サトシに憑依したので冒険してみようと思う(改題)   作:エキバン

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2月に更新できなくて申し訳ないです。
今回の話は人によっては不愉快になるかもしれません。


秘密の花園 タマムシジム

「着いたわ!」

 

「着いたよ!」

 

「「タマムシシティ!!」」

 

カスミとリカが弾んだ声を上げた。

 

目の前に広がるのは様々な色を持った世界だ。

タマムシシティ。そこは、食、カルチャー、ファッション、芸能といったあらゆるジャンルにおいて流行の最先端をいくカントー随一の大都会。

カントー中の若者はこの都市に憧れ、この都市に住むことを夢見て、それができないとしてもこの都市の最新の情報を手にすることが自分のステータスを上げるために必要なことだと認識している。

 

「わあ、すっごい人がたくさん!」

 

「ずっと来たかったのよね、お洋服とかアクセサリーとか見てみたいわ!」

 

リカとカスミは目を爛々と輝かせてくるくると回りかねない勢いで街並みを見渡していた。

見上げれば高いビルが視界を埋め尽くすほど存在している。そのビルの中にはきっと多くの大人たちがせっせと仕事に汗を流して世の中をより良くするように頑張っていることだろう。

 

街には車の音や歩く人たちの声が響いている。その喧騒はどこか気分を高揚させてくれる。

華やかな大都会を堪能したい気持ちもあるが、なによりこの街には目標の場所がある。

 

「ここにはタマムシジムがあるからな、早くバトルしたいな」

 

「そうだね、それにエリカさんにも会ってみたいし」

 

「エリカさん?」

 

はて、どこかで聞いたことあるが誰だったか?

 

「サトシ知らないの?」

 

「タマムシジムのジムリーダーですごく綺麗な人なんだよ。草タイプのエキスパートで、カントーで和服の似合う女性トレーナー堂々の第1位にも選ばれてるんだよ」

 

カスミが呆れてリカが説明してくれた。

あー確かそうだったな、ゲームでは4番目のジムリーダーの人だったな。和服着て昼寝するお嬢様のイメージだけは覚えてる。

相当な美人ということか、それは別の意味でも楽しみだな、おっと、邪な感情を悟られないように平常心平常心。

 

 

嬉しいことに、リカとカスミら街を周るよりも先にジム戦を優先させてくれた。

2人ともありがとう、買い物には荷物持ちを精一杯やらせていただきます、敬礼!

俺たちは地図の案内に従って街中を歩くと目的の建物に到着した。

看板もあるし間違いない。

 

「ここがタマムシジムか」

 

ビニールハウスを思わせる大きなジムだった。クチバジムよりも広く、中を見ると木がたくさん植えられているのが見えた。

草タイプの住みやすい環境という事か。

 

するとジムの扉が開いくと人が出てきた。

3人とも女性でまるでモデルのような美人たちだった。

 

「すいません、タマムシジムに挑戦しにきた者ですが」

 

緊張しながらも俺は彼女たちに話しかけた。

女性たちは一瞬驚いた顔をするとすぐに微笑んで口を開いた。

 

 

「タマムシジムへようこそ。でもごめんなさい、タマムシジムは女性の挑戦しか受けないことにしてるの」

 

「そんな決まりがあるなんて……」

 

カスミは驚きが隠せないようだ。同じジムリーダーとして思うところがあるのだろうか。

 

「ジムにも独自の特色があっていいと思うの、このタマムシジムは女性トレーナー限定のジムとして運営しているの」

 

確かに世の中には男子校や女子高も存在し、それぞれにしかない特色がある。

このジムもなにかしらの目的があって女性だけのジムとしているのだろう。それを否定するなんてできないよな。

 

「じゃあ、リカだけ受けようぜ」

 

「サトシ……」

 

「規則は規則だ、仕方ないよ。俺は応援してるからさ」

 

そう言ってあることに気づく。

 

「観戦も男はダメですか?」

 

「残念ですが」

 

やはり男がジムに入ること自体が禁止のようだ。

悔しいが仕方ない。

俺はアイコンタクトを送るとリカも納得したように頷いた。

 

「わかりました、マサラタウンのリカ、ジム戦を希望します」

 

「承りました、ですが申し訳ないです。今ジムリーダーのエリカ様は外出中でお帰りはしばらく後です。なので予約という形でよろしいでしょうか?」

 

リカは肯定を示すと予約の手続きを終えた。

 

 

 

「ジム戦の時間までタマムシシティ見て回ろうぜ」

 

「そうね、私行きたいスイーツのお店があったの、行きましょう」

 

 

カスミの行きたいお店に行こうとしたその時、ガサガサと草むらが揺れた。

そこから葉っぱが現れた。

 

「ナゾノクサ?」

 

リカの言うように、それはナゾノクサだった。

ナゾノクサは倒れたままで、立ち上がれない様子だ。よく見るとところどころに傷があった。

 

「怪我してるのか、大丈夫か?」

 

弱弱しい声のナゾノクサ、ポケモンセンターまでは遠いし一刻も早く治療しないといけないと思い、俺は自分のバッグに手を入れて目的のものを探した。

 

取り出したのはキズぐすり、それもより高い性能のいいキズぐすりだ。

 

「ほら染みるかもだけど我慢してくれ」

 

俺はナゾノクサにいいキズぐすりを振りかけた。ナゾノクサは俺の言葉が通じたのか染みるようだが我慢してプルプルと耐えてくれた。

 

しばらくすると、ナゾノクサは少しずつ顔色が良くなってきた。頭の葉っぱも次第に大きく広がり瑞々しい様子だ。

さらにしばらくすると、ナゾノクサは目を見開き立ち上がると嬉しそうにピョンピョンと飛び跳ねた。

 

「これで大丈夫なはずだ」

 

「ナゾナゾ~」

 

ナゾノクサは俺の足に近づき嬉しそうに頬ずりをしてくれた。足には柔らかい感触があってなんとも心地いい。

 

このままいるのもいいが、ナゾノクサは自然に帰さないとな。

俺はナゾノクサを抱きかかえると草むらに離した。

 

「もう怪我するなよー」

 

ナゾノクサは俺の言葉に応えるように一鳴きすると茂みの奥へと走って行った。

 

 

 

***

 

 

 

声がした、今度はポケモンのものではなく間違いなく人間のものだ。

 

「行ってみるか?」

 

「そうね行きましょう」

 

「なにか大変なことになってるかもだしね」

 

仲間の同意を得たことでみんなで声のした方へ歩き出した。

たくさんの木々と茂みに囲まれた場所を歩くのはなかなか苦労したが進んだ。

しばらく歩くと声が近づいて来た。そして、その先に人影がみえてきた。

美麗な和服を身にまとった短い黒髪の女性がいた。

 

「あれは……?」

 

「あれってエリカさん?」

 

和服に身を包んだとてつもない美人のエリカさんは同い年と思しき女性と向かいあっていた。

エリカさんが何事かを呟くと向かい合う女性は頬を染めて返事をしたようだ。

それを聞いたエリカさんは頬を緩めるとその細い指で女性の髪の毛を撫でた、その仕草は壊れそうなものに触れるように繊細で優しく、どこか色っぽさを醸し出していた。

それはどこかただならぬ雰囲気を纏っていて、どこか緊張感を抱かせる。

頬を染め見つめ合う2人の美女、するとエリカさんが相対する女性の顔に手を添える。

 

そのまま顔を近付ける。このままいけば唇同士が触れ合うことが分かる。

 

「なっ……!?」

 

「「ええっ!?」」

 

驚きのあまり大きな声が出てしまった。

それは当然エリカさんたちにも聞こえたようで、瞬時に反応したエリカさんは俺たちの方に鋭い視線を送った。

 

「誰ですの!」

 

完全に存在がばれてしまった俺たちは観念してその身をエリカさんと女性の前で晒すことにした。隠れていた犯人のような気分でなんとなく悪いことをした気分になってしまう。

この後逮捕とかされないよな?

 

「す、すいません、覗くつもりはなかったのですが……あの、えと……」

 

「あ、あの今のって……」

 

カスミとリカが驚きを隠せないとばかりに狼狽えていた。無理もない、美女2人がキスをしようとしていた場面というのは子供にはかなり刺激の強いものだからな。

今の俺も子供だけどな。

 

エリカさんは視線をさまよわせるリカとカスミを見ると優しく微笑んだ。

あれ、俺無視されたの?

 

「見てしまったのなら仕方ないですわね、私は彼女とキスをしようとしました。愛の証明のために」

 

「そ、それって、えっと……」

 

「ええ、私は同性愛者、女性ですからレズビアンですわ」

 

なんと、それは驚くべきカミングアウトだ。

しかし、エリカさんとそちらにおわす美女同士が絡むなど……やべえすっごく尊い。

 

エリカさんが同性愛者であることに驚いたのはリカとカスミも同じのようで、目を大きく見開いて顔を真っ赤にしていた。

おおその表情いいね可愛いね、カメラに撮ればよかった、とか思っているとリカは瞬時に顔を引き締めるとエリカさんに話しかけた。

 

「私はタマムシジムでのバトルを希望しているマサラタウンのリカといいます、こっちの2人は旅の仲間のサトシとカスミです」

 

「まあ、挑戦者でしたか、私の都合でジムを開けてしまって申し訳ないですわ。ではすぐにジムに戻りましょう」

 

驚くことがあったが大きな問題もなくリカのジム戦が始まるようだ。まあ俺は外にいるかポケモンセンターでお留守番だろうけどな。

どんなバトルだったか後で2人に聞くかな。

 

エリカさんに連れられてジムに向かうリカとカスミを見送ろうとしたその時、ガサガサと草むらが揺れた。

思わず目を向けると、そこから見知った顔が現れた。

 

「お、ナゾノクサじゃんか、もう怪我は大丈夫なのか?」

 

先ほど怪我したナゾノクサだった。

元気そうに飛び跳ねている様子を見て安心した。

可愛いから抱き上げてやろうと思い手を伸ばす。

 

バチンという音と共に手に痛みが走った。伸ばした手を叩かれたのだ。

驚いて叩いた手の主を見ようと振り返ると、それはエリカさんだった。

 

「触らないで!」

 

エリカさんは物凄い剣幕で俺を睨みつけるとナゾノクサを守るように抱きかかえた。

 

「この子は私のジムのポケモンです、男性が気安く触れないでください」

 

一瞬のことに驚いた。エリカさんの剣幕に圧されたというよりいきなりの出来事に驚いたという感じだ。

 

「な、なにをするんですか、サトシはナゾノクサと触れ合おうとしただけなんですよ」

 

リカが抗議の声を上げる。

 

「男性に触れるなど、我がタマムシジムのポケモンたちに悪影響だからです」

 

「はぁ!? それどういう意味ですか!?」

 

カスミもリカに続くように声を荒げる。

 

「私心配してますのよ? 女性のあなたたちが男性と一緒に旅をするなんて、何かあったらどうするのですか?」

 

「何かって何ですか?」

 

「男性という生き物は四六時中、女性に対してふしだらなことを考えているのですよ、あなたたちのような可愛らしい女性と一緒なんて、おぞましいことが起きるのは確実ではなくって?」

 

うぐ、否定できない。

正直、旅しててリカとカスミで卑猥な妄想をしていないなんて言えない。

 

「た、例えそんな妄想してても、サトシは女性に酷いことなんてしません」

 

「ずっと旅をしていますけど、サトシは私たちにいやらしいことなんて一度もしてないんですよ!」

 

あ、泣きそう。そんなに信頼してくれたなんて、いっつもスケベだって言われてるから嫌がられてると思ったのに2人ともめっちゃ素晴らしい女の子やん。

 

「ああ、可哀想に……あなたたちは男性の汚さを知らずに生きてきたのですね。一刻も早くその考えを捨て去るべきです」

 

エリカさんは溜息をついてカスミとリカを見ていた、その視線には憐憫が籠っているようだった。

 

「それに、男性とは弱い生き物です。威張り虚勢を張ることでしか己を表現することができないのです。だというのに、女性を自分の好きにできると思い込んでいる愚かさも持ち合わせているなど救いようがありませんわ。はっきり言って、気持ち悪い」

 

汚いものを見る目で俺を見て、吐き捨てるように言うエリカさん。

むう、M属性は持ち合わせていないのですが。

 

「タマムシジムはそんな汚らわしい男性を排した真実の愛の世界なのです。さあお二人とも、真実の愛を知るためにタマムシジムへお越しください。私が大事なことを教えて差し上げますわ」

 

エリカさんは一転して聖母のような優しい笑みでリカとカスミに手を差し出した。

 

「もう結構です。挑戦はキャンセルします」

 

その言葉にエリカさんは驚いていた。俺も驚いた。

リカはエリカさんを心の底から憎いとも言えるような目で睨んでいた。

こんな怒りを抱えたリカを見るのは初めてだ。

ちょっとちびりそう……

 

「貴女を女性の誰もが憧れるジムリーダーだって思ってたのに幻滅しました」

 

「ジムリーダーの先輩として聞きたいこともあったのにホントにがっかりしました」

 

カスミも続いて鋭くエリカさんを睨んでいた。

怖い怖い、逃げちゃダメかな?

 

「サトシは私の大事な人なんです。それを男だから汚いとか弱いとか言うなんて」

 

「サトシにはいっぱい助けられたんです。私たちにとって誰よりも信頼できる人なんです。何も知らない貴女が気持ち悪いなんて簡単に言わないでください!」

 

不意に胸が熱くなった。旅をしている仲間に「大事」とか「信頼できる」とか言われると、不思議と気分が高揚して全身に力がみなぎる気さえした。

 

「行こうサトシ」

 

「もうここに来る必要もないわ」

 

俺の手を取り、ジムに対して吐き捨てるように言い放った。

 

「お待ちなさい」

 

そんな俺たちを止めたのはエリカさんだった。その表情からは伺えないが自信のようなものを感じた。

 

「サトシさんでしたか、貴方は男性ですがジム戦を受けてもよろしいですわ」

 

「貴女たちがそこまで仰るのなら、証明して差し上げますわ。男がいかに弱く情けない生き物なのか」

 

見下すように俺を見るエリカさんには絶対の自信を感じた。

それに対しカスミとリカは不快感を露わにしていた。

 

「なんて言い草、サトシ、受けることないわよ」

 

「そうだよ、他のジム行こうよ」

 

2人は俺のことを考えてくれている、だけど――

 

「わかりました、挑戦させてください」

 

「「サトシ!?」」

 

「あら、逃げないんですの? それとも無謀な性格なのでしょうか? いいですわ、どうぞお入りなさい」

 

「サトシ……」

 

「あんたどうして……」

 

心配そうに見るリカと、呆れるようなカスミ。

俺のために怒ってくれるのはすっごく嬉しいし感謝してる。

 

「せっかく特例で機会を貰ったんだぜ、挑戦しないともったいないよ。それに……」

 

俺はエリカさんが入ったタマムシジムを見上げる。

 

「ポケモントレーナーなら勝負から逃げるわけにはいかないんだ」

 

どんなに罵られようと、胸に湧き上がる高揚感、バトルへのワクワクはいつも通りだ。

俺はエリカさんとのジム戦を楽しみにしている。

だったらその気持ちに従うだけだ。

 

 

 

***

 

 

 

エリカが女性を恋愛対象とするようになったのは10歳になった時だ。義務教育である小学校を卒業したエリカは旅に出る前に上の学校に進学した。

女子高に進学したエリカは恋愛感情をその場で理解した。

女生徒だけでなく、時には女性教師の恋人も作るようになった。

優雅で美麗な女性と接するうちにエリカは男という生き物に嫌悪感を抱くようになった。

臭くて汚くて女性を下劣な欲望で見る生き物としか見れなくなった。

 

女子高を卒業してトレーナーとしての腕を磨いていったエリカは、故郷であるタマムシジムのジムリーダーを任されるようになった。

 

その頃のタマムシジムは男性の挑戦も受け入れていた。神聖なジムバトルだけは女も男も関係ないと思っていたからだ。

 

 

 

しかし、タマムシジムのトレーナーはエリカを筆頭に女子高を卒業した実目麗しい女性トレーナーばかりだ。それは訪れる男たちにとっては下卑た欲望の格好の的だ。

ジムを訪れてもバトルはせずに女性トレーナーを口説き落とそうとしたり、無理やり体に触れようとする輩が増えた。

まだセキュリティが万全でない頃は、ジムを窓から覗きながら口にするのも汚らわしい行為に耽っている輩もいた。

夜中にジムを出て自宅に戻ろうとすると、襲われそうになった女性もいる。

不届き者たちはみんなジュンサーさんに突き出したが、タマムシジムの女性トレーナーたちには深い傷が残った。その傷を互いに慰め合う内に女性の清らかさ、美しさを改めて自覚したエリカを始めとした女性トレーナーたちは皆一様に女性だけが恋愛対象となった。

女性の悩みや苦しみを理解できるのは同じ女性だけ、男なんかに介入されるなど汚らわしい。

エリカにとってトレーナーたちにとって、愛とは女性同士で育むもの。時に体を交えて快感と共に深く深く愛し合う。

 

それから間もなく、タマムシジムは所属トレーナーも挑戦者も女性に限定した。

男はもういらない。タマムシジムは清らかで美しき女性だけの理想郷、美しき花園なのだ。

 

挑戦してきた少年も、まだ子供とはいえ欲望にまみれた臭くて汚い男に違いない。そう思って憎悪を持って力の差を見せつけてやるつもりだ。

 

 

 

***

 

 

 

エリカに案内されサトシ一行はタマムシジム内のバトルフィールドに到着した。

フィールドに対峙するサトシとエリカ。サトシの後ろにリカとカスミが、エリカの後ろにはジムトレーナー達が応援として立っていた。

 

「さあ、お相手して差し上げますわ。みっともないバトルだけは――」

 

その時、エリカの背筋にビリビリとしたものが走る。

サトシの目は先ほどとは違いどこか鋭く、目が合った瞬間に射抜かれたように錯覚した。

 

年下のそれも男から感じるプレッシャーに驚いたエリカは気を引き締めてバトルするべきかとエリカはほんの少し認識を改める。

 

「只今よりジムリーダーエリカ様とチャレンジャーサトシのジムバトルを開始します。使用ポケモンは3体。3体すべてが戦闘不能になった方の負けです。なお交代はチャレンジャーにのみ認められます。それでは試合開始!」

 

審判の宣言によりバトルが開始される。

 

「お行きなさい、モンジャラ!」

 

「ヒトカゲ、君に決めた!」

 

「モンモン!」

 

「カゲェ!」

 

全身が蔦で覆われた草ポケモンのモンジャラだ。蔦の中心には2つの目がありヒトカゲを睨んでいる。

 

「セオリー通りの炎タイプですわね」

 

「先手必勝、ヒトカゲ『かえんほうしゃ』!」

 

「カゲエエエ!!」

 

ヒトカゲから炎が発射される。

 

「避けなさい」

 

「モン!」

 

モンジャラは左右に素早く動いて『かえんほうしゃ』を回避する。そのままヒトカゲに向かって走り出した。

 

「結構速い」

 

サトシは見た目によらないモンジャラのスピードに舌を巻く。

 

「モンジャラ『つるのムチ』ですわ!」

 

モンジャラは全身が蔓のポケモン、その分『つるのムチ』の数も普通の草ポケモンよりも多い。

大量の蔓がヒトカゲに襲い掛かる。『かえんほうしゃ』は間に合わない。

 

「『きりさく』で全部薙ぎ払え!」

 

「カゲカゲカゲカゲカゲカゲェ!!」

 

ヒトカゲは両手の爪に力を込めて迫る大量の『つるのムチ』を次々と切り裂いていく。

だがそれでも蔓はヒトカゲが間に合わないほどの量だった。

 

「捕らえなさい」

 

「モンモン!!」

 

モンジャラの蔓がヒトカゲの全身に巻き付いて行く。

 

「カ、ゲェ……」

 

ヒトカゲは完全に拘束されて苦しそうに呻く。

 

「『しぼりとる』ですわ」

 

モンジャラがさらに強くヒトカゲを締め上げると、ヒトカゲからエネルギーが漏れ出てくる。

 

「体力が多ければ多いほど威力が増す技ですわ。今までモンジャラの攻撃を受け切ったと安心していたようですわね」

 

エリカは薄く笑い、サトシは歯嚙みする。

ここまでずっとエリカのペースだ。

 

「そのまま『ギガドレイン』」

 

モンジャラが拘束するヒトカゲから体力を吸い取っていく。

炎タイプには効果がいまひとつな草タイプの技だが、至近距離で抵抗のすべない状況ではダメージがどんどん蓄積していく。

 

「このまま体力を吸い尽くしておしまいなさい」

 

拘束されているヒトカゲは黙ってやられてはいなかった。ジリジリと顔を動かしてモンジャラに向けて口を開けた。

 

「口に巻きつきなさい」

 

しかしエリカは見逃さない、口から炎を吐き出そうとしたヒトカゲの口にさらに蔓が巻き付いていた。

 

「これで炎は封じましたわ」

 

これでヒトカゲは手も足も出せなくなった。

エリカは内心ほくそ笑んでいた。ここまで予想通りにバトルが進み拍子抜けしたくらいだ。

 

(やはり男などこの程度ですわ)

 

しかし、サトシの顔に焦りはなかった。

 

熱気。

その時、ヒトカゲの全身が激しく燃え上がった。

 

「きたか!」

 

「なっ!?」

 

「ヒトカゲ『ニトロチャージ』だ!」

 

「カアゲエエエ!!」

 

ヒトカゲは拘束されたまま全身に炎を発生させモンジャラも包み込んだ。

 

口を開かないといけない『かえんほうしゃ』に対し、『ニトロチャージ』は炎を全身に纏うため使用が可能だ。しかも、ヒトカゲを蔓で拘束しているモンジャラは全身を密着させている状態であるため、その炎を直に喰らうことになる。

 

「モジャモジャ!?」

 

モンジャラは炎の熱さに驚きながら走り回る。

拘束が解かれたヒトカゲはすぐに立ち上がって構える。尻尾の炎も力強く燃えている。

 

モンジャラの体の炎が消えた。

エリカは瞬時に動き出す。

 

モンジャラは再び『つるのムチ』でヒトカゲを捕えようとする。

蔓を回避しながら走るヒトカゲ、その疾走は明らかに先ほどよりもスピードが増していた。

 

「先ほどの『ニトロチャージ』!?」

 

『ニトロチャージ』にはポケモンの素早さを上げる追加効果がある。この技は先日のサントアンヌ号でリザードを相棒とするナオキに教えてもらったものだ。まだまさ修練を積んでいた技だが、ヒトカゲは見事に発動させてくれた。

上昇した加速を持ってヒトカゲはモンジャラに迫る。

 

「決めろ『かえんほうしゃ』!!」

 

ヒトカゲのスピードにモンジャラはついていけない。その隙を逃さないヒトカゲは火炎を発射する。

 

モンジャラは猛烈な火炎に包まれてしまった。

そして、炎が消えると黒焦げになって倒れてしまった。

 

「も、モンジャラ戦闘不能、ヒトカゲの勝ち!」

 

「やったぜヒトカゲ!」

 

「やった、サトシが一勝!」

 

「いいわよサトシ!」

 

 

 

***

 

 

 

ジムトレーナーの女性たちは驚愕の表情でサトシを見ていた。

 

「そんな、エリカ様が先手を取られるなんて……」

 

「あの男、結構やるわね……」

 

「……」

 

「どうしたの? 顔赤いよ?」

 

「え、あ、なんか熱い、かな……? ヒトカゲの炎で熱くなったのかも」

 

そう言いつつも、なんとなく感じていた。その熱は外側ではなく内側から出ているものなんだと。

だけど、認めたくない自分がいた。

 

 

 

***

 

 

 

(驚きましたわ……)

 

先手を取られるとは思わなかった。タイプ相性に頼って無様なバトルをすると思っていたのに完全に予想が外れた。

 

「戻れヒトカゲ」

 

ヒトカゲがボールに戻った。

 

「ゆっくり休んでくれ」

 

交代はチャレンジャーの自由だが、エリカはなんとなく聞きたくなった。

 

「……もう戻しますの?」

 

「ええ、今のバトルでかなりダメージを負いましたからね、休ませた方がいいですよ」

 

「……そうですか」

 

意味のない質問だったと思った。しかし意外だった。

エリカの知る男はポケモンのダメージなんて無視して戦いを強要する野蛮人、思いやりなんて欠片もない、そんな非常識な生き物。

だからこそサトシの態度がそんな男共と一致しないことに僅かに戸惑った。

それでもエリカはジムリーダー、こんなことで心を揺らしてバトルに支障をきたすわけにはいかない。

次のボールを構えた。

 

「お行きなさいウツドン!」

 

「スピアー、君に決めた!」

 

「ウッツドン!」

 

「スピ!」

 

エリカが繰り出したのは大きな口と両手の葉、フックのような一本の蔓を持つウツドンだ。

サトシはスピアーのスピードで翻弄する作戦に出た。

 

「スピアー『こうそくいどう』!」

 

羽が音を立てるほど振動しスピアーは加速を重ねていく、これでスピアーの素早さは大きく上昇した。

針を構えてウツドンへ攻撃を仕掛ける。

 

「ウツドン『クリアスモッグ』!」

 

「ドン!」

 

ウツドンの口から透明な煙が放射された。煙はウツドンの周りに広がり上空にまで行き渡る。

スピアーがその煙に触れた瞬間、ガクッとその動きが鈍った。

 

「なに!?」

 

能力変化をすべて無効化する毒タイプの技、スピアーには効果はいまひとつだが、せっかく上昇したスピードは喪失してしまった。

 

「捕えなさい!」

 

ウツドンの蔓がスピアーの体に巻きついた、一本しかないウツドンの蔓だが、一本のパワーは強力だ。スピアーはじたばたともがくが拘束はほどけない。

 

「そのまま叩きつけなさい!」

 

ウツドンが思いっきり蔓を振るうと、捕えられたスピアーは地面に衝突する。

 

「逃げろスピアー!」

 

「逃がしませんわ、『ギガドレイン』!」

 

ウツドンが捕えたスピアーから体力を吸い取って行く。ジワジワとスピアーは抵抗の動きが鈍って行く。

 

「逃げられない、離れられない……だったらこのままぶつかるだけだ!スピアー『つばめがえし』!」

 

サトシは攻撃を選択した。逃げられないならこっちから仕掛け状況の打破を狙う。しかし、エリカは冷静に対処した。

 

「もう一度地面に叩きつけなさい!」

 

再び地面に全身を打ち付けるスピアー、しかし、技の発動は間に合った。

すぐに起き上がったスピアーは瞬時に加速を決めて低空飛行でウツドンに接近した。

 

『つばめがえし』が必中の技なのはその速さ故だ。使用したポケモンのスピードを最大まで上げて相手のポケモンに逃げる隙を与えない。

スピアーの高まったスピードはエリカが指示を出す前に、ウツドンが蔓で振り回す前に、技を決めさせる。まさに電光石火の早業だ。

 

飛行タイプの一撃はウツドンには効果抜群、大きなダメージを受け痛みに耐える表情、しかし蔓を離さないのはジムリーダーに育てられたポケモンの実力を物語っている。

だがサトシにはこれでよかった。

 

「飛べスピアー!」

 

指示を受けてスピアーは飛翔した。全力の飛翔は瞬時に最大のスピードを出した。

空高くを舞い上がるスピアー、それに巻きつくウツドンは引っ張られるように共に上昇してしまった。

 

「そのまま旋回しろ!」

 

スピアーはウツドンが乗る重さも気にしていないように円を描くように周り飛び続ける。

意に反して空に連れてこられたウツドンは蔓でスピアーにしがみついたまま、絶叫マシンさながらの勢いで空をグルグルと回らざるをえなかった。

目を回したウツドンは力が抜けてスピアーから蔓を離してしまった。重力に引かれてその体は落下してしまう。

地面と激突するウツドン、大きな怪我はないがバトルとしてはかなりのダメージを負ってしまい、その目ははグルグルと回っていた。

 

「う、ウツドン戦闘不能、スピアーの勝ち!」

 

 

 

***

 

 

 

「エリカ様が追い詰められてるなんて……」

 

「とんでもないバトルするわねあの子」

 

「あのスピアーも、トレーナーの指示を信じてるみたいで、なんかすごいな……」

 

「あんなバトルする男がいたなんて……」

 

 

エリカは現状に屈辱感を抱き歯嚙みしていた。

自分の二連敗、こんなことは数年ぶり、ましてや今まで男の挑戦者に対してここまで追い詰められたことなんてなかった。たいていの男は慢心と油断で簡単に勝つだろうと高を括り、容易く状態異常に引っかかり慌てて正常な判断ができなくなりそのままズルズルと敗北への穴へと落ちる。

目の前の男もそんな連中と同類に違いないと思っていた。見るからに少年で性格もお調子者、2人の旅の仲間に邪な感情抱き汚らわしい想いを募らせバトルの鍛錬などまともにしていないはずそう思っていた。

だが男のバトルには油断が無い、冷静に状況を分析し戦略を潰されても瞬時に次の判断を下す。

本当に彼は自分が知る弱くて情けない男なのか。

 

トレーナーとしての腕、バトルを取り組む姿勢、冷静な判断。

自信に満ちた顔は決して慢心ではなく、ポケモンへの信頼が強いように思えた。

 

その誇り高いとも言える清廉な姿は――

 

「っ!」

 

エリカはハッとして思考を振り払い、バトルへの集中を取り戻す。

 

「ここまで私のポケモンに勝利したその実力は認めましょう。次が私の最後のポケモン、ですが私は負けるつもりはありませんわ。お行きなさいラフレシア!」

 

エリカの最後のポケモンは頭に大きな花を咲かせたラフレシアだ。

満開に美しく咲き誇った花はラフレシアの強さを物語っているようにも見える。

 

「スピアー『ダブルニードル』!」

 

飛び上がったスピアーは両腕の針で狙いを定めて突進する。

 

「かわすのですわ!」

 

ラフレシアはスピアーのスピードを見切り回避、そして次の行動。

 

「ラフレシア『ちからをすいとる』!」

 

ラフレシアから放たれた緑の光にスピアーが捕獲された。すると、ラフレシアはスピアーからなにかしらのエネルギーを吸収していた。

数秒後、スピアーは開放された。

 

(体力が削られた様子はない、だがあのラフレシアは体力が回復したみたいだ。今の技はいったい?)

 

スピアーの攻撃が明らかに先ほどよりも下がっていた。

 

「『ちからをすいとる』は相手の攻撃力を吸収して体力を回復させる技ですわ。あなたのスピアーは攻撃が自慢のようですが、その攻撃も削らせていただきました」

 

「だったらスピードで攻める。スピアー、『こうそくいどう』で攪乱するんだ!」

 

「ならばこれはいかがです? ラフレシア『しびれごな』!」

 

ラフレシアの頭の花から黄色い粉が吹き上がる。

放たれた粉はスピアーであれば回避に支障はないほどの速度だが、驚くべきはその粉の範囲の広さだ。フィールド一体を覆うほどの大量の『しびれごな』は、高速で動くスピアーがどこに移動しても躱しようがなく、浴びてしまった。

素早さを大幅に下げてしまう『まひ』となってしまった。

スピアーの自慢のスピードも封じられることになる。

 

「『はなふぶき』!」

 

ラフレシアから放たれた花弁の嵐がスピアーに襲い掛かる。回避行動が当然の判断だ。

だがスピアーは小刻みに震えるだけで動こうとしない、いや、動けないのだ。

 

「痺れて動けないのか」

 

『まひ』状態のもっとも恐ろしい要素が痺れで行動不可になってしまうことだ。

サトシとスピアーは運悪くその行動不可を引き当ててしまった。

 

「とどめです、『はなふぶき』!」

 

「ラッフウウウ!!」

 

舞い上がる花弁、その様子は可憐で優美、そしてその内には激しい攻撃の意思が存在していた。空を埋め尽くすほどの花たちはスピアーに強襲する。

 

大量の花弁の衝突を受けたスピアーは吹き飛ばされ倒れてしまった。

 

「スピアー戦闘不能、ラフレシアの勝ち」

 

審判の宣言の瞬間、ジムトレーナーの女性たちから黄色い歓声が上がる。

 

「エリカ様激しいです」

 

「あんなエリカ様初めてです」

 

「お熱いエリカ様も素敵です」

 

ようやく一勝をもぎ取ったエリカはここから自分のペースに持って行こうと気を引き締める。

 

(認めるわけにはいきませんわ、目の前の男のことを――『美しい』と思ってしまったなんて!)

 

 

 

***

 

 

(あのラフレシア強い、タイプ相性で攻めるのがベストか?)

 

熟考した末のサトシの結論は、

 

「ヒトカゲ、君に決めた!」

 

「カゲェ!」

 

現れたヒトカゲはモンジャラとのダメージは残っているが闘志は十分だった。

 

「ラフレシア『ちからをすいとる』!」

 

ラフレシアから出てきた緑の光がヒトカゲに迫る。

 

「かわして『きりさく』!」

 

素早く回避したヒトカゲは腕を大きく振り上げて爪で攻撃を仕掛ける。

 

「ラフレシア『はなふぶき』ですわ」

 

「ラッフ!」

 

ラフレシアはヒトカゲに向かって花弁を放つ。その時、花弁が集まりヒトカゲに襲い掛かる。

ヒトカゲは怯まず両腕の爪で花弁を打ち払い、ラフレシアの元まで向かおうとする。

しかし、花弁が次々とヒトカゲの行く手を阻む。

 

「これは、『はなふぶき』が防御しているのか」

 

それはまるで花の盾、打ち払っても尽きることのなくラフレシアの身を守る。

 

「ヒトカゲ『かえんほうしゃ』で焼き払え!」

 

物理攻撃で破壊できないのなら相性の良い炎技、適切な判断だ。

猛烈な火炎が花弁を焼き尽くすと――

 

「ラフレシア『ベノムショック』!」

 

ヒトカゲが大技を放ったあとの一瞬の隙をエリカは逃さない。ラフレシアから毒のエネルギーが放たれ、ヒトカゲに襲い掛かった。

そのままヒトカゲは吹き飛び倒れた。

 

「ヒトカゲ戦闘不能、ラフレシアの勝ち!」

 

「これでチャレンジャーは残り1体、エリカ様が追い詰めたわ!」

 

「すごいバトルね、こんなの久しぶり!」

 

「エリカ様をここまで本気にさせるなんてあのサトシって子、なかなかやるわね」

 

「若いのにすごくポケモンたちが育てられてるなんて何者なの?」

 

「こんな男がいるなんて……」

 

エリカの凛々しいポケモン捌きに見惚れる女性トレーナーたちはエリカを賞賛しながらも挑戦者のサトシにも驚きを隠せないでいた。

自分たちが初めて見る存在は彼女たちの何かを揺さぶっている。

 

「次があなたの最後ですわね」

 

「ええ、だけどバトルを諦めませんよ。次も俺の自慢のポケモンなんですからね。ニドリーノ、君に決めた!」

 

「ニドォ!」

 

大地を強く踏み締めるニドリーノは鋭い目で相手を睨んでいた。

 

「勢いがあるのはいいですが、ヒトカゲを最後に残すべきでしたわね」

 

強きに言ったもののエリカは焦りを感じていた。自身が最後の1体になるまで追い詰められられていることと、サトシのポケモンのことだ。

ジムリーダーとして多くのポケモンを見てきたがサトシのポケモンは間違いなくよく育てられている。最後のニドリーノも精悍な顔立ちで鍛えられた体だ。油断すれば一瞬で勝負が決してしまう。

 

「ニドリーノ『どくづき』だ!」

 

「ニド!」

 

先にサトシが動いた。ニドリーノの角による『どくづき』でラフレシアに仕掛ける。

 

「かわして『ちからをすいとる』ですわ!」

 

「ラフゥ!」

 

「『みずのはどう』!」

 

ラフレシアの緑の光が放たれた直後にニドリーノから発射された水の音波は空気中で弾けて降りかかり、ラフレシアは水を浴びるが一瞬視界が塞がれる。

視界が回復したころにはニドリーノは距離を取っていたため、『ちからをすいとる』は不発となった。

 

「『どくづき』!」

 

「『はなふぶき』!」

 

大量の大きな花弁がラフレシアから生み出され、ニドリーノの前に立ち塞がる。

毒を纏った角が花弁を打ち落としていく、だが数が多すぎる。ニドリーノがいくら払っても払っても花弁はラフレシアまでの道を塞ぐ。

 

守りの壁が牙を剥いた。

 

ニドリーノの周りで妨害していただけの花弁が次々と襲いかかってくる。

 

「なに!?」

 

「この技は本来攻撃技ですわ、お忘れではなくって?」

 

ニドリーノは動きを封じられた。

 

「ニドリーノ『みずのはどう』!」

 

ニドリーノは発生させた水を地面に叩きつけた。

多量の水流がニドリーノを包み、ラフレシアの『ちからをすいとる』も阻まれた。

水を浴びたことでニドリーノに張り付いていた花弁は剝がれた。これで自由に動くことができる。

 

しかし、花弁の盾の突破しなければバトルを有利に進めることはできない。

 

(成功する確信はないけど、一か八か勝負だ!)

 

決断。

 

「ニドリーノ『ドリルライナー』!」

 

「ニッドォ!!」

 

ニドリーノは疾走し角を高速回転させ『はなふぶき』の盾に激突した。

 

「その程度の威力では『はなふぶき』を突破できませんわ」

 

エリカの言う通り、『ドリルライナー』は『はなふぶき』の盾を削っているが、そこから先へ前進することができない。

だから――

 

「ニドリーノ全身を回転させろ!!」

 

『ドリルライナー』の元祖と言われるイッシュ地方のポケモンのドリュウズは全身を回転させて攻撃している。そう、この技は本来全身を回転させる技なのだ。角や嘴だけを回転させることが可能なポケモンが多いため、それはあまり知られていない。

技のエネルギーに乗ってニドリーノは全身を回転させ突撃した。

 

回転により発生した螺旋状の突風が大量の花弁に圧力をかける。

 

行く手を阻む障害物たる花弁が爆風によって一瞬にして吹き飛んだ。

ニドリーノの角の直線上には驚いた顔のラフレシアがいる。

 

回転するニドリーノがラフレシアに直撃した。溜め込んだ力を一気に解き放つかのように強烈な『ドリルライナー』が突き刺さる。

ラフレシアは強烈な破壊力に負けて後方に吹き飛ばされる。

 

「ラフレシア大丈夫ですの?」

 

立ち上がったラフレシアは両手を強く握り、まだ戦えることを示した。

 

「よかった、さすが私のラフレシア。勝負はここからですわ! ラフレシア『はなふぶき』!」

 

「ニドリーノ『ドリルライナー』で貫け!」

 

「花弁すべてで叩きつけなさい!」

 

全身回転の『ドリルライナー』を放つニドリーノに対しラフレシアは『はなふぶき』を全力で叩きつける。その圧倒的物量にニドリーノは押しつぶされる。

 

「まだだニドリーノ!」

 

地面に倒れ伏せるのも一瞬、ニドリーノは回転力を取り戻しラフレシアに突貫した。

ラフレシアはまたも吹き飛ばされる。

 

「ラフレシア『しびれごな』!」

 

広範囲にまき散らされる『しびれごな』この物量は回避するすべが無い。

 

「ニドリーノ『みずのはどう』、上に撃て!」

 

ニドリーノは生成した水の音波を数メートルの自分の真上に打った。

 

「それではすべて防ぎきれませんわ!」

 

真上に上がった『みずのはどう』は重力に従ってニドリーノに落下する。

 

「『みずのはどう』に『ドリルライナー』!」

 

回転する角が水の音波に貫かれた瞬間、水流が発生する。角を中心とした水の台風がフィールドに巻き起こり、水が粉すべてにを巻き込んだ。

水に濡らされた粉はその力を発揮することなく地面に散らばり沈黙した。

 

エリカは唖然とした。

 

「ようし、畳みかけるぞ『ドリルライナー』!」

 

地を駆けるニドリーノはその勢いのまま体を回転させ渾身の地面技『ドリルライナー』を発動させた。

 

ラフレシアは鋭くニドリーノを睨みながら構える。

そして、直撃する――

 

――その時

 

「待てニドリーノ!」

 

ニドリーノはサトシの叫びに反応して『ドリルライナー』を中断した。

 

「サトシ!?」

 

「どうしたの!?」

 

悲鳴のようなの声を上げるリカとカスミ、エリカの後ろにいるジムトレーナー達は疑問の顔を浮かべていた。

 

「この勝負、私の負けですわ」

 

「エリカ様!?」

 

信じられないといった顔のジムトレーナーの女性たちは次の瞬間、その意味を知った。

 

ラフレシアはもはや限界だった。立っているのもやっとで、とても次の一撃を放つことも、敵の一撃を受けきることはできない。戦闘不能になってもおかしくない状態で立っているのはエリカの期待に応えたいという一心だった。

エリカはそれを理解しているからこそ、負けを認めた。

 

「体力の限界まできているポケモンをこれ以上戦わせることはできませんわ」

 

「ラ、ラフレシア、テクニカルノックアウト! ニドリーノの勝ち。よって勝者、マサラタウンのサトシ!」

 

ジムの中はなんとも言えない空気が流れていた。

ジムトレーナーの女の子たちはエリカさんを心配そうに見つめる人たちと俺に驚いたような顔をする人たちで半々だった。

クレームやら暴動やら起きないか心配だったが皆さん大人な対応をしてくれるようだ。

どうなるかとビビったわ。

 

「……あなたの勝ちです。タマムシジムに勝利した証のレインボーバッジですわ」

 

エリカさんは驚愕と悔しさの入り混じった表情を浮かべていたが敗北が現実であると認めてくれたようで、素直にバッジを渡してくれた。

 

「ありがとうございます」

 

「レインボーバッジ、ゲットだぜ!」

 

受け取ったバッジを俺はリカとカスミに見せびらかした。

 

「やったぜ」

 

「おめでとう。さすがサトシだよ」

 

「お祝いするからポケモンセンターに戻りましょ」

 

急かすように俺の手を引くリカとカスミは一刻も早くこのジムから出て行きたいといった雰囲気だ。

うーむ、しかしこのまま終わっていいのだろうか。

カスミは今後ジムリーダーとして顔を合わせるかもしれないし、

 

「なあ、リカも挑戦しようぜ」

 

「え、私はいいよ」

 

「そんなこと言わずにさ。エリカさん強かっただろ。ここで挑戦しないのは勿体ないって」

 

「サトシ……うん、わかったよ」

 

「あの、明日挑戦できますか?」

 

「え、ええ、明日はいつでも挑戦は受けられますが、午前と午後のどちらにしますか?」

 

「じゃあ、午後でお願いします」

 

リカの言葉は必要以上の言葉を話す気はないと事務的な雰囲気だ。エリカさんに対してまだ腹に据えかねているようだ。後ろのカスミもジトッとエリカさんを見ている。

エリカさんも笑っているがどこか寂し気だ。

 

こんな諍いは信条とか感性とかの違いから生じた、ちょっとしたボタンの掛け違いだと思う。だから険悪なままで終わらせたくなかった。

2人からしたら余計なことかもしれないけど、原因の一端である俺はどうにかしたいと思った。

 

明日、関係が好転することを願い、それが無理なら俺がどうにか頑張ろうと心に誓ってタマムシジムを後にした。

 

 

 

***

 

 

 

エリカはいつもより早い時間に目を覚ました。

いつもならエリカはジムの女性と一緒に眠る。ただ眠るのではなく、夜に愛を交わしながら互いの肌の熱を感じるのがエリカは好きだった。

 

辛いことも愛する女性との情交による快楽がすべてを忘れさせてくれる。

昨日、嫌悪している男に敗北したことは嫌な出来事のはずだ。本来であれば胸に湧き上がった嫌悪感を消し去るために女性の柔らかな肌に溺れるくらい睦み合うことを望むはずだ。

 

だがその日の夜は一人で眠りたい気分だった。

 

朝食を終えると、散歩に出かけた。

自分の頭の中にあるモヤモヤしたものを解決するための気分転換がしたかった。

 

 

 

タマムシシティはいつも通りだ。大都会らしく、ブティック、カフェ、レストランと多くのお店があり、多くの人々が行き交い活気に溢れている。

外部からも多くの人が訪れこの街を「良い街」だと喜んでくれているとジムリーダーの自分も鼻が高い。

エリカは心からこの街を愛している。この街のあらゆる場所を歩くのは大好きだ。

だけど、どういうわけか今は心がざわめく。その原因はなんとなく頭に浮かぶ、しかし、それを認めてはいけない気がした。認めれば自分の思想を破壊しかねないからだ。

今、頭に浮かんでいるのは――

 

「あれエリカさん?」

 

「サトシ……さん?」

 

思わぬ出会いにエリカは心臓が跳ね上がった。

どうして彼がここにいるのか、と思ったところですぐに理解した。今日は彼の仲間である少女のジム戦だから、まだタマムシシティに滞在して、こうして外に出れば会うことも十分に考えられる。

それでも彼のことで頭を悩ませている時に出会ってしまうと反応に困ってしまう。

 

しかも、自分は先日サトシに対して嫌悪感を剥き出しにし、傲慢であるという失礼な態度のままだった。

その謝罪もなにもしていないのにこうして会うのは気まずい。

今、彼にそんな自分の悩んでいる表情が写っていないかが心配になる。

 

「エリカさんお散歩ですか?」

 

「え? ええ、気分転換に」

 

自分に敵意を抱いているというエリカの予想に反してサトシはどこか嬉しそうに話しかけてきた。

これにはエリカも少々答えに窮した。

 

昨日と変わらない元気な笑顔で自分を見るサトシにエリカ

今、思った気持ちを口に出して伝えなければいけない、そう思って意を決して口を開いた。

 

「あの、サトシさん」

 

「はい?」

 

「もしお時間があれば、私について来ていただけませんか?」

 

自分から男に話しかけるなんて何年ぶりだろうか、発音がおかしくなかったかと心配しながらエリカはサトシの回答を待った。

それに断られるとも思った。当然だ。自分は彼に酷いことを散々言ったのだから、彼に拒絶されて傷ついてしまうのは仕方ないことだ。

そう思ったところで疑問が浮かんだ。

――なぜ自分は男に嫌われて傷つくのだろうか?

 

「いいですよ」

 

そんなことを考えているとサトシは肯定の意を示した。

 

 

 

 

 

サトシがエリカに連れられたのは木々の生い茂る場所だった。ビルの立ち並ぶタマムシシティには似合わない自然豊かな場所だった。

とはいえ草タイプのポケモンのジムがある街であるため、あってもおかしくはないとサトシは思った。

 

草むらを掻き分け進むと花畑が広がった。そして、それだけではなかった。

 

 

「うわあ草タイプのポケモンがたくさんですね」

 

そこには多くの草タイプのポケモンたちが生き生きとしていた。

皆楽しそうに走り回り、じゃれ合い、遊んでいた。

空気はとても澄んでいて、喜びの感情に満ちた草ポケモンたちから心地よい香りが発せられているようにサトシは感じ、思わず深呼吸をした。

 

「ええ、みんなタマムシジムのポケモンたちですわ」

 

「ジムの中じゃなくて街に放してるんですか?」

 

「ええ、ずっとジムの中では窮屈ですし、この子たちには自分の暮らすこの街のことを知っていてほしいのですわ。街の人たちもこの子たちには優しいから安心ですわ」

 

説明を受けてサトシは改めて草ポケモンたちを観察した。みな肌艶がよく元気そうな顔で草むらを走り回っていた。

不意に良い香りが鼻腔をくすぐった。草タイプはコンディションが良好だと良い香りを出すというのは本当のことのようだ。こっちまで癒される気分に浸りながらサトシはエリカに提案した。

 

「あれ、お前昨日のナゾノクサか?」

 

ナゾノクサはサトシを嬉しそう見上げると、頭をスリスリとサトシの足に擦りつけた。

 

「ははっ、可愛いな」

 

ナゾノクサの様子にほのぼのしているとあることを思いついた。

 

「俺のポケモンたちも遊ばせていいですか?」

 

「ええ勿論、街の外から来たポケモンたちと接すればこの子たちも喜びますし、良い刺激になりますわ」

 

「よっし、みんな出てこい」

 

「ここにいるポケモンたちと遊んでくるんだ」

 

ピカチュウ、フシギダネ、ヒトカゲ、ゼニガメ、スピアー、ニドリーノはサトシの言葉を受けて草ポケモンたちの集まる場所へと飛び込んで行った。

 

みな楽しそうにじゃれ合い走り回り遊んでいた。

その様子はとても楽しそうで見ている側も清々しい気持ちにさせてくれる。

 

しばらくすると、ナゾノクサやクサイハナ、マダツボミやウツドン、他の地方のハネッコやハスボーやスボミー等のポケモンたちがサトシの周りに集まってきた。

それを見ていたサトシのポケモンたちもトレーナーであるサトシに集まってきた。心なしかヤキモチをかいてるように頬が膨れているように見える。

 

「うわっ、ちょ、やめ、やめろよ重いって……く、くすぐったい」

 

優しい笑顔でポケモンたちと戯れるサトシ、エリカは目を見開いた。そこには汚さも不快さは微塵も存在しなかった。ポケモンたちも満面の笑みでサトシと触れ合っていた。

 

一切の邪気も悪意も不快感もないその様子をエリカは『美しい』と感じた。

どうしようもなく嫌いな男に対してこんな感想を抱くなんて自分でも信じられなかった。

湧き上がる気持ちに戸惑っていると、またサトシが笑った。それはとても純粋で輝くような笑顔だった。

自分の胸が跳ねるのを感じ思わず胸元に手を添えた。

 

(なぜ、どうしてこんな――)

 

少年の微笑みをずっと見ていたい、心がそう叫んでいる。

彼を見ていると頬が熱くなる。

エリカは驚愕と共に胸のざわめきと不思議な熱さを感じた。

 

 

 

動悸を抑えるために胸に手を当てながら緊張とともに口を開いて出た言葉は、

 

「あの、その子、ナゾノクサはあなたに懐いているようですが、何かあったのですか?」

 

昨日感じた疑問だった。初めて会ったはずのトレーナーにナゾノクサが懐いていたのはずっと不思議でならなかった。

 

「ああ、この子は昨日怪我してたんでキズぐすりを使ってあげたんです。それだけです」

 

聞いてエリカは驚愕の表情を浮かべた。同時に罪悪感がこみ上げてくる。

 

「わ、私、知らずに勝手なことばかり言って、本当に申し訳ございません!」

 

勢いよくエリカは頭を下げた。年上の女性から謝罪を受けてサトシは困惑してしまった。

 

「まあ、好きなこと嫌いなことってありますからね。それは仕方ないことだと思います。だけど……まあその……」

 

サトシは言葉を切って考え込む。

 

「俺エリカさんのこと嫌いとか思ってないんで、仲良くしてくれたら嬉しいなぁ……とか思ってます」

 

その言葉にエリカは胸が熱くなった。男性から優しさを受けたことなどほとんどなかった。目の前の少年が自分の何かを変えてしまうではと思い、同時にそれが心をざわつかせた。

 

「あ、すんません、男にこんなこと言われても迷惑ですよね」

 

するとエリカはサトシの手を自分の両手でギュッと握っていた。

サトシはその行動にギョッとして顔が赤くなる。

 

「迷惑なんかじゃありませんわ。そう思っていただいて心から嬉しく思いますわ」

 

ずっと高鳴る胸、この熱さ。それは以前に感じたことのあるものだ。

女子高で素敵な女生徒に恋したとき、トレーナーの旅をしていて魅力的な女性に心奪われたとき、その時とまったく同じ、それ以上の全身に広がりそうなほどの熱量を感じた。

 

それは一種の強迫観念だったのではないか? 「女性が恋愛対象であるというセクシャリティであるなら、男を嫌悪しなければならない」と思い込んでいたのではないか。

 

たしかに今まで会ってきた男は下劣な欲望をもって接してきた。だが、世の男がそんな人間ばかりなんて考えは短絡的すぎたのではないか。

 

昨日のバトル、サトシからはとてつもない熱と気を感じた。ジムリーダーである自分が気負ってしまうほどの激しさがあった。

サトシのポケモンたちはトレーナーたる彼の指示に対して忠実に従い、彼の労いに笑顔で答え、勝利を共に喜んでいた。

彼らの間には強固な絆が存在していた。

 

ポケモンたちから絶大な信頼を寄せられるトレーナーは何よりも信用できる。それをエリカは知っていたはずだ。それを男であるからと気づかないフリをしていたのかもしれない。

 

 

 

草ポケモンたちとの交流を終えてサトシとエリカは草むらから出てきた。

 

「ありがとうございました」

 

「いえ、こちらこそ、あの子たちもとっても喜んでいますわ」

 

エリカはサトシに好意的にほほ笑んだ。

その綺麗な笑顔にサトシはドキリとして見惚れてしまう。

 

「今日のジム戦、俺としてはリカに勝ってほしいですけど、頑張ってください」

 

「はい、ではまた後で」

 

エリカとサトシは挨拶もそこそこに別れた。

 

 

 

ジムに戻ったエリカはジム戦の用意のために自室へ向かい、フィールドの状態を見に行こうとした。

廊下を通ると、ジムトレーナーの集まる広い部屋の扉から話し声が聞こえ、その内容にエリカは足を止めた。

 

「サトシ君って、不思議な男の子だよね」

 

「うんうん、なんか今まで見た男の人とは違うっていうか?」

 

「それな、昨日のバトルもすごかったよね」

 

「ピンチでも諦めてなかったよね、なんかあたしも熱くなっちゃった」

 

「あ、あの……私昨日から変なんです。サトシさんのこと考えてたら、な、なんか胸のところがあったかくなって……」

 

「あなたもなんだ、じつは私もそうなんだ。こんな心地いい感じ、エリカ様に愛されてるとき以来って感じ」

 

「……エリカ様に対して不敬かもしれないけど、なんか良いなって気がする、この気持ち」

 

エリカは扉を開いた。

 

「「「「「エリカ様!?」」」」」

 

急に扉を開けたエリカにジムトレーナー達は驚きとともに気まずそうな顔をしていた。

 

「も、もしかして、今までのこと聞かれましたか?」

 

「ええ、廊下まで聞こえてましたわ」

 

「ああ、あの、ごめんなさいエリカ様、でも私たち――」

 

「謝ることは無いのですよ」

 

言葉を遮り、エリカは言う。

エリカは自分の頬が緩んでいるのを自覚した。

 

「私も同じ気持ちなのですから」

 

 

 

***

 

 

 

俺たちはリカのジム戦のためにタマムシジムに向かっていた。

しかし、リカとカスミは不満げな顔だ。

 

「ほらリカ、そんなにいやな顔するなよ」

 

「だって……」

 

「リカの気持ちは分かるわ、そもそもサトシはあんなこと言われて平気なの?」

 

「それはほら、個人の好き嫌いの問題だからな。それに昨日のバトルで男だって強いって証明できたらか問題ないよ」

 

「美人に甘いだけじゃないの?」

 

カスミが疑わし気な目で俺を見た、リカも膨れた顔でジトッと見てきた。

うーん否定できんな。

 

「はいはいそんな顔しないで、美人が台無しだぞ」

 

「は、はぁ! あんたは、そんなこと言って……もう♫」

 

「もう、そんなこと言ったって誤魔化されないんだからね……えへへ」

 

ニヤけながら怒るという何とも器用なことをしたカスミとリカ、なんとか機嫌を直してくれた。

気分というのはポケモンバトルのコンディションに大きく影響するからな、これでいいのだ!

 

 

 

タマムシジムに到着して驚いた。

ジムの前にエリカさんを始めとしたジムトレーナーの女性たちが整列していた。

まるで上客を待っているレストランやホテルのようだ。

 

「タマムシジムにようこそお越しくださいました」

 

エリカさんが代表してあいさつをした。その様子を見て、さっきまで機嫌が良かったカスミとリカは顔を引き締めた。

 

「ジム戦の前に、誠に勝手ながらお伝えしたいことがあります」

 

すると、エリカさんとジムトレーナーの女性たちは一斉にお辞儀をした。

 

「サトシさん、リカさん、カスミさん、先日はご不快な思いをさせて本当に申し訳ございません。私はとても狭い了見で物事を見ていました。ですがそれはあまりにも的外れでした。あなたたちの想う方はとても素敵な殿方なのですね。昨日のジム戦、今日サトシさんとお話したことでそれがよくわかりましたわ。心よりお詫び申し上げます」

 

「「「「「申し訳ございません。お詫び申し上げます」」」」」

 

年上の女性たちからこう謝罪されるのは妙なプレッシャーがあるリカとカスミも同じようでたじろいでいるようだ。

 

「あ、頭を上げてください」

 

「わかってくれたならいいんです」

 

「俺も、そんなに気にしてません。個人の考えは自由ですから」

 

俺たちの答えに安心したような顔でエリカさんは頭を上げた

 

「ありがとうございます」

 

それはとても綺麗な笑顔だ。身にまとっている美しい着物と相まってエリカさんには上品な美しさを醸し出し、思わず胸が高鳴った。

 

「それからもう一つお伝えしたいことがありますわ」

 

そう言ってエリカさんは俺の前まで歩いてきた。

 

「サトシさん、私たちは考えを改めました。そして、サトシさんを心よりお慕い申し上げております」

 

「「「はぁ!?」」」

 

俺たち3人は素っ頓狂な声が出てしまった。

え、なにこれどゆこと?

 

エリカさんを始めとしたタマムシジムの女性トレーナーたちの視線が一気に俺に集中している。その視線には妙な熱がこもっているような気がした。

そしてエリカさんは俺に歩み寄り急に両手で俺の手を包み込んだ。

低い体温の手が俺の両手が包まれ、その冷たさにドキリとしながら心地よさも覚えた。

顔を上げると微笑むエリカさんにドキリとしてしまう。

 

「あ、あのエリカさんは女性が好きだったんじゃ?」

 

「ええ、しかし、世の中にはサトシさんのような素敵で魅力的な殿方もいらっしゃるのだと知りましたわ。私の中で一番素敵な殿方はサトシさんですわ。ですから貴方様からのご寵愛を頂きたく存じますわ」

 

「あ、いやその、エリカさん?」

 

「どうか『エリカ』と呼び捨てにしてほしいですわ」

 

キラキラとして圧の強いエリカさんとジムトレーナーの皆さんの視線を前に俺は無意識でコクリと頷いた。

 

「あ、はい……エリカ」

 

「はうぅん!」

 

艶やかな声を上げてエリカさんは身を震わせた。

色っぽいその仕草に胸が高鳴ったのは内緒です。

 

「ではジム戦を始めましょう、こちらにどうぞ」

 

エリカさんは俺から手を離すとリカに伝えた。

 

いやそれにしても、エリカさんに何があったんだ? 昨日の今日でこんなに考えが変わるなんてな。

まああんな綺麗な女性に好感を持たれるなんて悪い気なんか全然しないけどな。

 

不意に両肩を叩かれた。

振り返るとハイライトのないカスミとリカが恐ろしい笑顔を浮かべていた。

 

「「サトシ、ジム戦終わったらOHANASHIだから」」

 

ぎゃあ。

 

 

 

***

 

 

 

互いに最後の1体ずつとなった最終戦、リカはフシギソウ、エリカさんはラフレシア。草タイプのエキスパートに草タイプで挑むのはかなりの賭けだと思った。

しかし、草タイプは粉技や『やどりぎのタネ』が無効化されるという性質があり、まったく無謀というのではなく戦略としても有効だ。

状態異常を与える技が使えないガチンコ勝負だ。

 

「ラフレシア『はなふぶき』!」

 

ラフレシアが花弁を舞い散らせる。この動きは俺とのバトルの時と同じだ。

 

「あの花弁の盾よ」

 

舞い上がった花弁はラフレシアを守るようにフシギソウに立ち塞がる。

 

「だったら、全部まとめて吹き飛ばすよ。フシギソウ『リーフストーム』!!」

 

リカの指示にフシギソウは背中を大きく震わせる。瞬間、猛烈なエネルギーが収束し、葉っぱを纏った強い風が発生する。

巻き起こった嵐は『はなふぶき』に向かい襲い掛かる。

嵐VS吹雪の衝突、猛烈な勢いの突風がフィールド全体に発生する。

 

『リーフストーム』は強力な技だ。しかしデメリットも存在する。それは使えば特攻が大幅に下がることだ。自分の力を低くしてしまうため何度も使える技ではない。ここで使うリカはかなり思い切ったことをした。もう勝負を決めるつもりなんだ。

 

強烈な風にエリカもラフレシアも一瞬怯んだ。そこがチャンスだ。

 

「フシギソウ『つるのムチ』!!」

 

巻き起こる嵐の中、フシギソウは2本の蔓を伸ばした。

蔓は嵐に驚くラフレシアの胴体を捕えた。

 

「そのまま投げ飛ばして!」

 

フシギソウが蔓を大きく振るうとラフレシアの体は宙に浮かんだ。投げ飛ばされた先には自分のフィールドの地面だった。

強く体を地面に激突させた。

 

ラフレシアはしのまま目を回して動かなくなった。

 

「ら、ラフレシア戦闘不能、フシギソウの勝ち、よって勝者、マサラタウンのリカ!」

 

「やったあ! すごいよフシギソウ!」

 

ジム戦はリカの勝利だ。

 

 

 

エリカさんはリカの前に立ち、バッジを差しだした。

 

「リカさん、見事なバトルでした。どうぞ、勝利の証のレインボーバッジです」

 

「ありがとうございます。レインボーバッジ、ゲットだよ!」

 

リカは俺たちの向かってバッジを見せながら勝利のVサインをしていた。

俺は頷き、嬉しそうにカスミはVサインを返していた。

 

 

 

ジム戦を終えて俺たちはタマムシジムの外に出ていた。

エリカさんとジムトレーナーの女性達が見送りをしてくれた。

 

「サトシさん、リカさん、カスミさん、またいつでもタマムシジムに寄ってくださいね!」

 

「はいもちろんです」

 

仲良くなれたんだからまた会いたいよな。

 

「今度は私ともバトルしてね!」

 

「お話もいっぱいしたいわ!」

 

「ほかのポケモンたちも見せてね!」

 

「わ、私は、その一緒にお茶とか……したいな……」

 

「うんうん、美味しい喫茶店あるから行きましょう」

 

「あ、あははは、じゃあまた会った時に色々とお願いします」

 

美人なジムトレーナーの女性たちから一斉に注目されて声をかけられるとは、なんとも嬉しいですな。

うへへへ……

 

「こらぁサトシデレデレしない!」

 

カスミから注意が飛んできた。振り返るとカスミもリカもふくれっ面だった。

可愛い!

 

するとエリカさんが2人の前に出てきた。

 

「リカさん、カスミさん。お二人もまたタマムシジムに寄ってくださいね。その時は、いろいろお話しましょう。じっくりと……ですわ」

 

エリカさんはリカとカスミの手を握って妖艶な笑みで見つめていた。

キマシタワーってやつか。なるほど尊い光景だ。

 

「もちろんサトシさんともたくさんお話したいですわ!」

 

振り返って俺を見るエリカさんの表情は年上の女性というよりも、無邪気な子供のようでとても愛らしく胸が高鳴った。

 

 

タマムシシティを後にした俺たちは次の目的地に向かって歩いていた。

 

「ああ、いつも以上に疲れるジム戦だったな」

 

「とかなんとか言って、美人ジムリーダーに言い寄られて嬉しいくせに」

 

「こんなにあちこちに女の人をときめかせるなんて節操無しだよサトシ」

 

「いやぁ、そんなつもりはないんだけどな」

 

エリカさんには好意的に思われているとは思うけど、そんなときめきとかではないと思うんだが。

 

「ポケモンじゃないんだから鈍感の特性はいらないのよ」

 

「マイペースに考えるだけじゃダメなんだからね」

 

むむ、何やら雲行きが怪しいような、ここは逃げ足発揮だ!

 

「ちょ、サトシ!」

 

「いきなり走らないでよ!」

 

さあ、次の町へ出発――

 

「「誤魔化さない!!」」

 

はいすいません。




アニメと物語の順番は変えました。

エリカは百合キャライメージもあるのでそうしました。
ただ最後にはサトシに好意を抱く展開になりました。
そんな展開が嫌だという方々には申し訳ないです。

エリカもヒロインですのでまた出ると思います。

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