とある科学の歪曲時計   作:割り箸戦隊

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第2話

 

久遠永聖は、学園都市で『置き去り(チャイルドエラー)』と呼ばれる捨て子のような存在である。

 

朧気ながら残っている記憶では父親はおらず。母親がいたような気がするが、顔も声もろくに覚えてはいない。

学園都市に捨てられて能力開発されたあと、彼は同じような境遇の置き去り達と専用の施設で暮らすことになる。

質素な食事に、シャワーは週に三回。部屋は窮屈な四人部屋。

そして毎日、研究施設に歩いて通う。

色々なルールに縛られた、刑務所のような自由のない生活。

それでも彼は仲間と共に、辛さを感じさせない楽しい時間を過ごしていた。

 

しばらくすると、彼は研究者から施設を出て、研究施設の一室で寝泊まりするように指示される。

 

彼が知らない家具がたくさん揃えられた綺麗な一室。

いつでも好きなことができる、自由な生活。

仲間達と離ればなれになるのは寂しかったが、指示に逆らうなんて発想がなかった彼はあっさりそれを受け入れた。

 

顔を合わせる機会の増えた研究者達は、彼に優しく接してくれて。

もし彼が親に捨てられていなかったら、こんな暮らしをしていたのかもしれないと思わせた。

 

研究施設の暮らしは想像以上に快適で、かつての貧しい暮らしには戻りたくない。

そんな風に考えが変わった頃に、彼は何かに違和感を感じ始める。

 

 

 

どうして、彼に対してだけ、研究者達は優しい笑顔を向けるのだろうか。

 

どうして、能力開発の時間が、仲間達と意図的にずらされているのだろうか。

 

どうして、研究者達は彼の発現した能力にしか興味を示さないのだろうか。

 

どうして、仲間達の姿を見かけることが、()()()()()()()()のだろうか。

 

 

 

もしも、彼が賢い子供だったなら。異変に気がついて仲間達と逃げることができたのかもしれない。

 

もしも、彼が強い子供だったなら。研究者達に抗議して、仲間達を救うことができたのかもしれない。

 

 

 

だけど、愚かで臆病な俺は、何もできなかったので。

 

 

 

彼が超能力者(レベル5)に到達した時、かつて一緒に暮らした仲間達は一人も生き残ってはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中学に入学する歳になって研究施設に暮らすのも終わり、彼は一人暮らしを始めることになる。

相変わらず研究施設に通う必要はあったが、これまで以上に贅沢な生活が許された。

 

莫大な能力研究の報酬金。

学園都市で名門と呼ばれる中学校に入学。

必要以上に設備の整った、高層マンションの一室。

 

とても置き去りとは思えない豪奢な生活が始まったが、彼の精神はとっくに壊れてしまっていた。

学園都市の置き去りがどんな目にあっているのかも知らずに、くだらないことで一喜一憂するクラスメイト達。

 

どうして、コイツらはこんなに楽しそうにしているのか。

 

どうして、俺はこんなところにいるのか。

 

彼は何をするのでもなく、学校に通い続ける。

 

俺はどこで間違えたのかと、どうすれば良かったのかと何度も何度も繰り返し考えながら。

 

彼は何をするのでもなく、研究施設に通い続ける。

 

俺はどうしてこんな思いをしないといけないのか。

 

誰かを犠牲にした能力(チカラ)なんて望んでなんかいなかったのに。

 

彼は何もすることなく、無気力に日々を過ごしていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな生活を何ヵ月か続けたある日。

学校の帰り道で、彼を見知らぬ人物が待ち構えていた。

逆立った白髪に、白衣を着た。研究者のような風貌の老人。

瞳を尋常でない狂気に染めた、マッドサイエンティスト。

 

こいつには、関わらない方がいい。

 

彼は瞬時にそう判断して、無視して帰り道を歩きだす。

うしろからついてきた老人は、彼の態度を気にもせずにゆったりと語りかけてきた。

 

老人は仲間から『博士』と呼ばれていること。

 

学園都市の闇で活動する、暗部組織のこと。

 

老人は暗部組織【メンバー】のリーダーを務めていること。

 

【メンバー】には現在欠員があって、新しい構成員を探していたこと。

 

そして、彼を構成員として勧誘するために、今日はここに訪れたこと。

 

 

もう、うんざりだった。

 

 

老人の話はどれもこれも、彼に不快感しか与えない。

無意識の内に苛立ってしまい、彼の超能力者(レベル5)に至った超能力が溢れだす。

 

周囲の空間が禍々しく()()()()()。極めて異質な能力発露。

彼はそのまま老人を恫喝して追い返すために振り返って。

 

 

その表情を見て動きが止まる。

 

 

彼のすべてを見透かすような。そんな顔。

それに気圧されて黙った彼に、老人が語りかけてくる。

 

 

 

「過去に執着した事柄を、完全に捨て去るのは難しい」

 

 

 

未熟な若者を導くように、ゆっくりと紡がれる言葉。

 

 

 

「私にも覚えがあるのだよ。あの頃は、無駄に時間を浪費させられたものだ」

 

 

 

今の彼には何もない。やりたいことも、成し遂げたいことも。 

 

 

 

「気づいてしまえば呆気ないものだったがな。それ以降、私は過去に執着することは止めたのだよ」

 

 

 

彼はいつの間にか、老人の言葉に引き込まれていた。

 

 

 

「過去は過去。簡単な話だったのだ」

 

 

 

この老人の話を聞けば、彼の何かが変われるのだろうか。 

 

 

 

「……時に、久遠少年」

 

 

 

何の色もない、無意味なこの日常は。

すべてを失って。無感動になってしまった、この心は。

 

 

 

 

 

「君は、かつての仲間達の姿を覚えているのかね?」 

 

 

 

 

 

彼は記憶をたどり、仲間達の()()()()()()姿()しか思い出せないことに気がついて。

 

すべては終わってしまったことなんだと気がついて。

 

自分の心は、もうとっくに歪んでしまったのだと気がついて。

 

久しぶりに、心の底から大声を出して笑ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

木山が警備員に拘束されて、連れ去られたあと。

久遠達の事情聴取は遅れに遅れていた。

現場は連続して行われた戦闘の影響で戦場跡のようになってしまっており、警備員はほとんどの人員を被害確認のために割り当てているからである。

 

久遠は警備員の車両に体を預けながら、ただひたすらに待機していた。

御坂は何やら考え事をしているらしく、ずっと悩ましげな顔でうつむいている。

木山が別れ際になにやら意味深なことを言っていたようだし、御坂にも何か抱え込んでいるものがあるのかもしれない。

 

そして二人はしばらく沈黙していたのだが、いきなり出現したツインテールの風紀委員(ジャッジメント)が御坂に飛びかかり、襲いかかっていった。

久遠には発情しているようにしか見えなかったが、ツインテールは御坂のことを心配していたのだとか。

 

常盤台の学生服を着たツインテールはこちらが全く視界に入っていないようだったが、ようやく存在に気づいてくれたらしい。

彼女は同僚らしき『頭に花を飾り着けた狂人』を帰らせたあとで久遠の方を見ると、怪訝な表情で口を開いた。

 

 

「ところでお姉様。こちらの殿方はどなたですの?」

「『噂』の【第四位】らしいわよ」

「……こちらの殿方が?」

 

 

久遠を見ながら会話を始めた二人の少女。

何故か御坂の声は棘があるような感じだった。

どちらも不審者を見るような目付きで非常に不愉快だったので、久遠は仕方なく自己紹介を始めることにする。

 

 

「俺は久遠永聖、長点上機学園の一年生。よろしくね」

「は、はぁ。えっと、わたくしは白井黒子(しらいくろこ)と申しますの」

 

 

それにしても、ツインテールの反応は明らかにおかしい。

彼女の雰囲気はまるで困惑しているような、こちらを探っているような。

 

 

「……『噂』とは随分イメージが違いますが」

「どんな噂か知らないけど、俺はいつもこんな感じだよ」

 

 

さらりと嘘をついて、朗らかに笑いかける。

白井は諦めたように息を吐くと、すっと雰囲気を切り換えてきた。

真面目な警察官のような眼差し。

風紀委員は学生による治安維持組織。つまり、これが彼女の職務中の顔らしい。

 

 

「貴方はどうしてこんな所にいるんですの?」

「近くを散歩してたんだけど、女の子が化け物と戦ってるのが見えたからさ。助太刀しようと思ったんだ」

「……べつに、アンタの手助けなんていらなかったわよ」

「あの化け物が原子力実験炉の目前だったから、俺も慌ててたんだよ」

 

 

御坂が拗ねたように割り込んでくる。

彼女の説明によると、無限に再生しているように見えた化け物はすでに再生機能を失っていたのだとか。

なんでも『幻想御手』をアンインストールするプログラムとやらによって。

つまり要するに、最後のトドメを久遠がかっさらってしまったということらしい。

自分のあまりの空気の読めなさに笑っていると、御坂が軽くツッコミをいれてきた。

 

 

「何いきなり爆笑してんのよっ」

「ごめん、ごめん。なんか笑えたからさ」

 

 

女の子を助太刀するなんて暗部らしくない任務になってしまったが、こんなオチがつくとは。

でも、それなら御坂にはちょっと悪いことをしたかもしれない。

それは苦戦させられた相手を消し飛ばす爽快感を、久遠が奪ってしまったということなのだから。

 

 

「……これで許してくれない?」

「なッ、どこ触ってんのよッ!?」

 

 

久遠は御坂の制服の上下に順番に触れていく。

スカートを触った時に激昂した御坂を宥めていると、白井が何をしたのかに気づいたようで、目を見開いて驚愕していた。

 

 

「お、お姉様。制服の汚れが」

「あ、アレ?なんで?」

 

 

『巻き戻した』時間は御坂の戦闘開始前。

新品同然にもやろうと思えばできるが、演算が面倒なのでこれで勘弁して欲しい。

一応、彼女達に捕捉で説明をしておいた方がよさそうだ。

 

 

「巻き戻しておいたよ。身体の傷も戻してあげたいけど、『記憶』とかも巻き戻っちゃうから諦めてくれ」

「……へぇ、【歪曲時計(ワールドクロック)】。名前の通りって訳ね」

「ま、まさかとは思いますが、時間操作系の能力なんですの?」

「そうだよ。速度操作系とよく間違われるけどね」

 

 

白井は相変わらず驚いているようだったが、御坂はなにやら顔を伏せて考え込んでいるようで。

それをぼんやりと眺めていると、彼女は顔を上げて決心したように語りだした。

 

 

「アンタに協力して欲しいことがあるの」

 

 

御坂によると、木山の目的は植物状態になって眠り続ける教え子を目覚めさせることだったらしい。

その教え子達を【歪曲時計(ワールドクロック)】で『巻き戻して』欲しい。それが御坂の頼みだった。

 

 

「アンタが事件に関わったのは偶然かもしれないけど、木山の教え子達を救ってあげてくれないかしら」

 

 

真剣な表情で頼んでくる御坂。

彼女の話の途中から、頼まれる内容をなんとなく予想していた久遠は、すでに決まっていた返事をすることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから数時間後。

久遠はやっと事情聴取から解放されて、帰路についていた。

暗くなってきた景色の中を携帯端末で会話をしながら、自宅のマンションに向かって行く。

 

 

「で、介入する意味なかったらしくてさぁ」

「それは災難でしたね」

「警備員もダラダラと仕事しやがって、ぶっ殺してやりたかったよ」

「……久遠君が言うと冗談に聞こえませんが」

 

 

通話の相手は、久遠と同じ【メンバー】の構成員の査楽(さらく)

査楽は今回の任務は不参加だったため、雑談がてらに情報共有を行っているのだった。

それから査楽は一通りこちらの話を聞いたあと、妙なことを言い始める。

 

 

「ですが今回の任務は少々、羨ましいですね」

「……なんで?面倒なだけじゃん」

「あの【超電磁砲(レールガン)】と友好を深めたんですよね。連絡先まで手に入れられるなんて、最高じゃないですか」

 

 

査楽はミーハーなアイドルオタクなので、学園都市の広報CMなどに出演している御坂もそういう対象らしかった。

久遠にはまったくわからない感情だったので、自然と冷めた対応になってしまう。

 

 

「俺はそんなにいい女じゃないと思うけどね」

「女ではなく、美少女ですよ」

「査楽は貧乳が好きなのか」

「年齢を考えれば普通ではないですか?何より、常盤台中学は『学舎の園(まなびやのその)』のお嬢様達の代表と言っても過言ではない名門校。その内面の高潔さやあふれでる気品は他の追随を許さない、尊いもので」

「もういい、やめてくれ。俺が間違ってたから」

 

 

めんどくさいテンションになった査楽を黙らせて、久遠は深いため息をつく。

やはり、【メンバー】の中でも常識人は久遠だけだった。

いつも、いつも久遠が苦労する役回り。常々、こいつらを皆殺しにしてやりたいと思っている。

 

 

「それに連絡先もそういう流れで交換した訳じゃないしな」

「いつものように偽りの人格で騙して弄ぶためではないんですか?」

「お前、あとでバラバラにするわ。なんか俺の能力を使いたいんだって、すぐに断ったけどしつこくてさぁ」

「じょ、冗談です、僕に他意はありません」

「俺は冗談が大嫌いなんだ。この世で一番な」

 

 

急いで命乞いを始める査楽を無視して通話を切る。

世間の常識の一つ。言って良い冗談と悪い冗談がある。

アホの査楽はそんなことも知らなかったらしい。

 

査楽と会話している間に自宅が見えるところまで来たので、携帯端末をポケットにしまおうとした時、再び着信があった。

相手はもう一人の【メンバー】の構成員である、馬場(ばば)

馬場は拘束された木山の後始末を担当していたはずだが、もう仕事は終わったんだろうか。

なんにせよ、今からやるべきことは決まっている。

 

 

 

「……やっぱ面倒だし、明日でいいか」

 

 

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