太陽は完全に沈み、時刻は夜になったところ。
目の前にたたずむ少年に向かって、美琴は震えるような声音で問いかけた。
「……どうしてよ」
非常階段に座り込んだまま、制服のスカートをぎゅっと握りしめる。
潤んだ瞳からあふれそうになるものを、必死に堪えながら。
「どうして、アンタはずっと、私の味方をしてくれるのよ」
下をうつむいて。ついに涙声になってしまう美琴の言葉。
堪えきれなくなった涙がこぼれて、スカートを次々に濡らしていく。
「アンタだって、私のせいで、巻き込まれたはずなのに」
美琴は、ずっと気になっていたことを呟いた。
目の前の少年がどんな表情をしているのか、見ることはできない。
顔を上げることができなくなってしまった美琴に、彼はいつも通りの口調で返事をしてきた。
「だからさぁ、御坂は考え過ぎなんだよ。お前は何も悪くないって」
彼のその言葉を聞いて。美琴は安堵したように泣き崩れた。
結局、あれから御坂は完全に泣き出してしまった。
久遠も御坂の隣に座って。彼女の小さな背中をさすりながら、夜空をぼんやりと眺める。
御坂が落ち着くのを待っている間。久遠が考えるべきことは、たったの一つ。
あの【
学園都市の頂点。【第一位】【
この世のありとあらゆる『
いつかの垣根との雑談の中で、久遠は【
垣根曰く、問題なのはヤツが常時展開している『反射』の絶対的な優位性らしい。
久遠の『時間停止』はただの防御でしかないし、垣根の自動防御と自動迎撃はタイムラグや処理限界などの明確な『隙』が存在するが、ヤツの『反射』にそれはない。
二人の完全な上位互換ともいえるそれを可能とするのは、学園都市で最も優れた演算処理能力。
【
久遠が思考に没頭していると、ようやく御坂が顔を上げてきた。
泣きはらしたその表情はいつもより弱々しいが、多少は落ち着いてきたらしい。御坂はゆっくりとこちらを見て、かすれた声で語りだした。
「……アンタが私より強いのは知ってる。書庫で能力の詳細、見たことあるから」
「当たり前だろ。俺は信じられないくらい強いんだ」
「でも、【
「それで?」
「だから、やめてよ。私のせいで、アンタが、こ、殺されたらっ、私は、また」
そこまで言うと、御坂はまたポロポロと泣き出してしまう。
久遠は深いため息をついて、御坂の頭を撫でてやる。
それにしても、なんだか慰めるのが面倒になってきてしまった。
「なぁ、そろそろ落ち着けって。御坂にも役割があるんだからさぁ」
「で、でも、やっぱり、私が戦うから、アンタは」
「会話をループさせるなよ。もう十分落ち着いただろ?行くぞ」
最後に御坂の肩を軽く叩いて、立ち上がる。
次の実験に乱入して、【
実験する場所、つまり『戦場』に久遠を案内すること。
そして、戦闘に巻き込まれないように『妹達』を別の場所に逃がすこと。
この二つを御坂にやってもらわなくてはならない。
こちらを泣きながら見つめてくる彼女に手を差し出して、久遠はいつも通りに話しかけた。
「次の実験で全てを終わらせてやる。だから、その場所と時間を教えてくれ」
御坂は涙を拭って、震える手で差し出された手を掴んだ。
本日、最後の実験。
予定時刻は午後九時。場所は久遠と御坂がいる取り壊し中の廃工場。
つまり、御坂は今夜の実験で死ぬつもりだったらしい。
現在の時刻は午後八時四十分。実験開始の二十分前。
まずは戦闘の邪魔にならないように『妹達』を拘束して、どこかに移動させる必要がある。
久遠は廃工場の屋根の上に時間停止した足場を使って侵入し、高所から『妹達』を待ち伏せていた。
磁力操作で工場の壁を歩いて同じく屋根の上に侵入していた御坂が、何かを見つけたような声を出した。
「……来たわ。【
「へぇ。あれが『妹達』なんだ」
こちらとは少し距離があるが、確かに遠目では御坂にそっくりな風貌に見える。
何故か『妹達』は常盤台の制服を着ていて、さらには髪の毛まで御坂と同じくらいの長さにカットされていた。
御坂美琴のクローン人間『妹達』。その姿を見て、久遠の疑念は深まるばかりだ。
やはり『絶対能力進化計画』は何かがおかしい。
実験の情報が各所にバラまかれていることもそうだが、なにより『妹達』の取り扱いが意味不明だった。
屋外の研修なんて実験動物には必要ないはずだし、あの『妹達』の姿や格好は御坂のことを知る者に怪しまれるだけだ。
本当に、撒き餌か何かのような。
仮にそうだとしたら、上層部は何が目的なのだろうか。
上層部に逆らう奴らをあぶり出すつもりなのか。それとも久遠が暗部に堕とされた時のように御坂の精神を極限まで追いつめて、学園都市の闇に引きずり込むつもりだったのか。
まさかとは思うが、『絶対能力進化計画』はそもそも。
いや、考え過ぎか。それに今は【
「俺が『妹達』の意識を奪う。先に行くから、あとからついて来てくれ」
御坂にそう告げて、久遠は時間加速を行使した。
加速した久遠に顎先を揺らされて、気を失った『妹達』。
近くで見てみると、より御坂に瓜二つに感じるクローン人間。
遅れてやってきた御坂は『妹達』の状態を確認すると、久遠に背中を向けたままで話しかけてきた。
「……第七学区の、あの時のホテルに運ぶわ」
「施設襲撃の時に拠点にしてたとこか?」
「そうよ、あのホテル。だから」
「わかった。終わったら報告しに行くよ」
「……うん」
御坂の小さな返事を聞いて、久遠は『戦場』へ移動しようとする。
しかし、またしても御坂に呼び止められた。
「……ねぇ、約束してよ」
「何をだよ?」
「絶対に、戻ってくるって」
「めんどくさいヤツだなぁ。俺が勝つんだから当然だろうが」
「……約束して」
「はいはい。わかったよ、約束してやるよ」
久遠は歩きながら手をヒラヒラと振って、今度こそ『戦場』に向かっていく。
もう片方の手に、オモチャみたいな見た目の銃器を持ちながら。
実験開始の午後九時まで、残り三分ほど。
解体工事の機材が固めて置かれていた場所。そこにあったクレーン車の上に立ちながら、久遠は初めて使用する武器の確認を行っていた。
その手に持っているのは『妹達』が装備していたアサルトライフル。
こいつで【
久遠は一通り確認したあとで、ため息をついて呟いた。
「今回ばかりは『ゲッケイジュ』を使いたかったけどなぁ」
過去に垣根と戦闘した際に思い知らされた、【
それは、遠距離の攻撃手段が乏しいこと。
それを補うために博士に作成してもらったのが、久遠永聖の専用兵器。可変式多機能銃の『ゲッケイジュ』。
装着すると大きな機械の腕を着けたような見た目になるために普段から持ち歩くことができず、現在は博士のラボで埃をかぶってしまっているのだが。
定期メンテナンスの度に作成した意味はあったのかと博士に文句を言われる『ゲッケイジュ』だが、今回は是非とも使用したかった。
だが、今は取りに帰っている時間もないし。博士のラボで管理されているので、あの老人の許可がなければ持ち出すことすら不可能だ。
「ここで使わないんなら、一体どこで使うんだって感じだけど」
【第一位】との戦闘ですら使わないのなら、本当に作成した意味はなかったのかもしれない。
ぶつぶつと文句を言う博士の姿を思い出して笑いながら、久遠はゆらりとアサルトライフルを構えた。
その視線の先にいるのは、暗闇に浮かびあがる白髪の少年。
【第一位】の【
時刻は現在、午後九時ジャスト。
じゃあ、そろそろ。
「実験開始だな、クソ野郎」
久遠はそう吐き捨てて、躊躇いなく引き金を引いた。
学園都市製のアサルトライフルから放たれた弾丸が一方通行に向かっていく。
引き金を引いた瞬間に『未来』からの警告。
久遠は獲物に当たるかどうかも確認せずに、時間加速して身体を半歩ほど横にずらす。
先ほどまでライフルの銃口があった位置に、寸分の狂いなく『反射』されてきた弾丸。
久遠は短く称賛するように口笛を吹きながら、一方通行の方向を見る。狂気に染まった血色の瞳と、冷めた無色の瞳が交差した。
「……なるほどね。聞いてた通りって訳か」
通常の弾丸なんて当然のように完封。不意討ち無効の常時展開。そして、デフォルト設定ではそのまま反対方向に『反射』してくる。
「ぶち殺す前に、序列【第一位】様に挨拶しないとなぁ」
久遠はふざけた口調で笑って、肩にトントンとライフルを当ててリズムを取る。
そのまま空を歩いて、一方通行が立っている場所にゆったりと向かって行った。
夜の廃工場。
開けた場所で向かい合う、
久遠が近くまで来たのを確認すると、一方通行はつまらなそうに話しかけてきた。
「誰だァ、オマエ。てっきりダミー人形が悪知恵でも働かせたのかと思ってたンだが、全く知らねェ顔だなァ」
「やれやれ、お前は実験が中止になったことを聞いてないのかよ?」
「ハァ?オマエ、何で実験のこと知ってやがるンだァ?それに、そのライフルは確か」
「今からお前が死ぬからさぁ、この実験は今夜で終わりなんだよッ」
言い終わった瞬間、時間加速して移動しながらライフルを乱射する。
まずは『反射』の解析だ。ライフルの弾が尽きるまで、ヤツの設定した『ベクトル』を把握する。
一方通行の周囲をぐるりと回り、加速世界からの弾丸がヤツに襲いかかっていく。
一方通行の周囲は爆撃でもされているかのように崩壊していき、『反射』には次々と弾丸が接触して跳ね返っていく。
一方通行はそんな異常な光景をぼんやりと眺めながら、加速している久遠には聞こえない呟きをこぼした。
「……へェ。つまり、オマエは
どこにいるのか全く目視できない移動速度に、『反射』から解析されてくる尋常じゃない弾丸の威力。
「このスピードに、このパワー。どォやら並みの能力者じゃねェみたいだが」
思い出すのはかつての挑戦者の一人。
オリジナルこと、【第三位】の【
そこまで考えて、一方通行は闇の中に引き裂いたような笑顔を浮かべた。
「オマエも
きっと今夜の実験はもう行われないだろう。
この挑戦者が持っているアサルトライフルは『妹達』の装備と同じ、おそらく奪い取ったもの。
本来の対戦相手は殺されたか、それとも拐われたか。一方通行からしたらどちらでもよかったが、この挑戦者に今夜の予定を空けられてしまったらしい。
「ククッ。後悔すンじゃねェぞ、三下ァ!!」
なら、コイツで遊んで暇潰しをしよう。
そんなことを考えながら、一方通行は足元のコンクリートを踏み抜いた。
『未来』からの警告。
時間停止で警告は消えたので、その場で立ち止まり様子をうかがうことにする。
アサルトライフルの弾はすでに残り僅か。それで解析できたのは、『反射』を物理攻撃だけで攻略するのは不可能だということだけ。
予想はしていたが、垣根の【
一方通行が踏み抜いたコンクリートから亀裂が走り、周囲一帯の地面が爆発したように弾け飛ぶ。
しかしそれに時間停止を突破するような威力はない。問題なくヤツの攻撃を防ぐことに成功する。
巻き上がる砂煙の中。久遠がライフルを肩に担いで立ち止まっていると、一方通行がパチパチと拍手しながら語りかけてきた。
「結構やるなァ、オマエ。もしかして、オマエが序列【第二位】だったりすンのか?これだけ『反射』されて死なねェ人間なんてのも存在するンだなァ」
「俺は【第四位】だ。どうやらお前は一般常識が足りてないみたいだな」
「そォかそォか、悪ィ悪ィ。なんせ俺は『最強』だからさァ、オマエら格下の連中は全く興味ねェンだよなァ」
「お前はただの雑魚専だろうが。そんなに一万人の女子中学生を虐殺するのが楽しかったのか?」
「ククッ、人聞きの悪ィこと言うなよ。俺が殺してンのはダミー人形。そもそも人間ですらねェンだからよォ」
気味の悪い狂笑を浮かべる一方通行を見つめながら、久遠はゆっくりと思考していく。
このままライフルで攻撃していても意味はないだろう。だが、それなら次はどうするか。
「殺人鬼ってヤツはみーんなそう言うんだよなぁ。それでも一万人は流石に殺りすぎだと思うけど」
「オマエもその中に仲間入りするかもしンねェぞ?覚悟はできてンだろォなァ」
「お前を殺すのはともかく、俺が殺されるのはお断りだな」
「だったら、どォすンだァ?」
ようやく考えがまとまった久遠は、ふざけたような笑みを浮かべた。
「お前に『正義の鉄槌』を下してやるよ」
次は近接戦闘にしてみるか。
ヤツの『反射』を『時間停止』して掌握する。
それを試してみるとしよう。
月桂樹の花言葉は「裏切り」だそうです。
最初は弟切草にしようかと思ってたんですが、カタカナだとオジギソウと似ていてわかりずらかったのでボツにしました。
まぁ、出番は最終章付近までないんですが。
追記
最後の会話を修正しました。