とある病院の敷地内。
そこの病棟に続く道は造園業者に手入れされた様々な種類の植木が配置され、並木道のような穏やかな雰囲気に包まれている。
木々から漏れる午前の陽射しに照らされた、二人の少女達。
その内の一人。金髪碧眼の少女が目的地の病棟を見上げながら、心底嫌そうな叫び声をあげた。
「ぬぁァーーーっ。もぉーっ、行きたくなーいっ!!」
「でも、フレンダ。ある程度は宥めておかないと超激昂した状態で復帰してくる可能性がありますので」
「話しかけても痛い目みるだけじゃないっ。結局、絹旗は【
「……それはフレンダが超不適切な発言や行動を繰り返すからだと思いますが」
もう一人のショートヘアの少女。絹旗が上着のポケットに両手を入れたまま落ち着かせようとするが、フレンダはどうしても納得がいかないらしい。
頭を抱えてひたすら駄々をこねる同僚を見つめながら、絹旗はことの発端を思い返していく。
先日、彼女達の所属する暗部組織である【アイテム】に与えられた防衛任務。
序盤こそ正規構成員の四人で作戦通りに遂行していたが、最終的に防衛していた施設は破壊されてしまい、さらには構成員の四人全員が戦闘不能に追い込まれてしまったのだ。
ここにいる絹旗とフレンダは気を失っているだけだったので下部組織の人間に運ばれた拠点で目を覚ますことができたが、残りの二人はそうはいかなかった。
滝壺は無茶な能力行使を続けたために昏睡状態に陥ってしまい。彼女は昨晩ようやく意識が戻ったが、しばらくの間は能力の使用を禁じられた絶対安静の状態。
そして、【アイテム】のリーダーである麦野はというと。
「結局、まともに会話が成立しないってのにお見舞いなんて意味ある訳?どうせ怒鳴り散らしてるか鬼の形相で黙ってるかの二択でしょ」
「それはそうかもしれませんが。麦野の機嫌を直しておかないとあとで超後悔するのはフレンダですよ」
「どうして、いっつも私が麦野にぶん殴られないといけないのよっ。絹旗も一度くらいはあのゴリラみたいなパワーを体感してみなさいって訳ッ!!」
ついに目を吊り上げて当たり散らし始めた同僚の姿に溜め息をついて、絹旗は構わずに目的地へ向かって歩みを進めることにした。
担当医の話によると、麦野は学園都市の医療技術でも退院までに一週間は要するそうだ。彼女は左手の粉砕骨折、脳挫傷に全身打撲、他にも骨折やら捻挫など数えるのも嫌になるほどの負傷を抱えてしまっている。
先日の任務で敵対した謎の襲撃者。
あの時の状況から考えて、下手人は絹旗も対峙したフードの男。
こうして思い返してみても、全く理解できない彼の能力。絶対に、あれは【肉体強化】なんてありふれた能力ではない。
銃撃すら自動防御で完璧に防ぎきる。そんな【
もっとも不可解なのは絹旗が痛みで気を失う直前。【
絹旗は脳内でそれが可能な能力を検索するが、何度考えても正解に辿り着けそうにはなかった。
二人は病棟の入り口である自動ドアを通過し、ロビーにある受付に向かって行く。
麦野のお見舞いに来るのはこれで三度目だが、先ほどフレンダが言っていた通りまともに会話はできていない。
洒落にならないレベルの負傷をしているのにも関わらず、麦野は誰かにブチギレ続けているようなのだ。
まぁ、十中八九あのフードの男になのだろうが。
そこまで考えて、絹旗は再び深い溜め息を一つ。
麦野がもう少し落ち着いていたのなら、フードの男の能力について何か判明していないか尋ねたかったのに。
先日の依頼内容では襲撃者の詮索は禁止されている。
だが、
滝壺も任務に復帰するのは時間が掛かるだろうし、現在は他にできることもないのだ。
絹旗は脳内でつらつらと言い訳を並べながら、未知の能力に対する考察に頭を悩ませていく。
それはきっと、次こそは仲間を守りたいと思っているから。
絹旗最愛。彼女は無自覚ではあるが、暗部組織に所属していながらも仲間を大切にする心を持った少女であった。
垣根と情報交換をした翌日。
鏡の部屋で一夜を明かした久遠は、そのまま『17拠点』の無駄に高級そうなソファーで仮眠をとることにした。
しばらくすると部屋のドアが開く音と共に馬場が現れたので、依頼していた『窓のないビルへの行き方』の報告を聞かせてもらうことになる。
「最初に結論を言っておくけどな。『窓のないビル』に関する情報なんてのは、ほとんどガセネタだ。噂好きな連中が好き勝手に言いふらすせいで、正しい情報があるのかどうかすらわからない」
「ふぁーぁ。あー、そうなんだ」
「しかも何故かオカルトめいた噂が多いんだよ。『窓のないビル』はそもそも『ビル』じゃない、僕たちが『ビル』だと思っているのは全く関係ない『ナニカ』だ。なんてのもあったな」
「へー、そうか」
「これでもかなり調べてみたんだけど、『窓のないビル』の行き方についても似たようなもんだった。そもそも行き方なんてない、入り口はこの世には存在しない、『虚数学区』に鍵がある。って感じでね」
「んー。なら、なにもわかってないってことか?」
久遠は眠たそうに目蓋を擦りながら問いかけた。
大きな欠伸を隠しもせず。硬直した身体を伸ばしていると、馬場がこちらに情報端末の画面を向けていることに気がつく。
「……それは?」
「他の情報は論外だから消去法なんだけどな、これはそこまでぶっ飛んでないんだ。オマエがどう判断するかは知らないけど」
久遠は画面を確認して、表示された文章をそのまま読み上げた。
「へぇ。『窓のないビル』には
「その案内人って呼ばれてるヤツが本当に人間なのかすら不明だけどね。もし能力者のことなら、それが可能なヤツはかなり絞り込める」
「なるほどね。普通に考えたら案内人は【
久遠が学園都市唯一の時間操作系の能力者であるように、能力の種類によって発現した能力者の人口は異なる。
査楽や白井が分類されている空間移動系の能力者は、学園都市に数十人しか存在しないのだ。
そして自身の重量を越える物質を移動できる者はその時点でレベル4と認定されるので、さらに案内人候補を絞り込むことができるだろう。
「次は【
「頼んだ。いやぁ、さっすが馬場ちゃんだぜ」
「……その気色悪い呼び方はやめろ」
久遠の心からの称賛に馬場は感動を隠せないようだった。
ともかく馬場にリストを作成してもらったら案内人候補を調査していくか。そんなことを考えていると、カタカタと情報端末を操作していた馬場が引き続き報告を行ってくる。
「あとは、アレイスターの正体が本当に美少女なのかを確認してるんだけど、こっちがかなり難航してるんだ」
「ふーん」
「男だとも女だとも言われてるし、老人だとも子供だとも言われてる。確定情報なんてないし、報告が遅れたのはこっちがなかなか進まないからなんだよな」
「……は?なぁ、ちょっと待ってくれ。案内人のことはいつ頃に判明したんだ?」
「ん?初日だけど?」
「は、はァぁぁーーーーーッ!?」
突然の大声に馬場はビクリと肩を震わせる。
このアホは久遠がふざけて提唱した『アレイスター美少女説』を信じて時間を無駄に浪費し続けたらしい。
久遠は眉間にシワを寄せて、眼前の醜悪な小太りに吐き捨てた。
「チッ、ブタ野郎が。アレイスターが美少女な訳ないだろうが」
「なっ、オマエが最初に言い出したんだろッ!!」
「バーカ、冗談を真に受けるなよ。そんなことは天地が逆さまになってもあり得ないんだ」
そして久遠は馬場を冷めた瞳で見下して、堂々たる姿で宣言する。
「ハッ、もしもアレイスターが美少女だったんなら、俺は全裸で『学舎の園』に突撃してやってもいいぜ?」
これから数ヶ月後。
久遠は『とある銀髪の美少女』に何度もこの宣言を持ち出され、心の底から後悔することになる。
時刻は昼過ぎ。
馬場にリストの作成を依頼して『17拠点』をあとにした久遠は、久方ぶりに連絡があった少女との待ち合わせ場所に急いでいた。
目的地は第七学区にある、場違いなほどにお洒落な雰囲気のカフェ。
何ヵ月か前までは常連客といっていいほどに通っていた店だが、思えば彼女と仲違いしてからは一切顔を出していなかった。
到着した久遠が豪奢な扉を開け放つと、まるで本職のように完璧な仕草でメイド服の店員が迎えてくれる。
久遠は待ち合わせ相手の名前を伝えるが、どうやら彼女はすでにこちらを待っているらしい。
店員に案内されながら、久遠はゆっくりと店内を見渡していくことにした。お洒落な内装も雰囲気も相変わらずで、それに懐かしさすら感じてしまう。
そうして歩いていると待ち合わせ相手の姿が見えてきたので、久遠はさっそくとばかりに声をかけた。
「よっ、久しぶりだな。ちょっと待たせたか?」
「ちょっとどころじゃないけどぉー。まぁ、アナタが時間を守らないのは今に始まったことじゃないしねぇ」
「お前が早く来すぎなんだよ。まだ約束の五分前くらいだろ」
常盤台の制服に身を包んだ金髪の少女。食蜂操祈。
操祈は先に注文を済ませていたようで、テーブルの上には既に紅茶と食べかけのケーキが置かれていた。
久遠は彼女の向かいの席に座り、側に控えていた店員にアイスコーヒーを注文する。
店員が去っていくのをなんとなく見つめていると、対面の操祈はむくれながら指を突きつけてきた。
「私より遅れたならその時点でギルティなんだゾ☆」
「そのワガママっぷりは相変わらずだな。で、話って何だよ」
「その前に、アナタは私に謝らないといけないコトがあるんじゃないかしらぁ?」
「いや、ないと思うけど」
久遠が真顔で即答すると、操祈は目を細めながら睨みつけてくる。
あの屋上で口喧嘩になってしまった日。あれから二人の関係は完全なる冷戦状態になってしまっていた。
操祈の取り巻きである『縦ロールの少女』。彼女が必死に頼んできたこともあり久遠は何度か連絡を取ろうと試みたのだが、ムキになった操祈はそれらを全て拒絶してきたのだ。
二人がお互いに譲らず睨み合っていると、注文したアイスコーヒーがテーブルに運ばれてくる。
「ありがと。キミ、すっごい可愛いね。彼氏とかいるの?」
「は、はい?あの、えっと?」
なんだか腹が立ってきたので、目の前で他の女に声をかけてやることにした。以前は怒らせてしまうので絶対にやらないように気をつけていたが、もうそんなことは関係ない。
店員は段々と機嫌が悪くなっていく操祈にチラリと視線を向けると、気まずそうに頭を下げて逃げ去っていった。
『未来』からの警告。
どうやら操祈は久遠の足を踏もうとしたみたいだが、当然のように時間停止がそれを阻止する。
そして再び睨み合った二人は沈黙し、店内に流されていたクラシックの演奏だけが空気を震わせていた。
しばらく黙っていると、ついに怒りを通り越してしまったのか。操祈は目を伏せて徐々に寂しそうな表情に変化していく。
そんな姿を見せられてしまうと流石に心が痛んできたので、久遠は優しい声色を意識しながら会話を再開してやることにした。
「何を謝って欲しいのかは知らないけどさ。不満があるなら口に出して言ってくれよ」
「そんなの、わかりきったことでしょぉ」
「あの時の話ならケリがついただろ?どうしても許せないなら付き合うのはやめようって」
「……イヤ」
「でも、操祈はそれに納得してたはずだよな。最近になって何かあったのか?」
またしても沈黙。
やがて操祈はテーブルに視線を向けたままで、ポツリと静かに呟いた。
「……御坂さんとは仲良くしてる癖に」
御坂。その名前を聞いて久遠は大体の事情を察する。
以前から操祈は御坂に敵対心を抱いているようだったし、御坂と一緒に行動していた時のことを知られてしまったのかもしれない。
だが、別に御坂とはそういう関係ではないし、そのまま伝えてやれば誤解は解けるだろう。
というか、そもそも久遠と操祈も交際している訳ではないので、そんな義理もないのだが。
「なんか誤解があるみたいだけど、俺と御坂はそんな関係じゃないからな」
「……それなら、二人はどんな関係なのかしらぁ?」
「どんなって、ただの知り合いだけど」
「……ふぅん。相変わらず虚言力だけは高いようねぇ。二人で隠れて『こーんなコト』してる癖にぃ」
操祈はそう言うと一枚の写真をテーブルの上に乗せた。
そのままこちらに滑らせてきたので、久遠はつられて視線を写真に向ける。
「は?」
それは、おそらく御坂との協力関係が終わった日の光景。
黒色のパーカーを着た久遠と、そのすぐ後ろを歩く御坂の姿。
背景には拠点にしていたホテルの看板がバッチリ写っていて、久遠にからかわれた御坂は顔を真っ赤に染めている。
久遠は芸能人のスキャンダルのような一枚に思わず絶句してしまい。その様子をじっと眺めていた操祈が、絶対零度の瞳で語りだした。
「どーぉ?驚いたかしらぁ。ウチの派閥の子達に『記憶を念写する能力者』がいるから、お願いしてみたんだけどぉー」
「いや、これは」
「んー?声が小さくてよく聞こえないわねぇ」
「本当に何もないんだって。ここも別の目的で利用しただけで」
「そんな大嘘は信じられないっていうかぁー」
もう操祈は何を言っても聞いてくれなさそうだ。
それに御坂とは何もないが、他の女の子とは何度も一線を越えてしまっているのだから似たようなものか。
「あっそ。お前がそう思うんならそれでいいや」
「永聖はぁ、私といるときは一緒に御坂さんを悪く言ってたのにぃー」
「御坂を庇ったりすると機嫌悪くなるヤツがいたからな」
「どうかしらねぇ。どうせ御坂さんと一緒にいるときは、私の悪口を言ってるんでしょぉ?」
「お前の話題が出たことなんてないよ。少し自意識過剰なんじゃないか?」
久遠が諦めて適当に返事をしていると、またしても操祈は怒りが沸いてきたらしい。
彼女はテーブルを指でトントンと叩きながら、苛つきを隠さずに言い放った。
「もういいわぁ。どう考えてもアナタに更生する余地はなさそうだしぃー。私の天才力で完全に支配してあげるから」
「お前の【
「えぇ、それが困っちゃうのよねぇー」
操祈はテーブルに置かれたいつものカバンに手を入れると、テレビのリモコンらしきものを取り出した。
今まで試したことはないが、御坂が完全に防げる程度の能力行使で時間停止を破れるとは思えない。
一体、何を考えてるのやら。久遠が眉をひそめていると、操祈はリモコンを弄びながらささやいた。
「まぁ、それは仮に
『未来』からの警告。
周囲を時間停止しても消えない、直接体内に割り込んでくるような感覚。
「チッ、【
それを理解した瞬間、即座に時間加速して回避する。
先ほどまで久遠が居た位置に突然現れたスプーンやフォークなどの食器類。
それを確認した久遠が操祈の方を睨みつけると、彼女の隣にはいつの間にか常盤台の制服を着た少女が現れていた。
「じゃあ、限界まで頑張ってねぇ。永聖」
それを言い終えると、その少女が【
久遠はとりあえず店から出ようとして、目の前の光景に再び舌打ちをした。
「くそッ、準備万端ってことかよ」
感情のない瞳で久遠を見る人々。
店内は店員から他の客に至るまで【