サトシに憑依したので冒険してみようと思う(改題)   作:エキバン

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大変長らくお待たせしました。
投稿させていただきます。


イッシュ地方 多種生きる街でBattle Battle Battle!

「すまん、完全にこちらの手違いじゃ」

 

シンオウ地方から帰ってきた翌日、画面越しのオーキド博士から謝罪の言葉が飛び出す。

俺は自分の手にあるチケットを見る。そこには『イッシュ行き』とあった。つまり次の俺の目的地はイッシュ地方だ。

リカとカスミもそれぞれチケットを持っている。しかし、そこに記された文字は――

 

――『アローラ行き』

とあった。

 

「あははは……」

 

「サトシだけ別の場所なのね」

 

リカは苦笑いし、カスミは溜息混じりの様子だ。

 

「今からアローラかイッシュのチケット取れないんですか?」

 

『ううむ、調べたら今日一日は予約で埋まっておるようでな……』

 

「そうですか」

 

つまりは今日はもうどうしようもないというわけだ。しかし、なってしまったものは仕方ない。別に絶望的というわけではない。それぞれ別の場所に行くことなったというだけのこと。

 

「まあいいじゃん2人で行ってきなよアローラ地方。俺は1人でも大丈夫だからさ」

 

2人は俺を見ると薄く笑う。どうやら2人も俺と同じ気持ちのようだ。

 

「そうだね、チケットもったいないよね」

 

「ま、女2人で旅行ってのも悪くないわね」

 

「よっし決まり、じゃあ博士、俺たちはこのまま行ってきますよ」

 

『そうか、3人がそれでいいなら良かった。では気を付けていくのじゃぞ』

 

「「「はい!」」」

 

 

 

 

空港のターミナルで荷物を持った俺たち3人は自分たちの便を待つ。

しばらくすると、俺の乗るイッシュ行きの便が間近となった。

 

「よっし行ってくる」

 

3人で搭乗口に向かう。無論、通るのは俺だけでカスミとリカは見送りだ。

手荷物検査をパスした俺は搭乗口を通過、向こう側のリカとカスミの方を振り返る。

 

「じゃあ気を付けてねサトシ」

 

「誰彼構わず女の子ひっかけるんじゃないわよ」

 

「しないよ!」

 

大声で何を言うのさ!

周りの他の人たちが俺たちを見てクスクス笑っていた。

 

俺は2人に手を振りながら半ば逃げるような勢いで搭乗を済ませた。

 

 

 

***

 

 

 

飛行機が発進してしばらく。

 

「お、見えてきた!」

 

俺が乗っているのは両翼に合計4つのプロペラを備えた飛行艇だ。窓から見下ろすとそこには港が見えた。飛行艇は通常の飛行機とは違い、海に着水することができる。つまり今見ている港が到着予定地ということだ。

 

飛行艇から降りた俺の前にある広大な海、あの向こうには故郷であるカントー地方がある。

 

「1日とはいえ、ここまで遠くに来たのは信じられないよな――」

 

言いかけて気づく。今、リカとカスミはこの場にいないということを。

2人とここまで離れているなんて初めてのことだ。なんだか寂しさがこみあげてくる。

 

「ま、1日だけだ」

 

少し暗くなったが気を取り直し、これからイッシュの地をどう周ろうかと考えを巡らしたしたその時――

 

「あなたがマサラタウンのサトシ君?」

 

声が聞こえ振り返ると、1人の女性がこちらに向かって歩いて来た。

歩いてきたのは年上の女性、白衣を纏い、タイトスカートにスニーカーを履いている。整然さと屈託のなさが混じったようないで立ちだがその整った顔はとても理知的な美人だ、

 

「ええ、俺がマサラタウンのサトシです。貴女は――」

 

「私はアララギ、イッシュ地方でポケモン研究をしているわ。貴方の案内を担当させてもらうわ」

 

「よろしくお願いしますアララギ博士、マサラタウンのサトシです。わざわざお出迎えしていただきありがとうございます」

 

「オーキド博士が期待しているトレーナーだもの、これくらい当然よ。私も有望なトレーナーとは知り合っておきたいもの」

 

そこまで期待されれるのは照れてしまう。俺は頬をポリポリと掻いて「あはは……」と笑ってしまう。

 

 

 

「イッシュ地方の生態系は独特なの、他の地方だとその地方が発祥のポケモン以外のポケモンも多く生息しているけど、ここのほとんどの個所ではイッシュ地方発祥のポケモンばかりが生息しているの。一時期はイッシュ地方には他の地方のポケモンが1体も見当たらないこともあったのよ」

 

港町を出ると森に囲まれた道路があり、別の町へと向かうために道路を歩きながら俺はアララギ博士の説明を聞いていた。

イッシュ地方のポケモンは、以前に何度か見たことがあった。それが自然の中で生きている姿は以前とは違った感想が生まれるだろう。もちろん見たことないポケモンたちもいるはずだ。

短い期間だが知らないポケモンとの遭遇やバトルができることに思いをはせていると――

頭上の木に生い茂る草がガサガサと揺れる。

さっそく来たか!

 

「お、来るなら来い、俺の知らないポケモン!」

 

そうして草の奥から影が飛び出す。

 

「わっ、きゃあああああ!!」

 

「なっ!?」

 

悲鳴と共に落下してきたのは女の子だった。空に手を伸ばし、このままでは背中から地面に激突してしまう。

 

「危ない!」

 

落下地点は俺の現在地から数メートル先、だが、マサラ人である俺にとって一瞬で到達するのは造作もないことだ。目的地点まで駆けつけると、落ちる少女を優しく抱き留める。

 

「大丈夫か?」

 

俺は抱き留めた少女の顔を覗き込んで尋ねる。すると少女は恐る恐る目を開けると彼女のクリクリとした可愛らしい目と視線が交錯する。みるみるうちに少女の顔が赤くなる。

 

「ちょ、お、お、降ろしてえ!」

 

「ああ、わかった」

 

両手両足をバタバタと動かして暴れる女の子に俺は努めて冷静に下した。

 

「あなた、大丈夫?」

 

「あ、はい、大丈夫……です」

 

アララギ博士に尋ねられた女の子は返答する。

改めて少女の容姿をを見ると、小柄な見た目、髪型はとてもボリュームがあって腰まで伸ばし、頭の左右と毛先を結っている結われている。小麦色の綺麗な肌、腰にはリボンのようなベルトが巻かれたシャツ、ひざ下まであるショートパンツを纏っている。

さっき抱き留めた時も思ったが、やはり可愛らしい女の子だ。

 

「なによ、ジッとみて?」

 

女の子が怪訝そうに俺を見ていた。

 

「ああいやごめん、そういえばどうして木の上にいたんだ?」

 

「こうした森の中だと、木の上って落ち着くのよ。移動するときもただ歩くよりも楽だしね」

 

なかなかアグレッシブな少女のようだ。

 

「まあ、その、助けてくれてありがとう」

 

「どういたしまして」

 

どこか照れながら言う少女は先ほどの活発さに比べてしおらしい様子だった。

 

「あたしはアイリス、ドラゴンマスターを目指してるの」

 

「ドラゴンマスター?」

 

自己紹介してくれたアイリスから出た聞き慣れない単語に質問する。

 

「知らないの? どんなドラゴンポケモンでも自在に操ることとができるトレーナーのことよ」

 

「確かソウリュウシティではポケモンジムを始めとして、ドラゴンポケモンの育成に力を入れているって聞いたことがあるわ。あなた、ソウリュウシティの出身なの?」

 

「はい、そうです。ドラゴンポケモンって、ほんとに強くてかっこよくて綺麗で可愛くって、もう最高なんです。ドラゴンポケモンの町で生まれ育って私ほんっとうに嬉しいんです。だから最高のドラゴンマスターに絶対なりたいんです!」

 

目を輝かせて一生懸命に語るアイリスの姿、まるで水ポケモンのことを楽しそうに語るカスミのようだった。その様子がなんだかほほえましい。

それにしてもドラゴンか、かっこいい生物の代名詞(俺も大好き、いつか欲しい)、カントーでも本物のドラゴンポケモンは見たことがなかったな。イッシュでドラゴンポケモンと会えるとは幸先いいかも。

 

「で、君はどんなドラゴンポケモン持ってるんだ?」

 

「……ない」

 

アイリスは気まずそうに視線をそらした。

 

「え?」

 

「……まだドラゴンポケモン持ってない」

 

「なんじゃそりゃ」

 

ドラゴンマスター目指してるのにドラゴンポケモンいないとはこれいかに。

 

「こ、これから旅を始めたら捕まえるわよ!」

 

「今、こうして旅してるんじゃないのか?」

 

「今日は少し遠出しただけよ。私が旅を始められるのはもう少し先」

 

なるほど、アイリスは見た目通りまだまだ子供なわけだな。

 

「……なんか失礼なこと考えてない?」

 

ジト目で見上げてくる彼女に「なんでもないよ」と答える。しかし、凄んでるつもりだろうけど、アイリスがやると可愛いだけなんだが。

 

「か、かわっ……!?」

 

あれ、声に出てた?

 

「あらら、サトシ君ってなかなかタラシかしら?」

 

違うんですよアララギ博士、誤解です。

その時、地面が揺れる。

 

「「「!?」」」

 

同時に地面から出現する者がいた。

 

『メグゥ!!』

 

砂のような色の体表に、目や背中に黒の模様が描かれたポケモンだ。そしてなぜかサングラスをしていた。

 

「なんだあのポケモンは?」

 

「あれはメグロコよ」

 

流石はポケモン博士のアララギ博士だ。現れたメグロコは俺たちにじりじりと近づくと一吠えする。

 

『メグゥ!』

 

「バトルしたいのか? だったら受けてやる。ピカチュウ、君に決めた!」

 

モンスターボールからピカチュウが現れる。

 

『ピカチュウ!』

 

俺の相棒の電気ネズミが頬に激しく火花を散らしながら飛び出す。

 

「ピカチュウ!? 初めて見た!」

 

後ろでアイリスが驚いているようだ。本当にイッシュには独自のポケモンばかりなんだな。

 

「いくぜピカチュウ『10まんボルト』!」

 

 

 

「な、効いてない!?」

 

「メグロコは地面タイプなのよ」

 

「タイプぐらい調べなさいよ!」

 

初めてのポケモンなんだかえら仕方ないだろ、と思ったが確かにポケモン図鑑で調べられたな。電気タイプのピカチュウとは相性が悪いが、ここで引かせるとやる気十分ピカチュウに悪い。ここは突っ切る。

 

「だったら『アイアンテール』!」

 

鋼の尻尾が振り下ろされ、メグロコの脳天に直撃する。ダメージを受けたメグロコは吹き飛び後退する。

 

「すご……!」

 

「へえサトシ君よく育ててるじゃない」

 

アイリスの驚きの声、アララギ博士の賞賛、どうもありがとう。さらにやる気出たなピカチュウ!

するとメグロコは地面に潜り込んだ。『あなをほる』か。ピカチュウに直撃したら大ダメージだな。

けど、地面に潜ったからって安全じゃないいんだぜ。

 

「ピカチュウ、『アイアンテール』を地面に叩きつけろ!」

 

ピカチュウの鋼の一撃で地面が大きく割れ揺さぶられる。

 

メグロコが地面から悲鳴と共に飛び出してきた。

 

「いっけえ『アイアンテール』!」

 

吹き飛んだメグロコはそのまま目を回して倒れた。

 

「戦闘不能……ね」

 

いつの間にか審判になったアララギ博士の宣言で決着がついた。

 

「よくやったピカチュウ」

 

『ピッピカチュウ!』

 

ピカチュウも喜んで飛び跳ねた。すると倒れていたメグロコは立ち上がるとすごすごと地面に潜って姿を消した。

 

「じゃあなーメグロコ、また会おうぜー!」

 

「まったく1回勝ったくらいではしゃいじゃって、子供ねー」

 

アイリスが呆れたように呟いた。

 

「そうだよ俺は今子供だよ。だから子供のうちにやれることをやるのさ。それにアイリスだって子供だろ?」

 

「あ、あんたよりは大人よ。私はすぐにはしゃいだりしないし」

 

「すぐムキになるのは子供じゃないか?」

 

「うむー!」

 

反論するとアイリスは顔を赤くしてプクーと頬を膨らませた。なんだろう、ものすごく頭を撫でてやりたい。

 

「まあまあ、サトシ君いいバトルだったわよ。ピカチュウの動きも良かったしサトシ君の指示も的確だったわ。流石旅をしているだけはあるわ」

 

アララギ博士からまたもお褒めの言葉を貰った。自分のこと以上にピカチュウのことを褒めてくれたことが本当に嬉しい。

 

「さて、町も近いし急ぎましょう。アイリスちゃんはどうするの? よかったら一緒に行かない?」

 

「あ、はい、じゃあご一緒させていただきます」

 

 

 

森を抜けると、眼前に町が広がっている。人もたくさんいて活気に溢れている。

歩いている人々の隣にはカントーでは見たことないポケモンばかりがいた。

 

「サトシ君、この町にはバトルクラブがあるのよ」

 

街並みを見ているとアララギ博士が教えてくれた。

 

「バトルクラブ?」

 

「バトルクラブはイッシュ地方のあちこちにある施設で、名前の通りトレーナーたちがバトルするための施設よ。施設に自分のことを登録すれば、戦いたいトレーナーとバトルすることができるの」

 

バトルのための施設か、いいじゃん、楽しみになってきた。

 

「まあもっと詳しく知りたいならあたしが一から教えてあげても――」

 

「よっしゃ行くぞピカチュウ!」

 

『ピカピカ!』

 

アイリスが何か言ってるが後々、早速バトルだ!

 

「あっちょ、待ちなさいよー!」

 

「あらら、元気いっぱいで羨ましいわ」

 

 

 

***

 

 

 

「バトルクラブへようこそ。私がこのバトルクラブの責任者、ドン・ジョージだったりする」

 

現れたのは筋肉質なダンディなおじさんだったりする。

 

「俺はマサラタウンのサトシです。このバトルクラブでは登録してバトルしたいです」

 

「うむ、ではポケモン図鑑を見せてもらおう」

 

言われた通りにポケモン図鑑を渡すと、ドン・ジョージさんはわずかに顔をしかめる。

 

「君は他の地方を旅をしているのか?」

 

「はい、そうですが」

 

「それではこの施設に登録ができない決まりだったりする」

 

「ええっ!?」

 

「サトシ君、バトルクラブはイッシュリーグに登録しているトレーナーが会員になれるの。カントーリーグに登録している今ではバトルクラブには登録できないのよ」

 

思わぬ事実に驚いているとアララギ博士が説明してくれた。

 

「けどね、サトシ君も体験ということで今日一日はこの施設を利用ができるのよ。そうよねドン・ジョージさん」

 

「うむ、その通りだったりする。他の地方のポケモントレーナーにもこのバトルクラブのことを知ってもらい、このイッシュ地方に来てもらい、イッシュ地方全体を盛り上げることもこの施設の目的だったりする。なのでカントー地方から来た君のことも、私は歓迎するつもりだったりする」

 

アララギ博士の言葉にドン・ジョージは頷いた。

 

「パソコンの仮登録の項目を使えば、1日体験での登録をすることが可能だったりする」

 

俺はパソコンの画面に表示された仮登録の欄に必要項目を入力しあっという間に完了した。

 

「よっし、早速バトルだ!」

 

「ってもうバトル? 他のトレーナーのバトル見たらいいのに」

 

アイリスの指摘ももっともだが、

 

「もうとにかく早くバトルしたいからさ、もう居ても立っても居られないんだ」

 

「そうね、それでこそポケモントレーナーよね」

 

アララギ博士はどこか楽しそうに笑っている。すると、

 

「なあもしかして君が他の地方から来たってトレーナー? もしよかったらポケモンバトルしないか?」

 

「ああ是非とも頼む」

 

俺に興味を持ってくれたトレーナーがバトルを申し込んでくれた。

早速見つかった相手に胸が高鳴りわくわくを感じた。

 

バトルフィールドまで来た俺と対戦相手のトレーナーが対峙する。

 

「まったく、バトルの相手がすぐに見つかったからって、そんなにはしゃいで子供ねー」

 

「よっし、じゃあ対戦よろしくな!」

 

「ちょ、無視しないで!」

 

悪いなアイリス、今俺は目の前のバトルに集中したいんだ。イッシュ地方初のバトルが今始まる!

 

「行けドッコラー!」

 

「ピカチュウ、君に決めた!」

 

相手のトレーナーのポケモンは長い角材を持った2本脚で立つ小柄なポケモン、ドッコラー。

俺は相棒のピカチュウで迎え撃つ。

 

「ピカチュウ! 本物は初めてだ!」

 

「あれってピカチュウか!?」

 

「すげえ本物だ!」

 

「きゃあ可愛い!」

 

「ピカチュウのバトルよ見逃せないわ!」

 

俺たちのいるバトルフィールドにあっという間に人が集まり歓声がどんどん大きく広がっている。たくさんのイッシュの人間がピカチュウを見ている。まるでアイドルのように注目されているピカチュウはどこか照れ笑いを見せる。可愛い。

 

「行くぜピカチュウ!」

 

『ピカチュウ!!』

 

 

 

***

 

 

 

「ピカチュウ『アイアンテール』!」

 

『チュウウウ、ピッカア!』

 

ピカチュウが鋼の尾を横薙ぎに振りぬくとドッコラーを構えた角材ごと吹き飛ばした。

そのまま倒れたドッコラーは目を回して動かなくなる。

 

「ドッコラー戦闘不能、ピカチュウの勝ち!」

 

「よっしゃあ!」

 

『ピッカ!』

 

「強いぞあのカントーのトレーナー」

 

「ピカチュウってあんな動きをするんだな」

 

沸き立つ観客たち、その数はバトル前よりも増えているようだ。ピカチュウが珍しいという気持ちもあるのだろうけど、しっかりバトルも見てくれて嬉しい。

すると、

 

「へえ君、強いんだ」

 

現れた女の子はポニーテールのピンクと白のキャップを被り、白のトップスの上に黒いベストを羽織り、ダメージデニムのホットパンツを身にまとっている、とてもスタイルの良い女の子だ。胸の膨らみは大きく、ホットパンツから伸びる脚はしなやかで美しい。

 

「次は君が相手か?」

 

「ええお願いするわ。私はカノコタウンのトウコよろしくね!」

 

「俺はマサラタウンのサトシだ」

 

バトルを申し出たスポーティな印象の美少女トウコ、彼女ば俺と反対側のトレーナーゾーンに向かおうとしたその時、

 

「あらトウコじゃない」

 

「アララギ博士!?」

 

俺の後ろにいたアララギ博士がトウコに話しかけた。

 

「博士の知り合いですか?」

 

「ええ、彼女がポケモントレーナーになった時、私の研究所でポケモンを渡したの」

 

つまり俺やリカとオーキド博士と同じ関係か。

 

「博士、彼とはどういう知り合いなんですか?」

 

「彼は知り合いの博士に紹介されたトレーナーなの、このイッシュ地方にいる間は私が案内することになってるのよ」

 

「そうなんですか、そっちの女の子は?」

 

トウコは次にアイリスへと視線を向けた。

 

「この子はさっき知り合いになった子よ」

 

「そうですか。よろしくねカノコタウンのトウコよ」

 

「こっちこそよろしくね、私はソウリュウシティのアイリス」

 

挨拶を済ませ、俺とトウコはバトルフィールドで向かい合った。

 

「アララギ博士が注目してるトレーナーだからって手加減しないわよ!」

 

俺とトウコは同時にモンスターボールを投げた。

 

「ポカブ、レディーフォーバトル!」

 

「ヒトカゲ、君に決めた!」

 

『カブゥ!』

 

『カゲッ!』

 

トウコのボールから飛び出したのは赤と黒の体、尻尾はくるりと巻かれ、大きな鼻が特徴的だ。その鼻から炎が噴き出す。

偶然。俺が選んだのも炎タイプのヒトカゲだ。

 

「気合い入れてくぞヒトカゲ」

 

『カゲカゲ!』

 

「へえヒトカゲも本物は初めてね。炎タイプ対決も面白いじゃない」

 

言葉通りにトウコは初めて見るヒトカゲに一瞬驚きながらも、彼の炎の強さに面白そうに笑みを浮かべた。

 

「すごい、本物のヒトカゲ! 進化したらドラゴンのリザードンになるんだもん。かっこいいわ!」

 

後ろではアイリスが嬉しそうな声を上げている。

 

「リザードンは炎・飛行タイプだからドラゴンじゃないよ」

 

「いいじゃん、ドラゴンみたいなポケモンもドラゴンポケモンなの!」

 

そんなこだわりでいいのか? と思っていると、バトルが始まる。

 

「ポカブ『ころがる』!」

 

『カブゥ!』

 

ポカブは丸くなると高速回転しながら突進してきた。猛スピードで転がるポカブはヒトカゲの衝突する。ヒトカゲは後方に吹き飛び痛みを感じながらも立ち上がる。

 

「岩タイプの技……!」

 

「さあどうする? もう手詰まりかしら?」

 

勝利の自信を見せるようなトウコの笑み、その表情は俺の闘争心をさらに高ぶらせる。

 

「まさか、こっからだよ! 正面突破だヒトカゲ『かえんほうしゃ』!」

 

『カァゲエエエエエエ!!』

 

ヒトカゲの口から発射される膨大な火炎、転がるポカブを飲み込むとその勢いを押し返し、吹き飛ばした。

 

「なんて威力、『ころがる』を弾き返すなんて」

 

口調とは裏腹にトウコの表情に焦りはなく、むしろ闘志を燃やすように笑みを深める。

 

「面白いわ。ポカブ『かえんほうしゃ』!」

 

「ヒトカゲ、もいっちょ『かえんほうしゃ』!」

 

『カブウウウウウ!』

 

『カゲエエエエエ!』

 

激突する2体の『かえんほうしゃ』。一瞬の拮抗、次の瞬間、大きな爆発を起こす。

 

「ポカブ『ニトロチャージ』!」

 

すかさず動くトウコとポカブ、炎を纏ったポカブは勢いよくヒトカゲに突撃する。小さなダメージだがヒトカゲはわずかに後退する。

 

「ただ攻撃するだけじゃないわ。『ニトロチャージ』の効果でポカブはさらに速くなる。もう一度『ニトロチャージ』!」

 

トウコの言う通り、ポカブの動きは先刻よりも素早くなっている。元のスピードはそこまでじゃないが、技を何度も重ねられると手が付けられなくなる。

だが、素早さが上がりきってない今なら――

 

「後ろだヒトカゲ『かえんほうしゃ』!」

 

「かわして!」

 

回避のためにポカブは右に避け走り出す。だが、回避行動をとったことでポカブが減速した。

 

「今だヒトカゲ、捕まえろ!」

 

『カァッ!』

 

『カブッ!?』

 

突進するポカブにヒトカゲは口を大きく開き、相手の胴体に嚙みついた。

 

「なっしまった!」

 

ヒトカゲは大きな口がポカブを捕らえ動きを止める。だが、体格にそこまで差は無いため、ポカブが強く暴れれば拘束は解かれるだろう。だから――

 

「そのまま『かえんほうしゃ』!」

 

『カッゲエエエエエ!!』

 

噛みついた口からヒトカゲは火炎を放つ。超至近距離だ炸裂する『かえんほうしゃ』、ポカブの全身を飲み込んだ。猛烈な勢いの火炎がポカブを吹き飛ばした。

そのまま地面を転がるポカブは目を回して倒れた。

 

「やったぜヒトカゲ!」

 

『カゲカゲ!』

 

ヒトカゲは嬉しそうに飛び跳ねた。

 

「お疲れ様ポカブ、ゆっくり休んで」

 

トウコはポカブをボールに戻すと、優しい眼差しでモンスターボールを見つめた。俺もヒトカゲをモンスターボールに戻すと、トウコが俺に向かって歩いて来ていた。

 

「ふぅ、バトルありがとう。君、強いのね」

 

「こっちこそありがとう、いいバトルだったよ」

 

「そうかな? ずっとサトシのペースだったと思うけど、圧倒されちゃったよ」

 

「ポカブのスピードがもっと上がってたら勝負は分からなかったよ」

 

「それをさせる前に決めちゃったじゃない。謙遜のし過ぎあなたのポケモンにも失礼なんじゃない? 素直に認めなよ、サトシは強いよ」

 

ストレートなトウコの言葉、素直な賞賛、まっすぐに伝えられると、胸が温かくなってくる。

 

「ありがとう、そう言ってもらえると自信になるよ」

 

「あ、照れてるの? 可愛いじゃん」

 

無邪気に笑う貴女の方が可愛いのですが、うっかり惚れちゃいそうになるぜ。

 

「……むぅ、デレデレしちゃってなによ」

 

後ろでアイリスが何やら言っているようだがどうしたんだ?

 

「トウコー!」

 

不意に聞こえるトウコを呼ぶ声、発生源はトウコの後ろ、つまりは俺の目線の先。

現れたのはお団子付きツインテールにサンバイザーをつけた俺と同年代と思しき女の子。

ラグランTシャツを身にまとい、肩に見えるのはタンクトップをだろうか。キュロットスカートからはタイツに包まれた脚が伸びている。トウコよりは背は低めだが、Tシャツを押し上げる胸元はトウコよりも大きく見えた。走るたびに揺れてる。すげえ……

容姿はトウコやアイリスに負けないくらいの美少女だ。

 

「メイ、久しぶりね」

 

「あっ、アララギ博士、お久しぶりです!」

 

思わぬ再開だったのかメイは驚きながらも笑顔で会釈した。

 

「トウコ、バトルしてたの?」

 

「ええ、他の地方から来た人だからね、居ても立っても居られなくて」

 

「トウコがお世話になりました。私はトウコの幼馴染のメイといいます」

 

「俺はカントー地方、マサラタウンのサトシだ」

 

「よろしくお願いします。博士、そちらの女の子は?」

 

「私はソウリュウシティのアイリス、博士とサトシとはさっき会ったばっかりなの、よろしくねメイ」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

「君もアララギ博士からポケモン貰った子なのか?」

 

「はい、そうですよ。それよりもサトシ君、わざわざ遠いカントーから、イッシュまで冒険しに来たんですか?」

 

「1日だけな。色んな地方を知ることで見識を深めるってな」

 

「素晴らしい試みですね、他の地方にはどんなポケモンがいるのか、想像するだけでわくわくしますもんね!」

 

興奮気味になったメイの両目が星が輝いたかのような錯覚を覚える。

大人しそうな見た目に反して、なかなかアクティブな女の子のようだ。

 

「ねえせっかくだからメイともバトルしてみない?」

 

「え?」

 

トウコの急な提案にメイは目を丸くした。

 

「俺は構わないよ」

 

メイがどんなポケモンでどんなバトルをするのか気になるしな。

 

「あのっ、トウコ」

 

「いいじゃない、ポケモンバトルはすればするほど腕が磨かれるのよ」

 

戸惑いを見せるメイにトウコは綺麗な目で軽くウインクしながら勧める、メイは一瞬考えると。

 

「ええと、じゃあお願いします」

 

承諾してくれた。

 

「ツタージャ、レッツスタート!」

 

「フシギダネ、君に決めた!」

 

『タジャ!』

 

『ダネダネ!』

 

現れたのは細い緑の体、細い口に、大きな眼、尻尾は草のような形をしているポケモン

 

「ツタージャ、確かポカブと一緒でイッシュ地方の新人トレーナーに渡されるポケモンだったよな」

 

「はい、私の大事なパートナーなんです! あなたのフシギダネもカントー地方で初心者用のポケモンでしたよね」

 

「ああそうだぜ」

 

またもや同タイプ対決、こっちも負けられないよな。

 

「頼んだぞフシギダネ」

 

『ダネフシャ』

 

そして、バトルが始まる。

 

「ツタージャ『つるのムチ』!」

 

「フシギダネこっちも『つるのムチ』だ!」

 

『タジャ』

 

『フシャ』

 

ツタージャとフシギダネから2本の蔓が同時に放たれる。絡み合う蔓同士は互いに相手と引き合いギシギシと音を鳴らす。しかし、拮抗は数秒で終わり、引っ張り合いはフシギダネの勝ちだ。

 

「よっし!」

 

「くっ、だったら『エナジーボール』!」

 

ツタージャの蔓とフシギダネの蔓が離れる。

 

「連続で『エナジーボール』!」

 

「フシギダネ、こっちも連続で『ヘドロばくだん』!」

 

「毒技!?」

 

ツタージャから連射される緑のエネルギー弾に対し、フシギダネは紫のエネルギー弾を発射する。対峙する緑の軍団と紫の軍団、しかし、タイプ相性により緑光は紫光に飲まれ蹂躙される。尚も勢いのある紫光がツタージャに襲い掛かる。

 

「ツタージャ!」

 

メイの悲鳴にツタージャはフラフラになりながらもまだ立ち上がる。そこにフシギダネから発射された残りの『ヘドロばくだん』が襲来する。

ツタージャに迫る追撃にメイに動揺の色が目元に浮かぶ。

 

「っ!? ツタージャ、『リーフストーム』!!」

 

慌てたような声で指示を出すメイ。ツタージャは回転を始めそれが次第に大きくなり、大量の葉っぱと共に竜巻が発生、次第に大きくなり、フシギダネに襲い掛かる。

 

「走れフシギダネ!」

 

放たれた光線が葉の竜巻の中心に向かって直進していく。

 

「『ソーラービーム』!」

 

フシギダネは中心を走ることで竜巻を最小限にダメージ抑え直進しながら、背中の蕾に光を蓄積させる。そして最大までエネルギーが溜まる。そして、発射される。

驚愕の表情のツタージャはそのまま回避もできずに撃ち抜かれる。

ツタージャはそのまま仰向けに倒れ、目を回した。

 

「ツタージャ戦闘不能、フシギダネの勝ち!」

 

審判トウコの宣言でバトルが決着する。

 

「よっし、いいぞフシギダネ」

 

『ダネダネ!』

 

頭を撫でてあげるとフシギダネは嬉しそうに笑った。

そのままモンスターボールに戻す。

 

「ツタージャ、お疲れ様です。ゆっくり休んでください」

 

ツタージャを抱き上げたメイはそのままモンスターボールにツタージャを戻す。その表情は暗いものだった。

 

「負け、ですね」

 

「ほんとに強いわねサトシ」

 

「メイも惜しかったわね」

 

「いいえ、もっと上手く指示を出せれば……」

 

「そんなに気にしないの、これからよ」

 

「……はい」

 

快活に笑うトウコに対しメイもほほ笑む。しかし、その笑顔はどこか寂し気だった。

その時、トントンと肩をたたかれる。振り返るとアイリスだった。

 

「ねえサトシ、私ともバトルしてくれない?」

 

その表情は真剣そのものだ。

 

「おう、いいぜ早速やろう」

 

3連続バトルだが俺はまだまだやる気満々、イッシュでのバトルをもっと楽しみたかった。

 

 

 

バトルフィールドで対峙する俺とアイリス、審判はトウコが続行だ。

 

「頼んだわよ……行っけえドリュウズ!」

 

アイリスが投げたモンスターボールから出てきたのは、丸みを帯びたひし形のようなナニかだ。俺から見て左端から真ん中は茶色で、左端は鉄の用に鋭い。

 

「ドリュウズ?」

 

初めて聞くポケモンの名前に加え、余りにも風変りな見た目に驚きながらポケモン図鑑を開く。そこでまた驚く。図鑑に載っているドリュウズが目の前にいるそれと姿が違っていたからだ。図鑑を読み進めていくうちにその姿が地中を掘り進む時や攻撃時によくする姿であると記載されていた。

 

「それってどうしたんだ?」

 

「うう、お願いドリュウズ起きて、言うことを聞いてったら!」

 

尋ねるとアイリスは悩ましそうな顔になるとドリュウズに向かって叫ぶ。しかしドリュウズはピクリとも動かない。

 

「ねえアイリス、もしかしてそのドリュウズ……」

 

「ううぅ……言うこと聞いてくれないのよ」

 

「バトルになればやる気を出してくれると思ったんだけど……」

 

アイリスは辛そうにドリュウズを見る。

 

「うっし、じゃあ俺はこいつで行く。ニドリーノ、君に決めた!」

 

『ニドォ!』

 

「わっニドリーノ」

 

「初めて見た」

 

相手のポケモンを見て自分のポケモンを選出するのはマナー違反だけど、今回は許してほしい。

 

「動かないとこ悪いけど、先攻はもらうぜアイリス」

 

「ええ、わかった」

 

「ニドリーノ『ドリルライナー』!」

 

吹き飛ばされたドリュウズはそのまま鋼鉄の爪からまっすぐに落下する。地面にぶつかる瞬間、ドリュウズの体がギュイイインという音を立てて回転し、土をまき散らしながら地面に潜っていった。

数秒後、地響きと共にニドリーノの足元が割れ、凄まじい回転と飛び出してきた。ニドリーノは地面からの一撃を受けダメージを受ける。

飛び出したドリュウズは回転を止めると、その姿が変わる。先端の鋼鉄は左右の鋭い爪、そして頭に鋭く尖った角となる。両足で地面に降り立ち、ニドリーノを威嚇する。

 

『リュウウ……』

 

「ドリュウズが起きた!?」

 

「急に闘志ビンビンて感じ?」

 

「なるほど、攻撃されてバトルする気が起きたわけね」

 

「このまま行くぞ、ニドリーノ『ドリルライナー』!」

 

『ニッドォ!』

 

角を回転させたニドリーノが突進する。

 

「かわしてドリュウズ!」

 

『リュウウ!!』

 

アイリスが叫ぶ。しかしドリュウズは両腕と角を合わせて、ニドリーノに向かって回転し突撃する。ドリュウズの技もまた『ドリルライナー』だ。

激突する2体の高速回転の一撃、空気を裂くようなモーターのような音と衝撃による火花が激しく散る。次第に押し始めたのはニドリーノの方だ。そして紫色の弾丸が土色の弾丸を弾き飛ばす。

吹き飛んだドリュウズは背中から倒れるもすぐに立ち上がり構える。

 

「悔しいだろドリュウズ、十八番の『ドリルライナー』でニドリーノに負けてさ」

 

俺の言葉にドリュウズは青筋を浮かべて睨むと、両腕を振り上げて爪をニドリーノに振り下ろした。

 

「ニドリーノ『みずのはどう』!」

 

『ニドリ!』

 

発射された水の音波がドリュウズに直撃、水流に包み込まれ、地面タイプを持つドリュウズには苦しい攻撃だ。

 

「ポケモンとトレーナーの気持ちを合わせないとポケモンバトルは勝てない。今のドリュウズじゃ俺たちには勝てないぜ」

 

『リュウウウ……』

 

ドリュウズが闘争心をさらに高めたように俺を鋭く睨む。

 

「あのドリュウズ、バトルしてるってことは勝ちたい気持ちはあるみたいね」

 

「そっか、ああ言えばやる気になってアイリスの言うこと聞いてくれるかも、それがサトシの狙いなのね」

 

アララギ博士とトウコが俺の意図を察してくれたようだ。

 

「ま、そういうこと。ドリュウズ、俺たちに勝ちたいなら、自分のトレーナーと息を合わせてみろ」

 

俺はドリュウズを見ながらアイリスのことも見る。彼女は戸惑っているようだが、俺の視線に気づくと何かを決心した顔になる。

 

「ドリュウズお願い、また私と戦って!」

 

ドリュウズは後ろのアイリスにチラリと一瞥するとそのまま視線をニドリーノに送る。

 

「ニドリーノ『ドリルライナー』!」

 

「ドリュウズ『あなをほる』で避けて!」

 

ニドリーノが角を中心に回転し突撃、対するドリュウズは、指示を聞かずに対抗するように『ドリルライナー』を放つ。再び激突する2体、しかし先ほどの再現のようにドリュウズは吹き飛び地面を転がる。

 

「ドリュウズ!」

 

アイリスが心配から叫ぶがドリュウズは構うことなくドリュウズは両腕の爪を鋼にしてニドリーノに突進する『メタルクロー』だ。

 

(ここまでか……)

 

「ニドリーノ『にどげり』!」

 

走るニドリーノ、振り下ろされる『メタルクロー』、右の爪を躱し、左の爪を蹴り飛ばす。2発目の蹴りでドリュウズの顎を蹴り上げる。

顎を撃ち抜かれたドリュウズはそのまま背中から倒れてしまう。

 

「ドリュウズ戦闘不能、ニドリーノの勝ち!」

 

審判トウコの宣言、バトルは終わる。

 

「ドリュウズ、大丈夫!?」

 

アイリスが倒れるドリュウズに駆け寄る。アイリスは気遣うように手を差し出しドリュウズを抱き上げようとするが、ドリュウズはそのまま表れた時のように顔を隠して動かなくなる。それを見たアイリスは暗く沈む。

俺はアイリスとドリュウズに駆け寄る。その後ろからトウコ、メイ、アララギ博士も駆け寄ってくる。俺は顔を見せないドリュウズに向かって話しかける。

 

「なあドリュウズ、なにか思うところがあるのかもしれないけど、アイリスをキチンと見てあげた方がいいんじゃないかなポケモンとトレーナーはそうして向き合うのが大事なんだと俺は思うよ」

 

だがドリュウズは微動だにしない。

 

「……戻ってドリュウズ」

 

沈んだ声でアイリスはドリュウズをモンスターボールに戻す。

 

「ドリュウズは、私の最初のポケモンなの。今は全然言うこと聞いてくれないけど、最初はすっごく仲良しで最高のパートナーだったんだよ」

 

「そうだったのか。ごめんな、ドリュウズに挑発みたいなことして」

 

アイリスは首を振る。

 

「ううん、私の都合なのに、気を遣ってくれたのよね」

 

「まぁ、な。けど力になれなくてごめん」

 

「最後まで言うこと聞いてくれなかったのは、私の力不足だから。ありがとうサトシ、私たちのこと考えてくれて嬉しかった。ニドリーノもありがとう」

 

「アイリス……」

 

俺とニドリーノに向かってほほ笑むアイリス、だがその笑顔は寂しげだ。ドリュウズが言うことを聞いてくれないのには何か理由があるのだろうが、アイリスの方から話そうとしないなら聞くべきではないのだろうなと思った。しかし落ち込んでいるアイリスに対し、なんて声を掛けたらいいのか……

少しの間を置いて、アイリスは口を開く。

 

「サトシがトウコとメイとバトルしてるとこ見ててさ、すごいバトルだなって思ったんだ。メイとのバトルもそう。思わず、その、胸のとこがポカポカするっていうか……」

 

もじもじしているアイリスは第一印象の快活さとはギャップがあるように思えた。それが少し微笑ましく思えた。真面目に話をしている彼女には申し訳ないが。

 

「だから、そんなサトシとバトルすれば、ドリュウズもやる気を出して言うこと聞いてくれるかなって思ったの……」

 

「……そっか」

 

俺のことを評価してくれてたというのはなんだか照れ臭い。

 

「ねえサトシ」

 

「うん?」

 

「ドリュウズのことサトシに任せていいかな?」

 

「え?」

 

思わぬ申し出に俺は驚き呆けたような声が出てしまった。

 

「サトシなら、ドリュウズのこと任せられる気がするの。だって、あんなにやる気を出したドリュウズ久しぶりだもん。サトシならきっとこの子のこと――」

 

「諦めるのか?」

 

「え?」

 

自分でも驚くくらいに低い声が出てた。

アイリス、気づいてるか? お前今にも泣きそうな顔してるぞ。

 

「ドリュウズはアイリスにとって初めてのポケモンで大事な仲間なんだろ。それを簡単に人に渡していいのか?」

 

「そ、それは……」

 

ドリュウズを立派に育てることは、自分ではできないから他人に託したい。だけどそのために離れ離れになるのは嫌だ。そんな葛藤や苦しみがアイリスの表情が見て取れた。

 

「トレーナーなら自分のポケモンのことは最後まで信じぬくんだ。トレーナーが諦めたら本当に終わりなんだ」

 

泣きそうになったのはドリュウズと離れることに対してだけじゃなく、自分がドリュウズの心を開くことができないことの悔しさもあるのだろう。その悔しさを忘れないでほしい。

落ち込んで顔を伏せるアイリス、そこまで叱ったつもりはなかったのだが、泣かせてしまっただろうか。俺は思わず手を彼女の頭の上に乗せる。

 

「2人は最初仲良しだったんだろ。だったら今はダメでも、君がドリュウズを信じればその気持ちはきっと伝わるよ」

 

「……うん、そうよね。私も信じてる。ありがとう、サトシ」

 

ほんのり頬を染めて笑顔になるアイリスを見て思わず微笑んでしまう。アイリスには笑顔が似合うな。

 

「子供なのは私の方だったわね。大事なこと分かってるサトシの方が大人なのね」

 

元々の中身はまあそこそこ歳だけどな

 

「でもアイリスは学んだんだろ? だったらアイリスも大人に近づいてると思うぜ?」

 

「あ、ありがとう……」

 

すると後ろから歩く音、

 

「私も何かアイリスちゃんにアドバイスしたかったけど、ぜーんぶサトシ君に言われちゃったわ」

 

アララギ博士が肩を竦めながら軽く笑った。

 

「あはは……」

 

「アイリスちゃん、サトシ君も言ってたけど、トレーナーが心から自分のポケモンを信じれば伝わるのは間違いないわ。何よりもドリュウズのことを考えているのは貴女なんだから。

 

「はい!」

 

 

 

***

 

 

 

ポケモンセンターのフロントで休憩することにした。

それぞれ好きな飲み物やお菓子を注文してテーブルで談笑している。

足元にはポケモンたちが遊んでいる。

 

「ピカチュウ、フシギダネ、ヒトカゲ、ゼニガメ、スピアー、ニドリーノ。どの子も本物が見られるなんて感激です!」

 

「すっごいレアな体験、サトシありがとう」

 

「喜んでもらえて嬉しいよ。みんな俺の自慢の仲間なんだ。仲良くしてくれ」

 

メイとトウコは俺のポケモンたちに目を輝かせ、そこにアイリスも加わり、頭を撫でたりとスキンシップをしていた。

するとポカブがトウコの足元までトトトと走り、甘えるように見上げた。

 

「はいはいポカブ、あなたも可愛いわ。はい、どうぞ」

 

ポカブはトウコからおやつを貰うと嬉しそうに食べ、鼻をトウコの脚にスリスリと擦り付けた。あの美脚になんて羨ま――げふんげふん、なんでもないよ。

 

「ポカブはトウコによく懐いてるんだな。やっぱり、トウコの最初のポケモンはポカブなのか?」

 

そう言うとトウコはピクリと反応した。

 

「うん……」

 

返事をしたトウコはポカブをジッと見つめるとしばらく考え込んで口を開いた。

 

「……サトシとアイリスには話してもいいかもね」

 

「トウコ……」

 

アララギ博士とメイは痛々しいものを見るかのようなどこか物憂げな顔になる。

 

「ポカブはね、実は捨てられてたポケモンなんだ」

 

思わぬトウコの言葉に俺は驚き、アイリスも目を見開いている。

そこからトウコは語りだす。

 

まだポケモントレーナーになっていないトウコは母親と共にカラクサタウンを訪れていた。カノコタウンに一番近い町であるためよく買い物に来ていたのだが、その日の町はいつもと様子が違っていた。

『謎のポケモンが出た』

町のみんなは口々にそう言い、新種のポケモンの発見なのではと大騒ぎになっていた。

その謎のポケモンの正体こそがポカブだった。しかし、その時見つけたポカブは通常のポカブに比べてひどくやせ細っていた。原因はポカブの口に縛り付けられた縄だった。その縄のせいで口が開けずなにも食べることができなくなっていたのだ。

やせ細ったポカブを縛る縄を解いたトウコは母親と共にそのままポケモンセンターに向かい、ポカブの治療をしてもらった。

縄で縛られていたのは、明らかに人為的なもの。ポカブをそんな目に遭わせた人間を許せないという気持ちと共にポカブへの不憫な気持ちを強く感じた。

 

「だから私決めたんだ。トレーナーになったらこの子と一緒に旅をするって。それでアララギ博士にお願いしたんだ」

 

トウコの言葉をアララギ博士が続ける。

 

「ポカブを私の研究所のポケモンとして登録したの。そうすれば新人用のポケモンにしてトウコに渡すことができるから」

 

「そのおかげでこうしてポカブのトレーナーになれたんだ」

 

『カブカブ』

 

「そっか、そんなことがあったんだ」

 

「トウコはすごいわ。それにしても許せないよ、ポカブをそんな酷いことしたやつ!」

 

俺が感心していると、アイリスも続き、同時にポカブを捨てたトレーナーへの怒りを示した。

チラリと横を見るとメイの膝の上に乗るツタージャが目に入った。すると俺の視線に気づいたメイが少し考えると口を開く。

 

「私のツタージャもちょっと特殊なんです」

 

メイが母親と共によく買い物をするサンヨウシティを訪れていた時のこと。

母親が買い物をしている間、メイは3番道路近くの草むらを眺めていた。いつか自分の脚でポケモンと共に旅をする姿を夢想しながら。

草むらから1体のツタージャが現れた。間近に見るポケモンにメイは好奇心から近づいた。ツタージャはメイに気づくと素早く距離をとった。

メイは持っていたお菓子を置いてその場を去った。

翌日、再び買い物に訪れたメイは昨日と同様に3番道路近くの草むらまで行った。するとそこにツタージャがいた。

メイは前日と同様にお菓子を置いてその場を去った。

そんなやり取りを繰り返したある日、ツタージャは自分からメイの傍まで寄ってきた。

メイはツタージャを見ると、そこに恐怖や警戒が無いことを悟り、今回は直接お菓子を手渡ししようと試みた。するとツタージャは小さなを手を伸ばしメイからお菓子を受け取った。

 

「そこから先はトウコといっしょです。ツタージャをアララギ博士の研究所のポケモンとして登録して、この子を私の最初のポケモンにしてもらったんです」

 

しかし、野生のポケモンを研究所のポケモンとして登録するのは、さきほどのポカブの事情に比べればさほど特殊ではないのだろうか。

 

「アララギ博士が言っていたのですが、この子は前のトレーナーから離れて行ったのかもしれないって」

 

「この子、人に慣れてたのよ。それにポテンシャルを見るととてもただの野生のポケモンとは思えなかったの。育てられた経験があるって確信が持てたわ。ツタージャは賢いポケモンだから、自分に合わない、強くしてくれないトレーナーを自分から捨てることもあるみたいなんです」

 

「それじゃあ、ツタージャに好かれてるメイはすごいトレーナーだって認められてるんだな」

 

「そ、そんなことないです! 私なんて全然ですよ!」

 

メイは赤くなった顔と両手をバタバタと振った。その際、シャツ越し大きな胸がゆさゆさ揺れる。

 

「そんなに強く否定しなくていいわよメイ」

 

アララギ博士のフォローにメイは若干俯いた顔になる。

 

「でも、すごくないのは本当だと思います。最近はバトルも負け続きですから」

 

「だったら特訓あるのみじゃない?」

 

「そうだよ、まだまだ旅は始まったばかりなんだろ? こっからだって」

 

アイリスに続いて俺もメイを鼓舞する。メイは「そうですね」と言って立ち上がる。

 

「バトルしてきます。もっともっと強くならないと」

 

 

 

 

バトルの末、ツタージャは倒れる。

 

「ツタージャ戦闘不能」

 

「ツタージャ、大丈夫ですか!?』

 

メイはツタージャに駆け寄り、彼女を抱き上げ心配そうに見つめる。そうして立ち上がると対戦相手の女の子と握手を交わして別れる。明らかに暗い彼女の背中を見ながら、観戦していた俺たちはメイのもとに歩いていく。

 

「たはは、また負けちゃいました。御覧の通り最近負け続きなんです、参りますね」

 

腕の中にいるツタージャを見つめ、自嘲気味に笑いつぶやく。本当は悔しくて笑いたくなんてないだろうに。すると、ツタージャは目を開けてメイの腕からピョンと地面に降り立った。

 

「焦る必要はないさ、少しずつ強くなればいいよ」

 

ああもう、こんな気休めの言葉しか言えないのか。メイは本気で悩んでるんだから焦るに決まってるのに、『少しずつ』なんて今の彼女には受け入れられないはずだ。

そう俺が不甲斐なく思っていると、

 

「ありがとうございます。サトシ」

 

メイは笑った。けど、とても寂しく。

 

「ツタージャ、ボールに戻――」

 

途切れるメイの言葉、彼女の視線の先を見るとそこにツタージャの姿は無かった。俺も気づかなかった。おそらくトウコもアイリスもアララギ博士も。

 

「ツタージャ! どこ行ったのツタージャ!?」

 

姿の見えないツタージャに呼びかけるメイは建物を飛び出した。

俺たちもメイの後を追いかける。

 

建物の外の野原を走りながらメイはツタージャに呼びかける。俺たちも彼女に協力してツタージャを探す。

 

「ツタージャ! 返事をしてツタージャ!」

 

その声には焦りが濃く出ている。

すると、メイは声を上げるのを止め、その場にたたずみ俯いた。

 

「あ、あはは……私、見限られちゃったみたい、ですね……」

 

乾いた笑いをするメイ、その両目には涙が溜まっていた。

 

「まだそうと決まったわけじゃ――」

 

トウコが声をかけるが――

 

「だって、私ずっと負け続きなんですよ。こんなダメなトレーナー愛想尽かされて当然です!」

 

悲痛な感情をぶつけるようにトウコに向かって叫ぶメイ。

 

「そもそも、あんなに賢い子が、お菓子をあげたくらいで懐くなんて変な話じゃないですか。きっと、気まぐれで物好きな女の子と旅したくなっただけなんですよ。けど、ダメだってわかったから。私も見限られたんです」

 

溜まった涙は頬を伝い流れていく。

 

「もう、旅辞めます。トウコ、ごめんなさい……」

 

メイはもう何も聞きたくないとばかりに首を振り、諦めようとしているた。

トウコも何を言えばいいのか逡巡しているように見えた。

 

「簡単に諦めちゃダメだ」

 

俺はトウコの隣に立ち、メイに話しかける。

 

「でも……」

 

俯くメイの顔は悲哀に満ちていた。

そんな顔してほしくない。メイもポケモンが大好きでポケモントレーナーになったはずなんだ。これから先もっと楽しい冒険が待っているはずなのに、こんなすぐに諦めてほしくない。

だから俺はできることはしてあげたい。

 

「いなくなってそんなに時間は経ってない、まだそう遠くまで行ってないかもしれない。旅を辞めるかどうかは探してからでも遅くないんじゃないか?」

 

「そうよメイ、探そう」

 

「私も手伝うわ。『諦めたらダメ』だって私も言われたもの、だからメイも諦めないで!」

 

「私が送り出した子が簡単に諦めたら悲しいもの、さあ行きましょう」

 

「トウコ、アイリス、アララギ博士……」

 

顔を上げたメイの瞳には少しずつ希望が光っているように見えた。本当はメイだってこのままお別れなんてしたくないはずなんだ。

メイの暗い顔にほんの少しの希望が見えた。それを確認した俺たちはツタージャを探しに建物を飛び出した。

 

 

 

「草タイプのツタージャなら森にいると思うんだが……」

 

ツタージャを探し、野原近くの森を散策している俺たち、もしかしたらここを離れている可能性もあるが、痕跡だけでも見つけたいと思い探索する。

その時――

 

「何か聞こえる?」

 

トウコの言葉に耳を澄ますと、何かがぶつかるような音がした。

 

「行ってみよう」

 

音のする方向を把握し、全員で向かった。

 

 

 

***

 

 

 

走った先に見えたのはツタージャの後ろ姿。

 

「ツタージャ?!」

 

大きな岩に向かって蔓を振るい、『エナジーボール』をぶつけるツタージャ、何度も何度も動き攻撃を繰り返す。はぁはぁと疲労からの荒い呼吸を繰り返す。その表情は鬼気迫るものだ。

 

「あれはもしかして、特訓してるのか?」

 

「特訓、どうして?」

 

メイが心配そうに見つめる先のツタージャは真剣な顔で動き続ける。

――もっと強くなりたい。

そんな気持ちが伝わってくるようだ。

 

その時、

 

『グルルルル……』

 

現れたのは大きな髭をたくわえその全身も多量の毛で覆われた四足で台地に立つポケモン、ムーランドだ。

ムーランドはギロリとツタージャを見下ろすとグルルルルと威嚇した。

そして、ツタージャに向けて駆け出す。巨体に似合わぬ素早さでツタージャに向けて『とっしん』した。巨体から生み出される破壊力にツタージャの小さな体は吹き飛ばされる。

 

「ツタージャ!!」

 

メイが悲鳴を上げる。

再び動き出すムーランド、口を大きく開くとその牙に炎を纏う。そのままツタージャに振り下ろされる。

 

「危ない、ツタージャ!!」

 

メイは悲鳴と共に駆け出す。しかし、彼女の走力ではとても間に合わない。彼女が到達する前にツタージャは攻撃を受ける。

そう、メイでは間に合わない。

振り下ろされる炎、しかし、それは地面を焼くだけに終わった。ムーランドは標的を見失って周りを見渡す。

ツタージャはサトシに抱きかかえられていた。先ほどの攻撃からサトシが飛び出しツタージャを抱えていくことで回避することができたのだ。

 

「間一髪、だな。にしても『ほのおのキバ』とは、本気で倒しに来てるな」

 

「こっからはポケモンバトルだな。ゼニガメ、君に決めた!」

 

サトシの投げたモンスターボールからゼニガメが現れる。

 

『ゼニゼニ!』

 

「ゼニガメ『みずでっぽう』!」

 

『ゼェニュウウウ!』

 

強烈な水流がムーランドに直撃し大きく後退させる。

 

するとツタージャがゼニガメとムーランドの間に割って入った。

その大きな両目には闘争心が宿っていた。

 

「ツタージャ……」

 

「メイ、ツタージャに指示を出すんだ」

 

サトシはゼニガメをボールに戻すとメイに言い放つ。

 

「で、でも……」

 

怯えた表情のメイは俯く。

 

「ツタージャが何を望んでいるのか、今ならわかるはずだ」

 

「ツタージャの、望み……」

 

メイは歩き出す。そして足を止めるとそこはいつもの位置、自分の相棒を後ろから見守りながら共に戦う場所だ。

 

「えと……」

 

『タジャ!』

 

メイがためらいを見せているとツタージャが振り返りメイに強く一声鳴いた。その声がメイの心に強く響いた。

 

「ツタージャ……うん、わかったよ!」

 

視線を上げると相手のムーランドがツタージャに突進してきていた。

 

「来るよツタージャ、かわして!」

 

『タジャ!』

 

ツタージャは持ち前の素早さでムーランドの『とっしん』を回避する。

 

「『リーフブレード』!」

 

『タアァジャッ!』

 

ツタージャはその身を高く飛翔させ、鋭い刃となった尻尾をムーランドへと叩きつける。

強烈な一撃に切り裂かれたムーランドは吹き飛ぶ。

 

「いいよツタージャ、そのまま――」

 

その時、茂みの奥から何かが飛び出す。それは小さなポケモンたちだった。

 

『キャンキャン!』

 

「ヨ、ヨーテリー?」

 

「この子たち、いったい?」

 

目算で5体のヨーテリーが倒れるムーランドに群がり寂しげな声を上げていた。ムーランドは起き上がると周りにいるヨーテリーたちを舐めてあげていた。その目はとても優しく慈悲深いものがあった。

 

「そうか、子供たちが危険に晒されると思ってツタージャを追い出そうとしたんだ」

 

ムーランドとヨーテリーの様子を見る限り間違いないだろう。

ツタージャを見ると申し訳なさそうにムーランドたちを見ていた。

 

『タジャ……』

 

「ごめんなさいムーランド、けどツタージャはあなたたちに危害を加えようって気は無いの。だから、気持ちを静めて貰えないかな?」

 

メイの言葉を聞いたムーランドは幼いヨーテリーたちを優しく舐めてあげると、のそのそと歩きツタージャの前に出る。

 

「まさかこのまま続けるの?」

 

「親であってもポケモン、バトルの決着は付けたいんだな」

 

トウコが困惑するが俺はムーランドの気持ちが理解できた。

その時ムーランドはチラリ後ろのヨーテリーたちを見た。その様子にサトシはどこかおかしそうに軽く笑う。

 

「いや、それとも子供たちにポケモンバトルをしっかり見せてやりたいということなのかな」

 

ムーランドの『とっしん』、直撃したツタージャは吹き飛ぶ。

 

「ツタージャ!」

 

「ど、どうしよう、ツタージャが……『リーフスト――」

 

「落ち着けメイ、大きな攻撃を受けたがまだツタージャは立てる。まだ終わりじゃないんだ。」

 

思い返すのは今日のバトル、自分はツタージャの危機で早くバトルを終わらせようとしていた、だから焦って大技を使っていた。

もっと落ち着いて冷静にツタージャを見ていればそうはならなかった。ツタージャは弱いポケモンじゃない。そのことをトレーナーである自分が理解し、必要な行動を指示しなければいけない。

 

――ツタージャの動きに問題はない。次の相手の攻撃を見極めないと

 

牙に炎を纏わせツタージャ目掛けて疾走するムーランド、

 

「ツタージャ『つるのムチ』、脚を狙って!」

 

ツタージャは2本の蔓を出し、勢いよく低空で横に薙ぐ。振るったムチが駆けるムーランドの両前脚に振るわれた。両前脚への衝撃でムーランドの疾走は止まり、つんのめり勢いのまま地面に転ぶ。

 

――ここです!

 

「ツタージャ『リーフストーム』!!」

 

『タアジャアアア!!』

 

大量の葉が舞い上がり大きな竜巻が生まれる。葉に包まれた竜巻がムーランド向けて発射され、無防備な姿を飲み込む。

吹き飛んだムーランドはそのまま地面を勢いよく転がる。勝敗は決した。ツタージャの勝ちだ。

 

「……やった、やりましたよツタージャ!」

 

『タジャ!』

 

喜色満面で飛び上がりそうになるメイにツタージャは笑って頷く。心から喜んでいる2人を見て安心した。

視線をその向こうに向けるとムーランドがのそりと起き上がり、ツタージャを一瞥すると子供たちの元に向かい彼らを引き連れてそのまま森の奥へと帰っていった。

 

「バトルありがとうございましたー!」

 

『タジャ―!』

 

ムーランドたちを見送ったメイはツタージャを見る。同時にツタージャもメイを見上げていた。

 

「ツタージャ、ここで1人で特訓してたの?」

 

『タジャ……』

 

「どうして? 私にも言ってくれたらよかったのに」

 

頷くツタージャにメイは悲しそうな顔をする。

 

「ツタージャはバトルに負けたことが不甲斐なく思ったんじゃないかな。それがメイに辛い思いをさせているんだって」

 

だから誰にも相談せずに独りで頑張ろうとした。ツタージャは俺の言葉に神妙に頷いた。

 

「そんな、ツタージャは全然悪くない! 悪いのはダメな私! 私のせいでみんなに辛い思いをさせたんです……」

 

『タジャタジャ! タジャタジャ!』

 

ツタージャはメイの前で大きく両手を振って訴えかけるように鳴いた。必死な様子はメイを悲しませてしまったことへの申し訳なさが見て取れた。つまりツタージャは――

 

「メイが責任を感じたようにツタージャも同じように責任を感じていたんだ。自分はもっと強くならないといけないんだって、そうだろ?」

 

ツタージャはこくりと頷く。メイはツタージャから視線を外すと俯く。

 

「じゃあ、やっぱり私はダメだね……ツタージャは頑張って強くなろうとしたのに、私は何もせずに落ち込むばっかで――」

 

「はいネガティブな発言やめ!」

 

「えっ!?」

 

「そんなネガティブなことばっかり言ってるとほんとに何も行かなくなるぞ。反省は大事だ。けどもっと大事なのは反省した後なんだ」

 

「それとツタージャも」

 

俺は膝を曲げて足元にいるツタージャの顔を見る。

 

「強くなりたい気持ちは大事だよ。だけど、その気持ちを1人で抱えたままにするのは良くない。ツタージャは大事な仲間をもっと頼るべきなんだ」

 

「メイからツタージャと出会った時のこと聞いたぜ。別に君はお菓子ほしさにメイに付いていったわけじゃないだろ。メイの優しさとかひたむきなところとかに惹かれたんだろ?」

 

『タジャ……』

 

「わかるよ。メイは可愛くて優しくて一生懸命な女の子だって。ツタージャはそんなメイが大好きなんだろ?」

 

――あとは君が話すんだ。

そう視線でメイに伝えると、俺は彼女と場所を入れ替えた。

 

「ツタージャ、ごめんなさい。私、負けて悔しかったのに何もしようとしてなかった。ただ落ち込むだけで、前に進もうとしなかった。そんなのなんの解決にもならないのに、ツタージャのことしっかり考えないで勝手だった。本当にごめんなさい!」

 

『タジャ、タジャタジャ! タジャタジャタージャ、タジャ!』

 

「ツタージャ、これからも私と旅をしてくれる?」

 

『タジャ!』

 

大きく頷いたツタージャはメイに向かってジャンプし、彼女の豊満な胸元に飛び込んだ。

メイも飛び込むツタージャを優しく抱き留める。

 

「サトシ、ありがとうございます。ほんとに、サトシのお陰です!」

 

感極まった表情で涙目のメイはサトシに思い切り抱き着く。女の子特融の柔らかい感触と甘い香りがサトシの触覚と嗅覚を刺激した。

 

「ちょ、さすがにそれは……」

 

「わ、ごめんなさい」

 

「トウコ、心配かけてごめんなさい」

 

「ううん、メイとツタージャが元に戻ってよかった。これからも一緒に旅してくれる?」

 

「はい、こちらこそお願いします!」

 

笑顔で手を取り合うメイとトウコ。トウコの安堵の表情、メイの迷いのない笑み、もう何も心配する必要はないとサトシは確信を持ちつられるように口角を上げた。




ここまで時間がかかってしまい申し訳ないです。
今後とも精進してきますので、読んでいただけたら幸いです。

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