「ドライブに行かないかしら……」
同居人はそう言ってウインクした。おれはそれをタコスを頬張りながら見て、呆気に取られた。いい歳をしたやつが、ドライブ如きでよくもまぁそこまでテンションを上げられるな、と驚いて、時計を見てくれと返した。日付は変わって土曜の一時。規則に泥を塗りたくる言動だった。
「良いのよ。わたしは生徒会長だし、それなりに強権を振るえるの」
「深夜に男と遊ぶために職権乱用するなんて、酷い話もあったもんだ……。行くにしても、明日にしましょう。遅すぎる」
「駄目よ。今から行くわ。許可は降りてるの。あなたの言うところの、お偉方の歴々からね……」
おれに選択肢など元より無かったらしく、いきなり部屋に入ってきた軍人崩れのような男たちに正門前に回されていたレクサスの中に押し込まれた。酷く強引で、雑なエスコートの仕方で、おれはドアの縁に頭をぶつけた。おれが考えうる限り、最上の付き合いたくない人間の手合いだった。そう考えた後に、奇妙な冷静感が込み上げてきて、モルモットを人扱いする方がおかしいか、とも思った。
たぶん防弾の、スモーク張りのレクサスの後部座席に同居人が嬉しそうに乗り込んできて、霊柩車が走り出した。おれはハートロッカーなんて見るもんじゃなかった、と後悔していた。
「ごめんなさいね、こういう形になってしまって……。ぶつけたところ、大丈夫かしら」
「えぇ。あの男たちはクビにすることをお勧めしますよ。モルモットを雑に扱って使い物にならなくなったらどうするんだか……」
「そ、大丈夫そうね」
同居人はおれを横目で見ながら扇子を広げた。そこには問題皆無と達筆で書かれていた。
車は学園と本土を結ぶ連絡橋を走って、数ヶ所に設けられているセキュリティゲートを認証無しで通り過ぎていく。先日の爆発の痕はもうすっかりと修復されていた。吹き飛ばされたゲートは新設されていて、皹が入って崩落寸前であった橋体も掛けたてのような様だった。
IS学園が設置されている人工島は静岡の石廊崎のさらにその先、太平洋近海にぽつりと浮かんでいる。そのアルカトラズに行くにはおれらが走っている連絡橋を三十分、セキュリティチェックも含めれば一時間弱の時間をたっぷりとかけて身ぐるみの潔白を証明しながら進まなくてはならない。モノレールは内から外に行く者だけが使えて、外から入るのには使えない。質面倒な手続きと認証と諸々の証明でやっと、あのろくでもない場所の海上に埋め立てされた地面を踏むことが出来るのだ。海中には対潜機雷とドローンが鮫みたいにうじゃうじゃといる。その上では駆逐艦が彷徨いている。そうやって過保護な、厳重な監視でおれらは閉じ込められていて、護られている。何かから。
そんなセキュリティの向こう、学園の鼻先で爆発は起きた。最終検問所でそれまで全ての検査をパスしてきた搬入用のトラックが爆ぜて、警備の人間が二人死んだ。この学園は開設以来いちばん喉元近くにナイフを突き立てられた。触れられざる聖域、乙女の柔肌と純潔はいまや何時でも散らすことが出来ると、誰かが証明した。
そして、その矛盾をも。
「それで、おれはとうとう解剖されてしまうんですかね。こうやって半ば誘拐みたいに強引なやり方をされたのは」
おれの言葉に同居人は口元を扇子で隠しながら笑って、
「まさか。そんなことしないわよ。ただ、話がしたかっただけ。解剖なんて、あなた一人しかいない貴重なサンプルを態々無駄にする人間なんてごく少数しかいないわ」
「話って……、秘密の話ですか」
同居人は頷いた。部屋じゃ出来ない類いの話なんて、嫌な感じだ。おれはそういった秘密主義的な物は好きじゃない。
車の中で話すのは、盗聴対策。周りは海で狙撃される心配もないし、IEDの心配もない。完全な密室、クリーンな空間で信頼出来る最小の人員しかいない状況が必要だったのだ。防諜対策が徹底された生徒会室でなく、こうして連れ出すほどのこと。ふと、オルタナティブを見ようとするとエラーが表示されることに気付いた。ここは隔絶されていた。移動する電子的な空白地帯だ。
オレンジ色の街灯が等間隔におれたちの貌を照らしては消えていく。何もかもが寝静まった夜闇の中でひそひそ話が始まる。
「この間、あなたが見ていたニュース、あったでしょう。南スーダンの『ジュバの虐殺』。あれ、どういう内容だったか分かる……」
「十数年間続いてきた反政府軍──スーダン人民自由運動と政府軍、新LRAの三つ巴の内戦が本格的なアメリカ軍を中心とした国連人道回復軍の介入で沈静化したとか」
「えぇ。『第四次国際連合南スーダン派遣団』、それに伴って編成された人道回復軍。アメリカが重い腰を上げて本腰を入れたのは第三次派遣団以前のミスのせい。彼らは反米政権だった当時の体制側、今のスーダン人民自由運動に対する転覆工作を実行した。主導はNSA。CIAの領分を荒らしてまで行われた権限拡大の為のデモンストレーションは見事に成功したわ。現政権を支援して、武器を流して、
「随分と詳しいんですね。まるで、バーバラ・モーズレーだ」
「あながち間違ってないわね。わたし、一応はそういう所属だし」
面白い冗談だと思った。ユーモアのセンスはさておいて、おれは笑えた。
「話を戻すわ。第四次派遣団最大の成果は反政府側の指揮官、ラシード・イルハムを拘束したことと政権側の反米勢力と内通していた高官を排除出来たことね」
ラシード・イルハムのことはおれも知っていた。元国軍の中将で、おれが生まれる前に国を追われて逃げ延びた。それがアメリカの謀略だったことは初めて知ったけれど、彼は追従する部下と共に中東や南米を転遷して、赤茶けた故郷に帰ってきた。英雄譚的遍歴だ。何処かのゲームにありそうなバックグラウンド。彼が反乱軍の象徴的存在になるには、十分すぎる物で、彼の名前を検索するとその経歴が大まかに出てくる。
反米イスラム過激派と義勇兵団として共闘し、アメリカ軍の中東に於ける活動を妨害して、レバノンの政情安定までアメリカは予想の倍以上の時間を掛けることになった。南米では麻薬カルテルとDEAの対麻薬作戦に抵抗、ファヴェーラでの市街戦ではDEAのドローン群を徹底したゲリラ戦術で撤退させた。これらは昨今のアメリカでは珍しい失敗の一つとされている。特にレバノンの失敗は、大昔の革命家を思い起こさせる奮戦振りだ。
「高官数名、軍の将官数名はラシードに懐柔されていた。金か革命後の地位かは分からないけど、彼らはラシードたちに物資と情報の支援を行っていた。だから内戦は燻り続けたし、長引いた。それがやっと、ラシードの逮捕という形で落ち着いたのだけれど──」
「ぶり返した」
熱病のように。治りかけだった風邪のように、ウィルスは死にきってなくて、病原は再発したのだ。
同居人はえぇ、と言葉を返す時のテンプレートを言って、
「指揮官を失ったスーダン人民自由運動は再起不能なほどの機能不全に陥っていたわ。間違いなく、ね。それはCIAが、SISが太鼓判を押していた事実で、新LRAへの封じ込めも万全の効果を出していた。長い間あの国を苛んだ内戦という病魔は、その時は何処にも巣食ってはいなかった。復興着手を前に、住民たちは略取と暴虐に怯えることなく、銃声を聴かない安全を手に入れていたの。それがどういう訳か、あっという間にジュバで、人道回復軍の目の前で蛮行が再開された。ラシードの代わりの指揮官と両手いっぱいの兵隊たちが雪崩れ込んできて、一瞬で混沌の坩堝に叩き込まれた」
それを聴いて、変だなと思った。余りに早すぎる。数も質も遥か上の先進国、その頂点にふんぞり返っている国がおおっぴらに戦力を投入して潰しにかかったのならば、そうも簡単に組織を再編して活動を再開出来るとは思えない。投入されるドローンたちは
「世界の警察も耄碌したんですかね」
「どうかしら。帝国の権威はハンバーガーとコーラと平和のおかげで、まだまだ肥えていると思うのだけれどね。でも、本題はここからなの……」
同居人はそう言って、茶封筒をおれに手渡す。中身は昔ながらの紙。今はもうデッドメディアになってしまって、本ぐらいにしか使われていないそれが数枚。どういうわけか、あらゆる面で紙という媒体が衰退していっても、紙の書籍だけは残った。それはとても喜ばしいことだったし、恐らくはあの人も同じように思ったはずだ。紙にはオルタナティブには無い、手応えや手触りがあって、それはある種のスイッチでもある。紙に記された活字に触れれば、おれは深い場所で一人になることが出来る。
衛星写真だった。緯度と経度が右上に表示されていて、左下には日本を中心にした地球と、周回する人工衛星のマーク。内閣衛星情報センターの偵察衛星が軌道上から覗き見した他所様のプライベートだ。精緻な、卑猥なまでくっきりとした解像度で見る、瓦礫の俯瞰。何処かの街、肌の色からアフリカ辺りだろうか。そこの悲劇的な一幕をおれは神の視点で、新車の臭い──おれはその揮発性の有機化合物が色んな臭いと混じり合った独特の臭いが大嫌いだった──を嗅ぎながら見るから、気持ち悪くなった。タコスがせり上がってくる。
艶消しされた黒色。おれ好みのカラーリングの二脚、オーソドックスなISが崩れた家の上を飛んでいた。最大限までズームすると機種を判別出来る。ラファール。所属は見えない。最少の効率で、最大の無辜の民を殺せる装備を引っ提げて、丁寧にIS用特殊作戦装備のヘッドバイザーまで着けていた。
紙が既にデッドメディアになってしまったのは仕方がないことで、まだ本としてあるだけましなのかもしれないが、実は政治家たちは未だに紙を使うことが多い。オルタナティブに慣れていない年寄りが多いという理由もあるけれど、インフォメーションセキュリティの高さという面の方が強い。何でもかんでもオルタナティブやネットワークを介するこの御時世じゃ、何処で情報が抜かれるか分からないからだ。実際、
そういうわけで、紙というメディアは非常に信頼性が高い。だから、こういったひそひそ話には持ってこいなのだ。燃やせば完全に消えるという点も魅力の一つで、アームレストには灰皿が備え付けられていた。太陽の下では見せられないような代物は全部、灰にしてしまうのが一番らしい。姉もデスクの上に灰皿を置いている。
「ジュバにはISがいたの。何処の正規軍にも所属していない、スーダン人民自由運動側のラファールが」
「ばかな」
「本当よ。それが証拠」
「嘘をつくなよ……。それじゃあ、なんだい。そのテロリストのリビングデッドどもは、ISを雇ったていうのか。おかしいだろう。何処にISをレンタルする業者がいるんだ。それに所属のないISなんて、存在しないだろう」
「あるわ。このラファールがそうなの。これが、五〇一番目のコアなんだから所属なんてあるはずがないじゃない……」
正気か、と訊ねてみた。おれが夢を見ているのか、この女がおかしいのか。答えはおれの頭を叩いた扇子の痛みで、同居人の視線は極めて冷ややかで、おれは背をシートに沈めた。ナットがおれを安心させて、同じぐらいに困惑させた。街灯が踏む単調なリズムが辛うじておれの平静を保っているような気もする。
「ばかばしい、信じられないね。いや、あり得るが、おかしい。確かに五〇一番目のコア、五〇一機目のISがあってもおかしくはない。篠ノ之博士なら何時でもコアを増産出来るし、博士しか製造出来ない。でも、博士はわざわざあの場に介入する必要がない。確かに無軌道だけれど、
「珍しいわね」と同居人は薄く笑んで、「随分と感情的になれるじゃない」
おれは同居人を見た。静かに。さっき言葉を紡いだように、淡白に。ポーカーフェイスを貫いて。
「そうね。確かに篠ノ之束という人物は最初の御痛を除けば、非人道的な行為はしていない。寧ろ、率先してそういった試みを潰している節すらある。貴方のガールフレンド、ドイツの兎が造られた
「じゃあ、何なんだ。何が言いたい」
敬語は既に剥がれていた。
「ことの仔細がどうであれ、あの時ジュバにラファールがいて、たくさんの人間を殺して回ったことは事実なの。それだけは厳然とした真実で、それじゃあ、そのラファールは何処から来た誰なのか、何処で造られたものなのかって話なのだけれど。そのコアを作ったのが篠ノ之束ではないって可能性は考えられないかしら……」
おれは腹を抱えて笑った。捩れるかと思ったし、足を前の座席にぶつけるほど大笑いした。涙が目尻に溜まって、息が苦しくなって、突然波が引いていった。このレクサスに押し込まれた時みたいに、芯から冷却されていくのだ。
「じゃあ誰が造ったんだ。あんたか、おれか。それとも、そこらの子供か。真面目に話しましょうよ。なんでおれにこんな話するんです……」
「わたしは大真面目よ。まぁ、これを言い始めたのは安全保障担当の官房副長官補なのだけれども……。わたしだって、初めは驚いたわよ。あの天災が誰かに教えるとも思えないし。でも、先日の
同居人が差し出したのは写真だった。つるつるした感触を感じながら、おれはその切り取られた瞬間を覗いた。
男が写っていた。恐ろしく美しい、東洋系の貌立ち。男だとか女だとか論じることがナンセンスに思えるほどの美貌は写真という時空間の隔たりを差し挟んで尚、輝きを錯視させた。赤い大地に相応しくないことは明白なのに、かっちりと嵌まってしまう装は白すぎるシャツと、ジェイエムウエストンのローファー。隣のガリルを持った民兵に何かを諭している。
懐かしい、やさしい匂いがした。
「ジュバの虐殺が発生する二ヶ月前。この男は南スーダンにいた。南スーダン人民自由運動のキャンプに最恵待遇で滞在していたことが確認されているわ。写真はジブチにいる中央情報隊の偵察ドローンが望遠撮影した物で、たまたま撮影出来た奇跡の一枚ね。この後、ジブチから特殊作戦群の拘束部隊が出たらしいけど、その頃にはもう彼はいなかった。市ヶ谷は上げて落とされて、それはそれはカンカンだったらしいわ」
「特殊部隊を動かしたんですか。たかが男一人に。しかも、その言い方だと前々から狙っていたように聴こえる」
おれはすこし驚いた。特殊部隊、それも陸自の特戦群はそうそう動かない。こういった任務は同居人の側の領分で、言うなればCIAのパラミリタリーグループのような、準軍事作戦に従事する情報機関の軍事工作要員が担当するのがここ最近の流行で、本来ならばDIHの直轄部隊あたりが請け負うはずだと聴いたことがある。気軽に使えて、勝手がいいツールの方が何かと便利だからだ。にも関わらず、わざわざジブチにいるであろうDIHのパラミリじゃなくて、彼らを動かしたということは何かしらの理由があるのだろう。例えば、今度こそ逃がさないように確実性を重要視したとか。
「二年前のゴラン高原。四年前のカンボジア。去年のキューバで起きたグアンタナモ基地襲撃事件。これら全て、厳密にはこれ以外にもあるのだけれど、ここ数年間の鎮静化した内戦や政情が不安定な地域で彼の姿が確認されていて、彼の滞在した国は必ず、時間差はあれど、戦争を発症する」
死体の山を見てまわる虐殺のツーリスト。
ふと、昔読んだ小説の登場人物が頭に浮かんだ。とてもよく似ている。世界中の内戦と内戦を渡り歩いて、戦争をプロデュースする言語学者。彼の足跡には虐殺が発生する。虐殺の文法を用いて、世界をホッブス的混沌に陥れた容疑者にして
「CIAが、SASが、ザスローン部隊が、世界中の特殊部隊と情報機関が彼を追っている。勿論、この国も。官邸とNSCもこの男を何度も拘束しようとして、その度に失敗してきた。そして彼が訪れた後に起こる戦闘では必ず、このラファールが確認されている。国防省はこの男が何かしらのコア製造に関する情報を持っていると考えているわ」
「根拠は」
「この男だからよ。あなたも、もう察しているでしょう」
そうだ。おれはもう、ことのあらましを、話の大筋を理解してしまっている。空気が読めない、と白けるぐらい、残酷に見えてしまって嫌になりそう。
あの人は──
「わたしが管轄するグループの内偵の結果、学園内に白根宮のシンパが存在することが分かったの。あのトラックが最終検問所まで通過出来たのは、そのおかげよ。どうしてそんな真似をしたのか、どうして内部まで持ち込ませなかったのかは現在調査中だけど、要は先日の爆発は彼の仕業ってこと」
「だから、おれに話したんですか」
「白根宮はしばしば幼少期のあなたの面倒を見ていた。そして、あの天災と友人関係を築いていた稀有な人間の一人でもある。身内に甘い彼女が彼に何らかの形で技術を提供したとしてもおかしくない、というのが官僚連中の意見ね。他の国もだいたいは似たような感じ。だから、暗殺部隊じゃなくて、拘束を任務として追っ手が差し向けられているわけ」
「姉には話したんですか。このこと」
「いいえ。最適解、許可が出たのはあなただけ。ニードトゥノウ、よ」
知るべき者は知り得て、知らなくていい者は永遠に知り得ない。姉は知るべきではないと、霞ヶ関で世界をより良くしようと自らをプロセッサの一つに変化させた人間たちは結論を弾き出したのだ。
おれと同じぐらい、いや、おれよりも姉は白根宮藤奈と親しかった。それがどういうベクトルでの話なのかは分からないけれど、それゆえだろうか。もしくは、姉の性格上の問題だろう。姉は誠実で、まっすぐで、派手だ。余計なところにまで突っ込んで行ってしまいそうだ。
「で、おれにそれを話してどうしろと……。ただ安全面を考慮して話したってわけじゃないんでしょう。こんな警戒してまで話すなんて、ただ事じゃない。それ以前に、あの衛星写真自体、民間人に見せるものじゃない」
すると同居人は惚れ惚れするようなにこやかさを浮かべて、「ねぇ、あなた、将来ウチで働く気はないかしら。有望そうな人材には早めに唾を付けとかなくちゃね」
「おれには向いてませんよ。ここ数年で目立ち過ぎたし、ゴーストプロトコルなんて、臆病者には怖くて、怖くて……」
おれは肩を竦めてみせた。運転席からくすり、とくぐもった笑い声が聴こえた気がした。
「
「と言うと」
「あなた、さっきわたしのことをバーバラ・モーズレーみたいって言ったわよね。なら、あなたにはジェームズ・ボンドになってもらうわ。イーサン・ハントじゃなくてね……」
たぶん、おれは短い生涯の中でいちばん驚いたと思う。やけに冗談を言う日だな、と逃げようともしていた。
おれは確かに紅茶よりもコーヒーの方が好きだ。ネクタイも面倒なウィンザーノットで結ぶことはほとんどない。でも、シェイクしたマティーニを頼むことはないし──そもそも未成年だ──、サヴィル・ロウのアンソニー・シンクレアで仕立てたオーダーメイドスーツを着て、ワルサーPPKを振り回したりすることも決してない。そもそも、あんなに女性に奔放ではない。
つまるところ、この女は、我が国の
この、おれに。こんな、おれに。
だから、姉には話が行かなかった。おれというエージェントを運営するにあたって、姉は邪魔でしかない。
「白根宮は現在フランス国内に潜伏していると思われるわ。
「それでおれに捕まえさせると。ふざけているのか、あんたは」
「官邸の許可が降りた極秘作戦よ。拒否権はないわ」
「おれがスパイの真似なんて出来ると、本気で思っているのか。もし、そうだとしたらこの国は終わってるよ。政治家も官僚もみんな脳みそがゼラチンで出来てるんだ。油を固めた、思考すら出来ない、ガワだけ立派な頭蓋骨を乗せた模型だぜ、それ」
「出来るから言ってるのよ。わたしも同行するんだし。それに鉄砲撃って、カーチェイスしてってわけじゃないのよ……。映画の観すぎね」
「だとしてもだ。おれは適任じゃないはずだ。目立ちすぎる」
おれは世界で一人だけの男性操縦者で、織斑千冬の実弟だ。面は世界中に割れている。
「それについては大丈夫よ。対策は講じてあるから。それに、あなたは誘蛾灯なの。白根宮を引き寄せるためのね。最悪荒っぽいことになっても自己防衛ぐらい平気でしょう。あなたが組み手してる警備員、一応元特戦群だし……」
あっけらかんと言う同居人だったけれど、あの警備員がそういう経歴を持っているとは初耳だった。だから、やけにそういう事情に詳しかったのだ。何となく、説明がついてしまった。
「それと」と口を開いた同居人は何処か粘質を感じさせる笑みを、いつも通り貌にすげ替えておれに言った。
「何だかんだ言って、あなた断るつもりはないでしょう。会いたいものね、彼に……」
そんな貌をしている、と言って同居人は一冊の薄いファイルをおれと彼女の間に置いた。
おれはそれを受け取って、窓の外を眺めた。車は学園へとユーターンした。窓に写る同居人の貌にはやはり、表情など何処にもなかった。安心した。
白根宮「紙の本を読みなよ(伊藤計劃ポイー)」
ショタ一夏「ありがとう!!大事にするよ……(恍惚)」
↓(数年後)
一夏「……(プライベートライアンの冒頭十五分をリピートしながら、ドミノ・ピザを食べている)」
↓(数年後)
ラウラ「おまえの幼馴染みがまたお冠だぞ」
一夏「繰り返しはギャグの基本だからな」
感想評価よろしくお願いします。