第七学区のファミレスで待ち合わせた二人。
先に席に着いていた美琴が少し遅れてやってきた彼に文句を言って、彼が軽く謝罪する。
彼の注文したアイスコーヒーをウェイトレスが持って来るまでの間、美琴は本題には入らずに世間話を振ってみることにした。
上っ面だけの会話になると思っていた予想は外れ、二人の会話は予想以上に弾む。
常盤台中学校と長点上機学園は中学校と高等学校でありながら、学園都市ではライバル校のように扱われている。
レベル3以上が入学する最低条件の常盤台と、一芸に特化した人材を集めた長点上機。それぞれの校風は正反対と言ってもいいが、能力使用の許された体育祭である『
そんな各校のエースとも言われている二人は、意外にも仲良く会話をしていたのだが、彼が届いたアイスコーヒーで喉を潤して、美琴が本題に入るために話しかけた時にそれは始まった。
二十分。
そう、二十分である。
美琴の目の前の少年は二十分もの間、彼女を無視し続けていた。
最初は目を開けたまま気絶してるんじゃないかと思ったりしたが、瞬きはしているし、呼吸もしている。美琴はずっと声をかけ続けているのだが、流石に周囲の目が気になってきてしまう。
そして、一度気になってしまうと周囲の人達の話を勝手に耳が拾ってしまい。
「結局、一人で喋ってるあの常盤台の女は何してる訳?」
「彼氏にフラれたけど、納得いってない。とかー?」
「超修羅場ってヤツですね。初めて見ましたが」
そんな周囲の完全なる勘違いに。
目の前でフリーズしてる変人に。
美琴はブチギレた。
何度も話しかけているのに、無視されて怒ってしまった少女。
こう聞くとなにやら、可愛げのある光景を想像する人もいるかもしれない。
しかし、少女こと御坂美琴のキレっぷりはそんな可愛らしい物ではなかった。
ファミレスを追い出された二人は会話をすることなく、近場にあった噴水広場のような場所に移動する。
カップルや女友達のグループが楽しげに談笑している憩いの場で、ブチギレた美琴とダルそうな彼は完全に浮いてしまっていた。
美琴は腕を組み身体から漏れでた電気をパチパチと発して、彼を鬼のような形相で睨みつける。
しばらくは美琴をなだめようと試みた彼だったが、お侘びとして何かを奢ることになり、彼女の命令で近くで営業していたクレープ屋の行列に並ぶことになったのであった。
気だるそうに行列に並ぶ彼を睨みながら、御坂美琴は回想する。
やっぱり『噂』なんてものは当てにはならない。
長点上機学園の
「紳士的で優しい素敵な殿方」だとか。
「弱き者、困っている者を助ける人格者」だとか。
「物語の王子様のような御方」だとか。
常盤台のお嬢様の感性が、世間と若干ズレていることは理解していたので話半分に聞いていたが、実際の王子様とやらは『コレ』である。
初めて出会ったのは『
木山の『幻想御手』が暴走して生まれた化け物である『
何度も再生する『幻想猛獣』をギリギリのところで停止させた最終局面。
あとは、美琴の最大火力を叩き込む。そう思って視線を『幻想猛獣』に向けた時、すでに
『幻想猛獣』が消し飛び、忘れていたかのように遅れてきた衝撃波と爆音が美琴達に襲いかかる。
離れて見ていた木山が腰を地面に着けるほどのそれを、なんとか耐えて彼の方を見る。
彼はやる気の感じられない様子でゆっくりと周囲を見回して、美琴と木山の方を見ると不良少年みたいな見た目に反して優しく声をかけてきたのだった。
木山が警備員に拘束されたあと、彼女の発言が美琴の頭の中にずっと残り続けていた。
「君も私や彼と同じ、限りなく絶望に近い運命を背負っているということだ」
その言葉の意味はわからなかったが、美琴の知らない何かを木山は知っているらしい。
今は考えてもわからないので、とりあえず後回しにするべきなのはわかっている。だが、どうしても気になってしまうのだ。
いや、他のことを考えよう。そして美琴と一緒に警備員の事情聴取を待っている少年の方を見た。
腕を組んで警備員の車両に身体を預ける少年。木山によると彼が『噂』の久遠永聖であるらしい。
長点上機の
名門校の制服を「知ったことか」と言わんばかりに着崩したその少年は、髪も染めている上に耳には黒いピアスまで着けている。
容姿こそ整っているが、どこからどうみてもスキルアウトと同類の不良生徒で、美琴は「これのどこが王子様なのよ」と常盤台のお嬢様の感性を疑ってしまう。
口調や物腰こそ優しかったが、戦闘中にいきなり乱入してきたことや、周囲への影響を考えない能力行使に隠しきれない変人っぷりが透けて見える気がした。
彼も何かを考えているのか、どこかを黙って見つめながら静かに佇んでいる。
そういえば木山が彼を『本命』と呼んでいたなと思いながら話しかけようとして、空間移動してきた黒子に抱きつかれ、しばらくお預けとなってしまうのだった。
クレープ屋から戻ってきた彼は、買ってきたクレープを美琴に渡すと面倒くさそうに切りだした。
「……もう、喋っても大丈夫?」
「アンタがきちんと謝罪したらね」
「何回も謝ったじゃんか、俺も悪かったって」
「“アンタも”じゃなくて、“アンタが”でしょーがッ」
目の前の変人は未だに自分の非を認めていなかった。
また頭に血が昇りそうになる美琴だったが、なんとか堪えて我慢する。
今日の会話の流れで、そんなに気を使って話さなくてもいいと美琴がカマをかけると、彼は即行で擬態を解いた。
黒子が美琴に突撃してきたあと。黒子を交えて会話していた時からずっと違和感を感じていたが、こんな人格破綻した本性が現れるとは流石に予想外過ぎる。
とりあえず二人は近くのベンチに移動することになり、クレープを食べながら会話を続けた。
「それよりさぁ、話の続きしよーぜ」
「……アンタ、本当にいい性格してるわね」
「あぁ。それで、確か俺の能力の話だったっけ?」
「聞こえてたんじゃないっ、アンタ本当にぃッ」
またしてもヒートアップしそうになる美琴。
そして、それを不思議そうに見る彼。
これ以上、この話を続けるとまた美琴が爆発すると察した彼は、嫌そうな表情で自分から話しだした。
「自分の能力って、あんまり人に話したくないんだよなぁ」
「アンタの説明が足りてないのが悪いのっ」
美琴が今回、この変人を呼び出した理由。
それは木山の目的だった、植物人間になってしまった生徒達の
木山は彼の能力である【
木山が警備員に連行されたあと。責任感が強く、性根の優しい少女である美琴は彼に協力を要請することにした。
それは、美琴にとって今回の事件は完全なるハッピーエンドではなかったから。
『幻想御手』の使用者達の生活こそ元に戻っているが、木山はしばらく表には出られないだろうし、木山の生徒達は寝たきりのまま。
それを変えられるのは、目の前の彼だと美琴は思っていた。
突然、今回の事件に乱入してきた彼。まるで運命か何かのように都合良く、木山の生徒達を恢復させる手段を持っているらしい。
しかし、現実の彼は「能力の限界を超えている」の一点張り。
彼は試そうとする気すらなく、無理だと確信しているように美琴には思えた。
そして、木山と彼のどちらの言い分が正しいのか判断がつかなかった美琴は、自らの能力を悪用して『
妙に厳重だった閲覧規制を突破して、久遠永聖の能力【
学園都市で唯一の時間操作系能力。
有効範囲は自身と周囲の数センチ、そして直接接触した物を操る。
効果範囲内の時間を
時間加速、時間停止。そして、時間逆行。
書庫に記載された様々なスペックを見る限りでは、木山の言っていた通り生徒達を寝たきりになる前まで『巻き戻せる』ように思える。
というか、美琴は【
ともかく、これは『巻き戻せる』と確信した美琴は久遠を呼び出すことにする。
呼び出しの文面は簡単に省略すると「アンタ、嘘ついたでしょ。ちょっとツラ貸しなさい」といった内容で、その脅迫のような文面を見た時、彼はおもいっきり顔をしかめた。
「何で俺の【
美琴に問い詰められた彼はしぶしぶ話を続けた。
本当に嫌そうに話す彼は、クレープを一気に食べきるとベンチから立ち上がりどこかに向かう。
「ちょっと、どこ行く気よ」
「説明する道具を取ってくるだけだって」
彼はそう言いながら自動販売機に向かって行き、ジュースを二つ購入して戻ってきた。
片方を投げ渡され、美琴は反射的にお礼を言う。
彼はそのままジュースを飲み干すと、空き缶を見せながら語りだした。
「『時間逆行』にはいくつか制限がある」
真面目な彼の顔を見て、美琴は静かに聞くことにする。
「まず、一つ目。時間が経過しているほど、つまり巻き戻す時間が長いほど演算に時間がかかる。何千年、何万年とか経過している物は俺の【
予想の範囲内。
つまり、発掘された古代遺産を当時の時間に巻き戻すような、無茶苦茶な時間逆行はできないということ。
しかし、今回は関係ないはずだ。木山の巻き戻したい時間はせいぜい数年前のはず。
「そして、問題は二つ目。俺の理解できない物、演算に組み込めない物は巻き戻せない」
そう言いながら、彼は能力を行使したのだろうか。
手に持っていたジュースの空き缶が新品同然に巻き戻っていた。
美琴は彼の言っていた意味がわからず、続きを促すように彼を見る。
彼は美琴を見ていなかった。巻き戻したジュースの缶を手で弄びながら、何もないはずの場所を見ている彼は呟く。
「【
さらりと言われたその一言に美琴は一瞬思考を停止していたが、彼の発言の内容に絶対に許せない部分があったため、声を荒らげた。
「アンタッ、木山の生徒達はもう死んでるって言ってんのッ!?」
彼は何を考えているか分からない無色の瞳で美琴を見る。
その瞳にのまれ、黙ってしまった美琴に彼は言った。
「どうして、俺がソレを巻き戻せないと知っているのかだけど」
彼の声は何の感情も込もってないように感じる。
「何年か前にやらされたんだ。
彼の話の続きを聞いてはならない。美琴の脳がそう言っているような気がした。
そうだ、木山が言っていたではないか。限りなく絶望に近い運命を背負っているのは。
「結果は全ての検体で失敗。死体は何故かどの時間に巻き戻しても、身体だけが巻き戻って目覚めることはなく。戸籍上で死亡扱いだった検体はその後、全て処分された」
木山も美琴も。
そして彼も。
「木山の生徒達が、この先の未来で目覚める可能性があるのなら、【
「でも、目覚める可能性がなかったなら【
「部外者の俺達がやることじゃないだろ。これは木山がやるべきことだ」
彼の考え方が正しいのかは、美琴にはわからない。
ただ美琴にわかったのは、他人に強制的にやらせるような行為ではないということだけだ。
とりあえず今、美琴がするべきことは。
「……ゴメン、ちょっと考えが足りなかったかも」
「俺はどうでもいいよ。木山の生徒達には会ったこともないし」
彼は本当に興味がなさそうに呟いた。
思えば、『幻想御手』事件で美琴は木山の記憶を見たことがあったのだった。
だから、木山に感情移入し過ぎていたのかもしれない。
木山が彼の話を聞いたらどんなことを思うのだろうか。
それとも、いや、それでも木山は。
「多分だけどさ、木山は知ってたと思うよ」
美琴の考えを見透かすように彼は言った。
「
そうだったらいいな。と美琴は思い。
そうなったらいいな。と美琴は思う。
そして、久遠永聖の『噂』はあながち全てが間違いではないのかもしれないと、ほんの少しだけ思った。
あのあと、ちょっと重い空気になってしまった二人は日が暮れだした学園都市の街並みを歩いていた。
常盤台の寮の門限について何故か詳しかった彼が美琴を送ると言いだしたので、二人で寮に向かうことになったのだ。
美琴にとっても、今は誰かと話していたい気分だったので都合がいい。
二人で何でもない雑談をしていると、寮の近くまでたどり着いた。
最後に、美琴は本日の会話で気になったことを尋ねることにする。
言いたくないなら言わなくてもいい。そう前置きした上で。
「……どうして、木山の考えてることがわかったの?」
彼は美琴よりも木山のことがわかっているような口ぶりだったから。
『命』への干渉が不可能なことを、木山が知っていると考えているみたいだったから。
「……もうほとんど覚えてないんだけどさぁ、
彼は優しく笑ってそう言った。
美琴もつられて笑って、二人は別れる。
美琴は寮の部屋に戻り、いつもの日常に戻っていく。
黒子が待っていて、他愛のない話をして。夜になったら夢の中へ。
いつものように。
そして彼は。
久遠はいつものように、暗い路地の闇に消えて行く。
暗い闇の中に、いつものように。