サトシに憑依したので冒険してみようと思う(改題)   作:エキバン

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今回はいよいよ、あの人の登場です。


道中は色々出会う

「まさかこんな早い再会になるとは思わなかったよ」

 

「あはは……」

 

マサラタウンを出発して数時間、道を歩いていると近くの草むらで昼寝をしている人物を見つけた。

リカだった。

傍らに相棒のフシギダネが眠っていて2人とも幸せそうに寝息を立てていた。

 

「草むらが気持ちよくてつい、お昼寝しちゃってた」

 

恥ずかしそうにはにかむリカ。

 

まあ、気候はポカポカしているし、昼寝には最適か。

気持ち良さそうに寝ていて、悪いなと思って起こすのをしばらく待ったくらいだ。

仰向けになっているのに、激しく自己主張して、呼吸をするたびに揺れている双丘をしばらくガン見していたかったから起こさなかったわけではないですよ、ないですとも……

 

俺はコホンと咳をして考えを振り払う。

 

「野生のポケモンもいて危ないぜ」

 

「フシギダネが守ってくれるって言ってくれたから、ね」

 

「ダネダネ」

 

なるほど、確かにフシギダネは俺とピカチュウが近づいたときは起き上がって俺の動きを観察していたな。

ポケモンは気配の察知に優れていて、眠っていてもすぐに反応できるのか。

 

「ははは、頼もしいナイトだな」

 

「あ、この子女の子だよ」

 

「え、そうなの?」

 

「ダネダネ~」

 

これは失言だったな。

プクーと頬を膨らませるフシギダネはなんとも可愛らしい。

 

「それは失礼しました」

 

「でも、女の子のナイトもかっこいいよ、ね」

 

「ダネ、フシャ」

 

リカさんナイスフォロー。

彼女の言葉にフシギダネは機嫌を直してくれたようで、気持ちよさそうにリカに撫でられている。

 

不意に俺はあることを思い出し、足元にいるピカチュウに声をかける。

 

「あ、そうだピカチュウ。リカに言わなきゃいけないことがあるんじゃないか?」

 

「ピカ?」

 

俺の言葉にピカチュウは首をかしげる。

 

「研究所でリカに酷いことしただろ、謝るんだ」

 

「ピカ……」

 

途端にピカチュウは渋るような顔になる。

 

ピカチュウとの初対面のとき、触れようとしたリカを威嚇し、倒れた彼女にさらに電撃を浴びせようとした。何も悪いことをしていないリカに対してそれはやってはいけないことだ。だからピカチュウは彼女に謝らなければいけない。

 

「……サトシ。私は気にしてないから大丈夫だよ」

 

「そうもいかないよ」

 

リカは本当に気にしていないだろうけど、それではダメなんだ。

俺はそっぽを向くピカチュウの肩を抱いて視線を合わせる。

 

「ピカ……!」

 

俺の行動に驚いたのかピカチュウはビクッと体を震わせる。

幸い電撃は来ない。

 

「あのなピカチュウ。お前が恥ずかしがり屋で人に慣れないこともわかるよ。けど、通さないといけない筋はあるんじゃないか?」

 

「ピ……」

 

「悪いことや酷いことをしたら謝る。これは当たり前のことだぞ」

 

俺はピカチュウから両手を離す。

するとピカチュウはリカに正面から近づいて行った。

 

「……ピカピカチュウ」

 

おそらく、「ごめんなさい」と言ったのだろう。

ピカチュウは耳の垂れた頭をペコリと下げた。

 

「うん、もう気にしてないよ」

 

「よし、ピカチュウ。よくできました」

 

やっぱりピカチュウは悪い子というわけではないな、少しずつ人間に慣れていけば大丈夫そうだな。

 

「ねえ、サトシ。ピカチュウを少し撫でていいかな?」

 

「俺は構わないけど、ピカチュウはどうだ?」

 

「ピカチュ」

 

おずおずと頭をリカに差し出すピカチュウ。

リカはその頭を優しく撫でる。

 

「わあ、毛並みが柔らかいねー」

 

楽しそうに撫でるリカに、ピカチュウも少し気持ち良さそうな顔をしている。

 

小動物と戯れる美少女、良いね……

 

「ダネ〜」

 

「わ、フシギダネ?」

 

膨れた顔のフシギダネがリカの前に出た。

 

「ははは、妬いてるのか?」

 

「ダネダネ〜」

 

「ごめんごめん、フシギダネもね。はい」

 

リカはフシギダネの頭を撫でると嬉しそうな顔をした。

 

それを不思議そうな顔で見るピカチュウが印象的だった。

 

 

 

 

俺とリカのひとまずの目的地がトキワシティであるため、しばらく一緒に歩いて行くことにした。

可愛い女の子とこうして歩くなんて生まれて初めてであるためなかなか気分が高揚している。

あ、変なことはしませんよ。

 

「お、あれはモモンの実か?」

 

周りの木々とは一際違う形をした木には、前の世界に存在した桃に似た見た目の木の実がたくさん生っていた。

 

「少し小腹も空いたし、あれ食べようぜ」

 

「そうだね。よし、フシギダネ、『つるのムチ』で――」

 

「いや、俺が行くよ」

 

リカがフシギダネに指示を終える前に、俺は動き出した。

幹を蹴りながら登り、上にあるモモンの実を8つを手に取ると、そのまま飛び降りた。

 

「はい、お待たせ」

 

リカ、フシギダネ、ピカチュウの3人はポカンとした顔で俺を見ていた。

 

「すごいね。そういえば、昔から木登り得意だもんね」

 

「え、あ、ああ。そうだよ、任せとけよ」

 

実は自分でもあんな動きができるというのは驚いた。

手足を動かすとものすごく身軽で、どんな動きでも可能なのではないかと思えてくる。

 

俺は手にしたモモンの実の内4つをリカに手渡した。

 

「ほら、リカとフシギダネの分」

 

「ありがとう」

 

「ダネダネ~」

 

「ほら、ピカチュウも」

 

「ピ?」

 

ピカチュウに1つ手渡すが、ピカチュウは警戒しているのか食べようとしない。

 

「ピカ……」

 

意地っ張りさんめ、毒なんかないぞ。むしろモモンの実は毒を消す効果があるって書いてあったぜ。

 

「ほら、むぐむぐ……美味いぞ」

 

モモンの実にかぶりつくとさっぱりした甘さが口いっぱいに広がる。

なんだこりゃ美味え!本当に桃みたいな食感と味だけど、良い甘さでものすごく美味い!

 

「甘くて美味しい~」

 

「ダネ~」

 

リカとフシギダネも甘いモモンの実をほおばると幸せそうに顔を綻ばせる。

 

俺たちの様子にようやくピカチュウは決心したのか、小さな口を開いてモモンの実にかぶりついた。

 

「チャ~」

 

ピカチュウもモモンの実の甘さが気に入ったのか、幸せそうな顔でモモンの実を食べ続けた。

 

 

 

 

今後のことを考えると、食料調達も兼ねてモモンの実をたくさん取っておいた方がいいかもな。

 

「もっと取ってくるよ」

 

「あ、待ってサトシ、あれ……」

 

リカの指を指した方を見ると、モモンの実の生っていた木をコラッタが登っていた。

コラッタはモモンの実をいくつか取ると、木から飛び降りた。

そこにはコラッタの仲間が数匹いて、彼ら彼女らと取ってきたモモンの実を食べていた。

 

さらに木の上にはポッポやピジョンやオニスズメが集まってきて、彼らもモモンの実をつついていた。

 

「やっぱりこの木はみんなの木なんだよ」

 

リカの言葉を聞いて理解した。この木はこのあたりに住む野生のポケモンたちが食べている木なんだ。

 

よく周りの木々を見ると、モモンの実以外の木の実もたくさん生っていて、ポケモンたちがそれを食べていた。

 

「はは、全部取ったりしたらここのポケモンたちにボコボコにされるところだったな」

 

モモンの実が好物のポケモンもそれなりにいるみたいだし、彼らに恨まれてしまう。

 

「あはは、危ないところだったね」

 

リカさんのおかげです。マジ感謝っす。

 

「でも、今はああして仲良く食べてるけど、木の取り合いとかにならないのかな?」

 

「木の実の木は成長が早いし、取ってもすぐ実が生るからな、争うほど食うには困っていないんじゃないか?それに縄張りとかあるなら、今頃俺たちも襲われているはずだぜ」

 

「そっか、そういえば、実を植えたら数日で生えてくるって本に書いてあったね」

 

「不思議なもんだな」

 

この世界の木の実の生命力の凄さや自然の力の凄さには驚嘆せざるを得ないよな。

 

「こういうの良いなー」

 

不意にリカが呟いた。

 

「なにが?」

 

「こうして野生ポケモンたちと私たち人間が同じ空の下、同じ大地の上で同じものを一緒に食べてるのが。なんだか一緒に生きてるって感じがして良いなって……」

 

言われて気づく。トレーナーにゲットされていない野生のポケモンが、人間に敵意なく近くでものを食べるというのは珍しいことかもしれない。

少なくとも、今ここにいる野生のポケモンたちはここにいる俺とリカ、そのポケモンであるピカチュウとフシギダネがここでこうして木の実を食べることを許してくれているのは確かだ。

ポケモンと人間……同じ地球で生きているが、それぞれが住み分けて生きていることが多い。

けれど、こうして近くに寄って来ても平気なのは、人間とポケモンが理解し合える一つの証明なのかもしれない。

 

「確かにな……それってとても素敵な感想だと思うよ」

 

「そ、そうかな?」

 

「ああ」

 

照れた顔のリカになごみながら、まったりと自然に浸っていると、さきほどまで仲間と木の実を食べていたコラッタの内の1体がこちらに近づてきた。

 

「コラッタコラッタ!!」

 

コラッタは低い姿勢でこちらを威嚇する。

もしかして、俺たちが木の実を食べて怒っているのかと思ったが、他のポケモンたちは何もしてこないようだし、ただ単にこのコラッタがバトルをしたいだけのようだ。

 

「お、食後の運動か?いいぜ、付き合ってやるよ。ピカチュウ――」

 

「あ、待って」

 

「どうしたリカ?」

 

「私がバトルするよ」

 

リカの顔を見ると闘志が見て取れた。

彼女のバトルも見てみたいし丁度いい機会だな。

 

「よし、任せた」

 

「うん。いくわよフシギダネ!」

 

「ダネダネ!」

 

リカの言葉にフシギダネは元気よく前に出た。

 

「フシギダネ、『つるのムチ』!!」

 

「ダネ、フシャ!」

 

フシギダネの背中の蕾の根本から2本のムチが飛び出す。

そのムチはコラッタの体を強く叩いた。

攻撃を受けたコラッタはフシギダネの先制攻撃に一瞬怯むが、負けじと見据えて突進してきた。

さらにコラッタは口を開けて、前歯をむき出しにしてきた。

 

「『いかりのまえば』が来るぞ!」

 

「ええっ、フシギダネ、『はっぱカッター』!」

 

「ダネダネェ!!」

 

フシギダネの蕾の根本から、鋭い葉っぱが無数に出現した。

 

「コ、コラ、コラッタ!?」

 

無数の葉っぱは迫るコラッタに直撃し、ダメージを受けたコラッタはそのまま失速した。

 

「いいわよフシギダネ、そのまま『たいあたり』!」

 

「ダネダネダネ、フシェッ!!」

 

フシギダネの『たいあたり』は、失速し大きくスキができたコラッタにクリーンヒットした。

 

「コラッ、タアアアッ!」

 

そのままコラッタは吹き飛び、仲間のコラッタたちと草むらの向こうに逃げてしまった。

 

「よくやったわフシギダネ!」

 

「ダネダネ~」

 

フシギダネは嬉しそうにリカの足元まで駆けてくる。

リカはかがんでフシギダネの頭や顎を撫でる。

 

「ナイスバトルだぜリカ、フシギダネ」

 

「ありがとう。けど、まだまだだよ。もっとフシギダネの力を引き出せるようにならないと」

 

「この調子ならすぐに強くなれるよ。本当にマサラタウンの凄腕美少女トレーナーってテレビに出る日も近いんじゃないかな」

 

「も、もう、サトシまでっ!」

 

赤面するリカの可愛い顔、ご馳走様でした。

 

 

 

 

 

フシギダネとコラッタのバトルのあと、他の木々になっている木の実を野生のポケモンたちの迷惑にならない範囲でいくつか頂いた。

それからトキワシティを目指して歩いていると、川が見えてきた。

 

しばらく川沿いを歩いていると、岸に人がいることに気づいた。

 

「……あれは?」

 

「釣り、みたいだね」

 

背格好から俺とリカと同年代と思われる女の子が川に釣り糸を垂らしていた。

近くには彼女のものと思しき新品の自転車がある。

 

後ろからその女の子を見ていると、彼女の釣り竿がビクンと動いた。

女の子はそれに反応するように両腕で竿を力いっぱい引いた。

 

「おお、来た来た。これはなかなかの……」

 

そして女の子が思いっきり釣り竿を引くと、釣り針にかかった獲物が川から出現する。

 

黒い長靴が飛び出してきた。

 

「うええ、大外れじゃない……」

 

女の子は見るからに落胆していた。

 

「長靴とはこれまたベタですね」

 

「ん?誰よあんたたち?」

 

俺の声に女の子は訝し気にこちらを振り向いた。

 

「おっと、失礼。俺たちは今日マサラタウンを旅立ったトレーナーです。俺はサトシ」

 

「私はリカです」

 

「ふーん、新米トレーナーさんたちか。私は世界の美少女、名はカスミ、水ポケモンを極めるトレーナーよ」

 

普通、自分で美少女って言うかな?

まあ、可愛いのは間違いないけど。

それにしても、すごい格好だな。

ノースリーブで丈の短い黄色いシャツでお腹が丸見え、下はサスペンダーショートパンツで脚がほとんど見えているという露出の高い格好だ。そのためボディラインがくっきりしている。シャツを押し上げる胸は細身にしては大きく、丸見えのお腹は綺麗なくびれが見える。太ももからふくらはぎまで丸見えの脚はスラリとしている美脚だ。

 

「いっつっ!?」

 

いきなり背中に痛みが走る。誰かにつねられていた。

いや、誰かってこの距離からつねられるのは1人しかいないよね。

横目で見るとリカが少し膨れた顔で俺を見ていた。

 

「むー」

 

ごめんなさい。もう女の子をいやらしい目で見ません。

そう目で訴えるとリカさんは解放してくれた。

 

俺たちの様子を怪訝に思ったカスミさんは首をかしげる。

 

「?どしたの?」

 

「なんでもないですよ。カスミさんは水ポケモンと出会うために旅をしているんですか?」

 

おお、リカさん切り替え早い。

 

「そうよ、こうしてあちこち回って水辺のポケモンと出会うようにしてるわ。湖や川があればこうして釣りもしてね。あと、呼び捨てとタメ口でいいわよ」

 

それでは遠慮なく。

 

「なるほど、1つのタイプを極めるのも一流のトレーナーの道ってことか」

 

「そうよ!あなたサトシだったっけ?なかなかわかってるじゃない!」

 

カスミは嬉しそうに目を輝かせて顔を近付けてくる。

近い近い……あ、良い匂い。

 

するとカスミは両手を組んで恍惚な表情で語りだす。

そこで俺はあることに気づいた。

 

「水ポケモンってそれはもうみんな可愛くって美しくって最っ高なの!」

 

「なあ」

 

「そんな最高な水ポケモンを極めるのが最高のトレーナーになることだって私は思って――」

 

「あのさ」

 

「なによ、せっかく人が語ってるのに!」

 

「いやその……釣り糸引いてるぞ」

 

そう、カスミの後ろにある彼女の釣り糸が川に引き寄せられていたのだ。

 

「え?あああ、おっとっと!」

 

カスミが慌てて釣り竿を持ち、両脚を強く踏みしめるが少しずつ釣り竿と彼女の体は引っ張られていく。

 

「こ、これは……っ……かなりの……っ……大物!」

 

苦戦しているな、これは本当に大物なのか。

 

「カスミ、手伝うわ」

 

リカがカスミに近づき、一緒に釣り竿を引こうとする。

 

「ダメよ、ポケモン釣りは、一人で引かないと、これも、水ポケモン、トレーナーの、試練、なんだから!」

 

カスミの言葉にリカは手を引いて離れた。

下手をすればカスミの体は池に落ちてしまうかもしれない。けれど、彼女もその覚悟はあるのだろう。それがカスミのトレーナーとしてのプライドか。それなら邪魔をするわけにはいかないな。

 

「見守っていようぜ」

 

「うん」

 

カスミは釣り竿を必死で引っ張ると、少しずつ彼女は後退していった。カスミの引く力が勝ってきているようだ。それに合わせて釣り糸が川から引き上げられていく。

そして、決着の時は訪れる。

 

「っ!せええっのおっ!!」

 

カスミが掛け声と共に思いっきり釣り竿を引っ張ると、それは出現した。

 

「ひゃ!」

 

リカはそれの姿に思わず悲鳴を上げる。

 

それは巨大な青だ。

青はその長い体を覆っている鱗の色であり、大きな背ビレと尻尾もある。

そして、それの顔は凶悪と言えるほどの迫力があり、三叉の角、大きな口、青い二本のひげが特徴的だ。

全体的に龍を思わせる姿をしているそれを俺は知っている。おそらくリカもカスミも知っているだろう。

 

「ギャオオオオオオォォッ!!!」

 

「これは、ギャラドス!?」

 

水タイプ最高クラスのポケモンの出現に俺は驚いた。

俺はポケモン図鑑をギャラドスに向ける。

こいつはすごいな『凶悪、凶暴、周りを焼き尽くす』など、恐ろしい表現ばかりが出てくる。

旅立って早々こんなポケモンに出会うなんて運が良いのか悪いのか。

 

「ギャ、ギャラドス……」

 

悲鳴に近い声を出したカスミはギャラドスに負けないくらい青い顔になっていた。

 

「おい、どうしたんだ?」

 

「わ、私、ギャラドスはダメなの……」

 

「……水ポケモンが好きなんじゃなかったのか?」

 

「ギャラドスだけは別なの!!」

 

水ポケモンが好きなら分け隔てなく愛してやれよ。

差別ダメ、絶対。

まあ、苦手なら仕方ないか。

 

「わかった。俺がバトルするよ」

 

「い、いいえ、このギャラドスは私が釣り上げたの。だから、私がバトルするわ」

 

ほう、やはりカスミはトレーナーとしての強い矜持を持っているみたいだな。

苦手だと言いながら、臆せずギャラドスの前に立ってモンスターボールを構えている。

 

「お願い、My Steady!」

 

「ヘアッ!」

 

カスミの投げたモンスターボールから現れたのは星形の水ポケモンのヒトデマンだ。

 

「あれがヒトデマン」

 

図鑑を向けると、謎が多いことや、再生力の高さが載っていた。

 

「ヒトデマン、『みずでっぽう』!」

 

「ヘアッ!!」

 

ヒトデマンの頭(?)から水流が勢いよくギャラドスの顔に発射され、その巨体を僅かに後退させる。

 

「水タイプに水タイプの技は効果は今一つよ、けど、ヒトデマンがかなり押しているみたい」

 

リカの言う通り、ヒトデマンの『みずでっぽう』はギャラドスの大きな体を押していた。

これはヒトデマンのレベルの高さ、つまりカスミの育て方の良さが出ているのだろう。

 

するとギャラドスは体を反転させたかと思うと、巨大な尻尾を振り回す。

 

「ギャオオオオッ!!」

 

「ヘアッ!?」

 

「ヒトデマン!?」

 

カスミのヒトデマンは振り回されたギャラドスの尻尾の一撃をまともに喰らってしまった。

その尻尾はよく見ると水を纏っていた。

 

「あれは確か『アクアテール』だっけ?」

 

水タイプの技ならヒトデマンには効果は今一つのはずだが、ギャラドスの攻撃は並外れて高いため、ダメージとなったようだ。

ヒトデマンはそのまま川岸で倒れるが、すぐに立ち上がる。

 

「それならこっちは、『こうそくスピン』!」

 

「ヘアッ!!」

 

ヒトデマンは飛び上がると横回転に回り始める。

猛スピードの回転攻撃はギャラドスにクリーンヒットした。

 

「おお、良い当たりだ」

 

「いいわよヒトデマン、そのまま連続『こうそくスピン』よ!」

 

ヒトデマンはカスミの指示に従い、回転しながら上下左右、縦横無尽に動き、ギャラドスを翻弄しながら回転攻撃をしていく。

このまま勝負はついたと思ったその時、ギャラドスは両目を見開き、迫りくるヒトデマンの攻撃を躱した。

 

「なっ!?」

 

今になってヒトデマンのスピードに慣れてきたのか。

そして、再びギャラドスの巨大な尻尾がヒトデマンに襲い掛かる。

 

「また『アクアテール』だ!」

 

水を纏った尻尾が激突したヒトデマンは吹き飛ばされる。

不意に俺は気づく。カスミも気づいたようだ。

 

「ま、待ってヒトデマン!止まって!」

 

吹き飛ばされたヒトデマンの先には、カスミの自転車があった。

 

途轍もないスピードのヒトデマンの体はカスミの自転車に衝突した。

金属が砕け散る音と共に、自転車はサドルを中心にくの字に折れ曲がり、ボルトやナットがあちこちに飛んだ。

 

「ああああ!!?私の自転車が!!!」

 

カスミは愕然とした表情で悲鳴を上げた。

そんなカスミにお構いなしに、ギャラドスは大きく吠えると、口の中から青い炎を発射した。

 

「ギャオオオオ!!!」

 

「あれは『りゅうのいかり』か!」

 

「ヒトデマン避けて!!」

 

カスミは叫ぶも、ヒトデマンは立ち上がるのもやっとという体で、『りゅうのいかり』が直撃した。さらにヒトデマンの周りにも炎の範囲が及び、カスミの自転車も炎に焼かれた。

 

「ヘアァ……」

 

青い炎が収まると、ヒトデマンは全身に焼け跡が残ったまま立っていたが、そのまま仰向けに倒れる。

 

ヒトデマン、戦闘不能。

 

「ヒトデマン!?」

 

ギャラドスは勝利の雄叫びを発すると、そのまま池に帰ってしまった。

 

「逃げちゃった」

 

リカがギャラドスを目で追うと、カスミはヒトデマンに駆け寄った。

 

「ヒトデマン、大丈夫!?」

 

「……ヘア」

 

カスミがヒトデマンを抱きかかえると、ヒトデマンは片手を上げて返事をした。

 

「良かった」

 

安堵の笑みを浮かべたカスミは顔を上げて、無残な姿になった自転車を見て再び悲痛な顔になる。

 

「ああ……私の、私の自転車が……」

 

「へ、ヘアァ……」

 

落ち込むカスミにヒトデマンが申し訳なさそうな声を出す。

 

「ああ、ヒトデマン。あなたは何も悪くないわ。全部私の判断ミスよ」

 

「ヘアァ……」

 

「うう、ヒトデマンッ!!」

 

カスミとヒトデマンは涙を流して抱き合った。

そのまますすり泣く声がしばらく響き、俺とリカは見守るしかなかった。

 

 

 

 

しばらくして、川岸の草むらに座った俺とリカはカスミを慰めていた。

 

「元気出せよ。これ、モモンの実だ。甘くて美味しいぜ。ほら、ヒトデマンも」

 

「……ありがとう」

 

「ヘア……」

 

しょんぼりしながらハムハムとモモンの実を齧るカスミ。さきほどの強気な様子とは打って変わって、それはまるで小動物のようだった。

ヒトデマンは、どこに口があるんだ。

 

しばらくするとカスミは口を開いた。

 

「私ね、本当は家族を見返すためにトレーナーになって無理して家を飛び出してきたの。だけど、水ポケモンを極めたいっていうのは本当よ」

 

そうしてヒトデマンを撫で始めるカスミは笑っていた。

しかし、それは無理した笑顔だった。

 

「あんたたちを新米扱いしたけど、ほんとは私も新米みたいなもんよね。それなのに2人の前でかっこいいところ見せたくて、無理してこうなって……あーあ、カッコ悪いわね」

 

「全然かっこ悪くなんかないと思うぜ」

 

「え?」

 

「カスミはさっき、自転車よりもヒトデマンのことを心配しただろ」

 

「あ、当たり前でしょ。この子も他の水ポケモンも大事なMy Steadyなんだから」

 

「ああ、そうだ。カスミはポケモンを大事にしている。トレーナーは何よりポケモンのことを一番に考えることが大事だと思うんだ。さっきみたいにポケモンのために行動ができるなら、カスミは立派なポケモントレーナーになれると思うぜ」

 

俺の言葉にリカも続いた。

 

「そうだよ。まだまだ新米だっていうなら、カスミはこれからだよ。こうやって落ち込むこともあるかもしれないけど、めげずにポケモンたちと頑張れば、きっとすごいトレーナーになれるよ」

 

「……うん、2人とも、ありがとう」

 

その笑顔は今度こそ、心からの笑顔だとわかった。

 

「よっし、そろそろ行こうか」

 

「そうだね。あ、ねえ、カスミはこれからどうするの?自転車も……ああなっちゃったし」

 

「まあ、なくなっちゃたものは仕方ないから、歩いて旅するわ」

 

結構前向きなんだな。

 

「俺たちはこれからトキワシティに行って今夜はそこのポケモンセンターに泊まるけど、カスミは?」

 

「うーん、そうね。もうすぐ暗くなるし、私も行くわ」

 

「やった、人数は多い方が楽しいもんね」

 

こうして、トキワシティまでだが、3人旅が始まった。

両手に花とはなんとも嬉しい。

 

 

***

 

 

人に褒められるなんて久しぶりだった。

 

カスミには3人の姉がいる。その姉たちから褒められたのは本当に小さい頃だけ、最近では姉妹の落ちこぼれのような扱いだった。

 

カスミはそんな姉たちに反発するように家を飛び出したは良いけど、上手くいかないことばかり。

 

カスミは自分はトレーナーに向いてないのではないかと何度も思い、今回もそう思った。

 

しかし、まさか今日なったばかりのトレーナーに慰めてもらい、褒めてもらえるなんて思わなかった。

 

2人はカスミと同い年なのに不思議とカスミより年上のように見えた。そのためか、後輩なのに生意気、だなんて思うこともなかった。

――カスミなら立派なトレーナーになれる。

 

その言葉を貰った時、心から嬉しいと思えた。

 

(私もまだまだやれるんだ……)

 

2人はこれから前を向いて旅をするのだろう。それならば自分も負けたくない、カスミは改めて決心して立ち上がる。

 

前を歩いている2人の背中を見つめる。

 

「サトシ、リカ……本当にありがとう」

 

カスミはボソリと呟いて、2人の後を追った。

 

 

***

 

 

時折野生のポケモンに遭遇しながらも、バトルで倒していけてる。

俺とリカはピカチュウとフシギダネをボールから出して一緒に歩いている。

 

「そのピカチュウ、なんだかあんたに懐いてないみたいね」

 

「ああ、こいつかなりの恥ずかしがり屋な上に人が苦手みたいでね。オーキド博士に貰った時からこうなんだ」

 

「ピ……」

 

「それにしてはバトルではちゃんと指示通りに動いていたけど?」

 

「サトシ、指示を出すの上手だもんね」

 

「なんだかんだで、俺の指示を聞いた方がバトルに有利だってわかってくれてるみたいだからな。そこは聞いてくれてる。まあ、それ以外では興味を持ってくれないけどな」

 

「最初のポケモンがそんなんで大丈夫なの?」

 

「まあ、なるようになるさ」

 

そんな談笑をしているとき、向こうに大きな影を見つけた。

 

「どうしたの?」

 

リカの問う声に俺は指を指してその大きな影に注目させる。

それはポッポの最終進化系、ポッポよりも大きな体、大きな翼、頭には長い髪のような羽がなびいている。

鳥ポケモンのピジョットだ。

 

「あれは……」

 

「嘘、ピジョット?最終進化系がどうしてこんなところに?」

 

カスミが呟き、リカが驚きの声を出す。

 

すると、ピジョットはこちらに視線を向けて翼を大きく広げ、こちらに飛んできた。

 

「ピジョットオオオォォッ!!!」

 

「わ、ちょっちょっと、こっちに来るわ」

 

「サ、サトシ、逃げようよ。あれ絶対強いよ」

 

「いや、ゲットする。野生のピジョットなんてめったに会えないぜ」

 

ゲットできれば強い戦力になるし、空も自由に飛べる。

こんなチャンスを逃す手はない。

 

「ちょっと、新米トレーナーなのにいくらなんでも無謀よ!」

 

確かに新米だが、上手くバトルできれば勝つチャンスはある。

 

「大丈夫だって、行くぞピカチュウ!」

 

「チュ~」

 

俺が声をかけるとピカチュウはリカの後ろに隠れてしまった。

 

「え、戦いたくない?」

 

「ピカピカ」

 

ピカチュウは不安げな顔でコクコクと頷く。

 

「ほら、やっぱり無茶よ」

 

「大怪我したら大変だよ」

 

そうだよな。ポケモンが嫌がるなら無理にバトルさせるなんてしてはいけないよな。

無茶なバトルを強要して傷ついたら、それはトレーナー失格だ。

 

そうしてる間にピジョットはもう近くまで来ている。

ならば、やることは一つ。

 

「わかった」

 

「わかってくれたみたいね。それじゃあ、急いで退散――」

 

「ピカチュウを頼んだ」

 

「「へ?」」

 

俺は逃げてるリカとカスミの反対方向、つまり、迫りくるピジョットに真正面に向かった。

ピジョットは俺と対峙すると、怪訝な顔で俺を見てその場で停止した。

 

俺は息を思いっきり吸って、ピジョットに向かって叫んだ。

 

「ピジョット!俺と勝負だ!!」

 

「「は?」」

 

「ピ?」

 

「ダネ?」

 

「ピジョ?」

 

俺がピジョットとバトルしてやる、そして、勝ぁつ!!




サトシの初バトル(?)です。

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