サトシに憑依したので冒険してみようと思う(改題) 作:エキバン
大変長らくお待たせいたしました。
月が天高く昇り、真下を照らす。
大抵のポケモンが眠り、ホーホーやヤミカラスが活発に鳴き飛びまわる真夜中。
とある町近くの森の中、そこに集まる2人の大人と1体のポケモン。
3人組の1人、青髪の青年コジロウは端末に表示された文面を読むと2人を呼んだ。
「どうしたのよコジロウ?」
「本部から任務だってさ」
「本部から連絡なんて珍しいのニャ、どんな任務なのニャ?」
「とりあえずシオンタウンに向かえってさ」
「シオンタウン? あんなとこで何すんのよ?」
「さあな、とにかく行けだとさ」
「結構距離あるじゃない。面倒ねー」
「仕方ないニャ、これも幹部昇進支部長就任のためニャ」
乗り気ではない任務、それでも上の指示通り働かなければいけないのが社会人。給料を貰うからには指示を聞くという最低限の仕事はこなさなければならない。
3人はくたびれた背中を動かしながらシオンタウンに向かった。
***
紫色の町、それがカントーのシオンタウンの通称だ。
山に囲まれた小さな町、どこか空気が重く、空の色もどこか鈍く感じる。
その感覚に不気味さを覚えながら、どこか安心感もあるように思えた。
俺たちは他の地方への一時留学を終え、カントー地方へ戻ってきた。そのまま旅を続行し、このシオンタウンへと到着した。
「シオンタウンか、なんだか静かな町だな」
「ポケモンタワーってポケモンたちのお墓だったよね」
「ポケモンタワーにポケモンを埋葬する人は多いみたいよ」
リカは艶やかな長髪を揺らしながら辺りを見渡し、カスミはサイドテールをピョコピョコ弾ませ同様に街並みを観察している。
ポケモンタワーは誰でも受け入れるお墓とは言え、いつか許容量を超えると思うんだが、そこはどうするのだろうか。そんなことを俺が気にしたって、どうにかなるとは思えないが。
俺は思考を中断して街並みを観察する。
シオンタウンを歩いていると、人はいないわけではないが、今まで訪れた町と比較すると少ないのは間違いない。道を通る車も少ないのか、エンジン音は少なく、クラクションも聞こえない。
しかし、警察も巡回していて、治安が悪いこともなさそうだ。
静か長閑で慎ましくて控えめな雰囲気。まるで町全体が黙祷を捧げているかのようだ。その祈る相手はきっと――
すると、向こうから騒ぎ声が聞こえた。
怒声のような悲鳴のような大きな声とドタドタっという暴れるような音。
「誰か捕まえてくださーい!」
叫びと共に小さな物体が猛スピードで飛び出してきた。勢いある足音が俺たちの方へ向かってくる。
反射的に俺は構え、突進してくるソレを迎え撃つ。
ソレは一瞬ビクリとすると勢い良く跳ね上がる。俺は両腕を開いてドッチボールのパスを受けるようにキャッチする。
「うおっと! どうどう、落ち着けって」
抱き留めたソレは逃げようとしているのか、ジタバタともがいている。
「あれ、この子」
「カラカラ、よね?」
『カラカラカラー!』
俺が抱き留めたのはカラカラだった。鳴き声を上げ、必死に骨棍棒を振り回しながら腕の中で暴れる。
「ごめんなさい、大丈夫ですか?」
前方から聞こえたには先ほど助けを求めていた声だ。声の主は10代後半と思しき黒髪の女性だ。
「ええ、このカラカラはあなたの?」
「私のポケモンではないのですか、ポケモンハウスで保護をしているポケモンなんです」
「ポケモンハウス?」
「はい、ポケモンハウスは身寄りの無いポケモンや怪我をしているポケモンの保護活動をしています。私はそこでボランティアをしているミサといいます」
「俺はマサラタウンのサトシです」
「同じくマサラタウンのリカです」
「ハナダシティのカスミです」
「まあ遠いところから来たんですね。旅のトレーナーさんですか?」
「ええ、そうなんです」
『カラー!』
腕の中のカラカラが暴れ出す。
「おっとと、元気だなこいつ」
「カラカラ、ほらトレーナーさんにご迷惑だから帰りましょう」
『カラカラ―!』
その時、肩に衝撃。暴れるカラカラの骨棍棒が叩きつけられたのだと気づいた。
「っ!」
「「サトシ!?」」
「カラカラダメ!」
「待て、大丈夫だ」
腕の中のカラカラは暴れるのを止めていた。もしかしたら骨が俺に当たったことに本人も驚いたのかもしれない。目を見開いて俺を見上げていた。
「良い一撃だったぜカラカラ、なんだ暴れたいのか?」
『カラ……』
俺を見たカラカラは俯いて完全に大人しくなった、怖がらせたかな?
「はいミサさん」
俺はカラカラをミサさんに差し出すと、彼女は安心したような顔で受け取った。
「ありがとうございますサトシさん。せっかくですから皆さんハウスまで来ませんか? カラカラのお礼もしたいですから」
「それじゃあお言葉に甘えます。リカとカスミもいいか?」
「「うん」」
***
ポケモンハウスはシオンタウンの住宅街に立地している。大きさはポケモンセンターくらいでかなりの規模だ。案内されて中に入ると、そこにはたくさんのポケモンがいた。
ミサさんの説明によると、参加しているのはみんなボランティアの人たちで、時間があるときにこうしてポケモンたちのお世話をしているそうだ。
「おや、お客さんですか?」
奥から現れたのは、髪の薄い高齢の男性だった。柔和な笑みを浮かべ優しそうな老人だ。
「こんにちわ。俺はマサラタウンのサトシ、こっちの2人はリカとカスミ、旅のトレーナーです」
「お客さんとは珍しい。私はフジ、ポケモンハウスの責任者をしています」
「ここでは行き場の無いポケモンたちの保護をしていると聞きました」
「ええ、その通りです。不幸なポケモンたちを少しでも助けたいと思い、微力ながらこうして保護活動をさせていただいてます」
「ただ私一人ではとても面倒を見ることはできません。ですが、街の皆さんがボランティアでお手伝いをしてくれて、とても助かっています」
周りを見渡すと見覚えのあるポケモン――先ほどのカラカラがいた。
「さっきサトシさんに逃げたその子を捕まえてもらったんです」
「そうですか、それはありがとうございます。流石に旅をしているトレーナーさんはポケモンの扱いが上手なようですね」
カラカラは俺に気づいたのか、一瞬ビックリしたような顔になると、そのまま俯き座り込んだ。
「そのカラカラ、元気がないみたいですね?」
「この子は……」
リカの言葉にフジさんとミサさんは暗い表情になる。カラカラを憐れむように見つめている。
「あの、言いにくいことなら――」
「いえ、大丈夫です。この子は、母親を失った、殺されたのです」
「え!?」
「な!?」
「そんな!?」
和やかな雰囲気に似つかわしくない物騒な単語が飛び出し、動きが止まる。
「こ、殺されたって……」
「ロケット団です」
鎮痛な面持ちのフジさんは言葉を続ける。
「以前、この辺りのポケモン生息地に、複数人のロケット団が現れました。目的はポケモンの乱獲のようです」
「私たちと警察が駆け付けた時にはガラガラは、命を落としていました。おそらく子供を守るためにロケット団に立ち向かったのでしょう。その近くで、この子は泣いていたのです。あの時のこの子の悲鳴は今でも耳に残っています」
「……それで、ロケット団は?」
「居なくなっていました。今でも警察が捜索しているようですが、まだ見つかっていません」
「早く捕まって、真っ当な罰を受けてほしいです」
周りのポケモンたちの明るい声、見て聞いていると笑顔になれるはずの空間で、俺は胸の中に鉛のような重さを感じていた。
ポケモンハウスにて、俺たちはお礼としてお茶とケーキをご馳走になった。
だが、その美味しさを心から味わうには、気持ちに余裕は無かった。
先ほどのカラカラとその母親の話、その境遇が余りにも可哀想で、今も俯いて座っているカラカラが見ていて心苦しい。加えて俺はある不安も感じていた。
「どうしたの?」
俺の不安が顔に出ていたのだろうか、カスミが心配そうに見てくる。その隣に座るリカも同様に俺を見ている。俺は思い切って話すことにした。
「ロケット団がガラガラを……その、殺したって言ってたけど、あの3人じゃないよな?」
カスミとリカは一瞬目を見開くと、顔を見合わせる。
「……たぶん無いと思う」
「ええ、あいつら悪いことするけど、そんな非道なことまでしないと思うわ」
『あの3人』―――俺たちにとっておなじみの奴ら、ドジだしアホな奴らだが、極悪人ではない。
それは共通認識なのだろう。それなら別のロケット団のメンバーだ。
先ほどフジさんは、シオンタウンを荒らしたロケット団はその後行方が分からないと言っていた。
もしかしたら、まだこの町のどこかにいるのかもしれない。
すると悲鳴が聞こえた。
聞こえた方向を見ると、男の人が勢いよくハウスの扉を開けて走ってくるのが見えた。
「で、出た! 出たんだよお!」
「ど、どうしたんですか?」
顔面蒼白の男性にミサさんが尋ねる。
「ゆ、幽霊が出たんだ!」
「え?」
『幽霊』あまりにも突拍子もない単語に面食らう。
「本当なんだ! ポケモンタワーで墓参りしようとしたら、出たんだよ! 黒くて暗い塊が、俺に襲い掛かってきたんだ!」
男性は自分でも見たものが信じられないといった顔だ。呼吸は荒く、全身が震えている。
ミサさんが男性に暖かいコーヒーを渡すと周りの人たちも男性を宥めた。ミサだんが俺たちのところへ戻って来る。
「あの人も見たんですね」
「え、“も”って?」
「最近ポケモンタワーでは幽霊騒ぎが起きているようです」
「つまり、何人も幽霊を見たってことですか?」
「はい。ポケモンタワーはお墓ですから、そういった噂は以前からありました。ですが、今回はあまりにも証言が多いのです。もしかしたら、本当に……」
幽霊騒ぎ、恐怖体験だの都市伝説だので、その手の話は散々聞いた。しかしどれもこれも眉唾で信じられない。だが、身近に体験した人がいるとなると、現実感が出てくる。
「幽霊か、ポケモンタワーに出るってことはポケモンの幽霊なのかな?」
「さ、サトシ何言ってるの、ゆ、ゆゆゆ幽霊なんているわけないよ!」
「お、おおお落ち着いてリカ」
わーお絵に描いたような怖がり方ですな。
「ゴーストポケモンがいるんだから、本物の幽霊がいてもおかしくないぜ」
「ゴーストポケモンはポケモンだからいいんだよ! 本物の幽霊なんていないよ、いないったらいないから!」
「お、落ち着けよ。そんなに怖がらなくても」
「こ、怖がってないわ。本当だもん!」
『だもん』てカスミさん、そんな幼子みたいなこと言って、
「可愛いじゃん」
「へ、か、か、かわ――」
「あ、いやごめん」
「むー、わ、私も幽霊怖い、怖いもん」
リカさんがふくれっ面で駄々っ子になった、
「可愛いかよ」
「あ、え、えへへへ……」
「むー、バカサトシ」
なぜだ?
***
今日はシオンタウンのポケモンセンターに泊まることにした。
フジさんから聞いたカラカラのことがどうしても気になっていた。
あの3人がポケモンを殺すなんて、イメージに合わない気がする。あいつらは悪いことはするが、そこまで酷いことはしない、できないのではないか。
ロケット団が大きな組織だとすれば、あいつらとは違う連中の仕業の可能性も――
トントン、と俺が泊まっている部屋のドアがノックされる。
ドアを開けるとカスミとリカがいた。寝巻姿で枕を抱えている。
「あ、あのね、きょ、今日は冷えるから、みんなで寝た方がいいかなって。ほら、人肌が一番暖かいって言うから」
「あ、あんたが怖がってると思って、来てやったのよ。ほら一緒に寝てあげるから」
ぎこちない笑顔で説明してくるお二人さん。枕を抱える腕が若干震えていた。
「……いや、別にいいよ。おやすみ」
「「お願い一緒に寝てぇ!」」
「さ、さっきの幽霊の話聞いたら、怖くて……」
「ひ、一人は心細いのよ。お願い……」
枕を持って部屋の前に集まるリカとカスミ、いくらなんでも怖いからと言って、小さな子供みたいな言動はどうかと思った。けれど本当に怖がって眠れないのならそれを見て見ぬフリはできない。
「ああ分かった。こんな部屋でよければ使ってくれ。
「「あ、ありがとう……」」
今にも泣きそうな顔に、というか目尻に涙が浮かんだ2人は
「……眠れん」
左右にいるカスミとリカの暖かさ、そして色っぽい寝息が、俺を落ち着かせてくれない。
今回の結果はカスミとリカの
俺は『ポケモン言えるかな?』を延々とリピートしながら意識が落ちるのを待った。
意識が暗転する直前に浮かんだのは、幽霊に追いかけ回されるイマクニだった。
***
朝になりポケモンセンターを出発した俺たちは出発前にフジさんたちに挨拶をしようとポケモンハウスに向かった。
「あ、サトシさん!」
ミサさんは何やら落ち着かない雰囲気だった。
「フジさんがいなくなったんです!」
「フジさん出かけるときは必ず伝言を残していくのに、それが無いなんておかしいです」
「それにカラカラもいなくなってて……」
「どうしよう……まさか、幽霊に攫われたんじゃ?」
「探してみましょう。他のボランティアの皆さんも一緒に」
するとミサさんは困った顔になり口を開く。
「今日、他のボランティアの人たちが別の町に行ってて、私しかいないんです」
「そうですか……それなら俺たちだけでも探しましょう。リカ、カスミ」
「「うん!」」
町中で聞き込みをしたが結果は空振り、フジさんの知人も行方をしらないとのことだ。
「まさかフジさん幽霊に……」
ミサさんが言うとカスミとリカがビクリと震える。
「もし攫われたんなら、やっぱり、ポケモンタワーに何かあるってことか?」
幽霊がフジさんとカラカラを攫った犯人(?)だとしたら、直接その幽霊を対峙して、騒ぎそのものを解決させないといけないということか。
それなら――
「さ、サトシ、もしかしてだけど、変なこと考えてないよね?」
「お、お願いだから、ここは大人しくしててね。間違っても幽霊騒ぎを突き止めるとかは――」
青い顔を引きつらせているリカとカスミ、だが止まるわけにはいかない。
「よっし、じゃあフジさんがいるかどうか、ポケモンタワーに行って確かめようぜ」
「「え、ええええっ!?」」
「このままフジさんが行方不明のままなんて嫌だろ?」
「で、でも……」
顔を青くするリカとカスミ、幽霊が怖い気持ちは分かる。それにこれは俺が勝手にやろうとしていること、無理強いはできない。
「俺一人でも行くよ。2人はポケモンセンターで休んでてくれよ」
「い、行くわよ!」
「い、行くよ!」
何かを決心したかのように2人は食い気味になった。
「え、本当に?」
「だ、だって、サトシが幽霊に誘拐されたらヤだよ」
「あんたがいなくなったら私たち、もう……」
自分の恐怖よりも俺のことを心配してくれる。まったく良い仲間を持ったよ俺は。
「安心しろよ。幽霊なんかに俺は負けないからさ。よし、それじゃあポケモンタワーまで行くぞ」
***
建物に足を踏み入れた瞬間、心なしか寒気を覚えた。気持ちがそうさせているのか、それとも、未知の何かがそこにいるのか。ちなみにミサさんはハウスで留守番してもらった。本人は来たがっていたが、万が一俺たちが戻らなかったときのことをお願いしたいからだ。
「うう……でもやっぱり行きたくないよぉ」
「幽霊出てこないでぇ」
そして、俺の両腕には柔らかくて暖かい質量が押し付けられている。なぜここまで心地良いのか、それもまた未知のことで――いやいや、そんなことを考えている場合じゃない。
俺はモンスターボールを投げ、相棒を呼び出す。
『ピカチュウ!』
「ピカチュウ、明かりと周りの警戒を頼む』
『ピカピカ!』
「お願いねピカチュウ」
「電撃で幽霊もぶっ飛ばしちゃってね」
『ピカチュ!』
美少女2人の声援でピカチュウのやる気もさらに上がったようだ。
俺たちはピカチュウを先頭に道を進んだ。
暗く、どこか息苦しい。周りにある墓石、そこにはポケモンの名前が刻まれていた。
多くの人がポケモンを弔い、死を悼む。
見えない魂がこちらを見つめている気がする。
「ここに幽霊はいないみたいだな、急いで上の階に行こう」
振り返ると――カスミとリカが消えていた。
「っ!? おい、どこだよ2人とも!」
「ピカチュウ、2人がどこに行ってないか見てないか?」
『ピカ……』
ピカチュウは首を振り否定する。ピカチュウ自身も困惑しているようだ。
「おーい、カスミー! リカ―! どこだー!」
『ピカピカー』
いつはぐれたのかまったく気づかない。この異常事態、歯を食いしばりながら俺は当てもなく彷徨い歩くことしかできずにいた。
***
「サトシー!」
「返事してー!」
「なんで急にいなくなるのよ……置いてかないでよー!」
リカとカスミはいつの間にかいなくなった仲間のサトシを探していた。少し目を離したらサトシとピカチュウが音も無く消えていなくなってしまった。
大事な仲間がいなくなったことに、2人の胸に不安が重くのしかかる。
「ま、まさかサトシ、幽霊に……」
「そ、そんなわけないわ。あ、あいつが簡単にそんな……」
言いながらカスミ自身、サトシがどうなったか分からないことに焦っていた。
――「もしこのままずっといなくなったら」
そう思うと、不安が恐怖へと変わり、全身が震えてしまいそうになる。
「あ、サトシ!」
「まったくあんたどこに行ってたのよ」
急にいなくなったことを咎めながら見つけた安心を抱き2人はサトシに近づく。だが、顔を上げたサトシの表情に違和感を覚える。
「サト……シ?」
「えと、どうした、の?」
カスミとリカはどこか妖しい雰囲気を出すサトシに、胸の高鳴りを覚える。
言葉を発さない2人に対し、サトシはジリジリと近づいていく。
ただならぬ雰囲気に、2人は鼓動が速まるのを感じながら思わず後ずさる。
そこでリカとカスミの動きは止まる。
行き止まり、壁際にまで追い込まれてしまった。
それに構わず近づいてくるサトシ。
「あう……」
「うあ……」
サトシは2人の顎を左右の指でそっと優しくなぞる。
ゾクゾクと背筋に微弱な電流のようなものが走るカスミとリカ。愛しい男の子からの愛撫が心地よく、うっとりとした表情になる。
「ま、待ってサトシ、そんな、心の準備が……」
「こ、こんなとこで、ダメだよ。は、はじめては、夜景が綺麗なホテルとか、私の部屋とか――」
「そ、そうよ。もっとロマンチックで、綺麗な雰囲気で――」
真っ赤な顔になる2人にサトシはクスリと笑うと、さらに顔を寄せる。
リカとカスミ、2人の眼前にサトシの顔が真正面にあり、2人のそれぞれ左右の目がサトシの左右の目と視線がぶつかる。
2人の細くも肉付きのいい身体がサトシたちの両腕に抱きしめられ、顔がゆっくり近づいてくる。
良かった、サトシが2人なったら自分も彼女もサトシと一緒に愛してもらえる。
幸福感に包まれて2人は――
***
不意に消えてしまった2人を探して。俺は墓地だらけの通路を歩く。反響した俺の声だけが満たし、返事の一切が無い。人の気配を何一つ感じず、ただ微風が通り抜ける。
歩みが速まり、視界の隅々まで意識が向いてしまう。2人を早く見つけなければ、
目を離してしまった己の不甲斐なさに歯噛みする。
「っ!?」
目の前に2つの人影。思わず駆け出し、距離が縮まり、そこには見覚えのある後ろ姿が2つ。
「ったく、いきなりいなくなるから吃驚したよ。だいじょ――」
不意に両サイドにぶつかるものがあり、圧迫感があった。
リカとカスミが何も言わずに抱き着いて来た。思いもよらない行動に交互に2人を見る。
2人は頬を赤くし瞳を潤ませて俺を見つめた。まるで何かをほしがるかのように。
そんな2人を見て俺は――
「ちがう、違う違うなぁ、カスミとリカはそんなことしないんだよ。誰だお前ら……」
明らかに違う雰囲気、その様は人と相対している気がしなかった。
瞬間、カスミとリカの姿をしたナニかが、笑顔のままノイズが走ったように歪む。そして、空間が霧に包まれると、2人の姿が消える。
空間が正常になると辺りの景色は墓地に戻る。
人の気配を感じ、速足で進むとそこには壁を背に並んで眠っているリカとカスミがいた。
「おい、カスミ、リカしっかりしろ! 起きてくれ!」
「う、うーん……」
「むにゃ……」
寝息を立てている2人は外傷は無いように見えた。肩を揺すると2人の瞼がゆっくりと開く。
「良かった起きたんだな」
「「サ、サトシ!?」」
ホッと胸を撫でおろす俺とは対照的に2人はギョッと目を見開いていた。心なしかどちらも頬が赤い。
「あ、あの不束者ですがよろしくお願いします」
「こ、子供は最初は一姫二太郎がいいと思うの」
ぽーッと俺を見上げた2人がよく分からないことを口走っている。
「? まだ幻覚が消えてないのか?」
「「え、幻覚?」」
「ああ、俺たち幻覚を見せられてたんだ」
2人は同時にキョトンと首を傾げフリーズした、一泊置いて顔が青くなり震え出す。
「「あ、あ、あああぁ、ああああああぁああああぁ!!」」
「ど、どうした大丈夫か!?」
震える声で悲鳴を上げた2人、まさかまた何か幻覚を?
「な、何もない、何もないんだよ!」
「そ、そう、変なモノとか見てないから!」
「そ、そうか、ならいいけど」
顔を真っ赤にしてアタフタと何かしらを否定する2人のプチパニック状態にこれ以上の質問はできないなと俺は首肯した。
「にしても、今の幻だか白昼夢だかはなんだったんだ?」
「サトシも何か見たの?」
「……まあ、よくわからないものをな」
「そう、けど本当になんだったのかしら」
「ほ、本当に幽霊の仕業? あのまま眠ってたら、ど、どっかに連れてかれたんじゃ……」
「そ、そんなわけ、な、ないわよ。ないわよねサトシ……」
顔を青くし縋るように俺を見る2人。いつもの強気ではなく、涙目な様子はこれまたいつもと雰囲気が違い、また幻を見せられているのではと思ってしまう。
「なんにしても、得たいの知れない何かはいるのは間違いない。ほったらかしにもできないぜ。このまま行こう」
「「うん」」
2人が立ち上がったことを確認し、再びピカチュウを先頭に歩き出そうとした、
その時、
「わ、あわわわ、何か物音したぁ!」
「ひゃ!」
リカが悲鳴を上げてカスミに抱き着く。いきなりのことでカスミも驚いていると、慌てたリカがモンスターボールを取り出す。
「お願いバタフリー『むしのさざめき』!」
『フリフリィ!!』
飛び出した蝶ポケモンのバタフリーが中心の赤い目でナニかがいる方向を見ると羽をはためかせ音波が勢いよく発射される。そして、ナニかにぶつかり、
「「「わあああああっ!」」」
3つの悲鳴が聞こえた。そして3つの影が飛び出し、ドシンという倒れたであろう音がした。
出てきたのは見覚えのある3人だった。
「な、お前ら」
「ひ、久しぶりねジャリボーイと砂利ガールズ」
「こ、こんなとこで奇遇だな」
ムサシ、コジロウ、ニャース、おなじみの3人組のロケット団だ。
「ニャ―たちは法事でここに来てるのニャ」
「「「じゃあ、そういうことで」」」
「待てや」
『ピカ』
俺の両手がムサシとコジロウの襟首を踏ん掴み、ピカチュウは尻尾をニャースの首に突き立てていた。
「「「ひぃ……」」」
「で、本当はここでなにしてんだ?」
「……野暮用よ」
「あんまり話したくないってこと?」
リカが尋ねると押し黙る3人、何かやましいことでもあるのかとそう思い、
「なあ、お前らさ、この町のポケモンに――」
続く言葉は止まることになる。
周りの景色が異様に歪み始めたからだ。
「ちょっとどうなってんの!?」
「わわわっなんなんだこれぇ!?」
「ニャ―、ぐわんぐわんするニャア!」
「また幻覚!?」
「もういい加減にしなさいよお!」
ロケット団だけでなく、リカとカスミも悲鳴を上げる。これは不味い、幻覚を
「一か八かだ。みんな目を瞑れ! ピカチュウ『フラッシュ』だ!」
『ピッカ!』
ピカチュウが尻尾を立て、眩い閃光が放たれ部屋を照らす。
重なった悲鳴と共に空間の歪みが無くなり、景色がもとの姿に戻る。
そうして現れたのは3体の黒い影。
『ゲンゲロ!』
『ゴスト!』
『ゴスッ!』
カントー由来のゴーストポケモン、ゴース、ゴースト、ゲンガー。進化系列の3体が一度に俺たちの前に飛び出してきた。
ゲンガー、ゴースト、ゴースが焦ったように顔を見合わせる。
「幽霊騒ぎの正体はお前たちなのか?」
『ゲンゲ……』
「や、やっぱり本物の幽霊じゃなかったんだ」
「よかった~」
カスミとリカが安堵の表情を浮かべる。
「どうしてこんなことを?」
その時、冷気を浴びせられたかのような感覚がした。
「さ、サトシ、あ、ああ、あれぇ……」
顔を青くしたリカが指さす先を見ると、大きな靄のようなものが発生していた。
ゲンガーたちがやっていた幻覚ではない。体に圧し掛かるような寒気と戦慄。
それは、隠し切れない禍々しい気配と共に出現した。
拙作を読んでいただきありがとうございます。
サトシとピカチュウの冒険が終わってしまうことにとても寂しさを覚えます。
このまま終わってほしくない。ずっと見ていたい。けれど、最後を見届けたいと思います。
最終回までに1本書けてよかったです。
活動報告の方も更新していますのでご一読いただければ幸いです。