サトシに憑依したので冒険してみようと思う(改題)   作:エキバン

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前回までのあらすじ
相棒のピカチュウを失ったサトシは怒りと悲しみで、伝説のスーパーマサラ人へと覚醒したのであった(大嘘)



君達と駆けていく

「ピジョット!俺と勝負だ!!」

 

「「は?」」

 

「ピ?」

 

「ダネ?」

 

「ピジョ?」

 

俺の宣戦布告に、目の前のピジョットや後ろにいるリカたちは驚きの声をあげた。

 

「サ、サトシ!あんたピカチュウ以外にポケモン持ってるの!?」

 

「いや、今はピカチュウだけだ」

 

「な、はあっ!?あんた本当に生身で力でポケモンと戦う気!?」

 

「そう言ってるだろ!」

 

「む、無茶だよ!人間がポケモンに勝てるわけないよ!」

 

「そんなの、やってみないとわからないだろ!」

 

目の前のピジョットはあきれ顔だった。

リカとカスミの言う通りだと思っているのだろう。

――人間がポケモンに勝てるはずがない。

そうかもな、いや、確実にそうだろう。

けれど、俺はどうしても、この場から逃げるわけにはいかないんだよ。

 

「行くぞおおおぉっ!!!」

 

俺はピジョットに突進していった。

 

 

***

 

 

ピカチュウは茫然とサトシの背中を見ていた。

 

――何を考えているんだこのニンゲンは

 

ポケモンを相手ニンゲンが武器も無しに勝負を挑むなんて、いや、例え武器を持っていたとしても勝つ可能性は低い。それなのに――

 

「ああ、もうっ!?ほんとむちゃくちゃ!!何考えてんのよ!?」

 

そう文句を言いながら、カスミはボールを取り出す。

 

「もう、仕方ないわね!助けに行くわ!」

 

「わ、私たちも、行こうフシギダネ!」

 

「ダネ!」

 

サトシの無茶な行動に驚きながらもカスミとリカはサトシを助けるべく構えた。

そして、ピジョットの元まで走っているサトシを追っていこうとしたその時だ。

 

「「はぁっ!!?」」

 

「ピカッ!?」

 

「ダネッ!?」

 

女子2人とフシギダネとピカチュウはほぼ同時に驚きの声を上げた。

 

 

***

 

 

ピジョットは呆れた顔で俺を見下ろすと、巨大な2本の翼を大きく振るう。

すると、空気を切り裂く音がした。

両の翼から風が複数の刃となって迫ってくる。

この技は知っている。ひこうタイプの大技、『エアスラッシュ』だ。

 

流石に最終進化系となると、強力な技を覚えているよな。当たれば大怪我は免れないだろう。

しかし、なんとか軌道は読めている。

迫り来る風の刃をステップを踏み、左右に躱すが、

 

「!?」

 

僅かに頬を掠めた。

大きな痛みはないが、当たったことが一瞬だけ俺の動きを止める。

 

だから、反応が遅れた。

そのことをピジョットは見逃さなかった。

 

さらなる風の刃が眼前に迫る。

避けられない躱せない。全身を動かすには間に合わない。

ならば対処法は一つ、そして一か所なら動かせる。

俺は右腕を引き絞り――

 

「おおっ!!」

 

そのまま拳を突き出した。

触れた瞬間、『エアスラッシュ』の強烈な破壊力を拳で感じた。力負けして押し切られ、俺の体は吹き飛ぶだろう。

だからそうならないように、思いっきり拳を振るう!

一瞬停止した俺の拳は再び前進し、空気の刃はそのまま解けて消滅した。

 

「「はぁっ!!?」」

 

「ピカッ!?」

 

「ダネッ!?」

 

「ピジョッ!!?」

 

前方と後方から似たような驚きの声が聞こえた。

ははは、俺も自分で驚いているよ。

本当に真っ二つになっていたかもしれないからな。

 

右手を見て、握って解いてを繰り返す。

『エアスラッシュ』の感触がまだ手の甲に残っている。少し痛みはあるが、動かすのに支障はないな。

俺は再び大地を蹴って走り出した。

ピジョットは大技を放った後だからか、それとも驚きからか、俺を見て動かない。

 

やれるかどうかわからないが一か八か!

俺は走った勢いで大地を踏みしめ、飛び上がった。

ジャンプして飛行中の鳥ポケモンに接近するなんて、これまた正気じゃねえよな。けど、幸いピジョットは俺より1メートルほど上空であるため届くことができた。

呆然として俺を見ているピジョットの懐までジャンプして近づき、胸部を狙い拳を振るった。

 

 

ピジョットはギリギリで反応し、俺の拳を翼をぶつけることで防御した。

まるで鋼鉄を殴ったような感触、いや、それは紛れもなく鋼鉄だ。翼を鋼鉄の固さに高めるはがねタイプの技、『はがねのつばさ』。

ピジョットのその巨大な翼の通り、強く重く固い一撃だった。

 

俺とピジョットの体は反動で後方に飛んだ。

 

地に降りた俺はピジョットを見上げたまま肩で息をした。

 

ピジョットは空を疾走し向かってきた。そのまま右の翼を剣のように横薙ぎに振るった。勿論、その翼は鋼鉄になっている。

 

俺は『はがねのつばさ』の横一閃を左拳で迎撃する。そこから『はがねのつばさ』に加え、嘴や両脚の連撃が襲いかかる。俺は両腕を使い、時に拳をぶつけ、時に受け流し、猛攻を耐えた。

 

ピジョットは痺れを切らしたのか右の翼の大振りの『はがねのつばさ』を打ち込んできた。

俺は右腕を引きしぼり、迎撃しようとして――

 

空振りをした。

 

ピジョットは空中で僅かに旋回し距離を取った。先ほどの『はがねのつばさ』はフェイントだった。大振りを空振った俺はそのまま体勢が崩れる。ピジョットはその隙を見逃さずに突撃してきた。

 

それはピカチュウをも、今朝のポッポをも超える『でんこうせっか』だ。

巻き起こった風が草を土を押しのけ、ピジョットの体は空気を引き裂く。

 

あの『でんこうせっか』を喰らったらひとたまりもないんだろうな。

しかし、回避は間に合わない。ならば――

俺は両手を前方に向ける。

 

「ぐうう……おおおっ!!」

 

俺は猛スピードで突進するピジョットを受け止めた。

勢いにより体が引きずられ、尚もこちらに突き進もうというピジョットの力に両腕が軋むようだ。

 

俺は強く両脚を踏みしめる。

次第に勢いは弱くなり、ピジョットは『でんこうせっか』は停止した。

 

ピジョットと視線が合う。彼は焦りと驚愕、信じられないものを見る目をしていた。

 

「……どうだ?」

 

「……ピジョ」

 

俺は手を離すと、ピジョットは俺の目の前で飛行した。

ピジョットは俺と目線を合わせるように見ている。探るように、確かめるように俺を見ている。

 

「はは……」

 

つい、笑みがこぼれる。

 

血が沸き立つ。例えるならそんな感じか。

正直自分でもトレーナーがポケモンと生身でバトルするなんて正気じゃないと思う。

しかし、こうしてポケモンと直接ぶつかるのも悪くないと思った。

 

いや……楽しいと思った。

 

すると、ピジョットが笑っていた。

それは見下すような笑いではない。

 

「……お前も楽しんでくれているのか?」

 

「ピジョ」

 

ピジョットは満足そうに頷いた。

 

「それじゃあ、続きだ」

 

「ピジョ!!」

 

「行くぞおぉ!!」

 

ピジョットは大きく翼を広げて飛び上がり、俺は拳を構えて踏み出した。

 

 

***

 

 

「……あいつほんとに人間なの?」

 

「……少なくとも私の知ってるサトシは人間のはず、だよ?」

 

ピカチュウは呆然とするリカとカスミの声を耳にしながら自身も驚いていた。

 

――ありえない、何で、ニンゲンがポケモンと戦えてるの?

 

大きなポケモンの技に耐え、打ち破り渡り合っている。

 

「そういえば、『一流のトレーナーは自身の肉体も強くするべきだ』って聞いたことある」

 

「あーなんかの本に載ってたわね。『ポケモンを知るために厳しい自然を知って己も鍛えろ』って。例えば水ポケモンを知るために海や川の近くで暮らしてみるとかね」

 

「……だけど、ああやってポケモンとバトルできるようになれる気がしない……」

 

「……そうだね」

 

「ていうか、今日トレーナーになったばかりなのにどうしてあんなことできるのよ?」

 

「サトシ、昔から山とか川とかで野生のポケモンとよく遊んでたし、それで体が強いのかな?」

 

「それだけで説明できない気がするんだけど……」

 

「あはは……」

 

サトシが地を駆けるとピジョットは空を駆け、サトシが攻勢に出るとピジョットも受けて立った。

しかし、ピカチュウはそこに違和感を感じた。2人には鬼気迫るものが、命のやり取りをする必死さが無かったのだ。

 

それはまるで――

 

「なんだか本当に遊んでるみたいだね」

 

リカが呟いた。

そうだ、サトシはまるでピジョット楽しそうに遊んでいるように見える。

 

「は?遊んでる?ピジョットがサトシに攻撃してるのに?」

 

「うーん……ピジョットの攻撃も、そんなに本気に見えない感じがするんだよね。サトシに技を見せたがってる感じかな?」

 

ピジョットもまたさきほどからサトシを仕留めようとしていなかった。

『はがねのつばさ』は急所である首や頭を狙うことなく、サトシの拳や蹴りにぶつけるような攻撃だ。

ポケモンであるピカチュウはよりそれが理解できた。

 

サトシもまた、その攻撃に暴力性を感じさせるものではなく、ピジョットを潰してしまおうとしいう気配はない。

まるで自分の気持ちをぶつけようとしているかのようだった。

 

サトシとピジョット、2人の口元は緩んでいた。

 

「リカ……あれってもしかして、サトシもピジョットも笑ってる……?」

 

「うん、私もそう見える……」

 

なぜ、どうして。

野生のポケモンにとってニンゲンは縄張りを荒らす敵で、ニンゲンにとっても強い野生のポケモンは脅威のはずだ。

 

――どうして遊んでいられるんだ笑っていられるんだ。

 

そして、それを見ている自分もどうかしている。

あの光景を見て、

 

――どうしてこんなに胸が高鳴るんだ。どうして、あの場所に行きたいと思うんだ。

 

「ピカチュ……」

 

思わず声がこぼれた。

すると、リカがこちらに近づいてくる。

 

「ねえ、ピカチュウ……もしかして、サトシのところに行きたいの?」

 

「ピカ!」

 

即座に否定する。

 

――違う、そんなはずない。僕は人間と馴れ合いなんて……

 

「うーん、まだ、人間には慣れないんだね。それでもこれだけは聞いてほしいな」

 

リカは両膝を曲げた体勢でピカチュウと向き合った。

 

「サトシはね、あなたを見て、あなたと旅がしたいって言ったんだよ。ピカチュウとならどんな冒険でもできるって。だから、サトシはピカチュウを信じているんだよ」

 

――そんなの……そんなの僕には、関係、ない……

 

カスミも同様に近づいて来た。

 

「その……私はそんなにあいつのこと知ってるわけじゃないし、あんなことする無茶なやつとは思うけど……悪いやつじゃないと思うわ」

 

時折サトシの方を見ながら、カスミは続ける。

 

「あいつは私にポケモンを大事にしてるって言ってくれた。けどそれはあいつも同じだと思う。ピカチュウのことを考えて、あなたに無理をさせないために、ああしてるのよ。むちゃくちゃだけど……だから――信じてあげてもいいと思うわ。サトシのこと……」

 

リカとカスミの言葉に、ピカチュウは完全に混乱してしまった。

 

 

――僕は、どうしたいんだ……

 

(どうしたいか、答えなんて最初から出ているだろ?)

 

――君は?

 

(言わなくてもわかるだろ、僕)

 

――そうだね、君は僕だ

 

(僕はニンゲンは嫌いだよ、だけど、それはなぜ?)

 

――ニンゲンはよくわからない。変、苦手、だから嫌い。

 

(ニンゲンをよく知らないのに嫌いなの?)

 

――いいじゃないか、それでも

 

(じゃあ、どうしてあのニンゲンについていってるんだ?逃げることくらいできるのに)

 

――それは……

 

(もう素直になろうよ)

 

――え?

 

(さっきも言ったよ。もう答えなんて出ている)

 

――なら、どうして僕はあのニンゲンのバトルの指示に従ったの?

 

(それで勝てると信じたからだよ)

 

――どうしてバトル以外でもあのニンゲンの言葉に従うの?

 

(彼の言葉を信じていいと思ったからだよ)

 

――どうして僕は逃げなかったの?

 

(彼に着いて行きたかったからだよ)

 

――どうしてバトルに勝って嬉しかったの?

 

(彼が喜んでくれたからだよ)

 

 

――あのニンゲンが嬉しくなったら、僕も、嬉しい。

 

(そうさ、僕はもうあのニンゲンを受け入れているんだよ)

 

――君は

 

(そうだ僕は)

 

――僕は

 

(そうだ君は)

 

――サトシのことが大好きなんだ

 

(それなら、することがあるよ)

 

――そう、だね……だけど、ずっと冷たい態度だったから、嫌われてるかもしれない

 

(やってみないとわからない)

 

――?

 

(諦める前にやってみよう。今まさに、彼はそうしてるよ。さあ、行こう。彼のところまで走るんだ)

 

――まだ間に合うかな?

 

(確かめに行こうよ。あ、そういえば、まだ一度も名前を呼んでなかったね)

 

――そうだったね。

 

(それなら元気よく力一杯に……)

 

――そうだ呼ぶんだ!

 

――サトシ!!

 

「ピカピー!!!」

 

 

***

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

「ピジョ……」

 

散々暴れ回って、俺もピジョットもフラフラだった。

お互いに致命的な傷は負っていない。激しく体を動かして、俺は地を蹴り、彼は空を駆り、技をぶつけ合ったことによる疲労が主な要因だった。

俺は肩で息をして、ピジョットは地に降りて、その顔には疲労が見える。そして――

 

ピジョットはそのまま倒れ伏した。

 

「ははは……俺の……勝ち、だ……」

 

「ピジョ……」

 

なんかもうトレーナーがバトルとかおかしいけど、俺たちがやっていたのがバトルかどうかもわからなくなったけど、

 

「楽しかった、な……」

 

「ピジョ……ト」

 

ピジョットは倒れながら笑っていた。

 

ああ、やっぱポケモンはいいな……

これがポケモンを知るということか

本来ならば自分のポケモンとのバトルで相手のポケモンを知るのが普通なのだろう。

トレーナーが直接ポケモンとぶつかることも方法の一つなんじゃないかと思った。

馬鹿げた手段だとは思うけどな。

 

ピジョットを起こしてやろうと、近づいたその時だ。

 

「キエエエエェェッ!!」

 

何者かの声が聞こえた。

 

それは目の前で倒れているピジョットのものではなく、後ろから聞こえる。

 

振り返ると、そこにいたのは大きな鳥ポケモン。

茶色の体、赤い鶏冠、大きな嘴を持っている。

オニスズメの進化系のオニドリルだ。

 

オニドリルは大きく羽ばたき、こちらに向かって飛んできている。

 

まさかこれはあのオニドリルは襲ってきているのか、俺とピジョットに窮地が迫っているのかと焦っていると、オニドリルはピジョットの側に降り立つとピジョットの顔を覗き込む。

 

「あ、待て!」

 

俺はオニドリルを止めようと駆け出した、しかし、

 

「キエ……」

 

「ピジョ……」

 

何やら話している。

そして、オニドリルは俺に向き合うと大きく翼を広げた。それはピジョットがしたような戦いの構えだ。しかし、彼は俺もピジョットも襲うつもりはないのか、そのまま俺の目を見つめていた。

 

「……もしかして、お前も俺とバトルしたいのか」

 

オニドリルは頷く。

そうか、俺とピジョットのバトルを見てオニドリルも参加したくなったのか。野生のポケモンというのはかなりバトルが好きなようだな。

まだ疲れはあるが、せっかくのお誘いを断るのも申し訳ない。

 

「よし……それじゃあ相手に――」

 

「ピカピー!!!」

 

またも後方からの声、それは紛れもなく俺のポケモンの声だった。

 

「ピカチュウ?」

 

向こうにいたはずのピカチュウが走ってきた。

 

「どうしたんだ?」

 

ピカチュウは俺を見上げると、決心をしたような目をして口を開いた。

 

「ピカピ、ピカピカ、ピカピカチュウ」

 

ピカチュウが頭を下げた。

そのまま顔を上げてピカチュウは続けた。

 

「ピカチュピカピカピカチュウ。ピ、ピカピカピィカ……ピカピピカピーカチュウ。ピカチュピカピピカピッカピィカピカチュウピッピカチュウ。ピカピカ……ピカチュウピカピピカピカチュウ!!」

 

はっきり言って、何を喋っていたのかわからない。

けれど、想いは伝わってきた。

ピカチュウが俺を認めてくれたこと、一緒に旅をしたいと思ったこと。

だから俺はピカチュウに問いかける。

 

「ピカチュウ……俺で、いいのか?」

 

本当に俺は君のトレーナーでいいのか、本当に俺と旅をしたいのか。

 

「ピカチュウ!」

 

ピカチュウは最高に可愛い笑顔で答えた。

 

「!」

 

ピカチュウは俺の体を素早い動きで駆け上がると、俺の肩に乗った。

それはとても重い、けれど暖かく、彼を強く感じることができた。

 

「ピッカ!」

 

「ああ、ピカチュウ、これからもよろしくな」

 

オニドリルを放ったらかしにしてしまったな。

彼とのバトルをしなければとピカチュウを降ろすと、ピカチュウが俺の目を見た。

 

「ピカ!」

 

それの表情を見てピカチュウの気持ちが伝わって来た。俺は頷くと、

 

「なあ、オニドリル。ピカチュウがお前とバトルしたいみたいなんだ。それでもいいか」

 

「キエ!」

 

オニドリルは了承してくれたようで、ピカチュウを見て翼を大きく広げた。

 

「よし、頼んだぜピカチュウ」

 

「ピカチュウ!」

 

そうだ、まだこれを言ってなかったな。

 

「ピカチュウ、君に決めた!」

 

「ピッカ!」

 

 

***

 

 

「良かった、サトシとピカチュウ。本当に仲良しになれたんだね」

 

「まったく、お騒がせね。けど、悪くないなこういうのも」

 

ポケモンとトレーナーの絆が生まれる瞬間を見たようで、カスミもリカも暖かい気持ちを胸に抱いていた。

 

その気持ちは感動と、絆を見せてくれたサトシへの感謝と尊敬の気持ちなのだろう。

 

そうして微笑むカスミはふと、空を見上げると、暗くなってきたことに気づく。

 

「なんだか雲行きが怪しいわね」

 

今後の天気の心配をしながら、サトシとピカチュウに視線をもどした。

 

 

***

 

 

空が暗くなってきたと思ったら、すぐに雨が降り始め、風も強くなってきた。

本当ならすぐにでもどこか雨宿りができる場所を探すべきだが今はバトル中、雨でも雪でも関係ない。

目の前の相手に集中する。

 

「ピカチュウ、『でんこうせっか』!」

 

スタートからトップスピードに乗ったピカチュウはオニドリルに突撃した。

オニドリルは翼を動かして飛び上がることで回避する。

 

「『でんきショック』!」

 

「ピィカ、チュウウウ!!」

 

オニドリルに全身から放たれる電撃が襲いかかる。しかし、オニドリルは空中で旋回することで躱す。

 

「キエ!」

 

オニドリルは嘴を向けて突っ込んできた。そのまま全身を回転させる。

 

「『ドリルくちばし』だ。かわせ!」

 

ピカチュウは横に飛んで回避する。

通り過ぎたオニドリルはピカチュウに背中を見せている。

 

「『でんきショック』!」

 

「ピッカチュウウウ!」

 

俺の指示に瞬時に応えたピカチュウの電撃がオニドリルに直撃する。

 

「キエエエッ!?」

 

効果は抜群!

しかし、オニドリルは体をさらに回転させ、翼を大きくはためかせることで電撃を振り払った。

直撃してダメージは受けたようだが、まだまだオニドリルは健在だ。

 

「そうこなくっちゃな」

 

「ピカ!」

 

俺の言葉に同意するピカチュウは楽しそうだった。

ピカチュウもバトルを楽しんでくれて良かった。以前よりも動きが良くなっている気がして

 

雨と風が俺とピカチュウとオニドリルに打ち付けられる。しかし、雨の冷たさが気にならないくらいに、俺の体は熱くなっている。それはピカチュウとオニドリルも同じでその顔は真剣に目の前の相手を見ている。

先に動いたのはオニドリルだった。

 

オニドリルは再びこちらに突撃し、体を大きく回転させる。また『ドリルくちばし』か。しかし、先ほどと比べてどこか違和感があった。

 

反射的に図鑑を手に取り、オニドリルに向けるとその違和感の正体に気づいた。

 

「『ドリルくちばし』じゃない!?ピカチュウかわせ!!」

 

しかし、ピカチュウが動くよりもオニドリルの方が僅かに速い!

高速で回転する嘴がピカチュウに衝突した。

 

「ピッ、カアアアアア!!」

 

「ピカチュウ!」

 

今の技は『ドリルライナー』。『ドリルくちばし』と似ているが、タイプの違う技だ。しかも、それはでんきタイプに効果抜群のじめんタイプの技だ。

大ダメージを受けただろうピカチュウは後方に吹き飛んでいった。

 

「ピカチュウ、大丈夫か!?」

 

「ピ、カ……」

 

ピカチュウは何とか立ち上がる。

一撃でこれだけのダメージになるとは、次『ドリルライナー』を受けたら確実に戦闘不能になる。

 

オニドリルは再びこちらを向き、回転を始めた。

また『ドリルライナー』が来る。

タイミングを見誤らないように……

 

「かわして『でんきショック』!」

 

オニドリルの嘴が当たる寸前にピカチュウは身を翻し、体に帯電を始め、放出する。

 

「ピカチュウウウウウッ!!」

 

回避直後の『でんきショック』。先ほどの攻防ではこれでダメージを与えられた。これでまた――

 

しかし、電撃はオニドリルを捉えることはなかった。

背を向けたオニドリルのスピードが上がった。

 

「な、『こうそくいどう』!?」

 

自身の素早さを上げる補助技。オニドリルは『でんきショック』を回避すると、そのままピカチュウの真上まで飛び、そして体を回転させる。

 

真上からの『ドリルライナー』。

 

「ピカチュウかわせ!!」

 

オニドリルがピカチュウに激突した。

技を放ったオニドリルは再び飛び上がる。

ピカチュウは吹き飛んで地面に伏した。

 

「ピカチュウ!?」

 

しかし、ピカチュウは立ち上がった。ダメージはそこまで大きくないようだ。あの時ギリギリで回避していたのか。

 

だが次は回避し切れるとは限らないだろう。それなら、こちらも次で決めるつもりで行かないと勝てない。

 

「ピカチュウ……これから結構無茶な指示出すけど、いけるか?」

 

「ピカ!」

 

ピカチュウは当然だ、とばかりの自信に満ちた顔で頷いた。

 

「行くぜピカチュウ、お前を信じてる。『でんこうせっか』だ!!」

 

『でんこうせっか』と『ドリルライナー』が衝突した。

 

オニドリルの方が体が大きくそれに加えて急降下によりスピードも上がっている分威力は高く、ピカチュウは押し切られそうになる。だから、チャンスは一瞬だけ。

 

「ピカチュウ、前に回転しながらジャンプ!」

 

ピカチュウは一瞬の拮抗の間に両手で地面を強く叩いてジャンプした。

そして、回転するオニドリルの体にしがみついた。

 

「キエ!?」

 

驚いたことでオニドリルはスピードを落としてしまい、回転も止まったまま飛行をしていた。

そしてオニドリルは自分がピカチュウに背後を取られ、尚且つ超至近距離であるということに気づいた。

そうだ。もう逃がさない!

 

「ピカチュウ、『でんきショック』!!」

 

「ピィカ、チュウウウウ!!!」

 

「キエエエエエエェッ!!?」

 

ゼロ距離からの電撃を流し込まれるオニドリルは飛びながらもがき、暴れてピカチュウを振り落とそうとする。しかし、ピカチュウは決して手を離さない。これで勝負を決めるつもりで全身に力を込めてフルパワーの『でんきショック』を放つ。

ダメージを受け続けたオニドリルは、次第に暴れる力も弱くなり、飛ぶだけで精一杯となり。遂には飛ぶ力も弱くなってきた。

ピカチュウの電撃が終わる。出し切ったのだろう。

そして、オニドリルは体を焦がして、フラフラとした動きになり、高度が次第に下がってきた。

 

「やった!!」

 

だが上ばかりを見て、さらにピカチュウが受け入れてくれたことで舞い上がっていた俺は気づかなかった。

 

 

***

 

 

「やった、サトシとピカチュウが勝った!」

 

「まったく危なっかしいバトルばっかりね」

 

安堵したリカとカスミ。

しかし、そこであることに気づいた。

 

「ねえ、あれって!」

 

「ピカチュウとオニドリルが危ない!」

 

 

***

 

 

「サトシ!」

 

「え?……あっ!」

 

カスミの声でようやく理解した。

 

オニドリルの落下地点が雨で流れの速くなった川であることを。

 

「しまった!!」

 

俺は何て間抜けなんだ。

まずい!このままではピカチュウもオニドリルも落ちる。

 

「ピィカ、ピィカ!」

 

「キ……キエ……」

 

しかし、ピカチュウはオニドリルを起こすために声をかけ続けて降りようとしない。

俺は川まで走る、が、間に合わない。

 

そのままピカチュウとオニドリルは川に落下した。

沈んだままピカチュウとオニドリルは浮いてこない。

 

「ピカチュウが、フシギダネ、『つるのムチ』でお願い!」

 

「ダネ!」

 

「待って、川の流れが速すぎて危ないわ!私の水ポケモンで!」

 

「で、でもヒトデマンだけでピカチュウとオニドリルを引き上げられるの?」

 

「もう1人、スターミーって子がいるわ。ヒトデマンと2人でなら」

 

カスミとリカの会話が聞こえた。だが俺は待つことができずに声を出す暇もなく俺は川に飛び込んだ。

 

「「サトシ!?」」

 

水の流れが強く、体が流されそうになる。腕を川に入れて探すも見つからない。

 

嫌だ、せっかく仲良くなれたのに、失いたくない。

 

ピカチュウ、どこだ、ピカチュウ。

 

すると、水が浮かび上がった。

 

「!?」

 

それはギャラドスだった。

俺はギャラドスの背に乗っていた。

いや、俺だけじゃない。

そこにはピカチュウとオニドリルがいた。

 

「ピカチュウ!オニドリル!2人とも無事だったのか!」

 

「ピッカ!」

 

「キエ……」

 

ピカチュウは元気よく、オニドリルはダメージのせいか声が小さかった。

2人の無事を確認すると、自分たちを乗せてくれているギャラドスを見た。

見覚えがあった。

こいつはさっきカスミが釣り上げたギャラドスだ。

 

「ギャラドス、助けてくれたのか?」

 

「ギャオ」

 

ギャラドスは肯定したような返事をした。

 

「サトシー!」

 

「大丈夫-!?」

 

「ああ、ギャラドスのおかげでみんな助かったぜー!」

 

川岸に立っているリカとカスミは安心した顔をしていた。

 

ギャラドスは岸に体を寄せた。「降りていい」ということだろう。

俺はピカチュウを肩に乗せてオニドリルを支えるとギャラドスから降りた。

 

「ありがとうギャラドス、助かったよ」

 

「ピカチュウ」

 

「キエ……」

 

俺、ピカチュウ、オニドリルの感謝にギャラドスは頷いた。

 

「まったく、私の水ポケモンで助けられたのに何無茶してんのよ」

 

「悪い、なんか居ても立っても居られなくてな」

 

我ながらまたまたバカなことをしてしまいました。

 

「みんな無事で良かった。でも、どうしてギャラドスが?」

 

リカが疑問の声を上げる。すると、ギャラドスはカスミの元まで近づいた。

 

「ギャオオオ」

 

「ひっ!?な、なんなの!?」

 

カスミは苦手なギャラドスが近づいて見つめてくることに驚き、悲鳴を上げてリカの後ろに隠れてしまった。

 

「ギャオオ……」

 

盾にされてるリカが何かを察したような顔になる。

 

「あ、もしかして、カスミに謝りたいの?」

 

「え?」

 

ギャラドスがカスミに謝ることと言えば、

 

「もしかして、自転車のことか?」

 

見るとギャラドスは申し訳なさそうな顔でカスミを見ていた。

なるほど、カスミに謝るために追いかけてきたら、溺れている俺たちを見かけて助けてくれたのか。

 

「そ、そうだったんだ。べ、別にもういいわよ。バトルを仕掛けたのは私なんだし」

 

カスミは怖がりながらもギャラドスに応えてあげた。

 

「あ、あんまり暴れないように気を付けなさいね」

 

そう締めくくると、ギャラドスは頷き一声吠えて川に潜っていった。

 

「ギャラドスー!助けてくれて本当にありがとうー!」

 

「ピカピカー!」

 

 

 

 

「じゃあなー、ピジョットー、オニドリルー!」

 

「またねー!」

 

「バイバーイ!」

 

「ピカピカー!」

 

「ダネー!」

 

「ピジョオオオ!!」

 

「キエエエエ!!」

 

雨は上がり、日が差してきた。

俺たち3人は見送ってくれてるピジョットとオニドリルたちに手を振り、歩き出した。

すると、カスミが尋ねてくる。

 

「サトシ、せっかくバトルで勝ったのにどうしてピジョットもオニドリルもゲットしなかったのよ?」

 

ああ、それか。

 

「理由は二つある。まず、あの2体はこのあたりのポッポやオニスズメたちのボスなんだ。急にボス不在になったらかなり影響が出ると思ったんだ」

 

「もう一つは?」

 

「ゲットする必要はなくなったからだよ」

 

2人は首を傾げる。

 

「俺とあいつらは、もう友達になったからな」

 

カスミとリカはハッとした顔になった。

 

「へー、面白い考え方じゃない」

 

「そっか、ゲットしなくてもポケモンと仲良くなれるんだね」

 

自分のポケモンじゃなくても友達になることはできる。ピジョットとオニドリルとバトルをしてそれを知ることができた。

 

「そういう意味じゃ、カスミもあのギャラドスとは友達になれたと思うぜ」

 

「そう、かしら……」

 

カスミはなんとも微妙な表情になった。

 

「今更だけど、俺がピジョットとバトルをしたのって……その、ポケモン虐待とかにならないかな?」

 

殴ったりしたしな。

答えたのはカスミだった。

 

「うーん、ピカチュウみたいな小さなポケモンはともかく、ピジョットみたいな大型のポケモンはそもそも人間が素手でどうこうできるなんて誰も思わないし、それにあんたも同じくらい攻撃されてたし、問題ないんじゃない?」

 

「なるほどな」

 

「ま、なんにしても無茶苦茶だけどね」

 

はい、反省してます。

すると、空を見上げたカスミがあることに気づいた。

 

「見て、虹よ!」

 

割れた雲の向こうには虹が見えた。

自然の神秘に俺もカスミもリカも見惚れていた。

 

 

 

しかし、そこにあったのは虹だけではなかった。

虹の間を大きな鳥が飛んでいた。

 

「おい、あれって……」

 

それはまるで生きた虹だった。

鳥の姿をしたその虹は輝きを放ちながら飛び去ってしまった。

 

「今のは、ポケモンか?」

 

「わかんない、初めて見たわ」

 

「綺麗だったね」

 

改めて生きた虹のいた方向を見ると、あることに気づいた。

空に何かが舞っていた。

俺は空に舞う何かに手を伸ばした。

それは鳥の羽根のようだった。

虹色に輝く羽根。

 

「わー綺麗……」

 

「何かしらそれ?」

 

「さっきの鳥の、羽根?」

 

落ちてきたのは偶然なのか?

まあ、なんにしても。

 

「……また会ってみたいな」

 

「サトシなら会えるよ、きっと」

 

「あんたポケモンとは妙な縁がありそうだしね」

 

そうだな、旅をすればいつか出会う日が来るかもしれないからな。

 

「よし、じゃあ改めてトキワシティまで行くか!」

 

「「おー!」」

 

俺たち3人は駆け出した。

新たな冒険を目指して。




ここまででようやくアニメ第1話分という事実。無印だけでもかなりかかりそうですね。

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