とある科学の歪曲時計   作:割り箸戦隊

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第17話

 

負傷した利き手に部分逆行を行使しながら、久遠は目の前の光景をぼんやりと眺めていた。

先ほど一方通行を攻撃することに成功したが、それ自体は大した威力ではない。

不完全で一部が反射されたのもそうだが、何より久遠の理性が勝手に時間加速をセーブしてしまったからだ。

 

 

「がッ、は?、ハハッ、なッ、何を、しやがった、格下ァ!!」

 

 

久遠に殴られた頬を手でおさえ、腰を地面につけて。酷く狼狽した様子の一方通行。

それを眺める久遠の心は、段々と冷たくなっていく。

別に殺意を制御して意図的にそうしている訳でもなく、一方通行を見下している訳でもないのだが。

 

 

「ククッ、クハハハハッ。イイぜェ、ホント、最っっ高だねェ。今すぐ愉快なオブジェに変えてやンぜェ、オマエはァァァ!!」

 

 

一方通行は狂ったように笑い。

 

久遠は冷たくて、冷えきった頭で考えていく。

 

この感覚の正体は、おそらく初めて感じた敗北感。

久遠の【歪曲時計(ワールドクロック)】は、最強には届かなかったのだ。

それなのに、こんなくだらない小細工があっさりと通用してしまうなんて。

 

 

「……だっせぇなぁ。俺も、お前も」

 

 

超能力者(レベル5)が二人揃って。

軍隊とも戦争できるような能力(チカラ)を持ちながら。

まるで無能力者(レベル0)の、スキルアウトのケンカみたいな。

 

 

「ぐァッ!?」

「ッ、痛ってぇ」

 

 

再び向かってきた一方通行に、久遠の拳が突きささる。

またしても拳が負傷して、時間加速は理性がセーブしてしまった。

 

 

「ク、クハハ、何をしたンだよッ、オマエはァァァ!!」

 

 

ヤツの『反射』は正常に作動している。

そして、久遠はそれを小賢しく利用しているだけだ。

 

 

「……所詮は、ただの人間ってことか」

 

 

あれだけ圧倒的だった一方通行の演算処理能力も、痛みと困惑でまともに稼働していないらしい。

狼狽えながら叫び散らすヤツの姿は、とても序列【第一位】に君臨する【一方通行(アクセラレータ)】だとは思えなかった。

 

 

「ごぶッ!?」

「いッ、ぐっ」

 

 

そして、それは久遠も同じこと。

自分の損傷に怯えて能力をセーブするなんて、この期に及んで呆れ果てた臆病さだ。

暗部の任務で殺人すら行ってきた癖に、自分が怪我をするのを怖がっているらしい。

 

久遠は自嘲するように短く笑い。

 

 

 

「もう、終わらせようぜ。【第一位】」

 

 

 

一方通行が冷静になってしまえば、戦闘はさらに長引いてしまうだろう。

久遠が殴るたびに敗北感を味わうような。そんな惨めな戦いが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから何度も一方通行を殴りつけたが、久遠はヤツを仕留め損なっていた。

 

全力で時間加速すればケリはつくはずなのに。

 

受けた傷はすべて、部分逆行で巻き戻れるのに。

 

もし、反射されたら。そんな情けない恐れが脳裏にこびりついて離れないのだ。

 

久遠は無表情で負傷を巻き戻していく。

対面にいる一方通行は足をガクガクと震えさせながら立ち上がり、奇声を上げて笑いだした。

ヤツは頭を両腕で抱え込み、狂ったような大声で叫び散らす。

 

 

 

「ク、クカカカカカカッ、そォか、そういうことかよッ。オマエがやってンのはァァァ!!」

 

 

 

ついにこちらの小細工に気づかれたらしい。

久遠は顔をしかめながら、一方通行を睨みつける。

ここで『反射』を再設定されたら、攻撃はさらに困難になってしまう。

 

 

 

「チッ」

 

 

 

一方通行にではなく、自分自身に向けた舌打ち。

 

何が闇の住人だ。何が【第四位】だ。

 

歪曲時計(ワールドクロック)】に頼りきった、情けない臆病者の分際で。

 

 

 

「スクラップの時間だぜェ、クソ野郎がァァァ!!」

「……嫌になるな、さらに人格が歪んじまいそうだ」

 

 

 

学園都市の230万人の中で、頂点とされた存在。

超能力者(レベル5)に至った二人の長時間に及ぶ泥仕合。

 

 

 

二人はお互いに捨て身の攻撃を繰り返し。

 

 

 

どちらも負傷して、何度も地面に叩きつけられる。

 

 

 

そして、ふと気がついた時には。

久遠は地面に膝をついて停止していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

解体途中だったはずの工場の跡地。

そこの敷地内のコンクリートは完全に破壊され、地面がむき出しになってしまっていた。

下を向いた視界の中。久遠は掘り返された地面を見つめながら身体の損傷を確認していく。

利き手は指が一本足りなくなっていて。わざわざ確認するまでもなく、腹部からは受けた打撃による激痛が伝わってきている。

 

 

それなら、部分逆行しないと。

 

 

そう思って演算しようとするが、何故か思考がぼんやりとしていて能力行使ができない。

それを不思議に思っていると、ポタポタと地面を濡らす赤黒い液体に気がついた。

 

 

血液。頭部からの出血。

 

 

そういえば、戦闘中に時間停止が間に合わなくて負傷したような気がする。

あまりの無様さに笑いが込み上げてくるが、それも腹部の激痛にかき消された。

ここまでボロボロな状態になったのは生まれて初めてだ。過去に垣根と殺しあった時ですら、能力が行使不能になるまで追いつめられたりはしなかったのに。

 

 

一方通行はどうなったんだろう。

 

 

何度も拳を当ててやったが、ちゃんとヤツを仕留めきれているのか。

重たい頭を持ち上げて、嫌になるほど遅い動作で周囲を見渡していく。

 

地面に仰向けに転がる白髪の少年。

 

死んでいるのか、意識を失っているだけなのか。

どちらにしても、ヤツに近づいて確認する必要がある。

 

全身が悲鳴を上げるが、なんとか立ち上がろうとして。

 

 

「ちょっと、何してんのよっ」

 

 

駆け寄ってきた誰かに押さえつけられた。

常盤台の制服に身を包んだ、仮初めの同盟相手。

 

 

「……み、さか」

「救急車呼んであるからじっとしてなさい。アンタ、能力使えないんでしょ?」

 

 

こちらを心配した様子で声をかけてくる御坂美琴。

邪魔だから、ここには近付くなと言ってあったはずなのに。

そこまで考えて、そんな場合じゃないと思い出す。

 

一方通行を仕留めないと。

ヤツを殺さないと、久遠は上層部に粛清されてしまうのだ。

 

御坂に説明している時間はない。

彼女を振り払おうとして。しかし、そんな力はどこにも残っていないことが判明した。

久遠の身体はふらついて、御坂に支えられるような体勢になる。

 

 

「……無茶しすぎなのよ、アンタは」

 

 

そんな御坂の泣きそうな声を聞いて、久遠は意識を手放してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

清潔そうな白色の天井。

久遠が目を覚ますと、最初に視界に入ってきたのがそれだった。

どうやら、ベッドか何かに寝かされているらしい。

寝ぼけた眼でしばらくそれを眺めていたが、やがて慌てたように起き上がる。

すでに上層部に拉致されていて、息のかかった研究施設に運ばれたのではないかと考えたからだ。

 

 

「ぐッ、痛っ、ッ」

 

 

腹部からの激痛に顔が歪む。

そういえば、部分逆行が行使できていないんだった。

 

『現在』を観測して、『過去』と照らし合わせながら巻き戻していく。

 

御坂は救急車とか言っていた気がするが、ここは本当に普通の病院なのだろうか。

カーテンに囲まれた空間に、無機質な白いベッド。

久遠が着せられている患者用らしき簡易な服と、身体に残っていた治療の痕跡。

 

 

「あなたは一体何をしているんですか、とミサカは問いかけます」

 

 

ふいに真横から少女の声が聞こえてきた。

久遠が驚いて視線をそちらに向けると、感情の感じられない瞳と目が合う。

御坂に良く似た少女。御坂美琴のクローン人間、『妹達』。

 

 

「……何って、傷を巻き戻してただけだよ」

「その発言がすでに異常なのですが、とミサカは呆れ顔で返答します」

「なぁ、こっちも聞きたいことがあるんだけど。いいか?」

 

 

どうぞ。と無表情で返されて、久遠は少し関心する。

乱雑に大量生産されたクローン人間でも日常会話は通じるらしい。

 

 

「ここ、普通の病院なのか?」

「それ以外の何に見えるのですか、とミサカは即答します」

「じゃあ、御坂はどこだ?」

「ミサカはここにいますよ、とミサカは【歪曲時計(ワールドクロック)】の知能指数の低さに配慮して優しく教えます」

 

 

一瞬、こいつを殺してやろうかと思ったが、ここが本当に病院なら面倒なことになるかもしれない。

額に大量の血管を浮かばせながら、久遠も優しく教えてやることにした。

 

 

「俺が言ってるのは御坂美琴のことだ。あと言葉には気をつけろよ。劣化クローン」

「お姉様なら、今は」

 

 

そこまで言って、クローンは言葉を止めた。

ドアを開けるような音が聞こえてきて、久遠を囲んでいたカーテンが開く。

 

 

「あっ、起きたみたいね?ってか、さっそく能力使ったでしょアンタ」

 

 

御坂美琴。

少し疲れが残っているようだが、口調はいつもの御坂に戻っていた。

呆れたようにこちらを見てくる御坂に、久遠は適当に返事をする。

 

 

「まぁな。俺は病院に来るのなんて初めてだし、そもそも医者なんて人種は信用してないんだよ」

「ホント、非常識なヤツね。知ってたけどさ」

「俺は非常識じゃない、みんなが非常識なんだ」

「あー、はいはい」

 

 

久遠の主張は、手をひらひらさせながら雑に流された。

御坂の普段通りの態度からして、彼女の抱えていた問題も解決したらしい。

御坂に預けていた携帯端末を返してもらい、そのまま時刻を確認する。現在の時刻は、一方通行と戦闘した翌日のお昼前。

 

 

「一階の購買でパン買ってきたけど、アンタも食べる?」

「せっかくだから貰ってやろうかな。俺、カツサンドとかがいい」

「図々しいわね。まぁ、今回は世話になったし好きなの選んでいいわよ」

 

 

御坂から渡されたビニール袋。どうやら何種類か買ってきたようだった。

久遠はベッドに行儀悪く座り、その中身を遠慮なく物色していく。

 

 

「……チッ、甘いヤツばっかりかよ」

「あん?空耳かしら、舌打ちみたいな音が聞こえたけど」

「使えねぇなぁ、俺はジャムパンでいいや。クローンはどうする?」

「ミサカはクリームパンに挑戦してみます。とミサカは宣言します」

「なんで買ってきた私が最後なのよっ!!」

 

 

御坂が吠えるが、久遠もクローンも無視してパンにかじりつく。

一緒にビニール袋に入っていた飲み物も物色して、緑茶を選択したあとで袋をクローンに手渡す。

 

 

「御坂、ここは病院らしいぞ。少しは落ち着けよ」

「では、ミサカはこのコーヒー牛乳なるものを選択してみます」

「アンタらねぇッ」

 

 

いつもの狂犬のように吠える御坂を見ていると、馬鹿な選択だったがそれも悪くなかったかもなと思えてきた。

やはり御坂は落ち込んでいるより、こうして馬鹿みたいに吠えているほうが似合っている。

それに久遠が無事だということは、ヤツはあの時死んでいたのだろう。

 

一方通行を殺害できて、万事解決。

 

久遠はまたダラダラしながら弱者を蹂躙する、そんな暗部生活に戻れるのだ。

当初の目的だった『絶対能力進化計画』も潰せたのだろうし、アレイスターの『プラン』もしばらくは様子見でいい。

 

第一候補(メインプラン)』が【第一位】を殺害した久遠になるのか、それとも序列【第二位】の垣根になるのか。

 

今は考えてもわからないが、二人とも一方通行みたいに上層部の言いなりになるような性格ではない。

仮に垣根が選ばれたとしても、それに対抗できる唯一の戦力として久遠の安全は保証されるはず。

 

御坂と組んでから色々と気苦労も多かったが、これからは気楽に過ごせそうだ。

久遠はジャムパンを食べきってから、緑茶に口をつける。

そうして喉を潤していると、なにやら御坂がクローンに話しかけているようだった。

 

 

「……コイツに実験のことは話したの?」

「いえ、【歪曲時計(ワールドクロック)】は先ほど目を覚ましたばかりなので」

「なら、説明してあげて。コイツが勝ちとった結果なんだからさ」

 

 

実験のその後について詳しく説明してくれるらしい。

クローンは御坂に頷いて返事をしてから、久遠の方を向いてきた。

 

 

「『実験』は【一方通行(アクセラレータ)】と【歪曲時計(ワールドクロック)】の戦闘の結果から中止に向かうことが決定しました、とミサカは報告します」

「そうか。俺に感謝しろよ、一生涯な」

 

 

予想通りの結果を告げてきたクローンに、久遠は笑顔で言葉を返す。

クローンは困惑したように沈黙したあとで、続けてこちらに問いかけてきた。

 

 

「しかしミサカ達は、一方通行に殺されるために造り出された実験動物です。現在はその目的もなくしてしまい、何をすればいいのかもわかりません。これからミサカ達は、どんな目的をもって生きて行けばいいのでしょうか?」

 

 

無表情の少女の口から、淡々と紡がれる質問。

久遠は考える素振りすら見せずに即答した。

 

 

 

「さぁ?そんなの自分で考えろよ」

 

 

 

そんな久遠の素っ気ない返答を聞いて、御坂が怒ったように睨みつけてくる。

彼女に向けて肩をすくめて、久遠は言葉を続けた。

 

 

「それでもわからなかったら、そこの『お姉様』に相談するといい」

 

 

自分のクローンに真っ直ぐ見つめられ、御坂は顔を赤らめて狼狽える。

久遠はそんな二人のやりとりを眺めながら、全く関係ないことをぼんやりと考えていた。

 

もし、久遠のクローンが二万体製造されていて。

そいつらに自分が『お兄様』とか呼ばれたりしたら。

 

全身に悪寒が襲いかかり、気分が悪くなってくる。

さらに続いて、一方通行や垣根のクローンも想像してしまった。

久遠が口を手で押さえてジャムパンを食べたことを後悔していると、御坂がこちらに向かって声をかけてくる。

 

 

「あ、忘れてた。アンタに謝らないといけないことがあるんだった」

「……手短にな、今は気分が優れないんだ」

「ちょ、ちょっと。何でいきなりリバースしそうな感じになってんのよっ」

「……いいから」

「ほ、ホントに大丈夫なのね?えっと、救急車呼んだあとに誤魔化しきれなくてさ、アンタが退院したら警備員に出頭する流れになっちゃったのよ」

 

 

一瞬、久遠の思考がフリーズする。

警備員に出頭。一方通行の殺人容疑でだろうか。

それなら馬場か博士に手を回して貰う必要があるかもしれない。

 

御坂は両手を合わせて、祈るような仕草で謝罪してきた。

 

 

超能力者(レベル5)同士のケンカってことになってるの。ホントにごめん。あとで何か埋め合わせはするから」

「……は?ケンカ?」

「うん。実験のことは話せないから、そうするしかなくて」

「それなら、一方通行は?」

 

 

御坂はヤツの名前を聞いて眉をひそめていたが、質問には答えてくれた。ヤツは、久遠とは別の病院に運ばれて行ったらしい。

 

つまり、久遠は一方通行を殺害できていない。

 

もはや警備員に出頭することなんて、どうでもよくなってしまった。

御坂とクローンはそれからも色々な情報を教えてくれたが、久遠はそれらを全て聞き流していく。

クローン達の身体の調整の話や、預け先の話などよりも考えなくてはならないことがある。

 

 

一方通行が生存してるなら、どうして『絶対能力進化計画』は凍結したのか。

 

反逆者である久遠は、どうしてこんな普通の病院でのんびりしていられるのか。

 

 

話しかけてくる二人に曖昧な返事をしながら、久遠は思考に沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あのあと、久遠は御坂達に別れを告げて。

出頭した警備員の詰所で厳重注意されている間もひたすら考え続けていたが、結局は何もわからないままだった。

 

ひたすらロボットのように同じ返事を繰り返すこと数時間。

 

ようやく解放された時には、時刻は昼から夕方に差し掛かっているようだった。

久遠は暗くなってきた街を歩きながら携帯端末を取り出して、誰に連絡するべきかを悩む。

 

所属する組織のリーダーである、博士か。

反逆者として同盟を組んだ、垣根か。

 

その場で立ち止まりしばらく迷ったあとで、久遠は博士に連絡をとることにした。

今の自分の立ち位置はどうなっているのか。その情報が一番欲しい。

ボタンを操作して携帯端末を耳に当てると、何故かコール音が鳴る前に即行で通話が繋がる。

 

 

 

 

 

「アリャリャ、どこに掛けるつもりなのかなっ?」

 

 

 

 

 

聞き覚えのある少女の声。

 

最近になって変更になった【メンバー】の仲介役の少女。

通話に割り込まれた。それはつまり久遠のことを監視していたということ。

かなり驚いたが、それを隠しながら軽口を叩くことにする。

 

 

「いや、俺が話したい相手は『ツンツン頭の老人』なんだけど。そんなに構って欲しかったのか?仲介役ちゃんは」

「アハッ、そーかもね。それでね、久遠くんに大事なお話があるんだけどー」

 

 

同じく軽い口調で返してくる仲介役の少女。

久遠は真剣な表情を浮かべて周囲を確認する。

 

 

 

 

 

さて、どんな話が飛びだしてくるのか。

 

 

 

 

 




次話から次章へ移ります。
中途半端な終わり方ですが、次話は食蜂との過去編になるかも。

リメイク後の新しい章が終わりましたが、反省点としていくつか。
戦闘シーンが苦手だったので気合い入れたんですが、それが空回りしてたかもしれません。
あとは御坂の落ち込んでる描写を書くのが苦手で、御坂妹を運んだあと戦場に向かうシーンをカットしちゃいました。
今後、御坂視点を描写するときに回想みたいな感じで入れるかもしれませんが。
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