サトシに憑依したので冒険してみようと思う(改題) 作:エキバン
ジム戦はどうなるのか。
オツキミ山を越えてからしばらくして、俺たち3人はハナダシティに到着した。
ハナダシティは花と水の街と呼ばれていた。
温泉がたくさん湧き出て、その地熱によって年中温かくなるため綺麗な花が咲き誇っていた街だ。
ハナダ=花の田んぼ、というのが語源らしい。
そんなハナダシティの花咲き乱れる美しい景色は全国に知れ渡り、カントーだけでなく他の地方からも観光客が押し寄せた。
しかし、そんな観光客を狙った怪しい人間や、怪しい店が増えてしまったため、いつのまにか危ない街と呼ばれることも多くなった。
そのため観光客も減ることとなり、そういった怪しい店は次々と潰れることになったそうだ。しかし、それに巻き込まれるように健全な店も潰れることになった。
ニビシティもそうだが、本当に廃れる街は廃れるんだな。
俺たちはポケモンセンターのロビーで夕食をとっていた。
一つのテーブルに俺とカスミが並び、向かい側にリカが座っている。
黙々と食事をしているとリカが声を上げた。
「ねえカスミどうしたの? 昨日から元気が無いみたいだけど?」
「え? ううん、なんでもないの」
横目でカスミを見ると確かに元気が無さそうだ。ここ数日、彼女に覇気は無いように思えた。
「けど、本当にいつもより元気ないぜ、具合が悪いなら――」
「心配ないから、平気、気にしないで」
「……そっか」
あまり無理に聞くのは良くないと思い、それ以上聞かなかった。
「明日はハナダジムに行くんでしょ?」
俺とリカは頷く。
「私、寄るところがあるから、先にジムに行ってて」
「何か用事があるの?」
「うん、まあね」
それから俺たちの会話は途切れた。
食事を終えると俺たちはそれぞれの部屋に入った。
俺は寝巻きに着替えベッドの中に入る。
頭の中には明日のジム戦のことよりもカスミのことがグルグルと巡っていた。
いつもは元気な彼女がどうして最近、暗くなっているのか、何が彼女を思い詰めさせているのか。
しかし、俺はカスミとは少し旅をしただけで詳しく彼女を知るわけではない(リカはサトシとしての記憶があるから多少はわかる)。
カスミにはカスミの過去があり事情がある。
それを知る資格があるほど、俺はカスミから信頼されているのだろうか。
あれこれ思考をしていると、いつのまにか俺の意識は沈んでいった。
***
夜、ハナダシティのある場所にて3人組が、いや、2人の人間と1体のポケモンがいた。
赤い髪の女ムサシと青い髪の男コジロウ、そしてニャース、3人組のロケット団だ。
3人組は懐中電灯で照らしながら侵入した建物内を歩いていた。
「ニャハハ、首尾よく侵入できたのニャ」
「ハナダジムには強いポケモンがいるはずだ」
「それを手に入れるために必要なものはこれよ」
3人組は目的の「ブツ」を見上げてほくそ笑んだ。
「いやーそれにしてもここしばらくの食事は美味しかったわねー」
ムサシは心底嬉しそうな口調で切り出した。
コジロウとニャースは頷いて肯定を示した。
「それもこれもあの密猟団の隠し金庫を探り当てたおかげだな。あの密猟団も口を割らないだろうし、もう全額引き出したし、警察の手が加わっても俺たちにはたどり着かないだろうな」
「あれだけの金があれば、しばらくはご飯に困らないのニャ」
「あんな棚からぼた餅、私たちの日頃の行いがいいからよね」
「そうそう、悪党の神様は俺たちの頑張りを見ているのさ」
「ここでもっと頑張って、猫に小判なのニャ」
「さあ、仕事仕事」
「神様見ててくれー」
3人は意気揚々と作業に入った。
***
翌朝、カスミは俺たちよりも早くポケモンセンターを出発していた。
俺とリカはカスミに言われた通り先にハナダジムに向かうことにした。
ちなみに俺の肩にはピカチュウが、リカの足元にはフシギダネがいる。
「ピカァ」
「ダネェ」
より人が多い都会にピカチュウとフシギダネはキョロキョロと周りを見ながら驚きの声を上げた。
「ニビシティに比べれば人は多いみたいだな」
「うん、お店もいっぱい。アパレルショップとかアクセサリーショップとかいっぱいあるし、オシャレな人たちもいっぱいだね」
周りを見渡すと、なるほど今時な服装をしている若い男女がチラホラ。
自らを着飾り、より綺麗であろうとしている人たちが多い。
特に女性は薄着だったり生脚を出したりと少々肌を露出している。
どれも美人ばかりだ。
しかし、こんな綺麗な女性たちがいる街でもリカはまったく見劣りなんてしない。
むしろ、この一帯にいる女性の中ではリカが一番綺麗だと思う。
白い帽子にノースリーブの水色シャツ、赤いミニスカート、ルーズソックスに靴というシンプルな服装だが、持ち前のスタイルの良さや整った顔立ちと相まって、彼女の魅力を十分に引き出していた。
現にすれ違う男性は皆リカを見ている。女性もまたリカを見て目を見開いている。
まあ男性の場合は目線が顔から下に行っているわけだが、気持ちは分かる。
カスミもおそらくここら一帯の女性の中では美人に思える。ここにカスミもいればさらに騒がしくなっていただろうと思う。
リカを横目で見ると、気づいてないのか気にしていないのか、ただ前を見て歩いている。
「どうしたの?」
「いや、なんでもないよ」
「ピ」
ピカチュウがジト目で俺を見る。
いや俺はそんな目でリカのこと見てないよ、今は……
そうして歩いていると道の先がなにやら騒がしい。
見ると人だかりができていて道路にはパトカーが何台か停まっていた。
「あの、なにかあったんですか?」
「泥棒が入ったらしいよ」
「おかしなことに巨大なホースと大型エンジンが盗まれたんだって。一体なにに使うのかな」
確かにおかしな強盗だ。
動向が気になるが我々はハナダジムを目指す身、ここは先を急ごう。
そのまま俺たちは事件現場を後にした。
「ここがハナダジム……なのか?」
カラフルな屋根にポケモンのジュゴンの飾り、外にはアイスクリーム屋などの売店がある。
挑戦者を待ち構えるポケモン道場というよりは、何かのテーマパークのようにも見える。
しかし、看板にはしっかりと『ハナダジム』と書かれていた。
「こういうのってジムリーダーの趣味とかもあるのかも」
なるほど、確かにニビジムは真面目で堅実なタケシらしく飾り気のない質素で落ち着いた雰囲気のジムだった。
となると今回のジムリーダーはかなり派手なことが好きなのかな。
ジムの受付に行くと、そこには張り紙がしてあった。
『ハナダジムへようこそ。ただいま当ジムは水中ショーの時間となっております。建物内でお待ちください。よろしければ、水中ショーもご歓談ください』
俺とリカは顔を見合わせる。
「「水中ショー?」」
「ピカ?」
「ダネ?」
説明を見るとハナダジムではポケモンとジムの人間によるショーが行われているらしい。
これがハナダシティの新たな名物として注目されている、と書いてある。
「みずタイプのジムだから、水中ショーってことか?」
「なんだか面白そうだね。観てみようよ」
「そうだな、どちらにしろショーが終わるまでジム戦はできなさそうだからな」
俺たちはチケットを購入して観客席に向かった。
ちなみにポケモンは無料だった。
観客はかなりの数がいた。
でもなんか、男ばっかりじゃないか?
そこは大きなプールがあった。
学校や市民プールよりも大きいように思えた。
よく見ると飛び込み用のジャンプ台も備えてある。
『ただいまよりハナダ美人三姉妹による。ポケモン水中ショーを開始します』
歓声が強まり、会場全体が振動したようだった。
隣のリカが「ひゃ」と可愛い声を上げて俺の腕を掴んで着た。
普段は喜ぶところだが俺も驚いたためそんな暇は無かった。
ジャンプ台にスポットライトが当たると、そこに3つの人影が見えた。
そこにいたのは3人の女性だ。
それぞれ金色、紫色、ピンク色の髪の3人だ。
全員似た顔立ちでおそらく肉親なのだろう。
確実なのは3人とも美人であるということだ。
そんな美人3人がプールに相応しい水着姿でジャンプ台に現れたのだ。
金髪の人は赤、紫髪の人は緑、ピンク髪の人はオレンジのワンピースの水着を着て、そのスタイルの良さを強調していた。
周りの男性客の熱狂も頷ける。
出てきた女性3人は大きなプールに飛び込む。
水中から上がった3人は踊り始めた。
すると彼女たちの周りをみずポケモンたちが囲み一緒に踊った。
タッツー、シェルダー、パウワウ、トサキント、アズマオウ、ニョロモ、ニョロゾと様々なみずポケモンたちがいた。
水中に潜った紫髪さんはシェルダーを胸に抱くと周りをトサキントとアズマオウが合わせて舞う。
パウワウが金髪さんを足から突き上げると、金髪さんは華麗に空中を回り着水。
ピンク髪さんがニョロゾと手を取りダンスをするとその周りをタッツーとニョロモも合わせてダンスする。
自分でもその光景に見惚れているのがわかる。
リカも同様に言葉を発することなく見入っていた。
ピカチュウもフシギダネも目をキラキラさせていた。
踊りが終わり3人は水面でポーズを決めた。
みずポケモンたちも観客に向かい顔を出した。
その瞬間、観客席から大歓声が沸いた。
「すごかったな」
「うん、あのお姉さんたちの踊りすごく綺麗だったね」
「ああ、3人ともすっごくスタイルも良かったし、こりゃ名物にもなるよな」
「む……ほら、ショー終わったみたいだから行くよ!」
「うわちょ、リカ……さん?」
「行・く・よ!」
「あ、はい」
有無を言わさずという雰囲気だ。
ピカチュウとフシギダネが溜息をついて俺を見ていた。なんなんだよ?
***
リカに手を引かれて会場を出ると、ひたすら俺たちは建物内を歩いた。
「えと、ジムリーダーはどこにいるんだろうな……」
「見つけるためにあちこち歩いてるの」
「あ、はいそうですね」
現在俺たちは水槽の見える通路を歩いている。
さっきからリカはどこか不機嫌だ。
あまり逆らわない方がいいよなと思っていると、前方から人の話し声が近づいてきた。
先ほどの水中ショーをしていた3人の美女だ。
あの人たちに聞いてみるか。
「あのすいません」
美女3人は俺たちに気づいたようだ。
「あら、あなたたちは?」
「あ、俺たちは――」
「まあ、可愛いピカチュウとフシギダネね」
「あ、ど、どうも」
「あ、ありがとうございます」
金髪さんが笑顔を向けてくれる。うわあ、惚れてしまいそうな綺麗な笑顔だなあ……
そうやってぼうっとしていると、
「申し訳ないけど、いくら私たちの美貌に見惚れてもサインはお断りしてるの」
「写真がほしいなら、売店に私たちのブロマイドが売ってるからそれを買ってね」
ピンク髪さんと紫髪さんが俺の返事を待たずにまくし立ててきた。
すると俺の代わりにリカが口を開いた。
「そうじゃなくて私たちハナダジムに挑戦に来たんです。ジムリーダーはどこなんですか?」
「目の前にいるわ」
「「へ?」」
金髪さんの言葉に俺とリカは同時に首をかしげる。
「私たちハナダ美人三姉妹がこのハナダジムのジムリーダーよ、私は長女のサクラ」
「次女のアヤメでーす」
「三女のボタンよ」
金髪さんがサクラさん、紫髪さんがアヤメさん、ピンク髪さんがボタンさんか。
間近で見るとやはり素晴らしいスタイルだ。
露出の少ないワンピースの水着なのに3人とも胸元が大きく膨らんでいる。
ふむ、サクラさんは全体的に細いのに出るとこは出て引っ込むところは引っ込んでいる無駄の無いスタイル。
アヤメさんは3人の中で一番胸は大きいようだ、脚もややムッチリしてる。
ボタンさんはキュッと締まった綺麗な美脚がスラリと伸びている。その割に腰回りがふっくらしてて美しい丸みを帯びている。
美人三姉妹の名は伊達では無いということか。
手に痛みが走る。
リカさんでした。彼女は繋いだ俺の手を強く握った。
痛い痛いごめんなさいごめんなさい!
何食わぬ顔でリカは三姉妹に話しかける。
「3人がジムリーダーを?」
あ、力が緩んだ。
「そ、交代でしてるの」
リカの疑問をボタンさんが答える。
「それにしてもカップルで挑戦だなんて羨ましいわ。私達全員独り身だものね」
「仕方ないわよ姉さん、スターの私たちは誰のものでもないもの」
「けれど現れる素敵な王子様にいつか迎えに来てほしいわー」
サクラさんが妖艶に溜息をつき、ボタンさんが誇らしげに大きな胸を張り、アヤメさんが胸の前で両手を組むと夢見るように見上げる。
「カ、カップルとかじゃないです!」
「えー、でも仲良く手を繋いでるじゃない」
「わあああ! こ、これは違うんです!」
サクラさんの指摘にリカは慌てて手を離した。
そんなに必死に否定されるのは傷つきますよ。
「あの話進めたいんですけど?」
脱線しかけた話を戻そうと俺が口を開くと、アヤメさんはジッと俺の顔を見た。
「んーあなた結構可愛い顔してるわね」
「へ?」
アヤメさんが顔を近づけ俺の顔をマジマジと見た。
あ、良い匂い。
「あと5年くらいしたら楽しみかも。その時はお姉さんがいろいろ教えてあげるけど、どう?」
「はえ!?」
「アヤメ姉さん年下が好きだったの?」
「だって将来有望な子はマークしときたいじゃない?」
ボタンさんは意外そうにアヤメさんを見ていた。
おっと年上のジョークなんだから本気にしてはいけないよな。
「むー……」
リカさんそんな膨れないでよ可愛いけど。
「あ、あのそれよりもジム戦を……」
再び脱線した話を戻そうとした。
これ無限ループとかならないよな?
「うーん、申し訳ないけど私たちジム戦する気は無いわ」
「「え?」」
ポケモンジムなのにジム戦をしない!?
「私たちは水中ショーに集中してるの」
「ジムの経営だけじゃやっていけないから、ジムの大きなプールを上手く使ってポケモンたちと始めたんだけどこれが大受けなのよ」
「おかげでただのポケモンジムだったころよりも来る人が増えたわ」
サクラさん、アヤメさん、ボタンさんが順に説明する。
まあ、ジムの都合はわかったけど、それだと困ったな。せっかく来たのに。
すると三姉妹は続ける。
「パパとママが出てった時はどうしようかと思ったけど、案外やっていけるのよね」
「「は!?」」
サクラさんは何でもないように語ったことが俺とリカを驚きの声を上げさせた。
「……パパとママが出てったって?」
「言葉通りよ、私たちのパパとママはジムがやっていけないから出てったの」
ボタンさんも気にしていない様子で続いた。
「そんな……」
ここもなのか? ジムを投げ出すだけじゃなくて、自分の子供まで捨てるなんて、どうしてそんな……
「言っておくけど、私たちはそんな悲嘆はしてないわ」
「え?」
アヤメさんの言葉に思わず声が出る。
「そもそも、人は10歳になったら大人扱いが常識だしね。大人な私たちは自分の力で生きるの。だからパパとママが自由を求めたのも間違ってないわ」
そうだ、今更だけどこの世界は俺がいた世界とは違うんだ。この世界にはこの世界のルールがある。
まあ、それでも納得できない気持ちは消えない。
「そういうもん、なんですか?」
「そういうもんよ。とは言っても実際に子供を捨てた私たちの両親はかなりレアケースみたいだけどね」
この人たちはきっと自分の境遇に負けずに前に頑張ってきたんだ。今の俺より年上といってもまだ十代なのにすごいよ。
「それに水中ショーも軌道に乗ってきたしね。これからはポケモンジムのジムリーダーとしてじゃなく、世界一のポケモン水中ショーのスターになるのよ」
「それに今日は夜の部もあるのよね。そのリハーサルもしないといけないの」
ボタンさんが熱く語り、アヤメさんが申し訳なさそうに伝えてくる。
すると、サクラさんが何かを取り出した。
「ここまで来てくれた可愛いトレーナー2人に、はい、ブルーバッジよ」
つまり、ジム戦無しでバッジをくれるってことか?
いや、いくらなんでも……
「え、でもバトルもしないでバッジを受け取るなんて……」
リカも同じ思いのようでサクラさんの言葉に戸惑っている。
「バッジをあげるかどうかの裁量は私たちに任されてるわ。もう他のジムのバッジを持っているし、そのピカチュウとフシギダネを見たら、よく育てられているのがわかるわ。だからバッジに相応しいトレーナーだと判断します」
だからどうぞ、とサクラさんは俺とリカにバッジを差し出してくる。
どうしたものかとリカと顔を見合わせていたその時。
「ちょっと待ったああ!!」
通路に響く聞き覚えのある少女の声。その主は――
「「カスミ!?」」
ノースリーブシャツにサスペンダー付きのショートパンツの強気な顔の美少女、カスミだ。
「今までどこにいたんだ?」
カスミは小走りに近づいてくる。
「2人とも遅れてごめん。少し心の準備が必要だったから」
カスミは俺たちに謝罪するとサクラさんを見た。
「サクラ姉さん、そんなバッジの渡し方はダメよ!」
「え、姉さんって……?」
もしかして……
「今まで黙っててごめん。私、このハナダジムのトレーナーなの」
それは驚いた。
しかし納得もある。どうりでこの三姉妹を見たことあると感じたわけだ。
「ハナダ美人三姉妹はハナダ美人四姉妹だったの」
自分で美人って言うか普通。
まあ、カスミが美人なのは間違いないけどさ。
「まあ、水中ショーしたことないカスミはお客さんには知られてないけどね」
「もう、いきなり家を飛び出したと思ったらいきなり帰ってきて」
「一流のトレーナーになるって息巻いてたけど、なれたの?」
サクラさんが補足し、アヤメさんとボタンさん詰問するとカスミはたじろぐ。
「う、それは……まだだけど……」
「ねえ、カスミ、さっきのやり取り見てて思ったけど、2人と知り合いなの?」
「え、ええ、2人が旅してるときに出会って、そこからしばらく3人で旅してたの」
「ええっ! カスミ、彼女持ちの男狙ってるの?」
「略奪愛なんて、我が妹ながら恐ろしいわ」
「ああ……あの男の子から怖がられてたカスミに好い人が見つかるなんて、奪ってでもほしいくらい想ってるのね」
アヤメさんとボタンさんは口元を押さえて驚愕を露わにし、サクラさんはハンカチで目元を押さえて感極まっていた。
いや略奪てお姉さん方。
「ち、ちちち違うわよ。べ、別にサトシのことは……良いやつとか思ってるけど、そ、そんな好きとかちが……わくないこともないけど……とにかくそういうのじゃないからね!!」
「そ、そそそそれに私もサトシの彼女とかじゃありませんから!!」
2人ともそんなに強く拒否らなくても……
「え、もしかしてこれビンゴ?」
「からかってただけだったのにまさか……」
「まあまあ、そうなの?」
「と、とにかく、ポケモンジムとしてトレーナーにはジムバトルをしてからバッジを渡すべきよ」
「けど、私たちにそんな暇は――」
「私がやる、サトシとリカとバトルするわ」
「んーそうね、一応このジムは私たち4人が全員ジムリーダーの資格を持ってるわけだし、カスミでも問題ないけど」
ほう、カスミはジムのトレーナーどころかジムリーダーでもあったのか。
「やる気満々みたいだけど大丈夫なの?」
「ええ、もちろんよ。サトシ、リカ、どっちからにする?」
「それじゃあ今回もサトシからでいいかな」
「わかった、じゃあ――」
「ねえ、提案なんだけど、一緒にバトルするっていうのはどうかしら?」
俺の言葉をサクラさんが遮る。
「一緒、てどういうことですか?」
「タッグバトルよ」
「「「タッグバトル?」」」
「ええ、トレーナー2人でタッグを組んだ2vs2でバトルするの。最近ウチでも取り入れたのよ」
「まあ、時間短縮のためだけどね」
なるほどそれは理にかなっているな。
「つまり、サトシ君とリカちゃんがペアになる。そして、私がカスミと組むわ」
「え、サクラ姉さんどうして?」
「カスミとしばらく旅をした2人がどんなトレーナーなのか気になっちゃって……どうかしら?」
「俺は構いません」
「私もです」
サクラさんはパンと手を叩く。
「はい、決まり。それじゃあフィールドに行きましょう」
サクラさんたちの後を俺とリカはついて行った。
バトルフィールドまで歩く途中で気づく。
カスミがあの三姉妹の妹ということは、カスミは両親に捨てられたということだ。
ニビシティのタケシの境遇に強く反応していたのは、自分の境遇と重ねていたからなのか?
お姉さんたちは自分たちの力で生きる覚悟を決めたが、カスミはまだ、そのことでずっと苦しんでいるのか?
***
バトルフィールドは水中ショーをしていた大きなプールだ。
水タイプが戦いやすいフィールドということか。
それ以外のタイプのための足場も浮いているが、やはり水タイプが有利なんだろうな。
「審判は私、アヤメでーす。それではルールの確認です。使用ポケモンはそれぞれ2体ずつ。ポケモンが全滅したペアの負け。1体でも戦えるポケモンが残っていれば勝ちです」
俺たち4人はボールを構える。
「スピアー、君に決めた!」
「お願いバタフリー!」
「行くのよヒトデマン!」
「行くわよアズマオウ!」
俺とリカはスピアーとバタフリーを出す。
カスミはヒトデマンを出し、サクラさんが出したのはオレンジの肌に黒い点がついて、角が生えた金魚ポケモンのアズマオウだ。
「スピ!」
「フリ!」
「ヘア!」
「マーオ!」
「あら、ピカチュウとフシギダネじゃないのね」
そう、今回はリカと作戦会議をして、相性よりもフィールドをよく見ることを優先しようということになっだ。
「水のフィールドでも自在に動ける飛行能力を持ったポケモンの方がいいと思いまして」
「そう、なかなか考えてるのね」
サクラさんが感心すると、審判のアヤメさんが片手を上げる。
「バトル、開始!」
「ヒトデマン『バブルこうせん』」
「アズマオウ『みずのはどう』!」
「スピアー『ダブルニードル』!」
「バタフリー『むしのさざめき』!」
スピアーは2本の針でバブルを次々と割っていく。
アズマオウの水の音波に対し、バタフリーが羽を振動させた音波を放ち、打ち消す。
「スピアー急降下!」
水面にいるヒトデマン目掛けて『ダブルニードル』で攻撃する。
「ヒトデマンかわして!!」
「ヘア!」
ヒトデマンは水中に潜ることで回避する。
「バタフリー『かぜおこし』!」
「フリフリフリフリ!」
突風がアズマオウ目掛けて発射されるが、アズマオウもまた水中に潜ることで回避する。
水中に潜られたら攻撃ができない。
なんとか攻撃してきたところを突くしかない。
「アズマオウ『たきのぼり』」
アズマオウはフィールドの水に干渉し、自身の体から一定範囲の水を自ら纏う。
そのまま巨大な水の弾丸のように猛スピードでバタフリーに突撃する。
「マオウ!」
「フリィ!?」
「いいわよアズマオウ、そのままスピアーに『つのドリル』」
方向転換したアズマオウの回転する即死の角がスピアーを狙う。
「『はたきおとす』!」
「スピ!」
スピアーは持前のスピードで『つのドリル』をギリギリ回避する。
そして、頭上から針の側面を思いきりアズマオウにたたきつける。
「アズマオウかわすのよ!」
アズマオウはひらりとかわして落下し再び水中に入る。
「あらあらやるわね。けど……」
サトシは先ほどの『つのドリル』がスピアーにギリギリかすっていたことに気づく。
かすっただけでスピアーにはダメージが入った。
一撃技がここまで恐ろしいとはな。
「うふふ、私のアズマオウなかなか強いでしょ。切り札の温存なんてこだわってないでピカチュウと交換したら?」
サクラさんは優しく諭すように微笑んでいる。
なんでも言うことを聞きたくなるような素敵な笑顔だ。
だけどーー
「そうはいきませんよ。だってそのアズマオウ、『ひらいしん』でしょ?」
「……」
サクラさんの笑顔が少し固まる。
『ひらいしん』でんきタイプの技を吸収して無効化、さらに自身のとくこうを上げる特性だ。
みずタイプのアズマオウが『ひらいしん』ということは、弱点が一つ減るということだ。
有利なでんきタイプで挑戦してきたトレーナーは度肝を抜かれることだろう。
「しかも、『ひらいしん』はでんき技を自身に引き寄せる。つまり、別のポケモンにでんき技を使ってもアズマオウが吸収してしまうってことですか。流石は水タイプのジムリーダー、タイプ相性の対策はバッチリですか」
サクラさんより笑みを深くした。
「うふふ、あなたこそ可愛い顔してなかなか観察しているのね」
「初対面の美人ほど警戒しないといけませんから」
「まあ、お上手ね。だけど、手は抜かないわよ。カスミ!」
「ええ! ヒトデマン『バブルこうせん』!」
『バブルこうせん』がスピアーに襲いかかる。
「スピアー『ダブルニードル』!」
「スピア!」
バブルを割りながら突進するスピアー。
「アズマオウ『たきのぼり』!」
「マオウ!」
ヒトデマンに集中していたスピアーにアズマオウが迫る。
スピアーは『たきのぼり』を受けて吹き飛ぶ。
「もう一度『たきのぼり』!」
スピアーを追撃せんとアズマオウが迫る。
「バタフリー『むしのさざめき』!」
「フリー!」
そこにバタフリーの『むしのさざめき』が決まり、アズマオウは吹き飛び、さらにヒトデマンにもダメージが入る。
「さんきゅリカ」
「うん」
タッグなんて初めてなのにうまくいくもんだな。
最初は俺vsカスミ、リカvsサクラさんになっていたのが、気がつくと対戦相手が変わっていた。
このまま一気に行く!
***
「バタフリー『かぜおこし』!」
ヒトデマンを吹き飛ばして一旦距離を取り体勢を立て直そうと『かぜおこし』を指示した。
――今よ!
バタフリーが『かぜおこし』をする際、翼を強く羽ばたかせ風を発生させるために数秒必要だ。
カスミはこの瞬間を狙っていた。
「ヒトデマン『パワージェム』!」
ヒトデマンの周りに光の塊が複数現れ、バタフリーに飛来した。これはいわタイプの特殊技『パワージェム』。バタフリーに最も有効な攻撃だ。
『パワージェム』がバタフリーを襲う。
「フリィ!?」
しかし、バタフリーはまだ飛んでいた。
『かぜおこし』によって『パワージェム』の勢いは幾分か相殺されていたため、効果抜群ではあったが、ダメージを減らすことができた。
「バタフリー接近して!」
バタフリーがヒトデマンに向かって飛行する。
「迎え撃って、『パワージェム』!」
「バタフリーかわして!」
バタフリーはフラつきながらも、パワージェムの一つ一つを空中を上下左右に動きかわす。
いくつか直撃し痛みで怯みそうになるが止まらない。
――ここ!
「バタフリー『エナジーボール』!」
バタフリーが緑のエネルギー球を発射する。
草タイプの特殊技『エナジーボール』。
ヒトデマンに大ダメージを与える。
「な!?」
「畳みかけて! 『エナジーボール』!」
「ヒトデマン、水の中に――」
しかし、ヒトデマンはダメージから動きがおぼつかなくなる。カスミの指示は聞こえるもののフラつき、2発目の『エナジーボール』が迫り、直撃した。
ヒトデマンはそのまま倒れて動かなくなる。
「ヒトデマン戦闘不能!」
「……戻ってヒトデマン……お疲れ様」
カスミはヒトデマンを戻すと悔しそうに俯いた。
チャレンジャーの優勢となった。
***
リカとカスミがぶつかっているのと同時にサトシとサクラがぶつかっていた。
「アズマオウ『たきのぼり』」
「『ダブルニードル』で迎え撃て!」
水を纏ったアズマオウの突撃に、スピアーは2本の針で迎え撃つ。
「『つのドリル』!」
アズマオウは体から水を離すと、角を回転させスピアーに攻撃する。
「かわせ!」
一撃技はかわさなければならない。
スピアーはアズマオウの頭上を飛ぶ。
「今よ『みずのはどう』」
アズマオウは瞬時に上を向き、『みずのはどう』を発生させる。
『つのドリル』は囮だった。ワザと避けさせて近距離から『みずのはどう』を撃ち、勝負を決めるのが狙い。
サトシも理解していた。これは避けられない。
ならば、避けない。
「『ドリルライナー』!」
スピアーの両の針が激しく回転する。
発射された『みずのはどう』がスピアーの体に当たる直前、『ドリルライナー』がぶつかり、『みずのはどう』を削って行く。
「な!?」
「そのまま打ち破れえええっ!!」
スピアーは『みずのはどう』を完全に削りきると、そのままアズマオウに直撃した。
アズマオウは落下するとそのまま目を回した。
「アズマオウ戦闘不能!」
「戻ってアズマオウ……ご苦労様」
サクラは優しくアズマオウのボールを撫でる。
「まさかドリルをかわしてドリルを決め技にしちゃうなんてね」
「サトシ君なかなか小洒落てるわね」
アヤメとボタンが感心したように言った。
***
ジムリーダーの2人のポケモンはそれぞれ残り1体ずつとなった。
「誘いをかけていたのに、誘われていたのは私の方だったのね……本当に強いわ……リカも……サトシも……」
「……カスミ?」
カスミは俯いて呟くとボールを取り出した。
「さあ次よ! 行くのよスターミー!」
「行きなさいパウワウ!」
「フゥ!」
「パーウ!」
カスミはスターミーを出し、サクラさんは真っ白な体に短い角が生えて、口から舌を出した愛らしい顔のポケモン、パウワウを出した。
「スターミー『れいとうビーム』!」
発射された冷気の光線はスピアーへと向かった。
「よけろスピアー!」
スピアーはギリギリ回避する。
羽を凍らされたら飛ぶのが難しくなるな。
カスミを見ると鋭い目で俺を見据えていた。
俺と勝負したいのか、いいぜ。
「リカ、カスミは俺が相手する!」
「わかった!」
リカの了解も得た、遠慮はいらない。
「パウワウ『れいとうビーム』!」
「かわして『むしのさざめき』!」
「『れいとうビーム』!」
パウワウの『れいとうビーム』とバタフリーの『むしのさざめき』が衝突し爆発を起こす。
「『こうそくスピン』!」
「上昇、からの『ダブルニードル』!」
スターミーの『こうそくスピン』を一瞬速くかわしたスピアーは2本の針でスターミーを貫く。
大きなダメージを負ったスターミーはそのまま水中に落下する。
「追撃の『ダブルニードル』だ!」
「今よ、スターミー『サイコキネシス』!」
強力な念動波がスピアーを襲い、全身に衝撃を与える。どくタイプを持つスピアーにエスパータイプの技は効果は抜群だ。
スピアーは持ち直すも大ダメージで先程よりも飛行スピードが落ちている。
一気に形勢はカスミが有利となった。
***
「パウワウ『こおりのつぶて』!」
「かわして!」
氷の塊をバタフリーがかわしたその時
「『アクアジェット』!」
パウワウが水を纏った高速の体当たりをしかけてきた。バタフリーは成すすべなくダメージを受ける。
「フリィ……」
バタフリーは先ほどのヒトデマン戦で消耗していた。
しかし、このままバタフリーで決めにいかなければならないとリカは考えていた。
バタフリーが戦闘不能になれば、残るリカの手持ちはフシギダネ、ニドラン♀、ピッピ、いずれも水のフィールドでの戦いは不利。
だから、バタフリーで勝負を決めるしかない。
「バタフリー『エナジーボール』!」
バタフリーは緑のエネルギー球をパウワウに発射する。
「パウワウ、潜って!」
パウワウは水中に潜ることで『エナジーボール』を回避した。
(きた、今!)
「バタフリー『ねんりき』!」
『ねんりき』が水を押し上げる。
「その水を回して!」
水が渦を巻き、その渦の中にパウワウが巻き込まれる。
目を回したパウワウが水面に現れフラフラになる。
「パウ……」
「今だよ、『むしのさざめき』!」
渦の中にいるパウワウに虫タイプの音波が命中する。
パウワウは目を回して水に浮かんで動かなくなる。
「パウワウ戦闘不能!」
「まあ……戻ってパウワウ。お疲れ様」
サクラはパウワウをボールに戻すと悔しそうにするではなく素直に感心してリカを見ていた。
***
「みずタイプのジムでエスパー技を喰らうとはな」
「スターミーはエスパータイプも持ってるんだからおかしくないでしょ。『みずのはどう』!」
「かわせ!」
「『みずのはどう』!」
スピアーはスターミーから発射される『みずのはどう』をフラつきながら回避していく。
(この『みずのはどう』は牽制のための技だ。スピアーを近づかせないようにしつつ、かわし続けて疲れたところに『サイコキネシス』をぶつける気だ)
サトシは動く。
「『ドリルライナー』! 『みずのはどう』を打ち破れ!」
カスミはほくそ笑む。
(来た!)
カスミはサトシのスピアーがアズマオウの『みずのはどう』を『ドリルライナー』で破壊したことを覚えていた。
ダメージを負ったスピアーがこのままスターミーの攻撃をかわし続けることは難しい。だから、サトシは真正面から勝負を決めに来るはずだと読んでいた。
『みずのはどう』が破壊され、スピアーがスターミーまで猛スピードで迫る。
「スターミー『サイコキネシス』!」
高威力の念力がスピアーを襲う。
――サトシの狙い通りに
「スピアー『こうそくいどう』!」
スピアーは自身のスピードを上げ、一瞬でスターミーとカスミの視界から消えた。
『サイコキネシス』はスピアーに直撃することなく空振りとなる。
「しまった!?」
カスミはノーマークだった技、そしてスピードを高めたスピアーに対して次の手を考えるために一瞬動きが止まる。
そして、その一瞬はスピードタイプのポケモンを相手にする場合に致命的な隙となった。
スピアーは自身の射程範囲内にスターミーを収める。
「『ダブルニードル』!」
スピアーの針がスターミーに直撃する。
スターミーはプールから飛び出して壁に激突し動かなくなる。
「スターミー戦闘不能、よって勝者、サトシ&リカペア!」
バトル終了。
サトシとリカはハナダジムを突破した。
***
2回目のジムに勝利した俺とリカ。
喜びを噛み締めていると四姉妹が近づいてくる。
「2人ともおめでとう、素晴らしいバトルだったわ」
「「ありがとうございます!」」
サクラさんはあるものを取り出すとカスミに手渡した。
「カスミ、バッジはあなたから渡してちょうだい」
「え……うん、わかった」
サクラさんがカスミに渡したのはバッジだった。
まさかカスミからジムバッジを受け取るとは思わなかった。
「サトシ、リカ、ハナダジム制覇おめでとう。勝利の証のブルーバッジ、受け取って」
「ああ……」
「ありがとう」
どこか暗いカスミからブルーバッジを受け取る。
するとカスミはフッと笑うと口を開いた。
「私はこのままハナダジムに残るわ。2人は旅を頑張って」
「え、どうして?」
急な申し出に俺は戸惑う。
リカも同様でカスミに疑問の視線を送る。
「トレーナーとして一からここでやり直すわ」
急なことと言うより、もしかして、ずっと考えていたのか?
「カスミ、それって最近元気がなかったことと関係があるのか?」
俺の言葉にカスミはピクリと反応し、こちらを見た。
「短い間だけど仲間だから、何を悩んでいるのか知りたい、カスミの力になりたいんだ」
しばしの沈黙が包むと、意を決したようにカスミは口を開いた。
「……私、このジムが大好きなの」
「パパとママは私たちを捨てて出て行っちゃった。けど、家族みんなで頑張ってたこのジムだけは守りたい」
「ジムリーダーだって胸を張れるように強いトレーナーになりたい。だから水ポケモンを極めたいと思ったの」
俺から顔を晒してカスミは言う。
「もしかして、私たちが水中ショーばかりしてまともにジムの仕事をしてないから?」
「あんたそんなに私たちの水中ショー反対だったの?」
サクラさんとアヤメさんが困った顔で尋ねるとカスミは首を振った。
「違うわ。私、お姉ちゃんたちには水中ショー頑張ってほしい」
「あれ、そうなの?」
ボタンさんの声の後、カスミは顔を赤くして俯きながら声を絞り出した。
「お姉ちゃんたちには好きなことをさせてあげたい」
三姉妹が目を見開く。
「パパとママがいなくなってから、お姉ちゃんたちが今までジムを頑張ってくれてた。お姉ちゃんたちは水中ショーが本当に好きなのは知ってるし、きっと世界に通用する。だから私はジムリーダーになってこのジムを守りたい」
やはり……
「カスミ……それはお前がタケシの家族を気にしていたこととも関係あるのか?」
俺の言葉にカスミはキョトンとした顔になる。
「え? ……あ、もしかしてサトシ、私がパパとママに捨てられたことでずっと落ち込んでると思ってた?」
「……違うのか?」
「うーん、半分当たってるかも、たしかにタケシの家族のことを知ってショックを受けたわ。けど、あの家族は必死に生きてた。親が必要無いくらいに。ま、ムノーさんが戻ってきたことは嬉しかったけどね」
俺の想像は外れていた、それ自体は嬉しい。
だが、カスミの顔を見ると安心はできない。
「タケシは頑張ってた。ジムのことだけじゃなくて、家族のことも頑張ってた。だから、私も本気で頑張ろうって思ったの」
「私がお姉ちゃんたちに比べてダメなところが多いことは……前から自覚してたわ」
「それから旅をして思い知らされたの。私はサトシやリカよりも前にトレーナーになった。ポケモンも鍛えたしバトルもしてきた。けれど、サトシとリカに出会ってわかったわ。私は外で通用するトレーナーじゃなかった。あなたたちはもう私より強いもの。私じゃあなたたちの足手まといよ。だから、ここでお別れしましょ」
カスミは笑っていた。
やめろ……そんな哀しそうな笑顔を向けるな!
そんな俺の胸中を知らないカスミは続ける。
「トレーナーとしてサトシとリカには抜かれちゃったけど、ハナダジムで鍛えて、立派なジムリーダーになる。だから―――」
瞬間。轟音が響いた。
***
轟音が止むと次は笑い声が聞こえた。
「「なーはっはっはっは!!」」
ジムの壁が轟音とともに壊れ、巨大な機械とホースが現れる。
巨大ホースはジムのプールに突っ込み、水を吸い上げ始めた。
そして、巨大な機械の上には2人の人影がある。
「い、いったいなんなの?」
「なんだかんだと――」
(以下省略
「あ、ジムが、ハナダジムが……」
カスミはロケット団が壊した壁を見て呆然としていた。
「このハナダジムの水ポケモンは全部いただきよ!」
「ニャハハ、ジム戦の後とはグッドタイミングだニャ。ジムのポケモンも動けないはずだニャ」
ロケット団が機械を作動させる。
すると、ホースがプールの水を吸い込み始めた。
「ああ! 水が!」
サクラの悲鳴に構わず、ホースは吸引速度を上げて行く。
その時、巨大な機械に近づく影がある。
「どらあぁ!!!」
サトシはホースを蹴っ飛ばした。
ホースから飛び出た水がサトシの体を濡らす。しかし、サトシは構わず倒れるロケット団に近づく。
そして、大型機械の下を両腕で持ち上げた。
「おいお前ら……」
「な、なにするんだジャリボーイ!?」
次第に巨大な機械は浮き上がっていく。
「ここは俺の大切な仲間の大切な場所なんだよ」
サトシは全身に力を込めながら、ロケット団に言い放つ。
「サトシ……」
サトシの言葉にカスミは思わず呟く。
――もう旅をやめようとしている私もあなたにとっては仲間なの?
高鳴る胸とともにサトシを見守る。
「好き勝手に荒らそうとしてんじゃねえ……とっとと出ていきやがれえぇ!!」
サトシは全身の筋肉を総動員して大型の機械をひっくり返した。バランスを崩して倒れた機械と共に上に乗っていたムサシとコジロウとニャースも巻き込まれてプールサイドに落ちてしまう。
「「わああああああああ!!!」」
「ニャアアアアアア!!」
「まあ……」
「「すご……」」
サクラは感心し、アヤメとボタンは呆然としていた。
落ちた3人は痛みを耐えながら立ち上がりサトシを睨む。
「おのれ野蛮なジャリボーイ!!」
「こうなったらあんたからボコボコにしてやるわ!!」
「何度も勝てると思わないことニャ!!」
ロケット団が臨戦態勢になるとサトシはモンスターボールを構える。
「行けピカチュウ!!」
「ピッカチュウ!!」
サトシのモンスターボールから飛び出して来たピカチュウは頬袋をバチバチと帯電させながらロケット団を鋭く見据えた。
それを見たロケット団たちの顔が青くなる。
「あ、あれー? ピカチュウ君なんだか怖ーい……」
「ジ、ジム戦の後でつかれてるんじゃないのー……?」
「ああ、今日こいつ一回もバトルしてないんだ。だから元気が有り余ってんだよなー」
「ピカピカ」
「「「えー!!」」」
水タイプのジムならピカチュウが大活躍だろうと思い、疲れたところを奪おうとしたロケット団の思惑は完全にご破算となる。
それどころかもはや逃れようのない窮地に立たされたことを自覚した。
サトシはそんなロケット団の反応に満足そうに頷くと邪悪な笑みを浮かべる。
「ピカチュウ『10まんボルト』」
「ピィカチュウウウウウウウ!!!!」
ピカチュウの暴力的な電撃がロケット団を襲い、彼らに強烈な痺れを与えながら、ジムの外に追い出した。
「「「やな感じー!!!」」」
お決まりのセリフと共にロケット団は飛んでいった。
***
ロケット団が居なくなると、動きを止めた巨大な機械とホースが残った。
壊れた壁をカスミは悲しそうに見つめていた。
「ああ、ハナダジムが……」
そんなカスミの後ろからサクラさん、アヤメさん、ボタンさんが話しかける。
「大丈夫よカスミ。これくらいなら保険が下りるから」
「そうそうすぐ直せるわ」
「ほら、そんな暗い顔しない」
「……うん、よかった」
「でも今日の夜の部は中止ね」
そんな仲の良い四姉妹のやり取りを見て、思わず笑みがこぼれる。
――本当にカスミはお姉さんたちが大好きなんだな。
本人に指摘されたら顔を真っ赤にして否定すると思うけどな。
「サトシ、リカ、ハナダジムを守ってくれてありがとう」
「本当に助かったわ」
「2人とも、私はこのままハナダジムに残るわ。これで――」
「私は嫌だよ!」
カスミの声を遮りリカが叫んだ。
この場にいるみんなが驚いてリカを見た。
リカはスカートをギュッと握ると再び口を開いた。
「私、この数日楽しかった! サトシとカスミといろいろ話してバトルしてポケモンたちと遊んだ旅が楽しかった! それなのに、こんなすぐにお別れなんて嫌だよ! 私はカスミとこれからも旅をしたい!」
リカは目に涙を溜め、絞り出すように、吐き出すようにカスミに訴えた。
そんなリカを見て、ようやく理解した。
ああほんと、馬鹿だ俺は。
カスミに対して踏み出そうとしなかった俺は本当に馬鹿野郎だ。
こんな当たり前のことにも気がつかないなんて何やってんだ俺は。
信頼される資格なんてそんなもん。本当の気持ちを伝えないと得られるわけないじゃないか。
リカは偽りのない本心をぶつけた。
俺もカスミに向き合った。
「カスミ、本当にごめん! 俺、怠けてたんだ! 悩んでるカスミのために話を聞いてカスミを知ろうとすることを怠けてたんだ! けど間違いだった。俺はカスミに向き合うべきだったんだ!」
「サトシ……」
「カスミ、俺もお前と旅がしたい! カスミお前がトレーナーとして強くなりたいならいくらでも俺たちが協力する。バトルだってするし、勉強もいくらでもする。俺は、お前と一緒にいたいんだ!」
リカが伝えたように俺も本心を伝えた。
カスミは戸惑うように視線を彷徨わせる。
「カスミ、あなたは旅を続けなさい」
助け船を出したのはサクラさんだ。
「え、サクラ姉さん、でも……」
カスミが困っていると、続いてアヤメさんとボタンさんもサクラさんに加わった。
「でもじゃないわよ。だいたいね、何が外で通用しないからジムでがんばる、よ。あんた言ってることがめちゃくちゃなの」
「初心者がジムに籠って鍛えてもそんなのたかが知れてるのよ。経験を積むために外にでるのよ」
「アヤメ姉さん、ボタン姉さん……」
「ジムを守りたいなら外の世界を見てからよ」
「それにジムと水中ショーの両立くらい私たちにできるわよ。心配なんて生意気なこと言わない」
「ジムリーダーとしての役目はまっとうするわ。あんたが帰ってくるまでは」
姉3人の言葉にカスミは俺とリカを見た。
そして、俺たちに向かって一歩踏み出し――
姉3人がカスミを遮る。
「んー、カスミがそんなに旅を嫌がるなら……私たちがサトシ君とリカちゃんと旅に出ちゃおっかなー」
「あーいいわねサクラ姉さん。旅をしながら色んな町で水中ショーの売り込みをしたらいいのよ」
「そうすればカントー中に私たちの名が広がって世界デビューの第一歩になるわ」
サクラさん、アヤメさん、ボタンさんが俺を囲んできた。
「ねぇサトシ君、どうかな?」
サクラさんが顔を近づけてくる。
「え、あの……」
「リカちゃんもどう、あなたも水中ショーやってみない? 絶対人気出るから」
「え、わ、私にはそんな……」
あたふたするリカを見て面白そうに笑うと再び俺が矛先となる。
「私たちね、サトシ君のこと気に入っちゃったから一緒に旅したいなーって思ってるのよ?」
「バトルも強いし本当に将来有望だわ」
「それにさっきの悪人さんたちを追っ払った時も、ワイルドでかっこよかったわよ」
俺を囲むようにサクラさんが後ろに、アヤメさんが右に、ボタンさんが左に着いた。
水着姿の美女に囲まれてしまった。
逃げられない。
うお、なんか良い匂いする。
けどなんか怖い!
「ちょ、お姉さん方!?」
「一緒に旅してくれたら、いーっぱい良いことしてあげちゃうわ」
サクラさんが耳元で甘い言葉を囁き、ゾクゾクしている俺の腰から腹にかけて撫で回す。
「サトシ君、美人の大人のお姉さんに興味あるでしょ?」
アヤメさんが俺の右腕を絡めると豊満な胸の間に挟み込んでくる。
「私たちの身体見てたの気づいてるんだからね」
ボタンさんが俺の左腕を絡めると自分の腰に当ててくる。
「ええっ!?」
なんだと! リカだけでなくお姉さんたちも気づいてたの!? いやでもそのスタイルは反則だからあ! 見ないなんて無理だからあ!
ていうか、全身が柔らかいからあ! 水着姿でそんなにせまられたら……!
すると、左右のアヤメさんとボタンさんが自分の水着の肩紐に手をかけた。
そして、ゆっくりと下ろしていく。
「いいわよ、サトシ君になら。お姉さんたちの秘密のところとかいっぱい見せて、ア・ゲ・ル」
2人の水着が下がっていくと、豊かな胸がその肌を露わにして――
「「こらああああああああ!!!」」
リカとカスミが怒鳴り声がこだました。
「「「きゃ!」」」
驚いた三姉妹の隙をついてリカとカスミが俺の腕を取り引き寄せた。
「そ、そんな破廉恥なことやめてください!!」
「こいつは私とリカと旅するの、これ決定! 変更無し!」
顔を真っ赤にしたリカとカスミが言い放つ。
まるで威嚇しているようだ。
あのままだと抜け出せなかったと思うから助かった。
「あらまあ」
「最初からそう言えばよかったのに」
「ちょっと残念」
三姉妹は可笑しそうに俺たちを見ていた。
うん、やっぱり冗談だったんだな。
ちょっと残念。
***
ジムの前で俺とリカはカスミと相対して立っている。
カスミは照れくさそうに口を開いた。
「そ、その……あんなこと言っておいてなんなんだけど、やっぱりこれからも2人と旅がしたいな……と思うのですが……」
答えは決まっている。
「ああ、もちろんだ」
「大歓迎だよ!」
「っ!! う、うん、これからもよろしくね!」
カスミは本当に嬉しそうに笑った。
薄っすら目に涙が浮かんでいた。
ああ、本当にいつものカスミに戻ったんだな。
やっぱり、今のカスミがいいな。
「なあ、カスミ」
「なに?」
「やっぱりお前さ、笑った顔が可愛いよ」
「……ええっ!?」
カスミが見るからに顔中を真っ赤にして目を見開いた。
あ、こんなストレートな言い方は流石に照れるか。
なんか俺も恥ずかしくなってきた。
「まあ」
「おお、なんと策士……」
「いや、多分天然でしょ……」
お姉さんたちが驚いているとカスミは俯くとスタスタと俺に歩み寄ってきた。そして、俺を抱きしめてきた。
俺の肩に頭を乗せて両腕を背中に回した。
「え、ちょ、カスミ!?」
「うっさい動いちゃダメ!」
ふわりと良い香りが鼻をくすぐり、胸板に柔らかい2つが押し付けられている。
カ、カスミさん、さすがあのお姉さん方の妹君!
俺が焦っていると、カスミは離れた。
カスミの顔は未だ赤く、目線は下を向いていた。
「えと、今のは……?」
「その……お礼……と姉さんたちの上書き」
「もう、カスミったらひどいわ」
アヤメさんが少し膨れた。
「むー」
リカも膨れてた。
***
「カスミ、気をつけてね」
「うん、姉さんたちも頑張ってね」
「言われなくてもよ」
「サトシ君、リカちゃん、いつでもハナダジムに寄っていいからね」
「はい、いつか必ず来ます」
「また水中ショーを見せてくださいね」
見送られながらハナダジムを後にした俺たち3人。
再び始まる俺たち3人の旅、なんとなくだが、心の距離とでも言うのか、それが縮まった気がする。
「カスミ、また旅が出来て嬉しいよ」
「ふふん、まああんたを見張ってないと……」
カスミは得意げな顔をしたと思ったら、穏やかな顔になり言葉を区切る。
「……うん、私も2人と旅がしたかった。負けていることをうじうじと気にせずに初めから素直になれば良かった」
「今は素直だから問題ないよ」
カスミの言葉にリカが答える。
ああ、まったくその通りだ。
俺たち3人は互いに顔を見合わせて笑い合う。
どこか気恥ずかしい空気に覆われながら歩いている時、前方から人が歩いて来た。
それはがっしりした体格の細目の男。
「「「タケシ!?」」」
「む? おお、サトシ。カスミにリカも久しぶりだな!」
どこかで会おうとは言ったがまさかこんな早い再会になるとは思わなかった。
「ハナダシティにいるということは、ジムには挑戦したのか?」
「ああ、ほら、ブルーバッジ」
俺とリカはジムに勝利した証をタケシに見せる。
「順調なようでなによりだ。俺は宿と食料の確保をな、暗くなる前に街について助かったよ」
タケシの旅も順調なようだな、ここまで来るのにどんなことがあったのかいろいろ聞きたいーー
「タケシく〜ん!」
どこからか甘えるような女性の声が聞こえてきた。
タケシの後ろからシャツにハーフパンツの美人の女性が走ってきた。
「は〜いマナミさ〜ん!」
俺は目を疑った。
タケシがふにゃふにゃの顔で後ろから来た女性の元まで走って行った。
「ごめんね〜先に行かせちゃって、待ったでしょ?」
「いえいえなんのこれしき! 男タケシ、素晴らしい女性であるマナミさんのためならどんなことも苦ではございません!」
「きゃ、もうタケシ君ったらあ!」
「いやあ、あはははは! あ、それじゃあサトシたち、俺は先を急ぐ、次のジムも頑張れよ!」
タケシは俺たちに振り返ると瞬時にキリッとした顔に戻るとそう言い、マナミさんと手を繋いで「ルンルン」と言いながら歩いて行った。
嵐が去った後のように俺たちの間で静かな空気が流れた。
「……あはは、タケシも旅の仲間が出来たんだね」
リカはさすがの前向きさで先ほどのタケシをフォローした。
「……無駄に鼻の下伸びてたけどな」
「……騙されたりしてないといいけどね」
どこか微妙な空気になりながら俺たちは歩き出した。
まあ、タケシは今まで抑圧されてたみたいだからな。ああして羽を伸ばすのもいいだろう。
俺は無理矢理納得することにした。
硬派のイメージのタケシを忘却の彼方に消し飛ばしながら。
カスミの姉たちは原作よりもカスミへの態度が軟化している設定です。出涸らしとか言いませんよ。
だからカスミは姉たちのために頑張ろと思えてます。
ちなみに姉たちのスタイルは完全に私の独断と偏見です。
タケシさんステキなお姉さんと出会って幸せです。これからいろいろ出会いがあるかも?
リカのニドラン♀とピッピが出番少ないですね。なんとかしなければ……