サトシに憑依したので冒険してみようと思う(改題) 作:エキバン
いつまでも大好きだよ。
『アアッ……アアアッ……』
突如現れた得体の知れない禍々しい何か。不定形の輪郭が蠢き、息苦しくなるほどの重圧が部屋を覆っている気がした。
「ちょ、ちょっと、もうバレてるんだから悪戯はやめなさいよ……」
「そ、そうだぞ、もう通用しないって……」
ムサシとコジロウがゴースたちに言うが声は上擦っていた。感じているのだろう、目の前に出現した存在の異常さを。
俺にはきっと霊感は無い。けれど、それは明らかにこの世の者ではない。ゴーストポケモンにだって感じる生気が全くなかった。
「幽霊……」
俺が呟きが反響したかのような錯覚、それほどの静寂。ふと後ろにいるリカとカスミを見ると、眼を見開き、驚愕を隠そうとしない。
ポケモンとは違う未知の幽霊。だが逃げるわけにはいかない。
「ピカチュウ『10まんボルト』!」
『ピカ……ピカ……』
ピカチュウは俺の方を振り返ると、首を振った。
幽霊を恐れているのかと思ったがそうではなさそうだ。いったいなにが?
視線を幽霊に戻すピカチュウ、一瞬俺に見せた表情はどこか寂しそうな無念そうなものに見えた。
すると、
『カラー!』
後方から聞こえたポケモンと思しき大声。フジさんのところにいたカラカラだ。
「え、カラカラ、どうしてここに?」
リカがカラカラに駆け寄ろうとするが、カラカラはリカを避け一直線に駆けていく。
「な、おい待てって!」
さらに俺とピカチュウを通り過ぎようとしたカラカラを捕まえようとするが捕まらずその先に浮いている幽霊の元まで行ってしまった。このままでは襲われると思い、走ろうとした。
『ピカッ!』
ピカチュウが俺の行く手を阻んだ。
「ピカチュウどうして?」
『ピ……』
ピカチュウは真っすぐ俺を見ていた。
――このまま見守ってほしい。
そう言っているような気がして、俺はカスミとリカ、ついでにロケット団の方へと顔を向けた後、カラカラの様子を見た。
『アッ……アアッ……』
幽霊が動き出す、いや、変化が起こり出した。
禍々しい靄が蠢きだしたかと思うと、幽霊の姿が変わり、別の輪郭がはっきりと現れる。カラカラよりも大きな体躯、大きな頭に2本の腕と2本の脚、1本の尾。
長い骨を持つその背丈はカラカラよりもさらに大きい。それは――
「幽霊の正体は、ガラガラ?」
姿を見せたのは、骨を被ったような頭はカラカラ同様、だが体はずっと大きい。カラカラの進化系のガラガラだ。そこには先ほどの禍々しさや冷たさは無く。どこか物寂しさを思わせながら、カラカラを見ていた。
『カラー!!』
走り出したカラカラ、上げた声は歓喜、悲哀、ずっと探していた大事な人が見つかったかのようなあらゆる感情の絶叫だった。走るカラカラの『たいあたり』を受け止めたガラガラはその感触を確かめるかのように、大事に大事に優しく抱擁していた。
「……やっぱり、あのガラガラはカラカラのお母さんなのよ!」
カスミの言うとおり、あれは殺されたガラガラに間違いない。こうしてここにいるのは、成仏できずに心残りがあるということなのだろうか。
そう思っていると、
『ゲンゲンゲンゲロ』
「な、なんだこのゲンガーたちどうしたんだ?」
「ちょっとニャース通訳しなさいよ」
「わかったニャ、ふむふむ……それは、本当なのニャ?」
ゲンガーたちの言葉を通訳したニャース、その表情は悲痛さを耐えているようだった。
そして、聞いたことを語り出す。
あのガラガラはロケット団に殺されたポケモンだった。だが彼女はロケット団という脅威がまだ町に潜伏していることが心残りになり、幽霊としてタワー内を彷徨っていた。そうして、タワーを登り最上階を目指している人間を脅かして近づけさせないようにしていた。
自分の子供のことは気がかりだった。それでもロケット団で傷つく人をポケモンを出したくなかった。それが彼女の願いだった。
これが幽霊騒ぎの真実だ。
「ゲンガーたち、あなた達がロケット団を追い払うことはできなかったの?」
『ゲンゲン』
『ゴスゴス』
『ゴストゴスト』
リカの疑問に、どこか申し訳なさそうな表情のゴーストタイプポケモンたち、するとゴーストがある場所を指さす。そこには何か大きなモノがあった。
「あれは、何かの機械」
カスミに言われてそれが大きな機会であることに気づく。四角い見た目にスピーカーのようなものがついている。
「んん? これどっかで見たことあるわね?」
「ニャ―もどこかで……」
「あ、思い出した!」
コジロウがハッとした顔になり手を叩く。
「これ野生のポケモンを追い払うマシンだ。特殊な音波を出して、ポケモンたちが近づけないようにできるってやつ、ロケット団のアジトで見たことある」
コジロウの言葉が本当なら、これを仕掛けたロケット団がいる。最上階に続く階段近くにこの機械があるということは、
「……この上にガラガラを、こんな目に遭わせたロケット団がいるんだな」
自分でも驚くくらい低い声になっていた。だが、今はそれを気にはしない。
ゲンガー、ゴースト、ゴースが同時に『シャドーボール』を放つ。
だが、機械はビクともしない。
「頑丈ときてる、か」
「カビゴン100体が『のしかかり』しても壊れないってふれ込みだったなこれ」
コジロウが呆れたような声を出す。
ピカチュウたちも機械には近づきたがらないが、俺たちは何ともない。モンスターボールにポケモンたちを入れれば階段を上がることは簡単だろう。けれど、こんなモノをここに置いたままになんかしたくない。ポケモンたちが安らかに眠っているこの場所に。
「これ壊そう」
「うん、どんなに頑丈でもみんなで力を合わせれば」
「ここにいるポケモンたちのために」
俺たちはそれぞれ2つのモンスターボールを投げた。
「ピカチュウ、ヒトカゲ!」
『ピカッ!』
『カゲ!』
「フシギソウ、バタフリー!」
『フシャ!』
『フリィ!』
「スターミー、シャワーズ!」
『フッ!』
『シャワ!』
「「「いっけえ!!!」」」
3人の声が重なる。
ピカチュウの『10まんボルト』、ヒトカゲの『かえんほうしゃ』
フシギソウの『はっぱカッター』、バタフリーの『むしのさざめき』
スターミーの『みずのはどう』、シャワーズの『ハイドロポンプ』
電撃が、3種の水流が、葉の刃が、音波が大きな機械を粉砕した。爆発音とともに、機械は部品をボロボロと落とすと、赤い点滅が消え、煙を吐き出すだけとなった。
誰も何も言わない。達成感なんてもちろん無いし、「よくやった」といつもならポケモンに言いたいはずなのに、口が動かない。ただ視線を上げその先を目指す。
「カスミ、リカ、行こう」
「「うん」」
ポケモンたちを伴い歩き出すと、
「おい待てよ。俺たちも行く」
コジロウが言うとムサシとニャースも真剣な顔だった。
「……そもそもお前たちなんでここに来たんだ?」
「野暮用よ」
まあ別に言わないなら構わないか。
「邪魔はすんなよ」
「あんたらもねジャリボーイにジャリガールズ」
***
ポケモンタワー最上階。そこは屋上であり墓は存在せず、シオンタウンで一番空を近くで見ることができる場所である。タワーを見下ろす空は曇天で厚い雲が包んでいる。
雲が見下ろす先にいるのは黒服の集団と普通の恰好をした男性だ。
「もうこの町から出て行ってくれ」
普通の恰好の男性――フジ――は黒服の集団――ロケット団――に言葉を投げる。顔には微塵も恐怖が無く毅然とした態度だ。
「なんで俺たちがあんたみたいな爺さんのいうこと聞かないといけないんだ?」
対するロケット団はフジの言葉を一蹴すると見下し嘲笑う。
「まあこの場所のことを知られたからには帰すわけにはいかないがな」
先日、シオンタウン周辺でポケモンの乱獲を行っていたロケット団たちは、警察から逃げるとこのタワーに潜伏していた。
「ポケモンタワーに幽霊が出る」という噂を流して人の出入りを減らす工作をし、徹底的に自分たちの痕跡を消そうとしていた。
それを嗅ぎつけた人間を逃す理由はない。
団員たちはモンスターボールや武器をてにフジににじり寄る。
だがフジは態度を変えずにハッキリと言い放つ。
「そうか……ならば君たちのボスと話しをさせてほしい」
「はっ、なにをおかしなことを。ボスがあんたの話なんか聞くはずないだろ」
「いや、私の名前を伝えて貰えれば君たちのボスに、サカキ氏にはわかるはずだ」
そこで団員達に動揺が走る。カントーを裏から支配しているロケット団、そのボスの顔と名前を知るのは、同じロケット団のみ。それを知っているとすれば――
ふと、顔に傷があるリーダー格の団員が何かに気づく。
「待て、あんたまさか――」
駆け上がる足音。
それに団員全員が振り返る。そこから現れたのは見知らぬ子どもと同じロケット団だ。
***
屋上まで出ると、日を隠す雲が目に入る。今にも雨が降りそうな空模様は俺たちの周りに暗い影を落とす。視線の先には人の集団。
同じ服装の黒服たちに、胸には大きな「R」のマーク、紛れもないロケット団。
そして彼らの奥にいるのは、行方不明だったフジさんだ。
「ここまでだロケット団!」
俺が言うと、黒づくめのロケット団が一斉にこちらに振り返る。
「あん? なんだガキども。うん? お前たちは問題児のムサシとコジロウとニャースじゃねえか。なんの用だ、手柄でも分けてほしいのか?」
「任務よ」
「は? 任務?」
ムサシが答えるとリーダー格の男は顔を顰める。
「ああ、連絡寄越さず潜伏してるロケット団を回収してこいってさ」
「それはご苦労なことだな。だがまだやり残したことあるから、それ終えたら帰るつもりだ」
コジロウが言うとそのロケット団はどこか誇らしげといった態度で俺たちを見た。
そんな尊大な態度に俺は苛立ちを覚える。
「おいお前たち、ガラガラを殺したのは本当なのか!」
「ガラガラ? ああ、あの邪魔してきた奴のことか? 殺したぜ? なかなかしぶとい奴だったがな」
「どうしてそんなことしたの!?」
悲鳴にも似たリカの声、ロケット団はゲラゲラ笑いながら語りだす。
「だから邪魔してきたからだよ。俺のポケモンも散々やられたぜ。それになぁ、見ろよこの顔の傷、あのガラガラに付けられたんだよ。ポケモンのくせに生意気なことしやがって、痛い目遭わせてやろうとしたのさ。そうしたら、ついやりすぎて殺しちまったよ」
「あんた、最低……最低よ! ガラガラに謝りなさいよ!」
憎々し気に語るロケット団にカスミは怒りの色を顔に出して叫ぶ。
「なんでこの俺がポケモンに謝るんだ? ポケモンは人間様に従うのが道理だろ。人間の俺がポケモンの1匹や2匹殺して何が悪いんだ? それになあ、まだ足りねえんだよ、大量の頭蓋骨かっぱらって金にしないと、この傷の割に合わねえんだよ」
吐き捨てる男の言葉に、胸の奥がドロリと黒いものが満ちるのを感じた。
こんな人間がいるのか? この世界の人間は善人だろうと悪人だろうとポケモンのことを大事にしているのではないのか? 自分のポケモンではないからといって、そんな命を奪うなんてことが簡単にできるのか? そんなこと認められない、認めちゃいけない。
「もういい……」
振り絞るように出た俺の声は、冷たかった。それに驚く感情もなかった。
「もういいもう黙れもう喋るなもう言葉はいらない。お前から何も聞きたくないお前のことは視界にも入れたくない。だから―――お前はここで叩き潰す」
この男を完膚なきまでに血祭りにあげたい。そんなドス黒い気持ちが胸の奥から溢れてくる。
「ち、おい、そのジジイを人質に――」
「リカ!」
「うん!」
「ピカチュウ『フラッシュ』!」
「フシギソウ『つるのムチ』でフジさんをこっちに運んで!」
強烈な光でロケット団が目を覆い怯んだ隙に、眼をつぶっていたフシギソウが走り射程距離まで入ると目を開ける。蔓が素早く伸ばされ、奥にいるフジさんの体を優しく巻き取り素早くこちらまで運んだ。
「クソ、ガキが、調子に乗るなよ!」
俺はモンスターボールを構え、戦闘態勢に入る。
すると、
「おい待ちなジャリボーイ」
「ここは私たちも参加させてもらうわよ」
ムサシとコジロウもモンスターボールを構えていた。
「おいおい問題児ども、なんの真似だ?」
「気が変わったわ。あんたらの相手は私たちよ」
「はあ? なんのつもりだ?」
リーダー格のロケット団が睨むと、ムサシとコジロウの目は鋭くなる。
「お前、本当にポケモンを殺したんだな」
コジロウはいつもと雰囲気の違う低い声で尋ねる。
「なんだなんだ? ポケモンの1匹や2匹殺したくらいで怒ってんのか? 俺たちは悪党だ、殺しくらい何が問題あるんだよ。お前らも悪党だろ?」
「ええそうよ。私たちは悪党のロケット団、けどねぇ、あんたたちみたいにポケモン傷つけても平気な顔してられるほど墜ちちゃいないのよ!」
「はんっ何馬鹿げたこと言ってやがる。ポケモンは俺たちロケット団のものだ。ボスもそう仰っているだろう?」
「それでも越えちゃいけない一線があんだよ! 悪党の通すべき筋の分からないお前たちは、俺たちが分からせてやる!」
「ニャ―も今日は怒り心頭ニャ!」
3人はいつものふざけた雰囲気は無く、真剣に怒っていた。
珍しい姿に少し見直した。
「問題児の分際で、いい気になるなよ。お前らやっちまえ!」
『行けポケモン共!』
敵のロケット団たちは次々とボールを繰り出す。
「行きなさいアーボ!」
「ドガースお前もだ!」
『シャーボ!』
『ドガ~ス!』
ムサシのアーボとコジロウのドガースが敵のポケモンたちに突っ込んでいく。
「俺たちも行くぞ。ピカチュウ、ヒトカゲ!」
「フシギソウ、バタフリー!」
「スターミー、シャワーズ!」
俺たちのポケモンたちが、ロケット団のポケモンたちを迎え撃つ。
数は敵の方が多いが、戦況はあっという間に俺たちの優勢となった。どうやら個々の練度は俺たちが勝っていたようだ。さらに、
『ゲンゲーン!』
『ゴスト!』
『ゴーッス!』
ゲンガー、ゴースト、ゴースが参戦した。その顔はロケット団に対する怒りが見て取れた。それを体現するかのように、ゴーストポケモンたちはロケット団本人たちを狙い撃つ。
『シャドーボール』をぶつけ、『シャドーパンチ』で殴り倒し、『おにび』で追い回した。不意に現れた乱入者の攻撃にロケット団に恐慌が走る。
「な、なんだお前ら!」
「く、来るなぁ!」
「ぎゃあああ!」
指示を出せないロケット団、結果そのポケモンたちもどうしたらいいかわからず慌てている。彼らに罪は無いと思う。けれど、今は倒させてもらう。
俺たちのポケモンの攻撃は、ロケット団のウツドン、ゴルバット、プリン、ベトベター、マンキー、ドードー、クラブ、タマタマ、スリープの軍団を打ち崩した。
「ホーッホッホッホ! どうよこれが私たちの実力よ!」
「落ちこぼれと馬鹿にした俺たちにひれ伏すがいい!」
「これでおミャ―らはニャーたちより格下ニャ!」
ムサシとコジロウとニャースは3人仲良く高笑いをしている。
「……お前らのアーボとドガースは真っ先にダウンしただろ」
「ちょ、バッカそれ言わないでよ」
「せっかくかっこいい雰囲気なんだぞ」
まあ、それでも相手を1体ずつギリギリ倒すことができてたし、良しとするか。
「クソ、こんなガキどもに――逃げるぞ」
ロケット団は一斉に背中を向けて走り出した。ここで逃がすわけにはいかない。
俺はピカチュウとゼニガメと一緒に駆け出す。
「これでも喰らいな! 行けビリリダマども!」
投げられたボールからでてきたのは3体のビリリダマ。
ここでビリリダマを出してきたということは――
「まずい逃げろ!」
ビリリダマが発光し膨大なエネルギーが収束する。
ビリリダマ、そしてその進化系のマルマインの特徴は『爆発能力』。自身が瀕死になるかわりに凄まじい破壊力の爆発を起こす。それが一気に3体によって引き起こされる。
――ダメだ間に合わない!
一瞬の破裂音と共に、空間が歪むほどの衝撃波が生まれ、周囲を薙ぎ払い吹き飛ばし――
『ゲンゲロ!』
『ゴスゴス!』
『ゴスト!』
俺たちの前に飛び出してきたのは3体のゴーストポケモン、俺たちの盾になるように爆発の衝撃波をその身に受けていた。
彼らが大きなダメージを受け、最悪倒れてしまう。そう思ったが、爆発が晴れると彼らは無傷で笑っていた。
そこで気づく。ゴーストタイプのゲンガー、ゴースト、ゴースにノーマル技の『じばく』は効果が無く、ゲンガーたち自身も無傷だ。彼らが盾になったことで誰も傷を負うことなくサトシたちは守られた。
するとゲンガーたちがロケット団目掛けて漆黒の『シャドーボール』を放ち、部下のロケット団全員を吹き飛ばした。
「くっくそお!」
『カラカラカラ、カラア!』
俺たちの後ろから飛び出す影があった。
あのカラカラだった。カラカラは骨棍棒を思い切り振りかぶり、リーダー格のロケット団目掛けて、思い切り振り下ろした。
「ぎっがあああああ!!」
渾身の一撃がリーダー格のロケット団の顔面を捕らえ、その身体が吹き飛び床に転がる。
「ナイスな一撃だぜカラカラ」
カラカラは骨を突き上げ声を上げる。『仇はとった』と誰かに宣言するかのように。
ロケット団は全員伸びてしまった。これで悪は打倒した。シオンタウンはもうロケット団に怯える必要は無くなった。
「やはり君はカラカラの母親だったのか」
フジさんがガラガラを見て、驚きながらも納得したような顔をしていた。
「ここを登った時に彼女に会った。けれど私を驚かすことは無かった。おそらくカラカラの匂いがしたからだろう。それとも、私がこの屋上に彼女のお墓を建てたことを知っていたのか?」
フジさんの視線の先にある墓、『ガラガラがここに眠る』と記されていた。
母親ガラガラはフジさんを見て頷き、息子のカラカラを優しく見下ろしていた。その成長を喜び誇らしげにも見えた。
親子のやり取りに俺は胸が暖かくなる。
その時、天から眩い光が差し込んだ。
ガラガラは上を向くと、そのままゆっくりと体が浮かび上がった。
「もうお別れなの?」
リカの悲鳴にも似た声、だがガラガラは止まらず空へと昇る。
光と共に天に昇ったガラガラ、最後まで息子のカラカラから目を離さず、優しい笑みをしていた。
カラカラはもう届かない母親に向かっていつまでも手を伸ばす。「待ってほしい」「居てほしい」どうしようもないと分かっているはずなのに、その手が求める。
そして、ガラガラは微笑みとともにその姿が消える。
カラカラは泣いた。被り物の奥の瞳から雫が溢れる。
止まらない。いや止めなくていい、思い切り感情を吐き出せばいい。誰も咎めない責めない。ここまでよく我慢したね、君は頑張った。だから今は泣いていいんだ。
空間に響くカラカラの泣き声、誰もが悲痛な面持ちで彼を見ていた。
カスミは目を伏せ、リカは瞳に涙を溜めていた。
ムサシ、コジロウ、ニャースもカラカラを憐れむように見ていた。
フジさんも祈りを捧げているように目を閉じていた。
***
「さあ、今警察を呼んだ。もうじき来るだろう。私が話しておくから君たちはタワーを降りるんだ」
「わかりました。じゃあ――」
そこで横を見ると気づいた。
リーダー格がいなくなっていることに気づいた。
「しまった逃げられた」
「ニャニャ! しまったのニャ、これじゃあ任務失敗なのニャ!」
「冗談じゃないわここまで来て、あとは私たちが追うわ」
「じゃあなジャリボーイにジャリガールズ。オラ待てえええ!!」
そうして3人組ロケット団は走り去った。
残った団員を縄で縛り上げ、タワーを降りようとしていると視界に入るポケモン。
カラカラは泣き止んだものの、俯いてジッとしている。
そっと抱き上げると、カラカラは大人しく、昨日のように暴れることなく大人しい。
俺はカスミとリカに顔を向けると、2人は頷きそのままタワーの階段へと歩き始めた。
***
「クソッあのガキどもに問題児どもが、この借りはいつか返してやるからな」
ロケット団の男はボロボロになりながらも逃亡していた。
「ちょっと逃げんじゃないわよ!」
「大人しくしろ!」
「ふざけやがって、お前ら俺にこんなことしてただで済むと――」
その時無機質だが大きな音が空から近づいてきた。ヘリコプター、飾り気のない機体がプロペラを回転させ凄まじい風圧と共に地上に降下する。
ムサシとコジロウは風で乱れそうになる髪を抑えながらヘリコプターを見上げる。
「「な、なんだ?」」
口上の引き金となるワードを思わず口に出していると、ヘリコプターから降りる人影。
「団員を連れて帰るだけなのに、どうしてこんなに時間がかかっているのですか?」
眼鏡をかけたショートヘアの理知的な雰囲気の女性。
怜悧な眼でその場にいる全身を見つめている彼女こそ、ロケット団首領の秘書を務める女性マトリである。
「あ、いや……少々アクシデントがあったというか」
「まあいいでしょう」
ふぅと溜息をついたマトリは男の方を向く。
「あなたも帰還命令があったなら早急に戻りなさい」
「し、しかし、まだ手柄が……」
「サカキ様が戻るように仰っているのです。早くしてください」
「わ、わかりました」
有無を言わさぬマトリの勢いに男は姿勢を正してヘリに向かって歩き出した。
「では回収は終わりました。残りの団員はこちらでどうにか回収します。私はこれで、ご苦労様でした。今回の任務は成功ということにしておきますので、報酬は後日送金させていただきます。それでは」
それだけ言うとマトリはヘリに乗り込み、そのままヘリは飛んでいった。
「あんのいけ好かない女ぁ、いつかぎゃふんと言わせてやるわ」
ヘリコプターに向かってアカンベェをするムサシにコジロウとふと尋ねる。
「あの人、ボスの秘書だよな。そんな人がわざわざ来てまでなんであいつを連れて帰ったんだ?」
「さあ、すぐにでも会いたかったんじゃないの?」
「どうして?」
「知らないわよ」
「くああぁ、もう疲れたのニャ、もう寝たいのニャ」
ニャースの欠伸につられるようにムサシとコジロウも眠気を覚え、野宿の準備へと取り掛かった。
***
数分後警察が到着し、残りのロケット団を連れて行った。
フジさんは事情聴取を受けてしばらくするとポケモンハウスに戻ってきた。
「フジさん、無事で本当によかったわ!」
ミサさんが涙目になりながらフジさんに抱き着く。
「すみません、心配をかけました」
フジさんは申し訳なさそうにしている。
「サトシ君たち、ありがとうございました。ガラガラも成仏できたようです」
「……いえ、俺たち、そんな大したことは」
「君たちのおかげでロケット団は町からいなくなりました。それは間違いない」
「ありがとうございます皆さん」
フジさんとミサさんにお礼を言われ、俺はカスミとリカと顔を見合わせると2人は寂しげだか薄く笑っていた。ポケモンの理不尽な死があった事実は2人にとってもショックは大きいはずだ。
けど、それでも、俺たちにできるのはただ俯くことではなくて、これからも生きることだ。そして死者を悼みながら今日あったことをずっと胸に刻む。
ミサさんの足下にはカラカラがいる。未だ寂しげな目で空を見上げている。そこにいる母親を探しているように見えた。
「カラカラ、辛いよね……」
「私たちに何かできることはないかしら」
ポツリと言葉を零すリカとカスミ。
――俺たちにできること
俺は思わず体が動いた。
「カラカラ、よかったら俺たちと来ないか?」
『カラ?』
「お前さえ良かったらなんだけど、一緒に冒険して世界のこと、知ってみないか?」
俺はこのままカラカラを放っておくことができなかった。寂しい顔を見たままのお別れなんて嫌だ。元気な姿の彼を見たかった。だから、旅に誘いたい。
「いいのではないですか。カラカラも多くを知ることで乗り越えられるかもしれない」
フジさんが優しく言うと、ミサさんも頷いた。
カラカラはミサさんとフジさんを交互に見て、最後に俺を見た。そして俺の足元までゆっくり歩いて来た。
俺はモンスターボールを出し、カラカラが片手をボールのスイッチに触れると吸い込まれる。ボールが閉じ、僅かに震えると停止する。
「……カラカラゲットだ」
新しい仲間ができた。だから今は笑って迎えよう。
「今は手持ちが6体だから、研究所に送るけど、あとで迎えに行くからな」
するとモンスターボールはポケモン図鑑の転送装置によって、オーキド研究所に送られた。
「サトシ君、カラカラをお願いします」
フジさんに言われて俺は頷いた。
***
とある町の建物、それは普通の建物に扮しているがそこはロケット団の拠点の一つ。
その一室の扉が開く。
「サカキ様、連れて参りました」
「ああマトリご苦労」
部屋の主、ロケット団のボス、サカキ。オールバックの髪にスーツを着た壮年の男。
その眼光は鋭く、多くの修羅場を潜り抜けた力強さがある。
「サカキ様、私めをお呼びいただきありがとうございます。ですが、なぜ?」
部屋に入ったロケット団員はボスに直接呼ばれた高揚感を胸に抱き、緊張もしながら尋ねる。
「ふむ、お前に問おう。我々ロケット団の目的はなんだ?」
「は?」
不意の質問に思わず聞き返す。
「二度言わせるな。目的はなんだと問うている」
鋭い眼光が男を射抜く、背筋に冷たいものが走り、男はゴクリと唾を飲み込んで口を開く。
「は、はい、我々ロケット団はこのカントー、ひいては世界を支配することを目標としております」
「そうだ、そのために必要なことはなんだ?」
「そ、それは……」
言い淀んでいると、サカキが一歩前に踏み出す。感情の無いボスの顔には凄まじい重圧があった。心臓を鷲掴みにされる錯覚さえ覚える迫力に、男は戸惑いと恐怖で目を離せずその場から動けずにいた。自分は何かしてしまったのか?
「わからないか。それはポケモンの力を最大限に利用することだ」
サカキがさらに一歩近づく。
「ポケモンはこの世界でもっとも影響力のある存在、力だ。それを使いこなせる者が世界の覇者になると私は考えている」
また一歩。男の本能が警鐘を鳴らしているが、男は何も言えず手足も動かない。
「故に、ポケモンはすべて我らロケット団の利益となり得る存在だ。だからこそ私は」
サカキがそう言葉を切ると、
「ポケモンの略奪は許す。だが、必要以上に害し、ましてや殺すことを許しはしない」
静かにゆっくりとサカキは言葉を紡ぐ、だがその目はまるでいらなくなったガラクタを見るような冷たい目。
「貴様が殺したガラガラ、あれがこの先ロケット団に大きな力と利益をもたらしたかもしれない。現にそのガラガラは、お前たちのポケモンを何体か戦闘不能にしたそうだな。我がロケット団の申し分ない戦力となり得たはずだ。その可能性を、貴様はくだらぬ自尊心で無にした」
「ひっ――」
ようやく口が動くが言葉にならない。
「我がロケット団に不利益を与える者など必要ない」
部屋に屈強な男性団員が数人入り込んだ。機械のように動く団員達が男を拘束する。
「あああ、さ、サカキ様、お許しを……」
自分がこれから何をされるか理解した。組織のボスの逆鱗に触れ、自分はこれから粛清される。
「貴様にもう用は無い、連れていけ」
「サカキ様、お許しくださいサカキ様あああああああっ!!」
団員たちに連れられ、男は悲鳴を上げるだけのモノになった。
その男の行方を知る者はいない。
電話が鳴る。サカキは通話ボタンを押すと、口角を僅かに上げる。
「やあ久しぶりじゃないか」
『今回の件、あなたはもう知っているのではないですか?』
「ああ無論だ。先ほど愚か者を処分したところだ」
『そうですか……偉そうなことを言えた義理ではないですが、少なくともこの町ではこのようなことは無いようにしてもらいたい』
「ああ、今回は私の采配ミスと認める。以後、シオンタウンには近づかないと約束しよう」
『そうしてくれると助かります。サカキさん』
「なぁに、かつてロケット団に尽くしてくれた者には当然の配慮というものだよ。フジ博士」
『……もう、研究には携わっていない、今の私はただの老いぼれです』
「しかし、あんたの研究は今もロケット団に多大な利益をもたらしている。心から感謝する」
『ならば団員への指導を的確にお願いします』
「もちろんだとも、それから……」
「もし私のところに戻る気があるのならいつでも歓迎しよう。席は残してある」
『……もう私に昔の情熱は無い。これで失礼します』
そこで通話は終わる。
部屋がノックされ、入室を許すと秘書のマトリが入って来る。
「サカキ様、
「ああわかった」
マトリが退出すると、サカキは自室の隣にある部屋へと入る。
そこは暗く、無機質な部屋。機械が数多く設置してあり、何かの実験室のようだ。
そこの中心には
サカキはそれを見て不適に笑う。
「ふふふっ、まあ贖罪も結構だ。だがあんたは平穏でいられるかな? 現に今ここに、あんたの研究成果が形となり力を示しているのだから」
***
――最後にガラガラのお墓参りがしたい。
そう言うとフジさんは快諾してくれた。俺たちはフジさんと共に花束を持ってポケモンタワーの屋上を目指していた。途中、最後の階段を歩くが、あの時の幽霊は現れない。当たり前のことだが。
その時、
『ゲンガ』
『ゴスト』
『ゴース』
ゲンガー、ゴースト、ゴースが現れた。今度は幻覚を見せることなく真正面から笑って出てきた。
「あなたたち!」
「さっきぶりだね。怪我とかしてなかった?」
カスミとリカに尋ねられた3体のゴーストポケモンは嬉しそうに宙で動き回っていた。
「さっきはありがとう。ゲンガーたちのお陰で助かったよ」
「よかったらあなたたちもお墓参りをしませんか?」
フジさんに言われた3体は互いに顔を合わせると元気よく頷いた。
屋上、そこにはたくさんのポケモンのお墓がある。その中の一つ、フジさんが立てたガラガラのお墓がある。
そこに向かっ歩こうとして、
「おや?」
フジさんが怪訝な顔でガラガラのお墓を見ていた。
「どうしたんですか?」
「この花は誰が手向けたのでしょうか」
言われて見てみると、お墓の足下に2つ花束が置いてあった。誰かが置いたのだろうが。
「フジさんではないのですか?」
「片方は私ですが、もう片方は私ではありません。いったい誰が」
不思議そうな顔をしているフジさん、ふと俺は空を見上げる。
そこには空をゆっくり進むニャース気球が見えた気がした。
サトシとピカチュウの物語が終わりましたね。
それでも彼らは永遠だと思います。
力及ばすだと思いますが、これからも書いていきたいと思います。
これからもよろしくお願いします。