サトシに憑依したので冒険してみようと思う(改題) 作:エキバン
お待たせして申し訳ないです。
サトシのクチバジムのバトルの結果を見たムサシとコジロウは口をあんぐりと開けて、顔を真っ青にさせていた。
「……どうすんのよジャリボーイのピカチュウが負けちゃったじゃない!?」
「やばいやばい、このままじゃ俺たち最悪クビになる……!」
「これはいよいよまずいわ、なんとかしないと……でどうすればいいのよ!」
「俺に聞かれてもわかるか! ええと取り合えず、ジャリボーイが再戦して勝つことを祈るしかないんじゃ」
「それでまた負けたらどうすんのよ!」
「そんなのわかるわけないだろ!」
「なによそれぇ!!」
「おいニャース、さっきから黙ってどうしたんだ?」
「あんたが一番文句言いそうな感じなのに珍しく大人しいわね」
不思議そうにしているムサシとコジロウに話しかけられてもニャースは答えず、ただピカチュウの病室をジッと見つめているだけだった。
「……ピカチュウ」
空に消えそうなほど小さく呟いて、ニャースはただピカチュウを見つめ続けた。
***
クチバジム戦で敗北した俺はポケモンセンターにいた。
負傷したピカチュウはベッドの上で包帯が巻かれた体でスヤスヤと寝息を立てている。
部屋にいるのはサトシとピカチュウの他にリカ、カスミ、タケシ、講習を終えたマナミとヒナコもいた。
「ジョーイさん、ピカチュウは軽い怪我だけって言ってくれてよかったね」
「そうね、だけど、しばらく安静にさせるのよ」
「ああ」
俺はクチバジム戦で負けてしまった。ジム戦で負けるのはこれが初めてだ。
いや負けたことじゃなくてピカチュウの怪我を治すことが大事だ。リカとカスミはそのことをわかってくれたからピカチュウの怪我について慰めてくれた。
「サトシ、ピカチュウも軽症で済んだんだ。負けたからって落ち込まずに次の機会をポケモンたちと待つんだ」
タケシは2人の気持ちを察しているんだろうけど、やはりトレーナーとしてバトルの結果も自覚しなければと俺に言い聞かせてくれた。
マナミさんとヒナコさんは心配そうにピカチュウを見ていた。
「ああわかってるよ」
3人の気遣いが嬉しくて俺は軽く笑って頷いた。
***
病室のドアがノックされサトシを含めた室内の全員がドアに振り向いた。
「どうぞ」
サトシが許可を出すと現れたのみんなが見知った2人の男性だった。
「マチスさん! ヒデキさん!」
「Hey、サトシ、ピカチュウ、具合はどうだ?」
サトシが敗北したクチバジムのジムリーダーマチスと審判を勤めたヒデキ、筋骨隆々な2人が並ぶ姿は迫力があるが、表情は穏やかなものでサトシたちの緊張はすぐに緩和された。
「ええ少し治療すれば問題ないみたいです。マチスさんとライチュウは大丈夫なんですか」
「No problem、あれぐらい軍隊にいたころの訓練や任務に比べればどうってことない。ライチュウもだ」
マチスはフッと笑う。
「そうでしたか、わざわざお見舞いに来てくださってありがとうございます」
サトシが言うとヒデキは神妙な顔になる。
「実は今日は見舞いだけではないのだ」
「え?」
マチスは懐に手を入れると何かを握ってサトシに差し出した。
それは小さく光り輝くものだ。
「君にこのオレンジバッジを渡しに来たんだ」
思わぬマチスの申し出にサトシは目を見開く。
リカたちもそのやり取りに驚いていた。
「な、なんで、俺負けたのに!?」
「先ほどのジムバトルはマチスの反則負け、よって勝者はサトシ君だ」
ヒデキが補足するもサトシは話が見えないと聞き返す。
「ど、どういう……?」
「あの時ライチュウが使った技、あれは『ボルテッカー』という技だ」
「『ボルテッカー』……」
「ピカチュウとその進化形であるライチュウ、進化前のピチューのみが覚えられる最高クラスの電気技だ」
「Meのライチュウの『ボルテッカー』は強すぎる。だから公式戦、それも新人トレーナーに対しては決して使わないようにしていたんだ。But 昨日はライチュウを止められずにあのような結果になってしまった」
ヒデキとマチスの説明にサトシようやく先ほどの「マチスの反則負け」の意味を理解したが同時に『ボルテッカー』というピカチュウが覚えられる大技の存在を知り、少しだけ胸が高鳴った。
「ライチュウはなぜあのように暴走したのですか?」
「おそらくだが、強力な電気技を受けたことでライチュウの電気を発生させる器官が強く活性化したのだろう。内側と外側からの電撃にライチュウは苦しみ正気を失って暴走したのではないかと考えている」
「Meがライチュウの異変に気付かなかったことが原因だ。そして、MeはRuleに違反した。Youにオレンジバッジを渡したい」
サトシはマチスとその手に持ったバッジを交互に見つめて口を開いた。
「マチスさん、お気持ちはありがたいですが……受け取れません」
「Why?」
せっかくバッジを貰えるのなら思わぬ棚から牡丹餅として受け入れるのが普通なのだろう。
その上、マチスとヒデキは自ら課した規定に従ってサトシにバッジを渡すと言ったのだからその気持ちを尊重すべきなのだろう。
それでも――
「バトルに負けてバッジは受け取れません。たとえマチスさんが自身に課したルールがあってそれで俺が勝ったとしても、あのバトルは俺の負けなんです」
「なるほど、君自身のポリシーといものがあるのか。しかし、本来ジムバッジはジムリーダーが実力を認めれば渡していいという決まりだ。マチスは君がバッジに値するトレーナーであると認めているんだ。私から見てもあのバトルはすごかった、君は間違いなく一流のトレーナーの素質がある。それに君のピカチュウの電気技は通常のピカチュウや他の電気タイプを遥かに凌駕するものだ。そこまで育てている君はマチスに本気を出させた。それで充分バッジに値すると思うよ」
サトシの言いたいことを理解したヒデキは少年の持つ情熱に好感を抱いたようにフッと優しく笑った。
「ありがとうございます。そこまで言っていただけるのは本当に嬉しいです。でもこのままバッジを受け取ってこの町を去ったらきっと心残りがあると思うんです。俺もピカチュウもそれを引きずったまま旅を続けられないと思うんです。また挑戦して勝ってそれでバッジを手にしたいんです。だから、本当にごめんなさい」
2人を見つめるサトシは譲らない、勝利してからじゃないとバッジを得てもずっと心に拭えないものが残る。
その気持ちはきっと今なお眠るピカチュウも同じだろう。
マチスは懐にバッジをしまうと軽い笑みを浮かべた。
「Alright、Youがそこまで言うなら今日はこのまま帰るぜ」
「マチス?」
「サトシは本当にPrideとGutsのあるトレーナーだ。それで無理やりバッジを渡せばそれは失礼になる。サトシ、また挑戦しに来るのを楽しみにしてるぜ」
「そうか……君も一人のトレーナーということなんだな。私も君の再挑戦を楽しみにしている」
「はい、必ずまた行きます」
マチスとヒデキは病室を後にした。
***
廊下の足音が遠くなったのを確認し最初に切り出したのはリカだ。
「ほんとに良かったの?」
「ああ、この気持ちは紛れもない本物だからな」
「あんたらしいわね」
サトシの答えにカスミは呆れたように言うがその顔は柔和なものだ。
「はは、サトシはしばらく見ないうちにより大きくなったんだな」
「かっこいいこと言うわねサトシ君」
「……負けず嫌い、男の子って感じ」
タケシ、マナミ、ヒナコもサトシのトレーナーとしての真っすぐな思いを微笑ましく思っている。
和やかな雰囲気になろうとした時、
「……ピ」
ベッドの上の電気ねずみが目を覚ました。
ゆっくりと瞼を開けたピカチュウはゆっくりと首を動かして周りを見渡した。
「ピカチュウ、まだ痛むところとか無いか?」
「ピカ……」
ピカチュウはボーッと心ここにあらずという表情でサトシを見ていた。
その反応を見たサトシは目を覚ましたがまだバトルに負けたことを気にしているんだと気づいた。
「ピカチュウ、次がんばろうぜ」
落ち込むピカチュウを慰めて励まそうと言葉をかける、しかし、ピカチュウの反応は鈍い。
「ピカチュウ?」
ベッドで蹲り、何かを恐れているような後悔しているような態度にサトシは胸が締め付けられる。ここまでピカチュウは心に傷を負ってしまったのか。苦しむ彼にこれ以上無理をさせていいのか。先ほどのマチスの申し出を受けてクチバジムの再戦は諦めるべきだったのか。
落ち込むピカチュウを見ていると言葉が咄嗟に出てこない、それでもピカチュウを元気にしたいと必死に言葉を紡いだ。
「ピカチュウ、あのライチュウとっても強かったよな。お前が、怖がってしまうのもわかる……もう、挑戦したくないって言うなら俺はピカチュウの気持ちを尊重したい。だからクチバジムは諦めて――」
「おミャーは何もわかってないのニャ!」
サトシの言葉を遮るように、闖入者が現れた。
額に小判がある猫ポケモンのニャース、しかも喋るニャースだ。彼の後ろからロケット団の男女がおそるおそるという感じで現れた。
「「「ニャースがしゃべってる!?」」」
ムサシとコジロウとニャースと初対面のタケシとマナミとヒナコは彼らの登場に訝し気な顔になりつつ、人間の言葉を喋るニャースに驚いていた。
「ロケット団!?」
「何しに来た!」
カスミとサトシが声を荒げる。
「誰だ?」
初対面のタケシの当然の疑問だ。
「ポケモンを盗んだりしてる悪い人たちだよ」
リカの説明にタケシ、マナミ、ヒナコは警戒の色を強める。
しかし、お構いなしとばかりにニャースがサトシの前に躍り出る。
「ピカチュウはライチュウを怖がっているから落ち込んでいるんじゃないのニャ!」
思わぬニャースの言葉にサトシに疑問が浮かぶ。
「それ、どういうことだ?」
「ピカチュウはおミャーを負けさせてしまったことが許せないのニャ」
「え?」
それは予想外の言葉だった。サトシだけでなく部屋にいる他の人間も驚いていた。
「ライチュウの最後の攻撃の瞬間、ピカチュウは確かにライチュウの放っていたプレッシャーに呑まれて恐怖したのニャ。だけどもしあの時、恐怖を抱かずに動いて攻撃することができていたニャら、勝つ可能性があったかもしれニャい。ピカチュウはそのことをずっと後悔しているのニャ」
サトシは反射的に未だベッドで暗い顔をするピカチュウに視線を送る。そして、愕然とした。
自分の考えが的外れでピカチュウに辛い思いをさせていたのが自分だったのだと理解したためだ。
それでもニャースはお構いなしに喋り続ける。
「ジャリボーイ、おミャーがピカチュウを一番理解しているトレーナーニャら、ピカチュウとどうするべきかおミャーが考えなければいけないのニャ!」
話は以上だと、ニャースは窓の外に出てムサシとコジロウと共に背を向けて歩き出した。
しかし、サトシはどうしても聞きたかった。
「待ってくれ、どうしてそんなこと教えてくれたんだ?」
サトシの疑問に立ち去ろうとするロケット団は振り返ることなく答えた。
「私たちはあんたの特別なピカチュウが欲しいのよ」
「ライチュウに負けるピカチュウなんて特別でもなんでもない普通のピカチュウだ。そんなのを追っかけてたなんてとんだ恥さらしになっちまうだろ」
「ニャーたちはニャーたちのために行動しているのニャ」
「せいぜい私たちのためにそのピカチュウを最強のピカチュウだって証明して見せなさい」
「それができない時は、俺たちはほんとの本当に容赦しない、覚悟しておくんだな」
「そうなりたくないニャら、勝つのニャ」
サトシたちが病室から見つめる中、ロケット団は去って行った。
静かになった病室。
「よくわからない連中だな」
「なんかちょっと良い人っぽかったのかな?」
「気まぐれな連中ってことなんじゃない」
「きっと、彼らなりのプライドがあるんだろうな」
「一本筋の通った悪党なのかしら」
「……悪の美学?」
口を開いたのはタケシ、リカ、カスミ、俺、マナミさん、ヒナコさんの順番だ。
「……まさかロケット団に説教されることになるとはな」
悪い奴だがなんだか変な連中だなと思いつつ、おかしな笑いがこみ上げてくる。
俺って本当に馬鹿だなとわかったからだ。
トレーナーなのに自分のポケモンのことを、それも一番の相棒のことをわかっていなかった。
「ピカチュウごめんな、何に悩んで苦しんでいたのか、俺ピカチュウのトレーナーなのに全然わからなかった。俺のためにずっと悩んでいたんだな。ごめん、本当にごめん……」
俺は横になっているピカチュウにそれしか言えなかった。一番に苦しみを理解しないといけないのは俺なのに、的外れな気持ちでピカチュウを見ていた。それがあまりにも情けなくて悲しくてただ俯くことしかできない。
しばらくすると頬にねっとりとした感触があった。
目を開けるとピカチュウが俺の頬をペロペロと舐めた。
「ピカピ……」
「ピカチュウ、頑張って強くなろうぜ。マチスさんもヒデキさんも俺たちを待ってくれてる。俺たち認められたんだ。だったらあの人たちの期待以上に強くなってびっくりさせて、絶対に勝とう!」
「ピカピカチュウ!」
一度負けたが諦めてなるものか。サトシとピカチュウは強く頷き再戦と勝利を誓った。
するとタケシがサトシに話しかける。
「サトシ、前に親父からもらった雷の石はまだ持ってるか?」
「ああ、あるけどどうして?」
「強くしたいのならピカチュウを雷の石を使ってライチュウに進化させるのが一番早いと思ってな」
ピカチュウを進化させる。進化したポケモンはより強くなる。それはサトシも理解している。
「マチスさんのライチュウにあれだけのバトルができたピカチュウなら進化させれば勝つ可能性はより高まると俺は思う」
タケシの言う通り確実に勝ちたいのならマチスと同じライチュウにして挑戦すればいいはずだ。
だがサトシはピカチュウの気持ちを知りたかった。本当に進化していいのかと。
「ピカチュウ、お前は――」
「ピッカピカチュウ!」
ピカチュウは大きく首を振った。
「……そっか、お前はそのままでいたいんだな」
サトシはピカチュウの答えを知って頷いた。
「ごめんタケシ、せっかくアドバイス貰ったのに」
「構わないさ、決めるのはサトシとピカチュウなんだ。俺の言ったことは一つの意見として覚えていてくれればいい」
タケシは頷きながらピカチュウを見てふと考えた。
(進化を勧めてみたものの、もしもサトシのピカチュウがマチスさんのライチュウに勝つことができれば、これはピカチュウにとって大きな成長になるだけじゃなく、ポケモンそのものの可能性を広げることになるかもしれない)
ポケモンにかかわる1人の人間として心が躍っていることを自覚した。
***
「ピカチュウはすっかり元気になりましたよ」
「ありがとうございますジョーイさん」
「ピカ!」
「よしピカチュウ、早速特訓だ!」
「ピカピカチュウ!」
サトシとピカチュウはリカとカスミに行先も告げずにポケモンセンターを飛び出してしまった。
あとに残されたリカ、カスミ、タケシ、マナミ、ヒナコはサトシの行った方向をポカンと眺めていた。
「ちょ、サトシ!?」
「行っちゃった」
「まったくあいつは猪突猛進というか……」
「サトシらしいけどね」
ギリギリまで特訓していたサトシとピカチュウは夜になって海岸で発見された。
心配したリカとカスミの雷が落ちた。しかし、その雷がピカチュウのさらなるパワーアップには繋がらなかった。当たり前だが。
***
翌日、クチバジムの建物に入る人たちがいた。
サトシとその仲間、タケシとその仲間だ。
「リカ、ほんとにまた俺でいいのか?」
「うん、だって早くリベンジしたいんでしょ。それにマチスさんだってサトシとバトルしたいはずだから。私はサトシが勝ったあとで挑戦するよ」
「そっかさんきゅ」
「サトシ、女の子がここまで言ってるんだから負けんじゃないわよ」
「ああ、もちろんだ」
年下の男女の微笑ましいやり取りを後ろから見ていたタケシ、マナミ、ヒナコは全員頬を緩ませて見守っていた。
見知った建物の中をサトシたちは進む。
そして、バトルフィールドの扉を開く。
「頼もー!!」
扉の先のバトルフィールド、そこにいたのはクチバジム最強のトレーナーであるジムリーダーマチス。
彼はサトシを見て好戦的な笑みを浮かべる。
「待っていたぜサトシ」
「はい、お待たせしました」
サトシはマチスの元まで歩み寄る。その顔は決意と自信に満ちていた。
「ほう、最後に会った時よりもずっと良い眼になったなサトシ」
「ピカチュウとたくさん特訓しましたから。今回は絶対に勝ちます!」
「Goodだサトシ、それでこそMeが認めたTough Guyだ。ヒデキ、頼んだぜ」
「ああ、わかった。俺も2人の再戦を楽しみにしていた。こんなに早く見ることができて嬉しい」
マチスに言われたヒデキは審判としての準備を始める。
そしてサトシとマチスもバトルフィールドに立つ。
観客席ではリカ、カスミ、タケシ、マナミ、ヒナコが座ってサトシを見守り、リカの膝の上にはフシギダネがちょこんと座っていて、彼女もまたフィールド内を見守っていた。
***
「それではクチバジムのジムバトルを開始する。使用ポケモンは1体ずつ、試合開始!」
「ピカチュウ、君に決めた!」
「Go ライチュウ!」
ボールから現れる2体の電気ネズミ。
相対した2体は互いに目で言葉を交わした。
――絶対に勝つ。
――これが本当の決着だ。
「ピカチュウ『10まんボルト』!!」
「ライチュウ『10まんボルト』!!」
「ピィカチュウウウウウウ!!」
「ラァイチュウウウウウウ!!」
小さなネズミと大きなネズミは同時に動いた。互いに全身から膨大な電撃を放出し、2体の間で衝突し激しい光が発生し、その場にいる人間の視界を遮る。
光が止むとピカチュウもライチュウもその場で静止していた。
互いにとてつもない威力の『10まんボルト』だとその場の誰もが思った。
しかし、サトシとマチスは目で語り合った。
――まだまだこんなものじゃない
「『でんこうせっか』だ!」
「『アイアンテール』!」
ピカチュウは猛スピードで突撃し、ライチュウは鋼の尻尾を鋭く振り下ろす。
ピカチュウは走りながら刃の猛襲を紙一重でかわし、ライチュウとの距離を縮めていく。
「昨日よりもSpeedが上がっているな、BattleがStartしてすぐにここまで速いとはな!」
ピカチュウの突撃がライチュウに直撃する。最大スピードの一撃にライチュウは大きな体でも吹き飛ばされる。
「まさか1日でここまでスピードを鍛えていたとはな」
タケシは感心しながらピカチュウを見る。
「怯むな『かわらわり』だ!」
「ピカチュウ『アイアンテール』!」
「ラァイ!!」
「チュウ、ピッカア!!」
ライチュウは手刀を振り下ろし、ピカチュウは鋼鉄の刃となった尻尾を振り回す。
衝突して2体は反動で後ろに跳ぶ。
「ライチュウ『10まんボルト』だ!」
「ライチュウウウウウウ!!」
再び放たれるライチュウの電撃、それは爆音を鳴らし大地を抉るような破壊力でピカチュウに襲いかかり、その小さな体を吹き飛ばす。
「な、なんだこの威力は!?」
驚愕の声を上げたタケシに答えたのはヒデキだ。
「ライチュウは昨日のピカチュウとのバトルで発電器官が強く活性化された。その結果、今まで以上に電気がパワーアップしているんだ」
「そ、そんな……」
「ピカチュウの全力が逆にライチュウを強くしていたなんて」
リカとカスミが悲痛な声を上げてサトシとピカチュウの不利に焦りを見せる。
「ピカチュウ、『10まんボルト』!!」
だが、サトシには焦りも迷いもなかった。
その指示でピカチュウは全力の電撃を放つ。
その電撃は轟音を鳴らし、空気を切り裂かんばかりの破壊力だった。まるで先のライチュウの電撃の再現。直撃したライチュウの体は吹き飛ぶ。
「……相手の電撃で前よりも強くなった、それはこっちも同じ。俺のピカチュウもライチュウの強力な『ボルテッカー』のおかげでより強くなったんですよ!」
「お互い様ということか……Wonderful!! やはりYouたちは面白いぜ、サトシ、ピカチュウ!!」
サトシとピカチュウもまたより強くなったことを知ったマチスは興奮から笑いが止まらない。
ここまでのバトルができる少年がいて、出会えて心から嬉しく思っている。
「それに二度目ですから」
「二度目?」
「ええ、前にピカチュウは雷を受けてパワーアップしてるんです」
「なんだって!? 雷を受けて無事だったということか!?」
驚いたのはヒデキだった。
「ええ、ジョーイさんには心配されましたけど、ピカチュウは怪我もなく強くなったんです」
「I see、Youのピカチュウの強さも納得だ」
サトシはピカチュウが十分に強いポケモンであることを訴えた。
それは――
「マチスさんお願いです。『ボルテッカー』を使ってください」
ジムリーダーマチスに本当の本気でバトルしてほしいからだ。
「What!?」
「な、サトシ君、自分が何を言っているのか分かっているのか! ライチュウの『ボルテッカー』は危険な技だ。まともに受けてピカチュウにもしものことがあったら――」
「わかってます。だけど俺たちは全力のマチスさんとバトルがしたいんです。それに俺のピカチュウならきっと勝てます!」
「ピカピカチュウ!」
それは昨日からピカチュウと話し合ったこと、本当に最高のバトルがしたいからマチスには手加減なしで本気で全力で戦って勝ちたい。その気持ちは同じだった。
「まったく、本当にとんでもないGutsを持っているな」
「マチス、まさか……」
審判としてヒデキには許容できることではなかった。しかし、サトシの真っすぐな気持ち、マチスもまた全力でぶつかっていきたいという気持ちが強く伝わってきた。
その気持ちを無碍にはできない。
「くっ、もう言っても聞かないんだな。分かった許可しよう。確かにより電気の力が上がったピカチュウなら重症にはならないかもしれない。ただし、危険と判断したらすぐに試合を中断させるからな」
渋々といった感じでヒデキは許可を出す。もしかしたらヒデキ自身も全力の2人のバトルが見たいのかもしれない。
「はい、ありがとうございます!!」
「Good! 話がわかるぜ、さすがMy Brother!!」
「まったく、それにしても驚いたな。自身と同じタイプの技を受けることで能力を上げる例はあるが、なかなか起こることではない現象だ。それを発揮してしまうとは、ライチュウもだが君のピカチュウも本当にすごい」
ボソリと呟きながら、ヒデキはぶつかり合うピカチュウとライチュウを決して見逃すまいと視線を送っている。
***
ジムの外で覗く3つの影がある。
「ちょっとちょっと聞いた?」
「聞いた聞いた」
「前にあのピカチュウは雷を受けてパワーアップしてたのニャ、今回もそれなのニャ」
「めったに起こらないことを起こしたのよね?」
「つまりそれはあのピカチュウが特別なピカチュウだということだ」
「やっぱりニャーたちの目に狂いは無かったのニャ」
「「「行け行けピカチュウ、頑張れ頑張れピカチュウ!!!」」」
これは勝てるのでは? 自分たちはクビにならずに済むのでは?
と打算を頭で巡らしながら3人はピッタリと息を合わせて応援を口ずさんだ。
***
「本物のFighterであるYouたちにFull Powerで応える、ライチュウ『ボルテッカー』!!」
ライチュウの全身に莫大な電気が纏う。そして両腕を地面につけて四つ脚で構える。
すべての脚に力を込めて疾走する。
「ピカチュウ『でんこうせっか』!!」
サトシの取った手段はスピードで対抗することだ。
雷電の鎧を全身に纏ったライチュウは四つ足の体勢で突撃し、ピカチュウは迎え撃つように四つ足となり高速で疾走する。
「当たる瞬間に受け流せ!」
2体が激突する瞬間、ピカチュウは直線コースから僅かに体をずらした。超スピードの2体は激突せずにすれ違うことになった。ピカチュウが瞬時に反転しライチュウの後ろを取る。
「そのまま『でんこうせっか』!!」
走るライチュウの後ろからピカチュウは再び高速で駆け抜け、突撃を仕掛ける。
正面からまともに『ボルテッカー』に打ち勝つのは困難、であるならピカチュウの持ち味のスピードを活かしたバトルを組み上げるというサトシの策。
しかし、ライチュウは瞬時に対応した。
電撃を纏うライチュウの体が反転しピカチュウと向かい合う体勢になった。
最初とは向きが逆だが2体が激突する。
しばし拮抗、だがピカチュウの小さな体は容易く吹き飛ばされる。
ダメージを受けながらも着地したピカチュウは体勢を整えた。
「その程度じゃ『ボルテッカー』には勝てないぜ! もう一度『ボルテッカー』!」
マチスの指示で再びライチュウは閃光のように動きピカチュウに強襲する。
ライチュウの最大の一撃がピカチュウを襲う。
しかし、直撃の寸前、僅かに電気が走ったピカチュウがライチュウの直線上から一瞬で消えた。
「What!」
ライチュウの『ボルテッカー』は空振りに終わった。
ピカチュウはライチュウから距離を取り威嚇していた。
マチスもライチュウもピカチュウの想像以上のフットワークに目を見開いていた。
「そうか、サトシはピカチュウのスピードを強化する特訓をしていたんじゃないんだ」
口を開いたのはタケシだ。
「どういうこと?」
「今のピカチュウの動きは電撃による加速だ。それを実現させるには精密な電気のコントロールが必要になる。だからサトシはピカチュウの電気のコントロールをさらに高める特訓をしていたんだ」
カスミの疑問に答えたタケシの言う通り、サトシはピカチュウの電気のコントロールを重点的に鍛えていた。ピカチュウはスピードが自慢だがそれだけでは勝てないことはわかっていた。
だから、より強い電撃を生み出すためにコントロール中心で特訓をした。
「ピカチュウ、本当の本気で行くぜ!」
「ピカ!!」
そして、その成果は確かな形になり2人の力となって現れた。
「ピカチュウ――
『ボルテッカー』!!」
帯電、そしてピカチュウの全身に途轍もない電流が発生し、それは次第にピカチュウの全身を包み込む。四足の構えになったピカチュウは大地を蹴り疾駆した。
「ピカピカピカピカピカピッカア!!」
驚愕でマチスとライチュウの反応が一瞬遅れた。
そして直撃。
ピカチュウの渾身の一撃がライチュウに衝突し大きな体を吹き飛ばす。
地面に転がりながらもライチュウは瞬時に地面を踏みしめて身構える。
マチスは予想外の出来事に驚愕しながらサトシとピカチュウを見る。
サトシは『ボルテッカー』の成功の喜びを噛みしめながら、気を引き締めて構える。
ピカチュウは反動ダメージでわずかに表情を歪ませるが「まだまだやれる」と構える。
「ライチュウの『ボルテッカー』を目にして実際に受けたおかげです。ピカチュウは自分の中で確固たるイメージを持つことができました」
「HAHAHAHA! まったく、お前たちはどこまで進化するんだ!」
サトシの説明を聞いたマチスは呆然とした顔から一変して心底可笑しそうに気持ちよく笑った。
彼の笑い声がジム全体に広がる。
「OKサトシ、YouたちはやはりFull Powerでいかなければならないな。行くぞライチュウ!」
「こっちも全力で行きます。行くぞピカチュウ!」
2体の電気ポケモンは頬を激しく帯電させてにらみ合う。
「ライチュウ『アイアンテール』!」
「ピカチュウ『アイアンテール』!」
「チュウウウウウ、ライィ!!」
「チュウウウウウ、ピッカァ!!」
全速で走りながらその尻尾は鋭い刃に変化する。
鋼の尻尾同士が衝突し甲高い音が鳴る。
「ライチュウ『かわらわり』!」
「ピカチュウ『でんこうせっか』!」
ライチュウの手刀とピカチュウ全身の体当たりが衝突する。
剛健なパワーと疾走感あるスピードが互角の威力を生み出し、2体は反動で後退する。
そして、その2体のトレーナーは理解していた。
――次が最後の一撃になる。
「決めるぞピカチュウ『ボルテッカー』!!」
「これでFinishだライチュウ、『ボルテッカー』!」
同時に2体が動く、今までのバトルで見せたものとは比べ物にならないほど莫大な電流がフィールドはおろか観客席や天井にも届かんばかりに迸る。
観客席のタケシたちが反射的に頭をガードしていた。
2種類の電撃がそれぞれのネズミポケモンの大きな体と小さな体に収束していく。
同時に四足の構えになる。好敵手と認め合った2体は互いの目を見て言葉を交わす。
――次で決めるぞ!
疾走。
舞い上がる砂埃、悲鳴を上げる空気。2体の後方で何もかもが置き去りにされる。
「ピカピカピカピカピカピッカア!!」
「ライライライライライラアイィ!!」
電光と電光が衝突する。
爆発が起こる。激しく上がる煙にジム内の全員は咄嗟に顔を守る。
充満する煙がフィールドを隠し、現状が見えない。
そして煙が晴れる。
ピカチュウとライチュウはボロボロになりながら息を荒げて立っていた。
「ピカ……」
「ライ……」
グラリと体が揺れる。
そして――
ライチュウが倒れた。
ピカチュウはフラつきながらも小さな脚を強く踏みしめていた。
審判のヒデキが高らかに宣言する。
「ライチュウ戦闘不能ピカチュウの勝ち、勝者、マサラタウンのサトシ!!」
「よっしゃああああああ!!!」
サトシはしばし呆然としたが、勝利宣言を聞いて腹の底から喜びの声を吐き出した。
勝敗を分けたのは電気の吸収力だった。
極限の状態で最大の電気技を放ったピカチュウの生物としての本能か、体が電気吸収に特化したのか、ピカチュウはバトル中にライチュウの電気を少しずつ自分の力に変えていった。
それはライチュウも同様だった。ピカチュウがしたように本能的に電気を吸収していた。
しかし、サトシのピカチュウには大自然が生み出した莫大なエネルギーの塊である雷を身に受けた経験があった。それがライチュウを超える多くの電撃の吸収に繋がったのだ。
そして最後の一撃の瞬間、そのすべての電気を破壊力に推進力にして吐き出した。
滅多に起こる現象ではない。しかし、その力を引き出したサトシとピカチュウの勝利は紛れもない事実だ。
敗北したマチスの顔に一切の後悔は無い、あるのは最高のバトルをした爽快感と、大きく成長した若きトレーナーへの敬意だった。
審判のヒデキも2人に歩み寄りながらその顔は激しく熱いバトルをした興奮が貼り付いていた。
「Superbなバトルだった。Congratulation サトシ」
「ありがとうございます。マチスさん」
パチパチと乾いた音が鳴りサトシとマチスは振り返る。発生源は観客席だ。
観戦していたリカ、カスミ、タケシ、マナミ、ヒナコの5人がバトルに感動を表した顔でサトシとマチス、ピカチュウとライチュウを見ていた。
サトシとマチスは照れくさそうに笑う。
マチスが倒れているライチュウに歩み寄る。
「ライチュウ、WonderfulなBattleだった」
マチスはライチュウを抱き起すと、ライチュウは微笑んだ。
ライチュウは立ち上がるとピカチュウに近づき相対する。そして、ピカチュウに自分の尻尾を向けた。察したピカチュウは自分の尻尾を向ける。
2体の電気ネズミの尻尾同士が触れ合う。それは友愛の証、激闘を繰り広げたポケモン同士は互いに笑い合った。
その光景を微笑ましく見ていると、マチスは懐からあるものを取り出す。
「今度こそ渡そう、Winnerに贈られるオレンジバッジだ」
実力は認めていた。バッジに値する強者であると認めていた。だが、彼の誇りに意志に触れて、またバトルがしたいと思った。これほどの興奮は軍人時代にもなかった。より強くなった彼らとバトルがしたいと思った。
それは叶った。サトシとピカチュウは想像以上に強くなった。自分を倒した。最高のバトルをしてくれた。だからこそ渡そう。勝者の証を。
「はい」
サトシは差し出された手に触れる。自分よりもずっと大きな手だ。真に強い尊敬すべきトレーナーの手だ。その手にある輝くバッジをしっかりと握りしめる。
「よっしゃあ、オレンジバッジ、ゲットだぜ!」
「ピッピカチュウ!」
「やったなピカチュウ、やっぱりお前はすごいよ!」
「ピカピカ!」
サトシとピカチュウは互いに笑い合い勝利の喜びを分かち合った。
「やったわねサトシ!」
「おめでとうサトシ!」
観客席からカスミとリカが飛び出して来た。
「ああ、ありが、うおお!?」
サトシは2人の美少女に飛び掛かられて抱きしめられた。
「やったじゃない、それでこそあんたよ」
「本当に良かった、サトシもピカチュウもすごいバトルだったよ」
カスミもリカも優しい笑みを浮かべて心からサトシを祝福した。一度負けた2人がどれだけ頑張ったか知っている。だからこれはただの勝利ではなくサトシとピカチュウの成長を証明する勝利だ。
持てる力のすべてを出して得た勝利をリカもカスミも自分のことのように喜んでいる。
美少女2人の柔らかい体が密着していることに照れながらも心は勝利の喜びが勝っていた。
観客席を見るとタケシと目が合った。
言葉は交わさないけれど、彼が自分の勝利を賞賛してくれていることはわかった。
サトシがピカチュウと目を合わせるとピカチュウはにっこり笑った。言葉はないけれど、彼が「やったね」と言ってくれたことはわかった。
今日のバトルがよりピカチュウと気持ちが通じ合っている気がして胸が高鳴った。
サトシはピカチュウを見つめ返してクスリと笑った。
クチバジムの負けイベント+ピカチュウのボルテッカーの早期習得はサトシのピカチュウ最強化のために前々から構想していました。
この作品のコンセプトはサトシの超強化+ハーレム旅という私の趣味全開ですが、たくさんの応援をありがとうございます。皆様のお言葉が日々の励みになっています。
ポケモンはいつも私に元気をくれます。新しい年になってもポケモンを愛し続けたいと思います。
これからもよろしくお願いします。
皆さまよいお年をお過ごしください