サトシに憑依したので冒険してみようと思う(改題) 作:エキバン
ボーッボーッと汽笛の低い音が辺りに響く。周りには大きな人で賑わっていて俺たちはその中にいる。
ここにいるほとんどの人間が潮風を浴びながらクチバシティの港に船舶した大きな船を見上げていた。
その巨大さたるや都会の大型ビルを思わせる。
『サントアンヌ号』
世界一周をしている豪華客船でカントー地方のクチバシティにも年に何度か寄港するらしい。
俺、リカ、カスミの目的はズバリこのサントアンヌ号だ。
なぜ俺たちがクチバシティまで戻りサントアンヌ号を目の前にしているのかというと、それは数日前に遡る。
「見つけた!」
俺は草むらをかきわけ、辺りをキョロキョロ見回して困り顔のまん丸なポケモン、プリンを発見した。
プリンはいきなり現れた俺にビクッと反応する。このままでは逃げられると思った俺は肩に乗るピカチュウに合図を送る。ピカチュウは肩から飛び降りるとプリンに話しかける。
みるみるうちにプリンの顔から緊張が解けて安心した顔になる。
「プリンちゃん!」
後ろから悲鳴に近い女性の声が聞こえ振り返るとその女性は涙目でプリンの元まで走り出した。
プリンもまた女性を見ると涙目でトテトテと走り出した。
「ああ、良かったわ。心配したのよ!」
「プリ~ン」
この女性がプリンのトレーナーというより家族なのかな、彼女に頼まれて俺たちはプリンを探していた。
「良かったね」
「プリンも怪我もないみたいね」
「ありがとうございます。本当にありがとうございます!」
女性は今にも泣きそうな顔をして俺たちに感謝をくれた。
するとスーツを着た初老の男性が現れる。
「あ、会長さん」
「いや~サトシ君、リカ君、カスミ君。本当に助かりました。我が会の会員の大事なポケモンが何もなく見つかって本当に良かったですぞ」
このジェントルマンは「ポケモン大好きクラブ」の会長だ。
マサキさんの灯台を出発してすぐの町でそのクラブを発足している人だ。
町に訪れた俺たちは会長さんと出会い、どうやら気に入られてしまったようだ。
大好きクラブの方々に俺たちのポケモンを見せるとみんな嬉しそうにポケモンたちを撫でたり抱っこしていた。若干イラだって電撃喰らわせかねない子もいてヒヤヒヤしたが何も起こらずに済んだ。
先ほどの女性は会員の一人で大事なプリンが迷子になってしまった。それで俺たちも捜索を手伝うことになった。
捜索の末プリンは怪我も何もなく発見された。
捜索を終えた俺たちは大好きクラブの建物に戻った。
広い客間に招かれた俺たちは大きなソファに座り、広い机を挟んで向かい側のソファに座る会長さんと相対していた。
「今回は捜索に協力してくれて心から感謝する。何かお礼をしたい。何かほしいものはあるかね?」
「いえそんなお礼なんて」
といいつつ何かいいものが貰えるならもらっときたいと思う俺であった。
リカとカスミは欲しいものが思いつかないのか悩んでいるようだ。
そんな俺たちを見た会長さんは「何がいいかな」と考えてくれていた。
「サントアンヌ号を知っているかね?」
はて聞いたことがないな。
「確か世界でも有名な豪華客船ですよね」
「世界一周の船旅ができるって聞いたことがあります」
なんとリカとカスミは知っていたのか。なるほど豪華客船か一生に一度でいいから乗ってみたいよな。
「実はクチバシティに停泊している間だけ行われるトレーナーを集めたパーティが開かれるらしい。私たちも招待されたのだが、残念だが用事があって行けないのだ。だから君たちに差し上げたい」
「でもこういうパーティってしっかりした服装じゃないと行けないんじゃない?」
ドレスコードってやつか。
「そっか、家に戻ればドレスとかあると思うけど、戻ってるとパーティ終わっちゃうよね」
「それならば私たちが用意しよう」
「そこまでしてもらうわけには」
「よいのだ。我が会の会員を助けてくれたのだ。それくらいせねば」
俺たちはクラブの建物に戻ると衣裳部屋まで案内された。
扉を開けると色とりどりのドレスやスーツがたくさんあった。色も形も大小サイズも様々。クラブののポケモン用と思われるドレスもある。
「さあ、好きな服を選びなさい。気に入ったものは差し上げよう」
「「「ありがとうございます」」」
カスミとリカはパアと花咲くような笑顔で礼を述べると、キラキラと目を輝かせてドレスを手に取って見ていた。2人の傍には服のサイズ合わせを担当してくれるクラブの会員のお姉さんたちもいる。
「カスミちゃん、リカちゃん、いろいろ着てみましょう」
「「はい!」」
お姉さんたちに促されてリカとカスミは女子用に着替えルームに入って行った。
「サトシ君は覗いちゃダメよ?」
「わかってますよ」
ウインクするお姉さんに答えたが、俺はそんなにスケベに見えるのだろうか。
離れた場所にある男子用の着替えルームで俺はダンディなおじさんに服を選んでもらった。
「ふむふむ、やはりこういった燕尾服がいいだろう。色はどれがいい?」
「まあシンプルに黒にします」
素早い手の動きでスーツを選んでくれるおじ様、名前はセバスチャンとかじゃないだろうか?
「よしわかった。それから髪も整えよう。当日は君が自分でしなくてはいけないからしっかり覚えるんだよ」
「はい」
何から何までしてもらって申し訳ないな、だがご厚意はしっかり受け取らねば失礼だよな。
「おっとワックスが少ないな。物置にあったと思うからすまないが待っていてくれ」
キリッとしたスーツを纏い大きな鏡の前に立って自分の格好を見ていた。時々ポーズも決めてみる。
ふむふむ、悪くないんじゃないの? 今までのやんちゃさが消えて一歩大人の魅力溢れる男になっちゃってんじゃないの…………自画自賛てメッッチャはっず!!
2人に笑われたりしないだろうか。
落ち込んでいると声が聞こえた。
隣の女子更衣室からだった。
「2人ともスタイルいいわねー子供とは思えないわ」
「そ、そんなお姉さんたちの方が綺麗ですよ」
「そりゃ私たち昔からスタイル維持とか頑張ってるもん。まだまだ子供のあなたたちがこんなにプロポーション良いなんて妬けちゃうわ」
「ひゃん、く、くすぐったいです」
「肌もスベスベ、どのドレスも似合いそうだから迷うわね」
キャキャという女子たちの声が聞こえると、シュルシュルと布が擦れる音と、床に布が落ちる音が聞こえた。
「あら2人とも下着はシンプルね」
「旅ですから動きやすいのをなるべくつけてます」
「うーん、それもいいけど。ほら私が着てるこういうのはどう?」
「「ひゃあ~~~」」
「ちょあんた子供にそんなの早いわよ」
「いいじゃない若い時からこういう下着にもなれといた方が色々役に立つと思うわよ」
「「あわわわ」」
煩悩退散煩悩退散煩悩退散!!
とまあこういうわけです。
最後あんな場面になったのはそのあとは町を出てクチバシティまで戻るだけだから他に語ることもなかっただけです。他意はありません、ありませんとも。
そうしてクチバシティに戻ってきた俺たちはこれから乗船するサントアンヌ号を拝んでポケモンセンターで正装に着替えることにしたのだ。
おじ様に教えられた通りに燕尾服をピッチリと着て髪はワックスで整えて準備完了!
ふむふむ俺なかなかいい男なんじゃね?
と馬鹿なこと考えながらロビーでカスミとリカを待つ。
時折綺麗なお姉さんたちに声をかけられるがなんとなくついて行ったら身内から恐ろしい目に遭わされそうなのでやめました。泣いてないよ?
「「お待たせ」」
声をかけられ視線を向けた瞬間――
「――あ」
言葉が口から出なくなった。
なぜなら本気で見惚れてしまったからだ。
カスミは青いドレスを身に纏っている。そのドレスはマーメイドドレスと呼ばれるもので、裾が広がっているのが特徴だ。それに加えて、着ている女性の身体にピタリと張り付くためラインがそのまま浮き出る。カスミは見事に着こなしていた。肩から背中は開いていて、健康的な肌の色が細い肩から首にかけて艶を見せる。大きく膨らんだ胸元にキュッとしたくびれ、豊かな臀部が曲線美を描き、そこから伸びる長い脚がスカートに包まれ見事な調和で現れていた。
髪は結び目を解いて下ろウェーブの入ったハイアップ。右上に俺がプレゼントした髪留めを飾っている。水に溶け込むような美しさはまさに人魚姫だ。
リカの体は緑のドレスに包まれている。それはハイ&ローと呼ばれるドレスで、フリフリのついたスカートが前は短く後ろが長いのが特徴だ。そのため彼女の白く肉付きの良い脚が眩しく見える。ドレスは背中と背中が大きく開いていて真白で玉のような肌が見えていた。豊満な胸はドレスに包まれて深い谷間を作り瑞々しい肌が艶やかだ。視線を下ろすと細い腰が見える。
髪はカールがかかっていてふわふわした巻き髪を後ろで結んでいる。
首には俺がプレゼントしたネックレスをつけている。露わになる白い素肌が目立つがいやらしさよりも神秘的な美が感じられる姿はまさに妖精のようだ。
俺を見るリカとカスミの視線が眩しくて気恥ずかしくて顔を逸らしたいのに、別の感情が美しく彩られた彼女たちから視線を外そうとはしなかった。
「な、なんか、言いなさい、よ……」
「も、もしかして、変……?」
沈黙を破ったのは青いドレスに包まれたカスミだ。それにリカも不安げに続く。
一文字に結ばれていた2つの艶やかな唇が開き、その色っぽさに固唾をのんだがすぐに気を引き締める。
「あえ、あ、その……綺麗だ。すっごく綺麗だ」
胸の高鳴りと緊張で、目線を逸らしながらなんとか口を動かして言葉を絞り出せた。
言い終えてると着飾って輝きを放つ彼女たちに焦点が再び合う。
また顔が熱くなるのを感じた。
「ごめん、その綺麗でびっくりして、咄嗟に喋れなかった。なんかもう喋るよりもずっと見ていたいと思ったつーか……」
「そ、そう……なんだ」
「そっか、よかった」
美麗なドレスに包まれた2人の頬が赤く染まる。
照れた微笑みに妖艶さを感じてしまう。
すると2人が歩み寄ってきた。
輝きに圧倒されるようにわずかにのけ反ってしまう。
「サトシもすっっっごくかっこいいよ! 見た時すっごくドキドキしたよ」
「ま、まああんたにしては似合ってんじゃない?」
瞳をキラキラさせて褒めてくれるリカと腰に両手を当てて褒めてる(?)カスミさん。
するとリカがカスミの肩に手を置いた、カスミが振り向くとリカはジッと見ていた。
「カスミ」
どこか咎めるようなリカの眼にカスミは僅かに逡巡すると俺を強く見つめる。
「サ、サトシ!」
「お、おう」
「あんたのその服……かっこよくて、素敵……その、見ててドキドキした……」
「そ、そっか……」
真っ赤な顔でトキメク言葉を途切れ途切れに言い放つカスミにいつもと違う彼女の雰囲気に胸が高鳴った。
これがギャップ萌えなのでしょうか。
みんなで照れ笑いを浮かべてむず痒いするような空間にどうしたものかとしていると視界に手を組んでいる正装の男女が入ってきた。
1組ではなく何組もの男女がピシリとしたスーツと優美なドレスを身にまとい、笑い合いながら歩いてサントアンヌ号に向かっている。
おお、あれが正しいパーティへの行き方なのか。
感心していると「サトシ」と呼ばれ、リカとカスミに視線を戻すと2人は細くしなやかな片腕を俺に伸ばして来た。
「エスコート、お願いできますか」
「OKなら手を取って」
俺の答えは決まっている。差し伸べられた2人の綺麗な細い指を見つめて自身の両手を伸ばす。
「よろしく、麗しいレディたち」
なんつって
「「はい!」」
喜色満面の笑顔は艶やかさ以上に可愛らしさが花開く。
俺はリカとカスミとそれぞれ左右で腕を組む。
燕尾服の袖越しに2人の細い腕が絡まる感触がある。その温もりを離さないように俺は彼女たちと一緒に広いタラップを一段一段登る。
***
タラップを登り終えテニスコートほども広いデッキを歩いて行くと船外から見えたビルのように大きな建物が見える。いやこうして近くで見ると宮殿のようにも思える。俺もその大きさに驚き、左右のリカとカスミも「ほえー」と言いながら呆然とキョロキョロと左右を見渡していた。
次第に建物の大きな扉が目の前にせまる、俺たちは同時にその下をくぐった。
中に入るとそこは豪華絢爛の一言に尽きる。
扉をくぐると大広間が目の前に広がる。すでにそこには多くの人が美麗なドレスやスーツを着て話し声で賑わっていた。天井には宝石をあしらった大きなシャンデリアがキラキラ輝いている。扉の直線上の数メートル先には上にいく階段があり、登った先の次の階の周りには手すりがこちらを見下ろすように立っている。階段の先にはバルコニーが確認でき外の景色がこの距離からでも見える。
白いテーブルクロスがかけられた複数の長卓には古今東西のあらゆる種類の豪勢な料理が並べられている。
綺麗な音色が聞こえた。周辺を見渡すとピアノやバイオリンを持ち繊細な手つきで奏でている人たちがいた。壁際には様々な地方の伝説のポケモンの彫像が等間隔で鎮座している。
今まで経験したことのない上流階級の雰囲気に緊張感が高まる。
「っ!?」
その時、背中に衝撃が走る。
「しゃんとしなさい」
カスミに背中を叩かれたようだ。俺が振り返るとカスミはさらに増した美貌で蠱惑的な笑みを向けてくる。
「せっかくここまで来たんだから胸張って堂々としなさい」
「いつも通りのサトシでいたらいいんだよ」
リカも続いて俺に語りかけてくれる。
そうだな、こんなことにビビッてちゃこれから先トレーナーとしてやっていけないよな。
俺は左右のカスミとリカの腕を絡め直して踏みしめるように歩き出した。
***
とりあえず腹ごしらえ。トレーナーは体が資本、いっぱい食べて体を強くしなければいかん。
ではお皿を持って準備完了。俺たち3人はそれぞれのお目当ての料理の並べられたテーブルまで歩いた。
さて、まずはお肉お肉~。この肉美味そう。お、この肉も美味そう。こっちの肉も良いな。これはピリ辛かいいな美味そう。この肉もこの肉も肉も肉も肉も肉肉肉肉肉―――ニク、ウマソ
よし一通り盛れたな、皿からあふれんばかりの肉たちの香りが脳髄を刺激するようだ。
「いただきます」
美っ味! すごいな口に入れた瞬間トロけたぞ、噛めば噛むほど肉汁が口の中に侵攻してくる。飲み込むと上品な牛脂が喉をスルリと通る。そして未だ残る肉の旨味、思わず感嘆の溜息が出る。
至福だ。良い肉ってこんなに美味いんだな。
そういえばこの肉って何の肉なんだ? 見た感じ牛肉っぽいよな。だがこの世界に牛は存在しない、しかし牛肉ということは牛に近い生き物が、ポケモンが……牛に近い生き物、それはケンタロスやミルタンク―――
―――プツリ
―――あれ? 俺なに考えてたんだっけ?
…………ああそうだ。この肉美味いからその幸せに酔ってたんだな、うんうん他には何にもカンガエテナイナ、ウン。
「もうサトシそんなお肉ばっかり食べて」
「お野菜も食べないとダメだよ」
声をかけられて振り返るとカスミとリカがそれぞれ料理を盛った皿を持って困ったような顔をしていた。
「いやあこの肉が美味いからついな。それに肉を食うことで体はより強くなる。タンパク質は筋肉の素だもんな」
彼女たちに見せつけるように腕を曲げて力を込めてボディビルダーのポーズを取ると2人は溜息をついた。
「ほら、野菜も食べたほうがより強い体になるわよ」
「バランス良く食べないとね」
「うーんわかってはいるのだが……」
それもこれもこの肉たちが美味いのが原因なのだ。どうか私を責めないでおくんなせえ。
「ほらあーん」
「はいあーん」
どう言い訳をしたらと頭を回転させていたら、カスミとリカが同時に野菜を突き刺したフォークを差し出してきた。
うーむ、どっちを食べるべきなのか、正解はドッチーニョ。
答えはこれだ!
「パクリ」
「「あ」」
俺は2人のフォークに同時にかぶりついた。2本のフォークが近かったことも助かり実行できた。
ドレスを着た美少女に食べさせてもらうなんて肉食うなんか目じゃないくらい幸せじゃなー。
「美味い美味い」
2人は嬉しそうにニッコリ笑うとフォークを野菜に突き刺すと自分の口に持って行った。
というか2人がやってるそれは間接キッスなのでは……
「ほら、あんたもお返ししてよ」
「そのお肉食べさせて」
俺はフォークで香ばしい肉を突き刺すと2人に向けたどちらからかと伺っているとカスミが前に出た。
「あーん」
俺は小さく開いた唇にフォークを入れる。艶やかな唇がゆったり動く姿はどこか色っぽく。思わず息を呑む。
前後を交代しリカが前に出た。再び肉を突き刺す。
「えと、サトシ、一回お肉食べてくれないかな」
「え、いいけど」
言われて俺は肉を自分の口の中に入れて咀嚼する。噛んでいるうちにリカの意図を理解し顔に熱が集まる。
リカが申し訳なさそうな顔でカスミに視線を送ると、カスミは全部わかっているという顔で笑っていた。
「あーん」
リカのぷるんとした唇が開く。
開いた唇に肉を入れる。瑞々しく柔らかい質感の唇がプルプル動く。
噛み終えたリカが飲み込む。
「「ご馳走様」」
心から幸せそうで魅力的な笑顔で2人は感謝を述べた。
その笑顔に紅潮してしまったことを自覚した。
高鳴る胸を押さえて俺は気恥ずかしさもどうにか振り払い、食事を続けた。
咀嚼しながら周りを見る。本当にいかにもお金持ちって感じの紳士淑女ばっかりだな。
ふと見覚えのある顔がいた。
「ナオキ?」
声をかけると振り返ったナオキは目を見開いた。
「おおサトシじゃねぇかリカも、あとカスミだっけか、お前らもいたのか」
「久しぶりー」
「あんた私のこと忘れてたんじゃないでしょうね?」
「忘れたくても忘れられるかよ」
どういう意味よー、と文句を言うカスミをリカが宥めているのを横目で見ながらナオキに声をかける。
「ナオキも呼ばれてたのか」
「ああ、なんかチケット貰ってな。トレーナーがたくさん来るってんで腕試しにはちょうどいいと思ってな」
そう言ってナオキは肉を頬張る。何だかんだで食事も楽しんでんのね。
「兄貴ーデザートっすよー」
聞いたことのある声、自称ナオキの舎弟のユウリく……ちゃんだな。
彼女に会うのも久しぶりだから挨拶しようと振り返る――デカッ!
ユウリちゃんは真っ赤なドレスを着ていた。
Aラインドレスと呼ばれるそのドレスはふわりと広がるスカートが特徴で脚全体を覆い隠しているがひらひらとした形が優美さを醸し出していた。肩と背中が露わになっていて、上半身部分のてっぺんは彼女の胸元だ。低めの身長に不釣り合いなほど大きく膨らんでいた。
ユウリちゃんの胸は彼女が走る度に大きくぶるんぶるんと揺れている。
まさかあんな激しい上下運動をする胸が存在するのか
「いっ――」
左右からつねられた。
ごめんなさいもう変な目で見ません。だからそんな光彩の消えた底の見えない闇みたいな目はやめてください。
「……えっち」
「……ばか」
マジすんません。
「おお、サトシさん御一行の方々お久しぶりっす!」
ユウリちゃんは俺たちを見ると華麗なドレス姿で90度のお辞儀を見せてくれた。
「元気そうだねユウリちゃん」
「「久しぶりー」」
「皆さんお元気そうで何よりっす」
ニパーと笑うユウリちゃんに俺たちもほっこり笑顔だ。
ユウリちゃんからデザートを受け取りお礼を言ったナオキが親指で後ろを指した。
「それに他にもいるみたいだぜ」
そう言われて視線を送ると、そこにいたのは多くのお姉さんに囲まれて食事を楽しんでいたシゲルだ。あちらこちらから「あーん」されてまるで王様のようだ。普通は悔しがるところだろうが、俺もリカとカスミという美少女と食べさせ合いっこしたから嫉妬の感情は無かった。
「むむむ? そこにいるのは我が同郷の友たちではないか」
俺たちに気づいたシゲルがいつも通りのクールな態度で挨拶をする。
「おう久しぶり」
「やはり君たちも来ていたみたいだね。どうやらここには腕のいいトレーナーたちが招待されているようだ。まあ超一流のトレーナーである僕が招待されるのは当然のことだけどね」
シゲルは髪をかき上げて爽やかに言うと、後ろのお姉さんたちも同意するように頷きシゲルに羨望の視線を送っていた。
前から気になっていたがこのお姉さんたちもポケモントレーナーなのか? この船に乗っているということはそうなのかもしれないが。
「さて、食事も終えたことだしそろそろ行くとしよう」
シゲルがニヤリと笑う。どこに行くかは俺でもわかった。おそらくナオキもリカもカスミも同様だろう。
この船で行われるイベント、それは船上ポケモンバトル。
サントアンヌ号には複数のバトルフィールドが完備してありそこで多くのトレーナーがバトルする。
トレーナーにとっては己の腕試し、そうでない人間には余興としてこの船ではポケモンバトルが推奨されている。
俺たちもそれに参加しようとバトルフィールドに向かった。すでに多くの人だかりができていて
「早速やってんな」
ナオキの言葉にバトルフィールドに目を向けると、トレーナー同士とポケモン同士で相対していた。
そこには燕尾服を着こなした堀の深い顔立ちのジェントルマンと裾の短いズボンのスーツを着た少年だ。
「ミルホッグ『ひっさつまえば』!」
「オコリザル『からてチョップ』だ!」
ミルホッグと呼ばれた長い体と前歯が特徴的なポケモンがオコリザルと激突する。
技同士がぶつかり合うと、2体の打ち合いとなる。強靭な前歯と手刀が激しい音を立てていく。
2体は後ろに跳んで一旦距離を取る。
「あのミルホッグってたしか、イッシュ地方のポケモンだよね、本物見るのは初めてだよ」
リカが呟く通り俺もあのポケモンは初めて見た。この船にはホントに色んな地方のトレーナーがいるんだな。なんだか胸の奥が熱くなって滾ってくる。
「オコリザル『インファイト』!」
指示を受けたオコリザルが両腕を怒りのまま暴れるように振り回してミルホッグに連撃を撃ち放たんとする。
「かわせミルホッグ!」
技がぶつかる直前にミルホッグは素早く動いて攻撃の直線上から跳びのきかわす。
「そこだミルホッグ『ギガインパクト』!」
ミルホッグは渾身の力を全身に込めて、オコリザルの攻撃する方向とは別方向から抜群の破壊力を誇る一撃を放つ。
ミルホッグ自身のタイプと一致する大技は通常以上の破壊力となりオコリザルに直撃した。
吹き飛んだオコリザルはそのまま目を回して倒れてしまう。戦闘不能だ。
「腕はいいがまだまだ修行が足りなかったようだな。これからも頑張るといい」
「はい、ありがとうございました」
紳士の言葉に少年は悔しさをもちながらも素直に感謝を述べた。
ふむ、ああいう子は将来伸びそうだな。
「さあ、次はどなたがお相手してくれますか?」
フィールドの周りのギャラリーたちはざわつくが誰も挑戦の名乗りを上げようとしない。
ここは行くべきか? 行くべきだよな、他の地方のトレーナーなんて滅多にバトルできないからな。
俺にとってもポケモンにとっても良い経験になるはずだ。
リカとカスミにいいとこ見せたいしな。
「はい! 俺が行きます。バトルを受けてください!」
「ほう、元気な少年だ。いいだろうさあ来たまえ」
ジェントルマンはフッと微笑むと快く俺の挑戦を受け入れてくれた。
流石、洗練された美麗な仕草の紳士は微笑んでも綺麗だよな。
あ、変な気は起こしてないからね。
「少年、大丈夫かい。あの紳士はさっきのバトルで10連勝中なのだよ」
隣にいた素敵なカイゼル髭のおじ様は俺を心配してくれたように助言をくれた。
「へーそりゃすごい。相手が強ければ強いほど燃えます!」
ありがたいけどここはバトルを受けるっきゃないんすよ。
「ふむ、なかなか良い目をしている。そうだ、ここは趣向を変えてみよう。トリプルバトルはいかがかな?」
トリプルバトル、名前から推察するに――
「トリプルバトルとはその名の通り互いに3体のポケモンに指示を出してバトルすることだ。無論ダブルバトルより難易度は高い。どうだ受けるかね?」
「はい、トレーナーとしてどんなバトルでも受けてもっと腕を上げたいです!」
「その心意気は素晴らしい、私も全力でお相手しよう。行けミルホッグ、コジョフー、デンチュラ!」
「ミル!」
「コジョ!」
「チュラ!」
ジェントルマンの出したポケモンに対し、即座に図鑑を見て確認する。
ノーマル、格闘、虫電気か。
相性は良いとは言えないが、初めから出すポケモンは決めていた。
「フシギダネ、ヒトカゲ、ゼニガメ、君たちに決めた!」
「ダネ!」
「カゲ!」
「ゼニ!」
カントー地方の御三家たちでトリプルバトルなんてかっこいいだろ?
「な、サトシお前ヒトカゲをゲットしてたのか!?」
「ゼニガメもゲットしていたのか! それにフシギダネまで」
観戦していたナオキとシゲルが驚きの声を上げた。
そういえば見せるのは初めてだったな
「ああ、たまたま出会って仲間になったんだ」
「なるほどな、どんなもんかお手並み拝見だな」
「君がどんなバトルをするのか見せてもらうよ」
ギャラリーお2人の期待値は高いようだ。だったら情けないバトルはできないな。
フィールドに立ち、ジェントルマンのおじさんのポケモンに対し俺のポケモンたちもやる気十分だ。
「ミルホッグ『ひっさつまえば』、コジョフー『とびげり』、デンチュラ『10まんボルト』!」
デンチュラの攻撃は相性の良いゼニガメに向かって放たれる。
「フシギダネ『エナジーボール』、『10まんボルト』を打ち消せ! ゼニガメはコジョフーに『みずでっぽう』、ヒトカゲはミルホッグに『きりさく』!」
遅れながらも放たれた、草、炎、水の攻撃は狙った相手に見事に命中し、攻撃を阻むことができた。
だが、大きなダメージにはならずまだまだこちらを見据えて構えていた。
「やるようだ、ならばこれはどうだ、ミルホッグ『ギガインパクト』、コジョフー『はっけい』、デンチュラ『むしのさざめき』!」
「フシギダネ『つるのムチ』、ヒトカゲ『かえんほうしゃ』、ゼニガメ『みずのはどう』!」
「ダネフシャ!」
「カゲエエエ!」
「ゼニュウウウ!」
フシギダネはミルホッグの『ギガインパクト』を当たる寸前で回避すると、『つるのムチ』でその長い体に巻き付いた。
「フシギダネ、そのまま投げ飛ばせ!」
「ダ、ネェ!!」
投げ飛ばせたミルホッグは床に叩きつけられる。
『かえんほうしゃ』がデンチュラに放たれ大きなダメージを与え、『みずのはどう』がコジョフーの体にぶつかり吹き飛ばす。
だが、ミルホッグとデンチュラはまだ立ち上がり、コジョフーもまだ健在であった。
畳み掛ける。
「フシギダネ『エナジーボール』!」
「デンチュラ『ふいうち』!」
デンチュラが一瞬でフシギダネに接近し、高速で全身をたたきつけた。
相手が攻撃技を使えば成功する先生技の『ふいうち』。
吹き飛ばされたフシギダネは痛みを耐えながら立ち上がる。
ジェントルマンとしては流れを変えるための攻撃だったが、俺もポケモンたちも慌てることなく冷静に敵を見据える。あてが外れたはずなのにジェントルマンは面白そうに笑っている。
「下手な小細工は必要ないようだな。ならば私たちの全力を見せよう。ミルホッグ『ギガインパクト』! コジョフー『とびひざげり』! デンチュラ『ワイルドボルト』!」
「だったら俺たちも全力だ! フシギダネ『エナジーボール』! ヒトカゲ『かえんほしゃ』! ゼニガメ『みずでっぽう』!」
ミルホッグの最大の突進、コジョフーの壮烈な膝蹴り、デンチュラの電気を纏った突進が俺のポケモンたちに迫る。フシギダネ、ヒトカゲ、ゼニガメは自分の誇る最大のタイプエネルギーをぶつける。
莫大なエネルギーがぶつかり、閃光とともに爆発が起こる。
思わず目を手で守り閃光から守る。
次の瞬間にはフィールドを見なければと目をこらして戦局を見る。しかし見えない。
次第に光が消え、フィールドの様子が見えてくる。
俺のポケモンたち、フシギダネ、ヒトカゲ、ゼニガメは―――
―――健在だ
「ダネ!」
「クア!」
「ゼニゼニ!」
対するジェントルマンのポケモンたち、ミルホッグ、コジョフー、デンチュラは全員倒れていた。
そのまま動かない様子にジェントルマンは目を閉じ口を開く。
「君の勝ちだ」
「よっしゃあああ!!」
「みんなよくやった!!」
「若いのに見事な腕だ。冷静に状況を見る観察眼はなかなかできることではない。その調子で腕を磨いていくといい」
ジェントルマンのおじさんは整った顔立ちで優しく微笑んだ。
「ありがとうございます!」
俺は後ろを振り向いて2本の指を立てて、Vサインで腕を突き出した。
「勝ったぜ!」
ナオキは僅かに口角を上げ、シゲルは顎に手を当てて相も変わらず上品な態度であった。
「まあなんだ、お前のヒトカゲはまだ炎のコントロールが甘くて無駄なエネルギーが多い、よく狙って撃つようにしろ」
「まあまあなバトルだったけど、ゼニガメのことでアドバイスだ。もっとゼニガメは防御を活かしたバトルをするといい。それくらいしてくれないと、僕のライバルは務まらないからね」
「ああ、ありがとう」
素直に褒めてはくれない。だけど、それでいいと思う。
変に褒めちぎるなんて俺たちの間にある関係に相応しくない。そんなこと言わなくてもライバルたちのバトルは見ていればわかる。これ以上言葉はいらない。
俺たちはバトルでつながっているんだから。
「そんじゃ俺も行くかな」
「みんなに僕の実力を見せてあげるよ」
俺と入れ替わるように、気合十分といった雰囲気のナオキがフィールドに入り、シゲルは隣のフィールドまで気品のある足取りで進んだ。すでに反対側には対戦相手のトレーナーが待機している。
「さあ出番だカメール!」
「行けリザード!」
シゲルとナオキのモンスターボールから飛び出した2体のポケモン。
羽のような耳とふわふわとした大きな尻尾を持ったゼニガメの進化形カメール。
鋭い目つきに後頭部に一本の角、両腕には鋭い爪があるヒトカゲの進化形リザード。
その力強い立ち姿は間違いなく2人が最初に貰ったあのゼニガメとヒトカゲだった。
「進化していたのか!」
ナオキとシゲルは無言だが、軽く手を上げて肯定を示す。
「さて俺も全開でいくぜ、お前に本当の炎ポケモンの扱いを見せてやるよ」
「君に良い恰好ばかりされるのは僕のプライドが許さないからね、さっき指摘したことのお手本を見せてあげるよ」
リザードは尻尾の炎をメラメラと燃え上がらせ、カメールは尻尾と耳をピコピコ揺らして両腕に力を入れている。
最後に会った時からシゲルもナオキもは確実に強くなっている。それが嬉しくて楽しみで俺は胸が高鳴る。
「よっしゃ、頑張れ2人とも!」
火炎が空気すら焼き尽くし、水流が高速高圧で放たれた。
***
月明かりに照らされるバルコニーに現れる2人の少女、マサラタウンのリカとハナダシティのカスミだ。
カスミは青いドレス、リカは緑のドレスを纏い、普段の明るさとは違う、清楚な雰囲気を醸し出していた。
2人はバトルが行われている室内の熱気に当てられたため、涼むために外に出て夜風に当たりに来た。
「せっかくのパーティなのにここでもサトシはポケモンバトルなのね」
「その方がサトシらしい気がするけどね」
おかしくなって笑い合う2人の少女に潮風が触れて柔らかな髪を優しく揺らす。
「さっきみたいにサトシと歩いたり、ごはん食べたりしてると、ホントに恋人みたいな気分だったね」
「そうね、いつもとは違うドレス着てお化粧して、こういう姿でサトシとすごすのは本当にドキドキしたわ」
普段と違う自分を見せられて、普段とは違う彼を見ることができて、こんな貴重な時間を過ごすことができて、2人はますます自分の気持ちが高まるのを感じた。
自分の恋心は間違いないと改めて自覚した。
「これから旅しながら、もっとその……恋人っぽいこととかたくさんしたいね」
「私も意地はってないで素直にあいつに……えと、あ、甘えたり……優しくしてあげるようにしないといけないわね」
「カスミならその気になればすぐできるよ。そしたらサトシもメロメロだよ」
「うんそうよね、ありがとうリカ」
「こんなにキュートなお転婆人魚のカスミちゃんに迫られて恋しない男の子なんていないわ!」
「そうそうそうだよ」
「それにリカだって大きなおっぱいで迫ればメロメロよ!」
「ええっ、もうカスミったら!」
愛しい人のことを想い、口にするだけでこんなにも幸せな気持ちになる。
カスミとリカは自分の中に湧き上がる暖かい気持ちに酔いしれていた。
「やあ、こんにちは」
かけられた声に振り向くと3人の少年がいた。
「えと、こんにちは」
いずれの少年も髪の色が金やブラウンで掘りの深い顔立ちで、カントーの人間ではないことがわかる。
にこやかにほほ笑む少年たちはリカとカスミを囲むように近づいて来た。
「僕たちイッシュ地方からこの船で世界を周ってるんだ。僕たち専用の個室もあるんだよ」
「へえすごいですね」
パーソナルスペースにズケズケと入ってくる少年に対してリカは少し後ずさりながらも愛想笑いで返答した。
「ねえこれから僕と一緒にどうだい?」
「バトルですか? いいですよ。それじゃあフィールドまで――」
不意に、リカとカスミは、全身に寒気が走るのを感じた。夜風で体が冷えたせいではない。
「いやいやそうじゃないバトルじゃないよ。君たち可愛いからさ、僕たちの部屋に来てほしいってことさ」
胸を、臀部を少年たちはニヤニヤと笑いながら見ている。
旅をしていて男からの視線が自身の体に向けられることは何度もあったし仕方ないことだと思った。
サトシも時折見てくるが彼は別だしむしろサトシにはもっと見てほしいとさえ思っている。
しかし、これほど隠すことなく無遠慮に全身を舐めまわされたことはない。
直接触れられたわけではないのに素肌が撫でまわされているような不快感があった。
先の言葉の意味を理解し、リカは顔を青くしカスミは嫌悪の表情を隠そうとしない。
「あの、私たち仲間の男の子と一緒に来ているんでそういうのは、お断りします」
「そんなこと言わずにさ、君たちのことをほったらかしにするなんてどうせ碌な男じゃないんだろ? ねえ僕たちと一緒にいる方が楽しいに決まってるよ」
立ち去ろうとする2人を少年たちは壁となり行先を阻む。そうして邪魔している間もカスミの揺れる双丘やリカの胸の谷間に視線が集中していた。
「俺たち女の子にあげるための綺麗な服とか宝石とかいっぱいもってるぜ」
リカの胸のペンダントとカスミの髪留めを見た少年2人は鼻で笑うとそこに手が延ばした。
「好きなものあげるからさ。ほらそんな安物のアクセサリーなんか外してさ」
2人の少女は脳が一瞬で沸騰するのを感じた。次の瞬間にはそれぞれの片腕が弧を描くように動き、パンッと乾いた音は近づく2本の手を払った。
「「触らないで!!」」
苛立ち、嫌悪、怒り、憎悪、敵意、無礼極まる少年たちに対して湧き上がった感情をぶつけるように言い放った。
「サトシがプレゼントしてくれた私たちの宝物なんだよ!」
「あんたたちなんかに難癖つけられる筋合い無いわ!」
カスミは顔を真っ赤にして目を吊り上げ、リカは目に怒りを滲ませて鋭く睨みつけている。
手を払われた2人の少年ともう1人の少年はリカとカスミの反抗にしばし呆然とすると、次の瞬間には目を剥いて怒りで顔を歪ませた。
「こっのクソアマ共! 田舎地方の女のくせにエリートの僕たちに逆らってんじゃねえ! 大人しくついてこい!」
横柄で身勝手な物言いの少年の言葉が合図であるように、もう2人の少年がカスミとリカの手首を掴んで無理やり連れて行こうとする。
その目は次第に怒りよりも欲望に醜く塗れていた。これから2人の少女に実行するであろういかがわしい行為を夢想しているのがわかる。
「いや離して!」
「触んないでよ!」
必死に体を暴れさせて抵抗するが男の力に女の細腕では為すすべもない。
少年たちが歩き出す。
「おい、俺の仲間になにしてんだ」
その時響いたのは救世主の声。
リカとカスミが振り返るとそこにいるのは誰よりも愛しい少年。
「「サトシ!」」
サトシは静かな怒りの炎を双眸に宿らせ、2人の少女に狼藉を働こうとした少年2人の腕を掴み上げる。
その力が強いのか、少年たちは顔を歪ませてサトシを睨んでいた。
「な、このぉ! 田舎者が僕に触れるな!」
「クッソ、誰なんだお前は!」
「俺は2人の仲間だよ」
サトシは握りつぶさんばかりに手に力を込めた後、汚いものを捨てるように掴んだ手を離して少年たちを解放した。
リカとカスミは急いでサトシの傍まで駆け寄る。
サトシは2人を見ると心配そうに見ていた。
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ」
「来てくれてありがとう」
すると遅れて気づいた。リカの足元にはフシギソウが、カスミの足元にはスターミーがいつの間にかいた。自分のトレーナーを守らんと自分からボールの外に飛び出していたのだ。
同じタイミングでサトシが助けにきたため力を狼藉者たちに振るうことはなかったが、今はリカとカスミを守るようにイッシュのトレーナーたちを睨んでいる。
そのことに気づいたリカとカスミは微笑んで自分のポケモンの頭を撫でた。
痛みで顔を歪ませるイッシュの2人ともう1人はサトシを見て嘲るように吐き捨てた。
「はっ、お前あこの娘たちの言ってた仲間とやらか、いかにも田舎者の顔してるな」
尊大な態度でサトシを見るイッシュの少年、それに対しサトシは挑発にも乗らずただジッと睨んでいる。
するとサトシの後ろから2つの足音が近づく。
「おいおい、レディに乱暴なんて感心しないな」
「女を囲んで暴力なんざ、男の風上にも置けねぇ連中だな」
シゲルがキザな態度で見下すように言い放ち、ナオキは不愉快そうな顔でイッシュの少年たちをジロリと睨んだ。
「ちっ田舎者が増えたか」
忌まわしそうにシゲルとナオキを見るイッシュの少年たちは次の瞬間には尊大に笑って見せた。
「僕たちはイッシュ地方のヒウンシティから来たエリートさ、君たちはどこの出身だい?」
「俺たちはマサラタウンから来た」
サトシの返答にイッシュの少年たちは心底分からないといった態度で互いに目を合わせる。
「は? まさらたうん? どこだいそれは、みんな知っているかい?」
「いや知らないねえ」
「カントー地方はヤマブキシティとタマムシシティしか聞いたことないからね」
「つまりそのまさらたうんとかいうのは相当な田舎のようだね」
「田舎地方の田舎町ってそれは原住民のいる秘境なんじゃないのかい?」
「はははは、そっか秘境から来たのか、そこは電気や水道は通っているのか? そもそも見たことあるかい?」
冷笑を浮かべ心底バカにするようにサトシたちを、生まれ育った町を下品に笑い飛ばすイッシュのトレーナーたち。
その様子にサトシ、シゲル、ナオキは深い溜息をついた。
「はぁ……まったくしょうがない」
「めんどくせー連中だな」
「やれやれ、考えることは同じようだね」
「「「こいつら潰す」」」
故郷を見下され、侮辱されたことは3人に確かな憤怒をもたらしていた。
「はっ、ド田舎トレーナーの癖にエリートの僕たちに盾突こうってのか、いいよ後悔させてあげるよ」
「本当なら君たち3人にこっちは1人でも十分なんだけど、負けた時の言い訳の理由になっていいだろ?」
「御託はいいからとっとと始めるぞ」
そこはバトル用に用意されたフィールドではなく小休止のために設けられたバルコニーだ。
しかし、この場で狼藉者たちは打倒さねばならないという意識がサトシとシゲルとナオキにはあった。
それにこんな連中は正式な試合などもったいない、喧嘩として蹴散らすだけで十分だ。
「スピアー君に決めた!」
「行けサイホーン!」
「行くぞゴーリキー!」
「スピ!」
「グオオ!」
「リッキィ!」
サトシのスピアーにシゲルのサイホーン、そしてナオキの手持ちでは初めて見る筋肉質な体が特徴的なゴーリキーが現れる。
「ふん田舎者が、実力の差ってやつを見せてやるよ、行けランプラー!」
「行けガマガル」
「行けハトーボー!」
ランプのような体に愛らしい目を持つランプラー、額と頭の左右に膨らみがあり青い体のガマガル、赤い額に黄色のくちばしの鳥ポケモンハトーボーが現れる。いずれもイッシュ地方原産のポケモンでサトシたちは生で見るのは初めてだ。
「ランプラー『はじけるほのお』」
「ガマガル『ハイドロポンプ』!」
「ハトーボー『つばめがえし』!
イッシュ地方のポケモンたちがそれぞれのタイプの技をサトシたちのポケモンたちに向けて放つ。
「スピアー『こうそくいどう』」
「サイホーン『ロックカット』」
「ゴーリキー『ビルドアップ』」
スピアーは薄い羽を振動させて空中で高速で肉体を加速させ炎を躱し、サイホーンは自分の体を磨き上げ水流を回避、ゴーリキーは深く呼吸し全身の筋肉に力を込めることで攻撃と防御を上げ、それによって効果抜群の飛行技を身に受けながらも耐えきる。
「スピアー『はたきおとす』!」
「サイホーン『すてみタックル』!」
「ゴーリキー『かみなりパンチ』!」
「ス、ピア!!」
「グアア!!」
「リッキイイイ!!」
スピアーがランプラーに上から針をたたきつけ、サイホーンがガマガルに剛健な体で突撃し、ゴーリキーがハトーボーに電気を纏った破壊力のある拳をぶつける。
ランプラーとハトーボーには効果抜群の一撃、ガマガルは頑強な肉体による絶大な破壊力のある突進で吹き飛ぶ。
そのままイッシュの3体のポケモンは目を回して動かなくなる。
イッシュ地方の3人は口をあんぐりと開けて信じられないといった態度で呆然として立ち尽くしていた。
「まさか一撃で終わるなんて思わなかったよ」
「大口叩いてこれか、とんだエリートサマだな」
「これが都会に生きるトレーナーの実力だとしたら、僕は君たちの言う田舎のトレーナーで本当に嬉しいよ」
今度はサトシとナオキとシゲルが嘲笑うように相手に言い放った。
皮肉と悪態を吐き捨ててとても悪い顔をしている。
「ふざけるな!! こんな田舎のやつらに負けるなんて許されるわけない! おいお前らもやれ! ヒウンシティのプライドのためだ!」
悔しさに顔を歪ませたイッシュの少年は仲間に呼びかけ、次のモンスターボールを取り出し放った。
しかも1個ではなく自分の持つありったけのボールだ。もはやルールも無視して勝つために手段を選ばず相手を跪かせることしか頭にない。
現れたポケモンは総勢12体、全員サトシたちのポケモンを敵と認識して戦闘態勢だ。
「さすがに数が多いかな」
「まあしかしあれだ、烏合の衆ってやつだな」
「ふむ、まあそれぞれあと1体ずつってところかな」
まさに数の暴力であるが大ピンチではない。むしろこういう下賤な輩がやりそうなことだと溜息をついて呆れている。
そんな相手に対し、ちょっとだけルールを破ろうと互いに顔を見合わせた。
「ピカチュウ君に決めた!」
「行けカメール!」
「行くぞリザード!」
サトシたちはそれぞれの最初のポケモンをフィールドに放つ。
敵が12体に対しこちらは6体、だがこの程度の連中数の差など問題ではないとバトル続行を促す。
「さあ来いよ」
「この田舎のクソ共があ! やれえぶっつぶせえ!!」
襲い掛かるイッシュのトレーナーのポケモンたち。
サトシ、シゲル、ナオキはそれぞれ指示を出す。
スピアーとピカチュウは高速で動き敵の攻撃をかわしつつ攪乱し、確実に攻撃を当ててダメージを与えて打倒していく。
サイホーンとカメールは前衛と後衛に分かれて動き、前衛のサイホーンは敵の攻撃を受け止めて反撃し、後衛のカメールは水技で仕留めていく。
ゴーリキーとリザードは持ち前のパワーで向かって来る相手を真正面から迎え撃ちねじ伏せていく。その重い一撃一撃で下していく。
あっという間に決着はついた。
サトシたちのポケモンはほとんど無傷でエリート(笑)たちの手持ちは全員戦闘不能になった。
「んで、どうすんだ?」
サトシが睨むとイッシュの3人はビクリと恐怖に顔を白くさせた。
手持ちは全滅、暴力に訴えようにも腕力では勝てないことは先ほどサトシに思いっきり手を掴まれたことで自覚していた。
「ち、ちくしょう覚えてろ!!」
悔し気に顔を歪ませて捨て台詞を吐き捨てて逃げるように走り去っていった。
***
尻尾を巻いて逃げる少年たちを見送るとリカとカスミに顔を向けた。
その顔には決して少なくない恐怖の感情があった。
「みんなありがとう」
「あんな連中カスミとリカがバトルしてても勝てたぜ」
「そうかもだけど、もし暴力的なことされたら、腕力じゃ勝てなくてどうなってたかわからなかったわ」
「仮にそんなことになってもサートシ君がすぐに助けたんじゃないかな」
「あんな三下共サトシ一人でどうにでもなったな」
おいおいこんな時に褒め殺しかいシーゲル君にナーオキ君。
「……うんそうだね」
「サトシなら助けてくれる」
潤ませた目で俺を見るカスミとリカにその視線の眩しさに耐えられず思わず顔を逸らせてしまう。
けどこのまま何も言わないのはいけないよな、たぶん2人を不安にさせる。
「そうだな、仲間は守る。絶対に」
これは偽りない俺の気持ちだ。素直に伝えられて良かったと思う。
頬を染めるリカとカスミを見て、俺まで顔が熱くなってきた。
***
気を取り直してパーティ会場に戻った俺たち一同。
会場では待機していた。演奏家たちが神妙な顔で楽器を手に取っていつでも演奏可能と構えていた。
「何か始まるのか?」
俺の疑問にカスミが答えた。
「ダンスよ、ほら、手を取り合ってる男女がたくさんいるでしょ?」
言われて回りを見渡すと互いに見つめ合い体を寄せ合う男女だらけだった。
シゲルはお姉さんたちにダンスの相手を迫られて「順番順番」と宥めていた。
「あ、兄貴。ダンスをお願いしてもいいっすか?」
緊張した面持ちでユウリちゃんは上目遣いにナオキは照れたように頬を掻いていた。
「まあ、いいけどよ」
ユウリちゃんはナオキのOKにパァと笑顔になると、手を差し出す。ナオキはその手を取った。
「ねえサトシ、私たちも……」
「一緒に……」
頬を赤らめて俺を見る2人にこっちまで緊張してきた。このお誘いを断るなんてありえない。恥ずかしさなんてフッ飛ばしてその手を取って言うんだ「踊ってください」と。
さあ答えよう。
悲鳴が上がる。
何事かと俺は周りを見渡すとそこには同じ制服を着た謎の集団がいた。
それを見た俺は確信する。
制服の胸には見覚えのある「R」の文字がある。悲鳴とざわめきの中でテーブルの上に同様の制服を着た壮年の男が立っている。
「このサントアンヌ号は我らロケット団が乗っ取った!! トレーナー共、大人しくポケモンを渡せ!」
おそらくロケット団でも幹部かそれに近い役職のおっさんが大声を張り上げた。
乗っ取ったってどういうことだ?
疑問に答えるように幹部は続けた。
「バカなトレーナー共め、我々ロケット団の計画に気づかずにまんまとこのサントアンヌ号に来るとはな」
「そうよそうよ」
赤い髪のロケット団の女が、というかムサシが言った。
「世界を旅するサントアンヌ号は多くのトレーナーとポケモンが集まる。このカントー地方に来た時、すでに我らは入り込んでいたのだ。そして、カントー中に招待のチケットをばら撒き、お前たちをこの船に誘い込む。そしてお前たちのポケモンを我らが奪うということだ」
「そうだそうだ」
青い髪のロケット団の男が、というかコジロウが言った。
「お前たちのポケモンはすべて我らのボスへの献上品となる。ありがたく思うんだな」
「そうにゃそうにゃ」
喋るニャースが言った。
あいつらもここにいたのか。
パーティ会場にいる人間たちはロケット団の登場にみな驚愕と恐怖の表情を浮かべている。
カントーを荒らす悪の組織ロケット団、それが自分たちの目の前に現れるなんて想像もつかなかったのだろう。本物の悪党が自分たちからポケモンを奪おうとしている事実に怖気づいてしまっている。
「さあ、お前のポケモンを渡――」
「ピィカチュウウウウウウ!!」
「ぎゃあああああ!!」
俺に近づいて来た下っ端にピカチュウが現れ指示をすることなく電撃をお見舞いした。黒焦げになった下っ端はピクピクと痙攣して倒れた。
「おい何勝手なこと言ってんだおっさん」
「な、なんだと!」
予想外の反抗にたじろぐリーダーらしき男と周りの下っ端たち。
一般の客たちも全員俺を見ているようだ。呆然としているのはわかったが俺は続ける。
「そんなバカなこと言われて大事なポケモンを大人しく渡すと思ってんのか」
複数の下っ端がこちらに向かって襲い掛かってくる。
俺は相手の腕を避けると一人を殴り飛ばす。するとボールからフシギダネ、ヒトカゲ、ゼニガメが飛び出してくる。
「フシャ!」
「カゲエエエ!」
「ゼニュウウウ!」
次々に攻撃してくる下っ端たちに3体は緑のエネルギー球、燃え盛る炎、激しい水流をお見舞いする。下っ端は吹き飛ばされて倒れる。
まだまだむかっ腹が立つから、足元に倒れた1人を踏みつけ、幹部の男に視線を突き刺す。
「トレーナー舐めてんじゃねえ」
静寂とともに注目は俺とポケモンたちに集まる。だがトレーナーたちは動こうとしない。
「ここにいるトレーナーたち、ただ黙ってポケモンが奪われるのを指を咥えて見ているつもりか?」
ロケット団を倒す姿を見せれば勝てる相手だと印象付けることができると考えていたが、それでもまだ踏み出すには足りないのか? 流石に全員を俺が倒すのは少々キツイのですが。
そう思っているとシゲルとナオキも動く。シゲルはカメール、サイホーン、エレキッドを出し、ナオキはリザード、ゴーリキー、ゴローンを出す。
「まあそうしたいならそうすればいい、彼らを僕たちの経験値にするだけさ」
「だが俺たちはこいつらをブチのめして確実にお前たちより前に進む」
俺と目が合うと2人は頷いて応じ進み出た。
ありがとうシゲル、ナオキ。しかし、彼らだけじゃなかった。
「その通りだ、ミルホッグ『10まんボルト』!!」
深みのある声で指示するのはジェントルマンのおじさん、彼のミルホッグが強力な電撃をロケット団たちにお見舞いする。黒焦げになった下っ端たちは倒れ伏した。
「真っ当に生きるトレーナー諸君、ただ黙ってポケモンが奪われるのを黙って見ているつもりか? このまま悪党に好き勝手させていいはずがない。ポケモンたちを不幸にしていいはずがない、立ち上がるのだ。目の前の悪を倒せ!」
ジェントルマンのおじさんはすべてのトレーナーに向けて叫んだ。渋みのある声が耳を貫く。それはここにいるトレーナーたちも同様なのだろう。
……ただこういう大惨事は子どもの俺の前に大人が率先して動くものではという疑問も浮かぶんだけど、今は気にしないようにしよう。ご協力感謝します。
そんじゃ俺もここで一発――
「トレーナーなら、守りたいもののために覚悟を決めろ!!」
胸を張って喉を震わせ声を張り上げた。それが合図となったのか、トレーナーたちの裂帛に気合の掛け声があちこちで響いた。
放たれたボールからポケモンたちが次々と飛び出し、見たことのないポケモンもたくさんいる。
気圧されるロケット団の下っ端たちに向かって全員が反撃を開始した。
***
ポケモンたちと共にロケット団を打倒していく。敵の数は多いが、協力してくれるトレーナーたちのお蔭でこっち側の優勢だ。
俺のポケモンたちもやる気満々といった雰囲気で技を撃っていく。
「おいサトシ、炎をうまく扱えって言っただろ」
そんな時声をかけてきたのはナオキだ。
ナオキはリザードでロケット団を薙ぎ払いながら、俺に告げたのだ。
俺のヒトカゲは頑張っている。自慢の炎でロケット団を次々に黒焦げにしていく。
「わかってるよ、俺なりにやってるつもりだよ」
「それでも足りねぇのさ、見るからに疲れてるぜ」
驚いてヒトカゲを見ると確かにヒトカゲは他のポケモンたちに比べて明らかに疲弊していた。大技の『かえんほうしゃ』を使って最初から飛ばし過ぎたか。まずい、戻すべきか。
そう思っていると、ナオキが前に出る。
「見てろよこれが本物の炎の扱いだ。リザード『ニトロチャージ』!」
「リザアアア!!」
ナオキの指示にリザードは咆哮を上げると、炎を体に纏い疾走する。火炎がまるで赤い流星となってリザードをどんどん加速させていった。その勢いのままロケット団を蹴散らしていく。
そんなリザードの攻撃を俺のヒトカゲは戦いながらもジッと見ていた。
そして、俺を見る。その目には微塵も諦めはない。不屈の炎が揺らめいていた。
「クア!」
――やれるってことだな。
ならば進もう新たな一歩を、ヒトカゲ自身も望んでいる本人の成長をトレーナーの俺が導く。
「ヒトカゲ『ニトロチャージ』!」
「カアゲエエエエエ!!」
ヒトカゲの全身が炎で包まれる。炎が安定してヒトカゲの周りで流動すると、彼は大地を蹴り上げる。
炎の塊は一直線に駆けていく。加速、加速、加速。勢い、スピードは目に見えて増幅していった。加速を重ねて行った炎は一瞬にして多くの下っ端を吹き飛ばし打倒していく。
疾駆するヒトカゲと一瞬目が合うと、彼は嬉しそうに笑って俺を見た。
――また強くなったな。
「やるじゃねぇかやっぱり面白れぇな」
ナオキの言葉で闘志がさらに燃え上がるのを感じた。
***
トレーナーたちの怒号と叫び声、ポケモンたちの気迫の鳴き声に対しロケット団の下っ端は皆はやくも悲鳴を上げて敗走モードになっている。反抗された時のための対ポケモンの武器を持たしてはいるがそれを使う暇すら無い。
最初のうちはロケット団の名前に委縮し恐怖するトレーナーがほとんどだった。無抵抗のままポケモンを奪えるはずだったのだ。しかし、最初に下っ端を攻撃した帽子の少年のせいですべてが狂った。
なぜこうも予想外のことが起こるのかなにより驚いたのが「ポケモン大好きクラブ」がいないことだ。あの連中にも確かにチケットは渡したはずだ。だが見渡してもどこにもいない。珍しいポケモンを持っている一番の狙い目がいないことに苛立つ。
(クソ、まさかこんな反撃を受けることになるとは、最初に反抗してきたガキを潰せていればこんなことには、使えない下っ端共めが。仕方ない、ここは一旦逃げて体勢を立て直すしかない)
混沌と化したパーティ会場から脱出しようとした時、何かが自分の体にぶつかりその衝撃で幹部は思いっきり床に倒れてしまった。
美麗なドレスに身を包む2人はまぎれもなく美少女だ、だがロケット団幹部はその2人の少女からは背筋が凍るほどの恐怖しか感じない。
「幸せな時間だったのに、あなたたちのくだらない計画のせいで……」
「よくも乙女心を弄んでくれたわね」
地の底から出てくるような声で2人の美少女は暗黒に染まった視線を向けてくる。
「せっかくオシャレしてきたのに……」
「サトシとダンスしたかったのに……」
「「全部ぶち壊しにしたあなた(あんた)は許せない!!」」
フシギソウの『はっぱカッター』、バタフリーの『むしのさざめき』、ピッピの『コメットパンチ』、ニドリーノの『みずのはどう』、スターミーの『サイコキネシス』がロケット団の幹部の男に直撃し吹き飛ばされた。
「ぐぅ……」
痛みにうめいていると別方向から近づく気配、見上げるとそこには赤いドレスを身につけたとても大きく膨らんだ胸の少女がいた。
しかし、そんな大きな胸よりも彼女の目を見て固まった。
「こぉの外道!」
憤怒に染まった双眸で叫ぶ少女、その感情に呼応するように傍らのガーディも犬歯をむき出しにして唸る。
「よくも兄貴との時間をおおおおおお!! ガーディ『かえんぐるま』!!」
ガーディは人吠えすると全身に炎を纏い走り出す。それに合わせてガーディの炎は回転し勢いが増大していく。
幹部に直撃、しかし、勢いは止まらず周りにいる下っ端たちを的確に狙ってなぎ倒していった。
「はははははは!! いいっすよお! どんどん蹴散らすっす!!」
「私たちも行くわよお!!」
「ロケット団覚悟しなさあい!!」
哄笑するユウリに並んでカスミとリカは暗い笑みを浮かべながらポケモンたちとともにロケット団への容赦ない攻撃を行い殲滅していった。
パーティ会場のある一角で起こったその惨劇に多くのトレーナーが恐怖することになる。
その中にマサラタウン出身のトレーナーの男の子たちがいたとかいなかったとか。
***
サントアンヌ号の外で慌てている3人組がいた。
「早く逃げるわよ」
「くそうあのジャリボーイはまためちゃくちゃしてくれるな」
「ニャーがボスのペットに戻る日は遠そうだにゃ」
ムサシ、コジロウ、ニャースは船からゴムボートを下ろし、急いで飛び降りた。
華麗に着地すると、オールを持って全速力で漕いでゴムボートを進めた。
「「「逃げられたけどやな感じー」」」
夜の海の中ゴムボートは闇に溶けて行った。
***
ロケット団の襲撃からおよそ1時間後、パーティ会場には倒れたロケット団たちだらけだった。焦げた匂いや草ポケモンの香りなどが入り混じっている。肩で息をするトレーナーたちの顔には疲労が溜まっていた。
しかし、勝利した。俺たちトレーナーはロケット団に反撃しポケモンを奪われることなく勝利することができた。
船は沖に出ていて周りは一面海、ロケット団が俺たちを逃がさないためにしたことだろう。
遅ればせながら警察がサントアンヌ号に到着した。
乗客の誰かが通報したが、船が沖に出てしまったため追いつくのに時間がかかってしまったようだ。
ジュンサーさんを始めとした警察官たちが次々に乗り込むとロケット団たちを捕縛していった。その様子を見てトレーナーたちは緊張の糸が切れたのか座り込む人たちが続出した。本物の悪党と対峙するなんて初めてだったんだろうな、仕方ないさ。
そう言えば連行された連中の中にあの3人いなかったな。うまく逃げたみたいだ。
しばらくしてサントアンヌ号はクチバシティの港に戻ることになった。ちなみに船長は縄でグルグル巻きにされて気絶していた。
「ロケット団を退治してくれたトレーナーの皆さん、感謝します」
敬礼して感謝を述べるジュンサーさんはロケット団を連行して去って行った。
「ふ、悪は栄えないということさ。どこに現れても僕のような正義の使徒に打ち砕かれる運命なのさ」
「「「「「「いいぞいいぞシゲル!!!」」」」」」
「それじゃあ愛しの友たち、僕は今夜休んで出発するよ、Good Night」
いつも通りのキザな台詞とともにシゲルはお姉さんたちとポケモンセンターに歩いて行った。
見送るとナオキが話しかけてきた。
「俺はこのまま行くぜ、そろそろ次のジムに挑戦したいからな」
「サトシ、次会ったらバトルだ」
「ああ、受けて立つ」
「リカもカスミもこいつを見張ってろよ」
「言われなくても」
「うん、しっかり見てる」
「みなさんではまたいつか、お元気で!」
ユウリちゃんが元気に手を振ってくれたので俺たちも手を振って見送ることにした。
「置いてくぞ」
「兄貴待ってくださーい」
先に進んだナオキを追ってユウリちゃんも走って行った。
***
シゲルもお姉さんたちもナオキもユウリちゃんも立ち去り、港に残されたのは俺たちだけだった。
「あーあ、夢の豪華客船は幻に消えたわ」
残念そうに海を見つめるカスミ。
「本当に夢みたいな時間だったのにな」
美味い豪華な料理を味わえたから俺はそれで満足するさ。
「サトシと踊りたかったなぁ」
「せっかくこんな綺麗なドレス着たんだし、思い出作りくらいしたかったわ」
笑っているがそれは寂しい顔で、残念そうに呟く2人。
気の利いた言葉一つかけてやれない自分を殴ってやりたくなる。2人の本気の気持ちに対してくだらないこと考えて自分を正当化するなんて最悪だ。そんな最悪で最低な男になりたくない。だったら俺はリカとカスミに言ってあげる言葉は一つだ。
「じゃあ、踊るか」
「「え?」」
「別に豪華客船じゃなくても踊れるだろ、それに――」
こんな言葉をかけるなんて恥ずかしいし、俺らしくない気もする。だけど、そんな見栄とプライドなんか捨てて2人に喜んでほしかった。だからはっきりと2人の顔を見て言う。
「俺も2人と踊りたいんだ」
一瞬目を見開いたリカとカスミは次の瞬間には彼女たちに似合う明るい喜びを表した笑顔になった。
美麗なドレスに身を包み月明かりに照らされている2人の少女は幻想的でとても美しく見えた。
近くの森で踊ることにしたものの、俺はダンスなんてしたことがない。手探りでもリカとカスミをがっかりさせないようにしないといけないよな。
「BGMくらいはほしいけど、仕方ないな」
「そうね、でもなんとかなるわよ」
「踊れればそれでいいもん」
ワンツーワンツーのリズムでいけばなんとかなるか?
そう思って手を伸ばそうとしたその時、ピカチュウがボールから飛び出した。
驚いているとピカチュウは森の茂みの奥に消えてしまった。
「おいピカチュウどこ行くんだ?」
木々の方へ声をかけてしばらくするとピカチュウは戻ってきた。
たくさんのポケモンを引き連れて。
「このポケモンたちは?」
「ピカ、ピカピカチュウ」
ピカチュウが小さい腕を振った瞬間、森の木々の音をかき消すほどの大合唱が始まった。
音色は最初はバラバラだったが次第に一体となり心地よいメロディが響き渡る。
「みんなもしかして私たちのために歌ってくれてるの?」
リカと同様に俺も驚いた。カスミもだ。
「ピカチュウがみんなにお願いしてくれたのか?」
「ピカチュウ!」
ピカチュウが胸を張って頷いてくれた。
すると次の瞬間俺たち3人のすべてのモンスターボールからすべてのポケモンたちが飛び出してきた。
そして響く歌声に同調して歌い始めた。
みんな俺たちのためにここまでしてくれるのか。
「ありがとうピカチュウ、みんな」
「みんなの気持ち無駄にしないから」
リカとカスミが感動に打ち震えながらみんなに礼を述べ、俺の方に向いた。
そうだな、みんな頑張ってるんだ。俺たちも頑張らないとな。
まず俺はリカの手を取った。予想通り俺のステップは拙い、だけどリカは俺に合わせて動いてくれた。
次はカスミの番だ。踊っているうちにカスミがリードしてくれる踊りになってしまった。
それから交代しながら俺たちは踊り続けた。ポケモンたちの優しい歌をバックに俺たちは高鳴る胸と共に暖かい時間を過ごすことができた。
アニメのような沈没と遭難は無しにしました。無事に陸路に戻って旅を再開します。
巨大ポケモンの島は書くかはわかりません。
今回はヒロインたちのドレス姿を描けているかを頑張りました。
次回もよろしくお願いします。