第7話
突然だが、
彼女は、暗部組織【スクール】に所属しながら、『学舎の園』にあるお嬢様学校の一つ『
彼女の物静かで敵を作らない温厚な性格から、学園内では比較的好かれている方ではあるのだが、根が生真面目な性格のために暗部の任務を優先し、人付き合いの機会をことごとく逃していた。
故に、彼女はボッチなのである。
そんな彼女に今日、友人を作るチャンスが訪れていた。
夏休みに突入し暗部の任務以外に予定のなかった彼女に、お誘いがかかったのだ。
話かけてきた二人は、彼女のクラスメイト。
「弓箭さま。もしご予定がなかったら、少しお願いごとをしてもよろしいでしょうか」
「わたくし達、『学舎の園』のお外に出かける予定なのですが」
「実は、ご一緒する殿方が弓箭さまに会いたいと仰っているのです」
弓箭さまもご一緒しませんか。と続いた彼女達からのお誘い。
急な展開に彼女は動揺するが、どうにか返事をすることはできた。
断るなんて考えもしなかったので、もちろん返事は一つしかない。
「わ、わわわたくしとで、よよ、よければよろこんで」
かなりセリフを噛んだ彼女だったが、その意思は伝わったらしい。
「では、まいりましょうか」と言いながら歩き出す二人に、舞い上がり、ワクワクしながら着いていく。
彼女は幸せの絶頂にいた。
そう、この時はまだ。
そして、『学舎の園』の外に向かう三人。
道中の他愛ない雑談に、彼女は動揺しながらも返事をする。相変わらず幸せの絶頂にいた彼女だったが、そういえばと思い返す。
弓箭猟虎に会いたいという『殿方』とは誰なのだろうか。
彼女は、自慢ではないがボッチの中のボッチである。知り会いの男など【スクール】に所属する『垣根』と『
全員が全員、学園都市の暗部の人間で猟虎のクラスメイトと知り合いになるような人達ではない。
彼女はわからないまま、目的の場所にたどり着く。
猟虎と先ほどから話している二人によると、今回の目的地は第十六学区のショッピングモールにある、海外ブランドの洋服店らしいのだが。
そこでクラスメイトの内の一人が、ショッピングモールの入り口で立っていた『殿方』を見つけたらしい。
「あっ、あちらにいらっしゃいます。お待たせさせてしまったでしょうか」
「そうかもしれません。早く、声をかけにいきましょう」
その『殿方』の方向に、お上品ながらも少し急いだように歩きだす二人の視線の先を見て、彼女は一瞬動きが止まってしまった。
「申し訳ございません。お待たせさせてしまいましたでしょうか」
「いや、俺もさっきついたところだから気にしないで」
カジュアルな服装に身を包んだその少年は、確かに猟虎の知り合いだった。
優しい声と笑顔で擬態した人格破綻者。
【第四位】【
猟虎の所属する【スクール】のリーダー、垣根帝督に匹敵する。暗部の悪魔がそこにいた。
今回、彼が同行することになった切っ掛けは、猟虎のクラスメイトの一人が頼んだかららしい。
なんでも、ショッピングモールの案内をしてくれるのだとか。
猟虎はボッチ生活で鍛えた、否。暗部生活で鍛えた気配遮断をしているつもりだったが、真っ先にクラスメイトが槍玉にあげてきた。
「そういえば、久遠さまは弓箭さまに御用があると仰っていましたが」
「ちょっとね、弓箭さんと
「まあ、そうだったのですか」
「……あの、もしかして、その、その御方は女性の方なのでしょうか」
「いや、男だよ。ちょっと事情があって連絡できなくなっちゃったんだ」
「そ、そうですか。いえ、あの、き、気になっただけなのですが」
目の前の少年が暗部組織の構成員だなんて知りもしないクラスメイトの二人は、和やかに会話をしている。
とりあえず、久遠はこの場で揉め事を起こす気はないらしい。
というか、何だかラブコメみたいな会話まで聞こえる。
そして久遠は違和感しか感じない、爽やかな笑顔を向けてきた。
「それで、弓箭さん。
その瞳の色を見て察する。多分、拒絶なんて許して貰えない。
もし逆らったら、そのまま始末されてもおかしくない。
「は、はい」
弓箭猟虎は頷くしかなかった。
今回だけは、学友からのお誘いを断れば良かったと思いながら。
「ありがとう。とりあえず、先輩の居場所を教えて欲しいんだ」
何も知らないクラスメイトの二人には見えないのだろう。
この悪魔のような少年。彼の笑顔の裏側は。
第三学区にあるホテルのスイートルーム。
垣根のお気に入りの拠点を聞いた久遠は、弓箭達との買い物を終えるとそこに向かった。
久遠は垣根の連絡先を普通に知っているが、
だから【スクール】の構成員で唯一、素性を把握していた弓箭に接触するために、彼女のクラスメイトと会った時に『弓箭に用事があるけど連絡手段がない』と仄めかしておいたのだ。
無駄に時間は浪費してしまったが、これでいい。
まだ『絶対能力進化計画』をどうやって潰すか決めていない久遠だが、念には念を入れるべきだろう。
そしてたどり着いた【スクール】の拠点。
弓箭が事前に連絡していたのか、迎えの男が立っているのが見えた。
最悪の場合は侵入しなくてはならないと思っていたので、有難く案内して貰おう。
「……こっちだ」
迎えの男。『
二人は無言のまま、【スクール】の拠点となっている部屋へたどり着く。外観も高級そうに見えたが、部屋の内装もかなりの高級感を漂わせている。
久遠達の私物に溢れた『17拠点』とは全然違うな。なんて思いながら、誉望に指で示されたソファーに腰をおろす。どうやら垣根はまだ来ていないみたいだ。
なんとなく周囲を見渡すと、丸椅子に座ってじっとこちらを見ていた女と目があった。
金髪の、ホステス嬢みたいな見た目の女。
見知らぬ顔だが、【
とりあえず、久遠は話し掛けて見ることにした。
「……先輩は?」
「彼なら遅れて来ると思うわ」
「そっか。じゃ、ここで待たせて貰うわ」
「ええ。お好きにどうぞ」
彼女は薄く笑うと携帯端末を弄りだす。柱に背を預けた誉望も黙ったまま。
久遠も暇だったので、横になってソファーで寝ることにした。昨日はあまり眠れなかったのだ。
コイツが【第四位】の【
誉望はソファーで寝転んだ久遠を見ながらそう思った。
【第四位】のことは垣根から聞いてはいたが、その印象が化け物過ぎて実際に会ったコイツのイメージとは一致しない。
過去にコイツは【
誉望が知る限り学園都市最強の能力者である垣根と、である。
学園都市でたった一人の時間操作系能力者。
垣根曰く、【
化け物の中の化け物。
そして実際に戦闘になった時は両者が飽きるまで、周囲を巻き込んだ殺し合いになったとも言っていた。
そんな男がいきなり拠点を訪れると猟虎に聞いた時、誉望は正直に言って畏縮した。
いったい、ウチのリーダーに何の話があると言うのか。
しばらく待っているうちに、一度寮に戻った猟虎が合流し、ようやく待ち人が帰ってくる。
自らの拠点に帰って来た垣根は、ソファーで熟睡している久遠を見つけると眉をひそめて言い放った。
「おい誉望、そいつ起こせ」
正直、関わりたくないが指名されては仕方ない。
誉望は嫌々、久遠が寝ているソファーに向かう。
頼むから、問題は起こさないでくれよと願いながら。
垣根が帰って来たのを知らされて、久遠は目を覚ました。
敵地のど真ん中と言ってもいい場所で寝ていたのに、まったく緊張した様子はない。
欠伸を隠そうともせずに、眠たそうにしている久遠。
対面のソファーに座った垣根が呆れながら言った。
「お前、本当にいい度胸してやがるな」
「昨日、遊び過ぎちゃって、眠かったからさぁ」
「……で、何の用だ。今は遊びじゃねえんだろ」
弓箭が用意してくれたコーヒーを飲みながら、久遠は普段通りに語りだした。
周囲を取り囲んだ【スクール】の構成員のことなんて、全く脅威に感じていないかのように。
「先輩は『絶対能力進化計画』って知ってるか?」
「ああ、それがどうした」
「……知ってたんだ?俺、それぶっ潰そうと思っててさ」
まるで日常会話の様な気軽さで、上層部への反逆を宣言する。
『絶対能力進化計画』の名前を聞いて、少し不機嫌になった垣根を恐れることもなく、久遠は続けた。
「なぁ、俺と組んでくれよ」
「ハッ、そういうことかよ。お断りだ」
予想外の返答に、久遠はピタリと停止した。
垣根は【
垣根はやれやれといった仕草で久遠を見ながら、馬鹿にするような口調で言い放った。
「お前は何もわかってねえな」
久遠には、ほんの些細な欠点があった。
それは他の人に聞かせれば「そんな些細なこと、欠点なんかじゃないよ」と言われるような小さな小さなことなのだが、久遠は自分に厳しい修行僧のような精神を持っていたので、それを自分の欠点だと思っていた。
それは「自分が真面目に話している時に馬鹿にされると、その相手が死ぬまで痛めつけたくなる」というちょっとした癖で、直そうと思ってもなかなか直せない。
今回も同様で、目の前の人格破綻者の心ない一言に久遠は額に血管を浮かばせるが、なんとか我慢しようとしていた。
久遠は自身の欠点も飲み込む、器の大きな男だったから。
なんとか表面を取り繕い、久遠は尋ねた。
「……わかってないって、何が」
「そのままだ。『絶対能力進化計画』を中止に追い込んだところで、意味はない」
垣根は忌々しそうな表情で続ける。
「『
吐き捨てるように紡がれたその言葉に、久遠はさらにイラついていく。
垣根は日頃から【
「俺と組んでも【
「バーカ、違えよ。アレイスターの『プラン』を崩すにはそれじゃ足りてないって言ってんだ」
学園都市統括理事会長。アレイスター=クロウリー。
久遠の所属する暗部組織【メンバー】の直属の上司に当たる存在。
学園都市の第七学区、『窓のないビル』を根城にしていると噂される、学園都市の創設者。
「……『プラン』ねぇ、俺は少なくとも【メンバー】に与えられる任務でそれらしい匂いを感じたことはないけど」
垣根はアレイスターが個人的に何かを企んでると思っているらしいが、久遠はそれを感じたことはなかった。
上層部が決めた『方針』ならばともかく、アレイスターが個人的に何かを企んでるとは思えない。
「アレイスターのクソ野郎は、多岐に渡る『プラン』を同時進行で進めてやがる。その内の一つでしかない『絶対能力進化計画』を潰そうと無駄だ」
「問題は『
「【
垣根は淡々と語りだす。
【
いや、それはさぁ。
「……なぁ、俺が誰の踏み台だって言うんだよ」
完全に怒気を現した久遠の身体から、制御を外れた能力が溢れだした。
周囲の空間が歪んでいく。
そんな異常過ぎる能力発露に【スクール】の構成員達は怯えるが、垣根は全く気にせずに言い放つ。
「俺はそれを把握するために動いてる。お前と違ってな」
垣根はこちらを真っ直ぐ見つめて宣言した。
「俺はアレイスターとの直接交渉権を手に入れる。『裏技』を使って好きにやると決めた」
「久遠、お前も利用されるだけなのが気に入らねえんだろ?」
だから、と垣根は続ける。
「逆だ。お前が俺の計画に乗れ」
垣根は、久遠が今まで見たことがない真剣な眼差しでこちらを見ていた。
久遠は気持ちを落ち着けるために目を瞑り、しばらく考える。
確かに垣根の言う通り少々、短絡的ではあったかもしれない。
気に入らないからぶっ壊す。今まではそれが通用したが、垣根はそれでは駄目だという。
アレイスターの『プラン』。
この俺の【
それが本当なら、確かに【
俺達、
アレイスター=クロウリー。
きっとまだ、『絶対能力進化計画』の完遂までは余裕がある。
二万体のクローンがどこまで削られたのかすら久遠は把握していないが、垣根が対応していないのなら時間はまだ残されているのだろう。
とりあえず、今は情報が必要だ。
今の久遠は出遅れている。利用されるだけの情報弱者。
垣根の計画に乗るかはともかく、協力体制にはなっておきたい。
なら、返事はこれがいい。
「……その話、もっと詳しく教えてくれよ。先輩」