瞬の隙、ピカチュウはヒトカゲに狙いを定める。
「『10まんボルト』!」
「ピカチュウウウウウ!!!」
ピカチュウの素早さの上昇に比例するように“10まんボルト”のスピードも上がり、ヒトカゲが反応するよりも前に直撃となる。
「カゲェ!!」
ヒトカゲの体はところどころ焦げ、ダメージは大きい。
しかし、闘志は死んでいない。
「まだだ! 『ニトロチャージ』!!」
「決めろ、『でんこうせっか』!!」
「カッゲェ!!」
「ピッカァ!!」
2体の極限のスピードが空を切り、衝撃波が起こる。
赤き炎が、黄色い閃光が激突する。
一瞬の小さな爆発が起こったような衝撃音。
「カ……」
「ピ……」
ヒトカゲが倒れる。
ピカチュウも倒れた。
両者戦闘不能。
沈黙が訪れる。そのバトルの激しさに誰も声を上げられなかった。
最初に動いたのは当事者2人。
「ピカチュウ!」
「ヒトカゲ!」
サトシとナオキが互いの相棒を抱き上げる。
「引き分けね」
「うん、それにすごいバトルだったね」
カスミとリカがバトルの結果を言い切ると、野次馬たちが弾かれたようにどよめきだす。
10連勝のナオキの本気のバトルの凄さに驚く者、そんなナオキと引き分けたサトシの実力に慄きながら賞賛する者。2人のバトルそのものに感激する者。少なくともその場に負の感情は存在しなかった。
「戻れヒトカゲ」
「戻れピカチュウ」
2人は自分のポケモンをボールに戻す。
「まだ勝てない……か」
ナオキは悔しそうだが、笑みを浮かべどこか愉快そうな顔だった。
それはサトシも同じようでナオキに快活とした笑みを向けている。
「良いバトルだったなナオキ。ヒトカゲが前より強くなってる」
「当たり前だ。俺は最強を目指してるんだからな。だが、そのためにはやはりお前に勝たないとダメみたいだな」
「だったら俺はお前よりももっと強くなる」
「なら俺はそれよりも強くなる」
「さらに俺が超える」
「それよりも――」
「はいストーーップ、いつまでも終わらないよ!」
「まずはポケモンたちを回復させなさい」
「はい」
「わかったよ」
終わらない宣言を止めたのは美少女2人。
強く言われた男子2名は大人しく従った。
***
近場のポケモンセンターで回復させた俺たちは今後の予定を話し合っている。
「俺たちはオツキミ山に行くんだけど、ナオキはどうするんだ?」
「あーそうだな。俺も行こう。あそこには珍しいポケモンがいるらしいからな。オーキドのじいさんも『育てるばかりじゃなくポケモンを捕まえろ』ってうるさいからな」
「あはは……まともにゲットしてるのってシゲルだけみたいだからね」
「今更ながら俺たちってオーキド博士から図鑑を渡されたトレーナーとしてどうなんだ?」
俺の言葉にリカもナオキも気まずそうに視線を外す。
「ま、まあ、これからだよ。俺たちの旅はこれからだって!」
「そ、そうだよね。うん、私たちはこれからいろんなポケモンと出会うんだよね!」
「あ、ああ、ちゃんとやるぜ。ポケモンと出会いながら最強を目指す。やってやろうじゃねえか!」
俺、リカ、ナオキは必死に自分に言い聞かせるように宣言した。
そしてその気持ちを忘れないように出発した。
半ばやけくそだけれども。
ポケモンセンターからしばらく歩くとすっかり夜になってしまった。
夜空に満月が輝いている。
このまま野宿するのも大変なので、このままできる限り進むことにした。
オツキミ山の入り口を通る。
中にはちょうど人が通れる道が続いていた。
だが俺はある違和感に気づく。
「なんか妙に明るくないか?」
普通の洞窟なら薄暗いはずなのだが、ここは昼間みたいに明るい。外が夜であることを忘れてしまいそうなくらいだ。
「ライトがたくさんあるみたいね。ここを通る人たちのための設備なんじゃない?」
カスミの言葉に周りを見ると洞窟のあちこちにライトを始めとした電気設備が置いてある。
「明るいなら暗いよりはいいんじゃないかな。道がよく見えるし」
リカは安心した口調でカスミに言った。
確かにこれなら安全に先を進める。この設備を置いてくれた人に感謝かな。
「お、早速ポケモンがいるな」
ナオキの指差す方向にはポケモンがいた。
サンドとパラスだ。
だが様子がおかしい。
「なんだこいつらだらけきってるぞ」
サンドは虚ろな目で寝そべり、パラスもまた虚ろな目で自分のキノコを植え始めるという謎の行動をしている。
「だらけてるというより、なんだか元気がないみたい」
「うわあああああ、助けてえええ!!」
悲鳴が洞窟の奥から聞こえたのでよく見ると、そこでは男の人がズバットたちに追いかけられていた。
「た、大変!」
リカが慌てた声を出す。
あれって助けた方がいいよな
「ピカチュウ、『10まんボルト』!」
「ピィカチュウウウ!!」
ピカチュウの膨大な電撃がズバットの大群を襲い。ズバットたちは洞窟の奥に逃げて行った。
「ありがとう、助かったよ。君たちすごいね。あれだけのズバットの大群を一瞬で追い払うなんて」
メガネで白衣の男は着ている服はところどころ泥だらけだが、本人に怪我は無いようだ。
「いえ、ピカチュウのおかげですから」
すると男は眼を見開いて、
「素晴らしい! 君たちは人間とポケモンの絆を象徴しているようだ! こんな素晴らしい出会いをありがとー!!」
男はいずこかに叫んだ。
そんなことしてたらまたズバットが来るぞ。
カスミとリカが苦笑いし、ナオキがため息をつく。
「大袈裟なお人……」
「結構熱い人なんだね」
「変わったおっさんだろ」
「む、僕はおっさんじゃないよ。僕はリカオ。ニビシティ科学博物館の愛と勇気の研究員!」
「はあ……」
本当に変わった人だな。
「このオツキミ山でポケモンの研究をしていたんだけど、実は最近、変な連中が洞窟中をこんなに明るくしてポケモンたちの生活がめちゃくちゃになってしまったんだ。さっきのズバットたちもそう、だから僕はこの洞窟をパトロールしているんだ」
そんな大変なことになってるなんてな。
人間の都合でポケモンたちが迷惑しているとは、さっき感謝とか思ってしまった自分が情けない。
反省しなくては。
「1人でパトロールを?」
この人強そうには見えないし一人は危険過ぎないか?
「実はね、協力してくれるポケモン保護団体の方々もいるからとても心強いよ」
「ポケモン保護団体?」
「そうさ、名前の通り傷ついてたり捨てられたりしたポケモンの保護をしている人たちなんだ。ポケモンの生態系も崩れないようにもしてくれる。僕の話を聞いて保護団体の人たちが協力してくれてるんだ」
ほーそんなすごい団体があるのか。
そういう団体なら危険があっても自衛の手段はいくらでもあるだろうな。
「そもそもなんでこの山はこんなに荒らされてんすか?」
意外にもナオキが質問をした。
「つきのいしが有名になったからさ」
「つきのいしって進化の石の一つの?」
「そう、それを欲しがる人たちがたくさんいるんだ。それからこの山には――」
「ピッピ、ピッピ」
リカオさんの話の途中で可愛らしい鳴き声が聞こえた。
「うわあ! あれピッピだよ!」
そこにいたのはようせいポケモンのピッピだ。
ピッピは興味深そうにつぶらな瞳でこちらをジッと見ていた。
「「かっわいい~!」」
女子2人はそんなピッピの愛くるしい姿にメロメロのようだ。
「そう、このオツキミ山にはピッピが生息しているからね。あの子たちは珍しいから狙う人も多い」
リカオさんの説明を聞いているとナオキが動き出した。
「ほう、珍しいポケモンか。ならゲットだな、行けヒトカゲ!」
「カゲ!」
「ま、待ってくれ。あの子たちは静かに暮らしているんだ。そっとしといてあげてくれ!」
「なに言ってんだよ。トレーナーがポケモンを捕まえるのは自由だろ!」
ナオキはリカオさんを押しのけヒトカゲとともにピッピにバトルを仕掛けようとする。
これはリカオさんの言うこととナオキの言うことのどちらが正しいんだ?
ピッピたちの事情を汲むリカオさんの意見もわかるが、野生のポケモンであればゲットするのはトレーナーに与えられた権利だ。
ナオキの行動を止めることは俺にはできない。たぶん、ナオキが動かなかったらきっと俺がゲットしようとしていたから。
リカとカスミは俺と同じ考えなのか、どうしたものかと顔を見合わせている。
「カゲ」
臨戦態勢で威嚇するヒトカゲにピッピは体をプルプルと震わせて怖がっている。
「ピッ……」
ナオキとヒトカゲもピッピを見たまま動かない。すると、ナオキが溜息をついてボールを取り出した。
「……戻れヒトカゲ」
「ピ?」
「え?」
何も攻撃せずにナオキがヒトカゲを戻したことで俺たちもピッピも驚きの声を上げる。
「もう行け行け」
「ピ」
ナオキが「シッシッ」と手で払うとピッピは笑って洞窟の奥へ行ってしまった。
それを見届けたナオキは仏頂面で戻ってきた。
「あ、ありがとう」
「勘違いすんな、気分が乗らなかっただけだよ」
リカオさんの感謝にナオキは素っ気なく返して先に進もうと歩き出した。
するとナオキは振り返らずに口を開く。
「それから、リカオさん。このオツキミ山を守りたいなら、見知らぬ人間にあんまりベラベラ喋らない方がいいぜ」
「あはは、忠告ありがとう。けど、君たちみたいなトレーナーなら信頼できると思うよ」
リカオさんの答えにナオキは「そうか」と言うとそのまま進んだ。
俺を横切るナオキに俺はニヤリと笑う。
「素直じゃないな、ナオキ君」
「るっせ」
ツンデレさんめ。
リカとカスミに視線を送ると彼女たちは俺を見て軽く笑った。
***
「会長さーん!」
「やあリカオさん」
リカオさんに案内された場所にいたのは作業服を着た人たちだ。
「この人が保護団体の会長さんだよ。会長さん、彼らは旅のポケモントレーナーです」
「そうですか、私はポケモン保護団体の会長です。このオツキミ山が大変なことになっていると聞いてやって来ました」
会長と呼ばれた髭のおじさんと若い作業員らしき人が2人の計3人がいる。
「このオツキミ山は素晴らしい場所です。まるで自然のエネルギーを発しているような気がします。このような場所はポケモンに力を与えてくれる。ですからなんとしてもここは守らねばなりません」
「その通りです会長さん」
会長さんの話にリカオさんは聞き入っていた。
リカとカスミも感心するように頷き、俺も良い話だと思う。
ナオキをチラリと見るとどうでも良さそうに欠伸をしていた。興味無くてもそういうのは隠そうよ。
「一先ず洞窟を明るくした犯人を見つけることが先決です。では……」
会長さんが言いかけたところで、足音が聞こえた。
皆で音のした方を見る。
「ピッピ、ピッピ」
「あ、またピッピだよ!」
ピッピがこちらにピョンピョン跳ねてやって来た。
よく見るとピッピの手に何かがあった。石のように見える。
それになんだか様子がおかしい。まるで、何かから逃げているような。
「待つニャー!」
「こらチビポケモン、つきのいしを渡しなさい!」
「渡せば痛い目見なくて済むぞ!」
ピッピの後ろから2人の人間と1体のニャースが現れた。
あいつらは!
「ロケット団!」
「な!? ジャリボーイにジャリガールズ!?」
「どうしてここに!?」
「またニャーたちの邪魔をするつもりニャ!」
「なんだこいつら?」
初対面のナオキは怪訝な顔でロケット団を見ていた。
「お前たち、また良からぬことを考えているのか!」
「良からぬことではない。世にも珍しいつきのいしを探して手に入れようとしただけだ」
「そのピッピが持ってるから貰おうとしたのよ、悪い!?」
「泥棒だろ、思いっきり悪いことじゃないか!」
「ロケット団は悪の組織、悪いことは当たり前!」
偉そうに胸を張って言い放つロケット団に俺は溜息をつく。
すると、リカオさんが口を開く。
「まさか、この洞窟をめちゃめちゃにしたのは君たちなのか!?」
「そうだ。野生ポケモンたちを弱らせれば捕まえるのは楽勝だからな!」
「文句があるならかかってきなさい!」
「行けドガース!」
「行くのよアーボ!」
「ドガ〜ス」
「シャーボ!」
ロケット団のモンスターボールからドガースとアーボが飛び出す。
今回はあのふざけたロボットは出てこないだろうな?
俺はリカとカスミに目で合図を送ると2人は頷き、みんなで一斉にボールを構える。
「よし、行けピカチュ――」
「ヒトカゲ、『かえんほうしゃ』!」
「カゲエエエ!」
ヒトカゲの『かえんほうしゃ』がロケット団を包み込む。
「「「あちあちあちちちち!!」」」
「あ、ナオキ」
俺たちの後ろにいたナオキはいつの間にかヒトカゲを出していた。
「よくわからんが取り敢えずこいつらをぶちのめせばいいんだな?」
あらら、やる気無さそうだったくせに協力してくれるの?
やっぱりツンデレじゃんか。
「おのれ新たなジャリボーイ!」
「セットした髪が黒焦げよ!」
「許さないのニャ!」
真っ黒焦げのロケット団は攻撃してきたナオキとヒトカゲを睨む。
あの炎を受けて火傷せずに黒焦げで済むものなのか?
「ああ? どう許さねえんだよ?」
「カゲェ……!」
ナオキが物凄い目でロケット団にガンを飛ばすと同じくヒトカゲも鋭く睨みつけた。
「「ひいい!!」」
「人間なのに『こわいかお』が使えるのニャ!?」
ムサシとコジロウは抱き合いながら震え上がり、ニャースもガクガクと震えていた。
ちょ、『こわいかお』って……
ナオキはニャースの発言が癇に障ったようでさらに睨みを利かせた。
「あんだとこら!!」
「「たいさーん!!」」
「退散にゃー!!」
ナオキの恫喝にロケット団は仲良く逃げてしまいましたとさ。
そんな様子を見たナオキが吐き捨てる。
「はん、腑抜けどもが」
「おー流石ナオキ、悪そうな見た目は伊達じゃないな」
「るっせ」
照れるな照れるな。
ロケット団がいなくなったことでピッピは安心したのか、そのままピョンピョン跳ねながらいずこかへと行こうとしていた。
「ピッピ、ピッピ」
「あ、ピッピが!? あの会長さん、私は科学者としてあのピッピとつきのいしにどんな関係があるのか知りたいです。決して彼らの邪魔はしないので、追いかけてもいいでしょうか?」
そう言えばあのピッピが持っているものがつきのいしってロケット団が言っていたな。
会長さんはリカオさんに頷く。
「とても良いことだと思いますよ。私も気になりますから、一緒に行きましょう」
「俺たちもいいですか?」
「もちろんだよ」
俺たちはリカオさんに付いていき、ピッピを追いかけた。
***
その空間は洞窟の中だというのに月明かりに照らされていた。
天井から壁にかけて穴が開いていて夜空が見えているからだ。
そこに広がる光景に俺もみんなも目を見開いた。
「ピッピたちがたくさんいる!」
リカの言葉通り、そこにはたくさんのピッピたちがいた。
月明かりに照らされてそこにいる彼ら彼女らはなんとも不思議な雰囲気だ。
するとピッピたちはつきのいしを持つピッピに一斉に注目した。
そのピッピがつきのいしを置くと、周りのピッピたちはそれを囲むように円になって踊り始めた。
「もしかして、何かの儀式なのか?」
リカオさんの言葉に納得した。儀式、確かにそう見える。
これが何を意味するのか俺たちにはわからない何かが今そこにある。
ポケモンの不思議、今俺たちは貴重な瞬間に立ち会っているのかもしれない。
すると岩陰から何かが飛び出してきた。
「つきのいしいっただきー!」
飛び出してきたのはロケット団のムサシだ。
ムサシのいきなりの登場にピッピたちは固まり、その隙につきのいしを奪取されてしまった。
遅れてコジロウとニャースが岩陰から現れる。
「ロケット団!? しつこいなお前らも!」
「つきのいしを返しなさい!」
「ふっふーん、誰が返すもんですか」
俺とカスミが前に出るがロケット団は余裕の顔で流す。
「「「「「ピッピー!?」」」」」
「ピッピたちが!?」
リカが悲鳴のように叫び、振り返るとピッピたちが大きな網に捕まっていた。
「か、会長さん。早くピッピたちを助けないと!」
慌てたリカオさんが会長に助けを求める。
しかし会長は返事をしない、なにか様子がおかしい。
「ああ? もうお前は用済みだよ」
「え? うわあ!!」
会長がリカオさんを突き飛ばした。
その会長の顔は今までの穏やかな優しい顔ではなく、悪人のような醜悪な笑みだ。
「な、会長さん、どういう……」
「がははははは!! ポケモン保護団体は仮の姿。俺たちの正体、それは……」
一瞬で会長やその部下たちは作業服から黒い制服になる。
「ポケモン密猟団だ!」
「ポケモン密猟団!?」
俺が驚くとカスミが口を開く。
「聞いたことがあるわ。ポケモンを非道な方法で捕まえてお金儲けの道具にしてる連中がいるって」
「その通りだ。この山に珍しいピッピがいると聞いてな、ちょいと儲けさせてもらおうと思ったんだよ」
「そ、そんな、僕を騙していたのか!!」
リカオさんは愕然として密猟団に突っかかる。
「騙されるお前が悪いんだよ。間抜けな科学者の小僧! だが感謝してるぜえ、お前が得意げにペラペラ喋ってくれたお陰で金になるポケモンを捕まえられたんだからな」
「……やっぱりあんた喋りすぎだったな」
「……くぅ」
ナオキが呆れるとリカオさんは悔し気な顔になる。
そんなやり取りに構わず密猟団がモンスターボールを取り出す。
「行け、ナッシー、ゴローン!!」
「ナッシ〜!」
「ゴローン!!」
ヤシの木に三つの卵のような形の顔があるナッシーと岩に手足の生えたイシツブテの進化系であるゴローンが現れる。
そして、密猟団が指を鳴らすと地響きとともに大きな機械が現れる。
「これぞポケモン捕獲マシーンだ! スイッチ一つでポケモンを捕獲し中の檻に入る。これでピッピどもは俺たちのもんさ」
密猟団がスイッチを入れるとピッピたちを捕らえた網が動き出し、中のピッピたちが悲鳴を上げながらマシーンの方へ向かっていく。
マシーンに搭載されている檻にピッピたちが捕らえられてしまった。
「大漁ですぜボス!」
「おうよ、これで大儲けだ!」
大声で笑う密猟団たち。
「こんな……ひどいよ!!」
リカが悲痛な叫びが洞窟に響く。
そうだ、こんなこと許せるはずがない。
すると、今まで空気だったロケット団が密猟団の側に立った。
まさかこいつら……!
「俺たちはポケモン密猟団の旦那の協力者さ!」
「今回得られた利益は山分けなのよねー」
「ニャハハハ! これぞ賢いやり方なのニャ」
そういうことか。
洞窟内を明るくしていたのも、密猟団の指示か。
そうして洞窟内のポケモンを弱らせて捕まえるということか。
異変が起きているところにポケモン保護団体として近づけば怪しまれることもない。
「さあ、旦那やっちゃってください!」
「そうだな……その前に……」
「きゃあ!」
密猟団はムサシからつきのいしを取り上げると突き飛ばした。
「ちょっと何すんのよ!!」
「お前たちも用済みだ!」
「「「なにー(ニャニー)!!!」」」
おいおい仲間割れかよ。
「お前たちみたいな間抜けな連中はもういらん。消えろ! つきのいしありがとよ、儲けにさせてもらうぜ」
「ふざけんな!」
「私たちがどんだけ苦労したと思ってんのよ!」
「あんまりだニャ!」
ロケット団の抗議に密猟団はどこ吹く風だ。
そんな態度に我慢ができなくなったのかロケット団はモンスターボールを取り出す。
「こうなったら実力行使だ、ドガース!」
「行きなさいアーボ!」
「うるせえよ。ナッシー、『サイコキネシス』でぶっ飛ばせ!」
「ナッシ~」
ナッシーの目が光るとドガースとアーボが攻撃しようとするがあっさりと吹き飛ばされてしまい、ロケット団自身も吹き飛ぶ。
「「「やな感じー!!!」」」
お約束のセリフで空へと消えるロケット団。
「ボス、あいつらの喋るニャースは捕まえなくてよかったんすか?」
「あー、いやいらねえな、なんか気持ち悪いしよ」
「そうっすね」
そんな会話をした密猟団は振り返り、俺たちを睨む。
「さて次はお前たちだ。叩き潰したあと、ピッピどもはこのまま頂いていく」
「そんなことさせない!」
「ピッピたちは返してもらうわよ!」
「……俺には関係ねえ、と言いてえが……てめえの上から目線が気に入らねえ。ここでぶっ潰す」
リカ、カスミはともかく、ナオキまで戦う姿勢を見せてくれた。
やっぱりこいつは素直じゃないツンデレだな。
俺も負けてられないな。
「逃がさねえぞ密猟団。ここで倒してジュンサーさんに突き出す!」
「ガキが粋がってんじゃねえぞ!」
密猟団が見下しながら恫喝すると、俺たち以外に密猟団に近づくものがいた。
「ピッピ! ピッピ!」
「ああ、捕まえ損なったのが一匹いやがったか」
網から運良く逃れたピッピが密猟団に『はたく』攻撃をしていた。
「ピッピ! ピッピ!」
ピッピは必死に密猟団のボスの足を『はたく』。しかし、奴はなんともないようでピッピを嘲笑っていた。
そして、密猟団のボスはピッピを踏みつけた。
「鬱陶しいんだよ!」
「ピー!!」
「やめて!!」
ピッピが悲鳴を上げ、リカが必死に叫ぶ。
「ボ、ボス、あんまり傷を付けたら値が下がっちまいますぜ」
「問題ねえよ、ポケモンの傷なんかすぐ治る。それに……一匹くらいなんでもねえよっと!!」
「ピー!!」
蹴り飛ばされたピッピはリカの足元まで転がってきた。
「ああ、ピッピ!」
傷だらけのピッピをリカが抱き上げる。
頭に血が上り、頭が沸騰しそうになった。
こいつら、ポケモンを「モノ」扱いしやがって!!
これが人間のやることかよ!
「てめえら、絶対許さねえ!!」
「草タイプのナッシーは俺がやる。行けヒトカ――」
「バタフリー『かぜおこし』!!」
ナオキの言葉を遮ったのはリカの技の指示だった。
「フリフリフリフリ!!」
「ナッ、シィ〜!?」
バタフリーが羽を高速で動かすと突風が巻き起こりナッシーが吹き飛ぶ。
「な、なにぃ!?」
いきなりのことに密猟団のボスも呆然としているが俺も驚いている。
そのせいか、思考が冷えてきた。
指示を出したリカを見ると、彼女は手にキズぐすりを持っていた。ピッピを治療したのだろう。
ピッピを優しく撫でると、密猟団の前に立ちふさがり、顔を伏せながらボールを投げフシギダネとニドラン♀が現れる。
「お、おいリカ……?」
「……さない」
一瞬、誰の声かわからなかった。その静かで冷たい声がリカの声だと信じられなかった。
「絶対に、許さない……!!」
リカが無表情に怒り視線で挑み掛かるように密猟団に言い放つ。
「ダネェ……!」
「ニンッ……!」
「フリィ……!」
フシギダネもニドラン♀もバタフリーも物凄い迫力だ。
まるで今のリカの怒りの感情が丸々乗り移ってしまったように思える。
「クソが、行けゴローン!! 『たいあたり』で潰しちまえ!!」
ゴローンが屈強な体でこちらに突進する。
「ニドラン、『にどげり』!」
「ニンニン!!」
跳んだニドラン♀が2発、ゴローンを蹴り飛ばす。
そして、ニドラン♀はリカは止まらなかった。
「『にどげり』『にどげり』“『にどげり』『にどげり』『にどげり』『にどげり』“『にどげり』『にどげり』『にどげり』『にどげり』“『にどげり』『にどげり』ィ!!」
「ニンニンニンニンニンニンニンニン!!」
何度も何度も指示を出すリカ、その指示通りにゴローンを蹴り飛ばすニドラン♀。その鬼気迫る暴れっぷりは燃え盛る炎のようだ。
吹き飛んだゴローンは密猟団のボスに当たり、のしかかる。密猟団のボスはゴローンの重さで動けなくなる。
「ク、クソ!! おいナッシー『サイコキネシス』で――」
「バタフリー『かぜおこし』!!」
「フリフリフリィ!!」
ナッシーが攻撃する前にバタフリーが羽を高速で動かすと突風が巻き起こりナッシーの体が宙へと浮かぶ。
「ナッシ~!」
「……もっと、もっと『かぜおこし』! もっともっと『かぜおこし』『かぜおこし』『かぜおこし』『かぜおこし』ィ!!」
リカの指示により増幅する風、それはもはや嵐と言ってもいいだろう。
そして、ナッシーは洞窟の天井に激突し、そのまま落下した。落下先に密猟漁団の部下2人がいた。
「「ぎゃあああああ!!?」」
「な、なに!?」
密猟団の部下はナッシーの下敷きになり気を失った。
そして、リカは緩やかにフシギダネに視線を送ると指示を出す
「フシギダネ、『つるのムチ』!」
「ダネフシャ!!」
フシギダネの2本の蔓が密猟団の捕獲マシーンに叩きつけられる。
「や、やめろぉ!!」
密猟団の叫びを無視し、フシギダネの“つるのムチ”が容赦無く振るわれる。
捕獲マシーンの外装がボコボコに粉砕されていく様子は、すべてを破壊する自然の怒りそのものが具現化したようだ。
「『つるのムチ』『つるのムチ』『つるのムチ』『つるのムチ』『つるのムチ』『つるのムチ』『つるのムチ』『つるのムチ』『つるのムチ』『つるのムチ』『つるのムチ』『つるのムチ』『つるのムチ』ムチ、ムチィッ!!」
マシーンのところどころから煙が吹き出てくる。そして、ピーッという音が鳴ると、マシーンは完全に沈黙した。すると、カチリという音が鳴りピッピたちのいる檻の扉が開く。
俺はハッとするとカスミとナオキに声をかける。
「い、今のうちにピッピたちを!」
「え、ええ……」
俺たちはピッピたちを密猟団から離し安全な場所へ誘導した。みんな無事で良かった。
呻き声に振り向くと、ゴローンの下敷きになった密猟団のボスはなんとか仰向けからうつ伏せに体を動かすことはできたがそこまでで、悔しそうに顔を歪めていた。
「う、うぐ……お、俺がこんなガキどもに」
すると密猟団のボスに近づくリカが見えた。
リカは片脚を上げると、そのまま密猟団のボスの後頭部を踏みつけた。
「ぐええ……!」
「……最っ……低」
汚らわしいものを見るような目を帽子から覗かせ、リカはそう吐き捨てる。
普段の優しくて大人しい彼女からは想像もできない冷たい表情と重い声音だ。
「……なあ、リカってそういや、キレると手がつけられないんだよな……」
ナオキがリカの様子を見て苦笑いを浮かべる。
「あーそう、だっけ……そう、だったな」
俺はサトシの記憶を探ると、リカが静かに暴れる姿が見えた。なんとなく映像がブレてるのはサトシが見たくないほど恐怖しているからだろうか。
大人しく子ほどキレると恐ろしいのは真実だったか。
いきなりリカがこちらを振り向いたため、俺はビクリと体を震わせる。見るとナオキもリカを見て固まっている。
「ピッピ大丈夫!?」
先程の大暴れが嘘のようにリカは心配の表情を浮かべてピッピたちに駆け寄ってきた。
ピッピたちが怪我が無いことを確認すると、「良かった」と安心したようだ。
俺はナオキと顔を見合わせて互いに肩をすくめる。
俺もリカが元に戻って安心したよ。
ふと、振り返ると驚いた。
密猟団のボスの姿は無く、転がるゴローンとナッシーとその下敷きの密猟団の部下だけがいた。
「あ、あいつ逃げやがった!」
すると、リカオさんが口を開く。
「大丈夫だよ。そう遠くへは行っていないはずだ。さっきジュンサーさんに連絡したからすぐ捕まるよ」
そう言った矢先、サイレンの音が聞こえた。
もっと早く来いよ、と文句を言いたいが、ひとまず密猟団を捕らえることが先だと言葉を飲み込むことにした。
***
密猟団のボスはボロボロになり這々の体でオツキミ山を下っていた。
「クソ……あのガキども絶対に許さねえ」
このまま捕まってたまるか、ここは逃げて隠れて、いつか必ず復讐してやる。そして、密猟団として返り咲いてやる。
そう思いながら進むと、前に複数の人影があった。
「ん?」
そこにいたのは見知った顔だった。
「よお、密猟団の旦那」
「さっきぶりね」
「お、お前らは……!」
自分が今回の密猟のために雇って最後に捨てた間抜けなロケット団だ。
青髪の男と赤髪の女は邪悪な笑顔をしていた。
喋る謎のニャースも鋭い目で笑みを浮かべていた。
「よくも俺たちをコケにしてくれたな」
「たっぷりお礼させてもらうわよ」
「猫の怨みが恐ろしいことを教えてやるのにゃ」
「あ、あ……ぎぃやああああああ!!!」
夜空にこだます悪党の声。
そしてそれを見守るポケモンたちは誰も助けることはなかった。
***
数分後、ジュンサーさん率いる警察の人たちがオツキミ山に到着し、密猟団2人をひっ捕らえた。
ジュンサーさんは俺たちに向かって敬礼した。
「連絡ありがとうございます」
「ポケモン密猟団のボスですが、近くの森でボロボロになっているところを発見し、署まで連行しています」
あの男は結局逃げられなかったのか、やっぱり悪党は栄えない。正義は必ず勝つってな。
ジュンサーさんたちがそのまま連行していくのを見送るとリカオさんが声をかけてきた。
「君たちのおかげでピッピたちもつきのいしも無事だ。本当にありがとう!」
「いえ、一番頑張ったのはリカですよ。すごかったぜ」
「うん、ポケモンと一体になったみたいですごい攻撃だったわ!」
「お前も強くなってんな、俺もうかうかしてらんねえな」
俺、カスミ、ナオキは三者三様にリカを褒めたたえた。
しかし、当の本人は顔を真っ赤にして帽子で顔を隠して蹲っている。
「わ、忘れて! お願い忘れて!」
ははは、それは無理ですよリカさん。あんなすごいポケモン捌きはトレーナーとしては参考にしなければいけませんから。
別にリカさんのもう一つの人格をからかおうなんて思っていませんよ。ええもちろん。
「ピッピ、ピッピ!」
足元から声がしたと思うと、そこにはピッピがいた。
体に治療の跡があるところを見ると、リカが助けたピッピのようだ。
「あ、ピッピ、どうしたんだ?」
「ピッピ!」
ピッピは両手に何かを持っており、それを俺たちに差し出してきた。
「それってつきのいしか?」
「ピ!」
「え? もしかしてくれるの?」
「ピ!」
リカの疑問の声にピッピはコクリと頷く。
「でも大切なものなんじゃ?」
カスミの言葉に構わずピッピは素早く俺たちの手につきのいしを手渡していく。
「俺もか?」
ナオキは意外そうに呟くとピッピは彼に笑顔を向けた。そして、最後にリカオさんの前に来る。
リカオさんは信じられないという顔でピッピとつきのいしを見ている。
「ほ、本当にいいのかい?」
「ピッピ!」
ピッピは明るく鳴くとリカオさんにつきのいしを渡した。
リカオさんは弾けたように笑う。
「ありがとう大切にするよ!」
「俺たちにもありがとうな、大事にさせてもらうよ」
「ありがとうピッピ」
「ありがとう!」
「さんきゅ」
みんなでお礼を言うとピッピはジッとリカを見つめて立っていた。
「どうしたのピッピ?」
「ピ!」
ピッピはリカの足元に来ると元気に両手を振った。まるで自分をアピールしているような。
「もしかしてリカについていきたいのか?」
「ピッピ!」
俺の言葉にピッピは元気に返事をした。
「ええ!? そうなの!? でもここのピッピをゲットするのは……」
驚いたリカは恐る恐るリカオさんを見ると彼は考え込む顔になる。
「うーん、ピッピ自身が望んでいるなら問題ないんじゃないかな?」
リカオさんの結論は賛成とのことだ。
「そう、ですか……ピッピ、本当に私でいいの?」
「ピッ!」
元気に頷くピッピにリカは笑顔で答える。
「うん、わかったよ」
リカはモンスターボールを取り出しピッピに差し出す。
ピッピはモンスターボールのスイッチにタッチした。
ボールはピッピを吸い込むと、数回動いて停止した。
それを見届けたリカは嬉しそうにボールを突き上げる。
「ピッピ、ゲットだよ!」
これで俺たちに新しい仲間が増えたってことだな。
バトル無しでゲットするなんてすごいぜリカ!
***
オツキミ山を下る頃には朝になっていた。
俺たちの視線の先にはハナダシティの入り口が見えていた。
「俺たちはこのままハナダシティでジムに挑戦するつもりだけど、ナオキはどうするんだ?」
「そうだな……ジム戦の前に鍛えることにするぜ。向こうにトレーナーの腕試しができる橋があるらしいからな。そこに行く」
「そっか、じゃあ先に行ってるぜ」
「ああ、サトシ、次は俺が勝つ」
「俺も負けないぜ」
ナオキは軽く手を挙げるとそのまま行ってしまった。
「いよいよ次のジムか」
「やっぱりまだ緊張するよね」
ニビジムの時もそうだった。
けれど、俺たちは勝った。
ポケモンを信じてぶつかるだけだ。
俺たちは次のジム戦に向けて歩き出した。
ハナダシティ到着まで、カスミは終始静かだった。
久しぶりのナオキです。
すっかりサトシのライバルになってます。シゲルの影が薄くなっているような……アニポケでもあまり出ませんからね。
ブチ切れるリカはずっと書きたいと思ってました。こういうギャップは好きです。
オリジナル悪役のポケモン密猟団です。
アニポケでは極悪非道に描かれていることが多いですよね。
彼らもポケモンを使いますが、悪いことに使われてもポケモンはトレーナーに従うだけで悪くないと思うんですよね。
あとリカオの名前が少しリカと一文字違いなので間違いそうになりました。