とある科学の歪曲時計   作:割り箸戦隊

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第22話

 

幸せな夢を見ていた。

 

数えきれないほどの美女達を侍らせて、豪奢な玉座に悠々と君臨する。久遠にとっての理想の夢を。

 

久遠がすがりついて甘えてくる美女の頭を撫でていると、周囲を取り囲んでいた美女達の輪の中から、こちらに歩み寄ってくる人物がいることに気がついた。

 

その人物は見覚えがあるような、ないような。

 

ゆったりとした足取りで歩いてくる彼女の姿を見ながら考えてみるが、思考は上手くまとまらない。

どこかで出会ったことは間違いないのだが、これが夢の中だからだろうか。どうしても思い出すことができないのだ。

 

でも、まぁいいか。

 

何故なら彼女もまた、とびっきりの美女だから。今はこの夢を全力でエンジョイするだけでいい。久遠は彼女に手招きをして、こちらに来るように意思表示をしてみることにした。

素直に頷いた彼女はこちらに歩いてきて、その豊満な身体を大胆に押しつけてくる。そして久遠の耳元に口を寄せると、妖艶な声でささやいてきた。

 

 

 

『ぶ、ち、こ、ろ、し、か、く、て、い、ね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ、うわァァァーーーーーッ!!」

 

 

八月二十九日の朝。夏休み終了まで残り二日。

久遠は自宅マンションの寝室にて、大声で叫びながら目を覚ますことになってしまった。ベッドから慌てて起き上がった身体にダラダラと冷たい汗が流れていくのを感じる。

 

 

「……は、はははっ。なんだよ、夢か」

 

 

久遠は憔悴しきった声で呟いて、渇いた笑いをこぼす。

 

それにしても、おぞましい悪夢だった。

 

たくさんの美女達に囲まれて気が緩んでいたのもあるが、何よりも登場した人物が予想外すぎる。

御坂と組んで施設襲撃していた時に敵対した超能力者(レベル5)。【第五位】の【原子崩し(メルトダウナー)】麦野沈利。

確かに彼女と久遠は殺し合いをした仲だが、それはもう過ぎ去った過去のことなのだ。竹を割ったような性格の二人に遺恨など残っているはずもないのに。

 

まぁ、麦野は生死不明で、久遠はできれば死んでいて欲しいと願ってはいるのだが。

 

彼女の悪魔のような形相を思い出してしまい嫌気がさしてくるが、そんな気分を切り替えるように短く息を吐く。

そうしていると、寝室の外からドタバタと誰かが近づいてくる足音が聞こえてきた。

 

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

 

寝室のドアを勢いよく開け放ってきた少女。弓箭猟虎が心配した様子でベッドに駆け寄ってくる。

久遠は手をヒラヒラと振ることで、彼女に問題ないと示すことにした。

 

 

「大丈夫。ちょっと悪い夢を見ちゃったんだ」

「そ、そうですか。なんだか凄い叫び声でしたけど」

 

 

戸惑ったような表情を浮かべた弓箭を眺めていると、ドアの向こう側から食欲を刺激する香りが漂ってきていることに気がつく。

これはおそらく、味噌汁か何かの匂いだろうか。久遠は自炊なんて一度もしたことはないが、確か調理器具はキッチンに一通り揃っていたはずだ。

 

 

「……何か作ってくれたのか?」

「あ、はい。簡単な物なのですが」

「へぇ、弓箭って料理できたんだな」

 

 

久遠は欠伸を噛み殺して、ベッドから降りて立ち上がる。

そのまま弓箭の横を通りすぎて部屋から出ようとするが、何故か彼女は棒立ちのままで着いてこなかった。

 

 

「どうした?早く行こうよ」

「……えっと、あの」

 

 

弓箭は頬を染めて、こちらをチラチラと窺いながら言葉を続ける。

 

 

「あの、な、名前で呼んで欲しいです」

 

 

それを言い終わると、彼女はギュッと目を閉じて黙り込んでしまう。あれから弓箭とは何度か共に夜を過ごしたが、思い返してみると情事の時くらいしか名前を呼んでいなかったかもしれない。別に呼び方にこだわりがあるわけでもないし、それくらいは構わないが。

 

 

「わかった。これからはちゃんと猟虎って呼ぶよ」

「……はいっ」

 

 

久遠がそう言って片手を差し出すと、猟虎はゆっくりと指を絡めてくる。

そして二人はリビングへ辿り着き、久遠はテーブルに並べられた朝食を見て驚嘆の声を上げた。

 

 

「へー。これで簡単な物なのか」

「わたくしは寮で普段から自炊していますから」

 

 

白米と味噌汁。目玉焼きにベーコン、そして焼き魚など。

自炊をしている者達からしたら当然の水準なのかもしれないが、料理スキルを一切持ち合わせていない久遠にとっては称賛に値する品揃えと言えた。

久遠がガツガツと朝食をかっこんでいると、こちらをじっと見つめ続けていた猟虎が声をかけてくる。

 

 

「あの、今日は何かご予定はありますか?」

「……いや、ないけど」

 

 

久遠は若干の間を空けて、歯切れの悪い返事をした。

別に本日の予定は決まってないのだが、近頃はずっとこんな感じで堕落した日々を過ごしてしまっているからだ。

久遠が操祈と仲直りした日。あれから操祈にケンカしていた期間の埋め合わせをするように命令された久遠は、ひたすらデート漬けの日々を送ることになっている。

さらに予定が空いた日があればこうして弓箭が誘ってくるので、久遠は自由な時間が全く確保できない状態なのであった。

 

馬場にリストを作成して貰った『案内人』候補の【空間移動(テレポーター)】達。

まだ仲介役の少女の監視も続いてることだし、どうせ本格的な捜索はできないから良しとしよう。そんな風に考えられたのは最初の内だけで、夏休みの終了が迫った本日こそは真面目に『案内人』を調査しなければならないのだ。

 

 

「……ダメですか?」

「あー。悪いんだけど」

 

 

やや躊躇いながらも断ると、猟虎はしょんぼりとした表情でうつむいてしまった。

彼女には悪いと思うが、これは仕方のないこと。今の久遠は遊んでばかりはいられないのだから。

 

 

「……あぅぅ、せっかくコレを用意してきたんですけど」

 

 

そう言いつつ、猟虎はカバンから衣服らしき物を取り出す。

久遠が気になってチラリと目線を向けると、取り出されたのは猟虎の所属する枝垂桜学園の学生服だった。

こちらが制服に反応したことを嫌らしく笑いながら、猟虎は熱っぽい声音で言葉を続けてくる。

 

 

「ふふっ。確か、『次は制服を着せたまま可愛がってやる』って言ってましたよね?」

「よし。さっそく寝室に行こうか」

 

 

久遠は一瞬で手のひらを返すと朝食の残りを胃に流し込み、猟虎の腕を掴んで立ち上がらせる。自分から誘ってきたのに恥ずかしがっているのか、猟虎は片手を頬に当てて恍惚としているようだった。

そして寝室へと引き返して行く久遠の脳裏に、ふと一つの疑問が浮かんでくる。

 

どうして猟虎はここにいるのだろうか。

 

昨日は操祈と一日中デートしたあとで『学舎の園』まで送り、一人で自宅まで帰ってきたはずだ。そして、このマンションの鍵は電子キーのオートロック式である。

ならば、どうやって彼女は部屋に侵入することができたのか。

何かをぶつぶつと呟いている猟虎へチラリと視線を向けるが、なんだか怖くなってきて目をそらす。

 

これは今年の夏に久遠が体験した、本当にあった怖い話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とあるデパートの清掃用具室。

そこの従業員達にすらそう思われているその部屋は、実は人間の精神的な死角を利用した隠し部屋であった。

そこを悪用して商売しているのは学園都市の闇の住人。人材派遣(マネジメント)と呼ばれている紹介屋の男。

 

 

「も、もういいだろ?や、約束通り、これで全部だ」

「……へぇ、かなり面白いことになってるじゃない」

 

 

現在、人材派遣の男は自らの拠点とも言える場所で床に頭を擦りつけて、必死に懇願するはめになっていた。

彼が懇願している相手は、カウンターに足を組んで座り情報端末を眺める少女。暗部組織【アイテム】のリーダー、麦野沈利。

麦野は身体のいたるところに学園都市製の医療ギプスが装着されており、まるでサイボーグのような外見に変わってしまっている。

 

 

「で、最も重要なのはアイツの目的だけど、『絶対能力進化計画』を妨害するに至った『何か』。ま、これは考えるまでもないかしらね」

 

 

人材派遣の男を視界にすら入れず、麦野は嗜虐的な笑みを浮かべた。

超電磁砲(レールガン)】のクローン人間である『妹達』。

歪曲時計(ワールドクロック)】が【一方通行(アクセラレータ)】と交戦したことで実験から解放されたという彼女達は、今はどこかの機関に匿われているらしい。

 

 

「ふふっ。これがアナタの大切な物なのかにゃーん?」

 

 

情報端末の画面を指の腹で優しく撫でながら、麦野は笑みを深めていく。彼女の指先に表示されているのは、とある人物の顔写真。

超能力者(レベル5)の【第四位】【歪曲時計(ワールドクロック)】。

麦野が撒き散らす尋常ではない殺気にあてられたのか、ついに堪えきれなくなった人材派遣の男が命乞いを始める。

 

 

「な、なぁ、頼むよ。な、なんなら、これからも協力するぜ」

「……あぁん?」

「そ、そいつを殺るつもりなんだろ?さっきみたいに俺が情報屋の連中に依頼すれば」

 

 

必死に紡がれていた彼の言葉は、麦野に途中で遮られてしまった。

人材派遣の男の身体は力を失い、糸の切れたマリオネットのように床に崩れ落ちる。

原子崩し(メルトダウナー)】で頭部を消し飛ばされた無力な弱者に、麦野は抑揚のない声色で告げた。

 

 

「……許可なくペラペラと喋ってんじゃねえぞ。無能力者」

 

 

そいつ処分しといて。麦野は下部組織の構成員にそう命令すると、出口に向かって歩きだす。

先ほど人間を殺害したばかりの人物とは思えないほど自然な仕草で髪をかきあげて、麦野は愉しそうに呟いた。

 

 

「さぁて、この屈辱はちゃーんと兆倍にして返すからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【アイテム】が拠点の一つにしている高層ビルの一室。その部屋は年間契約で貸し切りにされているVIP御用達の高級サロン。

チームに復帰してきた麦野にさっそく呼び出された絹旗とフレンダの両名。彼女達は現在、お互いに視線を交わしてアイコンタクトをとっているところだった。

 

ソファーに座る二人が無言で押しつけ合っているのは、あきらかに様子がおかしい麦野に声をかける役目。

 

入院中の麦野は縄張りを荒らされたボスゴリラのように怒り狂っていたのだが、何故か退院してきた彼女は機嫌のいい時にしか目にすることができない優しい姉のような雰囲気に変わっていたのだ。

 

でも結局、これはこれで不気味な訳で。しかし、下手に刺激を与えてしまえば制裁という名の暴力が襲いかかってくる可能性もある。

フレンダが一歩も譲らずに絹旗を睨みつけていると、ようやくあちら側が折れてくれたらしい。

絹旗は深いため息をつくと、いつもの淡々とした口調で話を切り出した。

 

 

「……麦野」

「んー、何かしら?ちょっと忙しいから手短にね」

 

 

麦野は手元の情報端末から目線を外さずに返事をしてきた。

あの情報端末は麦野がここに来た時から持っていたが、どうも普段使っている物とはデザインが異なるような気がする。

 

 

「少し聞きたいことがあるんですが、超構いませんか?」

「えぇ、いいわよー。で、なに?」

「フレンダが例のフード男の能力について超気になることがあると言っていましたので」

「……あぁ?」

「ひ、ひぃぃッ」

 

 

いきなり絹旗からのキラーパスが飛んできて、自然と喉の奥から悲鳴が漏れでてしまった。

一転して鬼のような形相に豹変した麦野。彼女に殺気を向けられたフレンダは自分の肩を抱きかかえ、歯をガチガチと鳴らせながら必死に弁明をするはめになる。

 

 

「ち、ちがッ、わ、私はそんなこと言ってないって訳っ!!」

「……チッ。めんどくせぇが、一応は説明が必要か」

 

 

それを無視した麦野は豹変した態度のままで、あの任務中に判明したことを忌々しそうに語っていく。

例の襲撃者達の正体。あの二人は麦野と同格に位置づけられた超能力者(レベル5)であったらしい。

 

フレンダ達と最初に遭遇した方が、【第三位】の【超電磁砲(レールガン)】。

あとになってから乱入してきた方は、【第四位】の【歪曲時計(ワールドクロック)】。

 

フレンダはこの時点で嫌な予感が止まらないのだが、まさか麦野はあの二人に復讐でもするつもりなのだろうか。

麦野沈利が身に宿した能力。【原子崩し(メルトダウナー)】の凶悪さについては十分すぎるほど理解しているものの、今回は序列が格上の二人組が相手だ。流石の麦野でも簡単には行かないはずである。

 

だが、現在進行形でブチギレている麦野に意見などしようものなら即座に消し炭にされてしまうのは必然。

 

それなら、どうすればいいのか。フレンダが頭を抱え込んでいる間に、ようやく麦野の怒りは落ち着いてきたようだった。

 

 

「それにしても笑っちゃうわよねぇ。こっちの超能力者(レベル5)は私一人だってのに、あっちは仲良く徒党を組んでるなんて」

「む、麦野の言う通りって訳よ」

 

 

こっちも【第三位】を四人がかりでボコボコにしたじゃん。そんな心の声を呑み込んで、フレンダはひきつった愛想笑いを浮かべる。

そして二人の会話が途切れると、話の途中から黙り込んでいた絹旗が会話に参加してきた。

 

 

「それで麦野。あの二人をどうするつもりなんですか?」

「とーぜんブチ殺し。すべてを奪った上で、ね」

 

 

何でもないことのように語られた殺害宣言。嫌になるほど予想通りの展開に、フレンダは恐る恐る麦野を宥めようと試みることにする。

 

 

「で、でも、あっちは二人組の超能力者(レベル5)な訳よね?結局、そんな卑怯者のことなんて忘れちゃった方が」

「フレンダは黙ってなさい。で、私はしばらく任務から外れるから、そっちはあなた達でなんとかしといてね」

「……いえ、私も滝壺さんが復帰するまでは超付き合います」

「ちょ、絹旗まで!?」

 

 

フレンダは信じられない者を見る目を向けるが、それをまっすぐに見つめ返す絹旗は真剣な表情で言葉を続けた。

 

 

「こうなった麦野は止まりませんよ。それなら手伝って超即行で終わらせた方が効率的ですので」

「お、終わらせるって言ったって、そんな簡単に行く訳ないじゃない」

「それはそうですが、私とフレンダの二人だけで任務を遂行していくのも簡単ではないかと。おそらく次の失敗は超許されないですし」

「……うっ」

 

 

前回【アイテム】に与えられた任務は、例の二人組の妨害によって失敗に終わってしまっている。そして何度も任務に失敗するような人間を使い続けるほど、学園都市の暗部は甘くはない。

麦野と滝壺は組織の要と言える人材だ。つまり絹旗は二人が欠けた状態で達成できる任務がいつまでも回ってくるとは限らないのだから、麦野を手伝って復帰を早めた方がマシだと言っているのだろう。

フレンダが言葉に詰まっていると、室内にパンパンと手を叩く音が響きわたった。

 

 

「勝手に話を進めないでくれるかしら?それに今は手伝って欲しいこともないしね」

「……ですが麦野」

「別に長期間任務から外れるつもりはないわ。ただ、情報収集くらいは一人で問題ないってだけよ」

 

 

そう言うと、麦野は操作していた情報端末をテーブルの上で反転して見せつけてくる。

液晶画面に表示されているのは何かの実験資料のようであり、フレンダが見える範囲だけでも見知らぬ単語が大量に羅列されていた。

 

 

「これが、あの二人が研究施設を襲撃してた理由。要約すると【第三位】のクローンを使った人体実験ね」

 

 

そして麦野は実験の概要から始まり、例の二人が襲撃するに至った経緯の推測、その後の実験の結末を語り始める。

フレンダはあまりの情報量の多さに頭がパンクしそうになるが、どうやら対面に座る絹旗は違ったようだった。

 

 

「では、約一万人の生き残った『妹達』。彼女達を超確保して人質にするということですか?」

「ぷっ、ふふっ。そうねぇ、それはそれで面白いかもしれないわね。一匹くらいはそうしてやろうかしら」

「はい?」

「だから、()()()()()()()()()()()()()のよ。これから一万匹のスライムを探してプチプチ潰して行くってこと」

 

 

そうやって話している内に興奮してきたのか、麦野は獲物を前にした肉食獸のような表情を浮かべていた。

彼女は何もない場所を見つめながら、ここには居ない誰かに向けて語りかける。

 

 

 

「アナタの大切な物は、ぜーんぶ私がブチ壊してあげる」

 

 

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