サトシに憑依したので冒険してみようと思う(改題)   作:エキバン

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少し変わった展開をと思いました。


サトシvsシゲル ここにいる理由

ポケモンゼミを出発して森を抜けるとすぐそこに大きな町があった。

先日は霧が深かったせいでこの町の存在に気づかなかったが、ゼミで必要な物資を調達するために町が近いのは当然のことだ。

 

「大きな町だね、人もたくさん」

 

「ようやくポケモンセンターで休めるわ。もうクタクタよ……」

 

リカは疲労が顔にたまりながらも周りを不思議そうに見渡し、カスミは町に着いた安心感からかどっと疲れが目に見えていた。

かくいう俺もここしばらくの歩き続けやバトル続きでかなり疲れている。

思いっきり柔らかいベッドに飛び込みたい気分だ。

 

もうひと頑張りだと町に足を踏み入れたその時だ。

 

「どうもどうも、カントーナウです! インタビューよろしいですか?」

 

現れたのはマイクを持った美人のお姉さんとカメラを抱えた男性だった。

よく見るとそのお姉さんには見覚えがある。

カントーの大きなテレビ局の美人アナウンサーだったはずだ。

いきなりの登場に呆然としていると、お姉さんはグイグイとマイクを向けてきた。

カントーナウは確か、カントーで有名なテレビ番組だ。

まさかそのインタビューにつかまるなんて、これはなかなかレアな体験だな

 

「あ、はい、いいで――」

 

「はーい! インタビュー受けまーす!!」

 

俺はカスミに押しのけられた。

嬉しそうな声を出して元気いっぱいじゃないかカスミさん。

 

「ありがとうございます! 今若者トレーナー特集をしていまして、皆さんのお名前とトレーナーデビューしてから今日までどのくらいなのか教えてください。」

 

「私はカスミです。旅を始めて2か月くらいです」

 

「俺はサトシです。期間はカスミと同じくらいです」

 

「私はリカです。私も同じくらいです」

 

「ふむふむなるほど、皆さんのご出身はどちらですか?」

 

「私はハナダシティです」

 

「俺はマサラタウンです」

 

「私もマサラタウンです」

 

「え、あなたたち2人はマサラタウン!?」

 

インタビュアーのお姉さんは驚いた顔で俺とリカを交互に見た。

 

「ええ、そうですけど」

 

「これはまた偶然ですね、実は先ほどマサラタウンのトレーナーにインタビューをしたところなんですよ。それも二人、しかもその1人があのオーキド博士のお孫さんだっていうからびっくりですよ」

 

連続マサラタウンだから驚いていたのか、しかも、二人のうち一人は確実にシゲルだよな。

もう一人はもしかしたらあいつか?

 

「おっと、話が逸れましたね。ではポケモンジムには挑戦したのですか?」

 

「皆さんはポケモンジムには挑戦しましたか?」

 

「はい、俺とリカが挑戦してバッジは2つです」

 

「おお! なかなか早いペースですね。カスミさんはジムには?」

 

「ええと、実は私、ジムリーダー資格者なんです。だからジム巡りじゃなくてトレーナー修行の旅をしてるんです」

 

「ええ!? あなたジムリーダーなの!? 確かにハナダジムは姉妹でジムリーダーをしていて有名だと聞いていましたが、あなたのことだったんですね」

 

お姉さんの賛辞にカスミは顔を赤くして照れる。

 

「そ、そんな有名だなんて……それほどでもありますね!」

 

認めるのかよ。照れながらのドヤ顔も可愛いけれども。

若干お姉さんも引いてるぞ。

 

「それでは最後に……ズバリ、お三方のご関係は?」

 

そう言われた途端、リカとカスミが固まる、と思ったら二人とも俺の顔をチラチラ見た。

 

「え、えと……」

 

「か、関係といわれましてもそんな決してやましいとかそんなのじゃ……」

 

言葉に詰まるリカと何故か早口になるカスミ。

そんな迷うようなことじゃないだろ。ここは俺がビシッと言ってやろうではないか。

 

「仲間です」

 

俺たちは旅をする仲間、それで十分だ。

 

「うん……まあ間違いじゃないけど……」

 

「……もう少し迷ったり焦ったりしてほしかったのに、鈍感」

 

ボソリと何やら呟く二人、いや鈍感てどうして?

 

「あらあら、これはあなたたち、苦労しそうですね」

 

お姉さんが慈愛に満ちた眼で俺たちを見て笑っている。

旅する子供はそんなに微笑ましいのだろうか。

 

「それではインタビューを受けていただきありがとうございました。これからもカントーナウをよろしくお願いいたします」

 

お姉さんとカメラマンさんはそのまま立ち去った。

 

人生初のインタビューはなかなか緊張するものだな。

 

 

 

***

 

 

 

流石に大きな町だと訪れるポケモントレーナーも多いようで、ポケモンセンターにはたくさんのトレーナーがいた。とは言っても人が居過ぎて俺たちの休む場所が無いというわけではなく、俺たちはジョーイさんにポケモンの回復をお願いすると、待合室で休憩することにした。

 

「どうしたカスミ、そんなにニヤニヤして」

 

「さっきのインタビューよ。カントーナウはカントー全体で放送されてるでしょ? だから今日のインタビュー映像がカントー中に流れるじゃない? そうしたら、私のことをカントー中の人たちが知ることになるのよ!」

 

「そ、そうだな」

 

「そうよ、そうなのよ。そうなったらこう言われるの! 『謎の美少女トレーナー現る。彼女はいったい何者なのか』ってね。そうしたら全国のお茶の間騒然で私に会いたいってトレーナーが殺到してそれから――」

 

あれこれ語りだしたカスミさん。

隣のリカも苦笑いしてる。

謎って、あなた名前と出身を言ってたでしょ、すぐに誰かわかるよ。

ただ一回のインタビューを受けただけでなぜそこまで想像が巡るのか、第一映像が使われるかもわからないだろ。カスミのこういう自信過剰というかポジティブというか、誰に似たのやら……あのお姉さんたちか。

まあこういうところは嫌いじゃないけどな。

 

未だ熱弁を振るうカスミからふと視線を逸らすと、見知った顔がいた。

 

「ナオキ!」

 

「ん? サトシか」

 

2つ隣の席に座っていたナオキは俺の声に反応してこちらを見た。

 

「ナオキもこの町に来てたのか」

 

「まあな、オツキミ山でお前たちと別れてからハナダジムに挑戦してな。それから次のジムを目指している途中でこの町に着いた。今は休憩中だ」

 

「そっか、ハナダジムはどうだったんだ?」

 

「もちろんこの通りだ」

 

ナオキは懐からブルーバッジを取り出してニヤリと笑う。

 

「流石だな。そう言えばナオキ、インタビュー受けたんだって?」

 

「ああ、あれか。鬱陶しかったがしつこかったんでな」

 

そう文句を言うナオキだがどこか満更でもない顔をしている気がする。

 

「そんなこと言ってぇ……本当は嬉しかったんじゃないか?」

 

「……るっせ」

 

相変わらず素直じゃないなナオキ君、と思っていた時だ。

 

「兄貴ー、ジュース買って来ましたー!」

 

大きな声がしたので振り返ると、黒のハーフパンツに赤いシャツ、黒の上着を羽織り、ツバのついたキャップを被った少年がこちらに向かって走ってきた。

可愛らしい顔立ちの快活そうな少年だ。

彼の隣には赤い体の犬ポケモンのガーディが一緒に走っていた。

 

「だから兄貴はやめろ、つーか頼んでねえ」

 

「勝手にしたことっす、どうぞっす」

 

素っ気ないナオキに見知らぬ少年は眩しい笑顔で話しかける。

 

「あの、あなたは?」

 

少年はジュースを机の上に置くと尋ねたリカと俺たちを見た。

 

「押忍! 自分、ユウリってもんっす。ナオキの兄貴の腕に惚れて、子分になったっす! こっちは自分の相棒のガーディっす!」

 

「バウッ!」

 

「だから俺は認めてない!」

 

あららナオキ君ご立腹だ。

 

「認めてもらえるまでずっとついて行くっす! それであなた方は?」

 

ユウリ君も名乗ったのだから俺たちも名乗り返さないとな。

 

「俺はマサラタウンのサトシだ」

 

「私は同じくマサラタウンのリカ」

 

「私はハナダシティのカスミよ、よろしくね」

 

するとユウリ君が目を見開き俺とリカの顔を交互に見た。

 

「な、なんと、お二人も兄貴と同じマサラタウンっすか!?」

 

「この二人は俺と同期だ」

 

ぶっきらぼうにフォローを入れたのはナオキだ。

 

「おお!! 兄貴のお友達に会えるなんて光栄っす!!」

 

「ど、どうも」

 

「よろしくね」

 

「押忍! こちらこそサトシさん、リカさん。カスミさんもよろしくっす!」

 

「ええ、よろしく」

 

元気いっぱいに挨拶をするユウリ君は物凄く積極的で気合を感じる人だ。

基本的に根が素直で真っすぐなんだな。

気持ちのいい人柄に俺もリカもカスミも自然と笑顔になる。

ユウリ君の傍らにいるガーディも嬉しそうに尻尾を振ってる。

 

「ガーディもよろしくな」

 

「バウバウッ」

 

俺に続いてリカとカスミもガーディに話しかけた。

すると、リカがナオキに尋ねる。

 

「そういえば腕に惚れたって言ってたけど?」

 

ナオキは机に肘をついて素っ気なく答える。

 

「別に、こいつとバトルして俺が勝っただけだ。そしたらなんかついて来たんだよ」

 

「自分、旅に出ていろいろバトルしてトレーナーとして強くなった気になってたっす。だけど、兄貴に負けて目が覚めたっす。自分がまだまだだって、だから自分の目を覚ましてくれた兄貴に一生ついて行って、腕を磨くことにしたっす!!」

 

「バウッ!」

 

とてもキラキラした目で思い返すように語るユウリ君。

ナオキに向ける尊敬の眼差しは物凄く熱いものに見えた。

隣にいるガーディが尻尾を振っているが、ユウリ君にも尻尾がついていて物凄い速さで振っているように見えた。

 

「目が覚めたのはともかく、それで俺についてくるのはおかしいだろ! 俺は子分なんかいらねえ! 強くなりたきゃ一人で旅すりゃいいだろ!」

 

熱弁を振るうユウリ君にナオキは青筋を浮かべて冗談じゃないとばかりに異を唱える。

 

「でも兄貴『勝手にしろ』って言ったっすよ。だから勝手について行くっす!」

 

「ああ、もう!!」

 

言質は取ってあるとドヤ顔するユウリ君に返す言葉が見つからずに頭を抱えるナオキ。

そんなに嫌がらなくてもいいでしょ。

 

「もうナオキ、ユウリくんもここまで言ってるんだから」

 

「いいじゃないかナオキ、男と二人旅も悪くないんじゃないか?」

 

「「ん?」」

 

リカと俺がナオキに忠告すると、ナオキとユウリが同時に顔に疑問符を浮かべた。

 

「どうしたんだ?」

 

「こいつ女だぞ」

 

一拍おいて、ユウリ君を見て、もう一拍。

 

「「「ええええええええっ!!!!!」」」

 

「……女の子だったの?」

 

「そうっすよ」

 

少し困った表情のユウリく……ちゃん。

確かに可愛らしい顔立ちとは思ってたけどまさか本当に女の子だとは思わなかった。

 

「す、すまない、失礼なことを言ってしまった」

 

「問題ないっすよ、よく間違われるっすから」

 

流石に女の子を男扱いするのは失礼なことだと思うが。

するとカスミがユウリの前に立つ。

 

「ちょっと確かめたいから胸触らせてもらっていい?」

 

「いいっすよ」

 

カスミが手を伸ばしてユウリの胸に触れた。

そこは起伏がなくとてもなだらかだった。

ユウリはリカやカスミに比べるとなかなか慎ましいようだ。

すると、カスミが何やら怪訝な顔になる。

 

「あれ、なにこれ、うん?」

 

「あ、あの、そ、そんなに触られると――わっ!?」

 

爆発が起こった、と表現するほかなかった。

爆心地はユウリの胸部、カスミが触れて確認していたところ、ビリッと言う音がしたと思ったら、ユウリの胸が急激に膨らんだのだ。爆発したように。

そうしてユウリの慎ましかった平原にお山が二つできたとさ。

 

 

 

「わああああああああっ!!!」

 

叫んだユウリが両腕で胸を隠すとしゃがみ込む。

 

「え、ちょええ!? なにどうなってんの!?」

 

「サ、サラシっす……」

 

か細い声でユウリは答える。

 

「……そ、その、最近なんか胸が大きくなって動くのに邪魔になるんすよ……だからサラシ巻いてるんす」

 

ユウリは顔を赤くしておずおずと立ち上がる。

 

「す、すいません、巻きなおしてくるっす……」

 

「わ、私も手伝うわ。本当にごめんなさいね」

 

ユウリはカスミと一緒にお手洗いに向かった。

 

「……ナオキ、あれも知ってたのか?」

 

「……るっせ」

 

ナオキは顔をそらしてぶっきらぼうに答える。

え、なに? 君も興味があるお年頃だってことでいいの?

 

 

 

***

 

 

 

「お騒がせしたっす」

 

「本当にごめんなさい」

 

「ユウリく……ちゃん、本当に女の子だったんだね」

 

「いえいえ、気にしないでほしいっす」

 

快活に笑うユウリは本当に気にしていないように見えた。

なるほど、こうしてよく見るとパッチリとした目に柔らかそうな笑みは間違いなく女の子だな。

 

「何はともあれナオキの兄貴! 自分はこれからも兄貴について行くっすよ!」

 

「……勝手にしろ」

 

なんだかんだで冷たく突き放したりしないあたり、実は結構ユウリのこと気に入ってるんじゃないかナオキ君?

ナオキの返事にユウリはパアと花が咲いたように笑う。

 

「押忍っ!!」

 

元気に返事をするユウリを見て微笑ましく思っていると、あることを思い出す。

 

「なあナオキ、さっきのテレビの人がマサラの4人にインタビューしたってことは……」

 

「あいつもいるってことか、オーキドのじいさんの孫って言ってたしな」

 

その時、

 

「おやおや見覚えのある顔だね」

 

聞き覚えのある自信に満ち溢れた声。

 

「「「シゲル」」」

 

噂をすればなんとやらか。

 

「やあみんな、マサラの希望の星のシゲルだよ」

 

マサラタウンの優等生シゲル君久しぶりのご登場。

相変わらずキザだよね。

 

不意に後ろから肩を叩かれるとカスミだった。

 

「もしかして、彼もサトシたちと同じ日に旅に出た人?」

 

そっか、カスミは初対面だったな。

 

「ああ、シゲルっていうんだ。オーキド博士の孫なんだよ」

 

「ふーん」

 

するとシゲルもカスミに気づいたのかどこか仰々しく挨拶をする。

 

「よろしく初対面のレディ、僕がマサラタウンのオーキド・シゲルだよ。いずれは世界一のポケモントレーナーになる男さ、以後お見知りおきを」

 

「あ、はい、どうも」

 

微妙な顔をするカスミ。うん、気持ちはわかるよ。

 

「ふふふ、先ほどカントーナウのインタビューを受けてね。やれやれ困ったよ、放送されたら僕の旅先できっと僕のファンになる人たちに囲まれてしまうだろうね。これから忙しくなりそうだよ」

 

いや誰も聞いてないんだけど。

 

「……随分自信家なのね」

 

カスミさん、あれが数分前のあなたなんですよ。

 

「ところでみんな旅の方は順調かい? ここで近況報告といこうじゃないか」

 

「ちなみに僕はもちろん、旅の途中のトレーナー戦もジムバトルも順調さ、未だ負け無しでジムバッジは2つだ」

 

「俺も今のところ連勝中だぜ、バッジも2つ手に入れた」

 

「私は、バトルは順調……だと思う。サトシとカスミとの練習のバトルで負けることもあるから連勝とは行かないけど、ジムバッジは2つだよ」

 

「俺もリカとほとんど同じだな、リカとカスミを相手に勝ったり負けたりで連勝無し、でジムバッジは2つだ」

 

「な、みんなバッジ2つなのかい!?」

 

信じられないという顔になるシゲル、どうやら自分だけ進んでいるとでも思っていたみたいだな。

 

「ま、まあ、僕の同期ならそれくらいおかしくないさ、なにせ僕のおじい様が選んだトレーナーなんだからね」

 

シゲルは余裕そうな態度を崩そうとしない。

無理して作り笑いしているのがバレバレだぞー。

 

シゲルは咳払いすると「ところで」と話し始める。

 

「君たちもポケモンリーグ出場を目指しているのだろう?」

 

俺たちは頷く。

 

「トレーナーとして当然思うことだ。しかし、これだけは覚えておくといい。ポケモンリーグに出場することはトレーナーにとっては通過点でしかない。勝ち進んだとしてもその先には四天王やチャンピオンへの挑戦もある、負けてしまってもそれで終わりではない。リーグは他の地方にもある、様々な地方のリーグに挑戦するトレーナーはたくさんいるからね。僕たちはカントーのリーグだけでなく、もっと先のことも見据えるべきだ」

 

「リーグについて語ったけど、僕らトレーナーに課せられた試練はそういったポケモンの大会でバトルをしていくことだけじゃない。この広い世界の多くの場所を訪れて、多くのポケモンに出会うことなんだ」

 

シゲルの言う通り、俺はすぐそこにあるリーグ、カントーだけの未知の冒険しか見ていなかった。そもそも俺がいた世界で登場したゲームやアニメとしてのポケモンの世界と、今いる世界は全く同じとは限らない(そもそもポケモンのゲームを全部遊んだこと無いからゲーム内のポケモンを全部知らないのだが)。この世界は広い、まだまだ俺の知らないポケモンもたくさんいる。

 

シゲルは俺たちに課せられた試練だと言ったが、俺は誰に言われるまでもなくそんな旅が、冒険がしたい。

これからどんな出会いがあるのかと思うとワクワクする。

自然と口元が緩むのがわかる。

 

リカとナオキをチラリと見ると面白そうに笑っている。おそらく俺と同じ考えなのだろう。

 

シゲルは椅子から立ち上がる。

 

「それじゃあ僕はもう行くよ。またどこかで会おう」

 

「待てよシゲル」

 

俺が呼び止めるとシゲルは振り返り、顔に疑問を浮かべていた。

 

「なあシゲル、旅立ちの日は俺とお前はバトルしなかったよな。俺たちはあれこれ言い合いしてたわけだけどさ、ポケモンバトルも無しでこれから旅を続けるってのはどうにもモヤモヤが残るんだよ」

 

サトシにとってシゲルという男はライバルだ。

だけど俺はシゲルというトレーナーをよく知らない。機会が無かったということもあるが、ここでシゲルと次回までサヨナラというのは寂しいものがある。

 

「つまり、サートシくんは僕とポケモンバトルしたいのか?」

 

「そうだ」

 

多分俺はシゲルのことを知りたいんだ。

ただの嫌な奴なのか、オーキド博士の孫らしくポケモンを極めんとする男なのか。

 

「ふっ、いいだろう、受けて立つ!」

 

シゲルは余裕を持って笑う。

勝利を確信しているかのように。

 

 

 

***

 

 

 

ポケモンセンターを出てすぐの広場でサトシとシゲルは対峙する。

リカ、カスミ、ナオキ、ユウリはその様子を観戦していた。

そして、その様子を見ていたのは彼等だけでなく。

 

『いいぞいいぞシゲル! 頑張れ頑張れシゲル!!』

 

シゲル応援団の実目麗しい女性たちが声をそろえてシゲルに声援を送っていた。

 

(あのお姉さんたちどこから現れたんだ?)

 

サトシは疑問に思いつつも今は目の前のバトルだと集中する。

 

「おおっ! 兄貴の同期の方々のバトル、楽しみっす!」

 

「この2人のバトルか、どうなるのか……」

 

「ねえリカ、あの2人って仲悪いの?」

 

「うーん……そうだね、なにかと言い合いとか張り合いとかが多かったよ。だいたいはシゲルの勝ちだったんだけど……このポケモンバトルだけは、わからない……」

 

シゲルの手持ちの切り札はおそらくゼニガメだ。俺のピカチュウなら相性は良い。

しかし、シゲルもそのことは理解しているはず、あいつは対策のためにどんなポケモンを持っていて、どんな技を覚えさせているのか。

 

まずここは……

 

「ニドラン、君に決めた!」

 

「行け、サイホーン!」

 

「ニド!」

 

「グオオ!」

 

「サイホーンか、ピカチュウに強いじめんタイプだな。そいつがピカチュウ対策というわけか」

 

初っ端からピカチュウじゃなくて良かったと言いたいところだが……

 

「確かにサイホーンもそのための一体だよ、けれど、毒タイプのニドランでは相性も悪い。そうだろ?」

 

まあその通りだ。ここは交代をさせるべきかと迷ったが、残るはピカチュウとスピアーだ。ピカチュウは言わずもがな、むしタイプのスピアーはいわタイプには弱くて不利なのは変わらない。

それに――

 

「ニド!!」

 

ニドランがこんなにやる気を出しているのに交代なんてできないよな。

 

「行くぞサイホーン、『とっしん』攻撃!」

 

「ニドランかわせ!」

 

「グオオ!」

 

「ニド!!」

 

巨体を勢いよくぶつけてくるサイホーン。だがスピードはそこまで速くないため、ニドランは簡単に躱すことができた。

 

「なるほど、ニドラン♂はスピード自慢なポケモンだったね。ならば、サイホーン『ロックカット』!」

 

サイホーンの体が光り、その岩肌に磨きがかかったようになる。

すると、サイホーンは再び動き出し、大地を踏みしめ疾走した。

先ほどとは比べ物にならないほどの素早い動きでニドランに迫りくる。

ニドランもサトシも驚愕の表情になる。

 

「ここまでスピードが上がるのか!」

 

「もちろん、僕のサイホーンだからね! 『ドリルライナー』!」

 

サイホーンの角にエネルギーが発生し、勢いよく回転を始める。

 

「だったらこっちも『ドリルライナー』!」

 

「グオオオオ!!」

 

「ニ、ニド……!!」

 

迫るサイホーンに対し、ニドランは同様に角にエネルギーを纏って回転させ力いっぱい突きこんだ。

猛烈なスピードで回転する角と角が衝突して激しい風圧と衝撃が走る。

一見互角に見えるが、徐々にニドランが押されて行った。

 

「残念だけど、サイホーンとニドランでは体格差、固さで大きく差があるのさ!」

 

シゲルの言う通り、サイホーンの方がニドランよりも大きく、その差がニドランを劣勢にしていた。

このままではニドランが押し負け、大ダメージを受けるのは必至。

 

だが、サトシにはわかっていた。

ニドランが諦めないということを、例え押されようとも全力を出し切るということを。

 

「頑張れニドラン!!」

 

「ニド!!」

 

変化は突然だった。

押されていたニドランの全身が光り輝く。

 

「これは!?」

 

そして、その体は次第に大きくなり、光が収まるとニドランはその姿を変えていた。

ニドランよりも大きな体、より鋭くなった目、そして大きくなった角を持つニドリーノに。

 

「ニドォ!!」

 

「すごい、ニドランがニドリーノに進化した!」

 

「まるでサトシの気持ちに応えたみたい……!」

 

「ほう……」

 

「うおおお! バトル中に進化、超熱いっす!」

 

ニドリーノは地面を強く踏みしめて大きくなった全身をぶつけるように『ドリルライナー』をサイホーンに打つ。サイホーンは予想外のニドリーノのパワーアップに押し切られ、後退させられてしまった。

 

「く、だけど僕のサイホーンの優位は変わらない! サイホーン『がんせきふうじ』!」

 

サイホーンから複数の岩石が発射されニドリーノに襲いかかる。

ニドリーノの素早さを下げて、一気に攻めるのがシゲルの狙いだ。

 

「ニドリーノ、走れ!」

 

サトシの指示にニドリーノは疾走する。

『がんせきふうじ』を瞬時に回避し、サイホーンにまで距離を詰め、自身の攻撃圏内に収める。

 

「な、なんだこの速さは!?」

 

シゲルはニドリーノの速度に目を見開く。

そしてサトシは攻める。

 

「ニドリーノ、そのスピードのまま『ドリルライナー』!」

 

その『ドリルライナー』はニドランの時とはスピード、パワー共に段違いだ。

サイホーンは成すすべなくニドリーノの回転する角の一撃を受け吹き飛ぶ。

 

「グオオ!?」

 

「な、サイホーン!?」

 

「とどめだニドリーノ、『みずのはどう』!!」

 

ニドリーノの追撃はサイホーンに最も効果的なみずタイプの技。水の音波が発射され、フラフラのサイホーンに直撃する。

そして、サイホーンはそのまま戦闘不能となった。

 

「戻れサイホーン、ご苦労様」

 

シゲルはサイホーンを戻したボールを愛おしげに見ると、サトシに強い眼差しを向ける。

 

「なるほど、君も昔のように無鉄砲というわけではないんだね……」

 

そして、次のボールを取り出す。

 

「ならば次はどうかな、行けゼニガメ!」

 

「ゼニ!!」

 

現れたのは甲羅から薄い水色の手足と丸い尻尾の生えた亀ポケモンのゼニガメ。

シゲルがオーキド博士からもらった最初のポケモン。彼にとってはエースであるはずだ。それを二番目に出したということは。

 

(一気に勝負を決める気か)

 

「行けるなニドリーノ!」

 

「ニドォ!」

 

ニドリーノはやる気満々。

シゲルがここからゼニガメでサトシのポケモン2体抜きをする気なら計算を狂わせてやるようにニドリーノでゼニガメを倒す。

サトシはそう考え、速攻勝負を仕掛ける。

 

「よおし、『ドリルライナー』!」

 

「ゼニガメ『ロケットずつき』!」

 

「ニドォ!!」

 

「ゼニガ!!」

 

角を回転させ持ち前のスピードで突撃するニドリーノに対して、ゼニガメはは真正面から猛スピードの頭突きを繰り出した。

激突する両者、そして、吹き飛んだのはニドリーノだ。

 

「ニドリーノ!?」

 

吹き飛んだニドリーノはフラフラになって立ち上がりそれを見たサトシは驚愕する。

サイホーンの時と理屈で言えば、体の大きなニドリーノが押し勝つはずだ。

だが、ゼニガメはあの小さな体にニドリーノを凌ぐパワーとスピードを持っているということだ。

これが理屈を跳ね除けるポケモンの潜在能力ということか。

 

「ゼニガメ、とどめの『ハイドロポンプ』!」

 

「ゼェニュウウウ!!」

 

ゼニガメから高圧水流が発射される。

そのスピード、パワーはサトシが今までのバトルで見てきたどの水技よりも圧倒的な激流。

ニドリーノは避けられずに直撃して吹き飛ばされ、戦闘不能となる。

サトシは呆然とシゲルのゼニガメを見た。

 

「な、なんだこの強さは……」

 

「彼は僕の最初のパートナーだからね、これくらいなんでもないのさ」

 

シゲルの自信のこもった眼差し、そしてゼニガメも力強く立っている。

 

『きゃああああ!! いいぞいいぞシゲル! 頑張れ頑張れシゲル!!』

 

シゲルの一勝に応援団も大興奮して声を高める。

 

「戻れニドリーノ、ゆっくり休んでくれ」

 

圧倒的なゼニガメの能力、それを育て上げたシゲルの実力。

サトシの全身に駆ける衝撃、しかし、そこに恐怖は無い、あるのは高揚感。シゲルの予想外の実力に心が躍っている。

 

「ピカチュウ君に決めた!」

 

「ピカチュ!!」

 

サトシのボールからピカチュウが現れる。

ピカチュウは目の前に立っているゼニガメが只者ではないと本能的に理解すると鋭い目で見据えて臨戦態勢となる。

 

「ピカ……!」

 

「ゼニ……!」

 

「……やはりピカチュウか」

 

「相性ではピカチュウの方が有利のはずだけど」

 

「あのゼニガメ、侮れないわね」

 

ナオキ、リカ、カスミがそれぞれの感想を述べるとサトシは動く。

 

「先手必勝だピカチュウ、『10まんボルト』!」

 

「ピィカチュウウウ!!」

 

「やはりそう来たか、ゼニガメ『ハイドロポンプ』大回転!!」

 

「ガァメメメメメメッ!!」

 

シゲルの指示と同時に、ゼニガメは頭と両手両足を甲羅の中に引っ込めると高速回転を始める。そして、甲羅の穴の中すべてから水流が激しく発射される。

ピカチュウが放った『10まんボルト』はゼニガメに到達する前に高速の水流がかき消す。

 

「なに!?」

 

「なんなのあの『ハイドロポンプ』!?」

 

サトシの驚きの声と共に、みずタイプが専門のカスミが信じられないというように声を上げる。

 

「教えてあげよう、ゼニガメの『ハイドロポンプ』は2種類存在するんだ。1つは高圧水流を一直線に発射、もう1つは回転と同時に発射、ゼニガメの高速回転のスピードはたとえ『10まんボルト』であろうと打ち消してしまうのさ」

 

「ゼニガ!」

 

これこそがポケモンの特徴を活かした技。

シゲルがゼニガメの能力を最大限に発揮させるために編み出した戦い。

 

「だったら『でんこうせっか』!」

 

「ゼニガメ『ロケットずつき』!」

 

「ピッカ!!」

 

「ゼニィ!!」

 

『10まんボルト』が通用しないならと接近戦に持ち込もうとするサトシ。

ピカチュウの高速の『でんこうせっか』が放たれ、シゲルはそれに対抗するようにゼニガメに高速の『ロケットずつき』を指示する。

 

両者は激突する。

そして、互いに威力を相殺して後ろに跳ぶ。

ニドリーノを圧倒したゼニガメの攻撃力とピカチュウの攻撃力は同等である証拠だ。

 

「『10まんボルト』!」

 

「回転『ハイドロポンプ』!」

 

先ほどと同様にピカチュウの電撃はゼニガメの『ハイドロポンプ』に阻まれダメージを与えることができない。

しかし、サトシは顔色を変えることなく指示を出す。

 

「もう一度『10まんボルト』!!」

 

「無駄だ、回転『ハイドロポンプ』!!」

 

「ピィカチュウウウ!!」

 

「ガメメメメメメ!!」

 

同じことを繰り返すサトシ、攻撃しても無駄であるとわからないのかとシゲルは少々失望する。

だが、サトシに焦りの無い顔に疑問を覚える。

 

「ピカチュウ、そろそろ慣れたか?」

 

「ピカ!」

 

ボソリとサトシが呟くとピカチュウは力強く返事をする。

 

「1つの技で2種類の攻撃か……似たようなのならあるけどな。なあ、ピカチュウ」

 

サトシの不適な笑みと言葉にシゲルは胸騒ぎを感じた。

 

「狙え『10まんボルト』!!」

 

再び『10まんボルト』。サトシの狙いが何であろうと、シゲルは対抗策を講じるだけだ。

 

「ゼニガメ、回転『ハイドロポンプ』!!」

 

ゼニガメは高速回転と共に強烈な水流を発射する。

しかし、ピカチュウは見極めていた、ゼニガメの高速の『ハイドロポンプ』を。

頬を帯電させてから一瞬、回転水流の動きを見極め、高速の電撃を発射する。

 

「ピカ……チュウウウ!」

 

その電撃は水流の動きの間を針の穴を通すように合間を縫って、ゼニガメ本体に直撃した。

 

「ゼニガァ!?」

 

「馬鹿な!?」

 

高速の電撃は本来の『10まんボルト』に比べて威力は大きく下がる。しかし、ゼニガメの動きを止めるには十分だ。

 

「ピカチュウ『10まんボルト』!!」

 

「ピィカ、チュウウウウウ!!」

 

動きの止まったゼニガメに最大威力の『10まんボルト』が炸裂する。

効果抜群の電気技にゼニガメは苦悶の表情を浮かべる。

 

「くっ、負けるなゼニガメ、『ハイドロポンプ』だ!!」

 

「ゼェニュウウウ!!」

 

シゲルの言葉にゼニガメは電撃を振り払い、口から高圧水流を放つ。

ピカチュウは思わぬ反撃を受け『ハイドロポンプ』が直撃して吹き飛ぶ。

しかし、ピカチュウはすぐに体勢を立て直す。

力を振り絞って『ハイドロポンプ』を放ったゼニガメは満身創痍といった状態で立っている。

 

「とどめの『でんこうせっか』!!」

 

「ピッカア!」

 

「ゼニガア!?」

 

ピカチュウが高速でゼニガメに突撃する。

避けきれないゼニガメは直撃を受けて吹き飛び、そのまま戦闘不能になる。

 

シゲルは自分の一番のパートナーが倒されたことに呆然としている。

 

「戻れ、ゼニガメ。ゆっくり休んでくれ……」

 

目の前の現実が信じられないとばかりに俯くシゲル、少し間をおいて、顔を上げる。

 

「まさか……ゼニガメが倒されるなんて……」

 

目を閉じて思うのは悔しさか、悲しみか。

しかし、目を開けるとシゲルの顔はどこかスッキリしたものだった。

 

「サトシ、僕は今まで君に負けたことなんてなかった。君に勝つなんて当たり前だと思っていた。だけど君は強くなった。もう僕は君を侮ったりしない。君を倒すべきライバルとして全力で行く!」

 

シゲルの目にはサトシに対する侮りも油断も無い。

そんな強い表情にサトシも笑みを浮かべる。

 

「ああ、来いシゲル!!」

 

シゲルは三つ目のモンスターボールを取り出す。

 

「最後はこのポケモン、行けエレキッド!」

 

「ビビビッ!!」

 

シゲルの3体目は黄色の体にコンセントのような二本角、太めの腕を持つエレキッド。

 

「エレキッド?」

 

「彼はエレブーの進化前なんだ。カントーではお馴染みのエレブーに進化前がいるとわかったのは数年前なのは知っているね。僕がお爺様から預かったポケモンのタマゴから孵ったのが彼だ。その電気の力、パワー、スピード、君のピカチュウに負けてないよ!」

 

エレキッドはやる気満々という感じで両腕を力一杯回転させて帯電する。

ピカチュウもそれを見て頬を強く帯電させる。

 

「俺のピカチュウは負けない!」

 

そして、動く。

 

「ピカチュウ、『10まんボルト』だ!」

 

「エレキッド、『10まんボルト』だ!」

 

「ピィカチュウウウウウウ!!」

 

「ビビビッビビビイ!!」

 

対峙する2体の全身から強力な電撃が放たれ衝突する。

数秒の間、膨大なエネルギーがぶつかり合うとそれらは相殺される。

 

「ピカチュウ『でんこうせっか』!!」

 

「エレキッド『れいとうパンチ』!!」

 

特殊攻撃による遠距離戦では決着がつかないと分かるとサトシもシゲルも同様に近距離戦を選択する。

 

「ピカッ!!」

 

「ビビビッ!!」

 

ピカチュウの高速の突進と、エレキッドの冷気纏う拳が激突する。

一瞬の拮抗、そして、ピカチュウの力が勝りエレキッドに『でんこうせっか』が直撃する。

 

「『かみなりパンチ』だ!」

 

態勢を立て直したエレキッドは雷を拳に纏い力一杯振るう。

 

「かわして『アイアンテール』!」

 

「チュウ、ピッカア!!」

 

ピカチュウはそれをかわすと、鋼鉄の尻尾をエレキッドにぶつける。

 

「『れいとうパンチ』!」

 

まだ闘志を宿すエレキッドは再び『れいとうパンチ』を放つ。

 

「『しっぽをふる』だ!」

 

エレキッドの冷気を纏う拳を尻尾で払い、そのまま尻尾でエレキッドの顔を叩く。

 

「俺にした時と同じ戦術か」

 

ナオキが面白そうにつぶやく。

 

「行け『でんこうせっか』!!」

 

怯んで一瞬動きが止まったエレキッドにピカチュウは高速で突撃する。

 

「まだ行けるぞエレキッド、『10まんボルト』!!」

 

「ピカチュウ、『10まんボルト』!!」

 

「ビビビ、ビビビッ!!」

 

「ピィカ、チュウウウウウウ!!!」

 

力を振り絞り、二体は極大の電撃を放つ。

『10まんボルト』同士が激突し、激しい閃光を放つ。

 

光が止むとボロボロになったピカチュウとエレキッドが対峙する。

疲労から荒い息となる二体、そして――

エレキッドが倒れ戦闘不能となる。

 

「やったぜピカチュウ!!」

 

「ピッピカチュウ!!」

 

「戻れエレキッド、ありがとう、よく頑張った」

 

シゲルはエレキッドをボールに戻すと俺に歩み寄ってきた。

その顔はどこか柔らかい笑顔だ。

 

「認めるよサトシ、僕の負けだ」

 

それはさっきみたいな自信過剰で傲慢な態度ではない。後悔を感じさせない清々しい顔だ。

そんなシゲルに俺は素直な気持ちを言いたくなった。

 

「お互いまだまだ強くなる。もっと鍛えてまたバトルしようぜ」

 

俺の言葉にシゲルは気持ちのいい笑みを浮かべる。

 

「本当に驚いているよ。僕はサトシに負けたことなんてなかったのに、今は先を行かれている気分だ」

 

「それは俺も思ったぜ。考え無しでなんでもするやつだと思っていたのにな」

 

「うんうん、旅立ちの日からすっかりサトシはすごい人になったよね。すぐ無茶するところはそのままだけど、本当にサトシは変わったよ――」

 

「――まるで違う人になったみたい」

 

その言葉に俺の胸にズキリとした痛みが走る。

 

「それじゃあ僕はもう行くよ。サトシ、ナオキ、リカ、またどこかで会おう」

 

シゲルは応援団を正面から見据える。

 

「愛しい我が友人たちよ。今回は僕の負けだ。けれど、僕は今日の敗北を糧にこれから旅を続けて腕を磨いていくつもりだ。これから先待ち受けるどんな困難も乗り越えて見せる。みんなにそんな僕を見ていてほしい!!」

 

『いいぞいいぞシゲル! 頑張れ頑張れシゲル!!』

 

演説を終えたシゲルは応援団のお姉さんたちを引き連れて立ち去る。

 

「そんじゃ、俺ももう行くぜ。サトシ、今度会った時は俺とバトルしろよ。リカもな」

 

「うん、全力でバトルしようね!」

 

「……ああ、またな」

 

そのままナオキは歩き出す。

 

「兄貴ー! 待ってくださーい!」

 

ナオキの背中をユウリが追いかけて行く。

 

シゲルとナオキとユウリが見えなくなると、カスミが口を開く。

 

「私たちは今日は泊まって休みましょう。もうくたくた」

 

「休める時は休んどかないとね。でもその前にまずは晩御飯にしようよ」

 

「そうね、ポケモンセンターの食堂は久しぶりだから楽しみね。サトシも食べるでしょ?」

 

カスミは問いかけるが後ろにいるサトシから返事は無かった。

怪訝に思ったリカとカスミが振り返ると、サトシは空を見上げていた。

 

「どうしたのサトシ?」

 

「ん? いや……なんでもないよ」

 

いつもの元気がなくボンヤリしている様子のサトシを二人は心配そうに見る。

 

「ねえサトシ、悩みとかあるなら言ってね」

 

「私たち仲間でしょ、ちゃんと頼りなさいよね」

 

彼が何を悩んで、何を思っているのかはわからない。

だけど仲間だから、大事な人だから、彼の力になりたい。彼の苦しみを少しでも和らげてあげたい。自分が彼を助けられるようになりたい。そんな少女たちの繊細でも芯の強い乙女心。

それを知ってか知らずか、サトシは軽く笑い。

 

「……ああ、わかってる……ありがとう、リカ、カスミ……なんでもないから、心配ないよ」

 

ただそう答えた。

 

「ピカピ?」

 

サトシを心配そうに見上げるピカチュウ、だがサトシはただ笑うだけだ。

 

「心配ないよピカチュウ、さ、ボールに戻れ」

 

「ピカ……」

 

サトシはピカチュウをボールに戻してなんでもないと笑う。

 

もちろんカスミとリカはサトシには何か悩みがあることを察したが、彼が話そうとしてくれるまで、そっとしておこうと思い、彼の言葉に頷き歩き始めた。

 

 

 

***

 

 

 

シゲルとのバトルの後、みんなが昔の俺のことを話ていた時、ずっと頭の中に引っかかるものがあった。

 

俺はリカやナオキやシゲルが知っているサトシじゃない。

 

今までなんとも思っていなかったが、改めて自覚した。俺は本当はサトシじゃない、サトシに憑依している男なんだ。

今も尚そのことがずっと頭の中でぐるぐる回っている。

 

たしかに俺には昔のサトシの記憶がある。けれどこれは俺が体験したものじゃない、ただ頭の中にある記憶を見ているだけだ。

 

そう、俺はサトシの人生を乗っ取っているんだ。

サトシの皮を被って、サトシのフリをして、サトシを知る人たちを騙して、サトシの冒険を横取りしているんだ。今まで考えなかったのも、きっとそれを自覚するのが怖かったからだ。

 

俺はどうしてサトシになってしまったんだ。

これは夢ではないと何度も何度も確認した。間違いなく俺という別の人間がポケモンの主人公であるサトシになってしまった。

 

誰かが俺をサトシにしたのか? だとしたらいったい誰が?

そもそも俺が、俺の魂がこうしてサトシに憑依してしまっているのなら、本当のサトシの意思は魂は、どこにあるんだ、どうなってしまったんだ?

 

なあサトシ、君は今、どこにいるんだ?

消えてしまったのか? どこかにいるのか? それとも、この体の中のどこかで眠っているのか?

君の人生を乗っ取ってしまった俺はこのままサトシとして生きていていいのか?

 

君は今この状況をどう思っているんだ?

 

怒っているなら、怨んでいるなら、苦しんでいるならそう言ってくれ。

俺がどうしたらいいのか教えてくれ。

君の声を聞かせてくれ。




オリジナル展開のサトシvsシゲルでした。この二人はもっと早くからバトルをしてぶつかり合ってほしかったなと思いました。

シゲルの手持ちはアニメと変えてます。
まずシゲルはニドキングとニドクインを手持ちにしません。そして、いわタイプ枠はゴローニャではなくサイドンにします。これはグリーンに近いですね。
エレキッドはダイパでエレキブルを持っていたので早い時期から持たせました。アニメではシンオウでゲットしたと言ってましたが変えました。

オリキャラのユウリちゃんはナオキのヒロインですね。

最後にシリアスになりました。
活動報告で今後の展開について皆さんにお話したいことがあります。

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