第10話
垣根と『同盟』を組んでから、数日後。
あれから馬場に『窓のないビル』を調査させているが、なかなか進展はしていなかった。
誤情報ばかりで噂の数だけは膨大。馬場がいくら情報収集に優れていても、本来の任務の片手間ではそれなりに時間がかかってしまう。
垣根みたいに仲間を手下にして計画に巻き込んでいるならともかく、久遠と馬場はただの仕事仲間なのだ。無理に急かすこともできない。
そして久遠は、地道な情報収集や調査なんて専門外。今は特にやれることがないのが現状である。
そんな訳で今日の待ち合わせも、ただの暇潰しだった。
長点上機で久遠と仲良くしている女の子達。その中の一人の頼みを叶えるついでの暇潰し。
先日、久遠の二つ年上の女の子とデートした時のこと。
「お願いがあるんだけど、永聖に会って欲しい人がいるの」
年上の彼女は、手を合わせて可愛らしくお願いしてきた。
一瞬、彼女の親でも紹介されるのかと思ったが、話を聞いてみるとどうやら違うらしく。
「クラスメイトの子なんだけど。いつも勉強教えて貰ったり、お世話になってるのよ」
「……その子、可愛いの?」
「そういう紹介じゃないのっ。もう、永聖に協力して欲しいことがあるんだって」
「んー。協力ねぇ、内容によるけど。なんか女の子みたいだし会ってみようかな」
「ふーん、そんな言い方するのね。いつも私に
自分で紹介してきたのに、むくれて嫉妬しだした彼女を笑ったあと。
久遠はそのお願いを引き受けることにしたのだった。
暗部組織や『プラン』とは関係ない、ちょっとした表の日常のつもりで。
集合場所は、第十八学区のとあるカフェ。
夏休みの昼時だというのに客入りが少ない寂れた店内で、久遠は紹介された女と向かい合っていた。
黒髪に、特徴的なギョロギョロした目。
夏休みなのに長点上機の学生服と白衣を着た、
「……そろそろ、話を進めてもいいかしら」
「……ああ」
二人とも疲れきった雰囲気で会話をする。
かれこれ三十分、二人の話は全く進んでいないのだ。
布束は久遠のタメ口が許せなかったようで、こちらに敬語を使うように命令してきた。
それを拒否した久遠は、布束の英語と日本語が混ざる口調がキモいと罵倒する。
お互いに一歩も譲らない意地の張り合いが始まってしまったが、やがて布束が折れて普通に話を進める気になったらしい。
「あなた、御坂美琴と交際しているのよね」
「お前、頭は大丈夫なのか?」
何故か不思議そうにこちらを見てくる布束。
いったい何をどう勘違いしたらそんな発想になるんだ。
「あなたは知り合った美少女全員と交際すると聞いたのだけど。違うのかしら?」
「俺はそれを言ったヤツを今すぐ殺してやりたいよ」
「……違うのね。なら、無理かしら」
「さっきからお前は何が言いたいんだ。ハッキリしろ」
もうすでに、久遠はここに来たことを後悔していた。
暇潰しといっても限度がある。こいつとの会話はさっきから時間の無駄だし、容姿も久遠の好みのタイプではない。
こいつの返答次第でもう帰ってやろう。そう思って睨みつけていると、布束はぼそりと呟いた。
「『絶対能力進化計画』」
一般人からは出てこないはずの、そのワード。
「……それが?」
「把握しているのね。私はそれの妨害を行っているのだけど、『彼女』に計画の存在を気づかれてしまったのよ」
「彼女?御坂のことか?」
「ええ。彼女、一人で関連施設を襲撃する気みたいなの」
それが本当なら悪くない展開だ。『絶対能力進化計画』を凍結できるかはともかく、計画の進展を遅らせてくれるかもしれない。
一時的とはいえ、【第四位】と【第三位】の利害が一致したということ。
とりあえず久遠は、御坂を心配するような演技をすることにした。
布束は御坂を気にかけているようだから、なにか新情報を出してくるかもしれない。
「そっか。御坂なら大丈夫かもしれないけど、少し心配だな」
「計画の関連施設は二十箇所を超えるのよ。彼女一人で完遂できる保証はないわ」
「なるほど、それで俺に頼みたいことがあるってことか」
「【
「俺の能力は、
「それでもお願いできないかしら。彼女はすべて一人で背負いこんでいるの」
真剣な目でこちらを見つめてくる布束。
つまり「御坂の施設襲撃を手伝って欲しい」ということらしいが、メリットもデメリットもある。
さて、どう動くか。
垣根は『絶対能力進化計画』を潰すことに意味はないと語っていたが、計画が遅れるのは好都合のはずだ。
やる価値はあるし、やる時間もある。
問題は上層部に久遠の反逆を知られる可能性があること。
いや、それも久遠の関与が発覚しないなら大丈夫か。顔と、能力の隠蔽。それができる範囲なら問題ないはず。
久遠が黙って考えていると、布束が語りかけてきた。
依頼を引き受けるように、こちらの思考を誘導するつもりだろうか。
「彼女は、あなたに知られたくないみたいだったわ」
「……どうしてそう思うんだ?」
「あなたの名前を出したら怒られたのよ。『アイツを巻き込んだら許さない』って」
「なら、なんで俺に言いにきたんだよ。お前の言ってることおかしいぞ」
布束はしばらく躊躇ったあとで、ゆっくりと口を開いた。
「あなたも『彼女が巻き込まれるのは許せない』かと思ったのよ」
あのあと、布束に関連施設の場所や現在の稼働状況が記載されたデータを渡された。
どうやら御坂は能力を使用して、遠隔操作で施設を襲撃しているらしい。
すでに関連施設の七割ほどは、御坂のサイバーテロによって破壊済み。
久遠の助力がなくともそのまま壊滅させられるように思えるが、『絶対能力進化計画』がアレイスターの『プラン』ならば、今後なんらかの妨害工作があるのかもしれない。
御坂と会うだけなら携帯端末に直接連絡してもよかったが、布束の話を聞く限り今は拒否される可能性のが高いだろう。
だからこそ、こんな回りくどい真似をしている訳だが。
「よう、不良少女」
「……アンタ、こんなところで何してんのよ」
御坂のサイバーテロが対策されて、直接乗り込んでくるだろうと予想した関連施設の付近。
夜遅くになって現れた御坂は帽子を深く被って変装していたが、それは見るものが見ればすぐに看破されるような拙いものだった。
久遠も普段着ないような安物のパーカー姿でメガネなんかも持っているが、まあどちらも似たようなものか。
「布束ってヤツに頼まれてさぁ」
「あのギョロ目、黙ってろって言ったのに」
やさぐれたように吐き捨てる御坂。
なんだか疲れきっているようだし、久遠の知らないうちに彼女も色々とあったのかもしれない。
「アンタの手は借りないわ。私一人でカタをつけるから」
「俺と組めば、お前の労力も半分で済むと思うけど」
「やめて。これは私の問題なの」
別に、御坂に協力するのに許可なんて必要ない。まだ襲撃されてない施設を勝手に選んで破壊していくだけでいいのだ。
そうだとわかっているのに、久遠は意固地になっている御坂に本心を語ることにした。
「御坂はさぁ、色々と考えすぎなんだよ」
「……何が言いたいのよ」
この御坂らしくない姿を、これ以上は見ていたくないと思ってしまったから。
久遠と同じ
「お前は何も悪くないんだから、堂々としてればいいのに」
「そんな訳ないじゃない。そもそも私がDNAマップを提供したから、あの子達はッ」
「そんなこと考える必要はないよ」
御坂が何に責任を感じているのかはわからない。
まさかとは思うが『妹達』に同情でもしているのか。それとも『絶対能力進化計画』なんて非合法な人体実験に、勝手に協力する形になっているのが許せないのか。
まぁ、そんなことはあとから聞けばいいか。今ここで、久遠が御坂に言いたいことは。
「過去に囚われるのは時間の無駄なんだ。一人より二人のが効率がいいんだから、お前は俺を利用すればいいんだよ」
御坂はしばらく悩んだようだったが、久遠と問答する時間を惜しんだのか諦めるように溜め息をついた。
御坂が、変装用の服に着替えるためだけに借りているというホテルの一室。
あれからあっさり関連施設の一基を潰した二人は、その一室で情報交換を行っていた。
御坂はすでに、計画を止めようとして【
そして直接戦闘を諦めて、関連施設の襲撃をすることになったんだとか。
久遠も布束に依頼された流れを軽く説明して、お互いの状況は把握した。
次に話す必要があるのは、今後の予定。
ベッドに腰かける御坂は、相変わらず陰鬱な雰囲気で言う。
「残りの関連施設はあと六基。ヤツらに考える隙を与えずに一気にカタをつけるわ」
「わかった。なら半分は引き受けてやるよ」
「アンタ、本当にわかってんの?私がやろうとしてることは普通に犯罪行為よ。ヤツらもあんな実験をやってるんだし、手配されたりはしないと思うけど」
「さっきも手伝ったんだし、もう同罪だろ。それより御坂もちゃんと理解しといた方がいい」
「……なによ、理解って」
「お前の言う『ヤツら』のことだよ。さっきから実験関係者くらいにしか考えてないだろ」
「他に何があるのよ」
御坂がイラついたように聞いてくるが、どこまで話すべきか。
アレイスターの『プラン』についてまで話す必要はないだろう。久遠も半信半疑で、現在は調査中なのだから。
ならば、上層部の『方針』で主導されている可能性がある。くらいまでが妥当か。
「二万人のクローンを製造して戦闘させる人体実験。布束の話だと屋外でも行われているらしいけどさ」
「それがなに?」
「学園都市の上層部がそれに気づいてない訳がないよな」
「え、あっ」
「『絶対能力進化計画』が上層部の『方針』だったなら、そんな簡単には行かないかもしれない」
学園都市は衛星と大量のカメラで監視されている。
上層部に把握されずに、何度も屋外で違法な実験をするなんて不可能なのだ。
御坂もそれに考えが及んだらしく、絶望したような表情に変わってしまった。
しばらく黙ってうつむいていた彼女だったが、やがてぽつりと呟く。
「……じゃあ、どうすればいいのよ。学園都市そのものが敵みたいなものじゃない」
「とりあえず施設の襲撃はやる価値あると思うよ。その妨害の具合で上層部がどれだけ実験を重要視してるかわかるからな」
「あの子達はっ、今この瞬間も実験の犠牲になってるかもしれないのよッ」
御坂はついに半泣きになって怒りだした。
情報交換する時にわかったことだが、彼女は『妹達』が実験で殺されることが許せないらしい。
つまり、久遠の長期戦を見据えた『遅延』狙いの考えは、御坂には認められないのだ。
それにしても、ここまで追いつめられているとは。
正直な話、御坂の現在の精神状態は久遠にとって想定外だった。
自分が利用されていることに怒っているんだろうと思っていたのに、クローンごときのために心を痛めているなんて。
学園都市の闇に囚われてしまった人間は、こんなにも弱々しく見えるものなのか。
過去の久遠も、他の人からはこんな風に見えていたのだろうか。
こんな状態の御坂と協力する意味なんてないような気がしてきた。
もう放っておいて、久遠一人で動いた方が効率がいいかもしれない。
でも、どうせなら一度だけ試してみるか。
次の言葉で奮起しないようなら、御坂との協力関係は諦めよう。
久遠は涙ぐんだ御坂の頭を優しく撫でながら、何でもないことのように問い掛ける。
「なぁ、御坂。泣いてても何も解決しないだろ。もう諦めるなら、いつもの日常に『巻き戻して』やろうか?」
御坂は涙を乱暴に拭って、久遠の手を払いのけてきた。
「ふざけないで、私の手で破綻させてやるわ。あんなイカれた実験ッ!!」
こちらを睨みつけてくる御坂と目を合わせる。
すぐにでも折れてしまいそうな、弱々しい決意の表情。
普段の久遠なら絶対に信用しないし、手を組んだりはしない。
それなら、どうしてこんな言葉が口から出てきたのか。
「……俺も手伝うよ。お前が納得するまでな」
それはきっと、歪んでしまう前の