第1話
『学園都市』
東京都西部を切り拓いて作られたこの街は、超能力の開発が学校のカリキュラムに組み込まれていて、230万人の人口の八割を占める学生達が日々、頭の開発に励む科学の街。
だったはずなのだが。
「……なぁ、なんか化け物が現れたんだけど」
真夏の日射しが照りつける、とあるビルの屋上。
立ち入り禁止のはずのその場所に、少年の声が響き渡った。
明るく染められた頭髪に、黒い牙のようなピアス。
とある名門校の学生服を着崩しているその不良のような少年は、傍らに座る『機械の犬』に問いかけた。
「博士、なんなんだアレ」
博士と呼ばれた機械の犬から、老人の声が返ってくる。
まるで電話越しのような、機械を通した無機質な音声。
「わからんな」
素っ気ない返事。
少年は溜め息をつくが、どうやら博士と呼ばれた人物の話はまだ終わっていないらしい。
「だが推測するなら、一万人の能力者達によるネットワークの暴走。擬似的な『虚数学区』といったところだろう」
『虚数学区』
一般的には都市伝説のような真偽不明の噂のことなのだが、博士はそれが実在するかのように語る。
少年は博士の言葉をしばらく考えていた様子だったが、やがて考えるのに飽きてしまったのか。
少年は眠たそうに大きく欠伸をすると、屋上のコンクリートにだらしなく座り込んだ。
「【第三位】が頑張ってるしさ、今回は放置でいいよな?」
「私としては介入して欲しいところだがな。無理強いはせんよ、好きにしたまえ」
少年と機械の犬の視線の先。
中学生らしき少女と『化け物』が戦っている光景をつまらなそうに見ながら、少年はポツリと呟いた。
「……最初は楽な任務だと思ったんだけどなぁ」
少年達は学園都市の暗部組織の一つ、【メンバー】に所属している。
学園都市の上層部にとって都合の悪いことを処理、処分する者達。
今回、そんな暗部の戦闘要員である少年に与えられた任務は、研究者『
少年達に依頼を伝えた『仲介役』の少女によると、この木山という研究者は『
しかし、いざ依頼を受けてみると、すでに木山は『
警備員とは学園都市の外における警察のようなもので、志願した教員達による治安維持組織のことを指す。
つまり、介入すれば面倒な事情聴取が待っている。
少年はそれを嫌がって、警備員が木山を確保したあとで裏から手を回すほうがいいと主張したのだが、それは受け入れられず。
結局、少年達は現場に向かうことになってしまったのだ。
現場に到着すると木山は警備員達に包囲されていて、拘束は時間の問題。
間に合わなかった少年達はそれを遠方から見物していたのだが、そこで非常事態が発生する。
超能力が行使できないただの研究者であるはずの木山が、何故か能力を使いだして警備員達を蹴散らし始めたのだ。
能力者一人につき、発現する能力は一つ。
そんな学園都市の常識すら無視して複数の能力を行使する木山に驚いていると、更に面倒な事態が発生する。
一般人の少女。【第三位】が現れて、木山と戦闘を開始。
その少女の通り名は常盤台の【
何度か耳にしたこともある有名人の登場に、少年は完全にやる気をなくしてしまった。
学園都市では能力者の『
『
『
『
『
『
『
能力者達の約六割がおちこぼれである
最高位である
その少女は序列【第三位】。
つまり学園都市の頂点に君臨する八人の中の一人だったのだ。
木山がいくら複数の能力を行使する【
少年は「もう、帰ってもいいよね?」と若干ニュアンスを変えながら二十秒間隔で博士に尋ねたのだが、「木山が拘束されるまでは確認する」と壊れたラジオのように繰り返されてしまった。
そして少年は引き続き戦闘を傍観することになったのだが、その後さらに異常な事態が発生してしまう。
【第三位】の猛攻に劣勢に追いやられた木山が突然頭を押さえて苦しみだしたあと、巨大な化け物を産み出したのだ。
空に浮かび泣き叫び暴れる、巨大な化け物。
その姿は胎児のような、出来損ないの天使のような。
そんな常識にケンカを売っているとしか思えない光景を見て、少年の冒頭の発言に繋がっているという訳である。
学園都市の闇。暗部組織に所属する少年は人も物も数えきれないほど破壊してきたが、あんな化け物みたいなファンタジーな存在と対峙したことはない。
【第三位】は連戦で化け物と戦闘しているが、その相手が異常に過ぎた。何度攻撃を受けても再生し、より醜い姿に変化していく化け物。
そいつはゆっくりと、どこかへ向かって進んで行く。
それを現実逃避しながら眺める少年だったが、やがて何かに気がついたように立ち上がると、めんどくさそうに
「ようやく介入する気になったのかね。久遠君」
「……あの化け物が向かってんの『原子力実験炉』みたいだからさぁ」
揶揄するような博士の言葉に、何でもないかのように答える少年。
「始末してくるわ」
久遠が言い放った瞬間。博士が見ていたモニター越しの視界から、彼の姿が消え去った。
あの化け物がいた場所。
原子力実験炉の目前で、久遠は拳を振り切った状態で静止していた。
あのあと、久遠の挨拶代わりの一撃で化け物はあっさりと消し飛んでしまったのだ。
【第三位】の攻撃を何度受けても再生していたことから、たった一撃で終わるとは思っていなかったのだが。
もしかしたら、【第三位】に再生の限界まで追い詰められていたのかもしれない。
しばらく思考してみるが、どうにも確証は得られそうになかった。
「なっ」
「ちょっ、何よッ」
周囲にいる二人。
こちらを見て驚愕しているのは、今回のターゲットである木山春生。
そして、もう一人。久遠に探るような視線を送ってくる少女。
【第三位】の【
学園都市で名の知れた名門校である、常盤台中学の制服に身を包んだ彼女に視線を向けた。
度重なる連続戦闘でその制服はボロボロ。しかし、強気な表情でこちらを真っ直ぐに見つめてくる。
とりあえずは友好的に接した方が良いだろう。
久遠が聞いた噂では、
つまり彼女もまた、隠しても隠しきれない人格破綻者の一人ということ。
獲物を横取りしたなどとケンカを売られるのは御免だった。
「二人とも大丈夫だった?怪我とかしてないかな」
少女漫画の登場人物に匹敵する、久遠の優しい態度と仕草。
世間知らずのお嬢様は大体コレで騙される。
一見すると御坂美琴はじゃじゃ馬っぽいが、常盤台中学は箱入り娘のお嬢様が集まる女子校なのだ。
久遠の爽やかな笑顔に、己の醜い心を自覚したのだろうか。御坂は視線を弱めて返事をしてきた。
「私は平気よ、てかアンタの能力の余波のが」
どうやら大丈夫らしい。
そのまま久遠は視線を木山に向ける。
「お姉さんも。立てますか?」
何故か、地面に座り込んでいる木山。
あんな化け物が目の前にいたのだから、恐怖で腰が抜けてしまったのかもしれない。
久遠は紳士的に手を差し出して、彼女を立ち上がらせてやる。
木山は見たところ大きな怪我はないが、化け物を産み出してからは能力行使もできなくなったようだし、このまま放って置いても警備員に拘束されるだろう。
「じゃ、俺はそろそろ」
帰ってもいいかな。そう続けようとしたのだが、木山が久遠の手を掴んだまま放さなかった。
木山は観察するように、じっとこちらに視線を向けている。
やれやれ。任務中だというのに、またその展開か。
久遠は心の中で深い溜め息をつく。
容姿端麗、成績優秀、清廉潔白。おまけにユーモアまで兼ね備えた久遠はいつもこうなのだ。
こちらが望んでいなくても、女の子の方から寄って来てしまう。正直、モテすぎて困っているのだが、これがいつもの日常だった。
「……君は、そうか」
木山の容姿やスタイルはそれなりではあるが、それだけだ。
どうしてもと頼まれたら相手してあげてもいいが、そのあとで付きまとわれるのもめんどくさい。
そもそも、彼女は今回の任務のターゲットだし。
やはりここは丁重にお断りしておこう。彼女にそれを伝えないと。
久遠がそう思っていると、木山が先に口を開いた。
「【第四位】【
急に久遠のプロフィールを言われて動きが止まる。
木山とは初対面のはずだが、どうして顔だけでそこまでバレてしまっているんだろうか。
「君が『幻想御手』のネットワークに組み込まれていれば、あの子達を
こちらの能力詳細まで把握してるような物言いだが、一体どうやって調べたのやら。
【メンバー】に所属してからは学園都市のデータベースである『
「こんな最終局面になってから『本命』と出会うとはね。やはり私は運に見放されているらしいな」
『本命』。その言葉に久遠は眉をひそめる。
暗部の任務なんてそんなものかもしれないが、なにやら彼女にも事情があるらしい。
だが、面倒ごとに自分から首を突っ込む趣味はないし、あまり深入りはしない方がいいか。
久遠は瞬時にそう判断して、沈黙することにした。
「……【第四位】って、アンタが?」
久遠が黙っていると、何故か御坂が反応する。
こちらを見ながら呆れたような表情になってるのが気になるが。
人に名前を聞くときは、まず自分から。
そんな一般常識を無知な彼女に教えてあげなくてはならないようだ。
「それよりさ、キミの名前は?」
再び、久遠は爽やかな笑顔を振り撒いてやる。
どうやら御坂は、またしても邪悪な己の性根を見つめ直したらしい。
無垢な少女のように素直になった御坂は、ようやく自己紹介を始める。
「私は御坂美琴。アンタはさっき」
「へぇ。【第三位】の【
「……えぇ、そうよ。ってかアン」
「そっか、今日はよく頑張ったね。本当にお疲れ様」
久遠の称賛に、御坂は感動して震えているようだった。
今後はちゃんと自己紹介できる良い子になってくれるといいのだが。
警備員の事情聴取なんて受けたくはないが、この二人に素性がバレた以上は逃げるだけ無駄だろう。
あとから呼び出されるくらいなら、さっさと済ませてしまいたい。
久遠は遠くから聞こえてくる警備員のサイレンを聞きながら、今日の一日を振り返る。
一通り振り返って、久遠は小さく呟いた。
「……本当に面倒な依頼だったなぁ。『時間』の無駄って感じだぜ」