Olgamally_o_a   作:庭の花

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第2話 life_

 

 悲鳴が聞こえる。聞き慣れた女声のそれは、私にもうすぐ訪れる未来を示していた。

 

 装備を整える。支援魔法を唱える。

 今ここに頼れる相棒はいない。戦力になる者は自分しかいないが、それでも彼女たちを助けてみせる。報酬でも戦果でもなく、何よりも安い命のために。

 

 炎上し破壊された街の中を駆け抜ける。何があったのか、硬い大地も紙くずのようにひび割れてぐしゃぐしゃになっている。いや原因は考えるまでもない。どうせいつものように猛者の戯れなのだろうから。

 私はただ、上り坂のように隆起している街路跡の先端部を踏み締め、そこまで走ってきた勢いを利用して目的の方向へと矢弾のように飛ぶ。ここまで荒れ果てた道ならこの方が素直に走るよりかは速い。

 聞こえてきた悲鳴と感知できる殺意の密度を考えれば、彼女たちはこの先の広い通りにいる。蘇るのは当たり前とはいえ、どうか一人でも生き残っていてほしい。

 

「イヤ、助けてレフ!」

 

 ――そして、視界に入ったのは一人の女性だった。周囲には誰もいない。戦士も射手も魔術師も、死体すら存在しない。ただ荒れ果てた街の中で一人、彼女は骸骨戦士の刃に怯えていた。

 状況からして少女騎士団に所属する少女ではないのは一目瞭然だ。怯える彼女は騎士団員にしては貧弱そうで、敵対するのもただの骸骨戦士が複数と貧相だ。冒険者としてもよくて駆け出し、十中八九この街に住んでいた人間だろう。

 

 それでも、助けない理由にはならない。

 一度着地して方向を調整し、今まさに彼女を斬り殺そうとしている骸骨戦士と彼女の間に入って両手の短剣を振るう。武器としての相棒と私の信念の籠もった短剣だ。仮に祖霊まで至ろうと所詮骸骨戦士、反撃の一つも許してあげるわけがない。それが英雄にすらなっていない眼前の骨なら尚更だ。

 彼女を斬ろうとしていた一体を突き刺して殺すと、すぐさまホイッスルを吹く。

 

「何!?」

 

 突然の物音に驚いたのか小さく体を震わせて彼女が顔を上げるが、先に対処すべきなのはあの骸骨たちだ。

 音に釣られた残りの骸骨戦士たちがこちらに注意を向けたのを確認すると、私はいつものように二手先の範囲に収まる全ての敵を切り刻み、刺し貫く。今立つ場所から三手以上先にいる残りも踏み込んで殺し尽くし、全て死体やアイテムも遺さず消滅したのを視認すると彼女の方へと歩み寄る。

 

 この辺りがいいだろうか。彼女から少しばかり距離を取って立ち止まり、こちらの武器をしまって声をかける。

 今日はいい天気ですね。

 

「……え?」

 

 呆気に取られ、何言っているのこの人と言わんばかりの表情をする彼女。

 第一印象が大事と思い小粋な冗談を言ってみたのだが駄目だったようだ。終末が訪れただろうに今エーテルの風が吹いていないのだから、いい天気になったのは間違いないと思うのだが。

 

 気を取り直してまずは自己紹介。名を名乗り、自分の素性を明かす。こちらは通りがかったところ、骸骨戦士に殺されそうだった貴方を見つけたから助けたのだと端的に説明する。

 

「冒険者……鍛冶屋?」

 

 鍛冶屋と言うのはただのあだ名だ。本職は冒険者であって鍛冶は趣味でしかない。

 

「……ノース、ティリス? そんな名前聞いたこと……――貴方、何者よ!?」

 

 悲愴、困惑、恐怖、そして微かな喜びと希望。心の天秤が大きく負に傾いていた彼女は、こちらを信じてしまいたいけど信じていいわけがない、助けがあるなら縋りたいけどそんな安易は許せない、そんな弱々しくも尊い矜持が覗く瞳をしていた。

 しかし今のやり取りに引っかかるところがあったのか、彼女は素早く立ち上がって片手を銃のようにしてこちらに突きつける。もう片方の手は彼女自身の銃のようにしている方の腕を固定するように押さえており、正確にこちらの頭を撃ち抜こうとしている。その瞳は一応の決意を見せるものの、不安と迷いに揺れている。

 

 彼女のその構えは変わった銃を所持しているということなのか、魔法の指向性を定めて威嚇しているのか、それともただの見せかけなのかこちらからはわからない。

 ただ一つ言えるのはこちらに敵対する意思がないことだ。何者かと問われても先と同じことぐらいしか返せず、そこに偽りはない。だからはっきりと述べる。

 私の言葉に嘘はなく、必要なく貴方を傷つけるつもりもない。確かに命なんて安いものだしお互いに初対面だが、それでも助ける力がありながら痛く苦しい思いをする人を見過ごすことなんてできない。だから助けただけなのだ、と。

 

「……」

 

 それが信じられないなら、プラチナ硬貨とノースティリスへの交通手段を教えてくれればいい。今私は訳あって見知らぬ、

 

「ふざけないで! ノースティリス? 冒険者? 適当な嘘を並べて、わたしを騙せるとでも思っているの!?」

 

 嘘でもないし騙るつもりもない。こちらに他意はないのだが、しかし状況が状況か。おそらくここは私の見知らぬ土地で、そして猛者たちによって蹂躙された跡でもある。そこで敵から助けられたとはいえ彼女から見れば私もまた猛者と同じ、あるいは近しい存在だ。力で破壊されたところを力で助けても信頼に直結しない。人にもよるだろうが、彼女にとってはこちらの救援も同じような恐怖でしかなかったというわけだ。

 きっと彼女の目には私もまた悪辣な存在に映っているのだろう。残念ながらそういうのも慣れっこだ。

 

「貴方……何者なの!? 聖杯戦争の生存者!? それともサーヴァント!? それとも……この特異点の原因!?」

 

 正気を失いつつある彼女に、武器を構えたままでもいいから一度落ち着いて話に応じてくれないだろうかと提案しようとしたが、それは叶わなかった。こちらが視認しきれないほど遠くから、殺気と共に赤い光がこちらへ向かって放たれたのだ。

 

 

      ◇◇

 

 

「ノースティリスって……何なの?」

 

 ノースティリスとは何か。簡単に答えれば、それはティリス大陸北西部の地域を指す名称だ。

 

 星の北半球に存在する大陸、ティリス大陸。その一番の特色と言えば、過去文明の遺跡が地表に現れ時間が経つとまたどこかへと消えるという、一部地域で繰り返されている謎の出現と消失だと私は思う。

 過去文明の遺跡はネフィアと呼ばれ、踏破した者に富と名声をもたらす。少なくともノースティリスにおいて一攫千金、あるいは珍しい財宝を手に入れようと夢見る者ならばまず目指すのがネフィアなのだから、その周知ぶりは言うまでもない。

 

 そう、ノースティリスはネフィアの出現する一部地域なのである。しかもその出現数、範囲、頻度全てが恵まれているため冒険者は明日のネフィアに困らない。

 それほどの素晴らしい魅力溢れる土地だからこそ、ティリスないしノースティリスは世界中に名前が伝わっている場所、のはずだ。たぶん。私はノースティリスを久しく離れていないので実情は知らないのだが。

 

 しかし彼女、オルガマリーはノースティリスが何かわからないらしい。どこかではなく、何か。ただの言い回しの違いかどうか確かめるために尋ねる。本当にノースティリスがどのようなものか知らないのか、と。

 

「……ええ。貴方の口ぶりからしてどこかの組織なのでしょうけど……聞いたことがないわ。勿論それが冗談じゃないのならね」

 

 冗談ではない。だが、オルガマリーの返答にも茶化す雰囲気はない。最初に会ってからこの短時間で色んな感情に揺れる彼女の姿を見てきたのもあって、この真っすぐな様子なら本気で知らないのだろうと思える。

 しかし、そうなのか。一抹の不安が脳裏をよぎる。

 

 オルガマリーに説明する。試すような聞き方をして悪かったが、ノースティリスとはティリスと呼ばれる大陸の北西部を指す言葉なのだ、と。

 

「……大陸、ね。でも、このわたしですら聞き覚えがないのだけれど?」

 

 疑うどころか呆れ始めているオルガマリー。こちらの第一声が冗談交じりだったのが響いているのかもしれない。

 

 躊躇いはあるが、仕方ない。

 貴方の所属機関がカルディアというのだからカルディア大陸は知っているはずだ。ティリス大陸はカルディアの北にあるのだ、と話す。

 

「カルディア、大陸? ちょっと、待って。色々訊きたいけど、まずカルディアじゃなくてカルデアよ。特務……人理継続保障機関、カルデア。それにカルディアなんて大陸……」

 

 片手を自身の顎に当てて考え始めるオルガマリー。思い当たる節があるというよりか、あるかわからない記憶の底を探るような面持ちだ。

 

 それはつまり、カルディア大陸を知らないということだろうか。

 

「ええ」

 

 イェルス、エウダーナ、ヴィンデール、カルーン、ヴェーリッシア、イルヴァ。これらも聞いたことはない、ということか。

 

「……似たような名前は知っているけど、貴方の期待しているものではないと思うわ」

 

 オルガマリーの態度に揺らぎはない。だからこれも本当なのだろう。認めたくない気持ちがないかと言えば、嘘になるが。

 

 ティリスのみと言わず各大陸はイルヴァという惑星にある。そのイルヴァも大陸も大国の名前も知らないとなれば、それは勉学が叶わなかった者か幼い子供しか有りえない。そのどちらにもオルガマリーは当てはまっているようには見えないのだから、つまりこれは極めて異例の事態だということだ。

 

「ちょっと……大丈夫? 顔色が悪いわよ?」

 

 大丈夫だ。実際は大丈夫ではないから顔に出ているのだろうが、未知の事態に放り込まれても冒険者は冒険者。慌てふためく心を抑える術は身に付けている。

 それに未知の領域を探索できるかもしれないと暢気に心躍らせているところがあるのも事実である。つまりこのぐらいは許容範囲内ということだ。

 

 それはそれとして記憶を遡る。自分はここに来るまでに何をしていたのかを思い出す。

 オルガマリーとここに転移してくる。謎の狙撃手の攻撃を捌く。骸骨戦士を倒してオルガマリーを助ける。この破壊された街を歩く。歩く、歩く、歩く――その前は、何をしていたのだろうか。

 自宅でペットたちと眠りについたところから以前ははっきりと思いだせる。だがそこからはあやふやで、確かどこかの、おそらくネフィアに向かうつもりだったはず。それで私だけで十分だったか、独りでなければ入れない特殊なネフィアだったから、ペットたちは家で留守番させていたのだ。だから私が今ここに一人なのはそういう理由だったからのはずで、しかし、駄目だ。やはり自宅からこの場所に来るまでの記憶が曖昧でほとんど思い出せない。

 

 しかし何があればイルヴァすら知られていない場所に辿り着くのだ。

 もしかしてオルガマリー、貴方は記憶喪失だったりしないだろうか。

 

「はぁ? それはわたしをバカにしているのかしら?」

 

 いや、すまない。軽い冗談のつもりだったのだが。

 

 本来有りえない事態に放り込まれる原因としてぱっと思いつくのは、平行世界への移動を可能にするエネルギー物質ことムーンゲートだ。曖昧な記憶のためにそのムーンゲートを潜った可能性も否定できないが、私はそもそも平行世界に興味がない。何か理由でもあれば別だろうが、今までの長い冒険者生活の中でムーンゲートを潜ろうと思ったことは一度もないのだから、有りえなさは推して知るべし。

 そもそも基本的な地理どころか星の名前すら通じないなど、そんな状況が本当に平行世界と言えるのだろうか。ムーンゲートの先を知らずに考えても無意味に近いが、それでも平行世界はもっと元の世界と近しいところのはずだろう。

 

「……貴方、何者?」

 

 考え込む私に、沈痛な面持ちでオルガマリーが問う。

 何度尋ねられても同じことしか返せないのだが、彼女は新しい返答を期待していたわけではないらしい。

 

「本来の歴史ではこの年の冬木でこんな大災害は確認されていない。それに貴方みたいな異常な来歴を持ち、サーヴァントの攻撃に対処できる人間の存在も記録されていなかった」

 

 こちらの返事を待つことなくオルガマリーは言葉を続ける。再び銃を構えるような体勢を取りはしないものの、その顔色は出会って間もなく、こちらに強い嫌疑を向けてきたものに近い。

 

「……つまり、貴方がこの特異点の原因なのでしょう? ……助けてくれたことは、本当に感謝しています。でもそれとこれは関係ありません。私は人理継続保障機関フィニス・カルデアの所長として、貴方を倒してでも事態を解決します」

 

 彼女の目を、姿を、心の在り様を私は知っている。

 それは迷いと恐怖の中で、それでも自分の信念を貫こうとする尊いものだ。私に譲れない在り方があるように、オルガマリーにもそれがある。ならばその判断に文句などない。あるはずがない。むしろ嬉しい。きっと今の私の頬は緩んでいることだろう。

 

 だがいいのだろうか、私に戦いを挑めばおそらく貴方は死ぬだろう。

 

「……ええ、わかっています」

 

 私は特異点とやらが何かわからない。

 そう言えば、私は貴方と同じ状況にあると言った。貴方は気がつくとここにいたように、私も気がつくとここにいたのだ。そして私自身、何か危険な事態を招くようなことをした覚えはない。実は記憶が曖昧なので断言はできないが、それでも正気の私が人のいる場所でメテオを撃つようなことはないだろう。この街の惨状の原因はまず間違いなく私にない。

 それでも貴方は私を殺そうと言うのか。

 

「……」

 

 迷いと恐怖を押し殺そうと頑張るも制御しきれずに外へと表れる。今のオルガマリーの様子を表現するならばそれが正しい。しかしそれでも信念は揺らいでいない。

 その在り方に共感する。その姿に、強敵と戦うペットたちの姿が、実家の再興のために無謀にも挑んできたお嬢様の姿が、自分の信仰のために私を殺そうとしてきた者の姿が重なる。

 

「……わたしには、レイシフト適性がなかった。なのに、ここにいる。ここまで、一人も、マスター適性者を見ていない」

 

 オルガマリーが俯き、その表情を窺うことができなくなる。

 

「それは……ファーストオーダーが失敗したということ。それにカルデアとの通信も復活しない。……だから、わたしは、わたしだけでも、特異点を修復しなければならないの。それが、それが……、カルデア所長のわたしの、しなければいけないことだから!」

 

 ああ、なんと素晴らしい姿だろうか。弱々しくも自分の意志の下に立ち上がる者を素晴らしいと言わずに何と言う。

 貴方の決意に答え、私は貴方と戦おう。

 

 それに、話を聞く限りオルガマリーと私は対立する定めにあるようだ。本来ここにいるはずがないと言われた私と、その異物を取り除きたい彼女。いずれ戦う運命にあるのだから、多少その結末が早かろうと問題ないだろう。

 何より中途半端に馴れ合い、いざ殺し合うときになって彼女が決意できないまま戦うことになっては辛いだろうから。

 

 オルガマリーともっと情報交換をしたかったが仕方ない。一応こちらには他の情報源に心当たりがある。謎の狙撃手はまだどこかにいるのだ。二度も攻撃されたからには穏便に話し合いなど難しいだろうが、なんとか戦って聞き出そう。

 オルガマリーが這い上がってから話し直してもいいが、心はそう単純ではない。きっとこの戦いが終わった後の彼女は私と言葉を交わそうとしないか、最悪できないだろう。骸骨戦士に殺されることに怯えるほど死に慣れていない者が、自分を殺した者と平気で話せるとは思えない。

 

 では、いざ戦おう。オルガマリーの決意が揺らがない内に。

 高らかに名乗りを上げる。私はノースティリスの冒険者、自らの意志に従い貴方を倒そう。そしてオルガマリー、貴方は何のために私と戦うのだ。

 

「……人理のために。わたしはカルデアの所長にして天体科の現当主、オルガマリー・アニムスフィア。背負った責任に従って、貴方を倒します」

 

 いいだろう。それが貴方の信念なのだから。

 

 距離を取って構えるオルガマリーに対し、こちらが取り出す武器は二つ。いつもの二本の短剣だ。手加減する気はない。なるべく苦しみなく殺される方が彼女も楽だろう。

 助けた者と殺し合うなど馬鹿げたことだが、同時に珍しいことでもない。過去にも似たことはあった。時にはネフィア攻略のため、敵対意思を持っていなかった者を殺したことだってある。今更こんな戦いに躊躇いはない。

 

星の形(Stars.)宙の形(Cosmos.)神の形(Gods.)――」

 

 初々しくも勇ましい声でオルガマリーが言葉を紡ぐ。それは一体何を意味しているのだろうか。興味が湧くが、決闘の口上を述べた以上もう戦いは始まっている。

 足に力を籠める。★ヘルメスの血を飲み尽くしていないこの身だが、それでも一般人程度の速度しかないオルガマリーと比べれば十分に速い。彼女の詠唱らしき文言が完成しない内に刺し殺そうと前に踏み出す。

 

「――いい気概(ガッツ)だ」

 

 気がつくと目前に迫ってくる杖の一打。

 聞こえてきた声は誰だ。オルガマリーのものではない、大人の男の声。頭の片隅で思考しながら、明確にこちらを打とうとする杖を両手の短剣で受け流すようにして回避する。

 

 不慮の事態にその場から距離を取ろうと後ろに下がれば、数個の火球がこちらを追撃してくる。これは明らかに魔法で火炎属性だ。謎の狙撃手の攻撃と類似しているためかわす必要はない。ボディで受ける。

 

「チ、やっぱ普通の小娘じゃねえな」

 

 また男の声だ。

 追加で飛んできた火球を腕で払って対象を確認すると、こちらとオルガマリーの間に立つ青い服の男の姿が目に入る。身の丈を超える大きな杖を持ち、青く長い髪を腰まで伸ばしたその姿には、少しばかり見覚えがある気がする。

 

 謎の闖入者の存在にオルガマリーは呆然とし、こちらは警戒する。オルガマリーを見ていて隙があったとはいえ、先程の、この男のものと思しき杖の一撃への対処は間一髪だった。次に同じ状況で対応しきる自信はない。

 

 前方の男に問う。貴方は何者だろうか。

 

「何者かなんざ、こっちが聞きたいくらいなんだがな。まあなに、オレはあっちの嬢ちゃんの助っ人ってヤツだ」

 

 助っ人、オルガマリーの。独りでも信念を貫こうと決起した彼女が、今もまだ味方だと安心していないというのに。

 

「警戒するのもわかるがね。――いい女が腹ぁ括ってんだ。男が黙って見てるわけにゃいかねえだろ?」

 

 同意を求められても困る。困るが、似た信念なら私も持ってはいるから理解できなくはない。

 

「おっ、なんだ、アンタ意外といける口かい? 小さいナリして話がわかるとは、やっぱ人は見た目に寄らねえものだな」

 

 愉快そうに笑う男。なんだかよくわからないが、彼の反応を見るになんとなく誤解されている気がする。私が意味していたのは、覚悟を決めた仲間を放っておけないということだったのだが。

 

 しかしそんなことは大した問題ではない。

 素直に言って今私の気分はあまり良くない。オルガマリーの決意を受けて、思えばちょっと興に入りすぎた気もするが、始めた決闘だ。正々堂々などと言えた身ではないが、それでもそこに横槍を入れられていい気はしない。武器は槍ではなく杖だったが。

 

「所長ー! 大丈夫ですかあー!」

 

 遠くからこちらへ呼びかける女声が聞こえる。それに反応して声のした方に視線を移せば、炎が上がる街の方から二人の少女がオルガマリー目がけて走ってきていた。片方は、見たことのないほど巨大な円形の盾が目を引くものの身に付けた鎧の防御箇所は少なそうな少女。もう片方は特に武装がなく、強いて特徴を挙げるなら頭の横で結われた一房の髪が走りに合わせて揺れるところが可愛らしい程度の普通の少女。

 

「マシュ……? それに、一般枠の……」

 

 風に運ばれるようにしてこちらに届いたオルガマリーの呟きには、走ってくる彼女たちがオルガマリーの知人だという意味合いが十分に含まれていた。

 ちゃんと見てみればオルガマリーの表情は疑問の色が濃いが湧いた安堵を隠しきれておらず、そこに先程までの孤独な決意の影はない。マシュと一般枠と呼ばれた少女たちは、乱入してきた男と違って明らかにオルガマリーの仲間のようだ。そうなると男の立場が気になるが、助っ人と本人は言っていたのだし大体の経緯は推測できる。

 

 しかし、そうか。そうなのか。事態の切り替わりに気が緩む。

 

「なんだ、やらないのか」

 

 そう言って相好を崩す男も戦意を収めていると思うのだが。

 オルガマリーに仲間が現れようと道を違えていることに変わりはないが、それでももう彼女が孤独に戦う必要はなくなってしまった。男が横槍を入れてきたときこそ彼女の決意が無意味に揺らぐと不快だったが、そもそも彼女があんな決意を胸に無謀な殺し合いをすること自体が誤解の産物だったのだ。

 オルガマリーは独りではなかった。追い詰められた状況という考えが間違っていた。それならば何も問題ない。

 

 ああ、だがしかし、勘違いしないでほしい。名前も知らない貴方。

 

「オレのことはキャスターと呼んでくれたらいい。で、勘違いだって?」

 

 ――いや、すまないキャスター。どうやらこちらこそ勘違いしていたようだ。

 

 闖入してきた男ことキャスターは変わらずにやりと笑っている。闘志も収めたままだが、この男はオルガマリーとは違う。彼女のように心を決めて初めて正面から戦えるような未熟な戦士ではなく、彼の性質は歴戦の冒険者に近い。いざ殺し合うとなれば敵意も出して襲ってくるだろうが、ただじゃれ合う程度の斬り合いなら何事もないようにできる男だろう。

 

 今更になって相手の力量を図り損ねるなど冒険者としての名が泣くどころか家出を決めるほどだが、反省は後にして、こちらの名を名乗ってからキャスターに問う。一つ聞きたいことがあるがいいだろうか、と。

 

「構わないぜ、二刀使いのお嬢ちゃん」

 

 貴方はイルヴァを知っているだろうか。

 

「知らんな。なんだ、そりゃあアンタの探し人かい?」

 

 ざっくり言えば故郷である。

 

 もし情報屋に誰かの現在地を訪ねたときにイルヴァん中と答えられたら流石に怒るが、それはそれ、これはこれ。キャスターも知らないとわかれば十分であり、彼に返答の礼を述べる。

 

「二人ともどうして」

「所長、詳しい話は後ほど。盾の後ろに、先輩も隠れていてください」

「わかった。お願い、マシュ!」

「はい!」

 

 見ればオルガマリーの仲間らしき少女二人も十分に近づいた。これでもう躊躇う必要もない。

 キャスターは勘違いしていないのに宣言するのもおかしいが、オルガマリーたちを考えて一つ大きな声で言わせてもらおう。

 私はもう積極的に殺し合う気もなくなったが、だからと言って貴方たちと戦わないわけではないのだと。

 

 私もノースティリスの冒険者の一人。敵は皆すべからく殺すべし。

 ここがイルヴァのどこかかすら怪しい状況でも、その価値観は変わらないのだから。

 

 




 
 
 
☆≪第2話_omake≫
・elonaの世界を伝える情報だ。
・それは記憶で作られている。
・それは酸では傷つかない。
・それは炎では燃えない。
・それはFateシリーズと無関係として扱うことができる。
・それは参考程度の理解に適している。


      ◇◇


 森型ネフィアの最深層であの子は奮闘していた。

「はっ、たっ、んにゃあっ!」

 あの子と現在戦っている敵であり、このネフィアの主でもある相手の種族はミトラ。胴体から四本の腕を生やし、それぞれの手に持った短剣を高い二刀流スキルでもって振るってくる。そして阿修羅と呼ばれる種族の上位種であり、一度の攻撃機会で最低でも四回の斬撃や刺突を繰り出してくる難敵である。

 ほとんど戦闘経験のないあの子ではまだまだ厳しい相手だ。それでもあの子がこうして対峙できるのは優秀な防具のおかげであり、見切りの技術も持つミトラ相手に時々だが傷を負わせられるのは貴重な武器のおかげである。
 つまりあの子は装備におんぶに抱っこで戦っていた。

「言い方ってっ、ものがあるにゃあ!」

 しかし事実である。

 ところでそろそろ倒してはくれないだろうか。その辺に成っている植物の実を見ているのも飽きてきた。

「だったらお姉ちゃんも――んにゃっ」

 余所見はいけない。
 それに予め言っておいたように、私は今回のネフィア攻略における戦闘行為のほとんどを制限している。私が攻撃するのはあの子では手に負えない敵がいるときのみで、それ以外はあの子の回復や応援しかしない。

 それも全てあの子の戦闘技術を磨くためである。一つ武器を振るうことも、一度攻撃をかわすことも、やむを得ずその体で刃を受けることも、全てがあの子の力になる。それは決して比喩や精神論ではない。本当にその一切があの子の技能を磨き上げていくのである。
 しかもあの子は生来の速度が非常に優れており、戦闘技術の基礎なら生まれながらにして多数身に付けている。やはり生命力の低さはあるものの、戦闘に関する能力の伸びがとても有望な子なのである。

 なので、というわけはないが、ぜひ一人で立ち向かってほしい。私が手を出したらこの修練の機会が少しで終わってしまう。どうせこれからも長く一緒に戦っていくとはいえ、早い内に私とあの子の戦闘力の差はできる限り埋めたいのだ。

「……頑張るにゃあっ!」

 その意気である。

 大きな槌を振るう、振るう、振るう、当たる。最初の内はほとんど当たらなかったあの子の攻撃も、今や回避に関するスキルを持った相手でもたまには当てられるようになった。
 それは十分な成長の証である。勿論ここまで来るには私が用意しておいた装備に頼った戦闘やその他色々があった。それでもこうやって成長しようとする意志はあの子自身のものであり、その意志の結果である成長はあの子自身が獲得したものでもある。

「これっ、でっ……最後にゃあああっ!」

 回避を試みたミトラの動きに追いついたあの子は、眼前の敵の頭に思いきり大槌を叩きつける。それによって風前の灯まで削られていたミトラの命は遂に尽き、草の覆う地面に力なく倒れた。

 あの子の皮膚や防具にはいくつもの刀傷があり、息も荒くその顔には汗の玉が流れる。しかしあの子は勝った。少しの支援と自身の努力で見事、格上であるネフィアの主を倒して見せたのだった。

「や、やったにゃぁ……」

 よろよろと歩いてくるあの子に回復魔法をかけ、こちらからも近づいていってあの子を抱きとめる。
 私はあの子の頭をなでた。

「うにゃん。……にゃふー。すぐお姉ちゃんに追いてみせるから、見てるといいにゃ」

 それは嬉しいことを言ってくれるものだ。
 しかし言われずとも、最初からあの子のことも見守っている。だから安心してこれからも成長していってほしい。

「目指せ、戦鬼の向こう側にゃ!」

 私も辿り着いていないその称号を挙げて喜びを表すあの子の姿は微笑ましい。

 しかし戦鬼とは、それが称号の名誉による不可思議な作用なのかはわからないが、自分の周囲の敵全員を瞬時に攻撃する能力であるスウォームを強化する効果を持つ称号である。そしてその効果が獲得を目指す者の一番の理由と言っていい。

 戦鬼獲得のためには戦術と呼ばれるスキルを一定まで習熟させる必要があり、あの子は戦術スキルを持ってはいるのだがスウォームは使用できない。そしてこれからも使えないだろう。
 そのため私はともかく、あの子が戦鬼の向こう側とやらまで腕を磨いたとしても栄誉以外の意味は薄いのだがいいのだろうか。

 いや、それは流石に過保護か。まさかあの子も勝利の余韻に呑まれ、自身がスウォームを使えないことを忘れて言うはずもない。
 だから今あの子が衝撃を受けた顔で固まっているのも、きっと別の理由からなのだろう。
 

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