とある科学の歪曲時計   作:割り箸戦隊

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第21話

 

その質問は、かつて何の気なしに読んだ少年漫画で見たものだったと思う。

 

『……貴方の望みは何ですか?』

 

あの漫画の主人公は旅の途中に立ち寄った街の路地裏で、占い師の少女にそう尋ねられていた。そして彼を試すような眼差しで見つめる占い師に、主人公は何と答えを返していたのだったか。

こうして思い出せないということは、彼の願望は印象に残らないありふれたものだったのかもしれない。

 

では、もしも、その質問をされたのが俺だったとしたら。

 

きっと、その質問に対する答えは千差万別で。人それぞれに違う願望があるはずだ。

性別、性格、環境。人は他にも沢山の数えきれない違いがあって、全てが一致する人なんて存在しないのだから。

 

それなら、俺が抱く願望とは何なのか。

 

この街に来た頃は、ごく普通の暖かい暮らしを望んでいた。

無気力だった頃は、愚かにも以前の生活に戻りたいなんて願っていたかもしれない。

 

そして、今は。

 

 

「……ハッ、くだらない感傷だな」

 

 

昼間にも関わらず薄暗い路地裏で、膝に手をついた一人の少年。久遠永聖は自嘲するように吐き捨てて、激しく乱れてしまった呼吸を整えていく。

それは、吐き気がするくらいに女々しい感傷だった。今更そんなことを考えても、何の意味もないというのに。

 

『未来』からの警告。

 

本日、何度目かもわからない時間加速を行使して、久遠は逃げるように路地裏を走りだした。

脳裏にこびりついた無意味な質問。それに対する答えを、寂しそうに呟きながら。

 

 

「……俺は、あの夢を諦めたくなかったんだ」

 

 

久遠の煩悩が無意識の内に犯してしまった罪。

複数の女性と性的な関係を持ちたい。そんな純粋すぎる願望が、こんなにも悲しい結末を迎えてしまうなんて。

 

誰かの幸せは、他の誰かの幸せに繋がるとは限らない。

 

久遠は悔しそうに瞳を閉じて。そんな当たり前のことを噛み締めていく。

だが、覆水は盆に返らない。もうすでに賽は投げられてしまっているのだから。

 

 

 

「……アノー、なんかシリアスに浸ってるところ悪いんだけど」

 

 

 

久遠が黙々と思考に耽っていると、耳に装着された『黒いピアス』から少女の声が聞こえてくる。

このピアスは【歪曲時計(ワールドクロック)】の時間加速発動時でも会話を可能とする博士の発明品の一つ。

博士から聞かされた説明によると、会話の中から言葉を保存し【歪曲時計(ワールドクロック)】に合わせて高速再生する仕組みだそうだが、あまりにもラグが酷すぎるので滅多に使用はされていない。

作成者の博士ですら久遠への連絡に携帯端末を使用するほどの欠陥品なのだが、緊急時の連絡手段としてなら役に立つこともあったりなかったりする。

 

 

「ん、急にどうしたんだ?仲介役ちゃん」

「……イヤイヤ、それはこっちのセリフだからね。なんでイキナリ常盤台の生徒達に襲われちゃってるのかなっ?」

「俺も困ってるんだけどさぁ。これがモテる男の宿命ってヤツなんだよな」

「……ネェ、ちゃんと説明しよ?どうせ女の子絡みなんだろうけどさ」

「ただのヤキモチだよ。どうしても俺に構って欲しいんだって」

 

 

久遠がいつも通りに緊張感のない声で返事をすると、仲介役の少女が大きな溜め息をついたのが通信越しでもわかった。

こうして二人が会話している間も様々な投擲物などがこちらに襲いかかってきているのだが、その程度の攻撃で時間停止を破れるはずもなく。

 

 

「……エットー、ぶっちゃけダイジョブなのかな?それともピンチだったりする?」

「まぁ、この程度なら余裕かな。【空間移動(テレポーター)】が少し面倒だけど」

「……ソッカ、ならいいけど。ジャア、また私からお話があるんだけどいいかな?」

「あぁ、別にいいよ。あ、でもラグが酷いから手短に頼む」

 

「……ウン。アノネ、お話は久遠くんの私生活についてなんだけど。ぶっちゃけ私が監視してる期間だけでも不特定多数の女の子といかがわしいコトしてるっしょ?で、チョチョットそれはどうなのかなーって思ったんだよね。だって、久遠くんは暗部に所属してる『闇の住人』なわけでー。あんな表の世界でヌクヌクと生活してる女の子とは話が合わないんじゃないかなっ?となるとヤッパリ、その辺りをちゃんと理解してる女の子を選ぶべきでしょ。それで久遠くんはーーー」

 

「そ、そうかもな」

 

 

久遠は唐突に始まってしまったマシンガントークに顔をひきつらせる。

以前にも彼女はこの状態になっていたが、これは一体なんのつもりなのだろうか。まるで久遠のことを心配しているかのような、意図のわからない親しげな雰囲気。

そして久遠は止まる気配のない仲介役の話を聞き流すことに決めて、これからの方針について真面目に思考していく。

 

正直に言って、【心理掌握(メンタルアウト)】で操られている奴らを行動不能にするのは容易い。だが、あっさりと撃退して決着をつけてしまえば、操祈は更に手段を選ばない行動に出る可能性もある。

ここはやはり、操祈の癇癪にある程度付き合ってやるのがいいだろうか。そして彼女が落ち着いてきたら、もう一度だけ話をしに行こう。

 

久遠はそんな甘っちょろい判断を下して『とある方向』に視線を向けた。何の根拠もないのだが、彼女はあの場所で待ってるような気がしたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第七学区で、最近評判になっているというケーキ屋さん。

そこでオススメと書かれていた中からチョコレートケーキを注文した美琴は、目の前の光景を優しげな表情で眺めていた。

美琴が居るのは店内に設置されていた飲食スペース。そして向かいの座席にふてぶてしい表情で座るのは、自分とそっくりな見た目の少女。美琴の『妹達』の一人。

彼女はオススメされていたケーキを欲張って三種類も注文している癖に、通な美食家ぶって味を批評していくのが微笑ましい。

 

 

「総じて、ここのケーキはなかなかに美味でした。と、ミサカは正当な評価を下します」

「はいはい。良かったわね」

 

 

そして、全てを完食した『妹達』はスカートのポケットから小さな手帳を取りだすと、そこに何かを熱心に書き込んでいく。

『妹達』は一万人を越える人数で脳波をリンクさせる『ミサカネットワーク』を形成し記憶を共有しているので、メモ帳なんて使わなくても良さそうに思えるが。

 

 

「……ねぇ。それ、どうしたのよ?」

「はい?この手帳のことでしょうか。と、ミサカは問いを返します」

「うん。ミサカネットがあるならメモなんて必要なさそうだけど」

「……そもそもミサカ達のネットワークは全ての情報を共有している訳ではありません。それを共有するかどうかは各個体が判断することですから。と、ミサカは丁寧に解説します」

「ふぅん。ならさ、そのメモはそんなに重要じゃないってこと?」

「……そういう訳ではないのですが」

 

 

そう言うと、彼女は下を向いて黙り込んでしまった。

その様子は落ち込んでいるという訳ではなく、どうやら何かを考え込んでいるように見える。

 

 

「……これは、ミサカが個人的な目的で記録しているものですので。と、ミサカは正直に暴露します」

「ん?よくわからないけど、アンタも随分熱心よね。この店のことも色々と調べてたみたいだし」

 

 

そう言って、美琴は二人でこの場所に来ることになった経緯を思い返していく。

 

美琴が遺伝子マップを提供してから後発で作られたクローン人間の『妹達』。彼女達が美琴と変わらない年頃の外見をしているのは、様々な薬物を投与することで急速な成長を促しているから。

そんな研究者達の人権を無視した行為によって課せられた短命な寿命を少しでも伸ばすために、現在『妹達』はお世話になっているカエル顔の医者に紹介された研究施設にて、ホルモンバランスなどの体の調整を行っているのだった。

 

そして今日は、目の前に座る彼女の調整が一区切りついたところ。

一万人の『妹達』全員の面倒を見るのは流石に不可能だが、彼女は生存している『妹達』の中でも唯一面識がある個体であった。

あの日、美琴がホテルに運んだ個体であり、久遠の運ばれた病室にも付き添っていた『妹達』。

 

一応は顔見知りなんだし。そんな軽い退院祝いみたいなつもりで美琴が研究施設に顔を出すと、彼女はいつも通りの無表情でこの店に行ってみたいと主張してきたのだ。

 

 

「いえ。この店は彼に教えて貰いました。と、ミサカは説明します」

「……彼って、まさかアイツのこと?」

「はい。【歪曲時計(ワールドクロック)】にクリームパンが美味だったと伝えたところ、いくつかオススメの甘味処を紹介してくれたのです。と、ミサカは説明に適切な補足をします」

「へぇ。それはちょっと意外かも」

 

 

美琴はあの変人の顔を思い出して、意地の悪い笑顔を浮かべる。

彼は『妹達』に素っ気ない態度ばかり取っているように見えていたが、美琴が席を外している時にはちゃんと接していたようだった。

ホント、素直じゃないヤツなんだから。美琴はそんなことを考えながら、『妹達』との会話を続けていく。

 

 

「ならさ、次はアイツに連れてって貰ったらどうかしら?」

「……残念ですが、それは難しいかと思われます。と、ミサカは肩を落として嘆息します」

「え、なんでよ?この店もアイツが紹介してきたんでしょ?」

「……その時にミサカも頼んでみたのですが」

「……はぁ、私から言っといてあげるわよ。紹介したんならちゃんと責任持ちなさいってね」

 

 

あの極めつけの変人は期待させるだけさせておいて、あとは放ったらかしにしているらしい。

これはおそらくだが、『妹達』の個人的なメモというのも彼と行った時のことを考えてつけているのだろう。

まったく、少し見直したと思ったらコレなのか。『妹達』の曇ってしまった表情を見ていると、段々と怒りすら沸いてくる。

 

 

 

「『俺はモテモテだからさぁ、そういうのは自然と順番待ちになるんだけど。どうしても貧乳は後回しになっちゃうんだよなぁ』と彼は発言していました。と、ミサカは包み隠さずに密告します」

「へぇー、そうなんだ」

 

 

 

よし、殺そう。

御坂美琴(貧乳)は笑顔でドス黒い殺意を滾らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は夕暮れ。

学園都市の街並みを徐々に暗闇が支配していく中で、食蜂操祈はとある屋上のフェンスにもたれかかっていた。

かつて彼に連れてこられたこの場所は相変わらず立ち入り禁止のままで、考え事をするにはちょうどいい。

操祈が腕を軽く組んでコンクリートの足下を見つめ続けていると、やがてコツコツと誰かが近づいてくる足音が聞こえてきた。

 

でも、顔を上げてやる気はない。こんな立ち入り禁止の屋上に訪れた人物が誰かなんて、すでにわかりきっているのだから。

そうして無視を決め込んだ操祈の正面にゆっくりと歩いて来ると、その人物はピタリと足を止めた。

 

 

「で、もう気は済んだのかよ?」

「……さあねぇ」

 

 

そう突き放すように返事をして、瞳を閉じる。

もう、操祈に話したいことなんてない。彼が何をしに目の前に現れたのかは知らないが、気に障るようなことを言ったら再び【空間移動(テレポート)】の能力者を操作して攻撃してやろう。

このタイミングで攻撃を行っていないのも、単なる操祈の気まぐれにすぎないのだし。

 

 

「なぁ、もう一度だけ話をしてもいいか?」

「……別にぃ、勝手にすればぁー」

「……ちゃんとこっちを向いてくれって」

「イヤ」

 

 

彼は軽く溜め息をついて、さらに操祈に近づいてくる。

手を伸ばさなくても触れられるような距離。そこまで来た彼は屋上のフェンスに片手をつけると、操祈の耳元で囁くように言葉を続けてきた。

 

 

「操祈は本当に優しいよなぁ」

「な、なによぉ。いきなり近づかないでくれるかしらぁ」

 

 

耳をくすぐる感覚に動揺を隠せない。

彼はそんな操祈の姿を見て笑い、それがまた耳を震わせてくる。

 

 

「ごめん、ごめん。まぁ、なんか面白いからやめてあげないけど」

「……い、今の状況が全く理解できてないようねぇ?アナタはこれから私の支配力で」

「……それなんだけどさ」

 

 

こちらの話を途中で遮ると、彼は操祈の顎を持ち上げて無理やり目線を合わせてきた。

まるでキスをする寸前のようなシチュエーションに、操祈の頬は真っ赤に染まっていってしまう。

 

 

「俺に【心理掌握(メンタルアウト)】を使いたくないんだろ?操祈は」

「……ッ」

 

 

操祈は図星を突かれて視線を逸らそうとしたが、顎を固定する彼がそれを許してはくれなかった。

 

そもそも彼に精神操作をしたいだけなら、あんな宣戦布告みたいな真似をして交戦する必要などないのだ。

就寝しているタイミングを見計らって室内に【空間移動(テレポート)】で侵入するだとか、もっと他に効率的な手段はいくらでもある。

 

それなら、どうして操祈はその方法を取らなかったのか。

 

 

「『自分の能力に頼らずに振り向かせたい』ってところか。乙女心ってヤツは複雑だよなぁ」

「な、なんのコトよぉ」

「いや、そんな恥ずかしがらなくてもいいよ。俺は操祈のそういうところ、本当に凄いと思ってるから」

「……そんな口先だけの発言力でぇ、今さら私を騙せるとでも思ってるのかしらぁー」

「あのさ、そうやってお前が聞く耳を持たないから話が平行線になるんだろ」

「ぜーんぶ永聖が悪いんでしょぉ。私は本気で怒ってるのよ」

「……もういいや。そんな操祈ちゃんはお仕置きだな」

 

 

彼は冗談のようにそう言うと、不意討ちで唇を重ねてきた。

突然始まった恋人同士のような行為。それに驚きと僅かな喜びを感じてしまうが、そんな展開で有耶無耶にさせるつもりはない。

 

操祈は彼を腕で押しのけて抵抗しようとして。

 

 

 

「大人しくしてろ。操祈」

「……んっ、うん」

 

 

 

まぁ、もうちょっとだけなら。

 

結局、それから操祈は、彼と舌を絡ませるような深い接吻まで交わすことになって。

 

ふと気がつけば、周囲はすっかり夜になってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つい夢中になりすぎて、時刻は完全な夜へと移り変わっていた。

ここから見える学園都市の夜の街並みは科学的な光で満たされているが、夜景としては嫌いじゃない。もっとも、久遠は学園都市以外の夜景なんて知識として知っているだけなのだが。

 

久遠は腕の中ですっかり従順になった操祈に、優しい声色で語りかけた。

 

 

「で、俺の話を聞く気になった?」

「……最低ねぇ。私みたいな可憐な美少女に対してぇ」

「最後らへんは操祈の方が夢中になってた気がするけど」

「……さぁ、全く記憶にないわぁ。それにぃー、こういう時は男の子が全面的に悪いんだゾ☆」

「はいはい。わかったよ」

 

 

身体に抱きついてくる操祈の小さな背中を撫でながら、ゆっくりと久遠は会話を続けていく。

『絶対能力進化計画』のことは詳しく説明せずに、御坂と協力関係だったこと。そして、二人でとある外道な研究施設を襲撃していたこと。

最初は要点のみを話すつもりだったが、いざ話し出すとそれなりに長い話になってしまった。

 

 

「って感じかな。これで納得してくれたか?」

「……そんなの信じられないって言ったらぁ?」

「その場合は残念だけど、引き続きお仕置きをするしかないかな。操祈が完全に従順になるまで」

「……ふふっ。ならぁ、とーぜん信じてあげないわねぇ」

「それなら仕方ないな。場所を移動するぞ」

 

 

イタズラっぽく微笑んできた操祈を両腕で抱き抱えて、そのまま空を歩いて移動していく。

ここから近いのは、確かあっちの方向だったかな。などと考えながら。

 

 

「え、えっとぉ。どこに向かってるのかしらぁ?」

「……行けばわかるよ」

「ちょ、ちょっと待ちなさぁい。キスするだけなら別に移動する必要力は」

「いいや。操祈が悪い子だから、お仕置きもランクアップしたんだよ」

「……は、はぁッ?わ、私に何をするつもりなのよぉっ」

「俺が口で言っても信じてくれないんだろうし、今度は別の方向でアプローチしようと思うんだ」

「わ、わかったわぁ。さっきの話を信じればいいんでしょぉ?それで話はっ」

「ダメだね。どっちにしろ今日はずっと操祈に振り回されたんだから、その責任はキッチリとって貰わないと」

 

 

操祈もどこに向かっているのかは察しているらしく。顔を真っ赤にしながらジタバタと抵抗してくるが、その内に大人しくなるだろう。

久遠は操祈の言葉に適当に返事をしながら、星の見えない夜空をぼんやりと眺める。

 

そうやって夜空を眺めていると、ついついセンチメンタルな考えが脳裏をよぎってしまって。久遠は胸に湧き出たその感情を、そのまま言葉に変えることにした。

 

 

 

「……人はどうして、言葉でわかりあうことができないんだろう」

 

 

 

言葉はそのために存在しているはずなのに。

やるせない気持ちになりながら、無垢な少年は遠い夜空を見上げ続けるのであった。

 

 

 

「え、永聖っ。ちょっとぉ、わ、私の話を聞きなさいよぉ」

 

 




『妹達』が原作と比べて多く生存しているのは、オリ主がいる影響で『250年法』に原作よりも時間を使った為に『絶対能力進化計画』の開始時期が遅れているからという設定です。
これは原作で御坂とワッペンを取り合った9982号が生存している世界であって欲しいという自分のエゴなんですが。
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