蜃気楼より、小さな物語を。   作:逆立ちバナナテキーラ添え

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 「次、織斑一夏……」

 

 おれの、自分の名を呼ぶ声に遠くにあった意識が戻ってくる。織斑一夏という個が再起動したかのように。

 昔から、おれは秋になると酷い眠気に悩まされる。日照時間が短くなるからか、それとも季節の変わり目に身体が付いていけていないからなのかは分からないけれど、兎に角眠くて仕方がない。それは自分ではどうしようもなくて、今も乾燥するアリーナの中で居眠りしてしまうほど強烈で、抗える類いのものではなかった。オルタナティブの時刻表示はおれが最後に見た時刻から五分の時が経っていた。おれを呼んだ教師──姉の元へと進みながら、居眠りが気付かれていない幸運に感謝する。

 

 「お前の番だ。オルタナに表示されるコース……、教導用三番を通過しろ」

 

 姉はそう言って下がった。機体を展開すると、教導プログラムが目の前に青い誘導ラインが表示する。その途中途中には長方形の枠が幾つか設置してあって、それに接触すると減点されるらしい。姉を見やると、冷えた視線と顎で促された。早く行け、と。

 PICが起動して、機体が馴れ親しんだ浮遊感に包まれる。おれはその瞬間を以て重力から解放される。おれは何処にでも行ける。ニュートンが唱えた枷を外れて。

 スラスターは正常、いや、調子が良い。なんとなくだが、マシンの機嫌が良いという感覚。久し振りの実習だからだろうか。レーダーも異常無し。ボアサイト。オルタナティブに正常に投影されている。

 

 「織斑一夏、白式・雪羅。開始します」

 

 飛翔。おれは物理法則から解き放たれる。そう、イメージする。ぐい、と身体に幾ばくかの圧が掛かって、世界が急加速する。それでも景色がマーブルみたいに溶けてぐちゃぐちゃにならないのは、マスターセンサーのおかげだろう。

 直進して、急速降下。ほぼ直角で、端から見れば、機影が姿を消すような錯覚を起こすであろうそれ。誘導ラインに沿っておれは軌跡をなぞる。視界は気持ち悪いほど広くて、脳が直接、死角まで認識している。草食動物、シマウマ並みの視界。マスターセンサーと機体が認識している視界を、コアがパイロットの視神経に電気信号を流して、脳に直接情報を認識させている。恐ろしい技術。自分の身体に、それも脳に()()()()()を介入させるという行為。その恐怖すら、コアに後付けされる精神抑制プログラムが薄めてしまう。

 左へ旋回、降下、そして上昇。軽減されてはいるが、やはりGが掛かる。スーツが下半身を締め付ける。機体は枠の内を綺麗に通過している。まだ満点だ。音はアフターバーナーの音だけ。それはハーレーのエキゾーストノートみたいに、不思議とおれの気持ちを高揚させてくれる。嫌な上がり方では無い、静かに燃える暖炉の火のように。しかし、それは戦闘記録(コンバットレコーダー)の計測値上は何の感情的、心理的変化の無い、フラットなままとして処理される。見えない炎。

 最後に宙返り。大きなGを感じながら、枠を貫いていく。天地がひっくり返って、空に目一杯のハグをされた錯覚。抱擁が解かれて、おれはゴールの枠を通過する。オルタナティブにはプログラム終了のガイドがスコアと一緒に表示される。

 

 「よくやった。満点だ」

 

 姉が言った。

 山田先生が、一年次でこれを満点取るなんて、三年の更識さんぐらいですよ、と続いて、おれはそれに適当な謝辞を言って下がる。達成感はあるけれど、あの女と比べられるのは、少し面白くなかった。せめて、もう少し人間味を感じる対象にしてほしかった。姉は勘弁願うが。

 

 実機実習といっても、当初、入学したての頃にクラスメイトの大半が考えていたような派手な物ばかりではなくて、どちらかと言うとこういう地味な物の方が多い。

 呆れるほどたくさんの銃弾、最先端のその先を行くようなテクノロジーの数々で、世界人口の一割ほどの人間を殺してきたおれらが搭乗するISだが、そもそもはアラスカ条約で軍事利用が禁止されていた。競技専用、モンドグロッソ選手という白々しい建前は締結後すぐに破られることになった。第一、その条約には世界の警察は批准しなかったし、絶賛世界中で代理戦争の最中だったロシアも批准しなかった。それに追従するようにイギリスもフランスも中国も、次々と批准を見送った。そして、公式な発表として始めてISが投入されたメキシコで、世界は本性を剥き出しにした。

 初めての戦場は市街戦だった。前世紀から続く麻薬戦争はそこで新たな節目を迎えたと言っても良い。アメリカ麻薬取締局(DEA)が投入したプロト・アラクネはメキシコ軍のドローンと死臭漂う地獄に仕立てた。多脚型のISは入り組んだ市街地で、さぞ多大な戦果を発揮しただろう。そうして、雪崩が始まった。次は中国がPKOで使って、その次はフランスが。どんどんとISは本来の使われ方をしていった。兵器としては致命的な欠陥を抱えたままに。

 その大きな流れは、常任理事国が一国も批准していない紙切れ同然の条約と抑止を吹き飛ばすには巨大すぎた。

 そんな中で造られたこの監獄は、ある意味、バランサーでもあり、パフォーマンスでもあった。元は人の形をした災害を閉じ込めるための研究所という監獄は学舎という看板を掲げた監獄へとリニューアルされた。だから、その影響として、あまり派手なことは出来ないのだ。誰だってエアガンではない実銃を用いたサバイバルゲームなどやりたがらない。その危険性を浸透させたくない、という意図。お偉方の誰かたちは、エンターテイメント性を保持しつつ、戦力として運用したいらしい。その為に、おれらの意識を曖昧にする。

 娯楽としてのIS、兵器としての危険性を孕んだIS。

 矛盾する二項をうやむやにして、輝かしいイコンに目を向けさせる。おれの姉、世界最強のブリュンヒルデという憧憬と女尊男卑という都合の良い風潮は便利な材料だった筈だ。おかげで世界中の人間はみんなその陳腐なはりぼてに赤子のようにしゃぶりついている。本当にその風潮に染まりきっているのなら、どうして大統領は、総理大臣は、首相は、ISが登場して以来一度も女性になったことがないのだろう。そういう疑問はすっぽりと抜け落ちているようで、やはり世界は本質的には変革した所など一つもない。

 

 「あのコース、軍属の者でもパーフェクトは厳しいがよくやるものだ」と言いながら、ラウラが近付いてきて、おれの隣に座り込んだ。

 

 「そうでもして、点数を稼がなきゃ、おれはモルモットになっちゃうからな。それなりの頑張りは大事だよ」

 「それなりの努力で、半年やそこらの新兵(ルーキー)に抜かれては軍属の面目が丸潰れだ……。とんだビッグルーキーだよ、お前は……。見たか、お前を見るやつらの目。すごかったぞ、色男……」

 「こんな場所じゃ男日照りだからそう見えてるだけだよ。ほら、無人島とか、吊り橋効果みたいな。それにお前だって、あれぐらい簡単に出来るんだろう。新兵いびりかよ……」

 

 そう返すとラウラはペットボトルを渡してきた。ほどよく冷えたミネラルウォーターだった。おれはそれを一息に飲んだ。乾燥していて、喉はからからだった。

 

 「そういう訳じゃないが、お前は良い男だと思うぞ。何より貌がいい。貌がいいと何事も得をする」

 

 ラウラはそう言っておれの頬に手を添えた。にやり、と不適に笑うその貌の頬をつねり返して言葉の代わりにする。

 彼女はおれに惚れているらしいけれど──けれど、と言うのは女子たちの他愛のない噂、品性の欠片もないリアリティ溢れる立ち話を訊いてしまったゆえの、不確実性──その接し方はどちらかと言うと、悪友とか気の置けない友人と言った方がしっくり来る。殴られて、殴り返して。くさい青春漫画みたいな奇妙な友情。よく考えれば、おれと彼女の間には地雷しか無いというのに。

 

 「おれは普通の恋愛がしたいよ。綺麗な嫁さんを貰って、かわいい子供と嫁さんの飯が美味ければ、それで良いんだ。まぁ、もう叶うべくもないけど」

 「そうだな、諦めろ。そんな庶民的な夢はお前が生まれる前に逃げてったよ。おぉ、可哀想に……。主よ、この哀れな子羊にお恵みを……」

 

 クローンが、試験管ベイビー──ドイツの汚点が流行みたいに巡って生まれた優生学の結晶が神に祈る。なんてブラックが過ぎる、いっそ冒涜的なジョークなのだろう。質が悪いのは、本人がそれを自覚した上でやっているところだ。おれを見て、祈りながら笑いを堪えている。そんな馬鹿に呆れを通り越して、そうだな、と相槌を打つと不服そうにこちらを見て溜め息を吐いた。

 

 「ところで、お前、あのルームメイトに何か言われなかったか……」

 

 不満げな表情のまま、ラウラはそんなことを訊いてきた。

 

 「何かって、なんだ……」

 「何でもいいさ。変なこととか、おかしなこととか、言ってなかったか」

 「お前、おれがあの女のこと苦手だってこと知ってて訊いてるのか」

 「勿論」とラウラは言って、「あの気色悪い女に何かされてないか心配なんだよ」

 「別に、何も」

 「本当か。訊けば随分と仲が良いらしいじゃあないか。言いふらしているらしいぞ……、お前と夜な夜な映画の鑑賞会をやってると」

 「おれが見ている時にあの女が勝手に横に居座るだけだよ。おれから誘ったことなんて一度もない」

 

 おれが映画を見る準備を始めると、彼女は軽食を作るおれに飯を強請る。それで付き合いで作ってやれば、一緒に見ようと言い出す。それで飽きれば寝に入る。読書の時も然り。まるで猫だ。ナットのような無機な印象が強い分、余計気持ちが悪い。

 

 「だいたい、この監獄の女に手を出すなんてこと、おれには怖くて出来ないよ。特に、生徒会長サマなんて歩く水爆じゃないか」

 「妹との仲を取り持った」

 「結果としてだよ。本意じゃない」

 

 上空ではシャルロットがオルタナティブの表示に従って駆けている。オレンジのカラーリングが高いアオに映えて目立つ様を見て、メカニックの趣味が悪いなあ、と思う。もっと悪目立ちしないカラーがあっただろうに。冴えない、絵の具のようなカラーじゃない物は無かったのだろうか。

 そんな風に考えるけれど、おれも他人のことを言えない。真っ白だ。目立ち過ぎるし、黛とかいう記者に『ブリュンヒルデの弟は白馬の王子』などと書かれて恥ずかしい思いをした。おれは白色が嫌いになった。

 

 「まぁ、兎も角だ。私としては、あの女には気を付けろってことだよ」

 「お優しいことだ。初対面で殴り掛かってきたやつの言葉とは思えない」

 「ドイツの女は優しいんだ。覚えておけ」

   

 アリーナ端の壁に寄り掛かって再び視線を向こうにやると、シャルロットが姉にダメ出しを喰らっていた。枠に触れてしまって、減点されたらしい。代表候補生だから、他の者より基準が厳しい。裏を返せば、期待されているということだ。エンターテイメント性の部品として。

 

 そうしておれが駆けて来るシャルロットに手を振ると、遠くから腹に響くような音が聴こえて、突如視界が、オルタナティブが真っ赤に染まった。そして不快極まる周波数のサイレン。みんな状況を呑み込めていない。

 だが、おれにとってそれは不本意ながら聞き慣れてしまったものだった。オルタナティブに表示される赤い文字と警告文。第一種非常事態。IS学園が外敵に攻撃された場合に発令されるアラート。アリーナのシェルターが開放された。

 

 甲高い声と、よく通る凛々しい声がぼんやりとしていたおれを起こす。兵器を操っていた少女たちの大半は我先にとシェルターに飛び込んでいった。まるで、ディスカバリーチャンネルで見たプレーリードッグみたいだ、と思っていたら、視点が高いことに気が付いた。

 おれはISを展開していた。

 今ごろ、学園の地下の防衛指揮所にお偉方と警備の人間が勢揃いしているのだろう。それで教員がスクランブルして。でも、おれには、代表候補生たちには何の通達も無い。

 おれは手持ち無沙汰になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




書いている最中、ラウラがCV:三○哲で脳内再生されていた作者は末期。

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