サトシに憑依したので冒険してみようと思う(改題)   作:エキバン

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後編です。
活動報告にて今後の展開についてお知らせしていますので、よろしければご一読ください。


海の怒り メノクラゲとドククラゲ 後編

街を破壊せんと侵攻をする巨大ドククラゲとメノクラゲ軍団。相対するはポケモントレーナーのサトシ、リカ。ジムリーダーのカスミ、エリカ、ナツメだ。

総力戦とは言ったが、海が近いことにくわえて、水ポケモン相手であるためサトシのヒトカゲはお休みだ。リカもブースターは出していない。カスミはコダックをまだ実力不足であるため出していない。

 

サトシたちに向かって来るメノクラゲ軍団。最初に動き出したのはサトシ切り込み隊長は決まっている。

 

「ピカチュウ『10まんボルト』!」

 

『ピカチュウウウウウ!!』

 

ピカチュウの全身が帯電すると強力な電撃が発射された。

密集しているメノクラゲ軍団たちへの狙いはつけやすい。しかも、メノクラゲ同士くっついて侵攻しているから1体にでも命中すれば周りのメノクラゲにも電流が伝播していく。効果は抜群だ。

 

「サンダース『かみなり』!」

 

『サンダアアアアアア!!』

 

リカの指示でサンダースは極大の電撃をメノクラゲ軍団へと放つ。

大ダメージを受けるメノクラゲ軍団だがまだまだ健在の個体が何十体もいて、侵攻が止まらない。

次の攻撃に移ろうとしたとき、リカは視線の先を見て驚く。

逃げ遅れた人たちがいた。メノクラゲたちは恐怖で動けなくなっている人たちめがけて前進していく。

 

「危ない! サンダースお願い!」

 

『サンダ!』

 

サンダースは持ち前のスピードでメノクラゲ軍団に追いつく。

 

「あっそうだ。サンダース体に電気を纏ってそのまま走って!」

 

サンダースの全身がバチバチと帯電する。

 

「メノクラゲたちを囲んで!」

 

『サンッダアア!』

 

全身を光らせたサンダースが走り去ると、そこには電気が滞留したままになっていた。

それはまさに電気の壁だ。メノクラゲ軍団はその場で動けなくなる。

 

「よし、バタフリー上から『ねむりごな』!」

 

『フリィ!』

 

バタフリーがメノクラゲたちの頭上へ飛ぶと『ねむりごな』を振りかける。浴びたメノクラゲたちはその場で眠ってしまった。

侵攻してくるメノクラゲたちはまだまだいる。サトシとリカはアイコンタクトを交わし次の行動に出た。

 

「フシギダネ『つるのムチ』でメノクラゲたちを投げ上げろ!」

 

「フシギソウも『つるのムチ』お願い!」

 

『ダネフシャ!』

 

『ソウフシェ!』

 

フシギダネとフシギソウが蔓を出し、倒れたメノクラゲたちを次々と海に投げ入れていく。

 

「ゼニガメ『みずでっぽう』、ニドリーノ『みずのはどう』!」

 

「ニドリーナ『みずのはどう』!」

 

「ヒトデマン、スターミー『みずでっぽう』!」

 

『ゼェニュウウウ!』

 

『リノォ!』

 

『リナァ!』

 

『ヘア!』

 

『フウ!』

 

ゼニガメ、ヒトデマン、スターミーから水流が発射され、ニドリーノは水の音波を発射する。

メノクラゲたちには効果が今一つな攻撃だが僅かに怯む。そこをフシギダネとフシギソウが蔓で海へとかえしていく。それでもメノクラゲたちはまだまだいる。

次から次へと海から這い出してくる。

 

「バタフリー『ねむりごな』!」

 

リカは再び眠らせて無力化しようとする。何体かは眠るがメノクラゲの中には水に潜って回避する個体もいる。メノクラゲの怪光線がバタフリーに直撃する。

 

「トサキント『たきのぼり』で水を巻き上げて!」

 

『トサキィン!』

 

水中に潜ったメノクラゲは巻き上げられた影響で押し返され押し流される。

 

「今よシャワーズ『れいとうビーム』!」

 

『シャワアア!!』

 

氷の壁が生まれる。

登ろうとするメノクラゲを横からヒトデマンが高速で突撃し、メノクラゲたちを次々と落下させていく。

 

「いいわよ、このまま――」

 

その時、カスミのボールが勝手に開いた。

 

『くわ?』

 

現れたのはコダック、状況が理解できないのか、いつものように首をかしげている。

 

「ちょ、コダック! 勝手に出てこないで!」

 

『くわ?』

 

出てきたコダックは状況が理解できないのかいつものように首をかしげる。

次の瞬間、侵攻するメノクラゲ軍団を見た。

 

「あっコダック危ない!」

 

『くわあああ!!!? くわわわわわっ!』

 

メノクラゲ軍団にパニックを起こしたコダックは逃げ出した。その様子を見たメノクラゲ軍団も標的をコダックへと変更する。

カスミがコダックに戻そうとモンスターボールを向ける。しかし、コダックがメノクラゲ軍団から逃げ回るためボールから放たれた赤い光線は当たらない。ポケモンたちもコダックを助けようとするが、メノクラゲ軍団とドククラゲの相手でその場から動けずにいた。

 

「ダメ! コダック落ち着きなさい!」

 

『くぅくわああああああああ!!!』

 

メノクラゲ軍団が突如、空中へと浮かび上がる。メノクラゲ軍団は何が起きているのか理解できないのか驚愕の表情を浮かべて身じろぎする。しかし、逃れることができない。

コダックの目は怪しく光を放ちメノクラゲ軍団に強大な念動力、『ねんりき』を送っていた。

 

「あれがあのコダックの本気……」

 

「まあすごいパワーですわ」

 

ナツメとエリカがコダックの『ねんりき』に感嘆していた。ジムリーダーを認めさせる潜在能力がコダックにはあるのだ。

コダックは最大パワーの『ねんりき』でメノクラゲ軍団を宙でぐるぐるとかき回す。目を回して気を失ったメノクラゲ軍団はぐったりと動かなくなる。そのままコダックはメノクラゲ軍団を空高く持ち上げた。

 

「やった! すごいわコダック!」

 

思わぬコダックの大活躍に俺たちは沸く。その時――

 

『くわ?』

 

「「「「「あっ」」」」」

 

コダックがいつものとぼけた雰囲気に戻った。つまりそれはコダックの『ねんりき』の効力が切れることを意味し、

メノクラゲ軍団が落下する。真下にはボーッとしているコダック。

 

『くわわわわわっ!?』

 

かわす暇もなく悲鳴を上げるコダックにメノクラゲ軍団が落下する。

 

『くわぁ~……』

 

落ちたメノクラゲ軍団は目をまわして戦闘不能となっていた。そしてその下には、目を回して伸びているコダックがいた。

 

「戻ってコダック!」

 

カスミがコダックをボールに戻す。

 

「頑張ったわね、よく休んで」

 

カスミはコダックのボールに微笑む。

 

海からさらにメノクラゲ軍団が地上に現れる。おそらくあの中には先ほど大ダメージを受けた個体もいるのだろう。メノクラゲたちを回復させる、あの『くろいヘドロ』は厄介だ。

 

「サトシさん!」

 

「エリカ!」

 

「サトシさん、お耳を拝借いたしますわ」

 

エリカがサトシの傍まで寄り、なにかを耳打ちする。

 

「そうか、だったら俺のスピアーでいける」

 

「はい、(わたくし)はモンジャラを」

 

サトシはスピアー、エリカはモンジャラを呼び、『くろいヘドロ』を持つメノクラゲたちを標的に指示を出す。

 

「「『はたきおとす』!!」」

 

『スピア!!』

 

『モジャ!!』

 

メノクラゲからメノクラゲへ『くろいヘドロ』が渡される寸前、スピアーが針を上段からたたきつけ『くろいヘドロ』を落とし、さらに別のメノクラゲへと素早く接近し『はたきおとす』を直撃させる。

モンジャラも大量のつるを使い、メノクラゲたちの手にある『くろいヘドロ』を次々と叩き落していく。

 

メノクラゲの軍団が次第に後退していく。

すると巨大なドククラゲが痺れを切らしたように動き始める。

 

『邪魔な人間ども、思い上がりもここまでです。抵抗するあなたたちを叩き潰してあげます』

 

その時小さなポケモンがドククラゲの足元に姿を見せる。

 

『タッツー、タッツタッツタッツー』

 

先ほどカスミが逃がしたタッツーだ。まだドククラゲたちを説得しようとしているのか、必死で鳴き声を上げる。

 

『またあなたですか、タッツー、なんと言われようと我々はやめるつもりはありません。愚かな人間どもに怒りの鉄槌を下さなければいけないのです』

 

それでも諦めていないタッツーはドククラゲに訴えかけるように鳴く。

 

『これ以上うるさく言うのなら、またお仕置きです』

 

巨大な触手がタッツーの頭上から振り下ろされようとした。タッツーよりも遥かに大きな触手の一撃を受ければ、大怪我では済まない。

 

「スターミーお願い!」

 

『フウ!』

 

間髪入れずにカスミが叫ぶと、スターミーが高速回転しながらタッツーの元まで飛行すると、触手が振り下ろされる寸前でタッツーを乗せて回避することに成功。スターミーはカスミの元に戻るとタッツーを彼女に手渡す。

 

「ありがとうスターミー」

 

タッツーを受け取ったカスミは両腕の中にいるタッツーに悲し気な視線を送る。

 

『タツ……』

 

「ごめんなさいタッツー、あなたの言葉をよく聞いていれば……」

 

カスミは顔を上げるとドククラゲを見上げる。その瞳には強い決意がこもっていた。カスミはスターミーに乗ると指示を出してドククラゲの元へ向かう。サトシはカスミに向かって叫ぶ。

 

「どうするんだカスミ!」

 

「もちろんドククラゲを説得するの!」

 

「本気なのか!?」

 

「もちろんよ。水ポケモンを悪者のままでいさせるなんて絶対にできない。水ポケモンのジムリーダーとして、ポケモンを愛するトレーナーとして!」

 

この惨状はドククラゲたちが引き起こしたもの、しかし、その原因は人間にある。だからこそカスミは彼らを説得して、大好きな水ポケモンと絆を繋ぎ、こんな大暴れを止めようとしているんだ。

 

「お願いドククラゲ、もうこんなことはやめて!」

 

スターミーに乗ったカスミはドククラゲの真下で止まると一人でドククラゲに叫んだ。

それに対しドククラゲはニャースを介してカスミに言い返す。

 

『言ったはずです。あなたたち人間には文句は言わせないと』

 

「確かに人間はあなたたちの住処を壊した。だけど、こんなこと間違ってる。ちゃんと訴えればあなたたちの声はきっと届くわ。そうすれば、私たち人間とあなたたちポケモンは分かり合える!」

 

『この期に及んでまだポケモンと人間が仲良くなる、共存だなどとバカげたことを言うつもりでございますか』

 

「バカげてなんかない! ポケモンと人間は一緒に生きていける! 私たちはそうして旅をしているの! きっとあなたたちもわかってくれる。だけどこれ以上暴れたらあなたたちは本当に嫌われてしまうわ!」

 

『くだらない妄言は聞き飽きました。握り潰してあげましょう』

 

ドククラゲがカスミに触手を振り下ろして掴もうとする。カスミはギリギリまで彼らを信じようとしたため動かずにいた、誰もが回避が間に合わないと思ったその時、

 

「カスミイイイィィィッ!!」

 

いつの間にか小型のボートに乗ったサトシが猛スピードでやってきた。ボートからジャンプしたサトシがカスミとスターミーを突き飛ばすと、触手がサトシに振り下ろされる。そのままサトシは巨大ドククラゲに捕まってしまう。

 

「サトシ!!」

 

「スターミー、カスミ連れてってくれええ!!」

 

カスミの悲鳴を気にせず、スターミーに向かってサトシは叫んだ。

 

『自分から飛び込んでくるなど愚かな人間でございます。このまま握り潰して――』

 

「ふん、ぬおおおおおおお!!」

 

握り潰そうとするドククラゲだが、サトシは持ち前の力を発揮して、巻きつく触手を引き剝がそうと両腕で踏ん張る。触手が徐々にサトシの拘束ができなくなってくる。

 

『なんという力……あなた本当に人間でございますか?』

 

「へへへっ、人間ってのはなあ、ポケモンが思ってるほど弱いものじゃないんだぜ。そう簡単にやられないぜ!」

 

サトシがチラリと後方を見るとカスミがスターミーと共に陸に上がっているのが見えた。それを見たサトシが安心したように軽く広角を上げた。

ドククラゲはサトシを見て、その周りにいるほかの人間を見た。そして、感じた。この人間がいることでこの場の士気が高まっていることを。この人間こそが一番危険であることを。

 

『一番厄介なあなたはここで確実に仕留めるでございます』

 

「あっぐ、ぐ、ああああああああああ!!」

 

触手が一瞬紫色に染まると、サトシが苦しみ悲鳴を上げた。

 

「まさか『どくどく』!?」

 

リカの予想は当たっていた。ドククラゲはサトシに猛毒を流し込んだ。一番危険な人間を確実に戦闘不能にし、殺してしまうために。

通常の個体よりも遥かに巨大なドククラゲの『どくどく』は強さも量も桁違い。その危険な猛毒を受けたサトシは顔色を真っ青にしてぐったりとなった。

 

「「「「サトシ(さん)!!!!」」」」

 

『それでは沈みなさい』

 

動かなくなったサトシを、ドククラゲは放り投げた。サトシの体は無抵抗のまま力なく海に落ちてしまった。

 

「ヤドラン、サトシを助けて!」

 

『ヤドッ!』

 

ナツメの投げたボールから現れたヤドランは、いつもとは違う力強い目で海の中に潜ろうとする。しかし、大量のメノクラゲがヤドランの行く手を阻んでいた。

 

「邪魔をするな! ヤドラン『サイコキネシス』!」

 

ヤドランの強力な念動力がメノクラゲ軍団を捕縛し、空中に持ち上げ、放り投げた。邪魔者がいなくなり、サトシを救助できるとナツメは思ったが、メノクラゲ軍団は次々と出現し、ヤドランに襲い掛かる。いかに強いポケモンでも数の暴力の前では苦戦を強いられるのは必然。ナツメは悔しそうな顔でサトシが沈んだ方に視線を送る。

 

「早く、早くしないと……」

 

取り返しのつかないことになる。それはこの場にいるトレーナー全員が思っていること。ナツメだけでなく、エリカもカスミもリカも、最愛の人を助けたいと必死に動く。しかし、メノクラゲ軍団がそれを許さず次々と襲い掛かり、彼女たちは焦燥に駆られる。

 

その時、黄色い閃光がメノクラゲ軍団を突破しながら突き進んでいくのが見えた。

 

『ピカピイイイイッ!!』

 

ピカチュウは必死の声を出して、一目散に走りサトシの後を追うように海に飛び込んだ。

 

 

 

***

 

 

 

深い水の中、ピカチュウは泳いでいた。大事な自分のトレーナーサトシを探して。

すぐにサトシは見つかった。

ピカチュウはサトシのバッグに手を入れて目的のものを探す、それはすぐに見つかった。

『どく』状態に効く木の実『モモンの実』だ。ピカチュウはこれをサトシに食べさせて解毒するつもりだ。ピカチュウは取り出した『モモンの実』をサトシの口に近づける。

しかし、サトシは食べるどころか目を開けない。

ピカチュウは必死に呼びかける。何度も何度も、サトシが目を開けることを信じて。

 

―――サトシ! サトシ!

 

しかし、サトシは目を覚まさない。毒のせいで顔色もどんどん悪くなる。ピカチュウの頭には最悪の結果が浮かぶ。

 

―――嫌だ嫌だ。サトシがこのまま死んでしまうなんて嫌だ。

 

―――お願いだ、もっとサトシと一緒にいたいんだ。もっとたくさん冒険して、仲間たちと一緒に強くなって、サトシを世界で一番のトレーナーにするんだ。サトシはこんなところで死ぬなんて絶対ダメなんだ。だから、だから――

 

―――僕に、サトシを助けられる力をください。

 

 

 

***

 

 

 

場は波の音が響き渡るほど静まり返っていた。サトシが海に沈んだまま上がる気配がなく、リカ、カスミ、エリカ、ナツメは無言のまま俯いていた。

 

『さあ、私はあなた方の大切な仲間を殺しました。どうですか、憎いでしょう成敗したいでしょう殺してあげたいでしょう。これでも私を説得などと仲良くするなどと絵空事を言えますか?』

 

巨大ドククラゲは俯いているカスミたちを見下ろしニャースを通して言い放つ。

これで自分たちに反抗する人間たちに大きなダメージを与えることができた。この人間たちは絶望でもう戦うことができず、あとは街を好きなだけ蹂躙すればいい、そう考えた。

まずはこの人間たちを踏みつぶそうとしたその時、メノクラゲは驚愕する。

 

顔を上げた4人の人間、そこには悲壮感があれど、憎しみや敵意は一切感じられなかった。それがドククラゲには信じられなかった。

 

『なぜ、憎まないでございますか? 涙を流すほど悲しんでいるのに』

 

「……悲しいのは、あなたたちがこんなことをするくらい追い詰められていたからよ。それを止められない自分が情けないからよ」

 

『仲間が死んでも悲しくないのでありますか?』

 

「サトシさんはこんなことで斃れません!」

 

「私たちの愛しい人を甘く見ないで」

 

「私たち信じてるんだよ! サトシは死なないって、どんなことがあっても倒れないって、絶対戻ってくるって!」

 

彼女たちから発せられる強い意志、覇気を感じたのか、ドククラゲは恐れたようにその巨体を僅かに後退させた。

その時、大きな水しぶきが巻き起こる。

 

信じていた彼が戻ってきた。そう思い視線を向ける。

 

「えっ……?」

 

「な……?」

 

「こ、これは……?」

 

「いったい……?」

 

カスミ、リカ、ナツメ、エリカは飛び込んできた光景に目を見開いていた。

まるでそこにある現実を理解できないというように驚いていた。

 

ピカチュウがサトシを伴って水上に立っていた。

その周りには青い球状のエネルギーが纏っている。ピカチュウはその空間内に立ち、サトシは隣で横たわっていた。

 

『ピッカチュウ』

 

「これ、なんなの?」

 

驚愕に目を見開いているカスミの隣で、図鑑を開いていたリカが信じられないという声を上げた。

 

「『なみのり』……? これ、『なみのり』だって……」

 

「ピカチュウが『なみのり』を!?」

 

「まさか、覚えられない技のはず!?」

 

ジムリーダーであるエリカとナツメにとっても信じられない事態。水タイプを持たないポケモンでも波に乗ることができることはあるが、ピカチュウは『なみのり』を覚えないのが定説だ。しかし、今目の前にいるサトシのピカチュウは不思議なオーラと共に波の上で停止している。

 

 

 

***

 

 

 

「っ! うう……ここは……?」

 

意識が覚醒する。まず感じたのは猛烈なダルさ、全身に焼けるような痛み。その感覚で思い出す。俺はドククラゲの猛毒を浴びて海に沈んだ。ダルさは毒が体に回っているからで今にも倒れこんでしまいそうだ。だがそれよりも俺は今どうして海に浮かんでいるのかという疑問があった。

 

『ピカピ!』

 

声の主は相棒のピカチュウ、俺を見たピカチュウは嬉しそうに飛びついてきた。

 

「ピカチュウ? これは……?」

 

ピカチュウと俺の周りにある見覚えのない青いオーラ、まるで自分たちの体を海から守っているように囲い、浮かんでいる。その正体を知るために痛みを我慢して図鑑を広げると驚いた。ピカチュウが『なみのり』を使っているからだ。ピカチュウが『なみのり』……『波乗りピカチュウ』か! なんというか一時の流行りというかネタというか聞いたことがあったが、まさか俺のピカチュウがそれを実現させてしまうなんて。

驚きと喜びで感情がゴチャゴチャしていると、ピカチュウが俺のバッグからモモンの実を取り出すと手渡してくれた。

 

「ああ、ありがとう」

 

俺はモモンの実を受け取ると、ダルさを我慢しながら口に入れ咀嚼した。するとじんわりとした優しいものが全身に広がるのを感じると体の痛みやダルさが綺麗さっぱりなくなった。毒がなくなったんだ。

俺は力が漲るのを感じ立ち上がる。俺のことを見ていたピカチュウは笑顔になるとすぐにキリッと真剣な顔になりドククラゲを見上げる。俺もそれに倣いまだ戦いが終わっていないことを自分に言い聞かせた。

 

 

 

 

***

 

 

 

『波に乗れるからなんだというのです。私たちのやることは変わりません。もう一度沈めてやります』

 

「避けろピカチュウ!」

 

ドククラゲの巨大な触手が振り下ろされると、ピカチュウはオーラを操作して回避する。

ギロリと大きな目を動かしたドククラゲは巨大な『ヘドロばくだん』が連射、雨霰のように俺とピカチュウに次々と襲い掛かる。ドククラゲは空気を震わすほどの咆哮を上げると一際大きな『ヘドロばくだん』を発射した。ここは真っ向勝負!

 

「ピカチュウ『10まんボルト』!」

 

『ピイィカ、チュウウウウウウ!!』

 

ピカチュウから発射されるパワー全開の極大の電撃。『ヘドロばくだん』と衝突すると瞬く間に飲み込んだ。

『ヘドロばくだん』を粉砕した『10まんボルト』はドククラゲにも襲い掛かる。効果抜群の強大な電撃を受けたドククラゲは全身のに大きなダメージとなったようで僅かにふらつく、しかし、踏ん張って持ち直しギロリと俺たちを見た。俺はその眼に宿る強い意志、おそらくは執念を感じた。人間に負けるわけにはいかないという気持ちがドククラゲを突き動かしているのだろう。

するとピカチュウがドククラゲの足元まで来た。

 

「どうしたんだピカチュウ?」

 

俺の問いに答えずピカチュウはドククラゲを見上げた。

 

『ピカッ! ピカピカピッカ、ピッピカチュウ!』

 

『絆の力? それがあなたを強くするとでも言うのですか? それがあればポケモンと人間が共存できるとでも言うのですか? そんなもの私たちには関係ありません』

 

ピカチュウはドククラゲを説得していた。カスミと同じでポケモンと人間が仲良くなれると必死に訴えているんだ。

ドククラゲは否定するがそれでも訴え続けるピカチュウ。自分のポケモンがここまで一生懸命に守ろうとしているのに、自分はただこうして突っ立ているだけでいいのか? カスミも危険を顧みずに説得しようとしていた。大事な仲間のやりたいことを俺も頑張んないといけないんじゃないのか。

 

「そうだよな」

 

ドククラゲは視線をピカチュウから俺に移した。ドククラゲたちの怒りは当たり前のもの。自分たちの住処を破壊されて怒らないなんてできない。だから俺も、こいつらに憎しみは抱けない、抱く資格がない。だけど、これ以上街を壊させるわけには、人間たちを傷つけさせるわけにはいかない。

 

「そうだよな、憎いよな、許せないよな、だったら――」

 

俺はドククラゲとメノクラゲたちのために、俺にできることをしてあげたい。

ピカチュウの前に出た俺は両腕を広げてドククラゲの前に立つ。

 

「全部を俺にぶつけてくれ、お前たちの怒り、憎しみ、全部受け止めてやる」

 

『ピカ!?』

 

そうだ、俺がこの世界にきて、冒険してわかったことだ。

俺はポケモンが大好きなんだ。だから苦しむ彼らのために自分ができることをしたい。

例えこの身が砕け散ろうとも。

 

「サ、サトシなにを!?」

 

「危険だよサトシ!?」

 

カスミとリカが悲鳴に近い声で叫んでいる。悪いな、

 

「俺、お前たちにどう償ったらいいのかわからない。だから、俺にできるのはお前たちの怒りを聞いて受け止めることなんだ。これ以上街を壊すのも、人を傷つけるのもやめてほしい。その代わり、気が済むまで俺に攻撃してくれ」

 

『ピカピカ!』

 

ピカチュウが俺の脚にしがみついてくる。その悲壮な表情を見ると胸が苦しくなる。

 

「ごめんなピカチュウ、危ないと思ったらお前だけ逃げてくれ」

 

『ピカピカ、ピカピ!』

 

ピカチュウはいやいやするように首を振っていた。目に涙が浮かぶピカチュウに罪悪感が湧いてくる。

 

「サトシさんおやめください!」

 

「貴方がそんなことしなくていい! 逃げるんだ!」

 

「止めないでくれ! これが俺の男として、トレーナーとしての覚悟なんだ!!」

 

自分でもびっくりするくらい大きな声が出た。もう迷いはない。あとはピカチュウが逃げてくれれば、

 

『人間を傷つけるなと言っているくせに自分のことはいくらでも傷つけろとは支離滅裂、こんなおかしな人間がいたとは……』

 

ドククラゲは呆れたように目を閉じる。

 

『いいでしょう、あなた方の頑張りに免じて今回はここで引いてあげます。しかし、次は容赦しません』

 

その言葉が合図になったように、侵攻していたメノクラゲ軍団はピタリと止まる。

俺たちの気持ちが通じたんだ。その時、

 

「まてえい! 何勝手に終わらせとるババ! ワシのホテルをめちゃくちゃにしたクラゲは皆殺しババ!」

 

今までどこに隠れていたのか、戦車に乗ったババアが顔を歪めて怒声を上げながらドククラゲに銃を発射した。

 

「待って! もうドククラゲたちは暴れないわ! もうやめてあげて!」

 

「やかましいわ小娘! ワシのそいつらへの復讐は正当ババ! 邪魔するんじゃないババ!」

 

もう我慢の限界だ。あまりにも身勝手な言い分に久しぶりに腸が煮えくり返るような怒りを覚えた。お年寄りだと気を使ったのが間違いだった。

 

「てめこらクソババァいい加減にしろ! 誰のせいでこんな大惨事になったと思ってやがんだ! てめえが一番反省しろ!」

 

「黙らんか小僧めが! ワシに指図するなババ!」

 

聞く耳を持たないババアは尚も打ち続ける。よしもう殴る。老人だからって容赦しない。

 

『やはり愚かな人間もいますか』

 

俺が動くよりも先にドククラゲがババアに近づき触手を振り上げた。

あれは流石に死ぬぞ!

 

「待ってくれドククラゲ!」

 

『サトシ、あなたやその仲間たちのことは許しましょう。しかし、この醜い人間だけは許せません。この人間だけはわれらの怒りの鉄槌を下さなければいけません』

 

ダメだ。せっかく分かり合えたのに、このままだとドククラゲの手を汚すことになる。こんなババア死んでもいいがドククラゲのために止めないと。

 

「お待ちください」

 

凛とした声はエリカのもの。彼女はババアの前にたち、その隣ではナツメも立っていた。

 

「あなたの怒りも理解できる。しかし、ここは我々に任せてもらえないだろうか。人間の愚行は同じ人間が裁く」

 

『どういう意味でございますか?』

 

「人間には守らねばならぬ『法』が存在します。それを犯した人間は『法』によって裁かれるのです」

 

「このご老人は『法』で裁くのがふさわしいわ」

 

どういうことだ? あのババアが悪い奴なのは知っていたけど、何か犯罪をしてたのか?

 

「な、なにを言うババ! ワシがいつ法を犯したババ! 適当言うなババ!」

 

抗議するババアに対し、エリカとナツメはなにやら分厚い書類を取り出した。

 

「大きな建物を建造する際には、ポケモン保護法、自然環境保護法を遵守しなければいけないことはご存じですわよね?」

 

「あなたのリゾートホテル、調べさせてもらいました。明らかに自然への配慮を無視した設計ですよね?」

 

エリカは書類をめくる。

 

「それなのに、あなたの行った調査結果は『問題なし』、あらあら、これはおかしいのではなくって?」

 

「……な、なんのことババ」

 

ババアは汗を滝のように流し、目が泳いでいる。

 

「それだけではないですよね。このリゾートホテル建設の強行のために、方々に賄賂を渡していましたね。明らかな違法設計が審査を通ったのもそれが関係してますね?」

 

「ほかにも調べたらたくさんの不正が出ましたわ。それらすべて、レポートにまとめてあります。御覧になりますか?」

 

「う、ぐうう……」

 

ナツメとエリカが突きつけた不正の証拠にババアは何も言えず苦虫を噛み潰したように悔しそうな顔になった。

遠くからサイレンの音、振り向くと、多数のパトカーが走って来た。警察のご到着か少し遅かったけどな。

 

「警察です。ポケモンが暴れていると連絡を受け出動しました」

 

パトカーから降りてきた警察官たち、先陣を切るのはミニスカの美人ポリスのジュンサーさんだ。

 

「その件はもう解決しました。それよりも――」

 

ナツメとエリカが事情を説明するとジュンサーさんは納得して頷いた。

 

「確かに、これは決定的な証拠ですね。エリカさん、ナツメさんありがとうございます」

 

ジュンサーさんが悪徳ババアに近づく。

 

「あなたをポケモン保護法、自然環境保護法、贈収賄罪、その他の罪で逮捕します」

 

「お、おのれええ! お前らいつか必ず復讐してやるババアア!!」

 

手錠をかけられたババアはそのまま警察の皆さんに連行された。

 

「そういうわけですので、あの人はこれから罰を受けることになります」

 

エリカはニコリとドククラゲに説明した。

 

『そうですか……』

 

ドククラゲは神妙に頷いた。

 

『あなたがたのような者たちばかりなら、人間との共生もいいかもしれませんね』

 

その言葉を最後にドククラゲはニャースを近くの陸地に降ろすとメノクラゲたちを伴い海の向こうに消えていった。残ったのは瓦礫だらけの町と恐怖に慄いていた住人たち、しかし、メノクラゲたちのあとはまるで残っていないように思え、まるで先ほどの災禍が夢か幻であったかのように町も海静まり返っていた。

 

 

 

***

 

 

 

「エリカさん、ナツメさん、ご協力ありがとうございます。警察の代表として心より感謝いたします」

 

ジュンサーさんと部下と思しき警察官の皆さんがナツメとエリカに敬礼していた。その後パトカーに乗って警察署に戻る人たちと、町の人たちに事情を聞く人たちに分かれ仕事を始めた。

 

「いつの間にあんなの調べてたんだ?」

 

俺が聞くとエリカがニコリと笑う。

 

「うふふ、実はこのことを調べるのがこのハトバポートに来た目的なのです」

 

「え?」

 

「昨日、ポケモン協会から連絡があって、この町でポケモンの自然環境破壊やその隠蔽が行われていると情報が入ったの。ポケモンに関する犯罪について調べるのもジムリーダーの仕事よ」

 

「この町にはジムリーダーがいませんから、その場合は他の町のジムリーダーが担当することになっていますの。今回はたまたま近くにいた(わたくし)たちが調べることになりましたの」

 

「つまり潜入捜査ってことね」

 

「そうね、まさか遊びに来た海の近くでこんな不正が行われているとは思わなかったわ。警察は前々からマークしていたみたいだけど逃げられないために慎重にしていたみたい」

 

「気づかなかったな。それにしても1日足らずであんなに調べるなんてすごいな」

 

「ジムの女の子たちにも頑張ってもらいましたわ」

 

「そもそもこの町にジムリーダーがいないことで警戒も薄れていたようね。調べるのも簡単だったわ」

 

ニコリと微笑むエリカとナツメ、凛としている2人佇まいから目が離せない。

 

「どうしましたのサトシさん?」

 

「いや、なんつーか……かっこいいなって」

 

「「え?」」

 

「こう、キッチリ証拠突きつけて悪い人間を成敗する2人がなんか、こう綺麗で、かっこよくて……だから、その綺麗で……てああもう自分で何言ってんのかわからなくなってきたけど……つまり、エリカとナツメがすごいなってこと!」

 

自分で言ってて恥ずかしくなってきた、顔熱い。

 

「ありがとうサトシ」

 

「ありがとうございますサトシさん」

 

ナツメとエリカを見ると、先ほどとは打って変わって少女のように顔を赤くしてはにかんだ。

俺もなんだか照れくさくなってきて笑った。

 

「「むー……」」

 

後ろからカスミとリカの不機嫌オーラを感じた。

 

 

 

***

 

 

 

ハトバポートを出た俺たち連絡船に乗った。あんな騒動になったが運良く船は動いてくれて助かった。

夕日が船を照らしている中、俺は甲板で肩に乗ったピカチュウと海を眺めていた。

 

「なーにしてんの? 考え事?」

 

振り返るとカスミ、リカ、ナツメ、エリカが立っている。夕日に染まる彼女たちが綺麗で少しドキリとした。

 

「あのドククラゲ、単なる巨大ポケモンじゃなくってさ、もしかしたら、海の神様だったんじゃないかな」

 

「神様、ですか……つまり自然の怒りの体現だと仰るのですか?」

 

まさにエリカの言う通り。

 

「ああ、人間の身勝手に怒った神様がドククラゲたちを通じて警告してたのかも」

 

通常であればあんなに巨大なドククラゲは有り得ない。それにあの巨体なら目立つはず、さらにメノクラゲたちも町を埋め尽くすほど大量にいたはずなのに、もはや痕跡を残さず影も形も感じさせない。

彼らは本当にあの時あの場所にいたのだろうか。確かにあの町はいくつもの建物が壊され、俺たちも彼らとバトルした。巻きつかれ毒を流し込まれた感覚も残っている。だけど、本当は夢だったのではないかと思うくらいに現実感が薄れている気がする。

本当に神様か人の理解を超えた存在の仕業? いや、ポケモンそのものが「人の理解を超えている」と言えばそれまでだが……

 

「サトシありがとう」

 

不意にカスミが俺の隣に来た。

 

「ドククラゲたちのためにあんなに頑張ってくれて、私、本当に嬉しかった。

 

「一番頑張ったのはカスミだろ」

 

「ううん、そんなことない。あんなに危険を顧みないこと、私だったらあそこまでできなかった」

 

「けど、カスミの想いはドククラゲたちに伝わったと思うぜ」

 

「うん、そうだといいな。ナツメとエリカもありがとう。ジムリーダーとして大事なことを教えてもらったわ」

 

「思ったことを言っただけ、決断したのはカスミよ」

 

「カスミさん、これからの道は貴女が自分で進んでいくのですよ。もし、なにか困ったらいつでもご相談くださいな」

 

「ええ、今回のことは水ポケモン使いとしても大事なことを教えられた気がするわ。だから絶対に忘れない。それに――」

 

カスミはモンスターボールを取り出し空に向けて投げる。

 

「新しい仲間もできたしね」

 

ボールから飛び出したのはタッツー、そのままカスミの両腕によって抱きかかえられた。

 

『タッツー!』

 

「これからよろしくね、タッツー!」

 

『タツ!』

 

お互いに笑い合うカスミとタッツー、新しい仲間ができることは素晴らしいことだ。

 

『ピカピカチュウ!』

 

すると肩に乗ってるピカチュウがタッツーに何やら話しかけていた。

 

『タツタツ!』

 

話しかけられたタッツーは嬉しそうにピカチュウを見ていた。ピカチュウは俺の肩から降りるとカスミの腕の中にいたタッツーを抱きかかえて船から飛び降りた。

まさかの愛の逃避行!?

と思いきや、タッツーはそのまま海で泳ぎ、ピカチュウは『なみのり』で楽しそうに海の上を滑っていた。

 

「タッツーと泳ぎたかったのね」

 

「新入りの歓迎の意味も込めてってことなのかな」

 

船の上からその様子を見ているのは俺とカスミだけではない。

いつの間にかリカ、ナツメ、エリカも船から泳いでいるピカチュウとタッツーを見ていた。

 

「『波乗りピカチュウ』、まさかこのようなことが起こるなんて……」

 

「未だに信じられない気持ちよ。サトシのピカチュウはなにか特別なのかしら」

 

まあ俺にとって世界に一人だけの特別なピカチュウなのは間違いないな! あ、そういうこと言ってない? 調子に乗るな? すいません……

 

「きっと、ピカチュウの想いが起こした奇跡なんだと思うよ」

 

「サトシが大変な時のピカチュウ、本当に一生懸命だったわ。本気でサトシを助けたかったのよ」

 

そっか、ピカチュウはそこまで俺を心配してくれてたのか。無茶なことしてピカチュウに心配させて申し訳ない、けど物凄く嬉しい。ピカチュウ、俺にとって初めてのポケモン。そんなに長く一緒にいるわけではないのに、

 

「俺とピカチュウの間にさ、なんていうか、絆みたいなものを感じるんだ。これって気のせいなんかじゃなかったんだな」

 

俺は幸せ者だな。

すると、俺のモンスターボールがすべて開き、フシギダネ、ヒトカゲ、ゼニガメ、スピアー、ニドリーノが出てきた。

 

「どうしたんだ?」

 

俺のポケモンたちが一斉に飛びかかって来た。

 

「どわああああ!?」

 

あまりの勢いに俺は背中から倒れてしまった。

ヒトカゲが俺の頭をカプカプ甘噛みし、フシギダネが蔓で俺の両頬をぐにぐにイジり、ゼニガメは俺の腹に乗って胸のあたりをバシバシ叩き、スピアーは針を、ニドリーノは角で俺の両脚をツンツンつついてきた。

 

「ちょ、こら、なに、なんなの!?」

 

ポケモンたちに為すすべなく蹂躙されている俺の周りにカスミたちが集まってきた。

 

「もしかしてピカチュウにやきもち?」

 

「自分たちもサトシと絆があるって言いたいのかな?」

 

あ、そうなのか? 俺がピカチュウばかり構ってるって思われちゃったか?

 

「うふふ、皆さんご心配なさらず。サトシさんは皆さん一様に愛していらっしゃいますわ」

 

「みんながサトシが大好きなようにサトシも君たちが大好きよ。ピカチュウと同じくらいにね」

 

ピタリと言葉に反応したようにみんな動きが止まり、カスミたちを見上げた。

その通りだよピカチュウに負けないくらいみんな俺の大事なポケモン、大事な仲間なんだ。

さあ、そろそろ開放し―――

 

「ちょ、なんで! あ、ちょや、やめてー!」

 

みんなやめてくれなかった。覚えないはずの『ふくろだたき』をしてきた。

やっぱり怒っているのか? 気になりみんなの顔を見ると、そこにはたくさんの笑顔があった。

みんなとても嬉しそうに俺を見ていた。俺の気持ち、伝わったのかな。

見上げるとカスミもリカもエリカもナツメもおかしそうに笑っていた。

ああ、本当に俺って幸せ者だよな。

俺はしばらくポケモンたちの『じゃれつく』にされるがままになっていた。

 

 

 

***

 

 

 

本土に到着した俺たちは船を降りてその町のポケモンセンターに宿泊した。

翌日、ナツメとエリカはそれぞれの町に帰ろうとしていた。

俺たちはポケモンセンターの外で2人を見送ることにした。

 

「それじゃあここでお別れなんだな」

 

「ええ、見送ってくれて嬉しいわ」

 

「はい、サトシさんたちとまた会えて良かったですわ」

 

「今回のことでジムリーダーとして本当に勉強になったわ」

 

「また会えるといいね」

 

それぞれ言葉を交わす。けどリカの言う通りまた会える。そう信じれば寂しくない。

 

「あ、そうですわナツメさん」

 

「ん?」

 

なにやらエリカがナツメに耳打ちをする。ナツメは一瞬目を見開くが何やら納得したように頷いた。すると2人が近づいてきた。

 

「また会いましょうサトシ」

 

ナツメが右手を差し出してきた。握手か。

俺は倣うように右手を差し出しナツメと握手をかわした。

 

その時、エリカが俺に近づき、右頬に熱い感触、な、ええ!?

 

「いただきましたわサトシさん」

 

俺から離れたエリカは赤い顔で微笑んでいた。

いきなりのことで俺は呆然としながらエリカを見た、その時左頬に熱い感触。な、また!?

 

「ごちそうさま、サトシ」

 

悪戯っ子のような顔を真っ赤にしたナツメ。

今度はナツメにもキスされてしまった。

 

「な、ななななな、なん、なに……」

 

ダメだ、うまく呂律が回らないし頭も回らない。混乱しているのは2人の『てんしのキッス』のせい? そんな俺をしり目にエリカとナツメは見とれるくらい綺麗な笑顔を向けた。

 

「これが(わたくし)たちの宣戦布告、ですわ」

 

「離れていても貴方を想い続けるってことよ」

 

え、なにこの状況、俺あと5分くらいしたら死ぬの?

 

「カスミさん、リカさん、(わたくし)たちは負けるつもりはありませんわ」

 

「いつも一緒だからって安心してると取っちゃうんだから」

 

その言葉を最後に2人は去っていった。

 

頬にはまだ熱と感触が残っている。美人2人から口づけされたなんてなんだか現実感が薄れている気が―――

 

「「サァトォシィィィ……」」

 

地の底から這い出るような声、まるで引きずり込まれそうな錯覚に陥った俺はギギギ、とゆっくり首を後ろに向ける。

 

そこには2人の悪魔―――ではなく、顔を真っ赤にして膨れた美少女がいた。

2人は『しんそく』の動きで俺の両肩をガッチリホールドすると、そのまま俺を引きずってポケモンセンター内に連行した。

ズンズンと進む2人、着いた場所は俺たちが宿泊していた部屋の一つ。バンと強くドアが開かれ、中に入ると俺はベッドに投げられた。

 

「な、なん――」

 

見上げると、右にカスミ、左にリカ、2人が俺を押し倒す体勢で見下ろしていた。2人の顔は真っ赤で瞳は潤み、緊張が伝わって来た。見下ろされる俺も顔が熱くなり胸が高鳴る。

 

「お、おい……リカ、カスミ?」

 

「リカ、せ、せーのでいくわよ!」

 

「う、うん、バッチこい!」

 

「は?」

 

「「せーの!」」

 

「なあああああ!?」

 

両の頬に先ほどと同様の熱と柔らかさを感じた。

 

 

 

***

 

 

 

あれからリカとカスミに何回か頬にキスされた。頭がグルグル回る、なんかフラフラする。『ドレインキッス』か? 体力吸い取られたのか?

 

「く、くちびるはまだ、早いからね!」

 

「も、もっと深く、いろいろしてからだよ!」

 

「あ、はい……」

 

というやり取りを何回かしながら俺はオーキド博士に連絡しようとセンターのパソコンの前に座っていた。後ろにはカスミとリカもいる。

パソコン操作でカタカタっと……

画面が開く。

 

『おお、サトシにリカにカスミか、一昨日ぶりじゃの』

 

「「「こんにちはオーキド博士」」」

 

『ぬ? なにやらみんな顔が赤いようじゃが、具合でも悪いのかの?』

 

「あ、い、いえ全然元気ですよ!」

 

「問題ないです!」

 

「大丈夫です!」

 

俺と同様にカスミとリカも慌てて否定する。

 

「そうか、ならいいが。健康は何よりも大事じゃ、若いからと油断するでないぞ」

 

「は、はい博士」

 

良かったあ、バレてないよな。

 

『あ、そうじゃ。3人に話したいことがあるのじゃが』

 

話? なんだろと思っていると、それは意外な言葉だった。

 

 

 

『他の地方に行ってみる気はないか?』

 

「「「え?」」」




最強ピカ様なので、なみのりピカチュウにもなります。
剣盾でピカチュウは普通になみのりを覚えられるので特別感薄れたかもです。剣盾発売前にこの話出せれば良かったです。
現在キョダイマックスピカチュウ捕獲を頑張ってます。

最後の台詞は少し考えている展開があるのでこうしました。

コロナも終息に少しずつ近づいています。
皆様最後まで気を緩めずに日々頑張りましょう。

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