とある科学の歪曲時計   作:割り箸戦隊

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大覇星祭
第25話


 

すでに少年の日課となっている能力研究。

頭部に複数の電極を張りつけられて、スピーカーから流れてくる研究者達の指示に従いひたすらに能力を行使していく。

少年が液晶モニターに表示された自分の脳波を特に理由もなくぼんやりと眺めていると、隣の部屋から現れた女性の研究者が優しい雰囲気で本日の実験終了を告げてくる。

少年の世話役を兼任している彼女は、彼の電極を丁寧に外しながら世間話のように実験の成果を語り始めた。

 

 

「お疲れさま。これでデータの収集は一段落ついたから、次回からは他の実験に移ってもらうわ」

「……これでみんなもここに住めるようになるの?」

「ええ、そうする予定よ。この実験が上手くいけば、君をこうして特別扱いするのも終わっちゃうかもしれないわね」

「それでいいよ。そっちの方がいい」

 

 

この研究施設で行われている実験の一つである『後天的系統変換実験』。

それは能力者の先天的資質によって決定される能力の系統を、『学習装置(テスタメント)』を使用して後天的に変換することが目的の実験であった。

 

研究者達から実験の合間に行われた説明によると、『学習装置』は知識や技術などを電気信号によって直接脳内に記憶させることができる装置であり、かつて共に暮らした『置き去り』の仲間達の能力を、少年の能力演算を参考にして希少な系統の能力に書き換えようと計画しているらしい。

 

 

「そういえば、あれから能力名は考えてくれたかしら?」

「……まだ決まってない」

「どうしても君が決められないなら、こっちで勝手に決めちゃうわよ?」

「そのままじゃダメなの?別に時間操作のままでいいのに」

「ダメよ。君が関わった実験はそのうち学会でも発表することになるんだから。箔があった方が都合がいいの」

「……わかった。次の実験までに考えてくる」

 

 

学園都市で超能力開発を受けた学生達の能力名は、あらかじめ決められた簡潔な名称を用いるのが一般的なのだが、開発者、あるいは能力者自身が申請をすることで例外的に特別な名称を定めることもできる。

少年は特にこだわりがある訳でもなかったが、他人の都合で好き勝手に変更されるのも気分が悪い。

 

女性の研究者に別れを告げて実験室をあとにした少年は、すでに見慣れた研究施設の廊下をペタペタと歩きながら頭を悩ませていく。

 

どうせ変更するならカッコいい名前にしたい。でも、学会で発表するとか言っていたし、その場の勢いで決めてしまったらあとで後悔するかもしれない。

 

結局、少年は悩んだまま施設内の自室にたどり着いてしまって、憂鬱そうにため息をついて室内に入って行く。

小綺麗に整頓された室内。その隅に置かれた学習用の椅子に座ることにした少年は、学習机の引きだしから研究者に手渡された能力名の申請書類を取り出して、そこで完全に行動が停止してしまう。

 

 

「……みんなと一緒の方がいいのに」

 

 

少年と離れて暮らしている『置き去り』の仲間達。【速度操作】の系統に分類されている彼らは能力の強度こそバラバラではあるが、今回の実験が終われば少年と同じく【時間操作】の系統に変更されるそうなのだ。

 

せっかくみんなと同じ能力になれるのに、また自分だけ別の名称で呼ばれるのか。

 

そんな嫌な想像が脳裏をよぎり、少年は机に体を伏せて無駄に時間を浪費していく。

近頃は仲間達と会うことも許可されていないし、ここの快適な生活にも多少の不満がでてきてしまっていた。

少年は他のことを考えようと室内を見渡していき、とある場所を見て椅子から立ち上がることに決める。

サイドテーブルに設置された液晶テレビ。ではなくて、その横に置かれた小さな花瓶に近づいていく。

 

 

「この花、なんかすぐに萎れちゃうな」

 

 

それは昨年の誕生日に『置き去り』の女の子から贈られたプレゼントであった。少年は花に関する知識が乏しいので詳しくは知らないが、きっとそこら辺に咲いている野花か何かなんだろうと思う。

力なく萎れてしまっているその花に手を触れて、いつも通りに能力を行使する。そして少年は時間操作によって巻き戻った花の状態を確認しながら、自らの能力についてあらためて思考を巡らせていった。

 

少年の身に宿ったこの能力(チカラ)は、彼が手の届く範囲ならどんな困難だって解決してきた。

どんなに嫌なことでも、どんなに許せないことでも。何だって簡単に覆すことができる『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』。

そんな便利な能力に、たった一つだけ不満があるとすれば。

 

やがて少年は椅子に戻ると、安物のボールペンを手に取って迷いなく書類に能力名を書き込んでいく。

 

それは、彼にとって目指すべき目標のようなものだった。

現在の能力を表現するのに適切だとは思えないが、今は別にそれでもいい。いつかは必ず。きっと、この自分だけの現実ならば。

少年は申請書類に書き込んだ新しい能力名を確認すると、とても満足そうに微笑んだ。

 

 

 

世界時計(ワールドクロック)

 

 

 

この頃は、まだ努力や希望を信じていたから。

そう、俺が【歪曲時計(ワールドクロック)】に変わってしまう前までは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学園都市で毎年開催されている『大覇星祭』。

それは超能力の使用が解禁された体育祭のようなもので、各校の参加者が校内だけでなく学園都市全体の学校、生徒達と競い合う超大規模なイベントのことであった。

 

通常であれば学園都市の内部は一般開放されていないのだが、大覇星祭の開催期間となる七日間は、特例として外部の一般客や生徒達の親族が自由に中に入ることができる。

 

そして、本日はそんな大覇星祭の一日目。

 

一介の学生には不釣り合いな高層マンションの寝室で、久遠永聖は惰眠をむさぼっていた。

長点上機学園の選手である久遠は開会式にも参加するように言われているのだが、昨年の開会式で十数人の校長による無駄話のメドレーリレーが行われたという噂を聞きつけ、競技が始まるギリギリの時間までボイコットすると決意したからである。

 

 

「……まぁ、素直に参加するとは思ってなかったけどぉ」

 

 

誰もいないはずの室内に突如として少女の声が響きわたり、眠っていた意識が一瞬だけ覚醒しそうになってしまう。しかし、その声は聞きなれた人物のものだったので、久遠は安心して思考を放棄することにした。

 

 

「ほらぁ、もう朝なんだから早く起きなさぁい」

 

 

今度はカーテンを開ける時の軽快な音。それに続いて太陽の光がまぶたを貫通して照りつけてくる。

久遠は無意識の内に拒絶するような唸り声をだして、掛け布団を引っ張り邪悪な太陽光から身を守ることを選択した。

 

 

「ちょっとぉ。こんな美少女が迎えに来てくれたのに、そんな態度力が許されると思って」

「……うるさいぞ」

「なっ、なによぉ、せっかく私が」

「……黙ってろ」

 

 

まだ寝ぼけているので相手の言葉は半分も理解できなかったが、きっと聡明すぎる頭脳が適切な返答をしてくれただろう。

そして久遠は再び深い眠りの中へ落ちようとするが、コツンと額に何か硬いものが接触したことに気がついて、ほんの少しだけ目を開ける。

狭くてかすんだ視界に見えたのは、小さな少女の手と、それが握りしめているリモコンのようなもの。

 

 

「……今すぐ起きて謝らないと、私の天才力で掌握しちゃうわよ?」

「わ、悪かった。俺が悪かったから」

 

 

部屋に侵入してきた少女は食蜂操祈。冷たい雰囲気で放たれた彼女の脅迫によって、久遠はあっという間に目が覚めてしまった。

未来からの警告がなかったことからただの脅しだったと思われるが、普通に心臓に悪いので今後は控えていただきたい。

久遠はベッドから身を起こして、ふてくされた操祈の姿を視界に入れる。彼女は普段から好んで着用している蜘蛛の巣のようなデザインの手袋とハイソックスに、常盤台中学の体操服姿でこちらを睨みつけていた。

 

 

「……えっと、何でここにいんの?」

「私がここにいると何か問題でもあるのかしらぁ?」

「いや、別にそういうわけじゃないけど。俺は起こしてくれなんて頼んでないだろ」

「そーやって人の好意力を否定する幼稚な言動が人格破綻者のレッテルを貼られる主な原因力なんだって、そろそろ自覚して改善できないものかしらねぇ」

 

 

何故か不法侵入した輩に家主が怒られるという立場が逆転した現象が起きてしまっている。

不機嫌になった操祈の対処法はすでに心得ているが、できれば頭の回転が鈍い寝起きの状態では遠慮しておきたい。

おそらく持ち上げて誉め殺すことで攻略できるだろうが、こんな朝っぱらから乙女心の爆弾処理みたいな真似はしたくないのだ。

 

 

「……あのさ、眠気覚ましにシャワー浴びてきていい?」

 

 

少し時間をおけば操祈の怒りも収まるかもしれない。久遠はそんな淡い期待を抱きながら、さっさと浴室に逃走することに決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれからご機嫌ナナメな操祈をなんとか宥めることに成功した久遠は、人混みであふれた学園都市の路上を二人で並んで移動していた。

さきほど操祈から聞いた話によると、向かっている先は第七学区にある多目的競技場らしい。

 

 

「それでウチの派閥の子に頼んでみたってわけ」

「……【空間移動(テレポート)】って最高に悪質な能力だよなぁ」

 

 

久遠がシャワーから戻ってきた時にはすでにいなくなっていたが、操祈は自らの派閥メンバーの能力を利用してマンションに侵入したそうだ。

こちらのプライバシーを完全に無視した行動ではあるが、その程度で腹を立てていたらこのお嬢様とは付き合いきれない。それに苦情を言ったところで屁理屈をこねられて煙に巻かれるだけだろう。

 

 

「で、いい加減に俺を叩き起こした理由を教えてくれよ」

「素行不良の永聖らしい失礼な表現力ねぇ。私は優しくしてあげてたのに、そっちが拒絶してきたんじゃない」

「あんなのは寝言みたいなもんだろ。俺は何を言ったのかも覚えてないし」

「もぉー、男の子は自分の発言に責任を持たないといけないんだゾ☆」

 

 

そう言いながら腕を絡めてくる操祈は可愛らしいが、なんだか上手く誤魔化されているような気もする。

久遠が何度も同じ質問を繰り返しているのにも関わらず、彼女はそこだけ露骨に回答を避けているのだ。

周辺の人混みの増加具合から察するに目的地も近づいてきているようだし、やはり何を企んでいるのかはハッキリとさせておきたい。

 

 

「……お前さぁ、あきらかに話を逸らしてるよな?」

「ふふっ。なーんのことかしらねぇ」

「何が目的なのかくらいは説明しろって。俺はそんなに暇じゃないんだ」

「んー。まぁ、もうすぐ着くみたいだしぃ。仕方ないから察しの悪いアナタにも教えてあげるわぁ」

 

 

操祈は久遠の腕を掴んだままで、左手の人差し指を上空に向ける。彼女は会話の主導権を握っているからなのか、得意気で非常に腹の立つ表情を浮かべていた。

 

 

「そっちも話は聞いてるハズでしょぉ?大覇星祭の選手宣誓の件について」

「あー、確かにそんな話もあったな。まさかとは思うけど、お前が引き受けたの?」

「そーゆうこと。私も最初は乗り気じゃなかったんだけどぉ、ちょっと特別な事情力があってねぇー」

「……ふーん」

 

 

人口の大半が学生である学園都市には、当然ながら片手で数えきれないほどの教育機関が存在する。そんな街全体が共同で開催するイベントの開会式が一つの場所で行えるはずもなく、大覇星祭の開会式は各学区ごとに複数の会場を用意して行うのが恒例となっていた。

二人が向かっている先の多目的競技場は常盤台中学や長点上機学園の開会式会場ではなかったので不思議に思っていたが、これから操祈がそこで選手宣誓をする予定ということなのだろうか。

 

 

「それはわかったけどさ、なんで俺が一緒に行かなきゃいけないんだよ」

「あらあらぁ?私に『ちゃんと埋め合わせはする』って約束したのはどこの誰だったかしらぁー?」

「……あのな、約束にも限度ってもんがあるだろ。何回それを盾にする気なんだお前は」

「それくらい私は心に深い傷を受けたってコトよ。永聖が悪いんだから真摯に反省しなさいよねぇ」

 

 

操祈は夏休みの後半にもこんな会話の流れで久遠を振り回してきたが、どうやら今後もそれは続いていくようだった。

早々に反論するのを諦めた久遠は、さっさと操祈を送り届けて二度寝すると決めて、それ以降は雑談のような話題を振っていくことにする。

そうして二人が会話を続けていると、やがて目的地と思われる大きな競技場が見えてきた。そこの入り口付近の凄まじい人口密度に気圧されて、久遠は意識せずに足をとめてしまう。

 

 

「人間を入れたゴミ箱みたいになってるなぁ。そこまで必死になって参加する価値があるとは思えないけど」

「アレに入って行きたくはないわねぇ。まぁ、私の場合は能力を使って運んでくれる人が隣にいるから関係ないけどぉー」

「……あのさぁ」

 

 

媚びた表情で見つめてくる操祈に言いたいことは山ほどあったが、久遠はすべての言葉を呑み込んで彼女を抱きかかえた。そのまま時間停止した空間を足場に歩いて空中を移動して行き、ちょうど競技場の真上に差し掛かったところで、操祈に指定された場所へ向かってゆっくりと降りていく。

すでに場内には結構な人数の生徒達が集まっており、いくつかの学校は整列した状態で待機しているようだった。

 

 

「……この様子だと、すぐに開会式も始まるみたいだな。てことで、そろそろ俺は行ってもいいか?」

「あらぁ?永聖はぁ、どんな時も私に付き従う義務があるんだゾ☆」

「ふざけんな。それに部外者がいても邪魔になるだけだろ。長点上機は別の会場なんだからさ」

 

 

そもそも久遠はどこの開会式だろうと参加する気はないのだが、それで会話が長引いても面倒なので適当な理由をでっち上げることにした。

そうしていると、大覇星祭の実行委員と思われる集団が慌てたように近づいてきて、その中の坊主頭の男子生徒がこちらに気安く声をかけてくる。

 

 

「いや、間に合ってよかった。何かトラブルがあったのかと心配していたからね」

「……あん?」

 

 

何故か坊主頭の男は久遠に目線を向けている気がするが、こいつは何か勘違いでもしているのだろうか。

不審に思った久遠は周囲の様子を観察していき、実行委員の集団の中に見覚えのある顔を発見して眉をひそめた。そこで微笑みを浮かべていたのは、久遠が長点上機学園の応接室で恫喝したはずの実行委員の男。

数日前に怯えて泣きながら土下座していた実行委員は、()()()()()()()()()()()()()()()()()かのように平然としている。

 

 

「二人とも緊張とかはしてないかな?昨日のリハーサル通りにやってくれればいいから、式が始まるまではリラックスしていてくれ」

「はぁーい☆」

「……操祈、ちょっとこっち来い」

 

 

久遠は手招きして操祈を呼び寄せると、実行委員の集団から離れた人気のない場所まで誘導していった。

すまし顔で無垢な少女に偽装した操祈へ向けて、久遠は顔面をヒクヒクとさせながら尋問していく。

 

 

「……お前、俺を嵌めやがったな」

「さぁねぇ。でもぉ、どーせ参加しないだろうと思ってたからぁ。ちょっと私の改竄力で、ね?」

「ちょっと、じゃないだろうが。どう落とし前つけんだコラ」

「やぁーん。こわぁーい☆」

 

 

そう叫びながら逃げ出した操祈の正面に時間加速して回り込み、彼女の両側の頬を軽くつまんで引っ張ってやる。

久遠は柔らかい肉の感触を楽しむことなく、ただひたすらにグニグニとやっていると、面白い表情に変わった彼女が何かを必死に主張してきた。

 

 

「ふぁ、ふぁにふるのひょぉ」

「悪い子にはお仕置きをしないといけないからな」

「ふぁなふぃなふぁいふっへは」

「……何を言ってるのか全くわからないなぁ」

 

 

それから十数分後。

 

二人が低レベルな争いを繰り広げている間に開会式が始まる時間となってしまい。結局、久遠は操祈の手のひらの上で踊らされることになってしまう。

 

上層部の意向によって選ばれた学園都市を代表するトップクラスの能力者。本年度の大覇星祭の選手宣誓は運動音痴の少女と素行不良の少年という場違いな二人が行うこととなったのだった。

 

 


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